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お知らせ:BOMをテーマとした1日集中セミナーを6月19日に開催します

お知らせです。久しぶりに、BOM/部品表をテーマとした1日集中セミナーを開催します。リアル開催としては4年半ぶり、オンラインだった前回から数えても、2年半ぶりになります。

「部品表の本って、どれくらい売れるんですか?」と、最近ある人から尋ねられました。「残念ながら、それで飯を食えるほどには売れませんね」というのがわたしの答えです。拙著『BOM/部品表入門』は2004年刊行で、おかげさまで20年間、版を重ねていますが、累計で1万部ちょっと。年に数百冊しか売れないことが、お分かりいただけると思います。

たとえ大きな製造業の会社でも、部品表の登録と維持に関わる業務をしている人の数は、ほんのひと握りです。どんな会社でも製造業である限り、部品表は必要ですし、持っているはずです。部品表がなければ、部品原材料を外から買ってくることができませんから。でも、この問題に真剣な関心を持つ人は、事の重大さに比して、決して多くないのです。

しかし、BOMデータをなおざりにした結果、何が起きるでしょうか? 製品開発のリードタイム長期化、設計部品表E-BOMと製造部品表M-BOMの乖離、品目マスタのコード爆発、トレーサビリティ追跡不能、などなど、その影響はボディブローのように効いてきます。行き着く先は、「不要なモノがあふれているのに、必要なモノが見つからない」、すなわちマテリアル・マネジメントの混乱と見えないコスト上昇です。

ちなみに、わたしがBOM/部品表のセミナーで、出席者の方によくたずねる問いに、

  • 「岩手産の牛乳1ℓ瓶と、十勝産の牛乳2ℓパックは、同じモノでしょうか?」

という問題があります。これは、誰もが知っている牛乳を材料に、「あるモノが同一であるか異なるかは、誰がどう判断するのか?」を考えてもらうための例題です。

二種類のモノが同じか違うか、それは自明だろう、というのが大抵の人たちの認識です。 でも厳密にあらゆる点で全く同一のものなど、この世に2つと存在しないわけです。では、同一部品のはずだが、サプライヤーによって性状が微妙に違うときは、どうするべきか。同じ製品なのだが品質によって納入先を区別しなければならないときは、どうしたらいいのか?

マテリアル・マスタ(品目マスタ)は部品表の基礎で、そこに登録されてない品目は、部品表にも登場しません。だとしたら、品目マスタには何を登録すべきか。マスタを照合した際に既存品と少しだけ違う場合、それが新規品目とすべきかどうか。判断の基準が必要です。こうした基準への納得のいく説明は、世の中にあまりないと思いませんか?

もう一点。本セミナーでは、『BOM/部品表入門』 で扱えなかった、BOP = Bill of Processesという言葉についても解説します。BOPは20年前には殆ど使われていなかった用語ですが、M-BOMの充実(複雑化?)と共に、認識されるようになりました。ただし、BOPという概念の意義や範囲については、まだ世の中で完全に定まりきっていません。しかし工場スマート化と製造実行システムMESでもますます重要になる、このBOPについても説明をいたします。


<記>

BOM/部品表の基礎とBOM構築の留意点および応用テクニック
日時: 2024年06月19日(水) 10:30 ~ 17:30
主催: 日本テクノセンター
会場: 〒163-0722 東京都新宿区西新宿二丁目7番1号
     小田急第一生命ビル22F セミナー

内容詳細および申込み: 下記をご参照ください
(コンテンツ項目および説明順序は、参加者のニーズに応じて多少変える場合があります)


有償のセミナーですが、大勢の方のご来聴をお待ちしております。

佐藤知一


# by Tomoichi_Sato | 2024-04-24 08:27 | Comments(0)

書評:科学の終焉(おわり) ジョン・ホーガン著、筒井康隆監修・竹内薫訳


科学の終焉』 (Amazon)

1994年の春、アリゾナ州フェニックスにあるサンタフェ研究所で「科学的知識の限界」をテーマにした、3日間の研究会合が開かれた。参加したのは、数学者のキャスティ、計算機科学者トラウプ、情報理論のチェイティン、カオス理論のカウフマン、天体物理学者ピエト・フット、情報物理学者ラウダウアー、経済学者アーサー、生化学者ロスラー、といったそうそうたる面々。著者のジョン・ホーガンもこの会合に参加し、その有様を生き生きと伝えている。

