人気ブログランキング |

プロジェクトの発想を活性化させる、『チームの思考能力』とは何か?

「あなたは、同期30人の集まるパーティの幹事になりました。
 あなたが最初にすべきことは何ですか?」

以前も書いたが、これは、わたしがプロジェクト・マネジメントを学生や社会人に教えるときに、最初に出すクイズの一つである(「Structured Approachができる人、できない人」)。「店を探して予約する」「日取りを決める」「参加者を確定する」、等々、いろんな答えが考えうるし、どれも間違いとは言えない。しかし、わたしがあえてPM講義の最初にこの問いを出すのは、「計画を立てる」という、もう一段抽象度の高い答えが欲しいからだ。

時限的で一過性の取り組み、それも複数の人が関わって、失敗のリスクも伴うような事に取り組む際は、「まず計画を立てる」という思考習慣がほしい。言われなくても、当たり前のことである。そう思う人も多いだろう。ただ、その『当たり前』が、ちゃんと意識され言語化されていてほしいのだ。

ちなみに上記の記事を書いたのは、8年前の2012年7月だ。この年、わたしは東大大学院の柏キャンパスで、毎週金曜日の午後に「プロジェクト・マネジメント特論」の講義を持つようになった。東大PM講義の資料をもとに、2015年には著書『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』を上梓した。もっとも、大学の講義同様では面白くないので、製造業の若手エンジニアを主人公にした、ストーリー仕立ての対話編である(わたしが本を書くときは、なぜか対話篇が多くなる)。

東大柏キャンパスの講義は、今年からは同じ勤務先の後輩に譲ることにした。とても楽しい仕事で好きだったのだが、移動も含め毎週、半日を割くことが、次第にきつくなってきたのである。ただ、同じ東大の本郷キャンパスでの講義は、まだ引き受け続けている。こちらも10年くらいやっているが、年2コマのみなので、時間的にはずっと楽である。幸い評判も良いらしく、複数講師の交代する形式だが、毎年、継続のリクエストを頂いている。

ところで今期は、パンデミック禍の影響で、どこの大学もオンライン授業形式になっている。だから先週の東大本郷の講義も、横浜の自宅からzoomで行った(東大はzoomが標準らしい)。わたしは授業を極力、インタラクティブにやりたい人間なので、ずいぶん勝手が違ったが、まあそこは仕方がない。

プロジェクト・マネジメントの入門編を教える場合、まずは「アクティビティ」の概念と、WBSについて理解して貰う必要がある(無論、ここでいっているWBSとは、プロジェクト・スコープの階層的構成の意味であり、世間で誤解しているようなガントチャートのことではない)。

これを教えるため、上記の同期会パーティの質問に加えて、わたしは次のような簡単なグループ演習を出すことにしている。

「あなたは同期30人の集まるパーティの幹事になりました。企画のはじめから、パーティを終えるまで、やらなければならない作業(アクティビティ)をすべて洗い出してください。
 ただしアクティビティは、1枚のカードに1つずつ、必ず動詞を使って書くこと。」

こういって、いつもは学生たちを二人一組に分け、それぞれの組にPost-It!の付箋カードを、20枚ずつ配って考えさせている。もちろんパーティについては、予算その他、もう少し条件をつけて説明し、イメージが湧きやすいようにしてある。こうすると、一気に教室の中が活性化し、隣同士でああでもないこうでもないと、議論雑談が始まるようになる。

わたしは教室の中を巡回して、課題がちゃんと理解されているかどうかをチェックし、進んでいない班には相談に乗ったりして、授業を進めることにしている。パーティの幹事とは、いいかえればプロジェクト・マネージャーである。プロマネがプロジェクトを始めるにあたり、計画の第1ステップとして、やるべきアクティビティを洗い出してリストアップする。これを体験してもらうのが、この演習の狙いだ。

ところが今回はオンライン形式だったので、やむなくzoomのブレークアウトセッション機能を使って、二人一組に分けて、考えてもらうことにした。Post-Itは配れないので、Excelの表を共有してもらい、そこに書き出すやり方である。

簡単な、ある意味で他愛もない演習だが、学生たちの頭がブーンと回りだす音が聞こえる。ここが楽しいところだ。なぜなら、事を始めるにあたって、最初にやるべきアクティビティ(作業)を、全部洗い出してリストアップする、という行為自体を、たいていやったことがないからだ。

全アクティビティの洗い出しというのは、プロジェクトの最初から最後までを、頭の中でシミュレーションすることに他ならない。パーティ程度なら身近だから、想像力さえ惜しまなければ、別に有名大学の学生でなくたって、ちゃんとできる。逆に東大生だって、考えなければ、答えは出てこない。この問題は正解のない、暗記型では解けない問題だからだ。

この演習をやっていると、開始して10分をすぎる頃から、議論の声で騒がしかった教室の中が、しだいに静かになってくる。だんだんと、洗い出すべきアクティビティの種が尽きてくるのだ。アクティビティの数も、足りなければカードを追加で配る、と宣言してるが、20を超えることはめったにない。これはどこの大学だろうが、あるいは社会人だろうが、あまり変わらない。わたし達の頭の作りは、だいたい似たようなものなのだろう。

そこで、12〜15分たった時点で演習を打ち切りにし、どこかの班を指名して、出した答えを言ってもらう。カードに書き出したアクティビティを、順不同でいいので、はしから読み上げてもらうのだ。他の班は、それを聴きながら、自分たちの出した答えと、どこが一致して、どこが違うかを考えてもらう。聞いているうちに、「え、それがあったか!」という顔が、あちこちに浮かんでくる。

たとえば「店を予約する」とか「参加者数を確定する」とかは、どの班でも書いている。しかし「部屋の飾りつけの調達をする」とか「司会プログラムを作成する」とか「二次会を予約する」とかは、まちまちだ(別に必須ではないから、ないと間違いだとはいえない)。

そして、「参加費を集める」はあっても、「終わってから会計報告をする」は忘れる班が多い。だが30人の集まるパーティともなれば、費用は10万円をかるく超えるだろう。だとしたら、会計報告はしたほうが良いよ、と学生には教える。

時間があるときは、もう一班くらいに、答えを言ってもらう。案外違っているものだし、それでいいのだ。その違いを体験してもらうことが、もう一つの狙いだからだ。

わたし達が頭の中でプロジェクトをシミュレーションするとき、その想像は個人個人の見方、観点によって、かなり固定されてしまう。だから、二人一組で演習するのである。二人で話し合うと、自分の盲点や死角になっていた部分を、相方が気づくことがある。

でも、二人で考えても、まだ視点は固定されがちで、見えていない。それは3人目、4人目がいて、やっと気づくことだったりする。それが、チームの力なのだ。複数の人間で、異なる視点から、対象となる問題を分析して、総合的に考える。一緒に考える能力を持つことーーそれがチームの能力なのである。

チームワークというと、スポーツで、ポジションを決めてパスを回したり、スクラムを組んで一緒に押したりすることを思いがちだ。それはそれで大事である。しかし、複数の人間が同じ問題を、多面的・総合的に考える、というのも、チームの効果だ。このときは、各自の分担や持ち分を超えて、互いに対等に発想できることが大事になる。「複合的な知の創出」だとか「グループによるデザイン思考」、などとカッコつけてよんでもいいし、三人寄れば文殊の知恵、という古い諺を出しても良い。

下の図は、以前「どうどう巡りの議論を避けるために」に描いたものの再掲である。ディスカッションでは、視点が限られているため、ある時間を超えるとだんだん煮詰まっていってしまう。しかし、そこに新しい視点が加わると、また一段レベルがあがるケースが多い。
プロジェクトの発想を活性化させる、『チームの思考能力』とは何か?_e0058447_15253563.jpg
このように、東大生が一人でウンウン考えるよりも、普通の人間が数人寄り集まって、あれこれ議論し合うほうが、こうした想像力の部分では、まさることが多いのだ。このことは、暗記上手で、正解をすばやく手繰り寄せるタイプの受験教育を受けてきた学生には、ちゃんと理解して貰う必要がある。もっとも、直接対面している方が、 オンラインより創発効果は高いが、それでも意義は実感できるだろう。

逆に言うと、プロマネは、自分のプロジェクト・チームが、お互いにフランクに議論して、「知の創出」が闊達に起きやすいよう、組織をマネージしていく必要がある、ということだ。

そしてこれが、とても難しい。たいていの会社組織は、ピラミッド型の構造になっている。上司部下・先輩後輩の関係があり、能力もこの順に高いはずだ、ということになっている。予算や人事評価の仕組みも、その構造の中に組み込まれている。上司一人と部下数名でプロジェクト・チームを組んだ時、その中で、対等に議論できるのか?

わたし達の社会で、チームが知的生産性において十分機能しにくい理由は、チーム内のディスカッションがちゃんとできないからだ。理由は3つほど考えられる:

(1) 権威の存在

上司先輩は、仕事の能力・経験において上である、という建前がある。事実かどうかは別として、彼らは仕事上の意見において、より大きな権威をもっている。意見が異なる場合、権威を持つ側の発言力のほうが強い。賢い上司は、自分の意見は言わずに、部下や若手の発言を待つものだが、(わたし自身を含めて)さほど賢くない上司は、部下の話を遮って、自分の意見を先に出したりする。そうすると、その時点で新しい視点や発想も、打ち止めになってしまう。

(2) 権力者への忖度

上司自身ももちろん、権力を持っている。もっとも、プロジェクト・チームの場合は、複数部門からのメンバーがいて、直属の上司部下関係とは限らない。だが、たとえばプロマネより、もさらに上級のマネージャー(部長や役員など)が、プロジェクト・スポンサーとして影響力を持っていることも多い。この場合、当然ながらチーム員は、その意志を「忖度」して物事を決めやすい。「自分たちとしては、この方式が良いと思う。でも役員は、あの方式を望んでいるんだろうなあ」という具合である。このような場合、判断の結果に自分たちのオーナーシップ(当事者意識)を持ちにくいから、問題が表出すると挫折しがちになる。

(3) 批判・質問を嫌う態度

ワイガヤ的議論では、「なぜ?」「誰が?」「どうやって?」といった質問を投げかけることで、さらに発想をかきたてることが大切だ。だが、他人から質問されると、まるで批判されたかのように反応する人も、案外多い。質問の仕方にも上手下手があるのは事実だが、質問を封じられたり自粛したりしていたら、そこで新しいアイデアの種は芽を出さずに終わってしまう。

ことに(3)番目の問題は根が深い。わたしは授業だとかワークショップだとかをいろいろやってきたが、多くの場合、最後に「ご質問はありますか?」とたずねても、海外と違い、日本ではほとんど挙手して質問する人がでないのが普通だ。だから、本当に相手が理解してくれたのか、講演する側が逆に不安になる。それは、質問=批判である、という通念が邪魔するのかもしれない。ただし日本でも、メールや紙で質問を出させると、それなりに出てきたりする。質問を活性化させるには、一種の「心理的安全性」が必要なのだろう。

かつてオズボーンが「ブレーン・ストーミング」技法を案出した際には、「他人のアイデアを批判しない」をルールにした。しかし質問までは禁じていない。質問=批判を嫌う態度は、「俺の言うことが聞けない(伝わらない)のか?」というスタンスである。逆に言うと、「このアイデアの所有権は俺自身だから、意見への質問・批判は俺に対する批判になる」と考えている訳だ。

こうした態度は、プロジェクトを個人やグループ単位に細分化して分業させ、その間で互いに競わせるような競争原理型の組織で、強まりがちだ。アイデアの発案者=アイデアの権利者、という考えでいる限り、「良いアイデアは組み合わせで生じる」「生まれたアイデアはチーム全体のパフォーマンスを上げるための、共有財産」との思想には、たどり着けない。分業・競争型組織は、繰り返し型オペレーションでは効率的かもしれないが、プロジェクトの計画・設計段階ではクリエーティブになりにくいのである。

それでも、天才的なリーダーがプロジェクトを率いて、彼が一から十まで全てを完璧に計画すれば、仕事はうまくいくはずだ、というのが英米式の思想なのかもしれない。PMBOK Guideなどをよんでいると、紙面の背後にそういった考えを、うっすらと感じるときがある。わたし達の社会も英米型に影響されやすいので、「天才型リーダー」を嘱望する声は高い。

ただ、社会がそんなに大勢の天才を供給できないのも、事実である。東大生は天才的に頭がいい、と思っている人も世の中には多少いるかも知れないが、本人たちに「貴方は天才ですか?」と聞いてみれば分かる通り、そんなのはまるきり見当違いである(笑)。無論、稀には本当に頭のいい人もいたりはするが、そうした人の社会適合性が高いかといえば、また別だ。

