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書評(巣ごもり読書のための):「経営戦略全史」「三体」「浄瑠璃を読もう」

連休である。ただし緊急事態宣言の下、行楽も映画もパーティも自粛要請で、家に「巣ごもりGW」を余儀なくされている方も多いと思う。そういう方々のために、少し厚めで読みごたえのある、でも案外スイスイ読み進められてしまう本を3冊、ご紹介しよう。いずれも最近、面白く読んだ本ばかりである。


1. 「経営戦略全史」 三谷宏治・著

テレビのニュースを見ていたら、今回の世界的パンデミック危機に対して、ニュージーランドと台湾が、素晴らしい対応力を発揮したと報じていた。ニュースキャスターと解説者は、ニュージーランドの女性首相が国民に切々と協力を訴えるビデオを紹介しながら、成功の最大の理由は、この首相のリーダーシップにあると断じた。

やれやれまたか、とわたしは思った。ニュージーランド政府がどのようにこの問題を把握監視し、どういった体制を組んで、どのような政策をとったのかは、ほとんど報じない。つまり危機対応の戦略については、何も触れないのだ。

組織が成功したら、それはリーダーのおかげだと考える。リーダーシップとは、やる気によって決まると、この国では理解されている。つまり成功したら、やる気のおかげだと考える。失敗したら、やる気が足りなかったのだと考える。

このような社会では、自他の経験から何も学ぶことがないので、何の進歩もない。もちろん、何の戦略論も生まれない。

経営学と言う学問が生まれたのは、ほぼ100年前だ。米国のテイラー、フランスのファヨールらから始まって、特に1960年代以降、米国で隆盛した。その中心テーマは、経営戦略。そして経営戦略コンサルタントと言う専門職も発した。

著者の三谷宏治氏は、名門ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)でキャリアを積み、現在はビジネススクールの教授と著作業に勤しんでいる。複雑な経営戦略論の広大な地平を、わかりやすい見取り図にまとめて、示してくれる能力は大したものだ。

著者によると、経営戦略論は大きく2つの系譜に分かれる。「ポジショニング」派と「ケイパビリティ」派だ。これはとてもうまい切り取り方だと思う。経営学における科学主義と人間主義の2つの見方を代表させ、2つの陣営(「大テイラー主義」vs.「大メイヨー主義」)の対抗するドラマのように描き出す。

日本ではアカデミアの経営学と、実業における経営層との間に、大きな分断があるため、本書のような良い解説がとても価値を生む。また、経営戦略に関心を持ち始めた若手中堅層のビジネスマンにとっても、とても面白い入門書になっている。もちろん著者は、最後に、自分の編み出した手法の詳しい解説を付け加えることも忘れない。

戦略論を編み出した学者やコンサルタントたちの人物像と似顔絵をつけているのも、この本の良い点だ。架空対話も含めて、学問のダイナミズムを、活き活きと描き出している。

本書を読むと、自分まで頭が良くなったような感じになり、経営戦略を自家薬籠中にしたような気持ちになれる。ただ読者が注意すべきところがあるとすれば、これら戦略論のほとんどが、分析と解釈のための道具であって、発明と発想の方法論ではないことだ。

コストリーダーシップとか、ブルーオーシャンとか、定石の枠組みを知ることは大切だ。だが具体的な戦略は、やはり自分の頭で考え出さなければならないのでる。



2. 「三体」 劉 慈欣・著

1967年春、北京。「文化大革命」に沸く若き紅衛兵たちの狂乱的状態と殺戮から、いきなり小説は始まる。長年続く飢餓と貧困と圧制に、当時の中国の若年層は、怒りの感情を内心たぎらせていた。そのガソリンにも似た感情に火をつけたのが、毛沢東の文化大革命キャンペーンだった。彼らは徒党を組んで『紅衛兵』等を自称し、競い合いながら、暴力による「反動的分子」狩りを都市の内外で始める。

その悲劇に巻き込まれた一人が、大学教授の葉哲泰だった。コペンハーゲン解釈やビッグバン理論などの「ブルジョア的反動的」科学理論を講義したという理由から、大勢の目の前で、父親が愚かな若者達に殴り殺されるのを見ているしかなかった、娘の葉文潔。彼女がこの小説の前半の主要人物だ。

「三体」は、物理学者の物語である。天体物理を専攻したがゆえに、遠い寒村に下放され、さらに「紅岸」と呼ばれる電波基地に幽閉された彼女が、どうやって文革時代を生きのびたかは、次第に明らかになるが、ストーリー自体は序盤が終わると、いきなり40数年後の現代に飛ぶ。ナノマテリアルの専門家・汪淼は、トップクラスの物理学者が、次々と謎の自殺を遂げるという事件に巻き込まれ、その背後を探りはじめる。

高エネルギー粒子加速器プロジェクトに関わった、天才女性物理学者・楊冬の遺した「物理学は存在しない」という、不可思議な遺書の意味を探る内に、彼は『三体』と呼ばれる、他の星の歴史を、追体験できる参加型ゲームへとはまり込んでいく・・

互いに引力を及ぼし合う三つの質点系の運動は、一般には解析的に解けず、数値的な予測も至難である。では、三重星系を周回する惑星に生まれた知的生物にとって、宇宙はどのように見えるのか。この小説の中心テーマは、決定論的な宇宙観への挑戦だ。それを、複数の主要人物が織りなす、群像的なストーリーで、きびきびと描き出していく。

物語は密度が高く、テンポも早い。1963年生まれの著者・劉慈欣は、天性のストーリーテラーである。2006年に発刊された本書は、英訳されて、2015年にヒューゴー賞を受賞し、その名声が世界的に確定する(英語以外の作品がヒューゴ—賞をとるのは史上初めてだった)。ただ、物理学者達が主要人物といっても、この小説は、科学的考証を核としたハードSFではない。作中人物が「三体」ゲームを称していうように「時代考証は結構いいかげん」で、科学の面でも該博な知識のかたわら、随分と楽しい空想が膨らんでいる。

それにしても、わたし達、現代日本の読者にとって、この小説の面白さの大きな要素は、現代中国のメンタリティを知ることにあるだろう。中国というのは、「英雄たち」と「その他大勢」が、くっきり二つに分かれる社会らしい。そこでは庶民は、要するに「虫けら」である。めまぐるしく権力者の入れ替わる中国社会の支配層を見上げる彼らは、ちょうど予測不能な三つの太陽の動きを見上げる異星人たちに、似ている。ただ、その庶民達にも、強い上昇志向がしばしば湧きあがる。そうした反エリート感情を代弁する、私服刑事・史強のキャラが、この小説に複雑なひと味をつけ加えている。

本書は、波に乗っている現代中国を象徴するような、波瀾万丈のエンターテインメントだ。だが、そのストーリーの背後には、文化大革命の深い傷跡がある。それは、危機に陥った独裁者が、社会の最弱層の怒りに火をつけて、政治に利用しようとした、暴力と狂気の時代だった。だからこそ著者は、1967年の北京から話を始めたのだ。抑圧された人間社会の行く末を予言することは、三体問題を解く事よりも、難しいらしい。

 「三体」劉 慈欣 (Amazon)
 「三体」劉 慈欣 (honto)


3. 「浄瑠璃を読もう」 橋本治・著

橋本治は、鑑賞の名手である。鑑賞とは、我が国語の世界にのみ存在する特殊なジャンルで、引用を中心とした肯定的解説であり、かつ、それ自身が良質な文学となっていなければならない。つまり文章の下手な人は、良い鑑賞が書けないのだ。批評の1ジャンルと言うこともできるが、欧米の批評 Critiques とは全く異なる。批評は、対象との間に距離を取り、その客観的価値を分析しようとする。だが、自分が対象と同一化することこそ、日本文学の鑑賞における重要な要件なのだ。

とはいえ、1年前に亡くなった作家・橋本治は、現代日本を代表する知性の一人であった。彼は浄瑠璃の物語世界に、深い愛情を示すが、それを生み出した社会の有様や、矛盾に満ちた江戸時代の倫理観を、冷静に見通すことも忘れない。

浄瑠璃とは、人形浄瑠璃(いわゆる文楽)の台本テキストである。「丸本」と呼ばれた浄瑠璃の台本が江戸時代は多数出版され、貸本屋経由で読まれていた。もちろん、歌舞伎のドラマも、かなりの部分は浄瑠璃によっている。近代日本人のメンタリティを築いた浄瑠璃の物語群は、しかし今日は忘れ去られ、出版物さえなかなか入手できない。

本書はその中から、代表的な8作品:
  • 「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら) 作:竹田出雲・三好松洛・並木川柳(1748年)
  • 「義経千本桜」(よしつねせんぼんざくら) 作:竹田出雲・三好松洛・並木川柳(1747年)
  • 「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅてならいかがみ) 作:竹田出雲・三好松洛・並木川柳(1746年)
  • 「本朝廿四孝」(ほんちょうにじゅうしこう) 作:近松半二(1766年)
  • 「ひらかな盛衰記」(ひらかなせいすいき) 作:文耕堂(1739年)
  • 「国姓爺合戦」(こくせんやがっせん) 作:近松門左衛門(1715年)
  • 「冥途の飛脚」(めいどのひきゃく) 作:近松門左衛門(1711年)
  • 「妹背山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん) 作:近松半二(1771年)
を紹介してくれる。

18世紀前半のおよそ60年間をカバーする上記8作品は、人形浄瑠璃という高度な芸能ジャンルの盛衰を表している。初期の立役者・近松門左衛門の時代、人形は一人遣いだった。人形が複雑微妙な感情表現のできなかった当時、太夫の語る台本こそが、文学性を差配していた。だからこそ、日本生まれの日中ハーフの英雄・鄭成功を主人公とする「国性爺合戦」のような、外国を舞台とするスペクタクルもヒットしたし、実在の心中事件に取材した「冥途の飛脚」の、非情なストーリーも生まれたのだ。

近松門左衛門の没後10年経った1734年に、はじめて現在と同じ人形の「三人遣い」が現れた。この技術的イノベーションによって、一挙に人形の感情表現が豊かになり、浄瑠璃の隆盛を招く。竹田出雲らトリオの作になる忠臣蔵、源義経の悲劇、そして「寺子屋」シーンで有名な、菅原道真の3人の家来達の物語が、円熟期の代表作となっていく。

しかし、時代は下って、近松半二の頃(彼は近松門左衛門の孫弟子にあたる)になると、浄瑠璃はもはや、人間が演じる派手な歌舞伎に押されて、衰退期に入っている。彼の巧みなドラマ性で一旦は息を吹き返すが、彼以後の浄瑠璃はもう、新作が現れずに「古典化」し、演奏の芸術として生きながらえる。

浄瑠璃の台本は長くて複雑で、細部がバロック的に装飾され、どんでん返しも多くて、全貌が分かりにくい。現代では「通し」でなく、部分単位でしか上演されず、橋本治もストーリー全部を紹介するようなことはしない。彼が解説し鑑賞するのは、封建社会に生きる人達の、メンタリティと死生観である。それはたとえば、こんなものだ:

「今となっては見過ごされたやすく忘れられてしまう『人形浄瑠璃を貫く価値観』というものがある。(中略)その最大のものは、『きっぱりと決断出来ない人間はだめだ』である。ぐずぐずしているのはバカで、人は、きっぱりと決断すべき時にはさっさと決断していなければだめなのであるーーこの前提があって、その先にもっと重要な『心構え』がある。それは『バカはだめ』である。

 きちんとした結論を出すのに必要なのは、情報収集とその分析である。江戸時代で情報収集などということは簡単じゃない。伝聞と噂話だけで、この確認が容易にはできない。だから情報分析の方が重要で、自分に関わりのある人物の情報であればこそ、その断片を耳にしただけで『核心』にピンとこなければならないーーつまり『人に聡い』のである」(P.191-192)

また、こうも書く。

「『明確な状況認識があれば、事態は必ず打開される』というのは幻想で、そうだったら、頭のいいサラリーマンは会社を変革できているのである。明確な状況認識があったって、事態は打開されないーーこれは、封建的な江戸時代管理社会でも、現代管理社会でも、同じである。

 だからといって、『明確なる状況認識』を放棄してもいいという理由にはならない。だから、『明確なる状況認識』をして分析し、その後に『覚悟』が訪れる。(中略)状況認識の結果『こりゃだめだ』をひそかに理解した人は、だからこそ、孤独の内に覚悟を決める。」(P.193)

浄瑠璃の登場人物たちは、今日の我々の目から見ると、あっけないくらい、すぐに死んでゆく。彼らも我々も、命が惜しいのは同じだし、色や欲に惑わされやすいのだって、同じだ。違いがあるとすれば、聡さへの希求と、覚悟のあり方であろう。窮屈な封建時代は、また、庶民階級でさえ、大人と大人でない者の区別が、はっきりしていた時代でもあった。かの時代の「大人」とは、今のカタカナでいう「オトナ」とは、まったく別のものだ。人に聡く、決断でき、密かに覚悟を持てる大人になれ。浄瑠璃の劇は、そう、我々観客に指し示しているのである。

 「浄瑠璃を読もう」橋本治 (Amazon)
 「浄瑠璃を読もう」橋本治 (honto)


# by Tomoichi_Sato | 2020-04-29 23:36 | 書評 | Comments(0)

サービス経済から、ふたたび実物経済の時代へ

私のプロファイル」 にも書いているとおり、ここ数年は勤務先での中長期的なIT戦略の立案と遂行に、たずさわっている。世の中は少し前からDigital Transformation、略してDXというバズワードが席巻しており、わたしのような者のところにも、戦略コンサルやらITベンダーが入れ代わり立ち代わりやってきては、DXの話をしてくれる。何事も勉強と思い、ありがたく拝聴させてもらっているが、だんだん耳にタコができたような気がしてきた。だって、皆が同じ話をするのだ。