活発な議論が交わされ、とても生産的な会議だったと、参加者たちは評価した。だが、著者の意見は少し違うようだ。このような会議が、学際的な複雑系研究のメッカである、サンタフェ研究所で開かれたこと自体、現在の科学が直面している。難しい状況を示している、と。

難しい状況とは何か。それは、現在の科学において、偉大な発見が生まれにくくなりつつあり、経済学で言う「収益逓減の法則」に似た、スローダウンの時代に入ってきているらしいことである。

その前年にあたる93年、米国議会は、超伝導超大型加速器SSCの建設予算承認を拒否した。このプロジェクトは、既にその時までに約1700億円の費用を投じて、テキサスの平原で掘削工事を行っていたにもかかわらず、中止されたのである。理由は、金がかかりすぎるから、そして得られる科学的成果に対して、それだけの価値を米国として見出せないから、であった。

現代科学は、少なくとも素粒子物理学は、ビッグサイエンスと化し、次第に巨大な研究施設と大勢の人員を必要とする方向に進化してきた。だが投下した資本に、見合うだけの巨大な研究成果が生まれているのだろうかというのが、社会からの問いだ。

とはいえ、著者のパースペクティブは、単なる資本効率の問いよりも、もっと広い。著者ジョン・ホーガンは、米国を代表する科学雑誌の一つ『サイエンティフィック・アメリカン』のベテラン・サイエンス・ライターだ。本書で彼は、膨大な数の科学者・研究者とインタビューし、彼らの科学に関する楽観主義の裏側にある焦りや戸惑いを、見事にあぶり出す。

その戸惑いとは、科学には結局、究極の答え=「最終理論」が存在するのかどうか、そして存在するのだとしたら、それを見つけた後、科学は一体何をやればいいのか、と言う問いだ。逆に、それがもし存在しないのなら、科学とは何に向かって進むべき営為なのか? これらが現代の最先端の科学者の胸の内にある、ひそかな疑問らしい。

この問題に関する、物理学者ロジャー・ペンローズとの対話から、本書が始まる。ペンローズは、一般相対論の特異点定理とブラックホールの予言で有名なノーベル賞物理学者だが、インタビューの時点では、脳科学と心の問題について、非常に独特な角度から研究していた。究極の答えはあるはずだ、だがそれを発見してしまったら、科学者のやることは終わってしまうだろう、とペンローズは考えていた。

分子生物学者のステントは、もう少し別の面から、科学のスローダウンについて警鐘を鳴らしていた。生物学の究極の問いは、生命の発生、多細胞生物への発現、脳の情報処理機能、の3つだ。そして科学の進展スピードは、すでに発見された成果に比例しつつ、対象領域に残る未知の部分に制約される。分子生物学はもちろん有用だが、もうすぐ減速期に入るかもしれない。それが彼の見通しだった。

情報理論学者のチェイティンは、最終理論について、もう少し理論的な面から疑問を投げかける。チェイティンは「与えられたコンピューター・プログラムが、ある問題を解決するのに1番『簡潔』なものかどうか、誰も決定できない」ことを証明していた(p.452)。これはすなわち、「真の最終理論、すなわち、最も簡明に自然を説明できるような理論を発見したかどうか、物理学者が確信する事は決してない」(同)、という意味を内包する。

本書のすばらしいところは、こうした問いかけを、極めて広い分野の科学者たちと、それも世界のトップクラスの天才たちと交わしつつ、多角的に、科学のスピードダウンについて描いていることだ。扱われる分野は物理学、宇宙論、進化論生物学、社会科学、神経科学、カオス・複雑系量、などである。

無論、足りない分野をあげつらうことはできよう。例えば、化学がない、生態学がない、医学がない、など。数学はどうなんだ、と言う問いだってあろう。著者の関心が、やはりなんといっても物理学にある事は、隠しようもない。物理学こそ科学の中心、学問の女王である(と物理学者たちは内心思っている)。

