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書評:あまり知られていないマンガ3冊 「世界の4大聖人」(手塚治虫・編) 「追伸」(森雅之) 「バリ島物語」(さそうあきら)

なぜか知らないけれど、リモートで在宅勤務が増えて以来、マンガを読む機会が少し増えた。わたしは書店が好きで、リアル書店に入ると支援のつもりで紙の本をつい、買ってしまうのだが、マンガだけは場所ふさぎなので電子書籍で買うことが多い。紙の本は電車の中で読む習慣だが、電子書籍は自宅でスキマ時間に読んだりするから、かもしれない。

今年の年末年始の連休は短い。ここではあえて、あまり世に広まっていないマンガを3冊(というか3セット)取り上げる。もしよかったら、手にとって読んで見てほしい。


世界の4大聖人」(手塚治虫・編) 中央公論社版(Amazon)

「手塚治虫・編」とあるが、実際には手塚プロダクションの制作した伝記マンガ集である。実際の著者(作画)は、以下の4人だ。
 キリスト:すずき清志
 マホメット:原田千代子(現在の、はらだ蘭)
 孔子:堀田あきお
 釈迦:石原はるひこ
皆がみな、手塚プロ的な画風でもなく、個性的というか、まあバラバラである。だが、別にその点で価値が下がる訳ではない。

わたしが一番興味深く読んだのは、「マホメット」だった。イスラム教の創始者にして預言者マホメット(ムハンマド)の生涯については、わたし自身ほとんど知識がなかった。だから、西暦570年の「象の年」にメッカで片親の元に生まれ(マホメットの父は彼を見ることなく旅先で死んだ)、母親も6歳の時に亡くなってからは祖父の元で育てられた、といった生い立ちについても、はじめて知った訳だ。

また40歳の時、聖なる月(ラマダーン)にヒラー山にこもり瞑想中に、神の啓示を受ける。宗教家としての活動はそこから始まるのだが、中年以後になってようやく頭角を現し(当時の40歳はかなりの年齢だ)、世界史にあれだけ巨大な足跡を残した、というのもすごい。

ところで、マホメットの章を描くに当たって、作家の原田千代子はそうとうな苦労をしている。というのも、イスラムの偶像崇拝禁止の教義によって、そもそも預言者マホメットの顔を描くことが禁止されているからだ。したがってこのマンガでは、プロフィル(輪郭)や斜め後ろからの横顔、光線による逆光など、苦心惨憺して彼の姿を書いている。こんな苦労をした漫画家は彼女くらいだろう。

また、このマンガを読むまで、マホメット登場以前から、メッカにはカアバ神殿があった(アラブ人は多神教を信じていた)とか、ラマダーン月があったとか、イスラム教成立の背景についても学ぶところ大だった。マホメットは日本の聖徳太子と同時代人だが、太子の没した西暦622年に、有名なメディナへの逃避行=「ヒジュラ」(聖遷)を敢行する。彼のこの勇断が、結局イスラムの共同体を救い、最終的にはメッカの奪還につながって、中東一帯に新しい宗教が広がっていくのだ。

マホメットについで、自分にとって新鮮だったのは「孔子」である。まあ、孔子の生涯についても、あまりに知らなすぎたからだろう。あるいは、もっと正直にいうと、学生の頃読んだ諸星大二郎の『孔子暗黒伝』 の印象が強すぎたかもしれない。彼は教育者兼政治家であって、この4人の中では一番、宗教家くさいところが少ない。神霊について語らないからだ。

孔子は55歳に故国・魯の国を逃れ出て、仕官先を求め14年間、放浪する。しかし最終的には失意の内に帰郷し、さらに息子と最愛の弟子・顔回と子路も失って、理想とする聖人政治を実現できぬまま、没する。ある意味で社会との格闘の連続であった孔子に比べ、ほぼ同時代人である釈迦(ガウタマ・シッダールタ)は、29歳に妻と幼い子を捨てて出家して以来、一貫して世を離れて修行と布教に生きた。
(ちなみに、石原はるひこの描く釈迦の悟りの場面の方が、手塚治虫「ブッダ」 の同じシーンよりも、わたしには素直で良い出来のように思える)

最も時代の早い孔子(B.C. 551年生まれ)から、マホメット(A.D. 632没)まで、約1千年以上の開きがある(釈迦の出生年には諸説あるが、千年以上である点は変わらない)。しかし古代の偉大なる覚醒者たちには、いくつか共通する点がある。多くは片親で幼少期に苦労があること、一応結婚して子もいたこと(イエスは例外)、宗教改革者として既存秩序と軋轢があること、そして多くの弟子を育てたことなどだ。

もちろん一番の共通点は、苦難と偽りと不正の多い古代の世の中で、人びとの救いとなる理想と真理を生涯求め続けたことだろう。この人達の伝記を読んでいると、この2千5百年間、人類は文明の点ではたしかに進歩したが、文化と霊性の点でどこまで成長したのだろうと、思わずにはいられない。


追伸」(森雅之) 新装版(Amazon)

漫画家の森雅之をはじめて知ったのは、80年代に発刊されていたマンガ情報誌「ぱふ」だったかと思う。北海道在住で、比較的寡作な森雅之の本は、たまにみかけるたびに買っていた。本書も横浜の古書店の店頭で、同じ出版社からでた旧版で手に入れた。

描かれたのは90年代で、まだ主人公たちは携帯電話も持っていない。東京と北海道に分かれ住んで、遠距離恋愛する彼らは、主に固定電話と手紙でやりとりするのだ。

森雅之の絵はいつも丁寧で、かつ、色付けがとても美しい。コマ割りやアングルにもケレン味がなく、ある意味、フランスやベルギーのBDのように、淡々としている。このスタイルが若い頃からほとんど変わっていない点も、驚きだ。

その分、彼のマンガではネームが大切になる。わたしは日本漫画家協会賞を受賞した「ペッパーミント物語」が好きなのだが、90年代前半に書かれたこの連作集では、途中から、微妙に作風が変化していく。40代の中年期にさしかかり、若い詩情だけで話を作っていくことに、少しずつ違和感を感じたのかもしれない。