その最大のキーワードは、経済の『サービス化』である。サービタイゼーション(Servitization)という、あまり聞き慣れない英語もついている。これまでの世の中は、せっせとモノを作っては売る、物の経済の時代であった。しかしその時代は終わりを告げ、いまやサービスを中心としたソフトなビジネス・モデルに転換すべき時である。そう、来客の方々は力説される。

モノを作って売り切り、その時点で顧客と縁が切れ、しかも安値競争にさらされるような旧式のビジネスは捨て、これからは、顧客から継続的に収入を得る「サブスクリプション・モデル」に転換するべきである、らしい。すなわち経済のサービス化であり、これがなぜか、DXと共に語られている。御社もぜひDXを進められるべきです、それには、センサーとIoTとビッグデータ解析とAI(機械学習)の活用が必要で、という風にセットで売ってくださる話になっている。

さらに上記に加えて、「デザイン思考」と「アジャイル開発」と「MVP」が、おまけについてくる。MVPって誰のことかと思ったら、Minimum Viable Productの略で、実用になる最小限のプロダクト(といってもモノとしての製品ではなく、ECサイトのようなITシステムを指す)のだそうだ。デザイン思考を使ったグラフィックなファシリテーションをすると、驚くような素晴らしいアイデアが次々と生まれるから、それをベースに、アジャイルなチームが最小限のMVPシステムを短期間にローンチする。そこから顧客接点のデータを収集して、AI分析で製品改善に加速度をつければ、驚異的なスピードでビジネスが成長する、らしい。

あのー、ウチはプラント・エンジニアリング会社で、顧客の数はごく限られていて、一つの受注プロジェクトは終えるまでに3年も4年もかかるんですけど。顧客接点のMVPって言われても、何作ったらいいか想像もつきません。そうお答えしても、なにせ新しき良き便りをたずさえて来られるエバンジェリストの方々には、馬耳東風のようだ。

ご訪問いただく各社とも、いかに自社がユニークな顧客サービスに特化しているかを訴えるくせに、ほぼ同じ提案をしてくる点は、感心するくらいだ。外資系戦略コンサルタントも、欧米ITベンダーも、国内大手SIerも、ドイツ人も日本人もアメリカ人も、全員が似たようなことをいう。こういうのがグローバリゼーションというのだなあ。それとも世界宗教と呼ぶべきかな?

経済のサービス化こそ、救いにいたる道です。そういう話を聞いているうちに、ときどき瞼の裏に、ある工場の部品倉庫の姿が浮かんでくる。中規模な電子機器の組立工場だったが、真ん中にとても立派な部品倉庫を持っていた。そこに部品在庫を、16週間分も保持していると、説明者から伺った。つまり4ヶ月分である。在庫回転率にすれば、わずか年3回。会計士や経営コンサルが聞いたら、目をむきそうな数字だ。

その会社の名前は、Beckhoff Automation。ドイツの制御機器メーカーである。本社は北ドイツの小さな地方都市にあって、わたしは日本法人のご厚意で、3年近く前に、そこを訪れる機会をいただいた。同社は産業用のIPC(Industrial PC)を中心とした高性能な製品群を、開発販売している。

わたしは同僚と一緒に、同社の開発部門のエンジニアと、石油ガス系プラントでの応用についてディスカッションした。石油プラントは爆発性で危険なものを扱うため、安全計装には特別厳しいところがあり、さらにプラントの中はDCSが支配する世界だが、井戸元に近い領域では有用だろう。技術的な内容は省くが、そんな議論を交わした後に、本社の近くの工場の一つを見学させていただくことになった。

その工場の様子については、以前すでに一度書いたので、繰り返さない。平屋造りで天井は高く、内部も明るいし、ドイツらしく清潔で、良い工場だった。夕方近かったので、働いている人たちにもリラックス感があった(なにせ基本は、残業などしない人たちなのである)。でも一番印象に残ったのは、部品在庫を16週間分、持っている、という話だった。

なぜ、そんなに在庫を抱えているのか。それは、「日本に学んだ」からだ、というのだ。といっても、日本企業が得意とする、在庫ミニマムの“JIT生産”や“JIT納品”に学んだのではない。まるで逆である。あの恐ろしかった3.11の震災時に、サプライチェーンの途絶を見て、これは危険だ、と思ったらしい。部品がたった一つ欠けても、製品はちゃんと機能しない。だとしたら生産を継続するためには、部品を保つ必要がある。

ドイツには地震なんて起きないじゃないか。ま、それはその通りだろう。だが、どのような事態が起きて、外部からの供給が途絶するか、誰もわからない。現にドイツは数週間前から、東側との国境を閉ざしており、すでに自動車工場が操業停止に追い込まれた。今年のはじめ、誰がそんなことを想像しただろうか?

Beckhoff社の製品は、高機能・高信頼性が売り物の、産業用システムである。壊れたら、納入先の製造ラインや工場全体が止まりかねない。だから、すぐに代わりの製品やスペアパーツを納入できる体制が大事なのだろう。4ヶ月分の部品在庫は、それを保証するための担保なのである。

供給責任』という考え方がある。顧客が頼りにするモノは、継続して供給できるようにする責任が売り手にも生じる、との意味だ。医薬品や医療機器・材料の業界では当然とされる考えだが、他の業界ではあまりポピュラーではない。だが同社は、この考え方に立って経営判断をしていると、わたしは感じた。

産業用の製品は、当然ながら性能と信頼性が大切だ。ただ、「信頼性」には、製品の品質的な信頼性(故障率の低さ)以外に、供給の信頼性も含まれる。在庫という「実物」が、彼らの信頼性を保証する。だから、わたし達のような来客に、それをちゃんと見せて説明してくれるのだ。

もちろん、だからといって、バリエーションの多い製品の形で在庫を持つのは愚かだろう。同社は賢いから、そんな事はしないはずだ。部品の共通化をはかりやすい設計思想のもとで、共通部品を在庫するようにしていると思われる。そしてこれは、経営判断の結果である。Beckhoff Automation社はドイツの典型的な中堅企業(Mittelstand)で、創業者がオーナーの同族企業だ。だから、経営者が自分でリスクを取って、決めることができる。

ひるがえって、JIT納品を誇る日本のメーカー各社は、どうやって供給の信頼性を約束するのだろうか? たしかに日本のメーカーは、JITで在庫をギリギリまで削減したおかげで、内部留保のキャッシュはいっぱい持っている。サプライヤーも、忠実だ。だが、供給の継続は、手形のような「約束」でしかない。

いうまでもないが、パンデミックが世を覆う今は、不安の季節である。そして不安の反対語は、信頼ではないか。あなたは口約束と実物と、どちらを信頼するのか。

別の言い方をしてもいい。経済学風にいうと、世の中には実物資産と、金融資産がある。実物資産は目に見えて、その使用価値もはっきりしている。金融資産は紙の上の数字(あるいはどこかの計算機上のデータ)であって、実物資産との交換可能性を示しているだけだ。それが債権であれ手形であれ、あるいは銀行口座であれ、何らかの手段で、実物と交換できるはずだから交換価値があるのだ。

ただ債権も手形も、いや、たとえ銀行口座でも、貸し倒れになるリスクが必ずついて回る。いや、貨幣そのもの無リスクだろうって? でも、お札をよく見てほしい。「日本銀行券」と書いてあるはずだ。あれは実は、譲渡可能な銀行預金証書の一種なのだそうだ。え、日銀はつぶれない? うん。わたしもそう信じたい。だが、インフレでお札の交換価値がみるみる下がっていく可能性は、ゼロではない。実物資産の利用価値のほうが、むしろ安定してる。

ちなみに経済のサービス化におけるサブスクリプション・モデルは、モノの所有権を売買するのではなく、モノの利用権をベースに商売しよう、という思想だ。その事例を、わたしもずいぶん教えてもらった。

たとえば、ジェットエンジンというモノを売るのではなく、エンジンの稼働時間を売る。これは英ロールスロイス(Power by the Hour)、GEもやっている、賢いやり方だ。あるいは、タイヤを売るのではなく、走行距離を売る。これはミシュランとか、ブリジストンなどが試みている。IoTとセンサー技術で、データを取って分析し、活用もできる。かくして、モノを売るのではなく、成果を売るビジネスに転換が進んでいるのだ、と。

またゼネコンは、建物を売るのではなく、建物のサブスクリプション型ビジネスを、一斉に志向し始めた、とも聞いた。すなわち、不動産というアセットを所有し、保守メンテ付きで賃貸する訳らしい。これって、PFI事業と同じに聞こえたが、まあ顧客が民間の場合はPFIとは言わないのかもしれぬ。

あるいは、その昔、計算機メーカーがやっていた、大型ホストコンピュータのレンタルも、一種のサービタイゼーションだったのだろうか? TSSサービスも利用料モデルだった(まあ、こんな化石時代の話を知っているITエンジニアなんて、もうほとんどいないだろうが・・)。

サブスクリプション事業の利点は、大きく3つほどある、という話である。すなわち、

(1) 顧客からみて試しやすい。なにせ資産を買うより、ちょっとだけの期間の利用料を払って、試しに使ってみることができるからだ。言い換えると、新規顧客開拓が容易だ、ということである。

(2) 顧客の囲い込みで安定収入を得やすい。売り切りはワンタイムの収入に過ぎず、安定しないが、サブスクリプションならば継続的に日銭を得られる。

(3) 顧客と継続した関係を築きやすい。なんといっても、良い顧客体験(UX)を売ることで、フィードバックを得て、さらにベストなUXへと磨きがかけれられるし、新しいニーズを知ることもできる。

そういう風に、良い事だらけだと、推薦者たちはおっしゃる。だが、どうして光のあたっている良い面ばかりを見て、反対側を見ないのだろう? 物事には必ず両面がある、というのは基本的な常識、思考習慣だと思うのだが。

新規顧客を得やすい、ということは、顧客が離れやすい事をも、同時に意味している。それは当然だろう。隣にもっと魅力的なサービスを提供するライバルが出たら、顧客はそちらもすぐに試して比較できるのだ。したがって、上記のメリットは、スイッチング・コストが高くて、顧客の囲い込み(ロック・イン)が可能でない限り成立しないはずである。

スイッチング・コストとは、他の製品に替える際のコストである。たとえば、ジェットエンジンは、そう簡単に取り替えられない。だからロールスロイスやGEのサービスは成り立つのだ。

まあ仮に顧客を囲い込めても、まだ問題がある。

このサイトでは何回も書いているが、サービスとは、リソース提供ビジネスである。自社が保有している、人的リソースや、物的リソースの利用料(占有権)を、お金に変える商売だ。そして、リソース提供である以上、その稼働率が、収益性の最大の鍵になる。リソースの維持には、固定的にお金がかかる。だから、つねに高稼働率の状態で回っていないと、利益が出ない。

いいかえると、サービス業は、急激な需要減少に弱いのだ。今回のパンデミックの事態で明らかなように、航空機需要が落ち込んで、エンジンが地上で寝ている間は、サブスクリプションでは一銭もお金が入ってこないことになる。

もう一つ、サービス経済でまずい点がある。それは、需要回復のスピードだ。今回の危機が去って、世の中の需要が元に戻ったとしよう。その時、実物経済ならば、たしかに需要もV字回復するだろう。たとえば医療機関では、マスクその他が足りずに在庫が底を打った。もしもマスクの供給が無事に復活したら、元の在庫レベルまで補充・回復するため、沢山買うだろう。あるいは今後のことを心配して、もっと買いだめするかもしれない。つまり、需要はV字回復する。

しかし、サービスの場合はどうか。あなたは外出自粛要請が終わったら、たくさんの場所を旅行しまくるだろうか? ホテルに泊まりまくるだろうか? 映画を見まくるか? 飲み会を10件、はしごするか? それはちょっと、無理だろう。

低迷期が終わっても、サービス業の需要はV字回復しない。これがサービス経済と実物経済とで、最も違う点である。サービスは「同時性」(リアルタイム性)という特性があるからだ。サービスでは占有時間に応じて、料金ををチャージする。そして、誰にとっても時間は有限だ。1日は24時間しかない。

つまり、サービスは在庫できないのだ。

今回の騒ぎが終わって、パンデミックが去ったあと、どんな世の中になるのか、いろいろな予想がある。ただ、全くもとのままの姿には、もう戻らないだろうと、多くの人が予測している。その理由の一つは、リーン(在庫最小)でグローバルに伸び切ったサプライチェーンの、脆弱性が明らかになったからだ。

だとしたら、供給の信頼性を再び高めるために、また配下のサプライヤーに事業を継続してもらうためにも、ある程度の部品在庫を持っておく選択肢もあるのではないか。もちろん全部の会社が、4ヶ月分も部品在庫を保つ必要は、ない。だが幸にも、大企業の多くは、すでに無借金経営で、キャッシュを持っている。だったらそのお金で、国内のサプライヤーに発注し、自社の常備在庫を増やしてはどうか。むしろ今なら、良い買い物ができる可能性が高い。

このご時世に、金融資産の数字だけ積み上げたって、リターンはそれほどは多くあるまい。むしろ天下の回りものとして、実物経済に寄与するほうが、少しは役に立とうというものだ。お魚券の論議じゃないが、今の大企業は、貯蓄性向が妙に高すぎないだろうか。お金とは、生きた使い方をしてこそ、ご利益(りやく)があるはずなのである。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2020-04-23 22:48 | サプライチェーン | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(5月14日)開催のお知らせ

来る5月14日(木)に、2020年の「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」第2回会合を開催します。今回は、PMにおける感情のマネジメントを社会心理学の視点から考えるため、東洋大学の北村英哉教授をお招きしました。昨年から継続的に議論している、『感情』シリーズの第3弾です。

プロジェクトとは不安定なもので、良い方向であれまずい方向であれ、いったん転がりはじめると加速度がつきやすい傾向があります。こうした不安定さには、プロマネ自身やチームのメンバーがもつ、無意識の『感情的バイアス』が、大きな役割を持っていると想像されます。しかしプロジェクトにおける感情の問題は、これまであまり注意を向けられたことがなく、せいぜい組織のモチベーション・アップや報奨とからめて論じられる程度でした。