したがって、監修者の筒井康隆が序文で指摘しているように、第3章「物理学の終焉」が本書の白眉と言える。「物理学は、絶対に実証不可能な理論の発明(「発見」ではなく)をして以来、(中略)誰かが安上がりで高エネルギーを作る方法を見つけるまで、何もすることがなくなってしまった」(p.4)。筒井康隆は監修者としては殆ど何も貢献していない、と書いているが、にもかかわらずこの序文は秀逸で、さすがである。

ちなみに、わたしの個人的な感想だが、物理学における『超ひも理論』、言語学の『チョムスキー言語理論』、多くの『新古典派ミクロ経済学』、そして一部の『数理生態学』などは、ほとんど実証の手段を欠いている、ないし実証に興味を示さない点が、共通している。これらは論理的に美しい構築物だが、科学ではない、というのが、わたしの素人的な偏見である。

それにしても、じつは本書でわたしが最も心惹かれたのは、科学哲学者たちを扱った第2章であった。科学の終焉を扱うに際して、科学論を研究してきたポパーや、トマス・クーン、ファイヤアーベントなどに語ってもらうのは、とても重要だろう。

著者の叙述のスタイルは、インタビュー相手の発言を記すのみでなく、相手の身なりや表情、癖、さらにパートナーとのちょっとした対話なども含む、文学的で奥行きのあるものだ。特に、反骨の科学哲学者ファイヤアーベントと、そのパートナーであるイタリア人物理学者グラツィア・ポリーニの描像など、忘れがたい印象を残す。

ちなみに最終章で著者は、目立たぬ形ながら、自分の一種の神秘体験について触れている。神秘体験というのは、いわば、宇宙の真理なり啓示(つまり「究極の答え」)と、言語を超えて直接一致を体験することである。これは若い頃の体験らしいが、長い間著者のうちにあって、科学の終焉という問いの形で、あらためて発芽したのだろう。しかし、アメリカのジャーナリストらしく、この問題に対して極めて真摯に、時間をかけ、多数の人との意見交換を通じて、取り組んでいる。

原書は1996年に発刊され、翌97年に邦訳された。竹内薫氏の若い頃の訳業だが、これだけの浩瀚な内容を、稚気のある文体で、非常に良くまとめている。2000年に文庫化されているが、現在は品切れのようで、わたしは古書店で入手した。しかし、非常に面白い本である。

そして、本書発刊から30年近く経った今、物理学者をはじめとする多くの科学者や、科学ライター・編集者たちが、科学に本当にスローダウン現象が起きているのかについて、どう考えているか、ぜひ意見を聞いてみたいところである。



# by Tomoichi_Sato | 2024-04-16 19:12 | 書評 | Comments(0)

モダンPMへの誘い 〜 EVMSというツールの「使用上の注意」

さて。すでに数回に渡り、Earned Value Management Systemについて書いてきたので、読者の皆さんも、そろそろ飽きてきた頃かもしれない(笑)。

でも本当は、これから以下に書くことを述べたいがために、その前説としてEVMSの基礎について解説してきたのである。ということで、あと1回だけおつきあい願いたい。

すでに述べたように、EVMSはロジカルで素晴らしい、プロジェクト・コントロールの手法である。ただ、現実に適用するには、重大な課題をかかえているとも思える。課題は、わたしの見るところ、大きく三つある。

まず第一に、予算 Budget が明確なプロジェクトでなければ利用できないことである。これは自明だと思う。スコープが契約で明確に規定された『XX構築プロジェクト』を、一括請負で率いているときは、EVに何の曇りもない。

しかし、あなたが仮に某化学会社の研究所で、これから何年かかるか判らない新型アンモニア合成プロセスの開発プロジェクトをやっているとしたら、どうだろう?。あるいは、本社で『意識改革プロジェクト』なる漠然としたテーマを、総務本部長から与えられたら、どうするか?

