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「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(4月21日)開催のお知らせ

お知らせです。

今年第2回目のプロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会を開催します。前回は、チケット管理システムRedmineを用いた「チケット駆動開発」のお話を伺いましたが、今回はある意味で、その対抗馬である "Jira"というプラットフォームをベースにした、新しいタイプのPMソフトウェアについて、開発者の方から紹介頂きます。

前回も書いた通り、プロジェクトは、単位要素的な仕事であるアクティビティ(タスク)の集積です。つまり、やらなければならない一過性の仕事の集合体であり、プロマネの仕事とは、その集合をうまく解きほぐし(WBS化)、各人に担当をふり分け、その進捗状況や問題をトレースしていくことに尽きます。

そして、たとえ計画立案はうまく出来たとしても、実際に遂行段階に入ると、計画時に想定できなかった問題点があちこちに生じます。プロジェクトにおけるアクティビティ(タスク)の間は、さまざまな依存関係のネットワークになっていますから、ある仕事が滞ると、意外なところに影響が生じたりします。これをブロッカー(阻害者)と呼ぶこともあります。

Jiraは世界トップの課題管理プラットフォームです。課題(Issue)をタスクないしチケットとみなして、コントロールをする点では、前回紹介したRedmineと似ています。Jiraは海外のグローバル企業にかなり普及していますが、仕事の規模が大きくなり、課題数が増えてくると、上に述べたようなタスク間の依存関係が見えにくくなるという欠点を持っていました。

今回ご紹介する"Vivid Trace for Jira"は、Jiraの上で動く一種のアドオンで、タスク間の関係を可視化してくれるユニークな機能を持っています。本製品はグローバルに使われていますが、開発は日本で行われていますので、開発責任者から直接、お話を聴く機会を得ました。中小規模のIT開発から、大規模な航空機開発まで、さまざまなプロジェクトに普及しつつある製品です。関心ある皆様のご参加をお待ちしております。


<記>

■日時:2022年4月21日(木) 19:00~20:30 (オンライン形式)

■講演タイトル:
タスク間の依存関係を可視化できる、新しいPMソフトウェア”Vivid Trace for Jira”

■概要:
世界シェアNo.1の課題管理システム ”Jira” をベースにした、新しいカテゴリーのPMソフトウェア ”Vivid Trace”を紹介する。タスク間の依存関係を可視化することで、ブロッカー(阻害者)がすぐに発見できるようになる。また顧客サービスのフィードバックとトレースにも活用可能である。Siemens, Chevronをはじめとするグローバル企業や、シリコンバレーで利用が広がっている理由と、その技術的アドバンテージについて解説する。

■講師:Vivid Inc. COO 佐藤 学 様、 CEO タイ・シー 様
 
■講師略歴:
Vivid Inc. COO 佐藤 学 様 
サイボウズのグローバル開発チームを率いた後、独立。AI系の企業・仮想通貨の交換所(香港)を経て、現職。経営者コミュニティ「神宮前倶楽部」オーナー。
Vivid Inc. CEO タイ・シー 様
ニュージーランド出身。同じくサイボウズのグローバル開発チームを率いた後、MDMの企業のCTO補佐を経て、2014年にVivid Inc.創業。

■参加希望者は、三好副幹事までご連絡ください。後ほどオンライン会議のリンクをお送りいたします。

■参加費用:無料。
 なお本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。
 

# by Tomoichi_Sato | 2022-04-07 19:07 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

エンジニアリングを再設計する

 み吉野は山も霞みて白雪のふりにし里に春はきにけり (藤原良経)


エンジニアリング会社で、それなりに長い間、働いてきた。昨日、4月1日は入社式の日だ。自分のときもそうだった。考えてみるとずいぶん昔のことだが、なんだか、ついこの間のようにも感じる。

率直に言うと、同じ会社でこんなに長く働くとは思っていなかった。エンジニアリング会社は受注産業だ。仕事が取れなくなれば、すぐに倒産する。入社したときに、「この会社は3年もつだろうか」と思ったことを記憶している。

長く働く間に、わたしも人並みに「よそに転職しようか」と思わなかった訳ではない。だが、製造業にも建設業にも、コンサルティング会社にもIT企業にも転じなかったのは、やはり「エンジニアリング」という仕事に、それなりにこだわりをもっていたからである。