わたし達は基本的に、個人個人ではそんなに頭の良くない存在なのである。視点も限られていて、記憶力も頼りなく、判断ミスもする。それでもチームとしてなら、もっと高い思考能力を持つことができる。もし良い成果を出したければ、誰かリーダー個人に頼るのではなく、組織レベルで「知的生産能力」を確保するしかない。そのためにはチームが、対等で率直な議論=ディスカッションの場になるよう、工夫していく必要があるのだ。

<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2020-07-11 15:45 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

お知らせ:次世代スマート工場に関するオンラインセミナーを再度開催します(7月14日10:30〜)

先月の23日に開催したオンラインセミナー:
日揮の考える《次世代スマート工場》とは ~どう動くのか、どう作るのか~
は、おかげさまで大勢の方から参加申し込みをいただき、すぐ定員100名に達しました。

そこで、参加できなかった方のために、下記の要領で7月14日(火)10時30分から、アンコール開催をいたします。もちろん前回同様、無償です。

1時間枠で、最初にわたしが40分ほど講演し、その後20分ほどQ&Aをオンラインで行うという形式で行います。講演内容は前回と同じですが、後半のQ&Aはもちろん、その場で頂いたご質問にできる限りお答えする形式です。

前回も書きましたが、『次世代』スマート工場とつけたのは、現在あちこちで語られている「スマート工場」と、少し区別したいからです。その多くは、現場の機械やセンサーからデータを取得し、蓄積・分析して、故障予知や生産性カイゼンに活かす取り組みだと想像します。

ただ、それだけでは、デジタル技術やIoTの使い方として、非常に勿体ない。こうした新しい技術は、日本の工場の在り方を根底から変えるインパクトを秘めているはずです。工場全体が「インテグラルな(統合された)システムとして設計され、スマートに操業される」存在にかわる可能性がある。それを称して、「次世代スマート工場」とよんでいます。

そして、この話を理解していただくためには、どうしてもシステム工学的な視点=システムズ・アプローチを持っていただく必要があります。今回のオンラインセミナーでは、人と、機械と、モノと、建築と、データとからなる、実体を持つシステム=工場に関する、システム工学的なアプローチについて、まずご説明します。デジタル技術に興味を持つ技術者で、製造業の仕事に関わる方ならば、どんな職種・ご専門でも、興味を持って聞いていただけると思います。

オンラインセミナーは前回、初めて実施してみましたが、その場にいなくても、多くの方と直接やり取りができるのがオンライン形式の良い点だと、実感しました。また、沢山の良い質問を頂戴しました。たとえば、

・ディスクリート系の工場は製造能力の把握が困難だが、方法はあるか
・現場責任者が工場ダッシュボードを見て判断する仕組みと、中央がガイダンスを下す仕組みの優劣
・ディスクリート系とプロセス系の中間に位置する生産方式の工場の特性とは
・工場全体のスマート化は必要と思うが、予算がかかると上の了解がとれないジレンマの解決法は
・生産効率と「人が働きたくなる工場」の間には,密接な関係があるか

などなど。中には答えの難しい問いもありましたが、また皆さんと一緒に考えられればと思っています。


<記>

日揮の考える《次世代スマート工場》とは  ~どう動くのか、どう作るのか〜

日時: 2020年7月14日(火) 10:30~11:30 (講演40分+質疑応答20分)
主催: 日揮ホールディングス(株) IT Grand Plan 2030事務局

講師: 佐藤知一
    日揮ホールディングス(株)チーフエンジニア(ビジネス・アナリスト)

講演概要:
「スマート工場」の概念は、IoT技術の進展やドイツIndustry 4.0などの動きとともに、世界的に注目を浴びています。しかし日本国内の取組みの多くは、単純なデータ収集・可視化に留まり、工場全体のスマート化につながらないように見受けられます。本講演ではまず、一般的な組立加工系の工場に生じやすい問題を、システム工学の観点から分析します。その上で、工場全体の知能化のために必要な『中央管制システム』の概念を紹介し、これからの新しい工場づくりのあり方を論じます。

参加費: 無料(事前登録制)
申込み: 下記をご参照ください

※ご登録後、ウェビナー参加に関する確認メールが届きます。
※今回も定員100名となっております。もし定員を超えた場合は、別途ご連絡させていただきます。

以上、よろしくお願いします。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


<関連エントリ>
 → 
(2017-09-04)


# by Tomoichi_Sato | 2020-07-06 21:01 | 工場計画論 | Comments(2)

パンデミック後の『ニュー・ノーマル』の姿を考える

りんごが木から落ちるのを見て、ニュートンは万有引力の法則を思いついた、という有名な逸話がある。17世紀中盤のことだ。ところで、ケンブリッジ大学の多忙な研究者だったはずのアイザック・ニュートンは、なぜ、のんびりと林檎の木の下なんかで、寝転がっていたのか? (寝転がっていたというのは、もしかしたらわたしの誤解なのかもしれないが、でもなぜ彼は、田園地帯でブラブラしていたのか?)

答えは、「疫病のため、都市のロックダウンが行われ、ケンブリッジ大学も封鎖されていたから」である。当時、恐ろしい疫病ペストがロンドンを始め英国の各都市をおそい、ニュートンも1年半にわたって故郷の田舎に帰っていたのだ。

ペスト(黒死病)は、中世末期から何度かにわたって欧州に蔓延し、ヨーロッパの人口の1/4以上が亡くなるほどの恐ろしい病気だった。農民反乱が頻発して、封建領主は農奴への負担を軽減し、また貨幣地代への移行も進んで、ヨーロッパ荘園経済は衰微する。他方、宗教と学問の権威は失墜する。ペストの大流行は、中世社会の秩序を崩すきっかけとなるほど、インパクトある出来事であった。

西洋社会は、これまでの歴史上、パンデミックを何度も経験してきた。彼らにとって都市封鎖は、決して今回が初めての体験ではない。そしてパンデミック現象は、すでに限度に近づいている社会制度の歪みを、あぶり出し、突き崩すものだということを、彼らは経験的に知っている。世界規模での疫病の流行は、社会に不可逆的な変化をもたらす可能性が高い。それが、西洋人の基本的な認識なのだ。

“New normal”という言葉は、3月頃から欧州のメディアに登場するようになった。今回のCovid-19によるパンデミック禍の後に来る、新しい社会秩序である。今の疫病が去った後も、社会は、決して元と同じ状態には戻らない。それを、『ニュー・ノーマル』と呼ぶ。ニュー・ノーマルの語は、2008年の世界金融危機(リーマンショック)後にも使われたが、今回はより真剣な形で、多くの人が論じている。

たとえば、10年前から感染症の危険について警告を発してきた、ビル・ゲイツ。ちなみに彼の財団は、米国についで2番目に多くWHOに資金を拠出している。中国寄りと批判されたWHOだが、誰の影響が強いか、話はそう単純ではない。

あるいは、自分自身もCovid-19に感染して入院し、ICUまで行った英国のボリス・ジョンソン首相。彼はSocial distancingが今後の常態になり、学校再開も以前の形では行えないとする。

(余談だが、英語で"social distance”という時のソーシャルとは、「社交上の」「人と人の間の」という意味だ。これを「社会的な」距離、と訳してしまうと誤解する。西洋人や中東人は、握手し合ったり、体を接して頬を寄せ合ったりする、接触的な挨拶が習慣だ。だから、他人と1.5m以上の距離を取れ、などと言われると、ひどく面食らった気分になるだろう。知り合いのフランス人は、「わたし達はお互いに、まるで日本人みたいに挨拶するようになった」とジョークを言っていた)

そしてもう一人、イアン・ブレマー氏の「ニュー・ノーマル」論も紹介しておこう。彼はビル・ゲイツやジョンソン首相ほど有名ではないが、地政学リスク専門のコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」の社長で、毎年「世界の10大リスク」を発表してきた人だ。彼は3つの潮流を予想している(日本経済新聞4月16日朝刊)。

1. 脱グローバル化:グローバル企業は「ジャストインタイム」方式のサプライチェーンを世界中に構築してきたが、生産拠点を国内に戻すなど再構築を迫られている。
(彼は最近、これを"Great decoupling"とよんでいる。ちなみにDecouplingとは、在庫によってサプライチェーンを機能分割することであるが、日本の経済メディアはSCM用語をよく知らないらしく、「分断」と訳している)

2. ナショナリズム:今回の危機に各国はバラバラに対応しており、協調性の欠如は世界の新秩序の特徴になる。また貧困層が打撃を受け、社会には極端な意見が飛び交うようになる。

3. 中国の台頭:経済大国や技術大国としてだけでなく、今回のコロナ危機を機会に政治超大国として「ソフトパワー」を高めている。

まあ、こうした御託宣を信じるかどうかは、読者次第である。ただ、ロックダウン解除後も、「社会は元の状態に決して戻らない」と予測する西洋人が多いことは、頭に入れておいたほうが良い。

とくに、いつ封鎖が解除されるかに加えて、どのように解禁するのか、の方が重要である。というのも、ワクチンや有効な治療方法が現れるまで、我々の社会は、見えないウィルスとの危険な共存を強いられるからだ。おそらく、1〜2年程度は、「だまし運転」のように社会をソロソロと動かしていかなければならない。うっかりアクセルを吹かすと、また感染流行の再燃になる。これが不可逆的な社会変化になる理由である。

たとえば日本でもこの3ヶ月間、少なからぬ職場で、在宅勤務・テレワークを導入すべく、四苦八苦してきた。そして今回の事態が、我々に対しすでに明らかにした事が一つある。それは、「直接業務」と「間接業務」の区別である。

直接業務とは、対人・対物的な付加価値を生む仕事である。それは、製造・物流・建設・医療介護・農業など、現場のある業務だ。こうした仕事は原則的に、テレワーク不可能である。

これに対して、テレワーク可能なのは間接業務である。それは、情報のやり取り(文字・データ・視聴覚)だけで済む種類の業務であり、たとえば、販売・購買、設計、マネジメント、教育、などだ。ちなみに、わたしの職場も4〜5月は全面的に在宅勤務に入ったが、それはエンジニアリング会社のホームオフィス業務が、ほぼ情報処理的な間接業務であることを示している。

緊急事態宣言が開けて、今後、また出社勤務が増えるが、多くの職場ではテレワークも当分、併用され続けるだろう。その結果、仕事の中から情報処理機能だけを、切り出す動きが加速するに違いない。会議も、テーマと人数を絞った、短いものが望まれるようになる。Web会議は1時間を超えるとけっこう疲れるし、参加者が30人以上になると、司会進行や発言権の譲り合いが難しくなるからだ。

もちろん対面コミュニケーションと感情のやり取りは、仕事の上でも重要だ。だが、その一部(週1回の顔合わせ等)は切り捨てられるだろう。ハンコ文化は衰退し、ワークフロー承認に変わる。

テレワークでは、集中して行う知的仕事や処理作業は、むしろ能率が上がると言われている。ただ、それは在宅勤務に適した環境を持てる、恵まれた場合の話だ。小さな子供がいたり、家に自分のPCがなかったりすると、いや、そもそも机がないとか、逆に家族の間でPCが取り合いになったりするケースでは、落ち着いて在宅勤務などできたものではあるまい。

実際、Unipos社の調査では、「チームの生産性はテレワーク開始前と比較してどのように変化したか」と質問したところ、「とても低くなった」「やや低くなった」と回答した人の割合は合計44.6%となり、「とても高くなった」「やや高くなった」と回答した合計の7.6%を大きく上回っている、との結果が出ているという。

しかし、先日参加した欧州主催の石油ガス業界におけるWebカンファレンスでは、大手企業の元CDOが、「今回のパンデミック禍によって、業界は図らずも大規模なテレワークにシフトせざるを得なかったが、その結果かなり生産性が上がった」と、キーノート・スピーチで発表していて、彼我の違いにあらためて驚いた。

結局、多くの人が指摘するように、わたし達の社会では、そもそもテレワーク向きな形に、業務が設計されていない。職場のアドホックな対話で、すり合わせ的に仕事が進められる。職務範囲を示すJob description(職務記述書)もないし、仕事の公式な手順を示すStandard Procedure(業務要領書)もない。何がインプットで、どういうツールやリソースを使い、何をアウトプットすべきか、すべて「臨機応変」と「暗黙知」と「俺の背中を読め」の中で、できあがっている。業務評定は「結果が全てだ」といいながら、労働時間(拘束時間)と態度(やる気)が最低条件になっている。

しかしこれからのニュー・ノーマルの時代では、間接業務は、勤務時間ではなく、細かな作業指示(Ticket)ごとに、スキル(能力)とパフォーマンス(成果)で管理・評価していくように、変わらざるを得ないだろう。そのためには、業務知識・手順の文書化やビデオ化が、必須になるはずである。結果として、ホワイトカラー業務のJob description化が行われる。そして、ネットを通じた短期契約、いわゆるギグ・エコノミーも広がって、人材流動化も進むだろう。それはある意味、アメリカ・中国型の社会に近づく、といってもいい。

