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お知らせ:「次世代スマート工場と製造業の活力再生」を日経研月報7月号に書きました

お知らせです。

日本政策投資銀行のグループ企業である、(一財)日本経済研究所の依頼で、機関誌「日経研月報」2021年7月号に、「次世代スマート工場と製造業の活力再生」という解説論文を書きました。

この機関誌は、原則として日本経済研究所の賛助会員に配布されるもので、読者層の多くは企業経営者や金融関係者、あるいは官庁自治体の政策立案部門の方と思われます。そこで、製造業の工場のあり方に詳しくない読者向けに、今、日本の工場の何が問題なのか、どうしていくべきかを、できる限り分かりやすく解説することにしました。

日本の製造業は世界一、と無条件に信じている人達は、非常に多いと思います。それは、むしろ製造現場から遠い層ほど、強い信憑を抱いているかも知れません。しかし、現実の課題と格闘している製造業の実務家の人達は、目に見えぬ壁のようなものに突き当たり、もがく気持ちをしばしば抱いています。

その壁を突き崩すには、製造現場から遠い経営者や金融・政策立案関係の人たちに、問題のアウトラインを理解してもらう事が必要です。その一助になればと思い、執筆しました。もちろん、わたしの勤務先の取り組みも少しは紹介しましたが、宣伝くささは抑えて書いたつもりです。

内容は、以下のような章立てになっています:

1 はじめに
2 このままでは二流になる日本の製造業
3 工場ぐるみの賢さを
4 スマート工場化への先進的取組事例
5 スマート工場化のロードマップ
6 工場づくりはアウトソーシングの時代へ

この機関誌は、Webでも会員向けに限定公開されていますが、おそらく本サイトの読者の多くは入手が難しいと思われます。そこで許諾を得て、PDF版を下記のUrlにて公開することにしました。

「次世代スマート工場と製造業の活力再生」佐藤知一、日経研月報 2021年7月号

なお、もしも本記事を引用される場合は、「日経研月報 2021年7月号」からの引用であることを明記の上、著作権法の許す範囲で引用ください(・・つまり、全文をコピペしたり、図や写真を借用したりしちゃダメ、ってことです^^;)

よろしくお願いいたします。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


# by Tomoichi_Sato | 2021-07-11 16:18 | 工場計画論 | Comments(0)

成功するプロジェクト計画はこうして立てる

「あなたは、同期30人の集まるパーティの幹事になりました。
 あなたが最初にすべきことは何ですか?」

--これはプロジェクト・マネジメントを人に教えるとき、わたしが必ず出すクイズの一つだ。実はその答えについて、以前このサイトで書いたことがあるのだが、もう9年も前の記事(笑)なので、覚えておられる読者も少ないだろう。そこで、あらためて考えてみていいただきたい。最初にすべきことは何か?

相手が学生の場合、「日程を決める」「店を探す」「参加者のリストを決める」等々、いろいろな答えが思いつく限り出てくる。もちろん、どれもそれなりに正しいように見える。でも、求めている答えはそれじゃないです、どんな種類のパーティやイベントの場合にもあてはまる、唯一の普遍的な正解があるのです、とわたしは続けて説明する。しかし、その『正解』が出てくることは、まずない。

一方、相手が企業人の場合は、ほしい答えを言い当ててくれる人が、ときどき、いる。わたしの求める答えとは、『計画を立てる』である。同期3人の飲み会なら、その場の勢いで決めて動ける場合もある。だが30人の参加するイベントとなったら、計画を立てずに進めることは、まず、できない。

イベント(という種類のプロジェクト)では、
 (1)計画を立てる、
 (2)準備をする、
 (3)当日のイベントを実行する、
 (4)終結する、
という大きな4つの段取りを、必ず経ることになる。その第一歩が「計画を立てる」ことなのは、ある意味、企業人から見たら当然だろう。だが、学生にとっては(たとえ東大の大学院生であっても)、「当然の常識」ではないのだ。

そしてここに、わたし達の文化の持つ、弱みが透けて見える。計画という仕事の位置づけが、社会の中で薄いのだ。わたし達の社会が、大規模な兵站(ロジスティクス)に弱いことは、今回のワクチン供給騒動でもあらわになった。その根本原因は、計画能力の弱さにある。だからこそ、わたしは拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』で、大事な「チャレンジのOS」の3要素の一つとして、「かならず計画を立てる」を入れたのである。

それでは、計画とは、どうやって立てるのか? 成功する計画立案の技術があるとしたら、それはどのようなものか?

計画の技術について、大学で教わったという読者は、何人おられるだろうか。あるいは、小中高校で聞いた記憶がある、という方は? まあ、たぶんどちらも、ほぼゼロであろう。じゃあ会社に入って、計画の技術について、教わったことはあるだろうか?

ある、という方は、それでもきっと少数派だ。だからこそ、当サイトのの存在意義があるのである。

計画を立てるとは、次のようなステップからなるプロセスである。
成功するプロジェクト計画はこうして立てる_e0058447_23332562.jpg

0 何をなすべきかを明確にする。ゴールは何か。目的・目標は何か。そして制約条件は何か
 →Project Charterに、それを書く

1 それを実現するために必要なActivityをすべて洗い出し、構造化・リスト化する。重複も、洩れもないように
 →Activityリスト・WBSに、それをまとめる

2. それぞれのActivityを誰がやるべきかを考える
 →組織図・分担表で、それを定める

3. Activityの順序と必要な期間から、全体工期と着手・期限を決める
 →Logic network図マスタスケジュールに、それを表す

4. 必要な期間・作業量から費用を見積り、収支を計画する
 →実行予算で、それを規定する

5. リスク・アセスメントを行い、計画全体を修正する
 →リスク登録簿に、それをまとめ、必要に応じて1〜4に戻って、計画を修正、完成する

個別のステップの説明よりも、なぜ、このような流れなのかを、ぜひ理解しよう。まず、最初はプロジェクトという活動の目的(Why)と、目標・制約を明らかにするところから、出発する。これを定めずに、お金や人の話をしても仕方がない。