世の中の多くのプロジェクトは、最初はスコープを定義するフェーズからスタートする。そして、このフェーズだけで数ヶ月とか、ときには1年以上もかかる。エンジ会社だとかSIerといった業種は、すでにスコープがかなり確定したプロジェクトをビジネスの対象としているが、その前の、もやもやした段階は、顧客(プロジェクトの投資主体)がさばいているのだ。

そして、このスコープ定義の間はずっと、EVMSは進捗報告において、無力である。だって、どこまで行ったら終わりか、よくわからないのだから。

第二の問題点は外部調達コストに関わる点で、もう少しやっかいかもしれない。前回記事『モダンPMへの誘い 〜 EVMSでは、いつ費用を計上すべきか』でも論じたとおり、実績コストACの計上タイミングを、どこに設定すべきか、という問題だ。コスト発生には、発注時・請求時・支払時の3種類がある。これを費目・WBSごとに個別にバラバラに選んでいたら、計画と実績の対比に意味がなくなってしまう。であるから、できれば統一した基準を決めたい。

そしてハードの購入や一括発注などでは、発注書(PO)を切ったら、もう予算上ではかなり確定である。1億の予算で、8千万のPOを切ったら、あとは2千万しか自由に使える残りはない。だとしたら、予算管理の観点からは、極力早めのタイミングで出費をつかまえるのが、良いように思える。

ところが、実は発注書を切ったあとで、しばしば追加変更とAmendが出る。そんな、生煮えの状態でACを計上すべきなのか? そもそも、調達(ベンダーの製造)というアクティビティはまだ始まったばかりじゃないのか。アクティビティが完了したらEV/ACを計上するって、最初の方の回で書いていたはずだぞ。

その通りである。これは、一括発注で何かを調達する際に出てくる悩みだ。そこで発注時に出費を計上する場合、ETCの変化を予測するツールを別に作って、コントロールして行く必要がでてくるのだ。でも、だとするとEVMSは補足ツールがいるということではないか。

第3の課題は、さらに深刻だ。EVMSでは、全てのアクティビティにコストを配布して積算する。その結果、クリティカル・パス上に乗っているアクティビティも、そうでない雑多なアクティビティも、すべてコスト配分の重みで評価される。

したがって、クリティカル・パスが遅れていても、他の多数のタスクが予定よりも進行していれば、プロジェクト全体は滞りなく進んでいるかのように見えるのである。プロジェクト全体は遅れているのに、どうでもいいアクティビティだけを急がせて、進捗率を稼ぐことができてしまう・・・

EVMSを使う人は、これら問題点を十分理解した上で、賢明な使用法をされるよう望みたい。


<関連エントリ>
「モダンPMへの誘い 〜 EVMSでは、いつ費用を計上すべきか」 https://brevis.exblog.jp/30869005/ (2024/3/25)


# by Tomoichi_Sato | 2024-04-07 23:10 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

新刊のお知らせ:『ITって、何?』電子書籍がAmazonから発売されます

久しぶりの著書発刊のお知らせです。拙著『ITって、何?』 がAmazonから発売されます。電子書籍版は定価99円(Kindle Unlimitedならば無料)で、とてもお得です。

内容は文字通り、ITの入門書で、わたしの好きな対話形式による解説になっています。郷里に向かって車を運転中のITエンジニア(男性)が、助手席の翻訳業の女性に向かって、ITというものの本質は何なのか、どういうインパクトを社会に持ちうるのかを説明します。

対話は「20の扉」風のQ&Aで構成していて、助手席の女性が質問し、運転席のエンジニアが回答するのですが、ただし「○○って何?」(What is ...?)という質問だけは受け付けない、というルールになっています。

Whatの質問をすると、何か道具のメカニズムの説明になりがちです。しかしメカニズムの説明では、ITの本質への洞察は滑り落ちてしまうからです。エンジンの機械工学的な説明をいくら積み重ねても、馬車と機関車の時代に自動車が現れた意義とインパクトは理解できないように。

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実際の20の質問は以下のようになっています:

  • 疑問のはじまり

  • 第01の扉 どうして、誰もITって何かをちゃんと説明してくれないの?
  • 第02の扉 ITを理解している人を見分けるにはどうしたらいいの?
  • 第03の扉 情報技術という言葉はどこからきたの?
  • 第04の扉 定型と非定型はどこがちがうの?
  • 第05の扉 全角と半角は何がちがうの?
  • 第06の扉 バーコードには何のデータが入っているの?
  • 第07の扉 POSレジは何のデータを集めているの?
  • 第08の扉 コンピュータ抜きでもITって可能なの?
  • 第09の扉 IT屋さんは実際の物事をどうデータに翻訳するの?
  • 第10の扉 データの世界に文法ってあるの?