ただし、直接業務が回らなければ、製造業も建設業も物流業も、お金を稼げない。ニュー・ノーマルの状況下では、従来よりも直接業務の側(現場側)の発言力が、間接部門(本社側)に比べて増すであろう。なぜなら、危険をかけて現場仕事をする人々の希少性が、高まるからだ。直近は失業の影響で労務費が下がるだろうが、中期的にはむしろ上がると思われる。

テレワーク普及とともに、通勤の移動量も激減する(東京圏では一時、7割台に減った)。また地方間の移動も抑制されるので、鉄道需要・航空機需要の減少が起きる。

しかし、より大きな視点で見ると、従来のトレンドだった、グローバル化、都市集中、経済のサービス化、資源浪費型の産業といった、社会構造自体の見直しが迫られるはずである。それは、今回の事態が以下のような課題を突きつけたからだ:

* 都市封鎖とグローバル・サプライチェーンの分断、
* 実物経済(供給・在庫)の重要性、
* BCP(事業継続計画)の実装、
* 医療・保険など社会的セーフティネットの役割、
* 食料・エネルギー資源の海外依存の危険性

その結果、よりレジリエンシー(復元力)の強い、分散型の産業・社会構造への変化が加速するだろう。こういう予測は、とくに欧州で多い。彼らの好きな言葉で言うと、サステイナブルな経済への移行を意味する。また、ベーシックインカム制度などの試行も始まるだろう。

もっとも、極東のわたし達の社会では、全く別の議論も耳にする。それは、「早くもとに戻って欲しい」「身をすくめて台風一過を待つ」という態度だ。今回のパンデミック禍により、旅行・観光業をはじめ、多くの業種が痛手を被った。とくにその被害は中小企業や独立事業主に著しいが、そうした人々に対して、いわゆる経済団体が、具体的になにか助けの手を緊急に差し伸べた、という話も聞かない。この国では、DGPにも匹敵する500兆円近い内部留保を、大企業が抱えているにも関わらず、である。

サプライチェーンに関しても、中国リスクが顕在化したから、チャイナ・プラス・ワンの東南アジアや、欧米3極体制の強化、という方向に考えが向くらしい。上にあげたイアン・ブレマーは、「ジャスト・イン・タイムからジャスト・イン・ケース(=万が一)へのシフト」と、うまい表現をしていたが、日本ではリーンな調達をやめて、部品在庫を積み上げたという話も、ほとんど聞かない。サステイナブルどころか、SDGsもパリ協定も、コロナ不況で当然棚上げだ、という論法もきく。

このような考え方の違いは、どこから来るのだろうか。

疫病というのは、個人で防ぎようのない外部環境の変化である。こうしたリスク事象に対応する戦略には、回避・転嫁・軽減・受容の4つあると、PMBOK Guide(R)やリスク・マネジメントの教科書は説く。このうち、軽減戦略は、ワクチンや治療薬の開発だから、これは年単位の時間がかかる。もちろん受容戦略(=何もしない)など、誰だってとりたくない。すなわち、転嫁戦略か、回避戦略を選ぶことになる。

転嫁戦略とは、すなわち社会的に保険をかけることを意味する。保険とは、多数の人間が少しずつ保険料を負担して、被害にあった人を助ける費用を用意する、という仕組みだ。いいかえると、共有によるリスク分散である。医療・保険制度は、その典型だ。もっと分かりやすく言うと、支え合いである。

これに対して回避戦略とは、極力、リスク発生を避けるために、自分の行動に制限をかける方策だ。すなわち、ロックダウンであり、外出時は三密を避けることであり、巣ごもりで自分を守る(その間は貯金をおろして食いつなぐ)、を意味する。つまり、自助努力・自己責任の論理だ。

そして世界中の国が、このどちらの方策もとってきた。問題は、どちらに軸足を置くかだ。たとえば、ロックダウン解除後の生活で、お金(経済=賃金)をとるか、安全をとるか。その選択と責任は、転嫁戦略では社会全体がカバーすることになる。回避戦略では、個人の側にヘッジされる。

たとえばイタリアの場合、EUから財政赤字と巨額累積債務の削減を迫られ、医療費がカットされた。公的病院は統廃合され、病床数は減少、医療従事者の早期退職と給与削減を進めた。結果として医師は民間病院や海外に流出し、医師不足を引き起こしたと言われる。医療制度という社会的な保険のシステムを、やせ細らせた結果が、今回の疫病流行だった(もちろん、それ以外の要因もあるだろうが)。

アメリカなどは、州によって(ないし州知事の所属政党によって)対応方策はかなり分断されている。そして世界には、回避戦略どころか、そもそもこの問題の所在を認めない国もある。そうした国では、疫病は基本的に個人責任である。疫病だって、個人が強い意志を持てはコントロールできるはず、というのがその背後にある論理だ。

結局、環境原因によるパフォーマンス低下は、100%本人の責任なのか、それとも一部を社会が背負うべきなのか。これが、現在突きつけられている問なのである。そして、答え方によって、ニュー・ノーマルの将来の姿が異なってくる。

ただ、社会の95%を解決しても、5%が未解決で残ったら「失敗」なのが、感染症の問題だ。そういう意味では、たとえ強い個人が大多数でも、社会に少数の弱者がいたら、封じ込めは難しい。シンガポールの場合、当初の対応は称賛されたが、のちに外国人労働者の低劣な環境から、感染症が外に広がってしまった。つまり社会の中に、極端な格差が共存すると、問題が発生するのだ。同じように、たとえ日本や先進諸国が感染症問題を解決しても、アジア・太平洋やアフリカのどこかに感染国が残ったら、やはり失敗なのである。

欧州中世末期のペストの流行は、パリなど都市の下水道整備のきっかけとなった。社会全体で、対策のシステムを共有した訳である。しかし英国ではこれが遅れて、19世紀まで下水道が整備されなかった。ニュートンが疫病流行で故郷に帰っていた背景には、そうした違いもあったのだ。社会レベルでリスク対策のシステムを考えるべしというのが、パンデミック後のニュー・ノーマルの姿なのだろう。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2020-06-30 23:36 | ビジネス | Comments(0)

IT、プライド、プロフェッショナル 〜 人間不在のデジタル論議

Tさん、メールどうもありがとうございます。久しぶりですが、お元気そうで何よりです。
あの奇妙な「半強制的自粛」の数ヶ月間も、ずっと職場で忙しくされていたと伺い、少し驚いています。たしかに現場を持っておられる立場ですから、やむを得ないとはいえ、まことにご苦労様です。

ところで今回、突然、新任の上役からTさんに降ってきた「DX化」の指示の事を伺い、失礼ながら思わず、昔読んだDilbertのマンガを思い出してしまいました。「Dilbert」とは、ハイテク企業のバカバカしさを風刺した、米国の新聞連載マンガです。

その中で、ずっと部長の秘書をしていた女の子(たしかティナとかいう名前でした)が、秘書業という仕事の報われなさに嫌気が差して、エンジニアに職種転換を希望しようとします。しかし、同じ職場のアリスという女性エンジニアが、忠告して言うのです。
「エンジニアになるには、何年もの訓練がいるのよ。」

そして、付け加えます。
「でも、エンジニアのボスになるには、何の訓練もいらないわ。それって、労力のいらない労働なの。」
これを聞いてティナも答えます。
「だったら、わたしにもできそうね。」

エンジニアに、ただ指示や命令を下し、また結果を論評して業績評価をするだけなら、何の訓練もいらない。また、訓練なしに、エンジニアのボスになっている人間が、あまりに多い。そういう状況を、作者のScott Adamsは皮肉っています。

もちろん、本当にちゃんとエンジニアを指揮したかったら、少なくともその仕事の概形について、また難所やトラップについて、熟知している必要があります。また仕事を頼んだ際に、そのコスト感や必要なスケジュールの感覚を持っていなければ、まともな指揮ができる訳はありません。

それはちょうど、オーケストラの指揮者と同じです。指揮者は、別にヴァイオリンやファゴットやティンパニなど、全部の楽器を演奏できる必要はありません。でも、譜面からまともな音を作るための構想を持ち、ほしいアウトプットについて、各演奏者に的確に伝える能力が必要です。演奏のどこが難しいのか、足を引っ張りがちなのはどのパートなのか、分かっていなければなりません。もちろん、指揮者になるには、楽器演奏とは別の、専門的な訓練が必要です。たんに棒だけふればいい、という訳ではないのです。

それにしても、DXですか。IT業界という世界は、どうして繰り返し、バズワードの流行を追いかけて回っていくのでしょうか? DXすなわちDigital Transformationという用語に、正確な定義があるかどうか知りませんが、少なくともそれは、ビジネスの転換(すなわちBusiness transformation)のための手段であったはずです。それが、いつの間に目的に昇格してしまったのでしょう。

まあ、手段が目的化するのは、人間社会の常だといえなくはありません。プロジェクトなんてのも、多分にその性質を持っていて、わたしも身の回りでよく見かけますし、自分も苦しくなるとそういう病に落ち込んだ経験があります。なんとか青息吐息、プロジェクトを完遂した。しかし出来上がったプロダクトは、ユーザがちっとも使ってくれなかった。大声では言えないですが、そういう事だって一度だけではありません。

ただ今回、Tさんが受けたご指示のように、「ITのプラットフォームを作れ、プラットフォーマーになれ」という話となると、あらためて「それは目的ですか、それとも手段ですか?」と問い直してみる方が良さそうです。DXの物語は、なぜかプラットフォーム化とワンセットに語られることが多いようです。が、企業や市場の規模の大小も無視して、誰もが目指すべきことでしょうか。

iPhoneのアプリ市場は、Appleがプラットフォーマーですが、個別のアプリを売っているプレイヤーだって、それなりに利益を上げ、成長している所も多いのです。プラットフォーマーになるか、プレイヤーの立場を取るか。必要な先行投資額も違いますし、リスクも収益モデルも違います。結果さえ出れば、別にライバル企業のプラットフォーム上で、プレイヤーとして活躍するのでも、良さそうに思えます。まずは落ち着いて、戦略的選択をするべきじゃないでしょうか。

AI活用の話も同様です。ITには素人だという、その新任の役員の方が、AI=人工知能なるものを、どう理解されているのかは分かりません。ただ現時点のAIというのは、要するに機械学習です。機械学習がちゃんと働くめには、相当量の「教師データ」が必要です。ところで、たいていの職場で障害になるのは、「データがない」という問題です。

データがない? そんなバカな! この会社な何十年、業界で稼いできたと思っているんだ。過去のデータなんていくらでもあるじゃないか。第一、そうでなけりゃ、毎回の見積だって出せやしない・・そんな声が聞こえてきそうです。

しかし、大抵の人が「ウチには沢山あるはずだ」と思っているのは、『情報』であって、『データ』ではないのです。こんな事をいまさら、Tさんに申し上げる必要はないと思いますが、世の中の多くの人は、データと情報の違いを知らないし、混同して使っています。

情報とは、「人間にとって意味をもたらすもの」です。
これに対し、データとは、「数字や文字の形式化・定型化された並びのこと」を言います。

さらに言うなら、データとは、きちんと索引化され、機械が迷わずにアクセスできる状態になったものでなければなりません。大抵の人は、Excelで作った請求書の金額の数字を、「データ」だと思っています。しかし、もし請求書の欄の位置や行数がバラバラで、毎回少しずつ違い、かつ、保管されている請求書のExcelファイル名もきちんとルール化されていなかったり、PCのフォルダに勝手気ままに保存されていたりしたら、それは「データ」とは呼べません。

少なくとも、そんな状態では、過去のAIのインプットとしてのデータの名には値しない、ということになります。それをAIに食わせて「学習」できる状態にするまでに、相当の手間暇がかかるのは、火を見るより明らかでしょう。

でも、メールを拝見して、何よりも気になったのは、そういった戦略論や技術論ではありません。心配なのは、Tさんの配下にいる、ITエンジニアの方々の事です。

「そもそもウチみたいな部品メーカーに、ITがやりたくて、入社してくる人間は居ない」と、上役の方はおっしゃる。「だから、本当のプロフェッショナルがいない。だったら、外から連れてくるしかない。」とも。そして、「DX実現のためなら、高い給料を払ってでも良い」と、Tさんの前で発言されたそうですね。

それを、周りのITエンジニアの皆さんが、聞いていなかったことを祈ります。まあ、役員室の中の会話だったのでしょうが。ただ、もしこの理屈が通るなら、同様に、財務や法務や人事のプロだって、御社にいないはずになります。だって、そうした仕事を求めて部品メーカーには来ないはずですから。

それなのに、なぜITエンジニアだけが槍玉に上がるのでしょうか? もし、その乱暴な断定にも一理あるように見えるのだとしたら、なぜでしょうか。

それは、失礼ながら、御社では、ITエンジニアとして技術を極めても、能力を磨いても、あまりいいことがない、と見えているからではないでしょうか? 財務畑や営業畑からは、役員レベルに出世できる。だがITエンジニアからは、部長レベルより上には、上がれない。違っていたら、お許しください。でも、もしそうだとしたら、IT職種の人は、どこに評価ややりがいを見出し、何を励みに勉強して技術を磨くでしょうか。