では、なぜ次に、ビジネス界で一番重要な、お金の計画に進まないのか? 答えは簡単だ。具体的に何をやるかが決まっていなければ、コストを見積もりようがないからである。だからWhyの次は、何をやるべきか(What)、つまりアクションの洗い出しになる。それが見えてきたら、誰にやってもらうのがふさわしいか(Who)を考える。ここには、外注とか調達などの要素も入ってくる。

そして、誰が何をやるか、が見えてはじめて、スケジュール(When)について議論することができる。スケジュールが分かってはじめて、プロジェクトを構成する各種の活動Activityについて、費用を見積ることができるのだ。とくに人件費や場所・ツールといったリソースの費用は、期間に応じてコストがかかるのが通例だから、スケジュールが決まってはじめて、コスト計画が可能になるのである。

そして、誰が何をいつ、どうやって、どれだけの費用をかけてやるのかが明らかになって、はじめてリスク・アセスメントが意味を持つのである。その結果、何らかのリスク対策が必要になるかも知れない。つまり、計画の見直しとアップデートだ。ここで、計画立案作業に、多少のリワークが生じる可能性がある。だが、この作業を、もっと前の方のステップでやることは、できない(やっても意味がない)。それは失敗への道である。

PMBOK Guide(R)などで勉強した方は、ともすると、スコープ・コスト・スケジュール・品質・調達・コミュニケーション、などの領域を、お互いに対等で平等な関係だと誤解しがちである。だが、そんな事はないのだ。スコープ→人的リソース→スケジュール→コスト→リスク、という5大要素は、お互いの間に、明らかな順序的な依存関係がある。計画段階では、それを意識しなくてはならない。

ちなみに、最初のStep-0とStep-1の二つをあわせて、『スコープ定義』Scope definitionと呼ぶこともある。Charterができあがり、Activity ListとWBS辞書が作成された段階で、プロジェクト・スコープはかなり明確になる。つまり、やるべきことは明確になるのだ。仕事の地図が見えたと言ってもいいだろう。

その段階ではまだ、誰が、いつやるか、金はいくらかかるのか等、未定事項も多い。でもここが、プロジェクト計画策定プロセスの、前半の山場だとも言えるだろう。ようやく地図の全体像は見えた。目指すべき地点もはっきりしてきた。だがルートはまだ、ぼんやりしている。

ルートを明確にするのが、後半の作業だ。それは最終的には、お金とリスクの話に収束する。そして会社の経営者が一番気にするのも、この2つだ。だが、それを最初から考えることは、できない。地図もなく、ルートもわからないのに、切符代や旅行保険を議論できないのと同じだ。この順序で立てるから、実行可能な、つまり成功するプロジェクトの工程表と予算が出てくるのだ。

このアプローチのもう一つの特徴は、やるべき仕事(Activity)から、それを遂行する人や組織を考える点にある(上記のStep-2)。仕事を起点に、それに向いた組織を計画する。今すでに存在する組織と人を前提にして、仕事の仕方を考えるのではない。なぜなら、プロジェクトとはかならず初めての試みを含むものであり、それはしばしば、既存組織の境目やスキマに落ちるからである。

あるいは、計画づくりとは、建物のようなものだと考えることもできる。地盤の上に基礎(土台)があり、柱を立て、1階・2階と順に積み上げていく。コストとリスクは最上階だ。最上階から、先に作ることはできない。地盤に相当するのはProject Charterであり、基礎に相当するのがWBSだ。ここが不整形でヤワだと、その上にちゃんとした建物が建つはずがない。WBSはプロジェクト計画に共通する基礎なのである。

計画立案とは、ある意味、プロジェクトのモデリングを行う仕事である。モデルだから、一種の近似である。あまり細部までつっこむよりも、主要な点をうまく模倣できるかどうかが肝心だ。そしてモデルだから、あれをしたらどうなるか、ここを変えたらどうなるか、という検討のたたき台になる。

ものごとは、計画通りには決して進まない。だが、計画は絶対に必要だ」との名言を残したのは、第2次世界大戦の連合国側の将校だった、アイゼンハワー元大統領である。彼は兵站(ロジスティックス)の重要性を、よくよく認識していた。大勢の人を動かす作戦は、出たとこ勝負では回せない。事前に頭の中で、シミュレーションが必要なのである。たとえ現実が予想から外れたとしても、頭を使ったことは無駄にならない。

わたし達の社会では、しばしばこの逆のパターンを見かける。最初に、ゴール地点の幸せなイメージがありるが、どういうルートをたどるとベストかの思考実験はない。かわりに、既存の人や組織に号令を下せば、あとはなんとか現場の頑張りで実現できるはずだ、という奇妙な楽観論があるだけだ。

そういうやり方も、今から半世紀以上前、前回の東京オリンピックのころまでは有効だったかも知れぬ。あの頃は、「突貫工事」という言葉が流行語になった。それはある意味、昭和的な単純思考の産物だが、社会もそれだけシンプルだった。21世紀の複雑系社会に生きるわたし達は、いきなり走り出す前に、もう少しだけ考える時間が必要なのである。


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# by Tomoichi_Sato | 2021-07-07 23:41 | プロジェクト・マネジメント | Comments(2)

