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生産技術というお仕事

製造業にとって、製品開発のスピードは競争力のキーになる。製品開発は一般に、核となる要素技術の発明、ないし市場における新しい動向がきっかけになって始められる。むろん、業種によっては、毎年定常的に多数の新製品を出し続けるところも少なくない。そうしたケースでは、製品開発までの期間がきちんと「読める」状態にまで、管理レベルを上げていく必要がある。

プロジェクト・スケジューリングの技術に関わっているおかげで、最近は製品開発プロジェクトの相談に乗るケースが増えてきた。従来、製品開発とは「固有技術」だけの世界と思われていた。ところが、近年わずかづつではあるが、プロジェクト管理という「管理技術」も必要なのだと認識される企業が増えてきたようだ。

製品開発となると、BOMの話題に触れることも多い。今年のはじめに「BOM/部品表入門」という本を上梓したこともあって、いかにスムーズに新製品のBOMを構築できるかが議論のトピックになったりする。ことに、設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)が別立てになっている会社では、とくにその問題意識が強い。

ところで、製品開発プロジェクトの進め方を考える場合も、企業内のE-BOMとM-BOMの統合を進める場合も、どうやらキーになる部署があることに、最近気がついた。それが「生産技術部」である。名称は「生産企画課」だったり「製造技術センター」だったり、まちまちだが、ようするに製造工程を準備する職務をもった部署である。たいていの場合は本社ではなく工場にあり、しかも一種のスタッフ部門として扱われている。

この「生産技術」という職種が、その企業の中でどのように位置づけられているかが、どうやらスムーズな新製品開発や、BOMマスタ情報の信頼性確保に、大きく影響しているようなのだ。なぜか。それは、生産技術というお仕事の本質が、量産方法の設計と実現にあるからだ。

量産方法の設計とは何か。そもそも、新製品の青写真は、製品設計部門(たいていは本社機能にある)が図面に作る。この段階では、「何をつくるか」(What)が決まっているだけだ。しかし、製造業は、製品を低価格で安定して量産できてナンボの世界である。「いかにつくるか」(How)が大事なのだ。

そして、それを決めるのが生産技術である。ここの段階であらためて、どの材料をどう加工して、いかに組み立てるかを検討する。そして、試作品をつくって性能や加工性を評価する。標準作業時間を決めて製造単価を割り出す。ついで主要な部品のサプライヤーを決め、外注する部分を決め、必要な製造装置の仕様を決めてメーカーに発注し、それを工場に据え付ける。

そして量産試作が行なわれる。これが品質的にも経済的にもパスして、はじめて製品は「商品」になるのだ。これが生産技術の主要な仕事である。副次的な仕事として、既設の工場設備の保全とか、据付け工事などの工務管理、製造工程の改善、標準作業の見直しなどがある。

そして、残念ながら、日本の多くの企業では、この生産技術部門の地位が、決して高くないのだ。嘘だと思ったら、あなたの会社で経営工学科出身の学生をどこに配属するか、考えてみるといい。経営工学は生産技術の主要な基礎学問である。そのキャリアパスが定まっていないとしたら、それは生産技術の位置が曖昧なのだ。あるいは、生産技術部門出身の取締役の数を数えてほしい。大抵の製造業の会社では、出世するのは製品開発か営業か財務部門出身者だ。トヨタ自動車のように、生産企画がエリートコースで、出身者が社長になれるような会社は、極めて例外である。

製品開発を重視するというのなら、設計図を現実に落しこむための生産技術を重視していなくてはならない。餅の絵を描くのがいくら上手でも、食べられなければ役に立たない。そして、美味しい餅をつくのは、生産技術部門の役割なのである。
# by Tomoichi_Sato | 2005-06-15 13:49 | ビジネス | Comments(0)

プロジェクト・マネジメントの品質

ISO9000の品質システムは、大抵のいっぱしを気取る企業に導入され、運用されている。そして、疎まれてもいる。この標準規格自体は21世紀に入ってさらに思想を深化させ、今では品質マネジメントシステム(QMS)と自らを呼ぶようになった。しかし、率直に言って、日本企業でQMSを嬉々として運用している所には、私はほとんどお目にかかったことがない。皆が従っているが、内心は無用のものだ、と感じている。保険か税金のようなものだ、と。