かなり以前のことになりますが、わたしがはじめてリーダー格として中間管理職になったとき、大先輩から教わった教訓があります。それを、ここにもう一度披露させてください。部下を持ったら、心がけるべき3つのレベルの話です。

・第一レベル:部下が、安心して働けるようにすること
・第二レベル:部下が、責任感をもって働けるようにすること
・第三レベル:部下が、よろこびをもって働けるようにすること

これは、この順序で達成すべし、と言われました。まず、安心して働けること。安心できなければ、責任感を持てるはずがない。そして責任感がなければ、よろこびを持てないから、と。

安心して働けるとは、すなわち、働く職場の労働環境を、清潔で心地よくすることであり、また、労働時間と賃金が一致する(つまり残業はちゃんとつけられるし、サービス残業などない)ことです。さらにいえば、いつクビになるかと、心配しながら働く状態でもない、英語で言うジョブ・セキュリティが確保されていることも大切です。

責任感を持って働けるとは、言いかえれば仕事への「オーナーシップ」と、プライドを持つこと意味します。部下が、これは自分の仕事であると、前向きに思い、結果に対してプライドを感じること。「やらされ感」やリスク回避だけで、仕事をやっつけないこと。そうしないと、まともな結果は出ません。

ただ、昨今多くの人は、「プライド」という言葉についても、妙な誤解をしているようです。プライドとは、誰か他人と自分を比べて、自分に優越感を感じることだと、思い込んでいます。それが故に、だれかマウンティングできる相手を、無意識のうちに探していたりする。しかし本来、自尊感情・プライドとは、自分自身の矜持を指します。つまり、かりに自分がどんなに社会的・経済的に苦しくなっても、「これだけはしない」という矜持を心の中に持つことです。

プライドという英語を、あえて「気高い心」と訳した知り合いの翻訳家がいますが、名訳に思えます。気高い心を持つ人は、すぐ他人や他国をバカにする人ではありません。そういう行為は、あまり気高くないですから。

そして第3のレベル、よろこびをもって働けるとは、すなわちプロ意識と、成長のキャリアパスが明らかである状態を指します。誰でも、成長して新しい能力を身につけることは、よろこびです。よろこびのない職場から、良い仕事が生まれるはずはありません。また矜持のない人間がプロ意識をもつことも不可能でしょう。

プロ意識を持つ人は、他のプロも尊重します。逆に、他人の職域やスキルに敬意を持たない人は、自分がプロ意識を求めていないのでしょう。そういう人は、たぶん別の何かで、自分を支えているのです。たとえば地位だとか学歴(入学歴)だとかで。そして、プロ意識がない人は、他人の職域に対して勝手に口を出したり、批評したり、「自分ならもっとうまくできる」と思い込んだりする傾向があります。

そして、もし御社のIT部門で、「DXに向けた人材不足」が語られるのだとしたら、上記のレベル3やレベル2が、十分満たされていないのかもしれません。将来のキャリアパスも見えず、希望も喜びも感じられないなら、誰が成長しようと頑張るでしょうか。社内のIT人材の、希望の在り処はお構いなしに、ビジネスの道具として外部デジタル技術にばかり目を向ける「デジタル論議」は、人間不在で歪んでいるとわたしは感じるのです。

そして、この根底には、ITシステムという仕組みの経済的価値が「見える化」されていない、という問題があるのでしょう。もし、ITシステムの構築と運用が、目に見える形で金銭化され、利益や資産に計上されるなら、社内での位置づけも変わってくるはずです(会社って、そういう「現金な」場所ですから)。

それはちょうど、御社における設計の位置づけの問題に、少し似ています。以前、Tさんが技術部門にいたとき、こぼされていましたよね。「一所懸命がんばって良い設計をして客先に持っていっても、それでお金になる訳でもなく、結局、量産段階になって横並びで買い叩かれるだけ」と。そういう状態では、設計部門のエンジニアが社内的に報われるはずがありません。なんとかして「価値の見える化」を具体的に講じて、エンジニアのモチベーションを高める道を、探す必要があると思います。

・・すみません、いつもの癖で、つい長広舌をふるってしまいました。ITエンジニアのキャリアパスについては、まだ論じたいこともあるのですが、別の機会にしましょう。こういう時勢で、なかなか県境を超えた移動もままならない日々が続いていますが、できれば近い内にまたお目にかかれますように。
どうかご自愛ください。そして御社のDX論が、実りあるものになることを祈っております。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2020-06-19 23:56 | ビジネス | Comments(0)

お知らせ:次世代スマート工場に関するオンラインセミナーを開催します(6月23日15:00〜)

という訳で、お知らせです。
(「という訳」の意味を知りたい方は、前回の記事 をご覧ください)

次世代スマート工場に関する、オンラインセミナーを6月23日に開催します。もちろん無償です。1時間枠で、わたしが40分ほど講演し、その後20分ほどQ&Aをオンラインで行うという形式でやろうと思っています。

わざわざ『次世代』スマート工場とつけたのは、理由があります。現在あちこちで語られている(そして実証実験=PoC等が進められている)「スマート工場」と、少し区別したいからです。

もちろん、世の中にスマート工場の厳格な定義はありませんので、誰でも、どんな工場だって、「これはスマート工場です」と呼ぶ権利はあります。ちょうど、昨今のDX=デジタル・トランスフォーメーションという言葉にまつわる状況にも、少し似ています。

ただ、スマート工場という言葉が普及し始めて3〜4年たちますが、その多くは、現場の機械やセンサーからデータを取得し、蓄積・分析して、故障予知や生産性カイゼンに活かす、という枠組みの活動に見受けられます。分析にはデータ・アナリティクスや深層学習なども、利用するのでしょう。そうした取組み自体の価値を、否定するつもりは全くありません。ただ、それだけでは、新しく登場したデジタル技術やIoTの使い方として、非常に勿体ないと思っているのです。

わたしは、デジタル技術やIoTが、日本の工場の在り方を根底から変えるインパクトを秘めていると考えています。すなわち、工場全体レベルでの操業の知能化であり、また物理的なレイアウトの劇的な変革です。もう少し言うならば、工場全体が「インテグラルな(統合された)システムとして設計され、スマートに操業される」存在にかわる可能性を持っているのです。それを称して、「次世代スマート工場」とよぶ次第です。

そして、この話を理解していただくためには、どうしてもシステム工学的な視点=システムズ・アプローチを持っていただく必要があります。ただし、システム工学といっても、ITプログラミングの話ではありません。人と、機械と、モノと、建築と、データとからなる、実体を持つシステム=工場に関する、総合的なアプローチのことを指しています。

こうしたアプローチや技術を教えてくれる大学・学科は、あいにく、日本にはありません。ですから、自分の本来の専門とは別に、学ぶ場が必要です。自分が電気屋だろうが土木屋だろうが機械屋だろうが、もちろんITエンジニアだろうが、ある意味平等に、「工場のシステムズ・エンジニアリング」のプロになれるチャンスが有るのです。(ちなみに、そうした教育を施してくれる大学・学科は、他所の国にはあります。そういう違いが、日本との競争力の差を少しずつ生んでいるのです)

という訳で、今回のセミナーは、デジタル技術に興味を持つ技術者で、製造業の仕事に関わる方ならば、どんな職種・ご専門でも、興味を持って聞いていただけると思います。

おっと、いつものように、前口上ばかり長くなってしまいました。 委細は下記のとおりです。

<記>

日揮の考える《次世代スマート工場》とは  ~どう動くのか、どう作るのか〜

日時: 2020年6月23日(火) 15:00~16:00 (講演40分+質疑応答20分)
主催: 日揮ホールディングス(株) IT Grand Plan 2030事務局

講師: 佐藤知一(日揮ホールディングス(株)デジタル統括部 Chief Strategic Analyst )

講演概要:
「スマート工場」の概念は、IoT技術の進展やドイツIndustry 4.0などの動きとともに、世界的に注目を浴びています。しかし日本国内の取組みの多くは、単純なデータ収集・可視化に留まり、工場全体のスマート化につながらないように見受けられます。本講演ではまず、一般的な組立加工系の工場に生じやすい問題を、システム工学の観点から分析します。その上で、工場全体の知能化のために必要な『中央管制システム』の概念を紹介し、これからの新しい工場づくりのあり方を論じます。

参加費: 無料(事前登録制)
申込み: 下記をご参照ください
 または、itgp2030@jgc.com までお問い合わせください。
※ご登録後、ウェビナー参加に関する確認メールが届きます。
※定員100名となっておりますので、定員を超えた場合は別途ご連絡させていただきます。

以上、よろしくお願いします。


佐藤知一@日揮ホールディングス(株)


<関連エントリ>



# by Tomoichi_Sato | 2020-06-11 21:36 | 工場計画論 | Comments(0)

工場のデジタルツインとは何か、製品のデジタルツインとはどこが違うか

1.「デジタルツイン」概念はどこから来たか

デジタルツインという言葉を、以前よりよく聞くようになった。例によって、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に関連する文脈で、登場する。とくに製造業のDXと共に、語られることが多い。

デジタルツインとは、物質的(フィジカル)な存在のモノの、双子のコピーを、サイバー(デジタル)空間内に構築したもの、というほどの意味である。IT関係の流行言葉の常として、あまり厳格な定義がある訳ではない。だから、いろんな人が、思い思いの文脈で使っている。

デジタルツインという概念は、ドイツの「Industry 4.0」戦略とともに注目された。Industry 4.0それ自身も、ずいぶんと広範な概念だが、一応リファレンスとなる定義文書がある。とくに2013年にドイツのAcatech(国立科学技術アカデミー)が連邦政府に提出した、「『戦略的イニシアティブ Industrie 4.0』の実現へ向けて」は、初期の重要な文献である。ドイツ語版だけでなく英語版もあるし、さらには野村総研の藤野直明氏らが訳した日本語版も存在する。

この文書の最初の方に、Industry 4.0は、Cyber Physical Systems(CPS)の活用によって実現し、それは「スマート製品」と「スマート工場」の二本立てで行う、という意味のことが書いてある。とくに、スマート製品というコンセプトは重要である。ここから、デジタルツイン概念までは、ほんの一跨ぎだからだ。

ところで、不思議なことに日本では、「インダストリー4.0は無人工場を目指すものだ」といった誤解が案外、広まっている。昨年わたしは、慶応大学の松川弘明教授らと一緒に、ドイツのフラウンホーファー研究所や複数の工科大学を訪問して、インタビューを行ったが、無人工場が理想だ、などとは誰も言わなかった。むしろ、Industry 4.0は"Human-centered production"(人間中心の生産)を目指す、という発言を聴き、なるほど明確な思想に基づいているな、と感じたものだ。

人間が生きて働くことの中心には、ものづくりがある、とドイツ人たちは思っている。だからデジタルが、それを支えるべきだ、と。

ところが、ものづくり大国ニッポンに来ると、話は全然逆の受け止め方をされるらしい。デジタル技術やロボットは人間を駆逐する、だから無人化の最先端の競争に乗り遅れてはならない、というふうに。どうやらよほど、日本の製造業は(少なくともメディアは)「人間ぎらい」であるらしい。他方、日本のものづくりの現場を見ると、働いている人の「やる気」と、職人的な「感覚」にばかり頼っている。まこに奇妙である。それとも、日本企業は人間ぎらいというよりも、「労働者ぎらい」なのだろうか? たしかにロボットは労働組合を作ったりしないが。

話がそれた。

Industry 4.0の中核にあるCPS (Cyber-Physical System)というのは、これまた一種の抽象概念である。これは特定の種類のITシステムを意味している訳ではない。サイバー世界と現実世界の間に紐づけ、ないし橋渡しをして、上手にマネジメントを進化させる「仕組み」についての概念だ。

フィジカル(現実)空間内だけで戦わないで、サイバー空間内でシミュレーションや分析を行い、決断を下す。これがI4.0のCPSが目指すところである。現実世界で何か試したり、実験したりすることは、製造業の場合、必ずしも容易ではない。サイバー空間内なら、もっと気軽に予測や検討ができる。そこで、現実に瓜二つな「双子」をデジタルで作ろう、という発想になる。これが「デジタルツィン」だ。

もっとも、CPSもデジタルツインも、別にドイツ人が発明した言葉ではない。CPSは2006年に、米国国立科学財団(NSF)が言い出した概念だ。Digital twinという言葉はもっと早く、2001年に米国ミシガン大学のM. Grievesらによって提唱された。だが、どちらの言葉も2010年代の半ばになるまでは、あまり普及しなかった。その証拠に、2012年にGEが作ったIndustrial Internetのコンセプト・レポートには、CPSという言葉は登場しない。