北村先生の『偏見や差別はなぜ起こる?』によると、偏見などのバイアスは、社会心理学的には「態度」の一種であり、そこには認知・感情・行動の3つの側面がある、のだそうです。無意識のアンコンシャス・バイアスは、認知的には「ステレオタイプ」として現れ、感情的には「偏見」となり、結果としてコミュニケーションを阻害していきます。そして行動面では、社会的差別にまでつながりうる訳ですが、最近のコロナウィルス禍で、わたし達はあらためて、差別がいかに起こりやすいかを実感しています。

プロジェクト・マネジメントの基本は、現実を客観的に見ることにあります。もちろん、だれしも無意識の思い込みから完全に自由にはなれませんが、そのメカニズムがどう働くかを知ることはできます。社会心理学という耳慣れない研究分野の知見が、わたし達の仕事において役立つヒントを提供してくれると期待しております。大勢の方のご来聴をお待ちしております。

(なお、現在の緊急事態宣言と外出自粛要請が、どのような形で明けるかは、まだ不明です。場合によっては、リアル会合+Web会議、あるいはWebのみでの研究会実施とする可能性もありますので、ご了承ください)


<記>

■日時:2020年5月14日(木) 18:30~20:30

■場所:田町キャンパスイノベーションセンター 
 5F スペース:509AB
 (JR田町駅の芝浦口から右方向の階段をおりて、50mほど先の右手の建物です)

■講演タイトル:
「無意識の思い込みの弊害: 感情の社会心理学の観点から」

■概要:
組織内でも対外的にも役割に伴い、人はステレオタイプ的なイメージをもち、それが無意識のうちに働くことでコミュニケーションの阻害要因となることがあります。
こうした無意識の思い込みともいえる「アンコンシャス・バイアス」について近年の知見と、具体例、実践的な対処などをめぐって、感情研究の観点から議論したいと思います。

■講師:東洋大学教授  北村 英哉
 
■講師略歴:
東京大学大学院社会学研究科博士課程中退 博士(社会心理学)、
関西大学教授などを経て、現在、東洋大学社会学部社会心理学科教授。
専門は、社会心理学、感情心理学。 
主要著作:『偏見や差別はなぜ起こる?』(ちとせプレス、共編著、2018年)、『心の中のブラインド・スポット』(北大路書房、共訳、2015年)、『進化と感情から解き明かす社会心理学』(有斐閣、共著、2012年)など。

■参加費用:無料。
 ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。
 参加を希望される方は、確認のため、できましたら前日までに三好副幹事までご連絡ください。

 以上、よろしくお願いいたします。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


# by Tomoichi_Sato | 2020-04-14 23:21 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

誰が決断を下すのか? 〜タスクフォース組織のすすめ

先週は入社式のシーズンだった。しかし今年はコロナウィルス禍の影響で、式自体を延期したり、全員集合の形式をやめて、オンライン配信にした企業も多かったはずだ。新入社員の側も、さぞや不安だったろうと思う。通常であれば、入社式のあとは、しばらく集合研修の形で新人教育を行い、その後に正式に部門配属になる。だが、今年はそれも分散型でオンライン教育が中心になるに違いない。

なにせ「人の和」を重視するのが、わたし達の社会の文化だ。だから顔と顔を突き合わせ、親しさを重ねることで組織を作り上げていくスタイルが、好まれる。そして一斉採用なので、「同期」という絆も生まれる。米国の会社のように、個別採用で、入社したら1時間程度の簡単なガイダンスがあるだけ、あとは業務マニュアルをポンと渡されて、割り当てられた仕事をしていく、という風ではない(もちろん米国にだっていろいろな企業があり、これは一部の例だが)。

日本では、民間企業を始め、官庁・公的機関などほとんどの組織が、『機能型組織』(Functional organization)と呼ばれる形態をとっている。だから、入社して組織に配属されるとは、何らかの機能を担う部署の、ピラミッドの一番下に所属することを意味する。

機能型組織とは、図に示すように、上に役員層(エグゼクティブ)がいて、その下に部門長(ミドル・マネジメント)がおり、さらにその下に部員がいる構造になっている。各部門は、それぞれ異なる機能的な役割を担う。たとえば図では、「設計」「調達」「建設」の例を示したが、もちろん業種業態によって、「営業・製造・物流」だったり、「診療・看護・医事」だったり、いろいろだろう。自分の業種で、読み替えて見てほしい。
誰が決断を下すのか? 〜タスクフォース組織のすすめ_e0058447_07534120.jpg
各機能は、さらに、インプット・業務プロセス・アウトプットが、だいたい決められている。設計ならば、設計の予条件や顧客要求などがインプットで、設計計算や結果のチェックや作図・仕様書作成などの作業を経て、2D/3D-CADの製作図面やモデル、技術仕様書、操作マニュアル、部品表(BOM)のリストなど、アウトプットを生み出す。

こうした機能型組織の特徴は、機能(要素技術)をベースとして、分業によって業務を進めていくことだ。部門(部署)ごとに、担当する仕事の種類が異なる(営業/会計/製造など)。各部門は、その機能的な能力・技術を磨くことで、最大効率を目指す。そして部門内では、能力・スキルや経験年数により、序列がつくられ、秩序をもって運営されていく。

機能型組織の長所は、技術蓄積・継承・業務改善が行いやすい点だ。セールスならば営業部門、設計ならば技術部門、経理ならば会計部門、という風に、仕事を進める技術やスキルの、オーナーシップが明確になっている。そして、とくに製造業の場合、権限(予算執行や人事評価)は、ライン部門長に集中している。

ただし、欠点もある。分業によって部門間に壁ができやすい、部門を超えた人材の流動性が抑えられがち、といった事がそうだ。しかし最大の問題は、複数の部門が協力して当たらなければならないような、緊急の課題や、期限付きの活動が、進めにくい点にある。

拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』 では、そうした例の一つとして、新製品開発の事案をとりあげた。ある製造業の社長が、たまたま訪問した先の海外企業のトップと意気投合して、その新興国の市場向けに、共同で製品を開発する約束をして帰ってくる。主人公はその会社で働く若手のエンジニアで、技術部門に属しているが、まだ製品開発をリードできるような立場ではない。ただ、明らかに複数部門が関わらなければ、成功しないことぐらいは分かる。

開発案件の担当メンバーの一員となった彼は、その案件の行く末を心配して、大学時代の大先輩にどうしたらいいか、アドバイスをもらいにいく、という設定である。

だが、なぜ主人公は、そういう心配をしたのか? もう一度、図を見てほしい。こういった組織図の、縦横を結ぶ線のことを、英語でなんと呼ぶか、ご存知だろうか。答えは、"Reporting line”だ。つまり、文字通り、レポート(報告)する関係を示す線である。具体的に、誰がどの人に対して報告するか(あるいは逆に、指示がおりるか)を、この線があらわしている。

会社の公式なコミュニケーションは、全部このReporting lineに沿って動かすのが、ルールである。線が結ばれていない人同士は、直接、指示や報告のやり取りはしない(食堂や部活でおしゃべりするような、非公式なコミュニケーションは別として)。ある部門の担当者が、別の他の部門の担当者と、なにか依頼や相談をしたい場合は、線に沿って、部門長を経由して伝達する必要がある。

たとえば設計の担当者は、設計部門長にまず書類や事案を上げ、設計部門長はそれを、調達部門長に渡す。調達部門長は、それを担当者に下ろす。これが会社組織の、公式なルールである。それをバイパスしたりショートカットしたりすると、部長から「俺は聞いていないぞ。勝手なことを決めてくるな!」と叱られたりする。なぜなら部門長は、部内の業務すべてに、一応責任を負っているからだ。

ところで、このような会社に、複数部門にまたがって緊急対応が必要な事案が、何かふってわいたら、どうするか? たとえば拙著にあげたような製品開発でもいい。あるいは今回の、コロナウィルス禍への対策などでもいい。

たとえば図の一番下の点線で囲まれた部分のように、ある事案なりプロジェクトに関わる担当者たちが、何か調整をしなければならなくなったとしよう。その際、彼らは公式なレポーティング・ラインを通してしか、やりとりができない。組織のルール上は、直接お互いに話をすることができないからだ。

しかし、個別の事案の個別の調整を、全部、部長を通して行うのは、果たして現実的だろうか? 部長同士の会議(部長会)なんて、どこの会社でも、せいぜい週に1回か、2週に1回程度だろう。当然ながら、コミュニケーションのスピードが非常に遅くなる。

じゃあ、設計部長が個別事案の相談のために、調達部長や建設部長のところに出向いていって、話すのではどうか? かりに部長同士が、ちょうど空いている時間をうまく取れたとしても、話し合いの結果、意見が対立したら、どうするか。

日本企業はコンセンサス(合意)で進むのが、基本だ。しかし、それでも合意できなかったら、誰が最終的に決断を下すのか? まさか、物理的に声の大きい人か? いや、そんな事はあってはならない(はずだ・・たぶん)。

もちろん組織図上には、「役員」がいる。だが多忙な役員が、個別の事案の調整まで全部、面倒など見きれる訳がない。

ちなみに、具体的な完了条件(ゴール)があり、複数の人が協力する必要があり、そしてリスクがあるような種類の仕事を、『プロジェクト』と呼ぶ。機能型組織では、結果として、複数の機能部門にまたがるようなプロジェクトを進める際に、問題が発生しやすくなる。部門間の課題について、誰が決断を下す人なのか、不明になるからだ。これが、機能型組織の限界だ。

いいかえると、部門横断的に(これをクロス・ファンクショナルといったりする)進めるべき事案が生じても、プロジェクト・マネージャーが存在しないのである。プロマネがいないのだから、プロジェクトの期限(納期)や必要なコストについて、全体を見て判断し、責任を負う者がいないことになる。したがって、プロジェクトの遂行スピードが遅く、誰も終了時期を確約できない状況になりがちだ。

日本の製造業は、機能型組織が強い。逆に言うと、複数の事案やプロジェクトを効率的に回すのには、あまり長けていない、といえるだろう。そしてこの事が、日本企業の競争力を阻害する大きな原因になっているのである。というのも、新製品開発競争や、新市場の開拓、そしてサプライチェーンの海外展開など、部門間を超えて対応しなければいけない課題が、今日では目白押しだからだ。

では、どうするべきなのか? その答えが、『タスクフォース』型チームの組成である。

タスクフォース(Task force)という言葉は、元々米軍が使い始めた、軍事用語である。日本語で言えば「機動部隊」に相当する。すなわち、特定の課題(Task)に対応するために、臨時で動員した人員組織(force)を意味する。

タスクフォースにアサインされた人は、原則として、もともと所属していた部署の仕事は中断して、その特定課題の仕事に専任する。通常は、執務場所も移動して、タスクフォース・チームとして同じ場所に顔を合わせる。そしてチームのリーダーやサブリーダーの指示の下に、仕事をする。そうして、最終的に所定の任務を達成したら、チームは解散となり、メンバーは元の部署に戻っていく。だからタスクフォースは、時限的な組織である。

これに対して、機能部門はパーマネント(永続的)な組織である。永続的だから、若手の教育研修とか、技術蓄積とか、業務改善といったことにも取り組む。タスクフォース・チームでは、原則としてこういった事は行わない。そもそも、仕事のできない、「使えない」人材は、普通タスクフォースにはアサインされない。きちんと能力をもった選りすぐりのメンバーを、一時的に集めて、機動的に課題に当たるのである。

なお、「タスクフォース・チーム」と、「プロジェクト・チーム」は同じものか、違うのか、という問いがある。ネットを調べると、タスクフォースは短期的で、プロジェクト・チームは長期的な仕事に使う場合が多い、などという解説が出てくる。

だが上に述べたように、時限的(有期的)で明確なゴールがあり、複数の人間が協力して当たらないと成功しないような仕事は、原理的にすべて『プロジェクト』である。だから基本的に、両者は同じものだ。実際、欧米のメジャー企業では、Project task force(PTF)という言い方も、よくしている。

タスクフォースの特徴は、とりくむ特定課題について、責任を任されている事だ。必要な権限と、予算と、人員をつけられている。だからこそ、機動的に判断して動けるのである。逆に言うと、細かいこともいちいち上の判断を仰がなければいけなかったり、予算の執行権がなかったり、勝手に人を引き剥がされたりするようでは、タスクフォースは課題解決の責任を負えない。

無論、予算枠が足りない、人が足りない、といった問題は現実にはありがちだ。しかし、だとしたらタスクフォースのリーダーは、その事実を上位マネジメントに訴えるべきだし、逆に上位の管理者(会社の重要なタスクフォースだったら普通は役員層)は、タスクフォースがちゃんと任務を果たせるよう、支援する責務がある。

タスクフォースでは、リーダーが、強いリーダーシップを持つことが大事だ、といった解説もよく見かける。もちろん、それは大切だ。だが、もっと大切なことがある。それは、

 「チームのメンバーは、自分の元の部署の利害や部門長の命令ではなく、タスクフォース・のリーダーの判断に従う

という行動習慣を全員が持つことだ。それを周囲も認めることだ。

たとえば自分が物流部門出身だったとしよう。ある時のリーダーの指示・判断が、どう見ても物流コスト的に余計かかりそうだったとする。仮にたとえそうだとしても、タスクフォースにいる限りは、その指示に従う必要がある。もちろん、リーダーに意見を言うことはあっても良い。しかし、最終的な判断の権限は、リーダーにある。

そこで、出身母体の物流部門の価値基準を優先して、指示を実行しなかったり、あるいは物流部門長にかけあって反論したり、してはいけない。タスクフォースのリーダーと、もとの所属部門の部長の意見が異なったら、タスクフォースの指示で動くべきだ。そうしないと、部門間の合意で決めていたスローなやり方と、何も変わらなくなってしまう。