私はいまだに、『品質』というものが良く分からない。私自身が製造業の品質管理部門で働いた経験がないせいだろう。工場建設のプロジェクトで品質検査をしたり、システム開発の統合テストを進めるやり方についてだったら、少しは分かっているつもりだ。構成図通りに製作され、指定の材料がつかわれ、仕様書通りに機能する。そういう検査が保証する品質は、『後ろ向き品質』と呼ばれる。軍隊の行進のように、皆がついて来ているかどうか、予定した到達点からずれていないかどうかを、後ろを向いてチェックする。フィードバック・コントロールである。

これに対して、『前向き品質』という概念がある。これは、より良き構造・材質・機能を「設計する」ことで品質を高めることを指す、と。そう参考書に記載もしたし(「プロジェクトマネージャ合格完全対策」)、そう人に言いもした。しかし、では、より良き品質とは何か。それは誰が決めるのか。どう設計で実現するのか。その方法論が必要だ。

ところで、最近北京に出張したおり、中国で活躍しておられる日本企業の方から面白い言葉を学んだ。それは『営業品質』だ。中国では最近まで訪問販売という形式が事実上法律で禁じられてきた。だから法人営業のスタイルがまだ確立していない。しかも営業マンは、周知の通り転職とジョブ・ホッピングの激しい雇用慣習の中で生きている。そこで、どうしても売上高に比例したインセンティブの比率を高くして、成果で競争させる方向にむかいがちだ。しかし、そうすると「営業品質が下がってしまう」というのだ。

営業の品質とは何か。セールスには素人の身で勝手に想像するならば、顧客との永続的な関係維持に寄与できる数々の要素なのだろう。見積を頼んでもすぐに出てこない。出ても間違いだらけで、こちらの意図を理解していない。発注すると納期に遅れる。間違った品物を送りつけてくる。数量が足らない。クレームをしても返事がない。なのに請求書だけは素早い--こんな営業マンがいたら、私だって二度と頼むものか、と思うだろう。こうしたケースは営業品質が悪い、と呼んでもよさそうだ。

この営業品質というものは、そのメーカーが出荷してくる製品自体の品質とは別のものだ。素晴らしい製品を出してくる、しかし営業は最低、そんな会社もじじつ存在する。しかたなく買うこともあるが、ユーザは幸せではない。

してみると、顧客満足とは、つぎの式で表わされるように思える。

 顧客満足=f(製品品質,営業品質)
 
関数型はよく分からぬが、おそらく足し算よりも掛け算に近い性質のものだろう。一方、製品品質は次のように定義される:

 製品品質=g(構造属性群,材質属性群,機能属性群・・)

関数型は、ユーザの求める用途や価値観によって左右されるが、おおむね足し算型であり、重みは機能属性が高そうだ。

それでは、価格はどこに入るのか? これは、営業属性だ。つまり、

 営業品質=h(価格,支払方法,納期,納品精度,クレーム対応度・・)
 
となる。関数型は、よく分からない。中国では、今のところ圧倒的に価格因子で決まるらしい。しかし日本や他の先進国では、あとの項目の方がもっと重要度を帯びてくるに違いない。

ところで、生産管理の世界では、よく「品質はプロセスで作りこめ」と言われる。製造して、最後に製品検査で後ろ向き品質チェックをするのではなく、製造プロセスの各段階で品質を確保していかなければいけない、という意味だ。だとすると、営業品質にも同じ思想が適用できるに違いない。

受注生産の製品で、プロセスを切り回すのはプロジェクト・マネジメントの役割である。自社製品の開発でも同じだ。そこで、あらためて「プロジェクト・マネジメントの品質」が問題になってくる。ちょっと長くなってきたので、この項はあらためて論じることにしよう。

(注:拙編著「プロジェクトマネージャ合格完全対策」で品質の章を執筆しているのは、畏友・齋藤登志勝氏である)
# by Tomoichi_Sato | 2005-05-21 23:59 | Comments(0)