ネゴ(交渉)が苦手な人のために(2) 〜 解決策のビジョンを導く3 x 3の質問

交渉(ネゴ)は苦手だ、と悩む人は多い。しかし、わたし達が組織や社会で仕事をしている限り、上司や顧客・周囲の人などへ、自分の意見への合意や理解を求める場面は、数多い。自分のアイデアを理解してもらう事は、広い意味のセールス(売り込み)であり、交渉の一種である。そしてもちろん、相手の人達から、何らかの譲歩を取りつける必要だって、しばしばあるだろう。

わたしは大学や社会人相手に、プロジェクト・マネジメントの授業や研修を行うとき、できるだけ「交渉」に関するレクチャーを入れることにしている。プロジェクトを進める際には、必ず交渉の場面が出てくる。交渉能力は、プロマネの能力の重要な一部だ。だから拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』 でも、交渉の練習をする場面を入れている。

だが、ネゴシエーションの技法や、交渉の戦略論を教えてくれる大学の授業は、滅多にない。だからたいていは、素人同然のまま社会に出てくる。先輩だってちゃんと教えてくれないし、実は教えるようなテクニックももっていなかったりする。仕方なく、見よう見まねで、ネゴに向かうことになる。これが海外相手のプロジェクトだと、向こうは交渉に百戦錬磨だったりするから、まあ結果はいうに及ばずである。

かといって、交渉の場面を避け続けると、どうなるか。自分がどんなに優れたアイデアを持っていても、その賛同者を得ることができないだろう。賛同者がいなければ、実現の可能性だっておぼつかない。まして、もっと具体的な交渉、たとえば追加費用の交渉などから逃げ続ければ、当然、赤字という結果に陥るだろう。

そうなれば、自分の評価・査定が下がってしまう。重要なポジションにつけなければ、面白い仕事にかかわるチャンスだって回ってこなくなる。そういう仕事にありつけるのは、陽気で押しの強い口達者な性格の奴だったり、あるいは生まれつき、他人や上司との交渉に長けた連中だったりする。能力や知識や技術でなく、持って生まれた「性格」が、チャンスを射止めるのだ。組織って、それでいいのだろうか?

それでいいじゃないか、とお思いの方は、この先の文章など読む必要はない。何せ、生まれつきで十分だという、ご意見である。いや、それではまずい、と考えられる方のみ、続きを読まれたい。交渉には方法論があり、ネゴの能力はトレーニング可能だ、という風に、わたしは考えるからだ。

そこでまず、基本的な理解からはじめよう。交渉(ネゴシエーション)とは、相手と共同で進める問題解決プロセスである。ここをまず、よく認識したい。

交渉とは、対決でも口喧嘩でもなく、「知的なレスリング」でもない。もちろん知的な相撲でもない(「知的な相撲」ってのがどんなものか、うまく想像できないが)。要するに、勝ち負けのかかった対立confrontationではない、という事だ。

ネゴは対決勝負だ、と考えるから、どうしても緊張感で、および腰になってしまう。でも、最初から逃げ腰では、よい交渉はできない。そうではなくて、これは相手側との共同作業だ、ととらえる。

相手と自分の間に、認識のギャップがある。越えるべき問題点がある。それを明らかにして、一緒にギャップを埋める解決法を探る。それが交渉なのだ。そう考えれば、ケンカが嫌いで平和主義のあなただって、まずは一緒にテーブルに座ろうかという気持ちになるだろう。

こちらが知っている事で、相手が理解していない事がある。その認識のギャップを埋めるためには、まず、相手のペイン(悩み)を推測し、把握する事からはじめるべきだ、と前回の記事で書いた。

ところで、顧客のニーズには、三段階がある。(1) 隠れたペイン → (2) ペイン → (3) 解決策のビジョン、の三つだ。そして、第1段階の『隠れたペイン』を、第2段階の『ペイン』に意識化して格上げするためには、「その悩みは解決可能である」という希望をもってもらうことが大事だ、と書いた。

次に、相手に、ペイン(問題)の解決は、「こうすればいい」とのビジョンをもってもらう。つまり、第2段階の『ペイン』を、第3段階の『解決策のビジョン』まで持って行く訳だ。そのビジョンには、自分が売りたいアイデア(ソリューション)が組み込まれている必要がある。

そのためには、どうしたらいいか。

前回紹介したボズワースは、3つのステップからなるプロセスを紹介している(『ソリューション・セリング』第2部)。それぞれのプロセスは、質問からなっている。プッシュ型の(押しつけがましい)相手への説明ではなく、プル型の(相手に主導権を持たせる)質問である点に留意されたい。

第1ステップ:「問題点の認識」(原因の特定)

ここでは、まず、相手がペインと意識した問題点について、相手の思考と説明をうながす。そして、その問題点の原因は何かをたずねて、特定する。

第2ステップ:「影響の認識」(組織の力関係とビジネスケース)

次に、そのペイン(問題点)が与える影響について、たずねる。質問の目的は、二つある。一つ目は、相手以外にも共通する悩みである事を、再認識してもらうと共に、そもそも一番解決を欲しているのは誰で、またその決定権を持つのは誰かを、探り当てる事だ。これは特に、社外の誰かと交渉するときに、重要だ。

そして二番目の目的は、影響を金銭的に評価してもらうこと。これにより、どれくらいの改善効果が見込め、逆にどれくらい問題解決に投資できるかを探る。会社では、何かのアイデアやソリューションを導入する場合、出費を正当化するために、投資対効果を求められることが多い。この投資対効果を説明したものを「ビジネスケース」ともいうが、影響に関する質問で、逆に相手が負担できる予算感を探れるのだ。

第3ステップ:「解決策の構築」(解決行動の所在)

ここでようやく、問題解決の方向性について、質問する。ただしまだ、自分が売り込みたいアイデアや商品の名前は、出さない。最初の質問で確認した問題原因を、こんな風に解決できたら、2番目の質問で聞いた影響まで抑え込めるかどうかを、たずねる。これが、相手の意識の中での「解決策のビジョン」になる。同時に、問題解決のための行動が、相手側にある事も、自覚してもらう。