リーダーはいろいろな角度から、課題の全体像を見て、判断するはずだ。もしかしたら、かりに結果として物流コストが上がっても、製造リスクが下がるのかもしれない。どちらにしても、結果に対する責任は、タスクフォースのリーダーが負うからだ。責任と権限範囲は、対応しなければならない。これが組織の原則である。

時限的で、緊急度が高く、集中して取り組まなければならない課題については、ある程度、権限もタスクフォースのリーダーに移譲(集中)する必要がある。それは、一時的な処置である。安定した時期は、部門間のコンセンサスと、公式なレポーティングラインだけで仕事を動かしてもいい。緊急時は、そうはいかない。

ところが、長らく機能型組織の中だけで生きていると、この原則が見えなくなりがちだ。部門間のバランス・オブ・パワーで生きていると、誰かに一時的に権限が集中するのを、反射的に嫌う傾向がでてくる。これが、タスクフォース組織を活かせるかどうかの、一番のボトルネックなのだ。

もちろん、これは、物流のことをろくに知りもしないリーダーが、何でも勝手に決めていい、という意味ではない。そのために、物流部門から「仕事のできる」メンバーをタスクフォース・チームに入れてもらったのである。そのメンバーも、物流の観点から課題を考え、影響を考慮し、リーダーに提案しなければならない。

つまり、タスクフォース組織を組む際には、影響のありそうな関連機能の部門から、なるべく広くメンバーを入れる必要がある。課題やプロジェクトに利害関係を持つ人のことを『ステークホルダー』と呼ぶ。タスクフォース・チームは、外部のステークホルダー(つまり社内の関連部署の部門長たち)から、やいのやいのと助言だの苦言だのをもらって右往左往せずにすむように、あらかじめステークホルダーの技術や知見を「内部化」しておくのである。

逆に言うと、機能部門長は、タスクフォースに人を出してほしいと要請された場合、余っている人を出すのではなく、ちゃんとした能力を持つメンバーを出す必要がある、ということだ。これもまた、多くの日本の組織では、言うは易く行うは難し、である。部門長は、自部門の都合を第一に考える習慣が強いので、有力なメンバーを割かれるのに抵抗感を持つからだ(それに、大抵の組織では、そもそも有能な人が足りない)。

また、上記に関連して、タスクフォースは、独立した予算枠と執行権を持たなければならない。特定課題に関連する物流コストがアップしても、それは物流部門の成績に集計されるのではなく、タスクフォースのコストになる。こうして、外部からの独立性を担保するのである。

上に述べた拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』のケースでも、本当は、共同製品開発のためのタスクフォース・チームの設置を、すぐに社長が命じるべきだったのだ。だが、社長はそういう事をしないで、案件を、ただ機能型組織に任せた(丸投げした)だけだった。誰がプロジェクト・マネージャーで、どう決断していくのかすら、分からない。そういう状況下にあって、主人公がどう動くか、またそれを助けるための組織的な形態は何か(著者としては実はこの部分の解決に苦労したのだが)、ご興味があればぜひお読みいただきたい。〜以上、コマーシャルの時間でした(笑)。

ともあれ、まとめよう。タスクフォース・チームとは、特定の課題を解決するために、時限的に集められた組織である。それがちゃんと機能して活きるためには、守るべき条件がある:

(1) タスクフォース・チームは、独立した権限と予算執行権を持つ
(2) 幅広い関連部署から有能なメンバーを集める
(3) 各メンバーは(出身部署の利害代表者として動くのではなく)、タスクフォース・チームのリーダーの決断に最終的に従う

このようにして、機動的な部隊を動かし、「誰が決断を下すのかわからない」状態を避けるのである。

ただし上記の「幅広い関連部署」を考える際には、ある問題や対策が、どこまで広い影響範囲を持つのかに関して、きちんと豊かに想像力を働かせる必要がある。想像力と書いたが、それは、物事の依存関係(連鎖的な因果関係)を、幅広くたどっていける論理的な思考能力である。

いいかえると、タスクフォースを成功させるためには、『システムズ・アプローチ』が大事だ、という事だ。じゃあ、そのシステムズ・アプローチとは何か、という話になるが、これはまた深い議論が必要なので、別の機会にまた書こう。


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# by Tomoichi_Sato | 2020-04-07 08:18 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

書評:「ザ・クリスタルボール」 エリヤフ・ゴールドラット著


クリスタルボール(水晶玉)とは、西洋の女占い師が、未来を予見するときに使う道具だ。そしてもちろん、占いの予言など、科学的に信頼できないものの代表例である。

しかし消費者向けのB2Cビジネスの世界では、どうしても「需要予測」なるものに頼りたくなる。とくに小売りの世界では、そうだ。何が売れるかを見極めて、売れ筋の商品を仕入れる。手元にない商品は、売れない。もちろん自動車のディーラーのように、納車まで数週間単位で待ってくれる業種もあるにはある。だが、一般消費財は、「じゃ別の店に行って探すわ」といって商機を逃してしまう。

より科学的で正確な予測を得て、万全な計画を立てたい。そうした思いを、一般消費財の分野で持つ人は多い。少なくとも、欧米的な思考では、そうなる。だが、『計画重視』が導く、「あらゆる細部を完全に計画すれば、ビジネスの問題は解決する」という思考習慣に反対するのが、著者ゴールドラットの基本的スタンスだ。

本書はエリヤフ・ゴールドラットが2009年に発刊した、最後のビジネス小説である。「制約条件の理論」(TOC = Theory of Constraints)で有名なゴールドラットは、イスラエル人の元・物理学者だが、むしろアメリカでビジネス・コンサルタントとして活躍した。最初はOPTという名前の生産スケジューラを開発して売っていたが、彼の名を一躍有名にしたのは『ザ・ゴール』というビジネス小説だった(初版は1984年で、Jeff Coxという作家が執筆に協力した)。爾来、彼はむしろコンサルタント兼作家として、カリスマ的な影響力を発揮してきた。

考えてみると、彼の小説を日本語の翻訳で読むのは初めてだ。初期の三部作”The Goal”, “It’s Not Luck”(日本語訳のタイトルは「ザ・ゴール2」), “Critical Chain”(「クリティカル・チェーン」)は、いずれも90年代に英語で読んだ。当時、彼の著書は日本語に翻訳されていなかった。ゴールドラットは日本嫌いで、ザ・ゴールは世界各国語に翻訳されたのに、日本語訳だけは許可されなかったと言われていたのだ。

ちょうど90年代後半は、「サプライチェーン・マネジメント」という概念が日本にも紹介された時期だった。わたしが中村実氏や本間峰一氏らと共著で「サプライ・チェーン・マネジメントがわかる本」を執筆したのが1998年。この時期、ゴールドラットのTOC理論は、SCMの概念に大きな影響を与えており、彼の著書は必須の文献だったのだ。


ポールとキャロラインは、ハンナズショップ(「ハンナのお店」)という、家庭用品チェーン店の経営に関わっている。主な商品はホームテキスタイル(繊維製品)、つまりテーブルクロスとかベッドシーツとか羽根布団のたぐいだ。妻のキャロラインは、このチェーンの創業者の娘で、仕入の責任者をしている。ポールは娘婿という形で、フロリダ州のボカの店長を任されて3年目だ。

しかしポールの店は、売上を順調に伸ばしているとは言い難い。その上に、地下倉庫の天井で水道管が破裂し、店の在庫品が水浸しになるというトラブルに見舞われる。彼の店は、陳列棚を含めて2,000 SKU (Stock Keeping Unit) 以上の品目を、合計で4ヶ月分保有していた。倉庫の修理は数ヶ月かかる。その間、彼らはギリギリまで圧縮した約20日分の在庫で、店を回さなければならなかった・・

ビジネス小説では、主人公が陥るトラブルの設定がポイントになる。トラブルは物語に、スリルと緊張感をもたらすからだ。陥るトラブルが簡単すぎると、サスペンスが薄くなる。しかしトラブルが深刻すぎると、抜け出して解決するのに知恵のみならず、かなりの幸運が必要になって、ご都合主義的な匂いが出てしまう。またトラブル状況が特殊すぎると、読者にとって参考になりにくい。ここらへんがなかなか、難しいのだ。
(『ザ・ゴール』がベストセラーになったのは、主人公アレックスの工場がピンチの上に、彼の仕事一辺倒の姿勢に嫌気が差して、妻がいなくなってしまう、という公私両面のダブルパンチ状況が見事だったからだ)

ともあれ、ポールはやむなく、地域倉庫(フロリダ州のその地域の店舗群に、商品を供給している物流センター)のロジャー主任に協力を頼む。本来の規則では、一定の搬送ロット数量を満たさない限り、オーダーをためてからでないと出荷できないのだが、毎日必要な分を、すこしずつ小口で配送してもらうようにする。

ところが、この方式が意外な功を奏して、彼の店は翌月、急に売上が20%も上昇し、利益率も地域でトップになる。こまめな補充で、品切れとなるSKUの種類が減ったためだった。ポールは、この方式を他の店にも広げたらどうだろうか、と考え始める。だが、「販売=商品在庫を抱えること」という固定観念にしばられた売り手たちの考えを変えさせるのは容易なことではなかった・・

他方、妻のキャロラインは、仕入先であるインドの縫製業者との交渉に難儀していた。価格ネゴも大変だが、そこはバイヤーとして手慣れている。むしろ品質や納期に、トラブルが頻発するのだ。しかし、彼女も次第に、大ロットの注文に問題の原因があることに気づき始める。そして染色布の段階でサプライヤー側に預け在庫しておき、小ロットの注文で分納させるという方法を思いつく。

・・小売業の仕事に関わった経験のある読者は、店舗の保有する在庫が4ヶ月分、と聞いて腰を抜かしたかもしれない。日本では考えられないことだからだ。だが、米国のサプライチェーンを理解するためには、あの広大な大陸の距離感覚について、ある程度の想像力をもつ必要がある。彼らにとって、500マイル(=800km)以下、つまり東京-広島間より短い距離など、「長距離」の言葉に値しないのだ。

そうした大陸を、東岸から西にむけて、順に制覇していった彼らにとって、「ロジスティクス」(輸送と補充)ほど重要な物事はなかった。モノが手元にないからといって、すぐ取りに戻るなどという事はできないのだ。現在でも、米国の端から端まで自動車輸送すると、最低で丸4日かかる。業者に電話すれば必ず翌日モノが届く日本とは、基本的な感覚が異なるのだ。必然的に、輸送は大ロットになる。

そして彼らは、「1ダースなら安くなる」というビジネス倫理(?)に忠実に従い、店を作るときでも工場を立てるときでも、最初から大規模なものを考える。生産も大規模、購入も輸送も大ロット、消費者もまとめ買い。だから米国のスーパーで売っている、普通の牛乳のサイズは1ガロン(=4L)のボトルで、紙パックは2Lが標準だ。

このような大量生産・大量消費・広大な流通網の世界で、気ままな消費動向を抱えながら、すべてを完璧に計画しつくそうというのは、確かに無理な相談である。ゴールドラットの制約理論(TOC)は、こうした「計画至上主義」の問題に対する解決策として、「バッファー・マネジメント」の考え方を提案する。

バッファー』とは、モノについてもリソースについても、また処理キャパシティについても使う言葉だが、モノのバッファーとは、要するに在庫である。消費の変動に対応するために、バッファーとしてのストック在庫を置く。問題は、そのバッファーをどこに、どれだけの量、配置するかである。

互いに独立に変動するばらつきは、足し算すると、変動の程度が相対的に小さくなる、という性質がある。それは増減が、互いに打ち消し合うからだ。だから1店舗でのシーツの売上の変動よりも、複数店舗合わせた売上の変動のほうが、相対的に(=平均値でばらつきを割ったら)小さくなる。

だから、大きな原則としては、在庫を各店舗で個別に持つよりも、地域倉庫や、さらに上位の工場倉庫に集約するほうが、変動に対する安全在庫量が小さくなる。これがバッファー集約の効果である。

また逆に、製造(仕入)で言えば、サイズやカラーなどおびただしいバリエーションの製品群について、個別に生産量を計画するよりも、それを上流側で集約した共通材料(=染色布)でストックし、個別の需要に応じて小口に製造オーダーを切る方が、リードタイムも短く無駄が少ない、ということになる。

では、そのバッファー在庫の量はどのようにして決めるか。TOCでは、青(安全)・黄色(注意)・危険(赤)の3つのレベルを設定して、ユーザーが実際の在庫推移を監視しながら、発注点などを調整することを推奨する。これがゴールドラットの「ダイナミック・バッファー・マネジメント」(Dynamic Buffer Management = DBM)の基本的な考え方だ。

何か理論式で天下り式に決めるのではなく、現場の担当者が、現実を見ながら調整する。米国では、在庫量は1日あたり平均需要量の何倍分、といった計算式で、本社が機械的に決めることが多いのだが、TOCはそういう点で、ボトムアップ的でもある。この小説には、『ザ・ゴール』に出てくるジョナ氏のような、老賢者は登場しない。主人公たちが、自分たちで頭を捻りながら、解決策を見出していく。そこにスリルもあるのだが、「怪我の功名」みたいな話の運びには、若干の物足りなさがある。

それに、率直に言うと、読んでいて内容的に、いささか古さを感じる面もある。地域単位の営業倉庫をやめ、全国で1箇所の(あるいは、せいぜい東西2箇所の)物流センターに在庫を集約する動きは、日本ではすでに2000年代のはじめから、いくつもの先進的な業界で進んでいたことだ。もちろん米国と事情は違うにせよ。

また、イタリアのベネトン社は、非常に数多くの種類のカラー製品を扱うために、すでに80年代の終わりから、白地の布でストックし、需要に応じて染色加工して出荷するサプライチェーンを構築していた。HP社もインクジェットプリンタの国別仕様の違いを吸収するために、主要部品は米国で集中生産し、電源モジュールだけ各国で後づけする方式をとっていた。いずれも上流側にバッファーを持つ工夫だ。