本書はそのような時期に描かれた。遠距離恋愛という、危うい綱渡りのエピソードをつなげて、一応満足できる読後感に持っていく手腕は、すごく意識した作家性を感じる。この物語の主人公は版画家で、途中から就職するのだが、まさに彼は作家自身の、無意識の分身なのだろう。

東京に住み、大学を途中でやめて書店のアルバイトをするようになる、相手役の女性主人公(彼女はスッピンで、あえて色っぽくない女性として描かれる)も、しかしある意味で、作家のもう一つの分身なのだ。遠くに住んで、めったに出会えない女性性との出会いを描くこの短い物語は、おそらく、森雅之という作家における、内心の再統合のドラマだったのかもしれない。


バリ島物語」(さそうあきら) 電子書籍版
バリ島には一度だけ、5年前に友人と一緒に数日間、行ったことがある。皆が言う通り、とても心地よい場所で、でも、とても不思議な場所だと思った。しかし、本書を読んで、バリ島というインドネシアの島の歴史と文化について、自分は何も知らなかったのだと、あらためて知らされた。

インドネシアはオランダの植民地であった。1600年頃からジャワ島の一部は東インド会社の支配下だったが、8つの王国に分かれていたバリ島の全域がオランダ支配下に入ったのは20世紀に入ってからだ。この物語は、1906年に、バドゥン王国がオランダの侵略で崩壊するまでを描く。

原作はヴィキイ・バウムの1935年の著作。冒頭、オランダ人医師の彼の元に、二人の客が訪れる。礼儀正しい接客のあと、医師はようやく一人の子供が高熱を発して生死の境をさまよっているのを知り、その家に急行する。なんとか子供の命を救い出したあと、旧友のバリ島人と出会い、今や遠い記憶となっているバドゥン王国の誇り高き「終末」のありさまを書き残すのが、年老いた彼の義務だと思い定める。この第1話を読んで、次の頁をめくりたいと思わぬ人はいないはずだ。

それにしても、バリ島人の忍耐強さと気高さは、わたし達の想像を超えている。我々極東の民族は、西洋人に比べて忍耐強く礼儀正しいのだと、日頃うぬぼれ自認してきたが、いやいや、バリ島人の足元にも及ぶまい。島の舞踊、音楽、美術などのレベルの高さは、その宗教性の深さと相まって、世界でも第一級のものだ。

そうした高い文化を生み出したバリ島の封建制社会と、武力と利権で版図を広げてきた西欧・オランダ人(このマンガの中では、それでも比較的フェアに描き出されている)との対立。これこそまさに、近世から20世紀前半にかけて、アジア一帯が体験してきた歴史的悲劇である。

さそうあきらという作家は美大出身ではないが、筆致から見て、なんらかの美術教育を受けたのではないかと想像する。また二つの賞を受賞した代表作「神童」や「マエストロ」(→書評)に見られるように、音楽にもとても造詣が深い。バリ島を描くには、最適の人だろう。ただ、描線がある意味、ドライで非情緒的、かつ二次元的なので、湿潤な南洋の奥深さは、とらえ切れない。しかし出版社の依頼原稿でもないのに、自らこれだけの作品を描き下ろしたのは、本当にさすがである。望むらくは、より多くの読者を得んことを。
(Amazon)

バリ島物語 ~神秘の島の王国、その壮麗なる愛と死~ : 1(honto)



21年度の個人的ベスト3

最後に、マンガだけでなく、活字本で今年読んだ中から、3冊選びたい。なお、「今年読んだ」であって、「今年出版された」ではないのでご留意を。わたしはめったに、新刊書を読まない。新しい情報の前に、味わうべき熟成された情報がたくさんあるからである。

アポロンの眼」 G・K・チェスタトン著 J・L・ボルヘス編纂/序文
哲学入門」 戸田山和久
沈黙」 遠藤周作


# by Tomoichi_Sato | 2021-12-15 18:07 | 書評 | Comments(0)

頭が良くなる方法は存在するか

過日、母のお墓参りのために鎌倉に行った。その時たまたま連れ合いが、今年は林達夫の生誕125周年に当たると、教えてくれた。ある出版社が、Twitterにそう書いていたらしい。

林達夫は長年、鵠沼に住んでいた。だとしたらお墓もこの辺にあるに違いない。そう思ってスマホでネットを調べてみると、果たせるかな、葬られている場所の名前が出てきた。じゃあちょっと足を伸ばして、林達夫のお墓参りにも行ってみるか、と決めた。

林達夫は私の最も敬愛する著作家の1人である。この人ほど頭の良い人は、滅多にいない。知的であるだけでなく、価値観も生活態度も高潔清廉で、かつ実際的であった。

林達夫の最もよく知られた仕事は、平凡社の「世界大百科事典」の編集長だったことだろう。昭和33年に8年がかりで完成したこの百科事典は、ある意味、戦後の知的世界の海図、ないし灯台の役割を果たした。林は戦後日本の知識人達の、水先案内人であった。

百科事典の編纂がどのようなプロジェクトで、そのプロジェクトマネージャーたる編集長が、いかなる能力を持たねばならないのか、今のわたし達には分かりにくくなっている。世の中を理系文系で分けて平然としている、わたし達の鈍感な知的風土にあって、林はどのトピックを拾い、どれを捨て、誰にどの原稿を依頼し、どういう注文をつけるべきかについて、最終的な責任を負った。

平凡社の世界大百科事典の記事は全て、著者の名前が最後に括弧書きで付いている。実名主義である。著者は記事の内容について、その正確さと公平さを含めて、保証しなければならない。だが最終責任はやはり、編集長にある。百科事典は高額な商品でもあり、それだけの信頼性が必要であった。これは無料だが匿名・無保証で提供されるネットの辞典に、すっかり飼い慣らされてしまった現代の我々とは、ずいぶん異なる態度である。

(ちなみに現在の世界大百科事典は、「ジャパンナレッジ」と言うサービスのもとで、ネットからサブスク・モデルで提供されている。その中には「林達夫」の項目もあり、ほとんどベタほめの内容だが、書いているのは、次の編集長となった加藤周一である)

林達夫は、わたしにとって若い頃から、一種のロールモデルであった。林は大学のアカデミズムにこもることもせず、出版ジャーナリズムの実業界で栄達も求めず、常に研究と実務のバランスをとりながら生きていた。