幸いわたしの選んだ勤務先は、3年以内に倒産することもなく、しぶとく生き延びている。1928年が創業だから、あと6年で創業100周年を迎える計算だ。ずいぶん長寿とも言えよう。

とはいえ、プラント・エンジニアリング業界は、今や大きな曲がり角に来ている。本当に、さらに次の100年を越せるだろうか。

いや、組織の存続は大事だが、それ自体が目的(「パーパス」)ではない。存続自体が会社の自己目的化してはいけない。ただ、『エンジニアリング』という仕事が、次の100年間、どうなるのか・どうなるべきかを考えるのは、頭の体操としてムダではあるまい。わたしは一介の会社員だが、あえて今、もしもエンジニアリング会社をゼロから作るなら、どういう設計をするか思考実験してみよう。

そもそも、現在のエンジニアリング会社とはどういうビジネスなのか?

「エンジニアリング会社とは、工場づくり・プラントづくりのプロフェッショナル集団です」ーー自分の会社を紹介するときに、わたしはよくこういう言い方をする。

ただし、自社では工場を持たないし、建設労働者も抱えていない。工場のための資機材は、すべて外部のメーカーから調達する。建設工事も実際の作業は地域の工事業者に頼み、自社では建設工事管理をやっている。

社内にいるのは純粋に、ホワイトカラー層だけである。オフィスを見学してもらっても、机と椅子が並んでいるのみだ。自社でやる仕事は、主に設計とプロジェクト・マネジメント。これで金を稼いでいる。

設計(Engineering)と、調達(Procurement)・建設(Construction)がメインなので、通称、EPCビジネスとも呼ばれる。でも、実はE・P・Cをつなげる機能として、プロジェクト・マネジメント(PM)がつねに重要な役割をもつ。

ちなみに正確に言うと、作るものは、工場・プラントとは限らない。研究所の建物などもよく作っているし、わたし自身、病院づくりに携わったこともある。鉄道や空港・新交通システムなども、ターゲットの内だ。

これらに共通するのは、ある程度の規模があり、かつ技術的に複雑だと言う点である。それも、機械・電気・土木・建築・化学・制御など、複数領域の技術が関わるような複雑さだ。そうした技術リッチで複雑なものを作りたいときに、エンジニアリング会社が呼ばれる。

裏を返せば、複数領域の幅広いエンジニアを抱えている点が、「総合エンジニアリング」企業の特徴である。ほとんど大学の工学部の全学科が集まっているような感じだ。


  • エンジニアリング会社の系譜

今、「総合エンジニアリング会社」という言葉を使ったが、世の中には「エンジニアリング」を標榜する企業は数多い。

実はわたしの義理の弟も、少し前に「エンジニアリング」を名前に含む、小さな会社を立ち上げた(義弟は雑誌「トランジスタ技術」の編集長だったが、その前は電子技術者だった)。仕事の内容は、電子回路の設計、並びに関連する研修セミナーなどのビジネスである。こうした会社を、仮に「専門エンジニアリング企業」と呼ぶことにしよう。電子回路の設計は、もちろん立派なエンジニアリングである。ただ、技術メニューは、電子工学という特化した1つの領域にある。

これに対し、総合エンジニアリング企業は、非常に幅広い技術分野のポートフォリオを持っている。それはもともと、石油・化学プラントが、それだけ様々な技術の組合せを必要とするからだ。

日本には、通称「プラント御三家」と呼ばれる総合エンジニアリング企業が3社ある。千代田化工建設と、東洋エンジニアリングと、わたしの勤務先・日揮だ。この3社とも、プラント・ビジネスを中心にして成長してきた。

もともと、千代田化工建設は三菱石油のプラント工務部門が独立してできた会社であった。また東洋エンジニアリングは、「東洋高圧」という化学会社のプラント工務部門が母体である(東洋高圧はその後、三井系と合併して「三井東圧」となり、現在は「三井化学」に吸収されている)。

工務部門とは、製造業の生産技術部門の一部である。生産技術部門は、製造業において、ものづくりのプロセスや技術を考案し、製造設備や装置を設計し、発注・据付け・工事管理・試運転立ち上げなどを行う部署だ。工務はとくに、製造現場における業務に携わり、様々な発注先や業者のマネジメントなどを行う。

つまり総合エンジニアリング会社とは、製造業の生産技術部門が独立して、他社の仕事も受け入れるようになり、アウトソース先として独立した業態となったものを指すのである。

