コンサルタントは何かの役に立つのか?

 ある日、白雪姫が森の中を歩いていると、5人のこびと達が座って、シクシク泣いていました。
——まあ! どうして、みんな泣いているの? それに、あと2人は、どこにいるの?
 すると、5人のこびとは答えました。
「コンサルタントのA. T. ○ーニーが来て、7人も要らないからって、2人リストラされちゃったの。」

・・いつだったか聞いた、アメリカのジョークである。ちなみに、特定の会社を批判するのが目的ではないので社名は伏せ字にしたが、A社は大手経営コンサルティング会社である。とくに、コスト削減のアドバイスで有名な企業だというあたり、皮肉がきいている。

経営コンサルタントという業種は、20世紀初頭から存在するが、以前の記事にも書いたとおり、米国で大きく伸びたのは1970年代からと言われる。なぜ伸びたかというと、少なからぬ大企業が、事業の再編成を強いられる状況になったからである。

「再編成」(Restructuring)は、日本では「リストラ」というカタカナ言葉に略され、首切り人減らしの意味で使われている。米国では全く違っていて、組織を再設計することであり・・といいたいところだが、結果としては、大量の人減らしを伴うのが普通だ。働いている人にとっての心配の種であることは、かわりがない。むしろ、米国では人のクビを切るのも割と簡単だから、よりシリアスだ。

そして経営コンサルタントの利用価値の一つは、この「組織の再編成」を、経営者のかわりに立案してくれる点にあった。基本構想を作り、組織案を練り、職種と人数を定め、どんなクオリフィケーション基準で残る者を決めるかを、きれいなレポートの形で提案してくれる。あとは取締役会で通すだけ。リストラの首謀者は、自分の手を汚さずに、人減らしを遂行できる。’70年代は、アメリカの製造業の曲がり角の時代だった。だから経営コンサルタントが繁盛するようになったのだ。

経営コンサルは首切りのために雇われる、というのは別にわたしの勝手な私見ではない。たとえば著名な経営学者C. N. パーキンソンは、「パーキンソンの成功法則」の中で、早くも'60年代に、こう書いている。

「ビジネス・コンサルタントの戸口に現れるお客は、次の二つのうち、どちらかの動機を持っていることがわかった。ひとつは、かれらがすでに決意している組織の再編成(=リストラ)遂行の身代わりを求めるためだし、もうひとつは、こういう再編成の生ずるのを防ごうとするためだ。」(P. 63)

「デトロイトのホースレス・キャリジ社の重役連中は、その幹部の半分をクビにし、残り半分に何か仕事らしい仕事をさせようと決定した。(中略)そして、自分たちの提起した再編成案を外部のコンサルタントに委ねることに同意した。(中略)コンサルタントが用いられるのは、コンサルタントにはその場でまごまごしている必要がないという利点があるためだ。かれはジェット機のドアに片足をかけながら、報告書を提出し、誰かが第一節(そこには協力者への謝意しか記していない)を読み終えぬうちに、2万フィートの高さまで逃げ出すことができる。」(P. 64)

パーキンソンらしい、皮肉に満ちた書き方だが、米英でコンサルタントがどう利用されたかを、見事に描き出している。もちろん、首切りだけではなく、本当に事業の再展開や、内部の遂行の合理化などを、まじめにアドバイスしたコンサルタント達も、大勢いたとは思う。彼らはとくに、新事業のマーケティングや、財務問題をうまく整理してくれただろう(その一端は、たとえば『世界一やさしい問題解決の授業』渡辺健介・著などに見て取れる)。

だが、英米の経営者にとって一番主要な機能は、こういうことだ:

1 外部コンサルタントは、首切りと社内政治に役に立つ


世の中に存在するのは、個別で特殊な会社ばかりだと、前回の記事https://brevis.exblog.jp/27520991/ でわたしは書いた。しかし、組織再編成の計画づくりは、その会社の業種や技術の特殊性にあまり依存しない。どんな会社にも人事部や営業部が存在し、部長社長といった職位が存在する。それを再設計するのは、分野を超えた共通性の高い仕事なのだ。だから、経営コンサルタントたちは、個別性の泥沼に足を取られずにビジネスができるのである。

ところで、日本の経営事情は、英米などとはだいぶん違う。まず、人のクビを簡単に大量には切れない(少なくとも、以前は切ることに抵抗が大きかった)。新規事業に人を採用するといっても、人材市場の流動性は少なく、大勢を短期間で採用することは難しい。

じゃあ、日本の経営コンサルタントは、どうやって仕事を確保してきたのか。その答えは、人材研修・社員教育ではないかと、わたしは見ている。残念ながら根拠となる統計調査データは示せないが、それなりに大手から独立個人まで、いろいろな経営コンサルタントと付き合ってきた中で得た感触である。おおざっぱにいって、中小規模のコンサル会社の仕事の半分以上は、じつは教育研修ではないか、とにらんでいる。

理由は簡単だ。日本企業のかなり多くが、人材育成で悩んでいるからだ。たしかに、社内に立派な教育の仕組みをつくっている超大手企業も存在するが、それはむしろ例外で、たいていの会社は、教育にまでは手が回らない。人を育てるとしてもOJT(実地教育)しかなく、つまり「俺の背中を見て育て」方式である。会社は教育機関ではないのだから、「即戦力」だけを採用しよう、と考えるところもある。だが昨今の人手不足では、それもままならぬ。

人材育成に共通する悩みとして、技術継承の問題と、ナレッジマネジメントもあげておこう。今後はシニア世代層の引退がつづく。しかし若年層は、そもそも人口が少ない。どうやって、先輩世代が蓄積した技術やノウハウを継承するのか。これもまた、広い意味の研修である。またナレッジマネジメントとは、経験したプロジェクトの失敗事例などから、教訓(Lessons & Learns)を、他の案件にも共有し、品質問題を避けることを目的としている。これも知識の移転だから、広義の研修に隣接した概念だろう。

そこで、経営コンサルタントが呼ばれる、という訳だ。

でも、なぜ、異なる企業をまたいで、研修ができるのか。業種分野が違えば、異なる知識が必要ではないのか? その答えは、人材研修に共通な課題があるからだ。一般の経営コンサルタントは、直接、技術や技能を教えたりしない。製品の設計の仕方や、旋盤の回し方をコーチはしない。そうしたことは、技術コンサルの仕事である。

経営コンサルタントが教えるのは、業種や分野をまたいだ共通性の高い知識、すなわち経営や管理にかかわる考え方である。わたしの言い方でいえば「マネジメント・テクノロジー」である。在庫管理の仕方は、それが日用雑貨であれ半導体であれ建材であれ、ほぼ共通だ。人事評価の方法論や、財務諸表の見方なども、会社の違いに関わらない。むしろ、積極的に他社と比較することが望まれる。そしてほとんどの会社員は、こうした事柄を、高校や大学で教わっていないのである。

ついでにいうと、日本のホワイトカラー層は教育程度が高い上に、自分の余暇時間にビジネス書などを読んで、勉強熱心な人も少なくない。こうした人たちは、他業界や外国の先進的な経営スタイルを見て、自分の会社でも取り入れてほしい、と願う。ところが、彼らの上司たる経営者たちは、なかなか、そうしてくれない。それは、経営者の知識が足りないからだ、あるいは意識が低いからだ、と思える。こうした人たちは、コンサルタントに、自分の会社の経営層をこそ、教えてやってほしいと期待する。

だから、日本における、経営コンサルの主要な機能は、こうだ:

2 外部コンサルタントは、社員を(または経営層を)教育するのに役に立つ


ところで、上では「技術継承の問題」という言葉を使ったが、多くの企業で問題となっているのは、本来は「技能継承」の問題、とよぶべきものである。え、技術と技能は、どう違うかって? 

技術と技能の違いは、いわば、<電卓とそろばんの違い>である。電卓は手にすれば、誰でも、計算にすぐ使える。そして素早く正確に計算できるようになる。後輩に電卓を渡せば、翌日から、素早く正確に計算ができるようにになる。電卓による計算の能力は、移転可能なのである。

しかし、そろばんによる計算は、そうはいかない。そろばんは、習練に長い時間がかかる。そろばんを後輩に手渡すことは簡単だ。だが、翌日から素早く計算できるようには、ならない。そろばんの計算能力は、属人的なスキルだからだ。こうした属人的スキルを、本来は『技能』とよぶ。

技術は元々、移転可能なものである。なんらかの能力を、移転可能な状態にすることを、技術化という。これに対して、技能は簡単に移転できない。訓練に長い時間がかかるのが、ふつうだ。もちろん、真に上達すれば、機械をしのぐ能力を発揮する人もいる。そろばんの上級者は、頭の中だけで、素早く正確に計算をこなす。だが、その能力は、すぐ移転可能ではない。

だから多くの企業が、移転継承になやんでるのは、技術ではなく技能の問題なのである。たとえ、見かけ上は工学的な設計上の能力に見えても、個人のセンスや経験に依存するのであれば、それは技能である。トヨタ系のように「技術員」と「技能員」を区別している会社もあるが、多くの企業では、そもそも技術と技能について、概念上の区別ができていない。

そして、日本企業の共通の悩みというのは、じつは「仕事の成果を個人の技能に頼っていて、技術化を怠っている」ことにあるのである。だから、経営コンサルは、業種分野が違っても、クライアント企業ですぐ仕事のタネを見つけられるのだ。わたしは大昔の2001年に書いた記事「特別な我が社」で、

「日本の製造業が抱えている問題点というのは驚くほど共通性が高い。それは、『大量・見込み生産の体制を残したまま、多品種少量の受注生産に移行しようとしている』ということだ。」

と書いた。だからコンサルタントは、たとえ作っているモノが違っても、製造業相手に仕事ができるのだ、と。それと似たようなことが、人材育成についても言えるのだ。

前回引用した、ジェラルド・ワインバーグの『技術コンサルタントの秘密』には、コンサルタントの3つの法則が書かれていた。第1と第2は、次のようなものだ:

コンサルタントの第一法則
 依頼主がどういおうとも、問題は必ずある。
コンサルタントの第二法則
 一見どう見えようとも、それはつねに人の問題である。

人の問題を解決するのに、「人を入れ替えれば良い」というのが、英米式の考え方だった。だから彼らは、経営コンサルタントに、リストラの支援を依頼した。

日本企業は、「人を育てるしかない」と考える。そこで経営コンサルに、人材育成の支援を依頼する。それはいいけど、本当に経営コンサルタントは、この問題を、クラスルームの集合研修で、解決できるのか? マネジメント・テクノロジーそれ自体の教育は、たしかに役に立つ。しかし、企業が本当に継承したいと考えている仕事の能力が、属人的な技能なのだとしたら、そこにギャップが生じないか?

そうなのだ。もし、仕事のパフォーマンスに関する悩みが、「人の問題」ならば、解決法は二つあるはずだ。一つは、人を育成して、仕事の技能を身につけさせること。これは長い時間がかかる。バラツキも大きい(向かない人にはソロバンはできない)。

もう一つの解決法は、「仕事から属人性をなくすこと」である。誰が仕事をやっても、一定のレベルの成果が出るような、仕組み(システム)を作っていくこと。たとえば人材教育なら、OJT以外の教育の仕組みをつくること。たとえば在庫管理なら、在庫レベルをコントロールする方法論とシステムを導入すること。こうすれば、人によるバラツキの悩みは小さくなる。

そして、本当に有能な、役に立つコンサルタントは、社員研修の仕事を半分受けるかたわら、顧客が「仕組みの欠如」という真の問題に気づくよう、仕向けていくのである。

経営コンサルタントは、問題解決のために雇われる。それも、パフォーマンス問題という、構造の見えにくい、やっかいな問題だ。そして人々は無意識に、期待する。コンサルは、新しい知識を持ってくる。そして問題を解決してくれる、と。問題が解決すれば、業績が向上して、企業が成長できると。

ところで、成長すると言う事は、変わると言うことだ。変わらなければ成長できない。

だが、自分自身や周囲を見回して、よく考えてみよう。人は、そう簡単に変わるだろうか。あなたは、誰かを変えることができただろうか。いや、説得してその人の意見を変えさせることさえ、滅多にできないのではないか。

人はある年代を過ぎると、生き延びることが先決になり、成長することは二の次にしてしまう。その時点で、人は他人の言うことをきかなくなる。その年代がいくつ位かは、その人のキャリアパスや働く環境によって異なるだろうが。とにかく、「変わらない人」になってしまう。

そういう人にとって、問題解決とは、自分以外の誰かを変えることである。問題のある部下とか後輩とかを変える、あるいは他の部署の融通のきかない同僚を変える、あるいは無能な上司を変えることが、解決である、と。そういう人から見た問題は、自分自身の変化は決して含まない、非常にゆがんだ問題設定になりがちだ。組織全体のパースペクティブから俯瞰した問題認識ではなく、他責的な問題になってしまう。

このような、偏った問題設定を排し、いろいろな業界を見てきた目から、客観的でよりベターな問題を設定できることが、外部の人を入れる価値なのだ。だから、コンサルの最も望ましい使い方は、こうだ:

3 外部コンサルタントは、より良い問題設定をする役に立つ


そして、当たり前だが、問題解決の行動をするのは、自分たちである。自分で汗をかかない限り、問題は解決できない。コンサルが解決するのではないのだ。ここが一番、誤解の多いところだろう。コンサルは道具の一種だ。道具を買っただけで解決できる問題は、少ない。ゴルフの腕前に悩む人間が、1本10万円のゴルフクラブさえ買えば、万事OKだろうか?