ビジョンを構築できたら、ようやく、ソリューション名やアイデアの中核を説明できるタイミングになる。相手のビジョンが明確になるまでは、質問だけで、説明を急がない。これが大事なところだ。誰も、自分で考えたことでなければ、実行できないのだ。


これだけでは分かりにくいと思うので、例を挙げて説明しよう。あなたは今、新しいタイプの社内コミュニケーション・ツールを導入したい、と考えている。説得の相手は社内関係部門のマネージャー層だ。あなたはすでに会話を通じて、相手が現在のEメールに問題(ペイン)がある、と意識してもらうところまでは、こぎつけた。次は、上記の3ステップだ。

——そうすると、現在の、Eメール中心の連絡のやりとりは非効率だと感じておられるのですね。なぜ非効率なんでしょう?

「まず、保存期間の問題がある。それに、検索機能がいまいちだ。でも、一番の問題は、応答のスレッドが分かりにくい事じゃないかな」

——一応、スレッド表示の機能もありますが、たしかに自分もあまり使っていません。何が足りないんでしょうか。

「結局ね、社内連絡の目的は、通知か、依頼か、依頼への回答じゃないか。ところがEメールって、依頼したアクションがクローズされたのかどうか、一目で分からない。開封確認だけでは、相手がよんだかどうかも不確かだし。」

——確かにそうですね。つまり、今のEメールとスレッド表示機能だけでは、社内へのアクション依頼と回答のステータスが分かりにくい、と。それって、問題を引き起こしていますか?

「連絡の不徹底が生じる。たとえば、設計で何らかの変更が発生したとき、それを関連部門に通知するよね。ところが、変更のフォローがちゃんと完了したのかが見えない。うっかりすると、その古い情報のまま、下流部門やサプライヤーに指示が流れたりする。」

——なるほど。つまり、変更通知のトレーサビリティがとれない、ということですね。

「そのとおり。」(注:ここまでが第1ステップ)

——だとすると、依頼のステータスが分かりにくいことで、社内では他にも影響を受けている部門がありそうですね?

「当然だよ。設計部門だけじゃない。購買部門だってそうだし、営業だってそうだ。」

——範囲は広いですね。上の方、つまりマネージャー層はどうですか?

「誰が誰に何を頼んだかが分かりにくいから、部下のワークロードがつかみにくいのも問題だね。」

——それって結局、プロジェクトの混乱をまねきませんか。

「大いに招くね。知っての通り、ウチの某プロジェクトで、数千万単位の赤字を出したばかりで、事業部長がカンカンだ。あれだって結局、連絡の行き違いからトラブルに発展したっていわれている。」

——なるほど、コミュニケーションの行き違いの問題は深刻ですね。(ここまで第2ステップ)
 ところで、社内のオフィシャルな通知や依頼・回答などの連絡ができて、そのステータスが整理して表示されるような方法があったら、この問題は解決しますか?」

「するだろうね。でも、それは、今のメールシステムを改造するってこと?」

——パッケージソフトですから、勝手な機能改造はムリでしょう。Eメールとは別のツールが必要かも知れませんが、問題はあるでしょうか?

「保存や検索の制約さえなければ、それもありかもしれないな」

——保存期間に制限がなくて、かつ、ちゃんと全文検索がきくならOKということですか?

「そうだね。」

——そういうツールがあったら、そちらの部門で使っていただけますか?

「試すくらいなら、いいだろう。」(ここまでで第3ステップ)

ここまできで、はじめて、あなたは自分が導入したいと考えている新しいコミュニケーション・ツールの概要と、そのベネフィット、そして既存のEメールと比べたアドバンテージなどを説明できるのである。


なお、ボズワースは、各ステップで、相手をしずかに(押しつけがましくなく)誘導するために、三種類の質問形を使い分けろ、といっている。それは、

(1) 発想のためのOpen question: 「何でしょうか?」「どう思いますか?」といった、自由回答を求める質問
(2) 誘導のためのControl question: 「Aですか、Bですか?」のような、選択肢を限定した質問
(3) 確認のためのConfirmation: 「Aですね?」という、同意を求める質問

質問は、この順に、誘導的ないし強迫的になる。したがって、質問のエチケットとして、必ず、(1)→(2)→(3)の順に従え、という。

つまり、全体のプロセスは3ステップからなり、各ステップは3種類の質問から構成されるため、9つの質問で、相手と対話する事になる。ボズワースはこれを、縦横3 x 3の箱で表現して、「ナイン・ボックス法」とよんでいる。そして最初のうちは、手に持ったメモか、頭の中のイメージで、この9つのボックスを見ながら、会話を進める練習をすべきだとしている。非常に具体的、かつ実践的なアドバイスである。
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読者諸賢も、交渉が上手になりたいとお考えだろうか? 苦手な理由は何だろうか。それは、メソッドを知らず、練習が足りないから、かもしれない。

そして、交渉が苦手であることの影響はあるだろうか? もしかしたら、業績が上がらない、あるいは評価されない一因だと疑っておられるのでは? それどころか、組織の成果にも影響が出て、利益を2-3割くらい損している、といったことは起きていないだろうか。

では、解決策は? もちろん、自分が上手になるしかないはずだ(だって、部下にやらせたら、上司たる自分の立場が弱くなるのが、会社組織だから)。そのためには、交渉(ネゴ)の具体的なメソッドを学ぶべきではないだろうか。