そして在庫をサプライチェーンの上流側で集約するといっても、商品の平均的な出荷量や変動、そしてその単価によって、実際にはどこに主要な在庫ポイントを持つべきかは変わる。ジョージア工科大学のSpearmanとHoppらは、98年に「Factory Physics」(工場物理学)を著して、すでにこの問題に数理的に取り組んでいた。そうした成果や知恵は、いずれも本書が現れる前から世にあったものだ。

もちろん、本書に書かれている解決策を、そのまま適用して、劇的効果の出る企業は、今でもいくらでもあると思う。DBMを通じて、現場がボトムアップに在庫問題に取り組むというアプローチは、現実問題としてはとても適切だろう。しかし、もう少しマクロな観点から、理論的なGuiding principle(指導原理)があってもいいとは思う。

本書がそうした理屈を議論する場でないことはもちろんだ。だが、物理学者だったゴールドラットの事実上最後の著作が、あまり意外性のない解決策を経て、メザニン・ファイナンスや集中出店戦略といったエピソードで閉じるのは、少しだけ寂しい気がする。

ゴールドラット博士は2011年に64歳で没する。あれだけの影響力のあった人だから、伝記の一つも出ていいと思うのだが、まだ米国でも出版されていないようだ。TOCは未だに人気が高く、とくに思考プロセス(TP)手法は信奉者が多い。ゴールドラットという人には、一種の宗教的なカリスマ性があったのだろう。

だが、そうした自信と熱狂が、かえって一般的普及の阻害になっている面もあるように思える。彼自身にも、未来を予言するクリススタルボールがあれば良かったのだろうか。


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(2018-08-11)


# by Tomoichi_Sato | 2020-03-30 08:12 | 書評 | Comments(0)

危機対応のマネジメントをダメにする『政治主義』とは何か


前回の記事(「危機なんて、ほんとに管理できるのか?ーー現場感覚という事」 2020-03-16)では、事前対策的なリスク・マネジメントと、事後対応的な問題管理(イシュー・マネジメント)は、全く別のものだと書いた。別のものだが、もちろんこの2つは車の両輪で、どちらも必要だ。

ただ、わたしの経験では、英米系企業は「計画万能」的な態度が強く、リスク・マネジメントを重視したがる(PMBOK Guideにも、その傾向は伺える)。他方、日本企業は「現場力」に自信を持つ傾向が強く、事前対策は軽視するきらいがある。

だからといって、日本企業は、いったん事が起きたあとの事後対応に強いかというと、一概にそうは言えまい。それは発生するトラブル事象(イシュー)の、種類と数によるのではないか。テクニカルな種類のトラブルには、比較的強いと思う。日本企業のミドルや現場の技術者・ワーカーは、概ね優秀であり、責任感も強い。だから、自分の範囲内で対応できる問題は、個別に解決して、前に進む態度を身に着けているからだ。

しかし、発生するトラブルが非常に深刻なものの場合、あるいはまだ深刻とは言えないが「テクニカルに対応しづらい」種類の、異質なトラブルの場合は、対応に余計な時間がかかるように思われる。非常に深刻なトラブルでは、現場やミドルの裁量権を超えた判断をしなければならなくなる。だが本社組織というのは、しばしば官僚主義に侵されていて、重要な例外的決断になればなるほど、どこで誰が決めるのか分からなくなりがちだ。

テクニカルに対応しづらい種類のトラブルとはなんだろうか? 一つは、通常は想定しがたい異質な他者からの介入・影響、といった問題だ。極端なことを言えば、戦争とかテロだが、そこまで言わずとも、未知の第三者や監督官庁が突然現れて、無理難題をふっかける、という事は、時々ある。

もう一つの例を挙げると、個別にはテクニカルに対応可能なトラブルなのだが、それが妙に多数起きて、組織全体のパフォーマンスが下がってくる、という種類の問題だ。たとえば製造で言えば品質問題が頻発するとか、プロジェクトで言えばジリジリと進捗が遅れて納期を割り込んでくる、といったトラブルである。こうした問題は、ゆっくりと表面化して、気づきにくい。マネジメントが気づいたときには、かなり手遅れになっている、などという事態も起こりうる。

以前も書いたことだが、どんな組織やシステムにも、自分で問題を解決して自己平衡を保つ機構が、ビルトインされている。そうでなければ、その組織は長続きしない。たとえば社会で言うなら、医療機関や保険制度などがそれにあたる。

しかし、そうした自己回復機構には、キャパシティの限界がある。それを超えると、問題を多数抱えたサブシステムが崩壊に向かって、全体のレジリエンス(危機対応能力)が失われてしまう。こういう状態になったら、もう「現場力」だけでは止めようがない。そうなる前に、気づいて手を打つのが、マネジメントの仕事である。

ところが、ここで危機対応のマネジメントに対して、重要な障害になりうる要素が登場する。それは、組織における「政治主義」(=党派主義)の存在である。前回の記事では、「官僚主義的組織」の問題を指摘したが、じつは、それ以上に障害となりうるのが、この「政治主義」的行動なのだ。

「政治主義」とは何か。それは、ビジネスにおける政治的な態度である。すなわち、「経済合理性よりも、個人や徒党の利害・権力争いを優先させる」態度をいう。企業というところは、基本、利益追求の場である。だから、経済合理性が最上位に置かれるのが本来だ。だが、政治主義的な態度の人たちが一定数いると、組織の利潤よりも、その人達の権力獲得や党勢助長が優先されるようになる。あるいは、他の政治主義的な党派との勢力争いが主眼になってしまう。世の中に時々ある、派閥争いがその典型である。

ビジネスにおける政治主義は、三つほどの特徴的な思考習慣を持っている。リーダーシップ信仰、敵失追求重視、そして現実無視の楽観主義である。ひとつひとつ見ていこう。

(1) リーダーシップ信仰

政治主義では、組織のパフォーマンスは、上に立つリーダーのみで決まる、と考える人が多い。そこには、リーダーのあり方以外に、組織の構成員や業務手順や仕組み(システム)にも問題が内在しうる、という発想がない。だから、自分(達)がリーダーになれば、万事すぐ順調になる、と楽観しがちだ。

(2) 敵失追及重視

リーダーシップがすべてを決めると信じているため、自分たちと敵対する徒党のリーダーが、組織の上に立っている場合、失敗はすべて敵であるリーダーの責任と考え、責を負わせたがる。そこで、連座制、連帯責任、任命責任、説明責任、などの概念を用いて攻撃する。

このため、政治主義では、他責的な思考のみが発達する。大きな問題が発生しても、避難措置や原因分析を軽んじ、敵であるリーダーを変えればいい、と考える。全体の利益よりも、自分たちの政治的損得が優先するのである。したがって、一致協力が必要な危機的状況でも、団結力を妨害するように動きがちだ。

(3) 現実無視の楽観主義

上とは逆に、自分たちの徒党がリーダーを出している場合、どんな状況であろうと、「すべては順調」という結論が先にくる。自分に都合の悪い事実は、調べもせず、見なくなってしまう。楽観主義故に、リスクや悲観論を口にする者は、潜在的な敵であり、危険分子と考える。リスク対策的な仕組みは、コストの無駄で、生産性の阻害要因とされ、限界まで切り詰められる事になる。

なにせ政治主義的な人たちは、党派的信条と「やる気」さえあればOK、と考えるので、結論に合わせて現実を説明したがる。だから、手近にある事例や推論は、なんでも武器にする(全体を考える必要はない)。敵の問題は「屁理屈」をこねてでも論難する。自分たちの問題は「言い逃れ」で無視、である。


上記3つの行動習慣の結果として、政治主義が招くのは、客観的・総合的な思考能力の低下だ。言葉を軽んじる者は、結局、思考も軽んじることになる。何よりも、政治主義が跋扈すると、他の集団と、「議論」が成立しなくなってしまう

そもそも「議論」とは何だろうか。まともな議論を行うためには、
・問題解決という共通目的
・客観的事実という共通認識のグラウンド
・事実とデータを積み上げながら、仮設を互いに強化しあっていく作業
が必要である。議論を通じて、複数の視点(それぞれの立場)から、状況がどう見えるかを検討するのである。

もちろん、まともな議論においては、相手のメンツという感情面も配慮することが大切だ。両者が互いに、自分たちの勝利だ、少なくとも一応満足できる、という形で決着するのが、望ましい(ちなみに、参加者の間でゼロサムゲームとなるような事態での議論を、「ネゴシエーション」と呼ぶ)。

という訳で、議論では、事実とデータを重んじ、言葉を大切にする態度が必要となる。にもかかわらず、政治主義の人たちは、言語もデータも、そして現実も軽視する傾向が強い。だから、他者との関わりにおいては、議論の代わりに、貸し借りと「裏取引」だけに長けていく。

自分たちのリーダーが政治主義的かどうかは、日々接している人ならば自然と分かる。ずっと上位の遠い存在の場合は、上に述べた3つの特徴から推測する必要がある。

そもそも、こうした政治主義(党派主義)はどこから発生し、どうして成長してくるのだろうか? 自分の地位や権力、出世を優先する態度自体は、誰の心の内にも潜在的にあると思われる。その底には、承認欲求、制御欲求といった欲求が動いている。その欲求の対象が、組織内の権力や職位に集中するのである。

ただ、このような傾向が増長するにあたっては、社会の(そして組織内の)競争原理の強さが、大きく影響する。そして、「勝った者が皆もらう(Winner takes all)」方式の、利益誘導・格差助長的ルールが、その傾向を強めるだろう。いわゆる「能力主義」「成果主義」などの言葉で今世紀になってから浸透した、あの考え方である。

能力主義自体は本来、官僚主義的な年功序列制度の毒消し、という意味を担っていたはずだ。だが政治主義的な人たちは、「能力=自己の党派に属すること」という短絡思考なので、結果として組織は序列重視、命令服従型組織(軍隊式の組織)になっていく。そして目下の人間の「自由」は、目障りに思うようになる。

政治主義的な党派間では、貸し借りと裏取引で「野合」し、勢力を拡大・膨張していく。野合なので考え方は異なるはずだが、そこは「強力なリーダー」の神話で統一する訳だ(神話なので、本当に強力なリーダーかどうかは、問わない)。危機が起きると、リーダーを批判する者たちは、「この非常時に和を乱すとは、不届きだ」といって排除される。だから、政治主義者は内心、危機を待ち望んでいたりする。

こうした政治主義的な動きを止めるには、どうしたら良いだろうか? 相手は権力を持っているので、隠密理に動き、仲間を増やして対抗しよう、と考える事になる。だが、そうなると、今後は自分たち自身が政治主義化する道を、たどることになる。何のことはない、ミイラ取りがミイラになりやすいのだ。

かくて、組織の中に一度、有力な政治主義の党派が芽生えると、それは周囲を飲み込んで拡大していき、組織全体を支配していくことも少なくない。単なる経済合理性よりも、政治主義のほうが攻撃力が強いからだ。そして、トップの地位を占めると、独裁的な権力を行使するようになりかねない。

そうなる前に、政治主義的な動きを止めるにはどうしたら良いか? 答えは明白だ。それは、リーダーの地位を決める手順のルール化と透明性である。政治的動きの最終的な目標は、権力ある地位につくことだ。だから、リーダーや昇進昇格が客観的にルール化されていることが、大切なのだ。ちょうど、中世の英国で、暗愚なジョン王の暴政にこまった諸侯が、名文化したルールであるマグナ・カルタを王に突きつけたように。

また、組織内にむやみに位階とポジションを増やさないことも大切だ。政治主義は、フラットな組織では活躍しにくいのだ。

なお、ここでいっているのは、ビジネス組織における傾向であって、「政治主義」といっても、実際の政党やら政治家たちの話をしているのではないので、誤解なきよう。ちょうど前回の記事で「官僚主義的組織」といっても、別に官庁の話をしたのではないのと同様だ。いや、実際のところ公務員でも、自分の所属する組織の官僚主義に、内心、辟易している人はけっこういる。

同じように、現実の政治に関わっている人で、自分たちの中の党派主義に不満を持つ人がいても、不思議ではない。ただ、政党政治の世界は権力闘争の面が強いから、どうしても政治主義的になりがちだ。そして、この政治主義の傾向は、信じているイデオロギーの種類に関わらない。たとえばヒトラー支配下のナチス政権と、スターリン独裁下のソ連共産党は、どちらも非常に政治主義的である点では、よく似ていたはずだ。

だが、政治主義者による独裁権力は、それ自身の内に崩壊の種を抱いている。政治主義者がリーダーの地位をとると、結果として、イエスマンばかりがリーダーを取り囲むようになるからだ。そうなると、リーダーのところに、不都合な情報が上がっていかなくなる。どんなに優秀なリーダーだって、正しい情報が入ってこなければ、正しく判断できなくなるだろう。

そういうときに、「裏取引」できない相手が登場することがある。裏取引できない相手とは、たとえば黒船のように、異世界から来た侵入者である。江戸幕府は黒船の出現で、一気に政治的権威を失墜する。黒船は、それまで幕府が知っていたテクニカルな問題対応を、拒絶する存在だった。こういう時、楽観主義に基づいて、ギリギリまで削減していた、リスク対策と保険的制度の欠如が、最終的に自分たちの首を絞めることになる。

本当の危機にあっては、自らの組織内で、あるいは近隣の組織と、一致協力する必要がある。なにか手を打つためには、事実とデータに基づき、総合的な思考能力を要する。だが、それこそ、自分たちが軽視し、組織から排除してきた能力なのだ。だから政治主義的な組織は、結局は長続きしない。

黒船の出現のあと、国論は四分五裂になり、クーデター的事変も内戦も発生した。だが、外国が介入して国が分断される事態は、なんとか避けられた。それは幸いにも、「分断は植民地化への道だ」と理解していた有能な人たちが、対立する双方の側にいたからだ。

危機対応のマネジメントで必要なのは、競争原理ではなく、協力原理に基づいた行動である。協力原理とは、自己利益の追求を一旦脇において、共同体利益を求める態度にほかならない。それは同時に、前例や権威を超えた、臨機応変な自発的な働きを必要とする。自発性こそ、政治主義を中和する最大の良薬なのである。