だからワインバーグのいう、コンサルタントの第3法則は、こうなっている。
「料金は時間に対して支払われるのであって、解答に対して支払われるのではない、ということを忘れてはならない。」

役に立つコンサルタントとは、カーナビのようなものである。あなたが行きたい目的地を明確に示せば、そこへの道を示してくれる。複数の可能な経路を示してくれるかもしれない。だが実際にアクセルを踏み、ハンドルを切り、障害物を避け、現実の走行規制に従って車を動かすのは、あなたの方の責任なのである。


<関連エントリ>
 →「生産マネジメント手法の系譜を考える(2) 日本型生産思想のあり方」 https://brevis.exblog.jp/27462519/ (2018-08-02)

 →「書評:『世界一やさしい問題解決の授業』 渡辺健介・著」 https://brevis.exblog.jp/23647609/ (2015-09-06)

 →「パフォーマンス問題へのシステムズ・アプローチ」 https://brevis.exblog.jp/24951754/ (2016-11-21)



# by Tomoichi_Sato | 2018-09-05 22:24 | ビジネス | Comments(0)

コンサルタント嫌い、について

ジェラルド・M・ワインバーグが今月初めに亡くなった。享年84歳。’97年にコンピュータ殿堂入りを果たした彼は、物理学博士で元IBMの技術者だが、むしろコンサルタント兼エッセイストとして知られる。機知に富んだ、ひねりのある文章と、システムに関するユニークな視点にあふれる彼の著書は、けっこう好きで、何冊も読んだ。

最初に出会ったのは、『一般システム思考入門』だったと思う。まだ学生だった頃のことだ。この中で彼が提起した「中数の法則」とは、システム工学における問題の難しさの所在を論じるものだ。たいていのシステムは、個別に要素を分析・予測するには数が多すぎるが、大数の法則による統計をあてはめるには要素が少なすぎる、と彼は喝破する。また、システムの状態空間をグラフに描いてみて、その軌跡が交差するときは、次元が足りない(隠れたパラメータが存在している)、という見方は、今でも良く覚えている。

70年代に書いた『一般システム思考入門』と『プログラミングの心理学』とが、彼の出世作で、今ではどちらも、コンピュータ科学書の古典とみなされている。しかし、その後、より一般向けでわかりやすい著作を何冊も出し、それが彼の名望を高めたといえるだろう。『ライト、ついてますか―問題発見の人間学』は薄いけれど楽しい読み物だったし、とくに『スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学』と『コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学』は、後年の彼が得意とした「××の法則」の連発で、読み手の思考を刺激してくれた。

『コンサルタントの秘密』は、最初、こういうテーゼから始まる。

秘密第一番
コンサルタント業は、ちょっと見たほど楽じゃない。

そして、読者を「コンサルタント業に関する三つの法則」に誘う。その最初の二つは、こういうものだ:

コンサルタントの第一法則
 依頼主がどういおうとも、問題は必ずある。
コンサルタントの第二法則
 一見どう見えようとも、それはつねに人の問題である。

この二つの法則を、わたしはいつも胸に刻みつけている。どんな組織にも必ず問題はあって、それは常に人間の問題なのだ。これは、すべてのマネージャーが、理解しておくべきテーゼだと思う。

ちなみに、このサイト(Blog)は「タイム・コンサルタントの日誌から」と題しているが、現在のわたしは社内の企画部門におり、コンサル業で身を立てている訳ではない。このサイトを立ち上げた時には、ソリューションの事業部にいたので、こういう名前をつけ、それ以来、たまたま変えていないだけだ。ただまあ、一応、中小企業診断士だし、昔SAP認定コンサルタントの資格なんかもとったりしたので、コンサル・ビジネスについて、多少は論じられると信じている。

さて、ついでながら、社会人としてのわたしが、はじめてコンサルタントなる人種に接した時の体験をお話ししておこう。まだほんの駆け出しの頃のある日、役員の命令で、みんなが大会議室に集められた。壇上には、トヨタ系だかの現場改善コンサルタントがいて、自分があちこちの工場で、いかに指導し納期短縮やコストダウンを行ったか、という話をした。

その話自体は、面白かったと思う。とくにある大手重工メーカーで、各セクションの管理職が口を揃えて、この製品の製造納期はどうしても3ヶ月以上かかる、と主張するのに、彼が手順を変えて、半分以下にしてしまったエピソードは印象的だった。工程間を、ロット単位で輸送していたのを、彼はもっと小さな部品単位で運ばせたのだ。当然、ロット待ちによるリードタイムの浪費は激減する。

しかし、その後がいけなかった。役員はそのコンサルの助言をいれて、エンジニアリング会社の設計業務の劇的なムダ取り・削減を目指した。「その作業はやめられないか」が、合言葉になった。だが、工場のような剛構造の業務と、エンジ業務のような柔構造な仕事に、同じアプローチを取るのは無謀に近かった。

結果として、たいした改善効果は出なかったと記憶する。しかし、実力派の役員が言い出したことだ。皆の意識改革が進んで、活動は成功ということになった。この活動に積極的に協力した部長は翌年、昇進した。

こういう経験があったせいかどうか知らないが、その後、わたしの勤務先では、外部のコンサルタントを呼んで、社内の業務改革をする、という動きはずっと少なくなった。コンサル嫌いになったのだ。

だが、後にソリューション事業部の一員として、顧客にいろいろ接するうち、この「コンサル嫌い」は、かなり広く見られる傾向だと知るようになった。全ての会社が、コンサル相手にむなしい経験をした訳ではあるまい。むしろ、コンサルは一度も入れたことがない所が、過半数だった。だが、多くがコンサルタントという商売に、強い疑念を持っている。

ただし、中には全く逆に、「コンサル好き」というべき会社もあった。あちこちの部署で、次々にコンサルを入れるのだ。ただ比率的には、20社に1社もないとは思う。

コンサルタントは、なぜ嫌われるのか。それが今回のテーマだ(ああ、いつも話の前置きが長い)。

嫌われる理由は簡単だ。コンサルは高い。そして偉そうだ。何も知らないのに、ひとの会社に来て勝手な指導をする。いらぬ仕事を増やす。そのくせ、何も役に立たない。現場がそれでも頑張って、何か成果を出すと、コンサルの手柄にしてしまう。だが上の人間が連れてきたので、簡単に追い出せない。上の人間のメンツがかかっているので、失敗でも成功ということになる。何より癪なのは、自分が馬鹿みたいに見られる事だ。

そのくせ、世の中には不思議な事実がある。かくもコンサルは不人気なのに、メディアや書店では、「元マッキンゼー」みたいな肩書きの人間の文章が、もてはやされることだ。就職・転職先としても人気が高い。それだけ不人気なら、なぜ市場を闊歩し、高い給料をもらえるのか?

事実、帝国データバンクの2014年の調査『急成長する経営コンサルタント業』 http://www.tdb.co.jp/report/specia/pdf/140101.pdf によると、こんな調査結果が得られている:

過去5 年間で経営コンサルタントを営む企業数はで約 1.9 倍、 経営コンサルタント利用者数は約 3.7 倍に増加した。

経営コンサルタント利用数が多い産業大分類の上位 3 業種は、サービス業、製造業、卸売・小売業・飲食店

経営コンサルタント利用企業の割合は、サービス業が1.6%、製造業が0.8%、卸・小売業・飲食店が0.6%


という訳で、日本では全企業の1%内外が、経営コンサルタントを利用している事がわかる。もちろん、まだ小さな数字だが、かなり伸びているのも事実だろう。

マッキンゼーについては、知人が皮肉なことを言っていた。世の経営者たちがマッキンゼーを好んで使うのは、彼らが大したレポートを出せないからなのだ。だから、一度使ってみて、「やっぱりマッキンゼーも大したことはないよ。」と重役が偉そうに発言できるようになるために、使うのだそうだ。

でも、本当かなあ、とも思う。というのも、その知人自身がコンサルタントだからだ。彼は、コンサルという職業自体は、否定しない。ただ、世の中には支払う値段に見合うコンサルばかりでは、ないと言いたいのだろう。あるいは、良いコンサルとダメなコンサルがいるのだ、と。

そこで、コンサルタントの定義について、ふりかえってみるのも、無駄でははあるまい。上記のワインバーグは、コンサルタントの仕事をこう定義している。

人びとに、彼らの要請に基づいて影響を及ぼす術

過不足のない、良い定義だ。人びとの要請がなければ、コンサルは動かない。押し売りはしないし、できる商売でもない。また、「問題を解決する術」ではなく、影響を及ぼす術、としている点も、含蓄が深い。コンサルタントというのは、クライアントの要請に応じて、クライアントの変化を助けることが、仕事なのだ。

そして、経営コンサルと技術コンサルを区別しておくのも、大切だろう。技術コンサルタントというのは、通常、クライアントが抱えている、直接顧客と接する技術問題について、助けを出す。ここでの技術という言葉には、科学技術だけでなく、法律上の技術や税務上のそれも含まれる。そして、こういった技術コンサルを雇うことには、それほど強い抵抗はないと思われる。わたしの勤務先でも、セキュリティや契約交渉などで、コンサルタントを頼んでいるし、それは当然だと皆が考えている。

(なお、技術コンサルの亜種として、ERPコンサルと、ISO-QMSコンサル、とよばれる職種がある。複雑なERPソフトウェアの設定を助けたり、ISOの審査に通るよう、QMS文書作りを指導したりする。きわめて特化した形態だ。顧客に影響を及ぼす、とさえ言えるかどうか微妙で、経営コンサルタントの中には、「あんなのはコンサルという名前にふさわしくない」などという人もいる)。

では、経営コンサルタントを雇うときに、ターゲットとなるのは、どのような種類の問題なのか。それは、わたしが「パフォーマンス問題」とよぶ種類の問題である。つまり、具体的・個別的な製品や案件でのトラブルというよりも、なんだか全体として、会社の売上がふるわないとか、利益率が下がっているだとか、離職率が増えて品質が落ちているとかいった、組織の主要な業務に関する、マクロなパフォーマンスの問題なのだ。

こうした問題の解決のために、外部の経営コンサルタントを呼ぼう、とすると、しばしば社内から反対の声が上がる。問題解決は、ホワイトカラーの本来業務である、という信念が、たぶん、そこにはある。外部からプロの問題解決屋をよぶというのは、つまり、自分の「頭が悪い」と言われているのと、同様なのだ。

会社の主要な業務に、問題はあってはならない。売上や利益率やリードタイムといった、組織のパフォーマンスを示すKPIは、達成できるべく設定している。そしてホワイトカラーの仕事は、問題解決である。以上3点が、黄金則である。それでも、もし問題が生じるなら、それはもう、担当者の個人的無能の証明に他ならない。ゆえに、職場へのコンサル導入は、管理職に対し「無能」の烙印を意味する。

おまけに、コンサルなどは役に立たない。彼らは決して、解決策を持ってこない。持ってくるはずがない。なぜなら、自分の業務は特殊だからだ——これがまあ、決め手となる反対理由だ。

どこが特殊か? たとえば、わたしの勤務先なら、LNGプラントのような超低温・高圧の特殊な製品を扱っているし、そもそも専業エンジニアリング会社などという業態自体が日本には数少ないし、仕事の8割以上は海外だし、と、いくらでも特殊性の理由は続く。

でも、ここがホワイトカラーの智恵の見せ所らしく、どんな会社に行っても、そこの仕事が「特殊だ」「特別だ」、「他社とは違う」という理由説明が可能なのだ。読者諸賢も、ためしに自分の会社が特殊である点を、列挙してみられるといいと思う。自分の会社が平凡で普通だ、という説明よりも、ずっとたやすく、かつ心にもストンと落ちるはずだ。

かくて世の中は、個別で特殊な会社ばかりである。では、経営コンサルタントの人たちは、どうやって、そんなところで仕事をしているのか。そもそも、経営コンサルタントという業種が成り立った理由は何なのか?