前回の記事でも書いたとおり、わたしの先輩であるKさんは、ここで説明した技法を学び、実践を通して練習し、そしてセールスにおける一流の能力を身につけていった。繰り返し書くが、Kさんは高学歴の技術者である。だが、ゼロから交渉を学ぶ必要があると考え、それを実行したのだ。

この際はっきり言うけれども、日本では、高学歴の人は知識は豊富でも、交渉はむしろ下手なことが多い。交渉なんかしなくても、社会が優遇してくれたからである。そういう人達が産業界をリードしてきたから、わたし達の社会は今、こんなていたらくなのではないか。

コロナ後の社会はむしろ、知識ばかり豊富な高学歴な人よりも、自分の頭で「考える人」が逆転し、有利になれる世の中になるだろう。そうあってほしいと願っている。交渉(ネゴ)とは、すなわちリーダーシップの発揮である。リーダーシップとは、自分が命令できない相手を動かす力だからである。


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  (2021-06-19)


# by Tomoichi_Sato | 2021-06-26 23:06 | ビジネス | Comments(0)

ネゴ(交渉)が苦手な人のために 〜 顧客のペインを推測する

Kさんは、わたしの大学の1年先輩である。大学院では同じ研究室で過ごした。Kさんは大手メーカーに就職し、地方の工場勤務からキャリアをはじめた。後に研究開発部門にうつり、社会人ドクターも取得したが、ある時、転職して外資系のベンチャーに入った。そこは優秀な技術を持っており、数年後に、もっと大手の外資系企業に買収された。当然、小さな日本法人も、その大手の日本支社に吸収合併されることになる。

このような状態で、その会社に働き続けるかどうか、先輩は迷ったらしい。大学時代の恩師に相談したところ、意外な助言を受けた。「君は営業マンになれ。外資系企業では、研究開発は結局、欧米にある本社の仕事だ。現地では、ローカライズやサポートが技術者の仕事に過ぎない。それでは上にあがれない。上がらなければ、面白い仕事もできないだろう。もし日本支社で上に上がりたかったら、セールスで実力を見せるしかない。」

繰り返すが、この人は博士号も持っている、生粋の技術者だ。それなのに恩師は、生き残りたかったら、営業の仕事をしろと言う。先輩は結局、この助言に従うことを決めた。そして本当に頭角を現し、この会社の日本支社長まで上り詰めた。

Kさんは人当たりの柔らかい、温厚で誠実な人だ。だが、いわゆる典型的な「営業マン」タイプではない。根っからセールスの才能に恵まれている人とは思えない。わたしは久しぶりにお目にかかったときに、思い切って、「セールスに成功する秘訣とは何ですか?」、とたずねてみた。というのも、わたし自身、仕事の限界というか、自分の殻を破って成長するためには、他人と交渉する能力が必要だと感じていた時だったからだ。

といっても、別にわたしが何か特定の商品を、誰かに売ろうとしていた訳ではない。わたしが「売り」たかったのは、自分の提案、ないしアイデアだった。相手は顧客であり、社内でもある。わたしは受注型プロジェクトの仕事をずっとしてきて、その途上では、顧客の追加要求だとか気まぐれな好みだとかに、しばしば振り回される。そのまま従うと、納期やコストにインパクトが出る。そこで対案を考えて、社内の合意を取り付け、顧客に提示して説得しなければならない。つまりネゴ(交渉)である。

世の中にはネゴが得意で、交渉が大好きな人も、たまにはいるのだろう。だが身の回りを見ても、わたし自身も、それほどではない。もちろん仕事で必要だから、交渉はする。だが、顧客の説得がもっと上手だったらなあ、といつも思っている。

さらに、受注プロジェクトの現場を離れてからも、説得の機会は減らない。たとえば社内のIT系プロジェクト。あるいは業務改革の提案活動。いずれも社内ユーザの仕事のやり方に変化をもたらす。当然、当事者の同意が必要になる。そして大抵の人は、慣れたやり方を変えたがらない。その相手に、こういう新しいやり方のほうが、会社全体としてはメリットが有るはずなんです、と説得しなければならない。

英語では、こういうとき、自分のアイデアを『売る』(sell)と表現する。すごく直接的な言葉だが、核心をついている。人を説得し、自分の提案に同意してもらう。それは、アイデアの販売であると、彼らは考える。だとすると、わたし達が何かを「売り込み」「営業する」機会は、思ったよりもずっと多いことになる。だから、わたしは先輩に、営業の秘訣を訪ねたのである。

するとこの先輩の答えは、とても意外なものだった。「米国のセリングに関する本で理論と手法を学び、そのまま実践した」と。理論と手法! さすが理論派の技術者だとは思ったが、ふつう、セールスは人間系のスキルが決め手だと言われている。対人関係とか、熱心さとか誠実さとか、さらには根性とか。誠実さや根性がスキルなのかどうかは、かなりあやしいが、とにかく「文系」的な価値観が支配する世界だ。それなのに理論とは。

納得できない顔のわたしに、先輩は説明した。「ぼくが売るのは、ケータイやクルマみたいに、目に見える製品じゃない。目に見えないソフトウェア、つまりソリューションだ。『提案型営業』と言ってもいい。だから、ちゃんとした売り方の方法論が必要だ。」

そして先輩が紹介してくれたのが、『ソリューション・セリング』(M・ボスワース著)という本と、そこに書かれているエッセンスだった。とくに、顧客のペインをつかむ事の重要性を、教えてくれた。

著者ボスワース(と訳されているが、ボズワースと濁るのが正確な発音かと思う)は、顧客のニーズは3段階からなる、というモデルを考える。それは、
(1) 隠れたペイン
(2) ペイン
(3) 解決策のビジョン
である。