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(2020-03-16)


# by Tomoichi_Sato | 2020-03-23 19:56 | リスク・マネジメント | Comments(1)

危機なんて、ほんとに管理できるのか?ーー現場感覚という事

わたしのこのサイトでは、管理という言葉を極力使わないようにしている。このことはすでに何回か書いたので、あまり詳しくは繰り返さないが、日本語の管理に対応する英語は、Management, Control, Administrationの3つのレベルがあって、海の向こうでは使い分けされている。これに比べ、日本語の『管理』は語義が広すぎて、何のことを指しているのか誤解しやすい。

それでも、管理が何を指すかは、「管理できていない状態」と比べると、少しは明確になるかもしれない。管理できていない状態というのは、どんなイメージか。

70年代、ようやく少しずつ開放の始まった中国を、私の父が訪れた。父は機械エンジニア出身で、機械メーカーの役員だった。中国でいくつかの大規模な工場を訪れ、当時普及し始めたNC(数値制御)工作機械の、研究と導入について相談を受けたという。

しかしそこの工場たるや、加工品を床の上に積み上げて、通路だか物置だか分からないような状態になっていた。積み上げた加工品が崩れて、そこに何種類の部品がどれだけあるか誰もわからない。それを見た父は遠慮なく言ったらしい。「ここの工場のような管理体制のところにNCを導入してもナンセンスですよ。」

後に父は著書「実践的NCマネジメント入門」(技術評論社、1974)に、だらしない工場のあり方について書いている。

「整理整頓などと言うことは目的ではなく、しっかりした管理体制ができているかいないかの、むしろ結果の表現である。」
「何はともあれ、物には置き場が対応しなければならない。計算機には、図番と同時にその部品のありかが記録されねばならない。通路にものを置くなど論外である。(中略)工場内いたる所、足の踏み場もないほど、部品入荷待ちの半製品が散らばっており、棚の裏にでも入った日には、その部品は永久にお蔵入りで、部品がないと称して作り直である」(p95, 35)

もっともこれは、半世紀も前の話だ。今では日本でも中国でも事情はよほど違っているはずだ。ただ、問題の本質は同じである。

ものがどこにあるのか、全部でいくつあるのか、誰の所轄なのか、この先の過不足はどうなのか。そうしたことが全くわからない状態を、無管理と呼ぶ。このことには皆さん、異存はあるまい。

だとしたら、危機管理ができていないとは、どういう状態なのか。危機とは、通常のオペレーションや、日常的な生活を、全面的にストップさせてしまうような重大なトラブルであろう。すると、アナロジーで考えてこうなる:

「重大なトラブルが、どことどこに起きているのか。全部でいくつあるのか。誰が担当して、それと戦っているのか。この先どうなるのか。そうしたことが全くわからない状態にある」

世間の人が危機管理という言葉でで何を期待しているのか、わたしにはわからない。だが、少なくとも上記のようなシチュエーションでは、目的を達成できてないのは明らかだろう。

危機管理と言う言葉は、95年の阪神淡路大震災から、世間で広く使われるようになったらしい。今世紀に入り、特に3·11以降は、代わりにリスク・マネジメントと言う言葉が、多く用いられるようになった。だが本来これは、別の概念である。

もともとリスクとは、起きる可能性のある事象を指している。リスクが一旦現実化して、トラブルになってしまった場合、プロジェクト・マネジメントの分野では、それを「イシュー」と呼ぶ。潜在的な可能性だったリスクと、現実に起きたイシューは別のものである。また、イシューは放置しておくと、二次的な影響が発生して、雪だるま式に膨れていく危険性がある。

前回の記事で、対応能力には、事前対策と事後対応がある、と書いた。現実化してしまったイシューへの対応を、モダンPMの世界では「イシュー・マネジメント」と呼ぶ。リスク・マネジメントとイシュー・マネジメントは、車の両輪である。片方だけではちゃんと走れない。

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イシューはその影響によってランク付けされる。最も深刻な影響が懸念されるもの、普通、危機と呼ぶわけだ。

大規模なプロジェクトでは、イシュー(トラブル)は多数発生する。そこで普通は、「課題管理表」(Issues Log)を作って把握整理する。しかし、把握だけでは足りない。イシューの中でも、プロジェクト全体の遂行を阻害してしまう重篤なものは、他のアクティビティの手を止めてでも全力で対応しなければならない。さもないと、プロジェクト全体が崩壊してしまう。

プロジェクトを含みどんな組織でも、普通は末端の人々が、それなりに問題を解決しながら進めている。つまり、一定のレジリエンス(復旧能力)があるわけだ。しかし、重篤な危機的事象は、通常の体制が持つレジリエンシーを超えている。したがって、危機と闘う体制を整える必要がある。

そのためには、まず人を動員する事になる。人を動かすためには、ロジスティクスの手配が大事になる。つまり働く場所、働くための道具や材料、食事をしたり休んだりする場所、移動手段、宿泊手段など、様々な予算と手当がいる。

もちろん働く人の環境と安全が、第一優先である。それに、安全な退路の確保も必要だ。さらに言えば、トラブル事象に無関係な通常の人間が周囲にいる場合は、その人たちの避難(隔離)も考えなければならない。

危機のときの技術のマネジメントについては、すでに以前記事に書いているので、繰り返さない。ただ、このような時に大切になるのが、「現場感覚」であろう。わたし自身は別に危機対応の専門家ではないが、仕事柄、現場とはどういうものか、多少は知っている。

現場と言う言葉で、普通の人々がイメージするのが、どんな場所だろうか? 具体的には例えば、製造現場、建設現場、物流現場、イベント現場、医療現場、報道現場などが挙げられるだろう。こういった仕事場は、普通の場所とどこが違うのか。

現場が通常のオフィスと違う点は、大きく3つあるように思われる。それは、リアルタイム性(同時性)、危険性、対面・対物性、の3点だ。

(1) リアルタイム性(同時性): 現場の状況は、日々刻々変わっていく。分析や意思決定に、何週間もかけてはいられない。遅巧より拙速を尊ぶ、という言葉があるが、厳密に正確性より、まず手を打つことが求められる。

(2) 危険性: 製造現場や物流現場、医療現場など、どこでも大きな機械装置を使ったり、病気を相手にしたりしなければならない。だから働く人にとって、仕事は常に危険性と隣り合わせである。労働安全が最優先されるのも、そのためだ。

(3) 対面・対物性: 言葉や数字だけをやり取りすれば済むオフィスワークと違って、現場の仕事では、具体的なものや人を、目の前の対象とする。対面したら、何かをしないわけにはいかない。だからこそリアルタイム性が出てくるのである。

まあ、このほかにも、リモート性とかいくつかの特性が考えられるが、ここでは省く。

上記のような性質があるため、たいていの現場では、働く人たちに、制服による識別がなされている。さらに、位階による指示命令系統が決められている。仕事に危険性があるからだ。

しかし、リアルタイム性の要請があるため、命令がなくてもルールの規定がなくても、すぐに判断しなければならない場合が、多々ある。つまりルールより有効性が優先なのである。

夜間に患者の容体が急変したら、医師を呼んで到着を待つ間にも、看護師はどう対応するかを決めてアクションを取る。看護師が医師の指示を持ちだけで、何もアクションを取らなければ、患者の命に関わるかもしれない。それが医療の現場のリアルタイム性なのだ。経験を積んだ看護師は、エリート大学を出た若い医師よりも、はるかに重要な時がある。

さらに、現場で利用可能なリソース(人、道具、資材)には限りがある。だから、優先度をつけて着手(トリアージ)していかなければならない。そして人が限られているから、分担を超えてなんでもやる必要も出てくる。失敗の可能性と背中合わせで、賭けをするのが、現場仕事の宿命なのである。

危機対応のための現場とは、特定目的のための、一時的・時限的な組織であり、そしてリスクと共存している。

このような危機対応のための仕事のあり方は、それと対極的な組織と比較してみると分かりやすいだろう。対極的とはすなわち、日常の場所に恒常的に存在するような組織だ。

そこでは有効性よりルール、前例が大切にされる。仕事の分担は細かく規定されていて、他の領分に手出ししてはいけない。末端が自分の権限を超えて考え、判断するのも許されない。もちろん、失敗も許されない(だから前例主義になる)。事前的なリスク回避は周到に行う。そして、管理することが大好きだ。それも、管理のための管理が大好きである・・。

これを官僚主義的組織という。このような組織は別にお役所には限らず、民間企業でも、いくらでもある。組織は安定した時代に、大きくなると、官僚主義的になりがちだ。うっかりするとプロジェクト組織でさえ、そうなってしまう。

官僚主義の最終目的は、自己保全である。有用かどうかは、どうでもよくなってしまうのだ。それよりも、非難されないことが大事になる。すなわち、リスキーな決定は、排除される。誰が決めたのかも、よくわからないように、手続きの中で隠蔽される。そのため、どうしても意思決定が遅くなる。

官僚主義的組織の最大の問題は、リアルタイム性の欠如である。だから、危機に応対するには向かないのだ。

誤解しないでいただきたいが、わたしは公務員が良いの悪いのという話をしているのではない。どんな組織にも、つねに潜む傾向について語っているのだ。半世紀前の中国の工場の話を、思い出してほしい。共産党政権下の計画経済(=命令経済)での工場組織だ。官僚主義的な「管理」は万全だったに違いない。だが、部品がどこにどれだけあるか、というようなコントロールは、全然できていなかった。工場が上から命令されたアウトプットさえ出していれば、たいして機能的でなくても効率的でなくても、構わない。品質が悪くても、言い訳さえ立てばいいーーそういうメンタリティを、問題にしているのだ。

予防的なリスク・マネジメントと、事後的なイシュー・マネジメントは別物だが、どちらも重要である。ちょうど計画と統率が、車の両輪であるように。だが組織が官僚主義的になりすぎると、予防側のみが肥大化してしまう。そして「危機管理マニュアル」で全てに対応できるかのような幻想が闊歩する。できなくなると、「想定外でした」など言い訳をする。だが、わたしの知る限り、本当のイシュー・マネジメントは、マニュアルにもルールにもない状況で、どう考えるべきか、から出発するのである。


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# by Tomoichi_Sato | 2020-03-16 07:21 | リスク・マネジメント | Comments(0)

危機なんて、ほんとに管理できるのか?

「あなたは世の中には大きな運・不運があると思いますか?」

これまで学生や社会人、そして勤務先の後輩たちなど、それなりに大勢の人々に対して、リスク・マネジメントの講義をしてきた。その説明の最初に、いつも問いかけるのが、この質問である。無論、答えは様々だ。だが(少なくとも日本では)大多数の人が、「運・不運はある」と答える。「いや、ないと思います」という人は少数で、経験的に、ほとんどが20代の若者である。

そこで、念のため、もう一つ補足の質問をすることにしている。それは、

「じゃあ、あなたは人生において、本当にその気になれば、たいていの事は可能だと思いますか?」

という問いだ。こうたずねると、少なからぬ人が、虚をつかれたように「うーん」という顔をする。

当たり前だが、この2つの質問は、セットで裏表の関係にある。もし、人生において、本当にやる気になれば何でも実現可能だとしたら、運・不運なんてない、という事になる。逆に、もし運・不運があるなら、それはどんなに気合を込めて頑張っても、実現不可能なことがある、と認めることになる。

それなのに、この2つの問いかけに対して、あらためて驚き悩む人がいるのは、なぜだろうか。それは、ふだん無意識的に「運・不運がある」と感じながら、意識の面では「頑張ればたいていの事は可能だ」というテーゼに影響され、頼っているからだ。両方を言語化してみると、初めて自分の信念の中に矛盾があったことに気がつく。

そこで、(追い打ちをかける訳じゃないが)もう一問、たずねる。それは、

「じゃあ、リスク・マネジメントに意味なんてあると思いますか?」

である。“じゃあ”という接続詞は、運・不運があると思っている人にも、やる気になれば何でも可能と信じている人にも、共通して使っている。

なぜなら、もし大きな運・不運があるというなら、不運(リスク)を本当にさける方法などありえないはずだからだ。避けられるなら、それは不運だったとは言わない。人間が運・不運に翻弄される存在なら、リスク・マネジメントなど存在し得ない。

逆に、その気になれば不可能なことはない、と信じるなら、どんな事態になろうと「やる気」で打開できるはずだ。だったら小賢しいリスク対策など、時間のムダではないか。つまり、運・不運があるとの信憑も、やる気がすべてを可能にするとの信念も、ともにリスク・マネジメントを否定している点では同じだ、という事になる。だったら、なぜリスク・マネジメントを学ぼうと思うのか?