 ★★ 都市ヴェネツィア フェルナン・ブローデル

フランスの歴史家ブローデルによる、肩の凝らない(しかし正確な)ヴェネツィアの歴史案内。地中海世界の専門家らしく、この小さな、しかし巨大な都市共和国とその領土を、歴史と地理の中にあざやかに定置してみせる。それは、さながらムラノ島のガラス細工のように多面的で、さまざまな角度からの光と反射に満ちて、美しい。

写真家クイーリチによる本書の写真も、とても美しい。もともと、きわめてピクチャレスクな水の街なのだ。しかし、その瞬間をフィルムの上に捉えるのは、別の力量である。

とはいえ、訳者・岩崎力のあとがきや細川周平の解説は蛇足であり、がらくただ。この名著に何の価値もつけ加えていない。
# by Tomoichi_Sato | 2005-03-19 23:38 | 書評 | Comments(0)

 ★★ 釈尊の生涯 中村元

1963年刊行の本書は、現在、平凡社ライブラリーの一冊として新書版で手に入る。出た当時は、かなり革命的な内容の本だったにちがいない。にもかかわらず、日本の仏教界がこれで大論争に巻き込まれたとか、刷新運動に展開したとか、あまり聞いたことがないのは、不思議なほどである。

著者は初期の仏典や関連資料をよりどころに、仏教の開祖であるシャカ族のゴータマ・シッダッタ、尊称ブッダの出生から出家・悟り・布教・臨終までを、ていねいにたどる。そこからは、一切の誇張や神秘や奇跡的エピソードが、後世の附託としてすべて除外され(ここが第一に論争的なところだ)、等身大の人間としての姿に描かれる。

また、ブッダ自身の思想的な深化も、数々の教典を歴史順に逆にたどるような手法で、その地層をより分けていく。たとえば、苦行を放棄して中道の悟りに至った、とふつうは言われているが、これも後世の仮託であるという。著者の立場は、

「仏教そのものは特定の教義というものがない。ゴータマ自身は自分の悟りの内容を定式化して説くことを欲せず、機縁に応じ、相手に応じて異なった説き方をした」

「ゴータマはその臨終においてさえも、仏教というものを説かなかった。彼の説いたのはいかなる思想家・宗教家でもあゆむべき真実の道である。ところが後世の教典作者は右の詩に接続して、仏教という特殊な教えをつくってしまったのである」

という説明に集約されている。こうした意見までをも容認する日本仏教というものの懐の深さに感心すべきなのか、こうした異見さえも無視する日本仏教というものの鈍感さを心配すべきなのか、私のような異教徒には、なかなか定かではないのである。
# by Tomoichi_Sato | 2005-03-14 23:44 | 書評

 ★★ WBS入門 Gregory T. Haugan著

WBS(Work Breakdown Structure)はプロジェクト・マネジメントの根幹をなす基準情報だ。プロジェクトの遂行に必要な全てのワークを階層的に構成したもので、通常はそれに整理番号を付番する。WBSはプロジェクトの計画段階で作成し、ワーク・スコープと、コスト見積と、作業期間(工数)見積のベースになる。そして遂行段階では、作業指示と進捗コントロール(コスト・スケジュール・スコープ変更)のマスタ・リストとして用いられる。終結段階ではWBSはデータ収集と分析のキー情報となる。

それくらい重要な概念であるWBSは、にもかかわらず良い参考書に恵まれていない。WBSが生まれたのは1960年代だから、ずいぶんと長いこと空白時代が続いていたわけだ。プロジェクト・マネジメントの標準的教科書PMBOK Guideも、2000年版まではWBSについてほとんど何も語っていない。したがって、本書が訳出されたのはまことに時宜にかなったことではある。

本書の長所は、原則論とチェックリストをきちんと押えた、教科書的な作りになっていることだろう。その原則はある意味ではシンプルで、たった2つしかない。それは、
「100%ルールを守れ」
「レベル2にプロジェクト・マネジメント要素を置け」
というものだ。100%ルールとは、ワークの親子関係をトップダウンで分解定義していくときに、子レベルのワークを全て集めたものは、親レベルのワークを100%カバーしていなければならない、という原則だ。東京都を23区に分解したら、区の合計は都のエリア全部をカバーしていなければならぬ訳だ。