(この項つづく)


<関連エントリ>
 →「特別な我が社」 https://brevis.exblog.jp/2641571/ (2001-02-03)


# by Tomoichi_Sato | 2018-08-27 23:48 | ビジネス | Comments(0)

書評:「アンナの工場観光」 荻野アンナ・著

アンナの工場観光 」(Amazon.com)

1993年。日本がまだ、バブル経済後の余熱の中にあった頃である。全国の新聞社に記事を配信する共同通信社は、芥川賞をとった新進気鋭の作家・荻野アンナに依頼して、月1回「アンナの工場観光」なる記事を書いてもらうことになった。ごくお堅い「工場」と、お遊び気分の「観光」という、ある種、相反する二語をワンセットでタイトルに掲げるあたりが、この作家の稚気の表れだろう。ともあれ、編集部の小山さんと、イラスト担当の影山女史との3人コンビで、毎月全国の工場を見学して回ることになる。

本書は、その取材を元にあらためて書き下ろした、かなり笑える楽しい連続エッセイである。そして、笑いのかたわら、25年前の日本の製造業の姿、考え方、そして社会のあり方が透かし模様のように、見事に見えてくる。第一級のルポルタージュでもある。

「試供品、もらえないかしら。」−−最初の工場見学先が決まると、さっそく著者はこう、所望する。それもそのはず、記念すべき第1回は、東京王子にある大蔵省印刷局・滝野川工場であった(組織名は全て当時のまま)。もちろん、お札を製造する工場である。ちなみにコインを作るのは造幣局で、お札は印刷局になる。この工場で、年間33億枚製造されるお札の、ほぼ1/3を印刷している。彫刻技師による原版のデザイン、つまり製品設計も行っている。

工場見学の最初に、紙幣印刷工場を選んだのは、とても慧眼の選択であったろう。典型的な量産型工場だ。二階建てアパートくらいに見える、特製の「ドライオフセット凹版印刷機」で、1ロット500枚ずつ、製造される。そして、厳しい品質管理が要求される。人による目視検査もある。量産だが、すべてにシリアルナンバーを印字し、トレーサビリティを記録しなければならない。そして模造が困難であるような、高度な製造技術が要求される。まことに当時の日本製造業を象徴するような、工場ではないか。

工場の人は、製造した紙幣を「お品」と呼ぶ。そして、できた1万円札を、1枚22円で日本銀行に売る。まあ、ほぼこれが製造原価だと思えばいい。製品としてのお札の寿命は、わずか2〜3年である。市中のお札が銀行経由で戻って日銀を通過する際に、自動監察機でより分けられ、古いものは廃棄されるのだ。ともあれ短い時間の見学で、お札の世界の良品とは、目に美しく、偽造が困難であることだと、著者は本質を喝破する。

この調子で、著者の一行は、全国12箇所をめぐる。京都のマネキン工場、静岡・袋井のポーラ化粧品工場、相模原の特殊自動車(霊柩車)工場、横浜の小さな煎餅工房、山形のシャンパンワイナリー、岩手県一関市・富士通ゼネラルのワープロ工場(あの時代には専用ワープロという商品があってかなり売れていたのだ)、東京池上の食品サンプル工場(デパートの食堂の店頭に飾ってあったりした、あのロウ細工である)、三重県松坂の養豚場、名古屋の三菱重工宇宙ロケット工場、山口・宇部の制服工場、そして最後は目黒清掃工場である。

ややB2C系の、消費財製造の分野に偏っているきらいはあるが、それでも良い目配りだ。お金の工場からはじまって、最後にゴミ処分工場に終わる、という構想もなかなか気が利いている。そして、どれも非常に面白い。

目黒の清掃工場では、「こちらでは何が原料で何が製品にあたるのか、考え出すと頭が痛い」(P.308)と書く。だよね。ゴミを燃やして出た煙から有害物質を除去するため、「まずは冷却し、ススとチリを取ってから、水で洗う。煙の水洗い。まさに煙に巻くような技術である。」(P.316)。だから巨大な煙突からは、無色透明な煙(?)だけが外気に輩出されていく。

この工場は、収集したゴミを原料に、千度近い焼却炉で燃やし、熱や電気という「製品」にかえる。そして、副産物の灰は、東京湾の埋め立て地に送られる。著者達一行は、その埋め立て処分場にまで、車に同乗して出かけていく。この、東京ディズニーランドを対岸に望む人工島の、文明の果てともいうべき滑稽かつ荒涼とした場所の描写は、さすが文学作家である。

ところで、この清掃工場には、中央制御室がある。機械化・自動化が進んでいるからだ。当然といえば当然だが、この本に登場する工場の中で、中央制御室らしきものがあるのは,他に化粧品工場くらいだろう。あとは、すべて人間の紙による指示か、あるいは伝票もなしに、現場の人の判断で動いていくのだろう。だから工場建屋から一歩外に出ると、中で動いているのかトラブっているのかさえ、よく分からない。25年前も今も、そうだ。こういう点での進歩のなさのおかげ(?)で、この本は現代でもちゃんとリアリティーを持って読めるのだ。

著者は、しきりに自分は文系だ、と強調する。たしかに「セラミド」や「固体燃料」といった専門用語は、その分野の技術者でないとわからない。だが、目の前に見える現実を、いろいろな角度から多面的に見て、その本質を理解する能力は、別に文系理系にかかわらない。

たとえば、作家にとって商売道具であるワープロの工場にいく。部品や配線と聞いて著者がイメージした、昔のラジオの中と違って、プラスチック下敷き3枚分の「基板」を走る細い筋が配線で、チップマウンターで実装される板チョコ状の「CPU」が、全体の頭脳となる部品だと知る。そこで著者は急に、名優ジャン・ルイ・バローと日本の能役者が「鐘をつく」動作をしてみせるときの、その差を思い出す。バローの筋肉を動かすリアリスティックな演技に対し、能役者は最小限の動作で、観客にその意味を伝える。

「記号化によるエネルギーの節約で、(中略)最小限の動作と空間へ切り詰めていき、そこから最大限の機能を引き出す。この言い方なら、能とICを横並びに置くことも可能だ。」(p.158)

こういう風に、物事の本質をズバリと抽象化して理解する知性を、この作家はもっている。同時に、効率よく自動化されたマウンターのすぐ後の工程で、女性達が並んで基板を目視検査しているのも見逃さない。工場内の物流を担うAGVを、「ロボット君」と呼んでかわいく描写するが、「不健全在庫低減」の標語を叫ぶウルトラマンの職場ポスターも見つける。この会社がが基板やICチップに見せた『記号化と機能化』を、工場の生産マネジメントにも発揮しているかどうか、著者は何も批判的なことは書かないが、よく見ているのだ。

それにしても、ここに取り上げられた工場のいくつかは、すでに業容をかなり変えているだろう。なくなっている所もあるかもしれない。この当時は外国人労働者も少なかっただろうし、派遣労働者制度も工場は適用外だった。

バブル時代の前、日本の工場は「追いつけ追い越せ」「高度成長」で生産量増大に燃えていた。バブルの最中は、「高付加価値」なる言葉で、要するに贅沢品志向に変わった。バブルがはじけると、一転して工場は「コストダウン」「人件費低減」の嵐だ。そして「海外移転」へと、多くの経営は舵を切っていった。本書に描かれているのは、不況へと転じる入口の時代だ。

しかし当時の工場と、今の工場と、本当にどこがどれだけ変わっただろうか? ‘90年代の製造設備を使い続けている工場は、ごまんとある。職人芸的な手作業に依存する部分も、少なくない。全品目視検査の工程も、ザラだ。バブル時代には一時はやりかけた自動化設備も、その後は緊縮予算で増えていない。

こうした工場のあり方を支えてきたのは、二つの理念だ。まず、きちょうめんで忍耐強く優秀な労働者を、比較的低価格の賃金で、いつまでも雇い続けられる、という信憑。とくに注意力を要する職場には、多く女性が割り当てられる(このことを、著者はやんわりと描き出している)。そしてもう一つは、大量生産における全品目視検査といった、非常に単調な仕事でも、機械より安ければ人間にやらせるのが当然だ、という価値観である。

「人が働くとはどういうことか」に関する、その企業の思想が露骨に現れる場所が、工場なのだ。来る日も来る日も、基盤の欠けや札の印刷の汚れだけを、チェック続ける。機械のミスを人間がチェックする。そんな仕事に、人は一生をかけられるだろうか。親戚の子どもがその仕事に就いたら、「おめでとう」と言えるだろうか。25年前にはまだ、画像検査装置は高価だった? その通りだ。性能も低かった。では、そうした工程は今やすべて自動化されているだろうか。「人間の方が機械より正確だから」という理由をつけて、相変わらず大勢の女工を並べている工場も、あるのではないか。そうした会社が、他の従業員をどう扱うか、推して知るべしではないか?

この本の中で、やはり読んでいて面白いのは、小さくて個別性が高く、全体をある程度見通せるような職場である。養豚場とか、ワイナリーとか、霊柩車とか、マネキンの工場だ。工場というよりは、工房かもしれない。そうした世界では、働く人は生き生きしている。日本人の職人気質なところが、長所として出ている。だったら、こういう中小企業を、より大切にするべきではなかったのか。

そういえば、職業的小説家もまた、職人的手工業の世界である。だから、作り手の気持ちが、より通じているのかも知れない。そういう点で、本書は、村上春樹の『日出る国の工場と並ぶ、作家による工場ルポルタージュの傑作である。ぜひ探してでも読むことをお勧めする。


# by Tomoichi_Sato | 2018-08-20 23:12 | 書評 | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(8月31日)開催のお知らせ

プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の2018年第4回会合を開催いたします。


今回は、元フジテレビ海外特派員、テレビ静岡会長で、現在は一般社団法人静岡アジアパシフィック協会理事長の曽根正弘様に、メディアから見た世界の転換点と、その取材とについてご講演いただきます。


ご存じの通り、現在のマスメディアは時間的な媒体であり、とくにTVの場合は取材におけるリアルタイム性の高さが求められます。そして、対象とするのは、繰り返しのない一過性の出来事で、かつライバルとの激しい競争もあります。
そのような現場を抱える中、どのような形で世界的な出来事にかかわり、それをレポートしているかについて、貴重な体験をベースにお話しいただきます。


他では聴けない、興味深いご講演は、暑い夏の夕べ、一服の清涼剤となるはずです。

大勢の皆様のご来聴をお待ちしております。


<記>

日時:2018831日(金) 18302030

場所:慶応大学三田キャンパス

 北館会議室21階)(定員:28

 https://www.keio.ac.jp/ja/maps/mita.html

 キャンパスマップ 【1


講演タイトル:

タイトル「TV特派員が現場で見た世界の転換点」


概要:

フジテレビ特派員としてモスクワ、ワシントン、ニューヨーク、ロンドンと転任する中で、東西冷戦の終結、ソ連のクーデターに端を発する体制崩壊を千載一遇の機会を生かして現場レポートをすることができた顛末を語る。


講師:一般社団法人 静岡アジアパシフィック協会

理事長 曽根正弘(そね・まさひろ)


講師略歴:

略歴:

静岡県出身

1964年早稲田大学卒、()フジテレビジョン入社。

1970-71 米国ミシガン大学、MITに短期留学。

1982-85 モスクワ特派員・支局長。

1989-90 ワシントン特派員・支局長、FCI報道担当副社長。

1990-94 ロンドン特派員・支社長。

1994-98 フジテレビ総合調整局長、社長室長、取締役国際局長

1998 ()テレビ静岡移籍

1998-2017 同社専務取締役、代表取締役社長、会長、相談役、顧問

(この間、静岡商工会議所情報文化部会長、静岡交響楽団理事長、静岡市

 行財政改革推進審議会会長ほか兼職多数)

現在:()TOKAIホールディングス社外取締役、東京音楽大学特任教授、

 静岡県ニュービジネス協議会統括副会長ほか。


参加費用:無料。

 ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥2,000)は免除されます。

 参加を希望される方は、確認のため、できましたら前日までに三好副幹事までご連絡ください。



佐藤知一@日揮(株)



# by Tomoichi_Sato | 2018-08-18 17:58 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

生産マネジメント手法の系譜を考える(3) 90年代以降の発展とこれから

--ちょっとこれまでの流れをおさらいします。生産マネジメントの手法は20世紀前半に、米国の自動車産業が牽引する形で誕生・発展しました。複雑な機械製品を、大量生産することが主眼でした。60年代には計算機を利用するMRPという計画手法が開発され、需要に合わせてロット生産のタイミングを調整し、工場全体を采配する事が現実化します。

「集中管理の実現ですね。」

--そうです。そしてMRPはその後も、発展を続けます。資材調達だけでなく、人員や資金など、製造に必要な経営資源全体の計画ツールにまで拡大し、80年代にはManufacturing Resource Planning = MRP IIという概念が生まれます。そして、これにヒントを得て、ドイツのSAPという名の企業が、Enterprise Resource Planning = ERPという用語を作ります。こちらは皆さんご存じですね。

「ERPって、元は生産管理用語から来たんですね・・」

--はい。だから、今でも主要なERPパッケージは、その生産マネジメント部分にMRP IIのロジックを実装しています。
 ところで一方、日本では70年代ごろから小ロット・多品種で、市場の需要にきめ細かくより添う、トヨタのような生産方式が主流になります。かつての「メード・イン・ジャパン=安物」の汚名をそそぐべく、また現場のモチベーション向上も込めて小集団活動を中心としたTQCが盛んになり、石油ショックも手伝って、日本製品は米国市場で力をふるいます。そして80年代後半には、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」、日本型経営礼賛の時期が来ます。

「なんだか遠い昔の話を聞いているような気がします。」
「でもこれ、今も変わらぬ現実だと思ってるオジサンたちも多そう・・」

--かもしれません。ところで、この間、米国も指をくわえて見ていた訳ではありません。あなたがアメリカ企業の経営者だったら、どうしますか?