若い頃の林は一時、コミュニズムに傾き、戦闘的無神論者であった。後に共産主義からは離れるが、無神論者である事は変わらなかった。念のために書いておくが、西洋で『無神論者』とは、単に神の存在をあまり信じない者ではなく、キリスト教会に積極的に反対する人間、と言う意味である。

(もしもあなたが、「自分は神とか仏とか、あまり真面目に信じられないなぁ」と感じていても、西洋で「自分は無神論者だ」などと口走ってはいけない。その時あなたは、周囲にいるキリスト教徒を敵に回すと宣言するのと同じである。

単に特定の神仏を信じてないなら、「自分は非宗教的だ」と言えばいい。そういう言い方をする西洋人も、実際、非常に多い。さもなければ、自分はBuddhist(仏教徒)だ、とでも言っておくのが無難である。日本人は宗教に無頓着で、そのため海外でうっかり地雷を踏む人がいるので、あえて述べておく)

林達夫が1951年に発表した「共産主義的人間」は、彼のメルクマール的な文章だ。この中で彼は、スターリンとその共産主義を、徹頭徹尾、事実と証拠を挙げて批判している。フルシチョフによるスターリン批判の5年も前のことだ。その当時、スターリンはクレムリン宮殿の中の、いわば無謬の教皇であって、全世界の共産主義者は彼の前にひれ伏すことを専らとしていた。

もしも林達夫を知るために、著書を一冊選んで欲しい、と言われたら、私は中公文庫の「共産主義的人間」をお勧めする。薄い本で、戦後5年間に書いた、10余りのエッセイや論文が載っている。古代思想史、宗教、大学、戦争と現代政治に至るまで、その慧眼と予見力は、執筆時期を考えあわせると、驚嘆の一語である。

スターリンへの批判を始め、現代世界のおかしさに対し、彼が急角度で切り込むことができたのは、彼が誰かの翻訳や又聞きではなく、源情報に直接あたることを怠らなかったからだろう。

もっとも、自分が好きな一冊をと言われれば、哲学者の久野収との対談を収めた「思想のドラマトゥルギー」を挙げるだろう。自分のことをめったに語らない林が、晩年のこの本の中では、自己の知的遍歴を含めて、学び考えるとはどういうことかを、自由闊達に話している。西洋人の書いた本を、ありがたがって読むことが、知識人のシンボルであった時代に、自分の頭で考えるとはどういうことかを、林は身をもって示してきた。

真に頭のいい人とは、こういう人のことを言うのだ。

頭が良いとは、どういう意味だろうか。このサイトでも、時々考えてきた。わたし達は、頭が良くなれるだろうか。良くなるためには、どんな方法があるだろうか。

以前も書いたように、考えることの主たる目的は、問題解決にある。問題といっても、試験問題のように、誰かから与えられるものではない。自分の直面する現実を、より良いものにしようとして、直面するのが問題だ。望ましいのはこうだ、ところで今の状態は、この点が問題である、と。

であるから、もしも自分が、もっと頭が良くなりたい、と思うなら、とりあえず「自分は頭が悪い」と認めることから、始まなくてはならない。いいですか? 思った??

では、頭が良いとはどういうことなのか。

何か問題を考えるときは、まず、
「この問題は、世界で初めて、自分が気づいて取り組んでいるのか? それとも、すでにこの問題について、考えてきた人たちがいるだろうか?」
を検討するのがよろしい(ちなみにこのチェックリスト的な設問は、次世代スマート工場の研究会仲間で、とても頭の良い人である渡辺薫氏の、教育資料に依っている)。

そこですぐ思い出すのが、知能テストである。知能指数、いわゆるIQを調べるテストだ。知能指数が高ければ、頭が良い。ふむ、なるほど。そこですぐ、調べてみることにする。もちろん世界大百科事典を、だ(笑)

すると、こういうことが書いてある。知能はおおむね3種類に大別できる。適応力、抽象的思考力、そして学習能力である。それらは相互に関係がある。そして「一般には,知能とは知能テストで測定される能力であるという操作的定義(測定操作による定義)が,採用されている」とある。ただしこの記事の著者・滝沢武久は発達心理学者なので、どちらかというと青少年の知能について書いていると見るべきだろう。

ちなみに知能指数自体は、小学校2年生以後はあまり大きく変化しないという。また知能には遺伝的要因があることも、多くの証拠が示している。だとすると、アタマの良し悪しはほとんど生まれつき、ないし子どものうちに決まってしまい、大人になってからジタバタしても良くはならない、という事になりそうだ。

しかし、そうなのだろうか。そこで、知能検査の主流であるウェクスラー式についてネットで調べると、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」という4つの指標と、それらを合わせた総合的な指標(全検査 IQ)で個人の特性を評価します、という記事が見つかる(https://www.kaien-lab.com/faq/2-faq-diagnosis/wais-iv/)。

言語能力、空間知覚と推理能力、短期記憶、そして頭の回転の速さ。これがIQ、すなわち世でいう頭の良さである、と。もちろんこれらは大切に違いない。しかし私たちが、「あの人は頭が良い」と言う時に、これで全部カバーされているのだろうか?

例えば、「物知り」である事は、頭が良いと言われる大事な条件ではないだろうか。いろいろなことを知っている、知識量。それから、優れたアイディアを思いつくのも、頭の良さの1つではないか。そうした事は知能テストで測れるのだろうか。

あるいは、一見バラバラな出来事を結びつけたり、パターンに「気付く」能力も、頭の良さの一部だ。どうやら知能テストと、我々が求める頭の良さの間には、ギャップがあるらしい。

そもそも頭が良くなりたい理由は、問題解決をしたいからだ。そして問題解決については、前回の記事で5つのステップからなっていると書いた。検知、予測、決断、伝達、行動、の5つである。最後の「行動」は、頭の良さに関係ないので外すとしても、残る4つをどう高めるかが問題だ。

ちなみに「決断」の中には、解決策(選択肢)を思いつくことと、評価して決めることが含まれる。すなわち、気づく力、見通す力、思いつく力、決める力、伝える力、の5つだ。パターン認識、推論、創造、比較考量、言語化、と言いかえてもいい。これらの能力を、どうしたら高めることができるのか。