ただ、デジタルツインの概念については、GEによる積極的な喧伝が大きかった。ジェットエンジンや火力発電用のガスタービンはGEの主力商品の一つだが、彼らはそれを早くから3Dモデルで設計しただけではない。その動作状況を各種センサーとIoTでモニタリングし、コンピュータ内で3Dで精密に再現することを、新しいビジネスモデルのコア技術として採用した。GEのデジタル戦略自体はいささか迷走気味で、業績も近年はふるわないが、IICコンソーシアムの設立活動と共に、デジタルツイン概念を皆に知らしめる上で大きな力となった。


2.スマート製品・スマート工場・デジタルツィン

ところで、ドイツIndustry 4.0でいう「スマート製品」とは、ユーザの手に渡ってからも、自分の状態を克明に検知発信できる機能を持つ。まさにGEがガスタービンで実現しようとした機能である。いや、そればかりか、製造途中の段階でも、それぞれの半製品や部品が、複数工場からなるサプライチェーン上で、次にどこに行くべきかを、自分で知っていて、行き先も自発的に制御できるという、いささかSFチックなコンセプトでもある。

彼らは、なぜ、こんな事を考えたのか。その理由は大きく2つあった。一つは、スマート製品が、顧客の手に渡ってからも、IoT技術を使って、顧客の使用状況をリアルタイムにモニタリング可能とすることで、新しい製品の付加価値をもたらしたり、設計に有用な情報をフィードバックできるようにするためだ。スマート製品は、「自らが最適に機能可能なパラメータ、及び、ライフサイクルを通して消耗の徴候を検知可能な、パラメータ」をビルトインしている(上掲書P. 19)。それによって、ベストな使い心地をユーザに提供できる、という。

もう一つは、スマート製品(スマート部品も含む)により、生産におけるマス・カスタマイゼーションを実現したいからだ。マス・カスタマイゼーションとは、顧客の個別ニーズに応じた製品でありながら、大量生産の利点も得ようとする生産思想である。そのためには、製品のコンフィギュレーションに応じて、部品・半製品が、異なる工順や工場ルートをたどる必要が出てくる。そこで、スマート製品は「製造中でさえ、自らの詳細な製造プロセスを知っている。これは、スマート製品が半自律的に個々の生産段階を制御できることを意味する。」(同、P.19)のである。

このような流れから、とくに、ジェットエンジンや風力タービン、あるいは電気自動車など、複雑な機械の分野におけるスマート製品の開発において、デジタルツィンが注目されるようになった。さらに、ビジネスモデルのサービス化(サービタイゼーション)の道具にもなることで、GEやロールスロイスなどの取り組みが注目をあびた。

ところで、自動車とか携帯電話ではなく、素材を作る業界、たとえば資源・化学・石油・建材などの業界では、どうか。こうした分野では、さすがに「スマート製品」は実現困難だ。そこで、デジタルツインの関心の向かう先は、「スマート工場」の取り組みとなった。

たとえば、海外での石油・化学業界のDXに関する最近のカンファレンスを見る限り、この分野でのデジタルツィンの目的は、生産設備の効率化が主眼にある(彼らはこれをAsset optimizationと呼ぶ)。とくに石油・ガス企業は、オフショア(洋上)生産設備のデジタルツインに関心が高い。洋上設備だけに、安全性の要求も厳しいし、問題が起きたからといって、すぐ見に行くという訳にも行かない。したがって、コンピュータ内に双子のモデルを作り、遠隔から監視・操業できるならばメリットも大きいはずである。

そういう意味で、デジタルツィンは、工場・プラントのO&M(操業・保全)が主目的になっている。そしてITベンダーの積極的な宣伝もあって、デジタルツィン実現への期待は高い。しかし、その具体的な定義や内容はまちまちで、業界としてまだ定まっていないのが実情である。


3.スマート工場のデジタルツイン――その機能と構造を考える

では、デジタルツィンはどのような機能と構造を持つべきなのか。多くの人の期待感を抽象化してみると、ある程度の共通項が見えてくる。すなわちデジタルツインとは、機械や建築など人工物に対して、以下のデータと機能をサイバー空間内に表現したものである:

(1) 設計データ(とくに形状に関する3D modelと、構成部品に関するBOM・属性データ)
(2) オペレーション・データ(使用状況、入出力、パフォーマンス、保守履歴等)
(3) 分析・表示・予測機能(シミュレーション機能)
工場のデジタルツインとは何か、製品のデジタルツインとはどこが違うか_e0058447_21263149.jpg
データは当然データベースに格納されマネージされるが、通常は、3Dモデルのビューから、ユーザに統一的なアクセスを与えるようなUIを持っている。またオペレーションデータは、時系列で膨大となるため、データ・アナリティクス技術の対象となる。もちろん、BIツールでコックピット表示などもできるだろう。しかし、単に過去を分析し、現状を「見える化」するだけでは、意思決定に役立ちにくい。やはり予測のためのシミュレーション機能が必要である。それは以前、「工場コックピットで、何を見たいか?」にも書いたとおりだ。

そしてデジタルツインは、自動車や航空機など機械製品の分野が先行してきた。これに対し、建築や工場・プラントなどの分野では、利用企業もITベンダーも、機械業界のアナロジーから出発しているように見える。だが、機械・建築・プラントでは、特性や機能に差異が大きい点に注意が必要だ。まとめると、以下のようになる。

(1) 機械業界(自動車・航空機など)

・デジタルツィンの対象は、製品である。
・機械製品においては、部品の幾何形状と、その力学的機能・構造が一体化している点に特徴がある。そこで設計データとしては、3Dモデル・部品表(BOM)・材質等が必要になる。オペレーション・データとしては、個別製品の使用状況(IoT技術で取得)、位置・速度・燃費などで、製品数が多いため、ビッグデータになる。
・予測機能としては、動きのシミュレーションが中心だが、構造解析、伝熱なども必要かもしれない。

(2) 建築・土木業界

・デジタルツィンの対象は構築物であるが、この分野では「BIM(Building Information Modeling)概念」を業界全体が志向している。
・建築の全体構造と、設備や各室の機能は、相対的に分離している点が特徴である。そこで、3Dモデル・材料表・コンポーネント属性(ベンダー固有情報等)が設計データになる。オペレーション・データとしては、利用者(人間)の動きが中心で、センサーが少ない。いわゆるビル・マネジメント系+補修履歴などで、データ量は比較的少ないだろう。
・予測機能は、建築では動きのシミュレーションの要素は少なく、構造解析と流体力学が主になる。

(3) 一般製造業(素材産業を含む)

・デジタルツィンの対象は、工場・プラントである。
・工場においては、プロセス(機能)設計と空間設計とは、ある程度独立している。そこで設計データとしては、機能的なVSM(プラントならばP&ID)と、3Dモデル、機械設備(アセット)とその部品表(BOM)・材質・属性等になる。とくに機械設備はベンダー固有情報が多い点が要注意だ。また人の作業が重要な要素となるため、人間のモデリングが必要である点が、特徴だ。
・オペレーション・データとしては、4M(人・機械・物品・製造方法)のデータ収集が望ましい。センサーデータをPLC/DCSがリアルタイムに処理し、データロガーやヒストリアンに蓄積することになろう。保守履歴データも要蓄積である。
・予測機能としては、機械と人による製造・物流のシミュレーションが必要だ。ただ化学プロセスでは、反応を含む動的シミュレーションが必要で、こちらは難易度が高い。応力解析や腐食もテーマだが、優先度は低い。

そして、CPS(Cyber Physical System)の観点から言えば、工場のデジタルツインを実現するためには、少なくともMESが必要であることは分かる。それがないと、現場の機械やデバイスがいくら自動化されIT化されても、そのデータが上位系とつながっていかないからだ。現在の日本の多くの工場では、そこを人手とExcelあたりが繋いでいる。おかげで、現場の機械にセンサーをいくら付けても、それが「どのオーダーの何を作っているのか」すぐに分からず、分析も簡単でないという状況になる。

なお、工場のデジタルツイン構築についていえば、既設の工場やプラントの双子を、ゼロから作成するのは非常に手間がかかる。無論、3D Scanなどの技術は利用可能だろうが、それでも大変な仕事だ。他方、新設の工場・プラントならば、設計・建設を請け負うメイン・コントラクター(もし居れば)に、アセットの設計データ部分の作成協力を依頼しやすい。そういう理由か、最近プラント分野では、海外の先進企業から、「フィジカルなプラントだけでなく、デジタルツインも納入してくれ」といった要求が出てくるようになった。

だが、業界としてまだ共通の合意がないので、どこまでがスコープの範囲なのか、から始まって、まだまだ解決すべき道のりは遠い。デジタルツイン構築のためには、プラントのオーナーやエンジ会社だけでなく、多数の機器・装置ベンダーなどの協力も必要になるため、もっと互いのベネフィットとリスクを共有できる、標準的な合意点をつくりたいところだ。


4.スマート化に関する勉強と議論の場の必要性

・・と、ここまで書いてきて、あらためて気づいたことが、ひとつある。本サイトの読者諸賢には、製造業に働く技術者、とくに生産技術者やITエンジニアの方が少なくないと思われる。そういう方々にとって、デジタルツインだの、スマート製品・スマート工場といった話題は、技術的興味の対象にはなりえても、実際の日々の仕事からは遠い領域のトピックに、聞こえるのではないか? 興味はある。だが現実にはあまりに障害が多い、と。

実際、日本の製造業における生産技術者は不足しており、非常に忙しい。しかも、長年の不況の結果、工場への設備投資は抑えられ、通信ポートさえ持たない旧式の機械のお守りや、頻繁な新製品の試作対応、そして海外工場への支援対応などで忙殺されているケースをよく見かける。さらに、製造現場に詳しいITエンジニアが、SIベンダーには驚くほど少ないため、製造用ITシステムの導入・保守もままならぬ。デジタル音痴の上層部については言うに及ばず、という具合だ。

しかたなく多くの技術者が、自分の関われる範囲で、こつこつ実践を重ねてスキルをつけたり、経験をもとに将来の絵を描いたりしている。ただ、それが自らの状況の枠内からの発想に留まっているとしたら、とても残念なことだ。

技術者にとって、環境依存の知識やスキルを積み上げても、これからはあまり活きない。環境依存というとIT系の人は、OSやマシンのことかと誤解されるかもしれないが、そういう意味ではない。「自社内という環境」に特化した知識・技術、という意味だ。自社でしか通じない用語・概念、自社の固有の業務ニーズ、そして自社がたまたま伝統的に使用してきた特定メーカーの技術や製品。そういった物事の上に、自分のスキルや技術成果を積み上げても、汎化も転用もできない。別の言い方をするなら、不況で自分が会社からバイバイを言われたら、その瞬間に価値がなくなるような技術スキルのことだ。

どうせ情報収集をするなら、自分のバリューにつながるような勉強をしたほうが良い。バリューにつながるとは、すなわち「抽象化された概念モデルにもとづく」思考や技術であろう。なぜなら、それならば特定の環境にもベンダーにも依存しないからだ。

そして、そういう問題意識を持つ技術者のために、情報収集や意見交換の場を作りたい、というのが最近のわたしの願いだ。

そこでトライアルとして、今月の後半に、1時間程度の短いオンラインセミナーを、わたしの勤務先の応援を得て実施しようと計画している。くわしい案内は後ほど開示するが、現時点では6月23日(火)午後14時頃からを予定している。テーマは、「次世代スマート工場とは何か」である。わたしがまず40分ほどお話し、残る20分程度を質疑応答にあてたい。

デジタルツインだのスマート工場といった物事は、この会社・この業界・この国では夢物語かもしれない。だが、他の会社・他の業界・別の国では、もう手の届く現実だったりする。そこで、何を考え、どう現実を変えていくべきなのか。簡単な答えはない。だが、少しでも一緒に議論できればと願っている。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2020-06-03 22:18 | 工場計画論 | Comments(0)

お知らせ:BOM/部品表に関するオンラインセミナー講演を行います(6月16日)

お知らせです。
来る6月16日(火)に、BOM/部品表に関する有償オンラインセミナーを行います。昨年12月に行った対面セミナーのアンコール版です(お陰様で昨年は満員でした)。ただし昨今の情勢を鑑み、オンラインで受講可能としております。

2004年に「BOM/部品表入門」を上梓して以来、わたしは15年以上にわたって、BOM=部品表のマネジメント重要性を、訴え続けてきました。幸い本書はいまだに現役で、累計1万部以上が売れたばかりか、中国語版もかなり好評です。

いやしくも製造業である限り、どの企業も、BOMは必ず持っています(そうでなければ材料も購入できませんから)。しかし、BOMのデータをきちんとマネジメントできている会社は、決して多くないようです。なぜ、BOMのマネジメントが難しいのか。それは、生産の中核に位置づけられる基準情報であるにもかかわらず、複数の部門がいろいろなフェーズとタイミングで関わるからです。