「ええと。関税をかけるよう政治家を動かして、輸入をブロックします。」

--なるほど。政治に頼る解決ですね。実際、そういう動きもあって、日本の自動車会社は米国での現地生産に取り組みはじめます。しかも、部品の現地比率その他の規制までかかって、単に部品を全て米国に持って行って、現地で最終組立だけするような生産方式は通じなくなります。部品の調達からやらざるを得ない。かくして米国企業は、日本の工場マネジメントのやり方を間近に見ることができるようになります。そして気がつくんです。これは単に、安価な労働力を人海戦術的に使ったやり方ではないのだ、と。

「当たり前ですよ!」

--また、日本にも盛んに調査団を送ります。その結果を、MITが’90年代の初めに報告にまとめ、こうした日本企業の生産方式を「リーン生産」と名付けます。Leanとはお肉の赤身のこと。贅肉のない、つまり徹底して在庫を減らした生産マネジメント方式です。また品質問題についても考え直し、「シックス・シグマ」という概念に至ります。徹底した品質追求から、生産のムダやムラをあぶり出す方法論です。

「日本のやり方を、呼び名を変えて真似しただけじゃないか。」

--そうとも言えません。彼らは概念の体系化に長じていますし、技法も生み出します。それに日本のQCだって、もともと米国の統計的品質管理から学んだのです。

「たしかにITマネジメントの世界でも、アメリカではLean Six Sigmaという言葉を時々見かけます。」

--ところで、少し話は戻りますが、貿易摩擦と関税による障壁は日本企業だけでなく、米国企業をも悩ませることになりました。すでに部品製造を安価な外国にかなりシフトしたしまった会社は、同じく関税に直面します。それだけではありません。米国内での生産と、中米やアジアでの部品製造を、どう上手につなぎ、どうタイミングを合わせるか、という問題に直面します。そしてここから、『サプライチェーン・マネジメント』という重要な概念が登場してくるのです。

「SCMですね。」

--そうです。サプライチェーンという言葉や、供給連鎖という概念は、古くからあったものです。しかし、その全体をマネージしよう、との発想は’90年代以降のものです。最初は流通業における企業間の取り組みからスタートし、製造業にもその概念が波及します。そしてSCMとともに、個別最適 vs. 全体最適、といった問題意識が出てくるのです。

「へえ。全体最適とか、昔からある議論かと思ってました。」

--80年代後半はちょうど、計算機が汎用機からPCへとシフトし、かつ計算能力も通信速度も、飛躍的に伸びていく時期でした。そこでサプライチェーン・マネジメントを実現するために、ITを利用した、新しい発想による技術が生まれます。それが、Advanced Planning & Scheduling = APSでした。APSは、MRPの難点であった負荷計画問題を克服し、最適な生産スケジューリングを可能にしたのです。そして90年代には、実用の時代に入ります。
関税が政治に頼る解決だとしたら、こちらは論理とITに頼る生産マネジメントの改革法です。

「マネジメントのIT化、ですか。うーん」

--同時期にもう一つ、米国では重要なマネジメント理論が現れます。イスラエル出身の物理学者ゴールドラットが、制約理論(Theory of Constraints = TOC)を提案するのです。彼は最初、OPTというAPSソフトウェアを開発していたのですが、ソフトよりも生産マネジメントの考え方の変革の方が重要だと考え、’84年に『ザ・ゴール』という、ベストセラーになったビジネス小説を書きます。これがSCMの概念とマッチして、90年代には生産マネジメントの世界に多大な影響を及ぼしました。TOC理論は、MRP IIなどの持っていた、計画偏重・中央管理のやり方とは一線を画す思想から生まれ、それがSCMにマッチしたのです。ポイントは何だったと思いますか?

「え、何だろう。現場の自主性を尊重するんですか?」
「私、TOCのクリティカル・チェーンという、プロジェクト管理の方法を聞いたことがあります。現場尊重っていうより、なんか、バッファー・マネジメントとかって話だったような気がします」

--そうです。TOC理論では、現場にはいろいろな変動要因があり、計画通りになかなか進まない、という認識がベースにあるのです。生産マネジメントでは、DBRとかDBMといった方法論が提案されます。これらは、工場にある「ボトルネック工程」へのコントロールに集中して、工場全体のスループットを最大化しよう、との発想が中心にあります。複数のサプライヤーをまたぐSCMでは、こうした変動への対処が、さらに重要になるのです。
 でも、日本の製造業は、こうした新しいマネジメント手法には、馬耳東風だった・・。

「え?」

--アメリカから日本に、MRP IIやSCMなどの考え方が紹介されるのは、じつは10年近く遅れたのです。わたしは’98年に、仲間と共著で『サプライ・チェーン・マネジメントがわかる本』を出版しました。この中でAPSやTOC理論の紹介もしたのですが、これは日本語で書かれた入門書としては、かなり早いものでした。なぜ、そんなに情報が遅れたのだと思いますか?

「わかりません。いつもアメリカの情報はすぐ入ってくるのにな。」
「バブル崩壊と関係があるんじゃないですか?」

--バブル崩壊よりも、バブル経済それ自体に関係があります。つまり、’80年代の半ばから’90年代の前半まで、日本人は鼻高々の絶頂期にあった。日本型経営、日本のものづくり、これは世界最高である、と。「もうアメリカに学ぶものはない」--そういう標語さえ、世間を闊歩していたのですよ。

「嘘みたい・・」

--この時期を、わたしは「生産マネジメントの失われた10年間」だと考えています。90年代、バブル崩壊で日本の製造業は、困難に直面します。工場も海外移転し、サプライチェーンが長くなってしまった。でも、日本の生産現場や、経営それ自体の考え方に、ITの重要性がすこしずつ認識されるようになるのは、ようやく2000年代に入ってからでしょう。

「それって、IT開発プロジェクトの世界も、似ているのかもしれません。米国でPMBOK Guideが初めて出たのは90年代前半とききました。でも、日本のIT業界が、PMに真剣に取り組みはじめるのは、2000年代の半ば頃からだったそうです。」

--たしかにね。90年代中頃までは、半導体もPCも、日本の計算機メーカーが世界市場を制覇していました。日本のIT技術は世界一である、とメーカーが思っていたとしても、不思議はありません。

「それってハード製造の分野だけの話で、ソフトウェアが弱いのは昔からなんですけれど。」

--そうですか。まあ、ともあれ、21世紀に入っても、日本からは新しい生産マネジメント思想が生まれません。「現場力」が大事で、職人的な技を磨く「ものづくり」が企業を支える、みたいな考えが強く、あとはヒットする新製品をどう生み出すかが、話題の中心になりました。トヨタは相変わらず強いので、トヨタ生産方式の表面的な真似をする人たちは、たくさん出ましたが、最初に申し上げたように、生産形態も需要特性も違うところに、技法だけ持ち込んだって活きないのです。

「2000年代に、欧米から新しい考えはでてきたのですか?」

--いい質問ですね。二つあげましょうか。米国の「工場物理学」と、ドイツの「Industry 4.0」です。米国では、MRP II・APS・SCMといったメインの流れに沿って、大学にも生産マネジメント学を教育する学科があります。その中からW・ホップという学者が、Factory Physics(工場物理学)という考え方を提唱します。これは待ち行列理論を出発点として、工場内のモノの滞留現象を解析し、リードタイム短縮をねらうとともに、より効率性の高い生産ラインを設計しようという考え方です。これまでの生産マネジメント思想は、すでにある工場を、どう効率よく運用するか、という問題意識でしたが、こちらは一歩踏み込んで、より効率的な工場の生産ライン設計にまで踏み込んでいきます。

「それと、例のインダストリー4.0、ですか?」

--そうです。これは2013年に、ドイツの科学アカデミーが国策として提唱した概念です。最初はかなり抽象的でしたが、だんだんと具体的な技術論に発展してきました。こちらは世界でも高賃金で労働時間の短いドイツが、それを維持しながら国内製造業の競争力をどう向上すべきか、という問題意識が底流にあります。賃金の安い国に工場を移転すればいい、という風には彼らは考えません。かわりに、彼らは市場の要求にきめ細かく対応できるような生産マネジメント能力を作る必要がある、とします。このための手段として、スマート機械とスマート製品の二本立てで、フレキシブルなバリューチェーンを構築すべきだ、と構想します。

「バリューチェーンって、サプライチェーンと違うものですか?」

--バリューチェーンは本来、同一企業内の価値連鎖を指す経営学の言葉ですが、Industry 4.0では複数企業間をまたがるようなケースも想定しています。製品の個別仕様ごとに、違った経路を部品が渡り歩く、というイメージです。ドイツも自動車産業の国なので、量産型機械のイメージが強いのですが、単なる大量ロット生産ではなく、顧客の個別の要求にあわせた製品を作る必要があります。これを、「マス・カスタマイゼーション」といいます。

「日本では、当たり前に実現していることじゃないですか!」

--ですが、それは下請け部品メーカー達の、相当な努力と犠牲で成り立っていることを、忘れてはいけません。それと、機械加工系の工場では、従来、各工程の進捗をつかむのが大変でした。工作機械は皆、スタンドアローンで動いているからです。生産スケジュールをどんなに精密に立案しても、現実の進捗をちゃんとフィードバックしてあげないと、工程表はすぐ絵に描いた餅になります。日本はこれを、現場の職長達の判断でフォローしています。
 ドイツは、IoTなどの技術を使って機械をよりスマート化し、リアルタイムに状態を把握できる仕組みをつくればいい、と考えました。また、CAD/CAMの設計データを、工作機械に直結して流せるよう、あらゆる機械のインタフェースを標準化できる「管理シェル」を作っています。こうしてERPから現場の機械までを垂直統合する「スマート工場」が生まれます。

「あの、スマート工場というのは、何となく分かる気がするんですが、スマート製品って何ですか?」

--部品や製品自体に、たとえばチップか何かが載っていて、自分が何か、今どこにいるか、次にどこに行くべきかを、自分で判断できるような仕組みをつけたものです。組立加工系の工場の悩みは、モノの場所探しにあります。それを、複数企業からなるサプライチェーンの中でも、行き先不明にならないよう、スマート化しようという訳です。さらに顧客の手に渡っても、どのような使い方をされているかを逐一、記録し報告することで、さらなるサービス価値を生み出せる,という訳です。

「それだって、コマツの建機などはもう実現していますよ!」

--製品的には、おっしゃる通りです。日本企業は個別には、Industry 4.0の目指すところを実現している例があります。ですが、システム化とか標準化になると、突然弱くなる。特定個人や企業の強みが、日本全体の強みに共有されません。なぜだか、分かりますか?

「え! ・・産業界にリーダーシップが足りないから、ですかね。」

--ほお。トヨタさんにも、リーダーシップが足りない、と?

「それは違うような気がします。・・でも、分かりません。」

--わたしの答えを言いましょうか。マネジメントに関する科学的・体系的思考が弱いからです。科学として考えないから、技術として定着できない。体系的でないから、個別事例で終わってしまう。あるいは、もっと皆さんに分かりやすい用語を使うと、「システム思考が弱い」になるかもしれません。マネジメントの問題を、リーダーや現場の「人間力」のレベルだけで説明する考え方など、その典型です。

「でも、人間力のどこがいけないのですか?」

--じゃあ皆さんは、デスマーチに陥ってしまったITプロジェクトの問題を、プロマネ個人の人間力不足として、人事評定されたら満足ですか? そうじゃないからこそ、こうやってわざわざ生産マネジメントについて、勉強しにいらしたのでしょう?

「それはそうですが。でも、そうしたら私たちは、この表にあるいろいろな考え方の、どれを学べばいいのでしょうか?」

--どれかを学べば、それがすぐ皆さんの役に立つとは考えない方が良いです。というのも、マネジメントの手法というのは、それぞれ、その時点で直面していた課題を解決するべく、開発されたものだからです。(わたしはボードの表に欄を書き加えて説明した)
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--フォード・システムは連続大量生産の実現が課題でした。それができるようになったら、次は多品種での大ロット生産の在庫適正化のために、MRPが生まれます。他方、より少量生産で、かつ多品種混流でのコストダウンのために、トヨタ生産方式が工夫されます。TQCは品質向上と現場のモチベーションアップが課題でした。
 リーン・シックス・シグマは同じく在庫最小化と改善活動を、米国の企業文化の中で実現することがねらいです。APSはMRP IIの生産計画をより現実的なものとし、SCMを可能にしようとしました。TOCはスループットの最大化と変動へのフレキシブルな対応が、問題意識の中心でした。工場物理学はリードタイム短縮と工程設計論を目指し、インダストリー4.0は先進国の製造業における生産システムの将来形を構想し、マス・カスタマイゼーション実現をターゲットとしています。
 こういう風に、マネジメントの方式は、それぞれ課題意識があって生まれているのです。世の中には今のところ、完全無欠な生産マネジメント手法はありません。それぞれ、何を主要なねらいとするかによって、とるべき手段がかわるのです。

「じゃあ、私たちがトヨタ生産方式に学べるところは、ないのでしょうか?」

--多くの日本企業がトヨタに学ぶべきところは、生産と販売が同じ計画で動くことを徹底している点です。彼らは月度計画と呼びますが、とにかく、実行可能な計画を立てて、それを生産側も販売側もきちんと守る点が、あの会社の最大の強みなのです。つまり、トヨタのやり方は、実は「トヨタ生産販売方式」と呼ぶべきだと、わたしは思っています。ところが、多くの企業では、生産と販売の両輪がかみ合っていない。とくに多くの企業では、販売側が弱い。

「僕の会社では、営業の方が強いですけど。」
「IT系企業を見ると、たいていそうですね。お客様の会社でも、営業の方が強いところが多いです。」

--わたしが言っているのは、社内の発言力の強さのことではありません。計画を立てて、その通り実行できる能力のことです。計画なのか精神目標なのか分からない数字を立てて、そこからズレたら全部、製造側に変動を押しつけるようなやり方は、能力が高いとはいいません。生産と販売が共同で立てる計画のことを、英語ではSales & Operation Plan = S&OPと呼びます。この概念は、MRP IIの中で80年代に生まれたものです。皆さんの会社にS&OPと言える計画はありますか?