どういう方法があるかを考える前に、まず、そういう方法が存在するかどうかを検討してみよう。人間の能力は生まれつきだ、遺伝的なものだ、と考えるならば、アタマを良くする方法など存在しないと言うことになる。

しかし、上記の5つの能力をより生かすのに必要な基盤(資源)として、十分な知識量がいる。さらに、諸能力をバランス良く使いこなす、メタ能力(センス)が大事となるはずだ。こうした事は学んだり、訓練したりすることができる。

およそどのような能力であれ、身に付けるためには3つのことが必要だ。第一に、良い先生を見つけること。先生が見つけられない場合は、良いロールモデルを見つけること。2番目に、基本的な原理・方法を一応学ぶこと。そして3番目に、繰り返し練習すること。

特に最後の、自分で繰り返し練習する事は、重要だ。これなしに優れた能力が身に付く事は、絶対にない。すなわち自分で問題を立てて、考えることである。人から与えられた問題を解くだけでは不十分で、自分で問題を立てて解くことが必要だ。たとえ人から命じられ要求された問題でも、自分でその枠組み・フレームワークを捉え直して、問題を再設定する取り組みから始めた方が良い。

またある程度の思考体力をつけるためには、比較的長めの論理的な文章を読むことが大切だ。たくさんのステートメントを、つながりを頭に置きつつ、繰り返し追いかける事は、推論や創造、そして言語能力を高めることに役立つ。

2番目の、考えるための原理・方法はどうだろうか。思考の技法(テクニック)的な事柄については、世の中にたくさんの本が出回っている。だが、その根幹になる原理(プリンシプル)となると、やや心もとない。それでも例えば、哲学は多少の役に立つ。哲学(論理学を含む)は、真理探求の方法論だからだ。

では、先生は。あるいはロールモデルは?

そう。わたしにとって、若い頃からのロールモデルの1人が、林達夫だった。

彼が生きたのは、2つの世界大戦をまたぐ、困難な時代だった。彼の考え方は、大勢の主流派とも異なり、かつ、反体制の主流派だった共産主義とも異なっていた。彼を守ってくれる会社も党も組織もなかった。それでも彼は、自由に思考する人だった。考えれば、必ず、活路は開ける、と信じていたに違いない。

考える能力は、たいていの人に与えられている。しかし、考えることが妨げられている思考停止領域があると、ちゃんと考えられないものだ。思考停止領域は、ドグマや、イデオロギーが、自らの影として生み出す。ちょうどスターリン批判が許されなかった、共産主義社会のように。軍部の批判が許されなかった、戦時中の日本のように。

その日本が負けたとき、しかし彼は「文字通り滂沱として涙を止めなかった」と書いている(「新しき幕明き」)。こういうことを書く知識人は、実は本当に珍しい。でも彼は歴史家として、戦争に敗れると言うことの暗い恐ろしさを、よくよく知っていたのだ。

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その日は、夕方から霧雨になった。林達夫の墓標は、変哲もない市民墓地の片隅にあった。いかにも生涯、無神論者であった林にふさわしい。小さな、明るめの色合いの、横長の墓石に「林」と書いてあるだけで、墓碑銘は何もなかった。

建立されたのはご家族の方らしい。だが、そのために墓碑銘がなかったのではあるまい。おそらくご本人が、そういうものを一切望まれなかったのだ。その点も、とても林達夫らしいと感じた。知的な高潔さとは、こういうものなのだ。

プライドとは、国中に自分の銅像を造らせることではない。Prideという英語を、あるとき連れ合いは日本語に訳そうとして、自負とか自尊心とかいった、誤解され手垢のついた言葉を避け、「気高い心」という言葉を選んだ。それは他人に自分を尊敬させたいという、いやしい欲望とは無縁の言葉だ。誰にも屈せず、誰にも属さず、自由に考えること。わたしが何より林達夫に見習うべきなのは、その点だったのではないだろうか?


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2021-12-05 23:56 | 考えるヒント | Comments(0)

第5のリスク対応戦略を考える

皆さんはギリシャ神話に出てくるカサンドラの物語をご存じだろうか? カサンドラはトロイアの王子パリスの妹で、予言の能力を持っている。しかし彼女には、アポロンの呪いがかかっていて、誰も彼女の予言を信じない、という状況にある。

有名なトロイア戦争は、王子パリスが、スパルタ国王の王妃で絶世の美女ヘレネーを、故国トロイアに連れ帰ったことから始まる。カサンドラはこの事件が、トロイアの滅亡を招くと予言するが、残念ながら誰もそれを信じない。

カサンドラは、トロイの木馬を市民たちが受け入れたことに対しても、破滅を招くと警告する。しかしこの時も誰も信じず、結局トロイアは敗北する。そしてカッサンドラ自身も、ヘレネーの双子の姉クリュタイムネストラの手にかかって命を落とすのだ。

どんなに正確に未来を予見できても、人々がそれを信じて対応行動を取らなければ、何の価値もない。危険を予知しても、避けられなければ、もはや運命と言うしかない。ギリシャ神話は運命論の色調が強いが、カサンドラの話は、これをよく示している。

さて、以前もちょっと書いたことだが、リスクマネジメントの研修をする際に、私が必ず最初にする質問がある。それは、
「あなたは世の中に、運・不運があると思いますか?」
という問いである。

多くの人は、「あると思う」と答える。そこで私は言葉を継ぐ。「もし世の中に運・不運があるのなら、リスクマネジメントなんて、意味があると思いますか?」

運・不運があると答える人の比率は、3·11以後、とくに今回のパンデミック禍以来、かなり増えてきている。当然だろう。自分の意思だけでは左右できない、大きな世の中の出来事が、自分の仕事や生活に降りかかって影響を及ぼしてくる。そういう経験を私たちはしてきた。

それなのに、運・不運という、いわば人生観や世間知のレイヤーの概念と、近代的なはずのマネジメントや経営論の問題意識が、結びついていないのだ。そこでわたしは、運・不運という言葉を、「外乱」という、制御理論的な言葉に置き換えてみる。そうすると理科系的教育を受けてきた人は、少しだけ両者につながりを見つけられるようになる。