  • インターチェンジ『データをデザインする方法』

  • 第11の扉 インターネットはなぜタダなの?
  • 第12の扉 ホームページはデータベースの親戚なの?
  • 第13の扉 情報の値段ってどうやって決まるの?
  • 第14の扉 システムの値段は誰が決めるの?
  • 第15の扉 システムの値打ちは何で決まるの?
  • 第16の扉 ITビジネスの成長のパターンってどうなっているの?
  • 第17の扉 IT業界で成功する秘訣はあるの?
  • 第18の扉 日本はIT先進国なの、それとも遅れているの?
  • 第19の扉 私でもネットにお店を開けるかしら?
  • 第20の扉 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?

上の問いにすべて自信を持って答えられる方は、本書をお読みになるには及びません(笑)。しかし、一つでも疑問を感じられたら、良ければ本書を手に取って見てください。 少なくとも、Amazonの試し読みで、目次と最初の対話の章だけでも、読んでいただけると幸いです。

ITの解説書ですが、あえてプログラム言語のことは何も触れていません。それもこの本の特徴の一つだと思います。その代わり、データモデルのE-R図の初歩は出てきます。IT専門家になるにはプログラム言語の習得が必須ですが、ユーザとしてITを「ちゃんと理解したい」(助手席の女性の言葉)ためには、むしろデータ構造の認識の方が、はるかに重要ですから。

なお「新刊」と書きましたが、この対話編はじつは(本サイトの昔からの読者の方はとっくにお察しの通り)わたしが2002年に書いた文章の編集採録です。わたしの以前からの友人で、研究部会仲間である未来生活研究所の代表取締役・串田悠彰さんが、弓削商船高等専門学校でITに関する講義を持たれる際の副読本として、電子書籍の形で編集してくださったのです。スマホでも読みやすいよう、編集上の工夫が加えられているのも良い点です。

ちなみに最初は高専の副読本のため、無償配布を考えたのですが、Amazonの規約のために制限があり、最低限の値段をつけることになりました。原文は今も、本サイトから無料で読めますが、電子書籍版の方が自分でも読みやすいです。なお、紙の製本版もオンデマンド出版で入手可能ですが、1,650円します。マニアのコレクターズ・アイテムと思ってご購入ください(苦笑)

20年以上の前の本で、中に出てくる単語も古いものがあります(スマホ以前の時代で、かわりにi-modeという言葉がちょっとだけ登場します)。しかし、内容を改めて読み直しましたが、ほとんど書き直す必要を感じませんでした。それは、ITの本質があまり変わっていないからです。それは、スマホや、クラウドや、生成AIといった道具立てが次々に登場しても、あまり変化していません。

その変化しない本質とは何か? それを知りたい方は、どうかぜひ、本書をご覧ください。




# by Tomoichi_Sato | 2024-03-30 19:18 | ITって、何? | Comments(0)

モダンPMへの誘い 〜 EVMSでは、いつ費用を計上すべきか

前回の記事『モダンPMへの誘い ~ プロジェクト・コントロールの目的とEVMS』 (2024-02-25)では、「コストとスケジュールのコントロールの主要目的とはプロジェクトの着地点予測である」と書いた。つまり、あなたのプロジェクトはいつ終わるのか、完了時点ではトータルでいくらの費用を使うことになるのか、を予測することが眼目だ。その計算では、現時点での出来高EVと、これまで使った実績出費ACとの比率を表す、Cost Performance Index (CPI = EV / AC)などの指標が重要になる訳である。

ところで、ここで1つ重要な問題を考えなければならない。それは費用を認識し、計上するタイミングの問題である。ここを間違えると、出来高と実績を比較したり、CPI等の指標を計算することに、意味がなくなってしまうからだ。

例をあげよう。たとえば、何らかのマシンを、外部の業者から購入する場合を考える。あなたは機械のスペック(仕様)を決め、見積をとり、価格を交渉し、発注する。そして納期になると、業者は機械を納入すると同時に、請求書を提出してくるはずだ。請求書を受け取ったら、あなたは書類をチェックして経理部門に回し、経理部門はさらに支払口座等をチェックした上で、おそらく月締めのタイミングに、業者に対して支払いを行うことになるだろう。

機械の納期を、仮に3ヶ月としようか。 あなたは1月10日に機械購入の発注書を切る。4月10日になると機械が納入され、その日付で請求書が回ってくる。経理部門がその業者に実際の支払いをするのは、翌5月20日である(手形払い等の場合は、もっとタイミングが遅くなる)。 この時に費用を計上するのは、1月10日なのか、4月10日なのか、5月20日なのか?