もちろん千代田化工建設も東洋エンジニアリングも、母体であった三菱系や三井系に限らず、どこの顧客の仕事も受け入れて行っている(しかも、いずれの会社も今や、海外の仕事の比率が8割以上なので、そもそも日本の財閥系などと限ってはいられない)。

3社の中で、日揮だけは少し系譜が異なっている。日揮は設立時の社名を「日本揮発油」と言った。揮発油とはガソリンのことである。もともと創業者は、自動車の増大を見越して、ガソリンを製造販売する会社を作ろうと思い立ったのだ。そのために米国の大手石油会社から、ガソリン製造プラントのライセンス技術を導入した。

ところがその後、いろいろな経緯からガソリン製造プラントを自社で持てないまま、ライセンス技術に従ってプラントを設計し顧客におさめるビジネスになっていった。こうなると名前が実態と合わなくなってきたので、70年代の中頃に略称の「日揮」に社名を変更したのである。

3社とも、戦後の高度成長期に、重化学工業の拡大とともに業容を拡大してきた。その後、オイルショックなどで国内投資が鈍化すると、各社とも生き残りをかけて海外に進出した。もちろんその道のりは平坦でなかったが、幸い各社とも成功して、今では世界的なプレイヤーとなっている。

石油会社や化学会社の生産技術・工務部門が子会社化し、独立したエンジニアリング企業となっているところは、他にも多数ある。ただし、その多くは親会社向けのビジネスに依存しており、他の企業や海外から仕事を受注し自立している会社は、必ずしも多くない。

なお別の系譜で、製鉄メーカーの工務・保全部門がエンジニアリング会社として独立しているケースもある。JFEエンジニアリングや日鉄エンジニアリングがその代表格である。製鉄プラントとプロセスプラントでは、基本となる技術が相当に異なるが、大規模で複雑な点は共通している。

さらに言うと、重工メーカー、造船業、そして大手ゼネコンの一部なども、エンジニアリング・ビジネスを提供しており、上記のエンジニアリング会社と競合する部分もある。


  • エンジニアリングのビジネスモデル

エンジニアリング企業は、多くの場合、二通りのビジネスで収益を得ている。 1つ目は、プラントや生産設備など、ハードウェアを顧客に納品して代金を得るものだ。成果物契約といってもいい。 2つ目は、エンジニアリングをプロフェッショナル・サービスとして顧客に提供するもので、こちらは人件費を主体とした実費償還型契約である。

いずれの場合も、仕事は普通プロジェクト単位になる。プロジェクトとは、時限的・一過性の、ユニーク(個別的)な仕事である。エンジニアリングには、同一品種大量生産がない。これは設計と言う仕事の中身を考えてみればわかるだろう。設計においては、全く同一の図面を繰り返し何枚も作成する事はありえない。作成する図面は、すべて個別であり他とは違っている。工場のように同じ製品をいくつも繰り返し作るビジネスとは、根本的に異なっている。

このためエンジニアリング・ビジネスでは、プロジェクト・マネジメント能力が必須の要素となる。

もともと、わたしがエンジニアリング企業に入ったのは、自分の専門が化学プラントの設計論である化学工学科だったこともあるが、プロジェクトをやりたかったからだ。大学のサークルでやった、イベント的なプロジェクトの成功が、自分の原体験にある。人間が1人でできる事は限られている。だが人と協力できれば、その枠は大きく伸ばすことができる。それがプロジェクトだ。そのことを学んだわたしは、社会でも、プロジェクトに関わりたいと思った。

そしてそれ以来、何十年もの間、ずっとプロジェクトに関わり続けている。プロジェクト・マネジメントをテーマに、学位も取った。

別にプロジェクトを遂行する業種はエンジニアリングに限らないが、その規模と複雑性では、やはり右に出るものは少ないだろう。それくらい難しいが、面白いテーマでもあるのだ。


  • もしもエンジニアリング会社をゼロから作るなら

さて、今、エンジニアリングと言うビジネスを再設計するなら、どんな風な構想を持つべきか。

まず、わたしなら、設計するだけのデザインハウスは作らない。世の中は、「ファブレス企業」やアウトソーシングが大流行りだ。ある種の高付加価値な専門機能に特化して、それ以外の部分は、外部に発注し、安いところに競わせる。それが現代風の経営思想だと言われている。だが、わたしはこのような発想には反対だ。