逆に言うと現代の経営学は、パフォーマンス的な成果が、環境条件の変化にいかに依存するか、との視点が弱いのかもしれない。ビジネスの成果は、リーダーや経営者の意識的な努力や能力によって、達成可能だ。そういう信念が、アメリカ流経営学の背後にある。なぜなら、自らの能力と努力によって、学問的競争に打ち勝ってきたと信じる人たちが、ビジネススクールで経営学者をやっているからだ。

「運・不運などない。どんなことも、自分の意思と能力で達成することができる」と考える人達にも、わたしは同じ質問を投げる。「もしもあらゆる事が『やる気』で達成可能なら、リスクマネジメントなんて、学ぶ意味はないですよね?」

プロジェクトにおけるリスクマネジメントとは、わたし達の行動能力が、環境変化や外乱によって毀損されないよう、対応をとることである。対応には、事前的な対策と、事後的な対応があり、この2つは車の両輪である。外乱と書いたが、実際にはリスクの源は、外部から降りかかることもあるし、プロジェクトチームの内部に発生するものもある。

そしてもし、わたし達が予言する能力を持ち、全てを予見できれば、リスクは存在しないことになる。もちろん中には、自分たちでは対応しきれないような、リスク事象もあり得るだろう。だが全てを予見するとは、自分側の行動の予見も含むはずである。自分が対応しきれない環境変化は、受け入れるしかない。それはある意味で確定した事実であり、リスクではない。リスクとは不確実な、すなわち予見し難い事象の可能性だからだ。、

リスクとは自分の行動能力が毀損される事象の可能性である。これがプロジェクトマネジメントにおけるリスク理解の原則だ。自分が目的に向かって主体的に進むための行動能力を毀損される。そのために目標を達成できなくなる。あるいは活動自体を、断念せざるをえなくなる。こうした可能性を最小化するために、プロジェクトのリスクマネジメントはあるのだ。

プロジェクトとは、自分が何らかの成果物を生み出したり、何らかの状態に到達するために、主体的に行動するものだ。現状のままで良いなら、変化したくないなら、プロジェクトはいらない。プロジェクトとは行動である。正確に言うなら、複数の人が協力して行う活動だから、互いに強調された行動の集合と言っても良い。

これに対して、守りのリスクマネジメントと言うべきものもある。それは、何らかの資産とか資金とか、人びとの健康とか、ITシステムとか、知的財産とか、あるいは環境といったものを、外乱から守るのが、守りのリスクマネジメントである。変化しないためのマネジメント、変化を嫌うための防備である。

この2つの指針や性格が異なるのは、当然のことだ。

なお、リスクを考える際には、リアルタイム性の概念が重要になる。なぜならリスクマネジメントは、ある種の適応行動だからだ。

リアルタイム性とは何か。これについては、以前このサイトでも説明したことがある。元は2000年刊行の「MES入門」第3章に書いた内容だが、リアルタイム性とは、対象系の時定数よりも、有意に速い反応(行動能力)のことである。

例をあげよう。住宅街の中を時速30キロで運転していたら、道の10mほど前方を、ベビーカーを押した若いお母さんが横切ろうとした。もちろんこの程度だったら、十分にリアルタイムによけることができる。だからこれは、リスクではない。

ところが、住宅街の中の夜道を60キロで飛ばしていたら、物陰から小学生の男の子が、ぱっと走り出てきた。これは避け切れない可能性が高い。リスクである。

両者の違いは何かと言うと、自分の車が、リアルタイムによけきれるかどうかだ。リスク源を検知してから、緊急避難行動をとって、間に合うかどうか。時速60キロだと、10m走るのに、0.5秒もかからない。これが前方の歩行者と、自分の車を含めた系の時定数だ。

系の時定数は、対象だけでなく、自分の側の速度や俊敏性、すなわち自分の行動能力に依存している。世の中には客観的なリスク事象と言うものはない。ある事象がリスクかどうかは、自分の側の反応速度ないし対応能力に依存しているのだ。

したがって、 自分の対応能力を上げることが、リスクマネジメントにおいて重要な要素になっていると分かる。

プロジェクト・リスクマネジメントに関する現在の標準書や教科書が述べているリスク対応戦略について、わたしが不満を感じのは、この点だ。回避・転嫁・軽減・受容の4種類が、戦略としてあげられているが、ここには自分の側の対応能力を上げる、という視点が欠けている。しいて言えば軽減戦略の中に含まれる訳だが、あまり明示的ではない。だから、対応策を考える際のガイダンスとして使いにくい。

「あのプロジェクトの最大のリスクは、プロマネが某さんだってことだよ」——こういう言い方が成り立つのは、対応能力の側に不安があるからだ。プロマネはもう決まってしまっているので、そこに不確実性は無い。確率100%だ。

では対応能力を上げるとは、具体的にどんなことなのか。そのためには問題発生時の対応行動のプロセスを考えてみればいい。具体的には5段階になるだろう。
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1 検知
 問題事象を検知する。場合によっては、事象それ自体ではなく、その前兆を検知する。なんだかポワンとするな、と感じて熱を測ってみる。うーむ、37度以上ある。これが検知である。検知のためには、何らかのモニタリング手法と、測定ポイントが確立していなければならない。

2 予測
 原因を特定し、事象の展開を予測する(場合によっては自分自身の行動予測も含まれる)。熱がちょっとあるから、風邪かもしれない。喉がひりひりして、鼻もつらい。お腹の調子も少しおかしい。まさかとは思うが、コロナ感染だろうか。いつもの風邪なら、布団をかぶって一晩寝れば、だいたい熱は収まるのだが。

3 決断
 取るべき選択肢を洗い出し、評価して、どれをとるか決定する(決断はプロマネの重要な仕事だが、組織内では権限範囲を決めてメンバーにも委譲しているはずである)。今日ははずせないミーティングがあるな。しかし熱があるからには、やはり職場には出られない。リモートで会議に参加しようか。いや、ここは医者に行って診てもらうことにして、発熱外来のある医療機関を探そう。

4 伝達
 選んだ決断を、チームメンバーに伝達する。プロジェクトは複数の人間が協力して進める活動だから、人にも動いてもらわなくてはならない。自分一人の病気とは言え、休むことは職場に伝える必要があるし、しばらく自分の仕事をカバーしてもらわなければならない。家族にも熱があるから、接触を控えるよう、伝えなければ。