とくに近年は、
 ・新製品開発・投入のサイクルが早くなった、
 ・製造のサプライチェーンが国境をまたいで海外に伸びた、
 ・企業買収や提携が進んだ、
などの要因が相まって、BOMデータの維持運用を難しくしています。

他方、最近は製造業でも「DX」ブームの声とともに、データ・サイエンスやデータ・マネジメントに関心が集まり、あらためてBOMのあり方が注目されているようです。さらに、BOP(Bill of Process=工程表)概念の普及や、海外を中心としたPLM(Product Lifecycle Management)ソフトウェアの発達など、この分野での進展も確かにあります。

今回は、前回の内容をさらにバージョンアップし、著書に述べた量産型製造業だけでなく、BOMを扱いにくい個別受注生産にも光を当て、「自分で考え身につく」セミナーを目指します。

BOM/部品表マネジメントに関心のある方のご来聴を、心よりお待ちしております。


<記>

BOM/部品表の基礎と効果的な活用ノウハウ

日時: 2020年6月16日(火) 10:30~17:30
主催: 日本テクノセンター(東京・新宿)

セミナー詳細: 下記よりお申し込みください(有償です)
なお、PC環境等の制限によりオンライン視聴が難しい方は、日本テクノセンター研修室でも受講が可能です。


よろしくお願いします。
               (佐藤知一)

<関連エントリ>
  
  

# by Tomoichi_Sato | 2020-05-28 21:48 | サプライチェーン | Comments(0)

AIで設計は自動化できるか(3) 〜機械にできる仕事、人間が果たすべき仕事

「佐藤さん。AIを使って、設計を自動化することができると思われますか?」

――おやおや。何かご相談があるという話でしたが、いきなり難しい質問ですね。どうしてそんなことを考えておられるのですか。

「自分はこのところずっと技術部門で、いわゆるPLMと呼ばれるような設計用のITツールに関わる仕事をしています。ただ、単に設計図面や部品表を共有するだけではなく、もっと画期的に設計の生産性を向上するには、AIの力が必要だろうと思って調べはじめたんです。そうしたら佐藤さんの会社の、『ITグランドプラン2030』構想が検索に引っかかりました。その中に『AI設計』という活動があって、興味を持ったんです。」
AIで設計は自動化できるか(3) 〜機械にできる仕事、人間が果たすべき仕事_e0058447_22300144.jpg
日揮ホールディングスHPより引用(https://www.jgc.com/jp/news/assets/pdf/20181218_1.pdf

――なるほど。ただ、我々のようなプラント・エンジニアリング会社と御社では、設計業務も随分違うと思います。御社では、なぜAIに自動設計させたいのですか? 狙いはなんでしょう。

「それは…ですから、設計生産性の画期的な向上です。」

――と言うと? 御社では設計の生産性がこまるほど低いのですか?

「いえ、そう言うと語弊がありますが…ただ設計のミスとかは、案外多いですね。出図の後の、変更のフォローも悩みの種です。」

――つまり、省力化と正確性の向上を図りたいから、AIに設計をやらせたいと。そういうことですか?

「佐藤さんの会社では、違う狙いがあるんですか?」

――正確性の向上も、目的の1つにはありますよ。でもそれは部分に過ぎません。他に、例えば大量で単調な設計作業を肩代わりさせたいから、ということもあります。プラントの世界では、追いかけなければならない設計対象品目の数が、半端なく多いですからね。でも、一番最終的な狙いは、これまでの人間では発想できなかった設計を得たいから、です。

「そこなんです! 自分が言いたかったことも。今まで思いつかなかったような形状の製品を設計する。これができれば凄いじゃないですか。佐藤さんの会社が発表されているロードマップを見ると、『革新的なプロセス機器の自動設計』が最終ゴールに描かれています。これがそういう意味ですよね?」


――その通りです。非常にクリティカルな操作条件の反応器や熱交換器などを、まったく新しい形状で設計できるようになることを、目指してます。でもそのためには、3D Printerや新素材の開発も同時に必要でしょうがね。それも同じロードマップに入っています。

「なるほど。ただ、そこに至る道筋とステップが、よく分かりません。なんだか一本道ではなくて2つの線が合流した形になってますよね。これはどういう意味ですか?」

――それを説明するには、まずこのロードマップ図の見方を説明しなければなりません。ロードマップの横軸は、図中のそれぞれのテーマの狙いを示しています。図の左側に位置するのは、短期的な狙いです。ここではキャパシティーアップと書いていますが、これは私たちの組織の生産性を上げると言う意味です。」

「生産性。まさに私たちの課題と同じです。」

――図の真ん中へんに位置するのは、品質向上・リスク低減です。すなわちプロジェクトをより可視化して、突然問題が吹き出すことを防ぐのが目的です。そして1番右側にするのは、新しいデザインや価値を、顧客に提供することです。つまり左側にあるのは短期的な課題、真ん中が中期的で、一番右はより長期的な狙いになります。

「AI設計は、比較的左側に寄っていますね。」

――その通りです。そして縦軸は、それぞれの取り組みの難易度を表しています。上に行けば行くほど、難しい。ですから、このロードマップの全体配置で言うと、左下のほうにある取り組みは、短期的な狙いで、かつ、難易度も低いですから、すぐ着手べき、となります。逆に右上のほうにあるテーマは、長期的な狙いで、難しいですから、当然将来の取り組みになります。ですから、全体としては、左下から右上に向かって、我々のいわば「デジタルジャーニー」の道筋があるわけです。

「なるほど、図の構造はよくわかりました。」

――それで、AI設計に話を戻します。出発点になるのが1番左下の、単純作業の自動化です。先程言ったように、私たちの設計業務には、多量で単調な作業がかなり含まれています。チェック作業とか、ツールや図面間の転記作業とか。そこでRPAなどを使って自動化し、エンジニアをつまらない作業から解放する。

「RPAはAIとは言えないですが。」

――もちろんです。ただ、こうやって設計作業を棚卸しし、最初に整理しておく必要があります。その上でAIの応用を考えねばならない。ところで、AIのエンジンと言うのは、買ってくれば、そのままポンと使える道具ではありません。そこには設計の知識やルールの埋め込みが必要になります。そのためには、ベテランのエンジニアが持っている暗黙知を、形式知化して、AIのエンジンが理解できる形に埋め込んでやらなければいけません。

「それが左上にある、『シニア技術の形式知化・ルール化』なんですね。ただ、どうしてこれは、こんな外れた場所にあるんでしょうか?」

――われわれはこのテーマに、昔から何度も取り組んできたんです。ところが、なかなかうまくいきませんでした。難易度が高いので、図の左上にあるのです。

「実は、うちの会社でも、同じような問題に突き当たっています。なぜこれって難しいのでしょうね?」

――理由はいくつかあると思います。単純に、シニアが忙しすぎて、時間を捻出できない、から始まって、センスや感覚論で説明してしまう傾向があるとか、いろいろです。でも1つの問題は、設計プロセスを形式化するための、方法論なり技術が、曖昧だったことにあります。そこで我々は、DSMという手法を導入して取り組むことにしました。

「DSMって、なんですか?」

――Design Structure Matrixの略で、米国のD. V. Stewardが1981年に、設計プロセスのモデル化のために提案した技法です。設計変数(設計諸元)をマトリクスの縦横に取って、設計における依存関係を表現します。Bという設計変数を導出するのに、設計変数Aが必要だったら、マトリクスのB行のA列に1を記入します。記法は単純ですが、複雑な設計プロセスを形式知化し、設計上の問題を抽出することができます。
AIで設計は自動化できるか(3) 〜機械にできる仕事、人間が果たすべき仕事_e0058447_22323129.jpg
「というと?」

――通常の順次導出関係は、対角線よりも左下にある”1"で示されます。逆に、対角線よりも右上に1があったら、それは設計の後工程から前工程へのフィードバック(つまり手戻り)を示すのです。そこで設計変数の順序入れ替えやグルーピングを行って、マトリクスを整理し、プロセスを改善するのです。もちろん、1のマス目で表される、それぞれの設計変数間の導出関係の後ろには、計算ロジックがある訳です。

「なるほど」

――わたし達は、シニア技術の形式知化から、メインのAI設計の流れに合流する点を、「AIローディング・ポイント」とよんでいます。これをちゃんとやらないと、設計へのAIの活用は成り立ちません。

「その次にある『プロットプラン自動設計』というのは何ですか?」

――プロットプランとはプラントの配置計画のことで、空間設計の基礎になるものです。化学プラントの設計では、最初にプロセスシステム、つまり全体の機能的な設計をします。電気工学で言う回路設計だと思ってください。それから、システムを構成する個々の要素、つまり機器や配管などの空間的な配置を決めます。これがプロットプランです。プロットプランは全体コストに大きな影響を及ぼすので、エンジニアリング会社の競争力の源泉ですが、考慮すべき要素も多く、現在はベテランにかなりを頼っています。

「そこでAIの登場ですね」

――うーん、そうなんですが、話はそう単純じゃありません。プロットプランはコストを左右する、といいましたが、じゃあ単に、敷地面積や配管の物量だけを最小化すればいいかというと、そうではないんです。施工性であるとか、地下埋設物の存在とか、操業時のアクセス性とか、かなりいろいろな要素が関わります。つまり、評価尺度が複数あって、しかもあちらを立てればこちらが立たず、というトレードオフ関係が生じやすいのです。

「そうなると、最適化問題という訳ですか」

――そうです。それも多目的最適化問題になります。多目的最適化ではパレート・フロンティアとか、いろんな概念とテクニックが登場しますが、要するに答えは一つとは限らないのです。しかも、配管長とかケーブル長とか敷地面積などは、明示的に計算できますから、最適化エンジンの中に組み込めますが、施工性とか操作性は、ある意味とても定量化しにくいものです。だから、エンジンには組み込めない。

「じゃあ、どうするんですか?」

――出てきた答えを、人間が評価するしか無いのですよ。多目的最適化エンジンに、制約条件と目標値を与えて、複数のケースを計算させてみる。その結果を、エンジニアが評価して、部分的には修正して、またエンジンを動かす。こういった、一種のマン・マシン・ループの生じる仕事になります。

「それは、あまりうれしくないですね」

――そうでしょうか。でも、現在はすべてのプロットプラン設計作業を、ベテラン技術者がやっていますから、限られた納期の中では1ケースのプランを作るのが精一杯です。それが、複数ケースを比較評価して、ベターなものを選べるのだったら、十分うれしいと思います。

「なるほど、省力化は図れるのですね」

――いや、省力化よりも大事なことがあります。それは、技術者が『評価』という、価値ある仕事に集中できることです。さまざまな観点・尺度から、設計成果物を評価し、必要に応じて改善する。この部分は、AIにはできません。計算機には価値観も思想もありませんからね。人間の大事な仕事なんです。従来は設計のバルキーな計算や作図作業にほとんどの時間を取られ、せいぜい設計結果のチェック&レビューくらいしかできませんでした。評価尺度についても、十分意識化してこなかった。そこは大きな前進になります。

「ふーん。そうなると、AIの出番はどうなるのですか?」

――まあGartner社などは、最適化もAIの領域内に含めていますが、技術的には以前からあったものです。それで、現在、世の中でAIと呼ばれているものは、ほぼ機械学習、それも深層学習です。その中心機能は、パターン認識、つまり類似性の判別と判定にあります。具体的には、画像認識による個人の顔の特定や、音声認識などのアプリケーションですね。もちろん、故障の予知保全なんかも応用分野の一つです。

「そこは弊社でも注目しているところです」

――そうですか。ところで、パターン認識技術って、設計に応用できると思いますか?