「・・ないと思います。」
「しいて言えば、半期の予算計画かなあ。あれも当てにならないけど」

--ITは分かりませんが、製造業では最低でも月サイクルで回していかなければ、S&OPとは言えません。ここがブレると、まずリソースに余計な負荷がかかります。調達にも影響が出て、サプライヤーをこまらせることになります。納期も延びコストも上がるでしょう。

「IT分野でも、人ごとには聞こえません・・」

--さらに物販の場合は、製品在庫が過大になったり欠品したりします。これらは全部、製造と販売がリンクしないために起こります。それを避けたければ、リソースに無理やムラが生じないように、営業側も販売努力しなければならない。

「ですが、営業部門の事なんて、私たちの手に余ります。技術の側で、学ぶところはありませんか?」

--ありますよ。仕事=作業+改善、というのも、トヨタの考え方です。改善におけるPDCAサイクルの概念は、TQC以来、広く普及しています。ですが、業務に必要な作業をしているだけでは、仕事をしたとみなさない、というトヨタの徹底ぶりは学ぶべきです。

「受注したプロジェクトのために、設計や実装作業をしているだけでは、たとえそれが新しい技術要素を含んでいても、改善とはいえない、ということですか? 厳しいですね。」
「でも、自分から新しい方式にチャレンジすることだって、やっていますよ!」

--標準なくして改善なし、というのも、トヨタの標語です。だから先ほど皆さんに、改善活動による効果についてご質問したのです。バグ数でもいい。生産性指標でもいい。何か、これが標準、と定めた上で、その標準をどうやって持ち上げていくかを考えるのが、改善の姿です。
 いや、この考え方は何もトヨタにはじまったものではありません。もっとずっと前、フォードとほぼ同時代に、米国で初めて「科学的管理法」という概念を打ち出し、近代経営学の基礎を作ったテイラーも、それを実践しました。彼の方法論を受け継いだInustrial Engineerng = IEの人たちも、同様です。

「でも、ITの仕事は、工場の労働者とは本質的に違います。繰返し性が少ないんです。」

--プロジェクトはすべて個別だから、比べられない、と皆さんはおっしゃる。たしかに表面的にはその通りです。ですが、その違いの下にある共通プロセスを明らかにして、そこに科学の光をあててこそ、マネジメントが技術となるのではないでしょうか?
 仕事のパフォーマンスを測定し、数値化し、原因を分析して、工夫を加える。これがマネジメントに関する科学的・体系的思考の姿です。それを全部、リーダーや経営者の人間力のせいにしていたら、何の進歩もなくなってしまいます。皆さんがもし、エンジニアとしての自負をお持ちなら、ぜひ、仕事を科学する意識をもっていただきたいのです。


<関連エントリ>
→「生産マネジメント手法の系譜を考える (1)」 https://brevis.exblog.jp/27426439/ (2018-07-23)
 →「生産マネジメント手法の系譜を考える(2) 日本型生産思想のあり方」 https://brevis.exblog.jp/27462519/ (2018-08-02)

# by Tomoichi_Sato | 2018-08-11 23:24 | サプライチェーン | Comments(0)

生産マネジメント手法の系譜を考える(2) 日本型生産思想のあり方

「’73年の石油ショックについては聞いたことがあります。石油の値段が急に上がったんですよね。」

--そうです。それまで中東アラブ諸国の原油生産は、事実上、欧米の石油メジャーが支配しており、バーレル$3の超安値で、原油を欧米に輸出していました。しかしイスラエルとの中東戦争に端を発し、ナショナリズムに目覚めた各国が団結し、輸出を止めると脅したので、原油価格は$10以上にはね上がったのです。それが、アメリカの製造業にどう影響を与えたと思いますか?

「エネルギー価格が上がって、製造原価が高くなったんじゃないでしょうか。」

--たしかに、それもあります。でも、一番影響を受けたのは、消費者の側でした。米国の自動車市場で、それまで常識だった、安いガソリンを湯水のごとく消費する、大型のアメ車に頼ったライフスタイルが、ピンチに瀕しました。消費者はやむを得ず、燃費の良い中小型車に目を向けることになります。その市場に入り込んできたのが日本車でした。そして、またたく間にシェアを伸ばしていった。

「高性能・高品質な日本車が、米国市場を席巻したんですね!」

--いや、それは現代から振り返って考える人の錯覚です。’70年代の前半まで、日本製品は、「安かろう悪かろう」の代名詞でした。そして当時の米国への最大の輸出商品は、衣料品と雑貨です。今日のメード・イン・チャイナが持っているイメージと同じですね。

「そんな馬鹿な!」

--信じにくいでしょうけれども。まあ、その時代のことを覚えている人は、もう現役引退の世代ですからね。Deep Purpleという英国の人気ロックバンドが、’72年に日本公演のライブ盤を二枚組LPで出したとき、原題は”Made in Japan”でした。皮肉なタイトルだったのです。日本車も、当時はそういう目で見られていました。そして事実、安かった。まだ固定相場制度で、1ドル360円の時代でしたから。こうして、日本車は米国市場のスキマに侵入し、少しずつ地歩を固めていくのです。

「それで、どうなるんですか?」

--70年代は、アメリカが自信喪失に陥っていく時期でした。石油ショックの後、’75年にはベトナム戦争に最終的に敗北します。アジアの小国ベトナムが、超大国アメリカに史上初めて勝利し、自国から追い出すのです。’70年代は米国の製造業が企業買収で多角化したり、工場を労賃の安い中米に移転したりする動きが、目立ちはじめた時期でした。70年代はまた、あるサービス業種がのびた時期でもありました。何だと思いますか?

「さあ・・鉄道か通信業でしょうか。」

--経営コンサルタントという業種です。彼らの主要な仕事は、経営者にかわって首切りリストラと、コストカット計画を立案することでした。工場の主要問題は立地で、生産管理やMRPではなくなってしまいました。そしてこの時期、日本に対して怒っていた米国人も多かった。皆さんは知らないでしょうが、ハンマーで日本製品を打ち壊すパフォーマンスを、TVカメラの前で議員がやったりしました。彼らの多くは、日本は不公正に安い通貨レートで輸出しているし、何より日本国内の安価な労働力を酷使して、大量に製品を作っているから価格競争力があるんだ、と本気で信じていました。

「なんだか、今、世間の経営者の人たちが、中国製造業に対して抱くイメージと、よく似ていますね。」

--いいポイントです。歴史の皮肉ですね。ただ、日本の製造業が実際に考えて、取り組んでいたやり方は、すいぶん違っていました。自動車産業で言えば、トヨタは’70年頃から、独自の生産方式を築き上げてきました。その発想の原点はきわめてはっきりしている。それは、「トヨタの会社の規模では、フォードやGMみたいに大量生産で安く作ることはできない」でした。

「え? トヨタの規模じゃ小さすぎる、ということですか?」

--そうです。フォードやGMは生産台数が非常に多く、生産ラインを単一車種専用にできました。ラインは同じモノを繰り返して作るわけですから、きわめて生産効率が高い。しかし、当時のトヨタの規模では、一つの生産ラインに複数の異なる製品を流さざるを得ません。小ロット生産の中で、いかに安く効率よくモノを作るか。これがトヨタ生産方式を引っ張った、大野耐一という人の問題意識の原点なのです。

「その答えがカンバン方式ですか!」

--いえ。かんばん方式はツールの一つでしかありません。トヨタ生産方式については、どうも「群盲象を撫でる」的な誤解が多いのです。が、根幹にあるのは、生産と販売が同じ一つの計画で動くこと、その中で徹底した平準化を行うことです。月度計画で、まず大きな線を引く。細かな変動は、かんばん方式などで調整・同期化する。だからかんばんは従であり、ツールなのです。

「・・トヨタって、計画生産だったんですね。」

--そうです。生産と販売がバラバラの計画で動いていたら、良いことはない。80年台前半には、別会社だったトヨタ自工とトヨタ自販が合併します。一体化を進めることも、目的の一つだったんじゃないでしょうか。そもそも営業部門が、製造現場の事情など無視して、勝手に仕事をとってきたらどうなると思いますか?

「ウチの会社なんか、営業がムリな納期や値段で仕事を取ってきて、あとはプロマネに押し付けています・・。」

--工場の生産は、一定のペースで進めるのが一番効率が良い。多品種であっても、月度の中で均等に作っていく。これがトヨタの平準化で、販売もこれを意識するのです。「ムラがあるから、ムリをする。ムリをするから、ムダが出る」という標語があるくらいです。そのために小ロットでも、切り替え時間を短く工夫する。自働化といって、不良が出たら機械が自分で止まるようにする。こういった現場の工夫と改善を引き出すため、あえて中央管理による指示の形を避けるのです。皆さんの職場では、改善はどのように位置付けられていますか?

「ぼくらITの世界では、技術進歩が激しいので、日々、開発のやり方を改善して、生産性を上げる工夫を重ねています。」

--そうですか。それは、すばらしい。それで、過去10年間で、御社では何%くらい生産性がアップしたのですか?

「いや、僕らのは考えるタイプの仕事ですから、生産性は簡単に数字では表せません。」

--なるほど。では品質はどうですか? 品質の改善効果なら、バグの数などで係数化できるでしょう。

「それは、計量化できなくはないですが、開発環境自体が進化していますからね。比較は難しいんです。」
「あの、システム開発は個別設計ですから、量産品のように効果測定はできませんので。」

--なるほど、なるほど。それでも皆さんは、仕事を改善したいという熱意を持って、こうして勉強会をされているんでしたね。すばらしい。日本の現場は、皆さんのような優秀かつ士気の高い人たちが支えているのだと、よく感じますよ。工場に行っても、そうです。
統計的品質管理の手法は、もともと米国から輸入したもので、デミング博士などが指導者として有名です。デミング・サイクルという言葉はご存知ですか?

「たしか、PDCAサイクルのことですね。」

--その通りです。マネジメントとは、PDCAサイクルを回し、改善を積み上げていくこと、との認識が日本の製造業に定着しました。さらには、この品質管理による改善を、職場の小集団活動に結びつけて、TQC (Total Quality Control) という独自の手法に発展させました。「品質は工程で作り込む」。つまり、品質は検査係の仕事ではなく、製造に携わる全員の責任と考えられました。

「まあ、たしかにバグはテスターの責任ではないですね。」

--また小集団による改善活動には、現場の人材育成とモチベーション維持という意義もあります。部門ごとに目標KPIを決め、自分で考えて仕事を改善していく訳です。MRP的な集中管理の排除、品質重視、現場の自主性尊重と責任移譲。これは80年代を通じて、日本の生産管理に広く見られた考え方です。日米を比較すると、こんな感じです:

米国:中央集権。計画重視。現場の人間はただ、マニュアルと命令に従うだけ。
日本:分権的。実行重視でフレキシブル。現場の裁量と自主的改善活動にまかせる。

--こうした比較から、日本型経営は人間重視だと自賛する声も、よく聞きました。ただ、こうした特徴には、裏の面もあります。何だと思いますか?

「うーん、こうして比較を見ると、やはり日本の方がずっと優れているように見えますが。」
「ええと、日本型は、現場に優秀な労働者が揃っているから可能だ、という面はないでしょうか。移民社会の米国では、文字も読めない人が案外いると聞いたことがあります。」

--そうですね。日本型の生産管理は、たしかに分権的ですが、現場の優秀さに依存している面があります。現場の人の会社へのロイヤリティ(忠誠心)は、ある程度、終身雇用制に裏付けられていました。米国の北部、デトロイトあたりの工業は、もともと奴隷解放で南部から大量に来た黒人労働者で成り立った時期がありましたが、彼らに会社への忠誠心は希薄です。改善しても会社が儲けるだけで、自分たちの給料に反映されないなら、誰が進んでわざわざ時間外に改善活動などするでしょうか。
それと、分権的であることにマイナス面はないでしょうか?

「中央集権より、良いと思いますが。」
「リーダーシップが、弱いと思います。」

--リーダーシップは、なぜ必要なのですか? あるいは、こう聞きましょうか。リーダーシップを必要とされるのは、どんな時ですか?

「そりゃ、無いより、ある方が良いに決まっているじゃないですか!」

--あなたは、電車の運転士や、航空機のパイロットに、リーダーシップを期待しますか? ジャンボジェットの席に座ったら、アナウンスが流れたと想像してみましょう。「皆様、ご安心ください。当機の機長は、強いリーダーシップを持っております。どんな変化や苦境も見事乗り越えて進むことができます…

「(笑って)それは、いやですね。席を立って逃げたくなります。」
「そうすると、リーダーシップって、変化が大きくピンチの時に必要なんですね。」

--その通りです。それだけではありません。分権的で現場任せの組織は、意思決定が縦割りで、皆が部門単位の利害を求める、いわゆる『局所最適』マインドになりがちです。この、局所最適・全体最適という言葉自体、米国で、90年代ごろからポピュラーになってきます。それは、ある重要な概念が米国で生まれて来たからです。

(この項つづく)



<関連エントリ>
→「生産マネジメント手法の系譜を考える (1)」 https://brevis.exblog.jp/27426439/ (2018-07-23)


# by Tomoichi_Sato | 2018-08-02 22:32 | サプライチェーン | Comments(1)

生産マネジメント手法の系譜を考える(1)

「佐藤さん、お忙しいところ、時間を取っていただき、ありがとうございます。突然お邪魔して恐縮です。」

--別にいいですよ。それより、何のお話しをすればいいんですか?