5 行動
 伝達された決断に従い、組織内の各担当者が仕事上で実際の行動に移す。医者にいって検査と診察を受け、もらった薬をとりあえず飲んで半日寝たら、幸い夜には平熱に戻った。まだ鼻と喉がつらいが、明日は落ち着きそうだ。疲れが溜まっていたのかもしれない。休めと体が言ったのかな・・

検知→予測→決断→伝達→行動、をスムーズに動かすためには、良い組織づくりが必要である。検知した情報を上に伝える事と、決断・指示を各担当者に伝える事では、双方向のコミニケーション能力が大切になる。

一番クリティカルなのは、3番目の迅速な決断である。そのためには、各人の権限範囲がはっきりしている必要があるし、プロジェクトチーム自体が会社から任された責任範囲も明確になっていなければならない。もちろんプロマネその人の決断能力も問われる。だがしばしば、プロマネの権限範囲を狭めておいて、かつ、プロマネが相談できるスポンサーも不明確な組織があるのである。

とは言え、決断・伝達・行動は、リスク対応策と言うよりは、本来あるべき組織作りと言えないこともない。そこで対策として重要になるのは、検知能力と予測能力を向上することになる。

検知には、モニタリング手法と測定ポイントの確立がいる。そして予測のためには、過去のデータや経験値・教訓(L&L)へのアクセス、ならびに簡単なシュミレーターなどが必要になる。これらを合わせて、わたしは「監視」戦略と仮に名付けている。

たとえばプロジェクトで外部から購入する資機材について、予算設定時よりも高い見積がでてきたら、報告をすぐ発信するようにルール化する。あるいは、その原料相場自体が高騰してきている事を、ニュースアラートで知るよう設定する。こうしたことが監視戦略の対応策である。

市場価格それ自体は外部環境で、自分たちでコントロールすることはできない。それでも早めに検知できれば、打つ手を考えられる。

あるいは、外注した業者の品質問題や進捗遅れなども、なかなかコントロールしがたい。しかし定期的にミーティングをもってウォッチしておけば、早めに問題を検知できる。また過去のその業者の納期パターンも参考にできれば、もっと良い。こうしたモニタリングの仕組みも、リスク対応策の一つだ。

実際のリスクアセスメント・セッションをやってみると、こうした監視型の対策が、けっこう多く出てくる。従来の分類で言うと「軽減」になるが、軽減戦略はリスク事象の発生確率を抑えたり、影響度を下げるために冗長化・頑健化するイメージが強い。だが予見(=検知+予測)能力をあげる事も、俊敏な対応を可能にする点で、有用なリスク対応戦略なのである。

ギリシャ神話のカサンドラは完璧な予言能力を持ちながら、誰もそれを信じなかった(「伝達」が機能しなかった)ために、トロイアのリスク対応能力はまったく機能しなかった。カサンドラがアポロン神に呪いをかけられたのは、もともと彼女が、言い寄ってきたアポロンの心変わりを予見して拒絶したからだ。

予知するだけは危険は防げない。トロイアの対応能力を超えた悲運を見通したとき、彼女は覚悟を決めたはずだ。そこでわたしは、かつて人生の師と仰ぐR先生から聞いた言葉を思い出すのである。リスクマネジメントについて得々と語るわたしに、R先生はこう言われたのだ。

「君は覚悟を決めて、それを選ぶのか。覚悟してやらないものは、戦略ではない。たとえ裏目と出ても、その結果を自分で引き受ける。そういう覚悟ができる人のことを、真の大人というのだよ。」——一体わたしは、本当の意味で自分を大人と呼べるだろうか。予見と成熟について考えるわたしの耳の底に、いつもこの声がよみがえるのである。


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# by Tomoichi_Sato | 2021-11-27 23:36 | リスク・マネジメント | Comments(1)

再び、モノサシを疑え

モノサシを疑え」という記事を書いたのは、2004年春のことだった。4月なので、世の新入社員向けに訴える形にした。世の中が勝手に押し付けてくるモノサシ、つまり評価尺度を鵜呑みにして、それに自分を合わせようとしない方が良いよ、という趣旨だ。

わたしが自分の書いたすべての記事の中で、1本だけ選べ、といわれたら、この「モノサシを疑え」をとるだろう。アクセス数の面では、とくにヒットした訳でもない。比較的短い記事で、図表もない。だが、思考のアプローチ、価値観の持ち方、製造業を例に取ったシステムに内在するトレードオフ、そして文章のリズム感など、わたしのこだわる要素が、こもっている。

ちなみに当時わたしは、「革新的生産スケジューリング入門」というサイトをメインに運営していて、まだExciteのブログである「タイム・コンサルタントの日誌から」は始めていなかった。この記事をブログに転載したのは、2010年になってからのことである。当時のメインのサイトは、元々、2000年の4月に、同名の拙著『革新的生産スケジューリング入門』の正誤表を含む、一種のアフターサービス・ページとして出発した。スタティックなHTMLで、文章もタグも全部自分で書いていた。

何年か後に、ブログという便利な仕組みが登場したので、併用することにした。それがExciteの「タイム・コンサルタントの日誌から」である。でも結構長い間、旧サイトとを並行運用した。ブログは複数の記事を構造化し、順番をつけて読者に提示するには不便だからだ。旧サイトは2017年に、プロバイダーのサービス停止をきっかけに、WordPressを使った別サイトに移行した。しかし、どうもWordPressが肌に合わず、結局そちらは更新を止めて、アーカイブ的な位置づけになっている。

ともあれ、わたしのこのサイトは、かれこれ20年以上も続いている訳だ。週1回ペースを心がけようとしてきたが、実際には平均8〜9日おきに1本、書いている。書き続けるネタがよく尽きなかったとも思うが、何よりも、読んでくださる読者の皆様のおかげと感謝している。

これまでを振り返ってみて、「モノサシを疑え」を書いた頃は、ちょうど自分にとって転機となる時期だったと感じる。その前までは、自分はテクノロジーの進展と世の進歩を、世間並みに信じていたように思う。2000年に生産スケジューラAPSの本を書き、同時期に共著で製造実行システムMESの本も出した。その前はERPやSCMの本も、共著で書かせてもらった。情報処理技術者試験のプロマネの参考書も、出していた。