どんな設計も、完全ではない。これがわたしの長年の実感だ。その不完全な部分は、実装の段階に入って初めて気がつくことが多い。また実装段階の品質が、基本設計の良し悪しに大きく依存するのもしばしば経験することだ。だから、製造や据付工事といった、実装段階の業務から、設計に対するこまめなフィードバックループをきかせることが、設計能力向上の必須の条件だと考えている。

これは英国流の、設計と施工を分離し、設計業者に施工を監視させる発想とは随分異なっている。この裏には、「施工業者性悪説」のような感覚が潜んでいるように思われる。日本でも、頭脳労働を尊び、手を汚す現場の力仕事を蔑視する風潮が、どこかにある。エリート大学出の戦略コンサルタントたちが、しばしば「ファブレス」を賞賛する背景には、こうした感覚もあるのではないか。

それはともかく、エンジニアリングと言う仕事の中核には、インテグレーションの能力がある。ここで言うインテグレーションには、成果物を構成する複数のサブシステム同士をつないだり、異なる技術領域をつないだりすることに加えて、設計・製造・施工・運転の異なるフェーズをつなぐ意味も込めている。

そうした観点から、エンジニアリングを支える一番根底の技術として、「システムズ・エンジニアリング」(Systems Engineering=システム工学) を掲げたい。これからのエンジニアリング企業とは、基本的にすべて、システムズ・エンジニアリング会社たるべきなのである。

なお、ここでいうシステムズ・エンジニアリングとは、航空宇宙産業などの分野の概念で、複雑な機能と構造を持つ人工物を作り上げる仕事を指す。もちろん人工衛星のみならず、プロセス・プラントも「システム」の一種である。決してIT業界のSEの仕事の意味ではないことに留意されたい。

そしてわたしの見解では、このシステムズ・エンジニアリングはまだまだ未完成である。その事は、MITの分厚い教科書の1ページ目を見てがっかりした経験、にはじまる記事でも書いた通りである。だから未来のエンジニアリング企業の重要なミッションは、この未成熟な技術体系を発展整備していくことにある。

なお設計業務それ自体は、今後のデジタル技術の進展とともに、より自動化が進んでいくだろう。自動設計への道は決して平坦ではないし、現在の機械学習を中心としたAIは、まだパターン認識が中心で、設計を自動化するには非力である。だが強化学習と量子コンピューターの組み合わせは、いずれ設計領域を、かなり機械化していくと思われる。

ではそうなったときに、人間に残される仕事は何なのか。それは2つある。設計成果物を評価する価値判断と、リスクへの感覚である。

設計成果物の評価は本質的に多元的であり、設計とは多目的最適化に他ならない。この時、どれを優先しどれを劣後させるのかの判断は、やはり人間に委ねられる。

そして、いかなる設計も完全ではない。設計の入力条件も、不確実性を伴う。環境も、プロジェクトの途中で変化する。そしてプロジェクトは個別性が高く、繰り返し性に乏しい。したがって、この先どのようなリスクが潜んでいるかについての感覚も、経験のある人間の直感に頼ることになる。

リスクはさらに、技術的リスクと遂行上のリスクに分けることができる。技術リスクとは文字通り、技術的理由で設計目的が達せられない可能性である。遂行リスクとは、技術面がOKでも、コストが守れなかったり納期に遅れたりする可能性である。

ところでビジネスの利益とは、ある意味リスクの上手な処し方によって生み出されるというのが、わたしの考え方である(「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究」参照のこと)。他社がリスクが高いと感じる業務領域を、自社だけが低リスクで実行できるなら、そこに価値が生まれる。

こう考えると、将来のエンジニアリング産業は、技術リスクに強い企業と、遂行リスクに強い企業に分化している可能性がある。前者を支えるのは、固有技術とシステムズ・エンジニアリング能力である。後者を支えるのはプロジェクト・マネジメント能力である。前者は技術サービス提供型ビジネスを営み、後者はプロジェクト・マネジメントサービスを提供したり、成果物契約によって報酬を得るスタイルになっているであろう。

ただし、誤解しないでいただきたい。後者のようなプロジェクト・マネジメントサービスを提供するためには、優秀なプロジェクト・マネージャーがいるだけでは不十分である。異なる技術機能を受け持つ複数部署が、強調して動きながら、最後に矛盾が噴出しないためには、それぞれの機能を受け持つエンジニアたちが、互いにリスペクトしながら仕事を進める必要がある。