「ぼくら、生産管理について、少し勉強したいと思っています。ただ、どこから手をつけていいか、よく分からなくて。教科書もあるような、ないような、Amazonとかで探せば、山のように候補は出てくるんですが、どれが良いのか迷ってしまいます。また逆に、自分たちの社内にはあまりそういう資料はなくて。」

--なるほど、生産管理の勉強ですか。皆さんは受託開発のシステム・インテグレーターにお勤めですね。すると、製造業向けのシステム開発に取り組まれるんですか。生産の実務を知っているITエンジニアは少ないので、勉強されるのはいいことですね。

「いえ、少し違うんです、佐藤さん。たしかにぼく自身は今、製造業向けの仕事をしていますが、業務分野は会計システムですし、他のメンバーも、製造業はあまり経験がないんです。ぼくらの勉強会は、しばらくプロジェクト・マネジメントについて勉強してきました。ご存知でしょうが、ITプロジェクトはいろんな問題があって、ひどい赤字が出ることもあります。それで、議論しているうちに、ほんとは製造業の方がずっと上手なマネジメントをしているんじゃないか、って話になって。」
「あのお、たとえば、『トヨタ生産方式』とか、よく聞きますよね。ああいうのを導入したらいいんじゃないかと、私なんか思ったんです。それで、まず生産管理の基本的なところを勉強しよう、となりまして。だったら、佐藤さんがお詳しいらしいので、教えていただこう、と。」

--ははあ。そういう事ですか。ただ、どうかな。IT系のプロジェクト・マネジメントに改善余地があるのは同感だけれど、“製造業の方が管理は上”とか、“トヨタのやり方を導入すれば解決”、とかって意見は、必ずしも賛成できないなあ。

「そうなんですか?」

--うん。そう思い込む人は、よくいますけどね。マネジメントというのは、対象とする組織なり仕組みがどういうもので、何を主眼にして動かすのかによって、全然異なってきます。プロジェクトというのはそれぞれが個別の、一度きりのもので、チーム組織もその場限りの時限的なものですよね。そしてプロジェクト・マネジメントの主眼は、プロジェクトの価値をどう最大化するかにあります。

「はい。」

--ところが、生産マネジメントが対象とするのは、ふつう『工場』と呼ばれるパーマネントな仕組みで、その中を複数の案件・オーダーが動いています。いわば、多数のマルチ・プロジェクトが走っている状態です。おまけに働く人数や機械の数も制限がある。その多数のオーダー間を調整して、リードタイムや在庫や生産性や品質など、互いにトレードオフのある目標値をなんとか合わせようと苦心する訳です。おまけに次々に追加受注や変更が入ってくる、動的な環境です。つまり、動的な適応制御のようなものですね。
 たとえて言えば、プロジェクト・マネジメントは月ロケットの操縦で、方や生産マネジメントは混雑する空港の管制塔みたいなもの、といえるかな。ずいぶん違うでしょう?

「でも、トヨタさんはあれだけ利益を上げているじゃないですか。それにひきかえ、弊社では・・」

--いやいや、ちょっと待ってください。トヨタにはプリウスをはじめとするハイブリッド車などの、新製品開発もあります。製品開発は収益力の重要な柱です。ところがSIビジネスは基本、受注産業でしょう? 林檎とオレンジを比べて、林檎はオレンジに学ぶべきだ、といっても役には立たないですよ。

「じゃあ、どうしたらいいですか?」

--まず、オレンジはオレンジで、どんな種類があるのか、どう進化してきたのかを知りましょう。つまり、生産マネジメントの方法論には何があり、それらは製造業において、どう発展してきたのか。多少、遠回りに思えるかも知れないけど、その方が学ぶ価値があると思いますよ。

「生産管理の考え方って、そんなに種類があるんですか?」

--もちろん、あります。(わたしはホワイトボードに、簡単な表を書いた)ええと、ざっくりいって、7〜8種類くらいあるかな。まあ数え方にもよりますが。

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「最初がフォード・システムですか。」

--うん。そうです。ものづくりの歴史は何千年もあるけれど、非常に複雑な機械製品を大量に生産する必要が出てきたのは、20世紀の自動車工業からです。課題は同じものの大量生産。もう、ここからして皆さんのITプロジェクトと違うでしょ?

「・・そうですね」

--それを解決するために、ヘンリー・フォードという人は、組立中の自動車をコンベヤで一定速度で動かし、順番に部品を組み付ける方法を考えた。そのために、作業を徹底的に分業化し、またタクトタイムという概念で標準化しました。おかげで労働は単純化し、負担も増えたが、フォードは労働者の賃金を上げることで報いた事も、公平のために言っておきましょう。

「へえ、単にブラックだったわけじゃないんだ。」

--そのおかげで、都市近郊に、自動車を買える勤労所得層が生まれ、ますます自動車市場は拡大しました。そこまで考えていたんだと思いますよ。それまでの自動車は、特注の個別受注生産でした。今の業務系ITシステムみたいでしょ?

「ですね。すると、T型フォードはパッケージソフトか。」

--さて、時代は下って1960年代。この頃までに製造業は発展し、次第に製品が増え、多品種化していきます。ところでフォード以来、部品工場はロット生産でした。そもそも米国の製造業は、自社の決めた標準仕様品を大量生産することで、価格を下げる方針が強い。『1ダースなら安くなる』という評語の通りです。ところが多品種化が進むと、工場内のあちこちで、やたらと部品在庫が増えるようになった。需要を読み間違えると、みんな不良在庫化して除却損になります。そこで、必要なモノを、必要なタイミングで、適正量だけ作るような生産計画が求められたのです。

「あ、それが、有名なジャスト・イン・タイム生産ですねっ!」

--いや、そう急がないでください。必要なモノを必要な時に必要な量だけ作るなら、ジャスト・イン・タイムですが、『適正量』作ると申し上げたでしょう? 経済的ロットサイズという概念があって、ある程度の数をまとめて加工した方が安くなる、というのが米国式の考えです。そこで、構造型部品表というマスタ・データをつかって、製品の需要を工程別に展開し、標準リードタイム分だけ差し引いて着手タイミングを決める手法が考えられました。これがMRP (Material Requirement Planning)です。
 MRPは、史上初めてコンピュータを生産管理のために応用した手法です。開発の中心となったのはIBM。

「さすがはIBM、か。」

--ですね。ただ、MRPには弱点もいくつかありました。代表例は、計算時間がかかること。1回の計算が夜間バッチで一晩かかる、というケースは珍しくありませんでした。

「そりゃひどい。そんなに計算量が多いんですか」

--まあ60年代ですから。当時の汎用コンピュータの、能力の限界ですね。それに、計画立案はいいけれど、現実からのフィードバック・ループが弱いこと。つまり何らかのトラブルなどで計画通り現実が動かなくなったとき、リカバーがけっこう難しいのです。
 そして、製造機械の能力や労働者の人数の上限を、考慮できないこと。これを専門用語で『無限負荷計画』と呼びます。だから、実行できない計画もできてしまう。

「それじゃ、計画立案の手法として落第じゃないですか?」

--ただね、当時も今も、米国では工場を作るとき、将来の需要増を見越して、最初からかなり過剰投資気味に作ることが多いんですよ。だから、工場は生産能力が余っているのが普通でした。したがって、標準リードタイムを多少長めに設定すれば、実際には何とかなったのです。
 MRP登場以前は、その余っていた機械能力を使って、沢山の品種の部品を、大ロットでがんがん作るもんだから、あちこちに中間在庫の山ができていた。MRPは製造のタイミングを、真に必要な時からリードタイム分だけ前倒して、指示を出すわけですから、、少なくともその問題は解消されました。
 しかし、70年代に入ると、予想もつかぬ出来事が起きて、アメリカの製造業を大きく揺るがします。

「いったい何ですか?」

--’73年の、石油ショックですよ。

(この項続く)


# by Tomoichi_Sato | 2018-07-23 22:56 | サプライチェーン | Comments(0)

どうどう巡りの議論を避けるために

1.「どうどう巡りの議論」、その症状と原因
前回は、ビジネス上の『議論』の価値について,少し考えてみた(「議論の品質を問う」 https://brevis.exblog.jp/27375732/2018-07-04)。ところで、わたし達が仕事において行う議論は、しばしば、どうどう巡りに陥る傾向があるように思われる。これが、ビジネスにおける議論や会議を、「時間のムダだ」と感じる原因の一つなのだろう。具体的に、どんなことが起きやすいか、考えてみよう。

やっぱり、××なんじゃないの?」−−たとえば、これがよくある症状の一つである。あるテーマが議題にあがる。「○○という課題があるが、××かもしれないな」という風にはじまる。そして皆で、さんざん議論する。そのあげく、派生して出てきたいろいろな意見は結局、全部否定され、最初の××という意見へ回帰してしまう。じゃ、あの議論は何だったんだ? と大方の人間は感じる。

ここには、××という意見に対する、客観的な検証の働きがない。そもそも、たいていの意見は、予想や推定や憶測の部分を含み、『仮説』である。仮説である以上、検証が必要だ。だが、××がその組織で長年、共有されてきた指針に近ければ近いほど、検証しようとする働きがききにくくなってしまう。これが、どうどう巡りの議論を生む、よくあるパターンの一つだ。

それは認められないな」−−これもまた、よくある議論のデッドロックの一つである。複数の部門から人が集まって、議論をする。大方の参加者は、△△が良い結論だろう、と考える。ところが、ある参加者だけが、その結論を拒否する。△△という方策が、その参加者の属する部門の協力を必要とする場合、そこで話は全てとまってしまう。

このような症状は、参加者が自分の立場に固執するために起きる。その人自体が頑固者、というよりは、かれが部門の利益代表で、代案を持ち帰ると拒絶される恐れがあるから、ノーというのだ。冷戦時代の旧ソ連の国連代表は、「ミスター・ニェット」と陰で呼ばれていた(「ニェット」はロシア語でNoという意味らしい)。理事会にどんな提案をしても、彼の拒否権で否決されてしまう。だが彼は会議の場で少しでも妥協して帰ると、母体組織からつまはじきにされてしまう。このように、議論の参加者が皆、所属部門の利益代表としてふるまうようだと、議論は前に進まず、どうどう巡りにおちいりやすい。

また同じ議題ですか」−−これもよくある症状だろう。たしか似たような話を、2ヶ月前にも話し合ったはずじゃないか。そりゃあ、あのときは関西営業部の問題で、今度は東北工場のことかもしれない。でも、同じような問題が、あちらでもこちらでも繰り返される。毎回、対応策を議論して考える。そしてなんとか火を消し止める。だが少したつと、また煙がどこやらから立ち上りはじめる。

つまり、組織が過去の経験から学ばず、教訓(Lessons Learned = LL)が生かされないのである。少し真面目な組織なら、問題報告と始末書は一応、ドキュメント化されて、部長の判子もついて、どこかにファイルされているかもしれない。だが、それを他の部署の人は読まない。存在も知らない。同じ部署でさえ、探していなかったりする。あるいは沢山ありすぎて、読む気にならないのかも知れない。理由が何であれ、似たような問題を毎回議論していると、何のための議論だ、という気になってくる。

もう少し状況の変化を待とう」−−これは、あれこれ議論した後で、何も決めずに話を終えるパターンだ。じゃあ次回の会合で決めるのかというと、やはり「もう少し待とう」ということになる。決断の先延ばしである。

このように「待ち」の姿勢のまま、どうどう巡りする組織は、外部環境からの要請が無いと、自分からは変化できない、Event driven型の組織だと思える。江戸幕府末期もそうだったかもしれぬ。黒船が来て、はじめて慌てる。来なければ、そのままだった。いろいろと体制に問題が生じているのは自覚しているのだが、惰性が強いのだ。あるいは、自分が目指すべきビジョンとか、主体的な成長への意思が、欠けているというべきか。ただ守りと組織の維持だけが、自己目的化しているのである。

いい案が出ないなあ」−−議論におけるアイデアの枯渇症状である。何度時間をかけて議論しても、ぱっとしたアイデアが出ない。世の中には『デザイン思考』をはじめ、アイデア出しのための技法はいろいろある。そういうのを学べばいいじゃないかと、はたの人間は思ったりする。それも一理あろう。しかし、どんな技法を持ってきても、あまりブレイクスルーの生じない議題もある。

それは、問題設定の在り方自体が良くないために起きるのだ。アイデアをだしたければ、「良い問い」を立てる必要がある。これについては、エイミー・ウェブという未来予測の専門家が、面白いことを言っている。(以下、週刊ダイヤモンド『未来予測に欠かせない「社会の片隅にあるシグナル」の探し方』 http://diamond.jp/articles/-/151780?page=4より引用)

“大手自動車メーカーで仕事をしたときに、彼らは「今後20年を見据え、未来の車がどうなるのか」ということを知りたがっていました。
 ですが、私は言いました。「その問いはよくありません」と。なぜなら、自動車会社は「車社会が残っている」「車を作って売らないといけない」という前提に立っていたからです。ここで、もしシグナルを拾いたいのであれば、問いの立て方を考え直さなければなりません。
 つまり、「今後20年、人やものの運び方がどう変わるのか」について考えなければならない。シグナルを見つけるには、よりよい問いを立てることが重要なのです。
 先の航空会社の例も同じです。「未来の飛行機がどうなるのか」ではない。「今よりもはるかに早く人々が移動する未来」を考えなければなりません。そう考えれば、自動車や飛行機に限らず、社会の隅々にある情報に目が向くはずです。”

(引用終わり)

このような、どうどう巡りの議論が生じる根本原因は、その組織が持つ「思考と行動習慣の体系」(=OS)にバグがあるためだ。だが、この話は論じると長くなるため、別の機会に譲ることとし、話を先に進めよう。


2.議論というものの性質

これは何度か書いていることだが、議論をカラ回りさせないために大切なことは、事実と意見を一応、区別することである。事実は誰もが合意でき、共有できる。そして事実は検証可能だ。だから事実に関する議論は、ふつう水掛け論にはならない。