ビジネスという競争社会の中で、本も書いて名も売ったし、テクノロジーに明るい専門家として、時流に乗って先端を行けるものと、楽観的に信じていたようだ。そして新技術を適用すれば、多くの企業の問題も不況も解決できるはずだ、と。だがこの記事を書いた頃から、だんだんとわたしは、そうした楽観論に懐疑的になってきた。

問題はテクノロジーではなく、むしろ、わたし達の考え方、思考習慣の方にあるのではないか。世の中の多くの人を導く、Guiding Principle=指導原理が間違っている。それは、おかしな価値評価尺度と、競争原理とが組み合わさった形で、わたし達を方向付けようとしてくる。そこに気づかないと、問題を解決するどころか、問題を深めてしまう。そういう風に、次第に思うようになった。

一つ例を挙げよう。成長率である。「経済成長」という言葉を世間が使うとき、それはGDP(国内総生産)の成長率を意味している。この数字が上がるかどうかで、政治家も財界もメディアも一喜一憂する。

だが、GDPとは何か。これは一定期間内に、国内で新たに生み出したモノやサービスの付加価値の総計である。「国内で」だから、日本企業が海外で生み出した付加価値は含まれない。トヨタやソニーがいかに海外で活躍しようが、それはGDPには算定されない。

そして、GDPは「売上」の合計でもなければ「利益額」の合計でもない。貴方の会社が今年10億円の売上増加を達成しても、その結果2億円の経常利益を上乗せしても、それ自体は経済成長=GDP成長率にはカウントされない。GDPとは「付加価値」の合計だからである。

じゃあ、付加価値とは何か。

「付加価値の高い製品を、消費者に提供しなければ」とか、「高付加価値なサービスは、お客様を満足させられる」とかいう言い方を、よくきく。だが、残念ながら、このような言葉の使い方は、完全に間違っている。付加価値とは消費者に渡したり、顧客が感じたりできるものではない。少なくとも、経済学的な付加価値とは、そういう種類のものではない。

国内総生産GDPが付加価値の総計だ、という場合、その「付加価値」とは、売上から外部コストを差し引いた金額を指す(より厳密には「粗付加価値額」とよぶ)。あなたの会社が、外部から100円のモノを買ってきて、自社内で見事に加工して、1,000円の製品として売ることができれば、それは1,000 - 100 = 900円の付加価値を生んだのだ。社内の労務費・人件費とか、機械設備の減価償却とかは、計算に入れない。外に出て行く原材料コストだけを、問題にする。

また、もしも加工作業を、3Kでめんどくさいし、ウチは「高コスト体質」だからと、外注に出したらどうなるか。もし外注費が250円かかったら、あなたの会社の付加価値は、1,000 - 100 - 250 = 650円で、前よりも減ってしまうのだ(ただし、外注加工を受託する会社は、売上増250円の何割分か、付加価値を増やすだろうが)。

こうしてみると、「消費者は付加価値の高い製品を選ぶ」などというのは、間違いだと分かる。だって消費者にとって、そのメーカーの外部コストなど知りようもないし、選ぶ際に考慮もしないからだ。「高付加価値なサービスなのでお客様が満足する」も、同様に嘘だ。だって、サービスの元ネタを業者がいくらで買ったかなど、分からないではないか。あなたは帝国ホテルがどんな出費をしているか、知っているだろうか。それでも、東京のゴージャスな宿泊先を選ぶのには、関係ないではないか。

つまり、上記の「高付加価値な製品・サービス」という文言は、じつは「価値の高い」製品・サービスと表現すべきなのである。消費者が買う製品やサービスの価値は、買ってみれば分かる。そして、あなたの会社が、いかにゴージャスで価値の高い製品を増やそうと、それだけでは経済成長には結びつかない。ゴージャスな製品で売上は増えたが、もし原材料の外部コストも同額だけ増えたら、付加価値は変わらないのだから。

ちなみに、日本のGDP(名目)は、年間540兆円程度である。日本の勤労人口は6,000万人強だから、一人あたりの付加価値額は、約900万円ということになる。

そして企業は、この付加価値から、社員の人件費や減価償却費や税金などを支払うのだ。付加価値の内、何%を人件費にあてるかを、「労働分配率」とよぶ。日本の労働分配率は全産業平均で、65〜70%程度ということになっている。

労働分配率と成長率は、直接は関係がない。分配率は付加価値の内訳に関する数字で、成長率は付加価値全体の伸びを示す。船にたとえてみれば、積み荷の前後のバランスと、航行速度みたいに、独立したものだ。だから、「成長なくして分配なし」とか、「成長が先か分配が先か」といった議論は、あまり意味がないことが分かる。もちろん国民経済という全体システムの中では、いろいろな媒介項をへて関係し合っているから、まったく無意味とは言わないが、あまり筋のよい問題の立て方とは言えまい。

話を戻そう。30年近い不況の間、わたし達の社会は、経済成長率を主要な「モノサシ」として、政策や景気を論じてきた。モノサシの計算結果だけ、第2四半期はマイナス0.3%だったとかいう風に、天下り的に公表される。

そしてたいていの人が(政治家や経営者も含めて)、そのモノサシが具体的にはどういう意味かを疑わずに、受け入れてきた。その事は、上に書いた外注化の損得や、分配率の議論の混乱を見ればよく分かる。

数字で測られ、目標値を与えられたら、あとはその理由は問わずに、馬車馬みたいに働く。なぜ、そのモノサシなのか、なぜ、その目標なのか。そこは考えない。そういうメンタリティが、この社会ではよしとされるらしい。受験競争など、その典型だろう。「良い学歴」という謎のモノサシを、疑わずに受け入れる青少年だけが、入試のための勉強という意味不明な苦行を乗りこえて、栄冠を勝ち得ることになっている。

良い学歴を得た人は、社会に出て大企業だの官公庁だのの主要ポジションを得る。そしてまた、売上やら営業利益やら経済成長率などのモノサシを、疑わずに受け入れて、しゃにむに頑張るのである。そのモノサシは、たいていの場合、ずっと以前に設定されたまま、受け継がれているだけだ。誰がいつ設定したのか、現在の状況ではどのような意義があるのか、といった事は検討されずに棚上げになっている。