「できるんじゃないでしょうか。過去の設計事例から類似パターンを引っ張り出して、サジェスチョンしてくれるとか、でるといいなと思っています。」

――たしかに、サジェスト機能くらいなら、ありえるでしょう。保証はないけど、おおよその答えを言うだけですから。でもね、いやしくも科学法則に縛られた理工学領域の設計では、ベストの類似パターンを探し出してきたって、その計算結果が制約条件を満たさなければ、アウトですよ。設計の世界では、yesかnoかは白黒はっきりしています。耐荷重が100kgの条件なのに、出てきた答えが98kgしかなかったら、アウトプットには使えないのです。そこは、SFじゃないけど「冷たい方程式」が支配する領域なんです。

「だったら、シミュレーション機能と統合して、条件を満たす順に類似結果を表示したらどうですか。PLMの中に過去の設計図面をすべて登録し、PLM得意のシミュレーションI/Fを使って計算すればいいでしょう。そこから人間が、いいものを選ぶ」

――はい。だから、機械学習は、わたしのいう「選択的設計問題」だったら使いやすいと思うのです。もちろん、過去の設計成果物が、きちんとデジタル化され、かつ、設計変数や制約条件などのメタデータも、標準形式化され登録されている前提ですが。

「まあ、そこはちょっとハードルが高いですけれど、頑張れば可能ですね」

――ですね。で、そのとき課題になるが、設計ルールや、設計変数間の関係、つまり設計知識の扱いなんです。過去の図面は、頑張ればデジタル化できるでしょう。ただ、メタデータやルールや知識を、扱いやすい形式にする部分がポイントです。今の深層学習系AIソフトと、一世代前のルール型AIや知識ベースの両方が、じつは設計の自動化には必要なのです。

「ふーむ。でもIBM Watsonなんかは、何でも知っているという話ですが」

――クイズ番組に出るような知識ならね(笑)。ただ、御社の設計作業に関する知識は、知らないんじゃないですか。それをインプットするのは、御社の仕事のはずです。

「たしかに。」

――しかも、今のAIが活用できるのは、選択型問題や、演繹的決定による設計問題に限られます。先ほど説明したプロットプランのような最適化問題は、パターン認識ではアプローチできません。ましてや、形状や構造を設計する、システム合成問題は、なお難しいでしょう。

「じゃあ、AIでの設計は不可能、と思われるのですか?」

――そうは言いません。今の深層学習とパターン認識によるアプローチの最大の問題は、過去の設計データの蓄積に依存している点です。深層学習は、万の単位の教師データを必要とします。しかし、設計という行為は、つねに一回限りです。製造では全く同じ製品を繰返し作ります。だからパターン認識による欠陥検出や故障予知などがきくのです。他方、設計は、全く同じ図面を再生産することはしません。毎回、必ず何かが違うのです。エンジニアリングには「個別性の罠」があるのです。

「ますます、不可能に思えてきましたが」

――それは、過去の設計結果に頼ろうとするからです。そうではなくて、計算機が、自分で設計結果を生み出していけば良いのです。少しずつ、設計パラメータを変えて、結果を計算する。そして、評価関数を与えてやって、良いものを選んでいく。計算機は飽くことなく、いくらでもランダムな組合せで設計をジェネレートします。そこから、よりベターなパラメータ群を選んでいく。

「それって、強化学習ですね」

――そうです。AIで設計を自動化したかったら、強化学習しかないのですよ。このように、計算機が自分でベターな設計を生成していく手法を、Generative Designといいますが、その代表例が、「トポロジー最適化」の技術です。これは、機械部品などの形状について、人間がある初期値を与えてやり、そこから自動的に肉付けを変えていって、もっとも重量が少なく強度の高い結果を求めていくような手法です。すでに商用のソフトウェアも存在します。

「やっと、トンネルの向こうに光が見えてきたような気がします」

――そうですか。ただね、強化学習では、設計をジェネレートするたびに、その評価をしなければならないのです。単純な構造部品なら、重量と強度の計算程度ですみます。しかし、たとえば熱交換器程度でも、ちゃんと評価しようとすると、毎回、熱伝導計算と計算機流体力学の両方を解かなければなりません。かなりマシンパワーを食う計算です。

「でも、マシンパワーはクラウドと並列化技術のおかげで指数関数的に進化し続けています。そういう意味では、強化学習による設計も、楽観視して良さそうですね。」

――まあ、そうだといいですね。ただ、ちょっと気になる点もあります。現在のAIコミュニティを見ていると、強化学習の分野は倒立振子問題から始まって、ロボットアームの制御みたいな、連続変数の制御問題の枠組みばかりを注視しているように感じられます。トポロジー最適化のような、形状の連続的変形の問題は、それでもいい。連続変数の最適化制御問題は、非線形性が強くても、最後は偏微分方程式を力づくで解く方向に進めます。

「はあ。」

――ところが、形状の設計ではなくシステム構造の設計となると、問題は離散的な設計変数の組になります。離散系の最適化問題は、連続系とは全く異なる難しさがあるんです。詳しい話は省きますが、NP完全になりやすいので、経験的なヒューリスティックが必要になる。そのことを、ORの分野の人はよく知っていますが、まだAI系の人は無頓着に思えます。

「というと、結局、AIは設計をどこまで自動化できるんでしょうか?」

――将来に渡って、設計エンジニアは不要にはならない、ということです。要求を分析し問題構造を理解する、設計の知識ベースを入力・更新する、複数の目的関数を設定する、でてきた結果を評価する、必要に応じてそれを修正する、そして設計のツール自体を進化させる。こうした仕事は、相変わらず人間に残ります。もしAIが将来、設計技術者を不要にすると思うなら、それは無用な心配です。むしろ今のAIは、設計に活用しようとすると、ずいぶん寸法が足りない。一寸法師のようなものです。
 一寸法師だって、大勢を上手に使えば、エンジニアの退屈な仕事はそれなりに手助けしてくれます。ただ、それを上手に進化させられるかは、わたし達にかかっているのです。


<関連エントリ>
 (2020-05-07)
  (2020-05-15)



# by Tomoichi_Sato | 2020-05-24 23:12 | 考えるヒント | Comments(1)

AIで設計を自動化できるか? (2) 〜「良い設計」の条件を考える

前回の記事「設計とはどういう行為か、AIで設計を自動化できるか?」 でも書いたとおり、設計とは『機能を形状・構造に落としこむ』(そして必要な場合は制御機構も与える)行為である。だから、設計は典型的な逆問題になる。逆問題とは、アウトプット(結果)から、インプットやプロセス(入力・過程)を逆算する問題だ。一般的には、一意に解けない。だからこそ、設計者のスキルやセンスの活躍する領域がでてくる。

設計者に、スキルの高低とかセンスの良しあしがあることを、否定するエンジニアは少ないだろう。毎回、画一的な答えを出すだけなら、ロボットでも代替できる。だが、設計者はロボットではないはずだ。では、設計者という人間のスキルやセンスとは、何を指すのか。

当たり前だが、それは、「良い設計」を作れる能力を意味している。誰が見ても、「うーむ、良い設計だ」と感心する出来栄えのアウトプットを、ある程度コンスタントに生み出せる能力。そういう人は、スキルが高い、センスが良い、と言えよう。

では、「良い設計」とは、何なのか? 

良しあしを言うからには、そこに、何らかの評価尺度と基準があるはずである。前回の記事では、機能・構造・制御の3要素に関連して、3つの評価項目を取り上げた。

(1) 有用性:有用でないモノは、作るに値しない。有用性とは「機能」が生み出すもので、設計対象の性質やふるまいのうち、使用者の期待に合致する(あるいは他の機能を助ける)部分を指す。若干ニュアンスはかわるが、「機能性」と呼んでも良い。

(2) 存続性:ちゃんと存続しないモノ(作っても瞬時に壊れるような物)は、使えない。存続性は、「構造・形状」(と材質)が、保証する。力学的安定性ともいう。ただしソフトウェアのような無体物は、構造的単純性(スパゲッティ状態でないこと)で置き換えて、解釈すべきだろう。

(3) 操作性:使用者の意思に沿って動かないモノは、使えない。操作性は、「制御」の機構が実現するもので、制御性といっても良い。普通はそのために、ユーザ・インタフェースが必要になる。

言いかえると、ユーザの期待を上回るような機能・性能があり、形状や構造は単純ながら堅牢安定で、かつユーザの意のままに動かせるようなモノを作れたら、良い設計だという事になる。

しかし、評価基準はこれだけか? そんなことはない。

まず、真っ先に設計者の脳裏に浮かぶのは、『コスト』であろう。コストが優先、コストは安いほうが良い。これは多くのエンジニアに刻み込まれた価値観だ(とくに日本では)。もちろん、正確に言うと、「同じ性能や品質が実現できるならば、コストは安いほうが良い」である。コストダウンで性能や品質が犠牲になっては、本末転倒だ(だが、しばしば設計者が、「コストダウン優先」という『転倒』を、要求されたりするのが見受けられるが)。

その「コスト」はさらに、設計作業それ自体の人件費、材料部品の購入費、そして製造や検査の労務費、機械設備の減価償却費や光熱費、などから構成される。このうち、最後の製造間接費は普通、企業の製造部門が固定費として担うので、設計部門の責任範囲外だ。しかし設計人件費・材料費・労務費のどこまでが、設計部門の「コスト」の対象になるかは、その企業の組織ポリシー次第でかわる。

だから、ある者は、たとえ材料費が少し増えても、製造の手間が下がれば、全体コストが下がるから「良い設計」と思い、別の者は、材料費さえ下がれば、製造が面倒になっても「良い設計」だと考える(労務費は設計者の責任範囲外の場合)、といった現象がおきる。もちろん、設計作業の人件費しか見ない者もあるだろう(製造を外部企業に委託している場合など)。このように、何が良い設計なのかは、その会社の経営のモノサシにかなり依存するのだ。

さて、同じ性能や品質が実現できるなら、コストは安いほうが良い、と上に書いたが、では「性能」や「品質」は、どんな評価尺度なのか? とくに設計が実現すべき『品質』とは何なのか。まさか、製造品質のことではあるまい(さすがに普通それは製造部門の責任だ)。では、設計図や仕様書に誤りがないこと? 誤字や転記ミスがなければ、「良い設計」になるのか? それって最低限、守るべきことではないか。

設計における品質の問題とは、ユーザの要件や無意識的期待への合致、で測られるべきであることを思い出そう。そこで、よくITの分野で行うように、「機能要件」と「非機能要件」という角度からとらえなおすほうが、分かりやすい。

 性能=機能要件に属する特性
 品質=非機能要件で決まる特性

たとえば自動車でいえば、『移動』という主要な機能目的に直接付随する特性、つまり走行距離、最高速度、可載重量、馬力、加速性、燃費、回転半径などが、性能の範囲だ。逆に、高速安定性だとか剛性だとか衝突安全性、そして空間の広さや居住性、運転のしやすさといった非機能要件が、品質と関係する。良い設計というのは、機能要求を満たしつつ、非機能要件も適度に満足させるバランス感にある。

つまり、設計とは、与えられた制約条件の中で、複数の評価尺度を、なるべく最大化するような設計変数の組を見つける作業である、ととらえることができる。ORの分野の用語でいいかえると、設計とは多目的最適化問題なのである。

そして、複数の評価尺度の間には、しばしば、「あちらを立てればこちらが立たず」というトレードオフの関係が生じる。自動車の例を続けると、走行距離を伸ばすには燃料タンクを大きくすることになる。だが、そうすると車体重量がまして、燃費や加速性が犠牲になる。加速性を上げるためにエンジンの馬力を上げると、今度は燃費が下がる、じゃあ車体を軽量化しようとすると、高速安定性が損なわれるし材料コストが上がる、といった具合だ。

AI(機械学習)の分野には、「ノー・フリー・ランチ定理」と呼ばれる定理がある。すべての最適化問題に対して、最強の性能となるようなアルゴリズムは存在しない、という定理だ。魔法の「銀の弾丸」はない、といってもいい。設計で突き当たるトレードオフの問題は、この定理を思い出させる。どこかを強めると、どこかが弱くなるのだ。

そこで、評価尺度の間にトレードオフが生じるとき、どの項目を優先して、どこは犠牲にすべきかを決める、より高いレベルの指針が必要になる。これを『設計思想』Design phylosophyと呼ぶ。良い設計とは、すなわち設計思想の明確な仕事である。ジョブズの生みだしたiPhoneは、たしかに設計思想の明確な製品だった。逆に設計思想の薄弱な、八方美人的な製品は、個性が薄く人を引きつける力が弱くなる。

もっとも、自動車や携帯電話のような複雑なシステム製品の設計となると、それ自体が設計変数の多い大規模な問題で(部品点数だけでも相当になる)、評価尺度の項目も多く、非常に難しい。これに比べて、前回取り上げた、椅子の設計だったら、形状も構造もずっと単純だ。設計変数も、ずっと少ない。座面の高さや耐荷重量、脚の本数などの主要な設計パラメータは、たぶん所与で決まっているだろう。

そのような場合、主に問題となるのは、形状と材質を与えたとき、所定の力学的強度を満たすかどうか、のチェックであろう。これなら単純なシミュレーション計算(場合によっては手計算)で確認することができる。さらにキャスターなどの制御機構を考え、総重量を求め、部品表とコストを計算し・・という具合に、設計作業は順次、進んでいく。こういう仕事ならば、手順書を作って、スキルの低い設計者や外部に委託することも可能になる。

いや、もっと単純な設計作業だって、無いわけではない。それは、あらかじめ決まっている選択肢の中から、要求仕様に基づいて、条件に合致する物を選ぶような作業である。わたしの職場では、よくこうした仕事を「カタログ・エンジニア」とよんだりする。分厚いカタログの中から、適切な製品や部品を選んで、その特性を仕様書に転記するだけの作業だからだ。

このように考えると、設計という仕事には、カタログから選ぶだけの単純な作業から、複雑なシステム製品の内部構造と制御機構を実現する仕事まで、大きく4つくらいのレベルがあることが分かる。それは、考えるべき設計変数の数と、評価尺度の複雑性に応じて、図のようにマッピングすることができよう。
AIで設計を自動化できるか? (2) 〜「良い設計」の条件を考える_e0058447_08224645.jpg
つまり、設計行為には4つのレベルがあると考えられる

1. 選択的決定:いわゆるカタログ・エンジニア
2. 演繹的決定:設計計算で主要な設計変数を逐次導出する
3. 最適化決定:評価関数を最大化する設計変数の組を探索する
4. システム合成:多軸的な評価関数をバランスよく満たすような構造と制御機構を合成する

当然ながら、この順番で設計は難しくなる。ただ、4の「システム合成」の高度な大仕事も、その中のプロセスを細かく分解してみると、部分的機能モジュールの最適化決定や演繹的決定、あるいは単純な部品の選択的決定、などが含まれているのが分かるだろう。そして設計チームの中で、スキルに応じて、そうした作業が振り分けられていくはずである。

このように考えると、AIで設計を自動化できるか、という問いに、さらに一歩近づいた訳である。その答えについては、次回の記事で考えてみよう。


<関連エントリ>
 →
(2019-09-22)



# by Tomoichi_Sato | 2020-05-15 12:18 | 考えるヒント | Comments(0)

設計とはどういう行為か、AIで設計を自動化できるか?