あらためてこうたずねられると、ほとんどの受講者は、「いや、でも、少しでも避けられるリスクがあるなら、それは意味あるかと思って」みたいな、曖昧で妥協的(?)な返事をしてくる。それは、ホントは意味ないんだけどさ、ちょっとは意味あるかと思って・・といっているのと同じである。そこで、わたしはトドメの一言をこう放つ。

「マネジメントって、人を動かす、とか、自分の管轄下にあってよく知っている事物を、なんとか意思に沿うよう働かせる行為でしょ? でも、リスクというのは未知の事象を指している訳です。自分がよく知りもしないリスクなんて、本当にマネジメントできると思いますか。リスク・マネジメントって、言語矛盾だと思いませんか?」

・・ここまで読んだ読者諸賢は、なんて意地悪な講師なんだ、と感じたに違いない。いや、申し訳ない。ただ、リスク・マネジメントだとか危機管理だとかいった概念は、かくも、わたし達が無意識に抱えている矛盾をあぶり出す存在なのである。でも、それを最初にやっておかないと、

「ああ、リスクって、マネジメント可能なんだな」
「危機的状況になっても、危機管理をすれば乗り切れる」

といった、妙に楽観的な(?)誤解を持ったまま、教えられることを教科書的に受け入れていく危険性が高いのである。教科書をそのまま真に受けて、暗記しようとする事ほど、本当のリスク・マネジメントから遠い態度はない。

リスク・マネジメントというのは、簡単に言うと、ふだん意識の下に押し込めている『リスク』に光をあて、その影響を評価するとともに、科学的にその対応策を考えよう、という一種の技術である。ただし、技術だが、そこには必要なマインドセットがある。それは、自分を取り巻く事態を、自分が能動的に変えられる、という主体性である。そして、技術という以上は、リスクにも一定のパターンや傾向があるはずだ、という信憑がある。

ところで、学業や仕事をする人にとって、その成果は、主に何で左右されるのか。それは「やる気」(モチベーション)である、と考える人は多い。「本当にやる気になれば何でも実現可能だ」というテーゼは、この信念を強化する。

他方、成果は外的環境に左右されることが多い、と考える人も少なくない。つまり運・不運で決まるのだ、と。そして、いや、仕事の成果はやはり、科学的な技術に裏付けられた、能力で決まるのだ、という考え方もあろう。

成果を生み出すのは、「やる気」なのか「環境」なのか「技術」なのか。もちろん、どれも必要ではあろう。それは「天の時、地の利、人の和」といった昔風の言葉にも現れている。とはいえ、どこに一番の主眼をおくのか。それは、じつは時代によって変わってきた。

昭和20年の敗戦後すぐから、昭和30年台の終わりごろまでは、「やる気」主義が中心だったように思う。この頃の社会で必要とされていたのは、食品・衣服など、日用品中心の産業だった。流通も小規模で、小売り中心だった。多くの人が、小商いで、貧しい中を、頑張って生きていた。戦後復興のある意味での到達点が、昭和39年の東京オリンピックだった。

ところで、オリンピックが終わって翌年の昭和40年になると、戦後最悪と言われた、いわゆる「40年不況」が訪れる。それまで単純な拡大路線で走ってきたビジネスは、転換点をむかえる。アメリカから、統計的品質管理(QC)などの、マネジメント技術が入ってきた。また、産業も重化学工業が高度成長をリードする形に、転換していく。

そこでは、科学技術や、ルールが大事になる。技術主義の時代である。そうなると、勉強が大事である。良い仕事に付きたければ、大学にいけ、ということになる。高度成長期には、学歴主義も強まった。

しかし、昭和が終わる頃、わたし達の社会はバブル時代に突入する。土地や株など、相場で全ての成果が決まる、という社会である。この時代を制したのは、いわば「チャンス」主義=運不運を見極めて、チャンスをつかまえ、それに乗る、という態度であった。

自分で技術を身につける自力路線から、バブルの波に乗るという、他力本願への転換が、マインドセットの世界で起こった。と同時に、運・不運で決まる社会は、世の中は不公平なものだ、という考えも広めていった。社会的公正の「建前」より、自己利益の「ホンネ」を優先する態度が主流になった。

バブル時代は短く、'95年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件で、平成不況へと社会は転換する。モノが売れないため、産業の主導権は、製造側から販売側に移り、コストカット(デフレ)戦略が主流になった。同時に、チャンス主義の双子の弟分である、「自己責任」主義が広められていく。そうした社会では、個人も組織も、リスクを可能な限り回避することを志向する。運・不運が重大という点ではバブル時代と変わらず、ただ格差社会の拡大が、その傾向に輪をかけていった。

さて、成果を左右するのは意思なのか(「やる気主義」)、技術能力なのか(「技術主義」)、それとも環境すなわち運不運なのか(「チャンス主義」)? 

やる気主義とチャンス主義は、最初に述べたように、リスク・マネジメントと基本的に反りが合わない。というか、論理的に矛盾している。そうした不合理に気づかないのは、成果を起点にした、自分の「意思」と「能力」と「環境」の関係を、根本から考えたことがないからだろう。いわば、哲学の貧困である。

ちなみに、このサイトの基本スタンスは、技術主義である。なにせテーマが「マネジメント・テクノロジー」なのだから当然だろう。技術だけで、全てがうまくいくわけではない。しかし、大間違いは避けられる。やる気主義やチャンス主義だけでは、大成功するかもしれないが、大間違いするリスクも孕んでいる。

では、自分にとって未知なリスクを、どうマネジメントできるのか? 本サイトでは、この問題にも、すでに答えは出してある(今、調べたらちょうど10年前の記事に書いてあった)。

まず、普通のリスク・マネジメントの考え方を説明しよう。たいていの教科書には、次の式が書かれている。すなわち、

リスクの大きさ=発生確率 × 影響度

だが、リスク事象の生起確率は、低減できる場合もあるが、コントロールできない場合の方が多い(台風の進路や、疫病の発生のように)。そうなると、わたし達が左右できるのは影響度の方だけということになる。だから、リスクへの対応戦略は、回避(避ける)か、転嫁(人に押し付ける)か、軽減(影響度を弱める)か、あるいは受容(あきらめて共存する)、の4つが中心になる。これが今の教科書の記述だ。

だが、わたしはここに大事な因子がかけていると考えている。だから、わたしの講義では次のような式でリスクを評価する、と教える。
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すなわち、リスクの大きさは、その可能性(生起確率)と、影響度の積に比例し、対応能力に反比例する
分子は教科書と同じである。違いは、分母の存在だ。分母の対応能力が大きければ、リスク自体は小さくなる。逆に、対応能力が小さいと、同じ確率・影響度のリスクも、大きなものになってしまう。だから、組織の『対応能力』をいかに高めるかが、中心課題になるのである。

よくPMOでは、「あのプロジェクトにとっての最大のリスクは、××さんがプロマネをやってることだよ」という冗談半分のコメントが出たりすることがある。これはつまり、分母の対応能力が小さい、ということをいっているのである。そうでなければ、もとの教科書の式だけでは、リスクの意味を説明できまい。

対応能力はさらに、予防的(Preventive)な 「事前計画能力」か、適応的(Adaptive)な 「事後対応能力」に分解することができよう。事前計画能力は、見通しの能力である。それはリスク・アセスメント・セッションの実施や、過去のLessons Learnedの共有などで向上できる。

事後対応能力とは一種の機動力であり、実際に発生してしまったトラブル・危機を、どう早く察知し、機敏に対応できるか、を示している。(ちなみに、現在のPMBOK Guideでは、この事後対応のためのイシュー・マネジメントの説明が、ほとんど欠落している)

そして、「危機管理」のための事後対応能力を高めるためには、組織のデザインにおいて、集権化と分権化という矛盾したポリシーをどう両立するか、という問題が控えているのだが、どうやらいつもの癖で、前提の説明が長くなりすぎたらしい。その問題については、稿を改めて、また書こう。


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(2011-01-10)



# by Tomoichi_Sato | 2020-03-08 22:18 | リスク・マネジメント | Comments(1)

「不安」の季節を生きのびて

大学の1年生を、じつは2回やった。理由は、成績不良である。理系の学部に入学したが、教養課程の理系の授業で落ちこぼれたのだ。成績表には、「不可」がいくつも並んだ。

前期後期を平均すると、かろうじて進級できない点数ではなかった。だが、わたしの入った大学では入学後も成績競争があって、良い点数を取らないと希望する学科に進学できない。「不可」のついた科目は再履修が可能で、そこで挽回すれば、平均点を上げることができる。

わたしは点数を計算し、1年生を2回やって再履修科目の試験に成功すれば、なんとか第一志望の学科に進めると踏んだ。そして、まだ4月の最初だったと思うが、教務課にいって留年の手続きを出した。自宅生で親のスネカジリで暮らしていたくせに、親に相談もしなかった。今考えると、ずいぶん身勝手な若者である。

18歳で大学に入ったのだが、だから20歳の誕生日を迎えたときも、まだ二度目の大学1年生だったことになる。その晩秋の成人の誕生日を過ぎて、少ししてから、わたしは次第にひどい精神的なスランプ状態に陥ることになった。ときおり、強い不安感情に発作的に襲われるのである。その不安とは、

「自分は精神病になるのではないか」

という恐れの感情だった。

精神の病にはいろいろな種類があるが、たとえば統合失調症(当時は精神分裂病とよばれていた)は、人口の1%近くがかかる、かなり発現率の高い病気である。そして、10代から20代の若い時期に、発病することが多い。論理的・抽象的な思考力のある知的な人も、なりうる。いったん発病すると、治りにくい。

わたしは心理学や精神医学の本をいろいろ読んで、自分はそのリスクが、かなり高いと感じた。今は正常に見えても、いつ発病するか分からない。発病すれば、最後は人格崩壊に至る。それは非常な恐怖だった。

自分はもともと、人から「多少変わっている」と思われてきたらしい。「らしい」と書いたが、まあ、事実そうであることは認めよう。ただ病的なほど変わっているかどうかは、自分ではわからない。そもそも、精神病というのは病識がない(自分が病気であることが自覚できない)点に特徴がある、といわれている。

だったら、医者に行って診察してもらえばいいじゃないか、という意見もあるだろう。だが、それはなかなかできなかった。一つには、断定的な診断が難しい、という問題がある。血液検査か何かで、「あなたは分裂病ですね」と分かるような簡単なテストは存在しない。また、現時点では正常でも、将来は発病しない保証にはならない。

それに、医者に行って白黒はっきりさせる、というのは、それ自体が不安であった。なにせ根が臆病なのである。そもそも、心配性で、怖がりな性格なのだ。もっと豪胆な性質に生まれついていたら良かったのに、と思うことも多々あった。

心理学や精神医学の本を読み漁ることは、かえってその不安をかきたてる事になっていた。だが、不安なので、やめられない。まるきり悪循環である。いったん不安の発作がはじまると、しばらくは何も手がつけられず、じっとうずくまるような状態になる。年が明けて春くらいまでの間、孤独で、非常に不安定だった。留年したのでクラスに友達もほとんどいない。親にも相談できなかった。若いうちは、妙な見栄があるのか、重大なことはかえって親に相談できないのだった。

そうした時期は、自分には、いつ果てるもなく続くと思われた。少なくとも、かれこれ4ヶ月は続いたろうか。ただ、ある時期、わたしは森田療法の本に出会い、それを読んで、少しだけ楽になったような気がした。

森田療法』というのは、慈恵医科大学の森田正馬教授が、いまから100年前の1919年に編み出した方法である。不安神経症のような、不安の強い状態に苦しむ患者たちを助ける手法で、東洋思想的な、日本独自の療法とも言える。古い療法だが、今も用いられている。

森田療法では、不安をとりのぞこうという、「はからい」をやめよ、と説く。そして、不安な気持ちを「あるがまま」として、生きることを目指す。人間の心は、ある事柄に注意を向けようとすると、それを増強する働きがある。だから、不安は不安として「気にしておく」態度をとる。不安があることを前提として、毎日の生活を生きようと言うのである。

また、人間が不安を感じる根底には、その人がより良く生きたいという、「生の欲望」がある、とポジティブに捉える。より良く生きたいと願う限り、人は不安をまったく捨てることはできない。だから、不安を邪魔者として「コントロール」しようとする代わりに、共存し、ただ自分にマイナスの害を及ぼさないようにすべきだ、といった思想がベースになっている。

わたしは専門家ではないので、あるいは正確ではないかもしれないが、森田療法では行動を通じた働きかけを重んじる。本で読んだ例では、あるとき、森田教授のもとに、重症のノイローゼに陥った青年がやってくる。その重い症状の辛さを縷々と語り、勉強も何も手につかないと訴える青年に、森田教授はまず、「来週に予定されている入学試験を受けてこい」と命ずる。青年は、言われてやむなく、試験を受けに行く。すると、なぜか幸運にも合格してしまう。

晴れて大学生になった彼は、あらためて森田博士のもとに来て感謝し、弟子入りして、やがて高弟になっていくのだが、彼の症状の基にあったのは、進学ないし将来への不安だったのだろう。だが森田博士は彼に、じっとしてその不安を直視する代わりに、具体的な行動を命ずる。それが、彼の注意を、自分の感情ではなく、具体的な外部の物事に向けたのだ。

他に、たとえば「自分の部屋を掃除する」といったことも、森田療法ではよく指導するらしい。掃除という具体的な行動と、その結果として生まれる、少し整頓されきれいになった生活環境が、不安の症状を緩和する。不安はなくなりはしない。だが、不安を感じながらも、自分に必要な行動をとることができる。そういう経験を作り出すのだ。

森田療法については、森田博士の著書をはじめ、丁寧な解説書がいくつも出ているので、素人のわたしがここで、これ以上解説することは控えよう。ただ、わたしが自分流に理解したのは、こういうことだ:表面的な不安の背景には、もっと根源的な問題への不安がある。それは生への不安である。その感情ないし心的エネルギーが、はけ口を求めて、わかりやすい対象に固着する。

自分の場合は、それが、「精神病への恐怖」だった。とはいえ、その根底にあったのは、明らかに留年して空回りしている、自分の生き方への焦りだった。学業も、サークルも、すべてがうまくいっていなかった。なのに、意識ではそれを認めようとしなかった。その心的エネルギーが選んだ出口が、病への不安発作だった。そして不安を打ち消そうともがくことで、ますます蟻地獄のような砂の深みにはまり込んだのだ。

別の心理学者は、こんなたとえを出している。新幹線の車両と車両の間には、自動ドアがついていて、ドアの前後のステップに体重を乗せると、開くようになっている。そして通り過ぎると、自動的に閉まる。だが、ときおり、ドアを開けて入ったあと、後ろを向いて、わざわざドアを閉めようと努力する人がいる。でも自分がステップの上に立っているので、自動ドアは決して閉まらない。

後ろを振り向かずに、さっさと行ってしまえば、ドアは自動的にしまる。だが、わざわざ自分で閉めようとすると、閉まらなくなる。感情のメカニズムも、これと同じだというのだ。

感情というものは、一旦生じて高まっても、自然な流れに任せておくと、弧を描くように数分から数十分の間に静まっていく。しかし、それを無理に避けようと注意を向けたり、押さえつけようとすると、かえって強まってしまう。ちょうど、意識して眠ろうとすると、かえって眠れなくなるのと同じだ。