誤解しないで欲しいのだが、わたしはGDPや経済成長率といった指標をやめるべきだ、と主張しているのではない。その意味と意義を再検討しよう、と言っているだけだ。そして、もしそのモノサシだけでは偏りが生じる心配があるなら、もう少し別の指標も併用を検討したら良いと思う。

たとえば(分配に関連する議論を続けるなら)、多くの企業の経営ビジョンやら経営計画を見ても、「社員の給料をもっとずっと上げる」ことをうたったものは、ほとんどない。経済団体もそんな事は言わない。むしろ、いかに「人件費を抑制するか」に、頭をひねっている感じだ。

しかし、もし真に優秀な人材を集めたいなら、そしてすぐ転職退社されたくないのなら、高い給料を払うべきというのが、市場経済の原則ではないか。事実、すでに管理職の給与水準は、韓国やシンガポールなどに追い抜かれている。現地ではもう、本社より高いお金を払わないと、有能なマネージャーを雇えなくなった。

言うまでもないが、この日本という小さな島国には、人財しか資源がないのだ。だとしたら、人財に投じる投資=報酬を高くするにはどうしたら良いか、それでも競争力を維持するには、どんな戦略を講じるかを、必至に考えるべきだろう。言いたくはないけれど、インダストリー4.0を提唱したドイツは、そういう問題意識で考えていたよ。

わたしは「モノサシを疑え」の記事の中で、入社式で訓示する経営者を皮肉った。だが別に、会社がお金儲けをする事自体は、悪い訳ではない(当たり前だ)。ただし、お金儲けだけをずっと追求し続けると、副作用を組織の内外にもたらすことが多い。だからステークホルダー資本主義とか、インパクト加重会計といった考え方が表れてきたのだ。これは建前とか美辞麗句の話ではない。企業が生き残るためには、お金儲けというモノサシ以外にも、別のモノサシが必要なのである。

もう少しシステム工学的な言い方をするならば、たった一つの指標だけでシステムを運営するのは良くない。システムには、トレードオフが内在する。だから一つの指標だけを追いかけると、必ず歪みが生じてくる。

内部に人間系を含むシステムの場合、人びとはその指標に合わせて行動するようになり、さらに事実認識や思考方法も、次第にその指標に都合の良い風にバイアスがかかるようになっていく。正しい情報が伝わらなくなったシステムは、適応性や永続性を失う。

そうしたことを、昔の人はすでに良く知っていて、「人は神とお金という二人の主人に、同時に仕えることはできない」というような事を言ったのだろう。単純な、単線的な価値観でなく、複雑で多層的な世界との共存。それがおそらく、成熟ということなのだ。

成長だけを追い求めるのは、成長期の青少年のすることである。モノサシを疑う人は、おそらく成長から成熟へと、曲がり角を曲がろうとしているのだ。わたし達にとって成熟とは何かを、本サイトでは引き続き考えていきたい。


# by Tomoichi_Sato | 2021-11-17 23:56 | 考えるヒント | Comments(1)

お知らせ:スマート製造の新しい潮流に関するWebinar講演を行います(11月17日)

皆さんは「トレーサビリティ」という言葉をお聞きになったことがあると思います。肉屋さんに行くと、牛肉の部位や産地のみならず、生産者などについて詳しく表示してあったり、あるいはパックの値札に「個体識別番号」が印字されていたりします。あれが「牛肉トレーサビリティ制度」の仕組みです。日本では牛一頭毎に個体識別番号が付され、流通過程でも農家→と畜業者→流通業者のサプライチェーンで伝達され、記録されます。

同じようなトレーサビリティ=「追跡可能性」が、製造業の多くの分野で求められるようになってきました。これはかつてのISO9000による「品質マネジメントシステム」導入以上のインパクトを、日本企業に与える可能性が大です。さらに欧州では、これを支えるためにデータ交換基盤を作り、さらにISO8000「データ品質」の標準化が議論されています。まさに品質リスク攻め、です。

こうした動きは、現在まさに英国エジンバラで開催されているCOP26の、脱炭素・グリーン化への動きとあいまって、製造業にさらなる課題を突きつけています。しかし、受け身でこうした『外圧』に対応するだけでなく、これをバネとして自社の技術基盤を強化するきっかけにしたいと思いませんか?

今回は9月に引き続き、愛知県で製造業向け情報システム分野をリードする(株)エスツーアイさんが主催し、世界有数のMESベンダー・ダッソーシステムズさんが協賛するウェビナーで、講演を行います。わたし自身は、「スマート製造を実現する高クオリティ化とグリーン化 ~守りの業務から、攻めの技術へ~」と題し、 上記二つの潮流と対応方針についてお話しします。トレーサビリティや環境負荷物質管理の具体的なソリューションについては、エスツーアイさんとダッソー・システムズさんが説明されます。

東洋の島国に住むわたし達にとって、国際的な動きは距離感があって分かりにくいまま、ある日突然、天下り的に降ってくるように感じられる場合があります。しかし製造業にとって切実なこの課題に、どう取り組むべきか、ぜひ一緒に考えてみたいと思います。


SDGs時代の品質管理と環境負荷物質管理Webinar

日時:2021年11月17日(水) 13:30~17:00
 事前登録制、参加無料。

講演者と内容:(敬称略)
1.オープニング
2.スマート製造を実現する高クオリティ化とグリーン化 ~守りの業務から、攻めの技術へ~ ・・・ 講師:日揮ホールディングス 佐藤 知一
3.まだEXCELでやってるの? 3DEXPERIENCE Platformで実現する「品質管理」 ・・・ 講師:ダッソー・システムズ ENOVIA営業部 山本 晃司 様
4.3DEXPERIENCE Platformでできる「環境負荷物質管理」 ・・・ 講師:エスツーアイ システム開発センター 中村 条光 様
5.3DEXPERIENCE Platformは、基本ライセンス(PCS)でここまでできる! ・・・ 講師:ダッソー・システムズ ENOVIA営業部 山本 晃司 様

ウェビナー紹介サイト:

以上、大勢の方のご参加をお待ちしております。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


# by Tomoichi_Sato | 2021-11-08 23:32 | サプライチェーン | Comments(0)