ところが意見はしばしば食い違う。これは意見というものが、事実を基にしつつ、価値観を加えて、推測や分析や評価を行った結果として現れるからだ。2018年のワールドカップで、日本は準決勝まで進めなかった。これは事実で、反論する者はいない。ただ、その事実からどんな評価や原因分析をするかは、人によって意見が分かれる。つまり、

 事実+価値観=意見

なのである。価値観は人により様々なので、それでも議論で合意に達するためには、それらの違いをカバーできる「共通価値観」をさぐる必要がある。たとえば、「何のかんの言っても、日本のサッカーが世界の上位の常連に」とか、「この会社自体がツブれたら俺たち皆、元も子もないじゃないか」といった地点まで遡るのである。

その上で、事実や意見の組み合わせから、意味のある共通仮説が議論によって生まれてくる。その仮説はさらに、事実で検証・補強されなければいけない。「今はこれこれだと決めよう。だが今後もあのデータを取って、検証を続けよう」・・こういう風に進むのが、望ましい議論のあり方だ。

そして、議論を続けていくと、ようやく結論が成熟していく。この成熟度カーブは、たいていの人は、1番目の図のような形だと、漠然と思っている。つまり、最初はあまり議論がかみ合わないが、途中から次第に進み始める。そのうち、議論が煮詰まって、あまり先に進まなくなる。全体としては、ローマ字のSカーブのようになる、と。

しかし、議論の過程をよく観察していると、じつは成熟度のカーブは一度平坦になっても、さらにジャンプして新しい水準にあがることを、断続的に繰り返す場合がある。これは、議論している中で、新しい論点の発見があることに対応している。上に引用したように、「未来の自動車とは」の議論から、「モビリティの未来像とは」という風に、新しい地平がひらけるのだと考えられる。2番目の図のパターンだ
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そして、こういう新しい論点の発見は、やはり時間をかけて議論するからこそ、生まれるのだろう。最初からその論点を思いつけば良かったじゃないか、と、後から批評することはできる。だが、実際にはいろんな角度から論点を話し合い、煮詰まりを参加者が感じたからこそ、新しい地平に移るアイデアが生きてくるのだ。(ただし、無論ここに書いていることは数値的な裏付けがない、わたしの仮説である。だから、何らかの形で観察事実を蓄積して検証する必要があると思っている)。


3.どうどう巡りを避ける知恵

では、具体的に、議論を身のあるものにするためには、どうしたら良いのか。現時点でわたしが思いつく処方箋を、いくつかあげておこう。これらすべてを、わたしがいつも実践できているとは限らない。だから自戒も込めて、ここに書くのだが。
(1) 議論の完了条件を明確に決める
これは、そもそも会議とかミーティング開催の基本的ルールである。招集したチェアパーソンは、冒頭に、打合せの議題と、どうなったらこの会議を完了できるかを宣言する。つまりタスクの完了条件である。何かを決定するとか、事実を報告し共有するとか、何らかの担当者を選ぶとか。これなしで会議をスタートしたら、ゴールも定めぬまま船出するようなものである。

(2) 議論の経過を記録(見える化)する
打合せの書記役を決め、議論で出てきた意見を、ホワイトボードでもパソコンでもいいから、途中経過を含めて筆記する。これは多少のスキルを必要とするが、とても大事なプラクティスだ。これをすることで、どこまで何を議論したのかが見えるようになり、議論の後戻りを防ぐことができる。人間の記憶力など、かなりあてにならない道案内役であって、人はしばしばさっきの議論を忘れて、また同じ話をしたりする。どうどう巡りである。地図に進んだ道を記録しておけば、人は同じ場所を何度もめぐる愚をさけられる。

(3) 議論のモード(発見/発明/評価)を区別する
前回の記事に書いたように、議論とは、人間の思考を外出しにした形態の一種である。そして思考のモードには、発見(パターン認識)的な思考、発明(論理展開)的な思考、評価(価値判断)的な思考がある。現在の論点が、どのようなモードを必要としているのか、参加者が意識した方がいい。

(4) 主観的な形容詞・副詞を避ける
ときおり、会議の結論に、「プロジェクトのリスク・マネジメントをしっかりやっていく」「コストダウンを徹底する」みたいなのを見かける。しかし結論の文章から「しっかりと」「徹底的に」といった主観的な形容詞・副詞を抜き取ってみると、「プロジェクトのリスク・マネジメントをやる」「コストダウンをする」みたいな、変哲もない当たり前の事柄になってしまう。では「しっかり」「徹底的」とは、具体的にどのようなことなのか、今までのやり方とどこが違うのか? これを明確にしないと、何も議論しなかったのと同じになってしまう。

(5) 多義的であいまいな言葉は意味を確認するわたしのこのサイトでも繰り返し問題にしているが、「品質」「進捗」「責任」「文化」「リスク」など、皆が意味を分かっているつもりで、じつはかなり理解に幅のある用語が、世の中には沢山ある。こうした言葉は、まず意味を言葉で説明してから、使う方が賢い。拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』で、大事なOS要素(S+3K)の一つに、「言葉を大切にしよう」というモットーを入れたのも、このような議論の空回りとすれ違いを防ぐためである。

4.議論に臨むときの基本的な態度

以上、議論におけるテクニック的なことをいくつか述べた。だが、本当は技巧をうんぬんする以前に、参加する人たちの態度・体勢を正す方が大切だ。すなわち、自分の正しさを証明するためでなく、合意を得るために議論する、という態度である。議論を勝ち負けの場にしてしまうと、創造性や柔軟性が失われてしまう。

その上で、議論をどこで打ち切るか、を決めていく必要がある。議論は大切だが、タイムリミットもおいた方が良い。ビジネス上の問題には、何らかのタイムリミットが通常、存在するからだ。全員が合意に至るのが理想である。だが、そうでない場合に、継続/打ち切りを決める基準が望ましいのだ。

参加者の中には、ふつう、打ち切りたがる人も、続けたがる人もいる。これは、その人自身の性格による部分もあろうが、むしろ、その人が議論の帰趨に対し、感情的に納得できているかにかかっている。そして、この「感情的な納得度」を、バカにしない方が良い。これが得られないまま議論を打ち切ると、同じ問題が繰り返される原因になる。つまり、最初に述べた「またその議題ですか」という状況になるのだ。

先ほど、議論の成熟度のカーブを模式的に描いたが、もしそこに感情的な納得度のカーブも描き加えるとすると、それは理屈の成熟よりも、ずっと遅れてくるパターンになっているだろう。これを強引に、早めの段階で打ち切ってしまうと、理屈ではわかった。でも、まだ感情的に納得できていない、という参加者を大勢生み出すことになる。

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そして人間は、理屈で分かっても、納得できていない事は、うまく実行できないのだ。たとえ形の上では結論にしたがって行動しても、無意識の中で、「この結論のおかげで失敗する事例が生まれないかな」と期待していたりする。そして、そういう時には、実際に失敗が起きやすいのだ。議論に時間が必要だというのは、このためでもある。

そして、最後に書き加えておこう。これまでずっと、人びとの間の議論について考えてきた。議論は、思考を外部化したものだ。だが、逆に表現すると、思考とは、ある意味、他者との議論を内部化したものである、とも言える。だから、考え事によって良い結論を生み出したければ、自己の中に、他者の視点をも取り入れる必要があるのだ。一面的に考えず、多角的に考える。そして、新しい論点の地平を見つけられる程度に、時間をかけて考える。深く考えるとは、そういう行為である。そのためには、良いコミュニティに属して、自己の中の他者の視点を深耕する必要があるのだろう。


<関連エントリ>
 →「議論の品質を問う」 https://brevis.exblog.jp/27375732/ (2018-07-04)



# by Tomoichi_Sato | 2018-07-14 23:45 | 考えるヒント | Comments(0)

議論の品質を問う

“It was a good discussion.”(「良い議論でした」)−−欧米人と打合せした後、たまに彼らがそう感想を述べることがある。”A good meeting”(良い会議)だった、と言うケースもあるが、どちらもほぼ同じ意味で、実りある話し合いができた、ということだ。交渉の場を、この一言で締めることもあるし、普通の打合せでも使う。彼らには、打合せの結論だけでなく、議論のプロセス自体に、良し悪しの尺度があるらしい。

しかし、日本人同士で話し合う場合、打合せの終わりに、こうした吟味や感想を述べあうことは、まず、ない。もちろん普段のミーティングだって、客観的に振り返ってみれば、実際には、良い打合せせもあれば、しょうもない会議もあるのだ。だが、わたし達の社会では、他社とであれ同じ社内であれ、『議論の品質』を問う習慣がない。

最近は、ホワイトカラーの生産性に関する論議が盛んだ。「働き方改革」のかけ声にも関係するのだろう。だとしたら、ホワイトカラーの労働時間の少なからぬ部分を占める、会議・ミーティング・打合せ、などの活動の品質を上げることも、必要である。もちろん、不要な会議やミーティング自体を減らすのは、大事だ。だが、他者との議論の時間はゼロにはならない。だとしたら、ミーティングで質の高い議論ができるためには、どのような条件がいるかを考えて損はない。

なお、ここで「議論」と呼んでいるのは、組織内や組織間で行う、ビジネス上の結論を求めて行う対話的協議のことである。居酒屋で世間の事件に感想を言いあうだけとか、恋人同士の口喧嘩だとか、敵対する集団に投げつけるヤジだとか、気に入らぬ記事に140字以内でぼろくそなコメントをつける、といった行為は「議論」の範疇には入らない。あくまで対面で、かつ、顔と名前が一致する範囲で行う、有意味な話し合いについて考えている。

ところで、議論の品質を考える前に、そもそも「品質」とは何かについて、問い直してみるのもムダではあるまい。というのも、通常の工場での製造品質や、現場での工事品質とは明らかに異なるからだ。統計的品質管理手法なども、そのまますぐ使えそうにはない。

以前も書いたように、品質とは、ユーザやステークホルダの無意識の期待に合致する程度のことである。「無意識の期待」とわざわざ書いたのは、理由がある。意識され明文化された期待とは、いいかえると「性能」「仕様」「要求」であって、品質評価の基準にはならないためだ。100W規格の電球が100Wで動作するのを見て、「品質が高い」という人はいない。もちろん、「100Wの電球は60Wの電球より品質が高い」などという人もいない。

ただし、製造工程の結果が、設計書で明文化された性能や仕様を満たすよう作ることは、誰もが当然のこととして(=無意識に)期待している。だから仕様通りでない製品は「品質が低い」訳だ。この種の品質基準を「後ろ向き品質」という。

これに対して、「前向き品質」とは、あまり明確で明文化された仕様が存在しない(=自由度の高い)状況で、結果が無意識の期待以上のパフォーマンスを示したとき、使われる言葉だ。設計、ことに製品の基本設計などは、前向き品質の対象で、「質の高い設計だ」という言葉が使われる。

議論の品質も、前向き品質の一種だ。それを吟味するためには、わたし達が「議論」のどこに、何を期待するのかを明らかにしなければならない。つまり、議論という行為自体の目的(わたし達はなぜ議論するのか)である。

これには、大別して三つの期待があると思われる。

(1) 何かを見いだす、明らかにするため(発見) =帰納的思考
(2) アイデアを創出したり、結果を予測するため(発明) =演繹的思考
(3) 価値を計り、優先度をつけるため(評価) =価値的思考
 (もちろん、この3種類を、別々に単独に話し合う場合も、組み合わせて議論する場合もある)

(1)は、いろいろな事実やデータを集め、その中から特性・つながり・関係性・相似などを見つけるタイプの議論だ。事象の全体像や内部構造を見いだしたり、問題の原因を分析したり、事例をパターン分類したりすることが議論の目的となる。たとえてみれば、警察の捜査会議のようなものだ。多数のバラバラな情報を圧縮し、少数の分かりやすい説明やモデルを導き出す働きである。

これに対し(2)は、問題の解決策を探したり、予想される結果を列挙したりするタイプの議論だ。限られた要素と、その組み合わせルールから、多数の可能な予測を導き出す。ゲームの作戦会議や囲碁将棋の検討会のようなものか。発散的に情報を生成していく働きである。

そして(3)は、物事や人に対して評価をするタイプの議論だ。評価には普通、複数の評価軸がある。それらを組み合わせ、あるいは軽重を考量して、評価を下し、優先順位をつける。たとえていえば入試の審査会議(出たことないが)だろう。ここには複数の定性的事実・定量的データから、最良の者を選んだり順位を導き出す働きがある。

そして、こうした3つの議論は、我々の思考の3つのフェーズに対応している。つまり、議論とは外に出した思考なのである。一人で考えるのではなく、複数者が参加して行う思考だ。

ここから、良い議論の特性がいくつか導かれる。
(1) 創造性があること: 参加者が最初は思っていなかった地点に到達する
(2) 再現性があること: 話の経過や理路があとからたどれる
(3) 納得性があること: つまり自分が参加していても同様の結論になっただろう、と後から他者でも思える

品質の高い議論とは、参加者が(無意識に)期待したよりも、高いレベルの思考結果=結論を得て、みなが納得・共有できた状態である。

それにしても、なぜ一人で考えるより、何人かで議論して考える方が、期待よりも高い成果がでるのか。つまり、個人の思考結果の単なる足し算や、いいとこ取りよりも、優れた結果が得られるのか? 参加者のうち、一番賢い誰かの結論に従うだけなら、こうした品質の高い議論にはならないのだ。なぜ、足し算よりも価値が出るのか。