そして、提案型営業(ソリューション・セリング)とは、顧客のニーズを(1)→(2)→(3)と掘り起こして導いていくプロセスで、これを経ずに、いきなり何かの「解決策」を提示しても、相手はそれを必要とは思わない、という。
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たとえば(と、ボズワースは例を挙げる)ウォールストリート・ジャーナル朝刊に、「ジェネテック社が男性の禿げの遺伝子の分離に成功した。5年以内に米国男性のハゲという問題は解決するだろう」という記事が載ったとする。

頭のてっぺんの髪が薄くなってきている自分にとって、薄毛は問題(ペイン)だ。だが、解決方法がないとあきらめて、意識にはのぼらせてこなかった。つまり、「(1)隠れたペイン」だったのである。しかし、この新聞記事をよんで、にわかに「(2)ペイン」として意識化される。

もちろんまだ、この段階では、そのジェネテック社の新薬を買うとは決めていない。安全性も、値段も未知数だ。だが、この問題は意識化され、活性化された。そして解決策を真剣に考えはじめている。

「(1)隠れたペイン」と「(2)ペイン」の違いは、『希望』である。わたし達をとりまく問題は数多い。仕事でも、プライベートの生活でも。だが、人はあまり多数の事柄を、意識の前景におくことはできない。心理学によると、意識は同時に、7±2個、すなわち5〜9個くらいしか、注意すべき主題を保持し続けられない。だから多くの問題は、当面解決策がないと思われると、潜在意識の下に追いやられ、忘れられてしまう。

自分が相手に何かを売り込みたければ、無意識の中にしまい込まれ、忘れられていたペインを、相手の意識に登場させる必要がある。すなわち顧客に希望を与えることで、その一つの方法は、参照事例を示すことなのだ。解決の実例を見せて、その方法や状況は多少違っていても、自分の問題が解決可能らしい、と思ってもらうことが、セリング活動の第一歩である。

「しかし、一番難しいのは、相手のペインを知ることだ」と、先輩のKさんは言った。人は悩みとか問題といったものを、簡単に他人に打ち明けたりはしない。まして相手が部下とか他者の人間だったら、なおさらだ。自分には何も問題はない。そういうポーズを、誰だって自分を守るために、とっている。

相手が抱えているペインは様々だ。だが、自分が売りたいパッケージ・ソリューションの多くは、幸い、いろいろな機能を持ち、ユーザに対して多面的なベネフィットを提供できる。だから、相手のペインをなんとかして探り当て、その内容に応じて、売り方を変えるべきだ。どんな顧客に対しても、同じ売り方をしては、いけない。これが先輩のアドバイスだった。

この話を聞いて以来、わたしは顧客や社内他部門へのプレゼンテーションを作る際、必ず相手のペインを考えることから、はじめることにした。そのためには周到な情報収集と、想像力が必要だ。

プレゼンテーションを、自己(自社)紹介や最近のトレンドからスタートする人が多い。だが、わたしはそうではなく、相手の隠れたペインを想定し、それに類似するシチュエーションの説明からはじめることにした(ただし、押しつけがましくならないように、自分自身の類似トラブル体験を持ち出すこともある)。

そして、できれば、解決した参照事例の話を、さらりと紹介する。相手が興味を持ち、身を乗り出して聞いてくれるようになったら、問題の背景と、自分の提案について順を追って説明するようにする。

例えば自分が、IoTシステムの導入を社内で提案したいのだと仮定しよう。それによって機械設備の稼働状況と、人の動線を可視化し、工程改善に使いたい。説得する相手は、場合により、生産技術部かも知れないし、工場長かも知しれない。あるいは財務部門の場合もあろう。

この3者は、おそらく抱えている潜在的ペインが異なる。生産技術部は、機械の故障が悩みだろう。ただ設備投資は抑えられているので、古い設備を保守しながら、だましだまし使っている。じゃあAIで予知保全、などと考えるのは、いきなりジャンプしすぎだ。まず、「だまし運転の危険」で話を始めてみる。それが労災を引き起こした例、生産がしばらくストップした例、そして機械の深刻なダメージが起きた例をあげる。

大事なのは、機械の保守記録と、累積稼働時間だろう。でも今は、工場の建屋の外に一歩出てしまうと、機械が動いているか止まっているかすら、分からないのだ。では、それが遠隔でモニタリングできたら、どうだろう。こういう風に、ペインを構成してみる。

相手が工場長なら、機械故障よりも、生産性や稼働率の向上が悩みの種かも知れない。だが今は、製造部の配下の各現場リーダーに、「改善しろ」「頑張れ」と指示することしかできないのだ。受注生産の場合、営業が仕事を取ってきてくれない限り、稼働率は上がらない。これが、隠れたペインだ。

でも、工場内の重要な工程について、稼働率と余力が可視化されたら、どうだろう。工場にはまだ、これだけの能力が余っているから、もっとこういう種類の仕事を取ってきてくれ、と営業部門に働きかけることができる。人の配置も、無駄な偏りが毎日、具体的に見えれば、再配置を命じることができるだろう。そう考えると、稼働率や人の配置が可視化できていない、というペインが前景に浮かび上がる。

そして財務部門が相手の場合は? もちろん、原価管理に訴えるしかない。今の状況では、どの機械にどれくらい人がはりついているのか、よく分からないのだ。ということは、真の原価がとらえ切れていない訳だ。すると・・

このように、同じ仕組みを売り込むのだって、相手の立場や関心によってペインのあり方が異なるから、ハイライトすべきベネフィットも、よく考えて選ぶべきなのだ。

もちろん、こういうアプローチが空振りすることもある。一種の賭けである。腰が痛くて悩んでいる人に、「あなたに必要なのは胃腸薬だ!」と提案したって、拒否されるに決まっている。わたしも後になって、相手は思いもよらなかったことに悩んでいた、と気づくこともしばしばだ。ただ、はずれることを怖れて、誰にも共通するような、薄まったペインを持ち出しても、なかなか多忙な相手をひきつけることは難しい。