2月の中旬、まだ大勢の人の集まる会合が可能だった頃(なんだか遠い昔のようだが)、「日本学術振興会 プロセスシステム工学第143委員会」(通称「PSE143委員会」)という場に招かれ、講演をさせていただいた。会合全体のテーマは「新しい設計手法・視点」で、わたしは『システム設計は果たして工学たりうるか?』と題するお話をした。

設計とは何か、という問題について、最近あれこれの角度から考えてみている。わたし自身はエンジニアリング会社でずっと働いており、とくに駆け出しの頃は、設計部門でキャリアを積んだ。今は設計の現場から離れてしまったが、今でも設計の良し悪しこそ、その後の仕事の質や利益を、大きく左右すると信じている。そして、プロジェクト・マネジメントの分野に設計論が欠けていることが問題だ、とは以前も書いたとおりだ。

では、ひるがえって、設計とはどういう行為なのか、設計の質とは何が決めるのか、そして昨今皆が注目しているAI(人工知能)という道具は、設計において役立つのかどうか。こうした議論は、あまり十分されていないように感じる。そこで、上記の講演の内容を一部再録する形で、読者諸賢の検討の俎上に差し出そうという次第である。

ちなみに委員会の名称にある「プロセスシステム工学」とは、簡単に言うと化学プラントの全体設計及び制御に関する工学、というほどの意味である。プラントというのは、外観を見た方はご存知の通り、装置や機器を多数の配管が網の目のように縦横無尽につないだ形をしている。あれ自体が、非常に複雑なハードウェア・システムなのである(もちろん制御ソフトウェアもその上で動く)。だから、わたしの講演タイトルにある『システム設計』は、ITソフトウェアの設計というよりも、もっと広い意味でとらえていただきたい。

さて。そもそも、設計とはどういう行為なのか。設計という仕事を、真っ向から研究対象としてとらえた学問は存在するのか。すなわち、『設計論』の系譜とは、どうなっているのか?

不思議なことに、ここがまず、出発点として曖昧なのである。読者の中には理工学系の教育を受けた方も少なくないと思う。では、一般的に設計とはなにか、どういう原理で考え、どう進めるものなのか、教わった方は多いだろうか? わたし自身の記憶は、あいまいだ。工学部では、それぞれの専門領域の手法論は細かに教わる。だが、分野を横断した、一般的な設計論というのを、あまり聞いた覚えがない。

じつは早くも1960年代に、この点を問題視した人がいた。後に東大総長となる故・向坊隆である。彼は応用化学系の研究者だったが、戦後日本における工学教育の見直しの必要を説き、エンジニアが共通に学ぶべき『基礎工学』の21の科目を提案した。その第10科目が「設計論」で、第21科目は「システム工学」だった。

設計論を担当した渡辺茂は、後に著書「設計論」(岩波書店、1975)をまとめる。彼の「設計の定義」は、こうだ:

「設計とは思いついた“あるもの”に具体的な形を与え、その着想の正しさを確認することであって、次の三つの行動からなりたっている。
1. “あるもの”を作りたいときめる
2. それに形を与え、使用する素材をきめる  
3. その作り方をきめる」
設計とはどういう行為か、AIで設計を自動化できるか?_e0058447_19543325.jpg
・・感心しましたか?

率直に言うと、「何それ?」というのが、読んだ時のわたしの感想だ。渡辺茂は機械工学の人だった。だから形と素材に、主要な関心がある。しかし、電子回路の設計や、プラントの制御方式に悩んでいる設計者にとって、<形を与え、素材を決める>と言われて、心に響くとは、とても思えない。ソフトウェア設計者には、いうに及ばずだろう。

もう少し時代が下って、1979年。東大の精密機械工学科の吉川弘之は、設計についての公理的理論として『一般設計学』を提案する。一般設計学では、基本的な概念として「実体」,「実体概念」,「属性概念」が定義され、位相空間論の方法が用いられる。たとえば、「公理1(認識公理):実体は属性(あるいは機能,形態などの抽象概念)によって認識あるいは記述することが可能である」、といった具合だ。

わたしはここで、その内容を詳しく解説するつもりはない。あまりに抽象的で難解だからだ。もしご興味があれば、たとえば、下記の講義録などを参照されたい。

また、後に角田譲は、位相空間論ではなく「チャンネル理論」の数学的枠組みを用いて、「抽象設計論」を提案する(2001年)。その内容については、以下の文献も参考になる。
菊地誠(2003): 一般設計学と抽象設計論に関する考察. 京都大学数理解析研究所講究録 1318, 136-148,

ただ、エンジニアとして正直に言うと、上記のような公理論的な枠組みをいただいても、実際の設計の仕事にどう活かしたらいいか、さっぱり分かりません、との感想になってしまう。

という訳で、いつものことながら、自分で納得できる答えを自分で考えるしかない、という事になった。
設計とは、どういう行為か? わたしの答えは、こうである。

設計とは、『機能を形状・構造に落としこむ』作業である。
設計対象に可動部分があったり、対象が入力を出力に変換する仕組み(システム)である場合は、その構造に、制御機構を与える作業が続く。

これだと分かりにくいだろうから、具体的な例をあげてみよう。たとえば、椅子を設計することを考える。

椅子は、人がその上に一時的に腰掛けるためのものだ。すなわち、一定の高さに座面を提供することが、その機能である。そこで、座面の高さ、かかる体重(外力)などが、主要な設計パラメータになる。設計パラメータというのは、問題固有の特徴的な設計変数のことだ。
設計とはどういう行為か、AIで設計を自動化できるか?_e0058447_19565226.jpg
野良の切り株だって、座る役には立つ。だから、考えている椅子が、もし「切り株」のように、単一の材料からなる場合、形と材質だけを決めれば、事足りる(構造の概念は不要だ)。

だが、もちろん異なる形状と材質からなる、座面と、それを支持する脚部からなる「構造」を考えてもよい。そして普通の椅子は、そうなっている。この場合、座面の広さ・材質、座面を支える脚の形状と本数、地面との接し方、などの設計変数を決める。

その上で、手で持ち上げられる重さにおさめたい、とか、耐荷重は最大100kgとか、回転できるようにしたいとか、背もたれも必要だとか、さまざまな要求仕様や、製造上の制約条件を加味して、考えを進める必要がある。

最終的には、製造する人にとって必要な、製作図面と、部品表(BOM)と、製造仕様書とを設計のアウトプットとして出さなければならない。もし売り物にするならば、さらに「使用説明書」(ユーザマニュアル)もいるだろう。

ところで、椅子の設計において、形状や構造はたしかに分かる。だが、椅子の「制御」とは何だろうか? そんなものは必要なのか? どこかにマイコンをつけて、モータをサーボ制御するのか?

そう思うのは、制御ということを、現代制御理論の枠組みで捉えすぎるからである。制御の原義とは、「設計対象のふるまい方を、ユーザの意思や動きに合致させる仕組み」なのだ。それはユーザとの入出力操作により、性能(有用性)や安定性を変えるメカニズムである。

椅子の場合はどうか? たとえば、キャスターつきの脚部は、ある意味、椅子の位置を「制御」しやすくするための仕組みだ。また、そのキャスターにストッパーがついていたら、それは移動性のみならず、安定度を確保するための制御の仕組みでもある。また、座面の高さや、背もたれの角度の調節メカニズムだって、立派な制御機構である。

ちなみに、上に述べた「機能」と「構造」の概念についても、きちんと記しておいたほうがいいだろう。

機能とは、設計対象のふるまいや、対象がもたらす変化のうち、ユーザの期待に合致して(あるいは他の機能とつながって)有用なところを意味する。すなわち、製品の生み出すアウトプット(物・運動・情報)や、あるいは働きを「機能」と呼ぶのだ。椅子ならば、座面を提供して人の体重を支えることが、主たる機能である。ちなみに、アウトプットや変化を生むだけでなく、自然な変化を防ぐ事も、「働き」の一種である。だから、塗装は鉄のサビを防ぐ「機能」を持っている、という。

構造とは、モノとして存続性(安定性)があり、そのふるまいにおいて機能(有用性)がもたらされるような、要素の形と材質の組合せをいう。なお、これは設計対象が、物理的な実体を持つような場合の話である。ソフトウェアとか、あるいは「企業組織を設計する」際のように、実体がない設計対象の場合は、「構造」とは、要素的な機能のかたまり(モジュール)と、その連携関係のことを示す。

余談だが、宮崎駿の映画「風立ちぬ」で、主人公の堀越二郎が、食堂で出てきた魚の骨をつまみあげて、「なんて見事な形なんだ」と賛嘆するシーンがあった。堀越は航空機工学のエンジニアだから、部品の形状に、非常に興味がある。

機械・土木・建築など、物理的な形状に近い設計の分野では、『形状』は機能と、構造(力学的構造)を橋渡しする、重要な要素である。だから最初の定義に、『機能を形状・構造に落としこむ』と書いたのだ。ちなみに電子回路の設計や、化学プラントのプロセスシステム設計(=プラントの回路設計)では、機能的な要素の結合関係が重要であって、物理的な距離は、まあ副次的な役割にとどまる。そして無体物の設計では、形状は問題にならない。

少し長くなってきたので、これまでのところを簡単にまとめよう。

1.設計とは、『機能を形状・構造に落としこむ』作業である。必要な場合は、さらに制御機構を与える作業が続く。

2.機能とは、設計対象のふるまいや変化のうち、ユーザの期待に合致する(あるいは他の機能とつながる)ところを意味する。つまり「有用性」が評価基準となる(無用なものは設計する価値がない)

3.構造とは、設計対象を構成する要素の形と、つながり・組合せを意味する。機能として期待するふるまいをし、かつモノとしての「存続性」(力学的安定性)が評価基準となる

4.制御とは、設計対象のふるまい方を、ユーザの意思や動きに合致させる仕組みであり、ユーザとの入出力操作により、性能や方向性・安定性を変える。つまり「操作性」が評価基準となる

さて、わたし達が工学部で習うような実験手法とか、あるいは利用可能な計算ソフトなどがやってくれる仕事は、基本的に「形状・構造が与えられたときに、その性能・ふるまいを計測・予測する」道具である。有限要素法による構造力学計算も、空洞実験やCFDの流体力学計算も、電子回路シミュレータも、分子軌道法による計算化学も、そうした手法論である。

だが、設計という仕事において必要とされるのは、ちょうどその逆の動きだ。つまり、
「形状・構造 → 機能・性質」
ではななく、
「機能・性質 → 形状・構造」
を考えなければならない。

形状・構造から出発して、機能や性質を導出するプロセスは、手順は複雑かもしれないが、答えは一意に決まる。しかし機能から、それを実現する構造・形状を求める作業は、一意に決まるとは限らない。おそらく非常に広い可能性の領域から、適切な形状や組み合わせを求める必要がある。

つまり、設計とは典型的な逆問題なのである。『逆問題』とは、アウトプットからインプットを推測する(あるいはインプットの変換プロセスを推定する)タイプの問題だ。そして、逆問題の答は、一意に決まらない場合が多い。でも、設計においては、何か答えを出さなくてはならない。だから、ここに設計者の経験値や「センス」が介在する余地が生まれるのだ。

設計という仕事には、サイエンスだけでなく、アートの部分がある。「良い設計」と「ダメな設計」が分かれるのは、このためだ。答えが一つしかないなら、設計に良し悪しなど生じるはずがない。だが、現実には設計者のスキルが、重要な役割を果たすのだ。

こう考えてくると、「AIで設計を自動化できるか?」という問題も、アプローチの方向が見てくる。長くなってきたので、この続きは項を改めて、また書こう。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2020-05-07 20:07 | 考えるヒント | Comments(0)