それは、ひとつには、参加者が互いに断片的な情報を持ち寄って、全体像を多面的に考えられるようになるからである。たとえば、プロジェクト・マネジメントの計画段階で行う、リスクレビューの例を考えてみれば分かる。ああ、なるほど、そういう可能性もあるのか、そんな視点もあるのか、という気づきを、こうした話し合いは与えてくれる。組織内の個人個人の視野は、どうしても限られる。でも、たとえば製造担当者と、営業担当者と、物流担当者と、設計担当者がそれぞれ情報や経験を持ち寄る。すると、一面的なデータや情報だけに頼るよりも、たしかに質が高くなる。

限られた情報に基づく私たちの見解は、常に仮説に過ぎない。したがって事実・データなどのエビデンスによる検証とアップデートが必要である。事実に基づき、仮説(推測)を形成し、価値観に従い評価する。これが客観性を作り出す基本である。

また、互いに相手のアイデアに触発され、組み合わせの妙が生まれる場合もある。評価において、異なる視点から補い合うこともある。こうしたプロセスが、「三人寄ると文殊の知恵」という諺の意味なのであろう。

そして、参加者の合意によって結論にたどりつくことも、品質の高い議論となるためには大切である。それが納得性を保証する。

ただ、どうしても合意が得られない場合は、組織では「上役」・「調整役」が決めることになる。そのかわり、その人は、意思決定の結果に責任を負うのである。

あるいは、多数決で決める場合もあろう。このとき、多数決とは、議論をつくした後の、最後の手段である。時間制約のために、やむなくとる手段である。「多数決=民主主義」みたいに誤解している人もいるが、別にそうではない。本当に質の高い議論ができれば、皆が同じ意見に収斂するので、多数決(採決)なぞ不要になる。

このような、良い議論を生み出すためには、ある種の思考習慣や態度・行動の習慣が必要になる。わたしの言葉で言えば、『組織のOS』である。それは、次のようなことだろう:

- 皆、自分の意見に対してフレキシブルでいられる
- 事実の客観的な認識の共有が出発点だと考える
- 理路・理屈をきちんと尊重する態度がある
- 議論の参加者に、お互いに対するリスペクトがある

逆に言うと、議論の結果を、勝ち負けや、損得、好き嫌い、敵味方などを基準にして決めない、ということだ。とくに議論を、勝者と敗者を決めるゲームか勝負事のように捉える考え方は、質の高い議論の敵である。品質のわるい議論とは、勝ち負けで終わる議論だ。「俺はアイツとの議論に勝った」という結果だけを求めて議論するのは、まったく「自分の意見にフレキシブル」とは対極にある。ところが、人間には競争心があるから、すぐ、こういう無意識の動機のために、議論がねじ曲がりやすい。また、短慮で全体を見ずに断定するのも、質の低い議論である。

では、良い議論を生むために必要なことは、何だろうか? たぶん、以下のようなものだ:

(1) ブレーンストーミングからデザイン思考まで、各種の技法とツール類。
(2) 練習できる場。ただし、ディベートという勝ち負けを競うスポーツは、長所短所の両面がある。
(3) 安心して議論できる仲間からなる、コミュニティ。

とくに、3番目のコミュニティの存在が、一番大切だろう。衆知を集めるには、コミュニティが必要だ。互いに相手をリスペクトできる集団である。命令・統制型のタテ社会だけでは、議論は磨かれない。

ところで、議論は思考を外的に見える化し、衆知を集める方法だと述べたが、じつは短所が一つある。それは、議論は時間がかかることだ。

ビジネスはスピードだ。即断即決で行動しいかなければ、市場をリードしていけない。・・そう信じている人にとっては、誰かリーダー1人が、すべてのことを短時間に直観的に決めていくことが、理想に思える。あるいは、お前は英米流のリーダーシップ経営を否定して、古臭い日本流のコンセンサスと合意経営を推奨するのか、という批判もあり得よう。

それに対しては、こう答えよう:わたしは、「品質の低い議論」を否定しているだけだ。品質の低い議論で全員の『合意』に達しても、そんなのは尊重に値しない。もちろん、ビジネスにも有益ではないだろう。

スピード感の点で、たしかに議論という方法は、独断即決に比べて見劣りする。しかし、より客観的である方が、より論理的な思考の結果にたどりつける。そして、きちんと衆知を集める方が、中期的には、安全性が高いとわたしは思う。それは大型プロジェクトのビジネスに、長年従事してきた者の実感だ。

そういう意味で、議論に参加しているとき、自分が感情に流されていないかをチェックする習慣を、自分で確立しようと最近は心がけている。そして、これはけっこう、いや非常に、難しい。自分自身、勝ち負けにこだわりがちな性格だし、感情のキャパシティも小さいし、そもそも直感型であまり論理的でない。

だから、ときどき背筋をまっすぐに伸ばして、考え直すよう心がけているのである。背筋をまっすぐにし、肩の力を抜いてリラックスすると、感情モードから理性モードに戻りやすいのだと、心理学は教えている。わたし達の脳は、とても身体的なのだ。少なくともわたしの脳は、そうだ。限りある乏しい知的資源を活かしていくために、だから、わたしはなるべく他者と質の高い議論をしたいと願っているのだ。


<関連エントリ>
 →「品質とは(本当は)何だろうか - (1) 問い」 https://brevis.exblog.jp/17805452/ (2012-04-18)





# by Tomoichi_Sato | 2018-07-04 23:56 | 考えるヒント | Comments(0)

書評:「読めるが話せぬ人の英会話」 渋谷達雄・著

読めるが話せぬ人の英会話」 日本能率協会・刊 (Amazon.com)
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あなたが知り合いの英米人の結婚式に呼ばれたとしよう。あるいは、その知人が日本に来ていて、「じつは、もうすぐ結婚することになったんです」と、あなたに言った場合でもいい。その時、相手に何というか。

相手が男性なら、”Congratulations!"(おめでとう!)で良い。しかし、相手が女性のとき、”Congratulations!”と言ったら、ずいぶん失礼になる。それでは、

「あなたはいろいろと旦那探しにご苦労されましたね。苦心の結果ようやく相手の承諾を得られ、ご結婚の運びに漕ぎつけられたことをお祝い申します」

という言外の意味になってしまうからだ(本書P.89)。どうやら英語圏の世界では、男性が苦労して女性を探して射止める、という暗黙の物語が文化の構造の中にある、らしい(たとえ現実は違ったとしても)。だから、女性に対しては、本当は
“I hope you will be very happy.”(お幸せにね!)
と言うべきである。

そして、こういう点が、英語でコミュニケーションするときの難しさなのだ。英語を上達したい、英会話が上手くなりたい、と願う多くの日本人(わたしもその一人だ)にとって、最も注意すべきな点は、こうした文化・習慣・発想の違いである。つまり、わたし風の言い方を許してもらえれば、『OSの違い』なのである。だから、一番学ぶべきは、こうした違いを良く知っている人から、その差分に特化したトレーニングを受けることなのだ。

ところが、たいていの人は、「ヒアリングさえできれば」「ボキャブラリー(語彙)がなあ」「文法を間違えやすくて」「発音が大事だから」といった事が、いちばんの壁だと考えている。それはもちろん、そうだろう。だが、日本人の多くの人は、中学・高校そして大学まで、長い期間にわたって英語に努力を注いでいる。だから、『読めるが話せぬ』状態にある人が、ほとんどなのだ。

「もともと、”話す、聞く”のはやさしく、”書く、読む”のはむずかしいのです。(中略)どこの国の子どもでも、まず話し、聞くことができるようになり、そしつぎに、書いたり読んだりするようになるのが当然です」(P.15-16)と、著者は書く。そして、

「現在いわれている英語習得のメソッドとしては約五十種類くらいありますが、どれも似たりよったりで、(中略)たいてい他国の人は言葉に対して赤ん坊である、という前提の教え方である」ために、「日本の中堅幹部や経営者のかたがたの"話す英語力の再建”には、必ずしも適していないと言ってよいでしょう」(P.17)

という考えの基に、著者は独自の「渋谷メソッド」と呼ばれる方法論を作り上げる。著者・渋谷達雄氏は、幼時を英人家庭で育ち、英語発音学を専攻、そして戦後、米軍司令部行政官を経て、以来30年以上にわたり、一貫して日本の財界・官僚のトップクラスを対象とする英会話講座を担当してきた。本書の後ろ見返しには、土光俊夫氏をはじめとする錚々たる大物たちによる「渋谷達雄先生」への感謝状の写真がのっている。

ちゃんとした知的教育を受けた日本人にとって、「九分九厘は、多少奇妙で国際場裡に通用しにくいが、すでに学校英語としてできている。わたしはただ、一厘お手伝いするに過ぎない」(P.20)というのが著者の主張だ。

その「一厘」の第一は、発音を徹底的に正しく、よくすることだ。「発音さえ正しければ、多少言葉が前後していても、相手にはよく通じます。何しろ相手にとっては、自分の国の言葉なのですから」(P.21)というのは、自分たちの日本語の経験に照らしても、うなづけることである。

「ヒアリングのチャンスがないから、ヒアリングができない、と言われる方が多いようですが、これもおかしいのです。(中略)自分が正しい発音ができ、英語らしいリズムで言えるようになっていれば、相手が正しい発音をしていたら、分からない方がおかしいのです。」(P.23)。これと似たことは、英語教育家だった故・中津燎子氏も言われていたと思う。

著者はそこで、毎日英語で1から50までone, two, three, .. fiftyの発音を、声を出して練習することをすすめる。この50語の中には、英語の重要な発音要素が全部入っているからだ。所要時間はせいぜい、3分。「一日に2,3分の発声発音練習もしないで上手にしゃべるようにしろといっても、あまりに無理なことです」(P.27)

ただ、そこで発音の基本的な理解やコツが大事になる。よく、LとRの区別が問題になるが、「LとRは全くのアカの他人で、Lの兄弟はTなのです。したがって、waterはワーラーとくずれやすい。littleはリルにくずれやすい」(P.26)。またRは先に"ウ"をつけて練習する。rightはウライトと言ってみる。「英語では日本人の想像以上に唇を突き出す発音が多いのです。唇を突き出して発音することになれる必要があります」(P.39)。またthirtyを「セーティ」と発音せよ(つまりir, erをエーで代用する)、というのも著者独自の工夫だろう。

しかし、発音の基礎の上に築くべき大切なことは、欧米人のものの考え方、礼儀やマナーの理解だ。本書の多くはその点に割かれている。

たとえば挨拶の最初は、"How are you?"だが、
「日本人の全部といってもよいほど不得意なことは、"How are you?”のあとに、挨拶する相手の名前を言えることです」(P.65)。
"How are you, Mr. Brown?”と、相手の名前を入れることによって、はじめて、日本語でいう「ございます」調の丁寧感がでる。これを知って、会得できるかどうかで、ずいぶんと商売上での相手の印象が変わるのだ。

あるいは、違いはお礼の言い方にも現れる。誰かにご馳走されたら、翌朝また会ったときに「昨晩はご馳走様でした」というのが日本の普通の礼儀だ。しかし、欧米人はそれをしない。そのかわり、食事の最中や終わりに、日本人の何倍となく礼を言ってほめます。「いってみれば礼の言い方が、日本人の場合は月賦払いで、むこうのは一度に現金払いというわけです」(P.86)

最後の章は、「これが英語で言えたなら…」<すぐに役立つビジネス用語集>で、とくに交渉(negotiation)に必須な言い方がたくさん載っている。これだけでも自分の身につければ、有用な武器となるだろう。たとえば、

「それはちょっとオーバーですね」 I think you’re exaggerating.
「値段については、折れ合ってもいい」 We are ready to meet you half-way regarding the matter of price.
「あなたとはどうも意見が合いませんね」 I just can’t see things your way.
「あいつは図々しい」 He (she) has a nerve.
「この契約はお互いのためになりましょう」 This contract will benefit us mutually.

こうした一つひとつに、簡単な解説がつく。それがまた簡潔明瞭で、しかも日本風と欧米との発想の違いを的確に教えてくれる。非常に有用である。さすが、日本人のビジネスマンや官僚を相手に、長らく教えてきた人だけのことはある。

実を言うと本書は、わたしが30年以上も前に、亡き父の書棚から借りたまま持っていたものである。大半は読んでいたのだが、今回、英国出張の機会に全部を読み直したので、書評を書くことにした。奥付の発行年は昭和53年。だから今では古書としてもなかなか手に入れにくい(Amazonでは書影さえないため、自分でとった表紙の写真をつけておく)。

こう書くと、「内容が古いんじゃないの?」「ブリティッシュ英語じゃ米国相手には使いにくいし」みたいな反応が、出てくるかも知れない。だが、著者も指摘するように、知的教育を受けた「頭のいい」日本人は、どんな教師教材にも何らかの批判点を見つけた上で、なぜか我流にカスタマイズし応用したがる。それによって、自らの知的優位性を確保したいのかもしれぬ。誰か他者のいうことを、そのまま受け入れて真似るのは、沽券に関わると思っているかのようである。

しかし、著者も引用する独語学者・関口存男氏の言葉にもあるように、言葉の習得というのは、ザルで水を汲むようなものである。最初は、すべて流れ落ちて、何も残らない。しかし辛抱して何百回、何千回とすくっていると、いつかはザルに苔が生え、ザルの目がつまってくる。そうしてはじめて、水をすくえるようになるのである。何かスキルを学びたかったら、良い教師を得て、原理原則を学び、あとは繰り返し練習するしかない。そこには知的背比べゴッコの入る余地はない。

すべて無益な教科書というものはない。有益にできるかどうかは、読んだ後の行動にかかっているのである。


# by Tomoichi_Sato | 2018-06-24 19:24 | 書評 | Comments(0)