そして、相手がペインを意識化したら、一緒に解決策のビジョンの構築をたどるべきなのである。これを飛ばして、いきなり解決策のビジョンだけ示したって、絵に描いた餅を買いたいと思う人は少ない。

ボズワースは、多くの広告はこの点を間違えている、という。「広告の80%は単に『ビジョン』を提示しているように思えます。しかし、これでは売れることにはつながらないのです。(中略)買い手の隠れているニーズを(意識の中に)運び込み、買い手に自分がそれを買えば、自分の問題は解決するのだとと思わせるものでなければなりません」(邦訳 P.86-87)。

「皆さんが大人になったとき、セールスマンになっていればいいな、と思っていたお母さんは何人くらいいたでしょう?」と、彼はセミナーの受講生にたずねるのだそうだ。だが皆、答えずに笑うらしい(アメリカ人が質問に答えず笑うのは、よほど恥ずかしいときだ)。セールスマンは、その程度の社会的尊敬しか受けていない。

だが、目に見えないアイデアのセールスは、想像力をフルに使う、非常に知的な仕事である。そして、技術者を含むわたし達全員が、そのための交渉能力を身につける価値がある。もしもあなたが、他人に同意してもらいたい、ブリリアントな技術的アイデアを抱えているなら、あなたはそれにもかかわらず、まずセールスマンになる覚悟とスキルを身につけるべきなのだ。


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# by Tomoichi_Sato | 2021-06-19 23:18 | ビジネス | Comments(1)

キャパシティか、スループットか 〜 生産能力を理解する

生産マネジメントに関連して、混乱しがちなもう一組の用語について考えよう。それは生産量(生産能力)を表す言葉だ。

キャパシティ』とは何か。それは、ある機械設備なり、一連の工程なり、あるいは工場全体の生産能力を表す、設計上の値である(そしてたぶん、この言葉の用法については、あまりブレがない)。

たとえば、前回の記事と同じく、パン焼き窯を題材にしてみよう。窯には30個までのパンの材料を置くスペースがあり、焼き上げるまでに必要な時間は2時間だ。ということは、平均すると、(パンを窯に出し入れする時間を無視すれば)1時間あたり15個、ないし1分あたり0.25個、という「キャパシティを持っている」といえる。

もちろん、パンが出来上がるタイミングは断続的で、2時間に1回だ(こういう生産方式を『バッチ』型と呼ぶ)。毎分、1/4個ずつ、にょろにょろパンが生まれでてくる訳ではない。だからキャパシティとは、ある時間幅における「平均値」を示している。

店のパン焼き工場(こうば)が、1日8時間勤務の体制ならば、1日あたり120個を生産できるキャパシティをもっている。もしも3交代制・24時間勤務なら(そんなパン屋があるかどうかは別として)、1日あたり360個のキャパシティである。店が週休二日で、1月4週間で換算すれば、月産7,200個のキャパシティになる。

お分かりの通り、日単位以上でキャパシティを考える際には、「稼働時間」の項目が入ってくる。だが、時間平均であること、稼働時間の設定が入ることさえ忘れなければ、キャパシティは、その機械設備の最大限の生産能力を意味する訳である。あるいは、ピーク時の生産可能数、といってもいい。

ただし、先ほど、釜にパンの材料を入れたり、焼き上がったパンを出したりする時間は無視すると書いたが、実際には、セットするのに10分取り出すのに5分、平均するとかかる。つまり全体としては、1つのロットから、次のロットまで、2時間15分かかることになる。一分あたりに直すと0.22個(=1時間あたり13.3個)になる。つまり、毎分0.25個という先程の数字から比べると、約11%の生産能力ダウンであると考えることができる。

パンを焼く2時間という実稼働時間に対して、材料を準備したり取り出したりする、付帯作業の時間を、段取り時間と呼ぶ(英語では、set-up timeという)。より詳しくいうと、パン材料を入れる作業を「前段取り」、焼き上がったパンを取り出す作業を「後段取り」と区別する。付帯作業としての段取りは必須なので、製造ラインのキャパシティーを考える際は、段取り時間を考慮に入れなければならない(釜や炉の場合は、余熱やクールダウン時間の考慮も、本当は必要だ)。

さて、前後の段取り時間を考えると、30個のパンを焼くのに2時間15分かかる。もし1日の稼働時間を8時間とするならば、実際には、4回焼くのは難しく、3回しかパンを焼けないことになる。パンという商品の性質上、夕方途中まで焼いて、次の朝、続きを焼くようなことはできない。つまり1日の生産量は30 x 3 = 90個である。単純な実稼働時間から計算した、最大生産能力に比べて、店の生産キャパシティは25%もダウンする。

そして、窯が動いている時間は2時間15分×3=6時間45分だから、一日のうち1時間15分は、窯は使われずに遊んでいることになる(なお、話を単純にするため、ここでは昼休み時間は無視している)。

ところで、店では手作りパンを売っている。つまり、小麦粉をねってイーストのパン種を仕込み、様々な形にしたり具を入れたり、といった作業もしている。食パンもあれば、菓子パンも作る。これはほぼ、手作業だ。

食パンは形が比較的単純なので、それだけに集中すれば、1個を3分、1時間に20個分の、「あとは焼くだけ」状態になったパン材料を、準備できる。ただし食パンは大きくて場所ふさぎなので、1個が普通のパンの3倍の場所を取る(パン焼窯には10個しか並べられない)。普通のパンに換算すると、60個分が準備できるわけだ。30分あれば、パン焼き釜1回分の材料が作れる。