レベル2にプロジェクト・マネジメント要素を、というのは、少し説明が必要だ。まず、この著者はプロジェクトをレベル1、その直下のワーク(「フェーズ」に相当する場合もある)をレベル2と数える。これは、WBSをレベル0から数えはじめるエンジニアリング業界などとは少し違う流儀だが、まあ習慣の問題だろう。そしてプロジェクトの最初のレベルに分解する際、忘れずに「プロジェクト・マネジメント」という作業を入れなさい、と説く。これはまことに正統な指摘だろう。というのも、実はこれを忘れるケースが、わが国でも非常に多いからだ。

つい最近も、日本を代表する大手企業のWBSを見せてもらったことがある。レベル1-4まで定義された詳細なものだったが、どこにもプロジェクト・マネジメントという仕事が見あたらない。思わず、「御社ではプロジェクト管理はなさらないのですか?」などと口走ってしまった(こんなことを口にするから、私は仕事をもらえないのだ)。まあ、WBSのどこにもプロジェクト・マネジメントが無かったら、上手にPM管理ができている訳もないのだから、ある意味ではつじつまが合っている。だが、そういう自覚のない大企業がこの国には山のようにあるのだ。

ただし、この本の読者は、著者が「WBSは成果物の階層分解を基本にせよ」という思想を基本にしていることに注意すべきである。そもそも、WBSの世界には、『成果物中心主義』と『作業(プロセス)中心主義』の二つがあって、長らく神学論争を繰り広げてきた歴史がある。著者Hauganは航空宇宙産業で、米国防総省相手のプロジェクト管理にたずさわってきた経歴の持ち主だ。MILのスペックは個別受注品の調達にフォーカスを当てた作りであるため、どうしても成果物中心主義になりがちである。

その点は著者も自覚していると見えて、プロジェクトを主目的によって「成果物」「サービス」「結果」の3タイプに分類し、それぞれに適したWBSのスタイルを提案している(「結果」タイプというのは、組織変革プロジェクトなどのように具体的な産出物が存在しない種類を指している)。そして、「サービス」「結果」タイプではプロセス的な要素を置いていい、としている(というか、そう置くしかないのだが)。

しかし、成果物をBOMのようにブレークダウンしていっただけでは、プロジェクト・マネジメントのような横断的要素が欠落してしまう。したがって、「レベル2にプロジェクト・マネジメント要素を置け」という要請が出てくるのである。

『成果物中心主義』と『作業(プロセス)中心主義』が論争を続けてきたということは、逆にいうと、そのどちらかだけではプロジェクトの記述は不十分なのである。これを克服するための方法は一つしかない。それは、成果物とプロセスの二次元のマトリクスを作成して、その平面の中でワーク・パッケージを作成する方法である。残念ながら、本書ではそこまでは書いていない。そもそも、そんな高等な技術を実行できる企業は、世界のエンジニアリング業界だってほんの1,2社しかいないのだから、まあ無理もないことだが。

本書は、WBS作成の入門者にとっては、それなりに実用的な参考書だ。ただし、原書にない日本版の「付録」が、180ページの本の4割を占めているのは、親切といえるのかどうか。経済産業省のCIO補佐官(外資系コンサル会社)のインタビューなど、なぜWBS入門書のおまけに付いているのか、少々原因不明である。また、付録2にはプロジェクト・マネジメントの初歩的な用語概念の解説もたくさんついているが、ちょっと中途半端であろう。用語の選び方を見ると、そもそもこの本がIT業界の人間をもっぱら読者として想定していることは、よく分かる。監訳者の伊藤衡氏も外資系ITメーカーを転々とした人のようだから、版元の翔泳社のねらいは明白である。翻訳の文章自体はこなれたレベルだが、細かな用語の選び方などは、若干不注意な点が見られて、ときどきちょっと惜しまれる。
# by Tomoichi_Sato | 2005-03-09 23:46 | 書評 | Comments(0)