言い換えると、外部に対して費用が発生するタイミングは、一般に以下の3種類が存在することになる:

  • 発注の時点(Commit)
  • 請求の時点(Incur)
  • 支払いの時点(Payment)

発注と請求と支払いのタイミングには、 通常ずれがある。ではEVMSで計上し、集計すべきなのは一体いつのタイミングなのか。いいかえると、プロジェクト出費のSカーブを描くとき、どのタイミングを基点とするかによって、3種類のSカーブがあり得るということだ。

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ただし、外部に対する出費がすべて、この3つのタイミングを持っているとは限らない。一番良い例は電車賃だ。電車に乗ってから請求書をもらって、切符代を支払う人などいない。鉄道会社は普通の乗客に対して、そんな面倒な事は許容しない。つまり、交通費と言う費目は基本的に、支払いの時点でしか、認識しようがないのだ。

もう一つ、別の例を考えよう。社内人件費のベースとなるタイムシートである。きちんとプロジェクト制度が敷かれている企業においては、タイムシートも、プロジェクトごとに区別して、集計されるようにできているはずだ。ただ、その集計を、日単位で行う企業は少ない。多くは月単位か、良くても週単位だろう。

プロマネであるあなたのもとに、タイムシートの集計表が回ってくる。それは前月の自分のプロジェクトで消費された社内の時間数を示し、さらに標準単価をかけた金額も、ついてくるかもしれない。この数字は、あなたからの発注でもなければ、働いた人たちからの請求でもない。実際の支払い発生額を示しているのだ。

「いや、まだ実際の給料の振り込みはしていないのだから、これは支払いではなく請求だ」、とあなたは考えるかもしれない。なるほど。

しかしよく考えてみて欲しい。会社と従業員個人の間の支払いについてはそうかもしれないが、あなたのプロジェクトが個人に給与を直接支払う訳ではない。それに厳密に言うと、個人個人で時間単価は少しずつ異なる。なので普通は、会社の決めた標準時間単価を通じて、会社がプロジェクトに費用をチャージするのだ。つまり、プロジェクトと会社の関係では、すでにこれは請求ではなく、支払いと同義なのだ。

では、面倒だから、全部の出費項目は、発注時でも請求時でもなく、支払いのタイミングで集計することにすれば良いではないか。そう考えるかもしれない。だが、本当にそれで良いのか?

あなたが例えばプロジェクトの計画時点で、ハードウェア関連の予算として1千万円を、実行予算表に想定したとしよう。さて、あなたは主要なマシンについて、7百万円の発注書を、業者Xに対して切ったばかりだ。でもプロジェクトがこの費用をEVMSに計上するのは、納品研修後の支払い時点だから、現時点ではまだ実績出費 AC = 0である。

見かけ上、まだ予算は全額残っているように見える。しかしあなたが実際に自由に使えるのは、残る3百万円でしかないのだ。この3百万円という数値は、EVMSの集計表のどこを見れば分かるのか?

社内人件費や、単価を決めた外注作業費のように、全体総額がいくらになるのか、最初の時点で予測がつきにくい品目は、実際の発生時点(請求ないし支払い)で捉えていくしかない。しかし資機材の購入費のように、発注時点で金額がほぼ確定してしまうものは、なるべく発注時点で捉えたい。

このようにEVMSでは、出費の性格に応じて、計上のタイミングを標準的に決めていく必要がある。

そして言うまでもなく、計画PVと実績ACと出来高EVは、同じ種別の品目については、同じタイミングで計上し、比較しなくては意味がない。教科書で読むEVMSの理屈はわかりやすいが、この手法を現実に適用していくためには、こうした実務的な目配りが必要なのである。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2024-03-25 21:32 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)