わたし達の不安や悩みの多くは、自分がコントロールできない事を、何とかしようと、必死にもがくために生じる。人間関係とかの悩みは多いが、他人はなかなかコントロールできない。当然だろう。親でさえ、自分の子をコントロールなどできないのだ(自分と親の関係を思い出せばわかる)。まして赤の他人を、自分の望むように動かせるだろうか。

自分の感情もまた、実はうまくコントロールできないものの例だろう。不安感情は、思考によって注意を向けると、かえって思考との間に一種のハウリング現象を起こして、増幅されがちだ。

ふつう、人間は、思考→行動→感情→思考、というサイクルの中にいる。考えた結果が行いになり、行いの結果生じる事態に感情を抱く。そして感情は思考を方向づける。だから何か恐れを抱くような物事があっても、「気にしておく」だけにして、行動を変えることが、遠回りに見えても必要なのだ。
「不安」の季節を生きのびて_e0058447_23462711.png

わたしの場合、最終的に4月になり、2年生の新しい課業のサイクルがはじまって、次第に不安の発作に囚われることが少なくなった。サークルにも後輩たちが入ってくるようになった。そうなると忙しくなる。次第に自分の中で空回りしている暇がなくなった。

ちょうどその時期だったと思うが、年に数回通う、かかりつけの内科(内分泌科)の医師のところに、受診に行った。診察の後、思い切って、自分はこれこれの不安にとらわれて、数ヶ月間つらい思いをしてきた、と相談してみた。すると、その医師(日比先生という方だった)は、わたしの目をじっと見てから、優しくこうおっしゃった。

「佐藤さん。本当に精神病の患者の人は、もっと迫力が違いますよ。」

こう言われたことが自分にどれほど救いだったか、多分、はたの人には分からないだろう。別に、何かを保証してくれたわけではない。それでも、専門家の言葉や見立てには、裏付けのある重みが感じられるのだ。かくしてわたしは、実験に忙しい理系の学生の日常に戻っていった。


さて、わたしのささやかな(しかも、いささか恥ずかしい)体験をふりかえり、何か教訓をまとめてみよう。漠然とした不安を感じたり、特定の事態(病など)を恐れたりして、それで自分の平常な生活がおびやかされる時は、三つのことを守る方がいいように思う。

1.不安にかられて情報を集めすぎない

自分が集めて入手する情報は、実は自分の好みや感情のバイアスがすでにかかっている。おまけに世の中には、不安感情をあおって他人を動かそうと、たくらむ人たちが一定数いる。広告宣伝なども、一部にはそういう傾向がある。だから、情報を集めても、安心を得ることはなかなかできず、かえって飢餓感のような焦燥が増すばかりになりがちだ。

それでも、もし何かを調べたいならば、情報ではなくデータを集めるほうが、まだ良い。ナラティブ(文章的)な、定性的な意味を伝える「情報」ではなくて、具体的な数字をベースにした「データ」を集めるべきだ。その方がバイアスがかかりにくくニュートラルだし、データの読みと解釈には理性が必要なので、感情にリソースをさける余地が少なくなる。(まあ、データを読み解くには、それなりのリテラシーがいるので、誰にもおすすめできることではないが)

2.少しずつでも、具体的で現実的な行動をとる

部屋の掃除から着手するのでも構わない。とにかく何か、具体的な結果を得られるような行動を取る。あるいは、日常のルーチン的な行動のリズムを守る。じっと動かずに、自分の内面を見つめるのは、あまりおすすめできない。逆に、あまり極端でとっぴな行動も、果実を得にくいので、やめたほうがいい。

なぜなら、ネガティブな感情や悩みの根底には、自分の生き方それ自体への不安が横たわっているからだ(わたしの留年のように)。その生き方の問題自体は、急には解決できないが、何か行動を取れば、わずかなりとも状況が改善する可能性がある。少しでも成果が出れば(たとえそれが部屋の片付けでも)、自分のポジティブな感情につながっていく。

その行動を取る際に、森田療法が説くように、不安は「気にしておく」態度をとる。不安感情は、すぐには無くならない。だが、それに邪魔されつつも、自分のペースを守って行動できるようになることを目指すのがいい。

3.専門家(あるいは安定した根を持つ人)の意見を聞く

専門家というのは、やはりプロである。豊富な経験から、ノーマルと異常の範囲を、直感的に見分けるし、対処方法もよく知っている。もちろん、専門家であればあるほど、ある意味、慎重でもある。ただ、それは最初の直感を、事実とデータで裏付けるまでに時間をかける、ということでもある。

わたし達の社会では、なぜか専門家という存在をリスペクトしないで、素人が自分でいろいろ手を出したがるきらいがある。だが素人が生半可な判断をどれだけ重ねても、専門家には遠く及ばない事を知っておくべきだ。

もし、適切な専門家が近くにいないとしたら、そのかわりに、安定した根を持つ人の、側に行くのがいい。「安定した根」とは分かりにくい表現だろうが、その人の中にしっかりとしたアイデンティティを持っていて、近くにいると、なんとなく安心できる人である。こういう人は、相談しにいったはずなのに、何も大したことはしゃべらないまま、ほっとして帰ってきたりする。別にそれでいいのだ。あるいは、その人の書いたものを読む。そうして、その人の像を、自分の心の中にも育てていくのである。

それでも、そういう人さえ見つからないなら、(これはある精神科医が勧めていた方法だが)どこか公園に行き、大樹に抱きついて、もたれかかるのでもいい。とにかく、自分の外に、揺るぎのない存在があって、そこだけは健康と正気を保っている、という事を実感するべきだ。


春は希望の季節である、と以前も書いた。だが、春は不安の季節でもある。誰もが、ゆらぎある心を抱えて生きている時期だ。だから「木の芽時」などという言葉もある。不安を抱いたり、悩んだりするのは、ある意味、成長しようとしている証とも言える。ただ、自分がよくコントロール出来ないことを、あるいは不安であることを、さらに悩むのは、余計なのだ。

・・それにしても、わたしが留年した元々のねらいは、つまり点数を上げて志望の学科に進むという目的は、どうなったのか? 2年生の秋、成績の集計が終わり、キャンパスに貼り出された進学先のリストを見て、わたしは呆然となった。たしかに点数は計算通り、目標値まで上がった。だが、いかなる運命の偶然か、わたしは100点満点で、0.2点ほど、志望ラインに足りなかったのだ。進学先として「カコウ」(化工)と印字されていた、ラインプリンターの用紙を、今でも忘れない。

それでも、人生というのはまことに不思議なものだ。わたしが不承不承、選ぶことになった「化学工学=Chemical Engineering」という科目は、なぜかわたしによく合っていた。わたしはそのまま大学院まで進んで、そして、その専門職となる道を選んで就職した。ずっと後には、同じ出身学科から博士号まで取得した。今はもう化工設計の現場から遠く離れてしまったが、それでも「あなたの専門は?」と聞かれたら、ためらわず誇りをもって「化工屋です」と答えるだろう。

では、あの回り道だった2回目の1年間は、まるきり無駄だったのか? わたしはそうは思っていない。自分には辛い体験だったが、学ぶこともあった。回り道のおかげで、新しい後輩・友人たちとも巡り会う機会を得た。何よりもわたしは、身をもって知ったのだ。自分が一人だけで空回りしていのは、良くない。人間が一人でできることには限りがある。自分の根本問題は、一緒に何かを目指す仲間を得ることが最終的な解決になるのだ、と。

だからわたしは、プロジェクトという道を選ぶことになったのである。


<関連エントリ>
 →(2011-03-05)


# by Tomoichi_Sato | 2020-03-03 23:56 | 考えるヒント | Comments(1)

書評:「理解とは何か」 佐伯胖・編

理解とは何か」 佐伯胖・編(認知科学選書 4 東京大学出版会) (Amazon)


「『理解』という事について研究ができる。なんというすばらしいことだろうか。」

本書の中心にあたる、編者・佐伯胖の書く第5章「『理解』はどう研究されてきたか」は、このような一見ふしぎな言葉から始まる。そして、次のように続く。

「心理学の長い歴史を振り返ってみると、それは『理解』を研究したいという人々の熱い思いが、何度も何度もくりかえし裏切られ、『理解』とは似ていて非なるものばかりを押し付けられ、枠をはめられ、偽物であることを承知の上で無理やりに背負い込まされてきたものであることがわかる。」(P.127)

心理学の素人からすると、「理解する」というのは、人間にとって当たり前の心の働きに思える。だが、それを論じ研究することは、長らく心理学分野のタブーであったらしい。ちょっと驚きである。

だが、なぜ、そのような状態が、日本でも米国でも続いていたのか?(なみに本書は1985年の発刊だ)

佐伯胖は、自分が66〜67年に米国ワシントン大学に留学した際の、当時の米国心理学会の雰囲気をいきいきと描写しながら、その理由を説明する。それは、米国の心理学を1930年代以来ずっと支配してきた行動主義の影響らしい。行動主義とは、「科学としての心理学は、対象を客観的に観察可能な行動に限定すべき」という立場で、意識とか内観といった概念を排除していく。

佐伯胖によると、66年当時の主流派心理学者が認める、科学的研究の方法は次のような4項目であったという(P.136より要約して引用)。

(1) 実験データによる仮説の検証という手続きに基づく
(2) 観測される反応、すなわち行動を説明することが全てである
(3) 理論仮説は、データを説明するための必要かつ十分なものに限ること
(4) 説明は機能主義的説明で足りる。生体の内部構造には立ち入らず、ブラックボックスとしたまあ、その働きを正しく予測できるかどうかを問う

このようなパラダイムの中で研究を行う限り、たしかに「理解」それ自体のメカニズムを論じることは、いたって困難になる。

そうしたアメリカ心理学の強固な枠に対し、揺さぶりをかける動きも、たしかに一部は存在した。たとえば、スイスのピアジェによる発達心理学の業績である。またこれ以外に、フェスティンガーらの社会心理学、サイモンやハントらの情報処理アプローチがあるし、ボールズ、ロカードらの動物習性学・行動進化学の研究もあった。

これらを背景に、アメリカ心理学では67年ごろから「認知革命」と呼ぶべき動きが出てきたらしい。そして、上記の4項目に、さらに2項目を慎重に付け加えていった(P.136)。

(5) 内部機能に関するモデルの想定も許される(ただし実験的に検証が必要)
(6) 生物は外界の刺激に支配され、反応してるに過ぎない、と考える必要はない

わたし達のようなシステム・アナリスト(モデラー)から考えると、まあ当然のような6項目に見える。しかし、こうした変化がごくゆっくりしか起きないのは、それだけ学問研究の「パラダイム」の強さを示している。

佐伯よると、70年代は認知心理学が登場し、「知識」と「スキーマ」が研究の中心になる。72年には、ウィノグラードによる人工知能(自然言語による対話処理システムSHRDLU)が発表される。SHRDLUは積み木ブロックの世界について、人間と自然言語で対話しながら、積み木を運んだり積み上げたり、といった操作を行う。ウィノグラードはこれを心理学研究の一環として進めていた。

また、こうした動きと並行して出てきた、チョムスキー理論の心理学への影響は計り知れない、という(P.146)。チョムスキーはまず、行動主義心理学への批判を行い、さらに生得的な認知能力の仮説を立てる。そして認知過程に関する、生成変形文法という構造主義的アプローチを強める。

かくして心理学は「理解」をめぐって、認知→知識・スキーマ→自然言語、という風に主題を進めてきた。この流れは結局80年代に入り、「認知科学」に合流していく。本書自体が『認知科学選書』(東京大学出版会)の第4巻として発刊されている事が、事情をよく表していると言えるだろう。

ちなみに佐伯胖氏自身は、81〜83年に「LISPで学ぶ認知心理学」全3巻を出しているが、このタイトル自体が、ある種の時代を感じさせる。認知科学は90年代に入って、LISPの得意とする記号的人工知能から、神経回路網モデルをベースにした、コネクショニズム的なAI研究にうつっていく。それが今日のAIブームの基礎となる訳だ。

ただ、この動きはいささか、偏りすぎてきた観もある。記号による手続き的知識と、行列計算によるパターン認識的知識との間に、見えない壁がある現状は、どこかで再度パラダイム変化が必要なのではないか。

ともあれ、本書全体でいうと、マイケル・コール(UCSD教授)による第4章「リテラシー(読み書き能力)の文化的起源」も面白いが、第3章「理解におけるインターラクションとは何か」(三宅なほみ)が興味深い。これは二人以上の人が相手とやりとりしながら、建設的な問題解決をするプロセスを追った研究だ。

インターラクションの例に出すのは、「ミシンはどうして縫えるのか?」という議論だ。ミシンがなぜ布を縫えるのか。これはよく考えてみると、案外難問だ。これを二人で議論していくとき、「課題遂行係」と「モニター係」に作業分担するほうが進みやすい、など面白い知見がたくさん出てくる。

本書の1〜4章は一種のシンポジウムの講演録で、質疑応答も丁寧に収録されているため、とても読みやすい。そして第5章が編者による、まとめと展望だ。ただ時代のせいか、全体をよんでも、「理解」の心理学が、全体としてどのような戦略を持ち、どこを攻めようとしているのか、まだ作戦マップが描けるほどには概観できていないように感じた。

わたしが編者である佐伯胖氏の名前を知ったのは、「『きめ方』の論理 〜社会的決定理論への招待」(1980)をよんだ時だった。これは今でも、画期的な本だと思う。彼自身はその後、「決める」から「分かる」へ、そして「学ぶ」へと、研究分野をうつしていく。それは経営工学から出発して、心理学、さらに教育学へと進んでいく道のりだった。本書はちょうど、その分水嶺に当たる1985年、46歳のときの宣言的な業績である。だから勢いがあって、とても面白いのだ。
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# by Tomoichi_Sato | 2020-02-24 22:12 | 書評 | Comments(0)