だが、後工程であるパン焼窯のキャパシティは、段取り時間を考慮すると、1時間あたり食パン10/2.25 = 4.4個しかない。ということは、食パンだけを作るとしたら、あなたの店は全体として、やはり毎時4.4個の生産キャパシティになる。パン焼き窯の能力が、全体のボトルネックになっているのだ。1日8時間営業の場合、釜は3回しか使えないから、1日で30個。普通のパンに換算すると、1日90個分となる。

ちなみに、菓子パンの類は、具を入れて形を作り、焼く前の姿にするまでに、もっと手間がかかる。だいたい、1個に平均5分はかかる。1時間に12個だ。こうなると、パン焼き窯よりも遅いことになる。もしも菓子パンだけで考えるなら、店は全体として、毎時12個の生産キャパシティという計算だ。キャパシティ上のボトルネックは、作る製品によって、場所が変わる可能性があるのである。

パン焼き釜の容量30個分の菓子パン材料をつくるには、2時間半かかる。1日8時間営業では、やはり3回しかパンを焼けないはずだ。だから、もしも菓子パンだけを作るなら、やはり1日90個が、生産キャパシティになりそうだ。

ところで、よく考えてみてほしい。朝9時に、営業が始まるとしよう。パン職人は9時から、まず菓子パンの材料づくりをはじめる。30個分を作るのに、2時間半。それからパン焼き窯にセットする。つまり、パン焼き釜が動き始めるのは、11:30だ。かりに職人がすぐさま、次のバッチの菓子パン材料を作り始めても、準備完了するのは、その2時間半後の14:00。焼き上がるのは、16:15。店の営業時間は夕方5時までだから、あと45分しか残っておらず、もうパンは焼けない。

つまり、菓子パンだけを作る場合、パン焼き釜は1日に2回しか動かず、生産量は60個にとどまる、ということだ。材料作りの工程や、パン焼き工程が、それぞれ持っている生産能力よりも、全体での生産能力は明らかに、小さい。

 材料作りの工程の生産能力:1時間12個、→8時間で 96個
 パン焼き釜の生産能力:  1時間13.3個→8時間で 90個
 パン屋全体の生産能力:        →8時間で 60個

なぜこうなるかというと、それは生産スケジュールの制約(とくに稼働時間と段取り時間の制約)のためなのだ。つまり、工場全体の生産能力は、生産計画に依存する、ということになる。

そして、生産計画は、需要の変化に応じて、どんどんと変わっていく。店にしても、食パンだけ、菓子パンだけを作る訳にはいかないだろう。プロダクト・ミックス(製品の構成比率)は、動的に変わりうるのだ。

ちなみに、次のようなタイム・テーブルで、食パンと菓子パンを作れば、食パン1回、菓子パン2回分を焼くことができる。菓子パン換算で1日90個の生産量を確保できる。菓子パンの方が利益率が高いから、ちゃんと需要とマッチするなら、こちらの方がパン屋としては好ましいだろう。

 材料作りの工程:       パン焼き工程
  9:00 - 9:30 食パン    9:30 -11:45 食パン
  9:30 -12:00 菓子パン  12:00 -14:15 菓子パン
 12:00 -14:30 菓子パン  14:30 -16:45 菓子パン

実際のプロダクト・ミックスと、生産スケジューリングにしたがって、生産量は変わりうる。このような、現実の生産量のことを、スループットと呼ぶ。キャパシティは設計上の最大能力のことを指すのに対し、スループットは実際の結果を示す値である。このことをあえて強調するため、『実効スループット』とよぶこともある。

(なお、ここで言うスループットとは、TOC理論の「スループット会計」でいうスループットとは別の概念である点に注意されたい)

ちなみに、スループットとは現実の値であるから、どこかの工程が遅れたり、材料が足りなくなったり、設備が故障したり、といった予期せぬ変動や、仕掛品の滞留なども、すべて含んだ数字になる。

多品種を作る工場においては、各設備・工程毎の生産キャパシティを設計することができる。ところが、工場全体のキャパシティとなると、プロダクト・ミックスを仮定し、生産スケジューリングを考えないと、推算することができない。生産システムの設計では、ここがポイントになる。

工場づくりの仕事をしていると、しばしば最新鋭の高速の製造機械を導入したい、と考える顧客にぶつかる。それはそれで結構だ。技術的にもチャレンジングで、面白い。だが、本当にその工場にとって、定まった品種の製品を高速大量に作るニーズが大きいのか。じつは、製品ラインナップは多品種化が進み、生産量も変動が大きいのではないか。

高速の製造機械は、セットアップの段取り時間もそれなりにかかることが多い。それならば、高速の機械1台を買うよりも、中速の機械2台を入れて、上手に品種切り換えをスケジューリングしながら作る方が、賢いのではないか。たとえていうなら、町中をちょこちょこ走って荷物を届けるのには、高速なスポーツカー1台より、小型のセダン2台の方が効率的ではないのか。

技術者はつい、単体のキャパシティを追求したがる。だが、本当に必要なのは、総合的なスループットなのだ。

そして稼働後は、実効スループットをきちんとモニタリングして、設計時とどこがずれているのかをチェックする必要がある。その違いは、プロダクト・ミックスすなわち需要の違いによるものなのか、それとも生産スケジューリングの制約から来ているのか、それとも計画では予期しなかったトラブルによるものか。そうした分析がなければ、工場全体の生産量の、真に適切な改善はできない。

もちろん、各工程設備や作業の、個別の改善は可能だろう。そして、そうした努力は続けるべきだ。ただ、改善すべき優先順位は、生産活動全体を仕組み(システム)としてとらえ、データに基づいて分析しなければ、判断できないのである。


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# by Tomoichi_Sato | 2021-06-12 14:03 | 工場計画論 | Comments(0)