例えば、「ここでこういう設計にしておくと、下流部門がこういう苦労をするかもしれないので、少し余裕を持った設計をしておこう」といった配慮ができることが、プロジェクトでは大事なのである。つまりプロジェクト・マネジメント能力とは、組織全体の能力なのだ。そして、それを支えるのは相互評価と信頼である。

デジタル化が進んだ将来、ギグワーカーを集めて、プラットフォームを経由して、ワークパッケージを発注しつないでいけば、エンジニアを抱えないエンジニアリング会社が成立するかもしれない、といった予測がある。いや、きっと中国あたりでは、すでにそんな企業が出てきているに違いない。だが、わたしがあまりそうした可能性に怯えていないのは、エンジニアリングの根底に、人間同士の相互信頼が必要だと信じているからだ。

それはちょうど、オーケストラのようなものである。オーケストラのパフォーマンスは、指揮者1人で決まるわけではない。全員が一糸乱れなく、協調して動くことができる。このオーケストラの能力がなければ、どんな指揮者も実力を発揮することができない。

日本人技術者は、このような面では、比較的優れた能力を発揮できる。それは日本文化の特徴なのだろう。世界を見渡してみると、日本以外に、イタリア・フランス・スペインなどラテン文化圏に、プロジェクト・マネジメント能力の卓越したエンジニアリング企業が存在しているが、これも文化的なものなのかもしれない。欧米企業は卓越した設計能力を持っているが、協調して動くと言う面は、いささか薄いと感じられる。

このような協調性の高い組織を、文化を超えて運営するには、どのような制度設計と評価制度をとるべきかも、重要で興味深い問題だ。だが、ずいぶん長くなってしまったので、これについては省略しよう。

将来、いわゆる化石燃料型のプラント需要が衰退していても、高度なインテグレーションを要する技術的な仕組みを構築する仕事は、相変わらず残るだろう。システムズ・エンジニアリングも現在より、はるかに発展しているはずである。そこでの収益向上やビジネスのあり方は、現在とは随分違っているかもしれない。だがエンジニアリングという仕事は100年後も残っているだろう。また、残していかなければならない。そのために、何ができるだろうか。

桜咲く遊歩道の新入社員たちを見ながら、わたしはまだ、考え続けている。


<関連エントリ>
  (2022-02-19)

# by Tomoichi_Sato | 2022-04-02 17:41 | ビジネス | Comments(0)

書評:ビジネス系新書2冊「真説・企業論」中野剛志・著、「仕事で成長したい5%の日本人へ」今北純一・著

真説・企業論」中野剛志・著 (Amazon)

真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学 (honto)


「突然ですが、あなたのお勤めの会社で、入社三、四年目の若い部下が『起業してイノベーションを起こしたいから、会社を辞めます』と言い出したら、あなたは上司として何と言いますか?

 私は国家公務員を二〇年ほど勤めていますが、実は、私にも、若い部下が突然『ベンチャー企業でイノベーションを起こしたい』と言って辞めてしまったという経験があります。見どころのある青年だったので、私としては、できれば辞めてほしくはなかったのですが、結局、その時は、説得することができませんでした。」(P. 7-8)


本書はこういうエピソードで始まる。ちなみに著者の紹介欄には、「1971年、神奈川県生まれ。評論家。」などと書かれているが、じつは著者は経産省の現役の官僚である。だからその若い部下は、霞ヶ関の、将来を嘱望されるキャリアをなげうって、ベンチャー企業に転身したわけだ。イノベーションを起こすためだ。


それ自体は1つの決断だろうから、はたの人間が良し悪しを議論しても仕方がない。だが、日本におけるベンチャー企業が成功し、成長していく勝率はどれくらいあるのだろうか。そもそも日本は、イノベーションが育ちにくい社会だと、しばしば指摘される。これは本当なのだろうか。


著者は次に、ある著名なコンサルタントの主張を紹介する。アメリカではシリコンバレーに代表されるように、ベンチャー企業がどんどん起業してイノベーションを起こしている。それは80年代のアメリカの国家戦略、特に教育政策と規制緩和がもたらしたものだ。したがって日本も同じような構造改革の政策を取らなければならない・・


ちなみにこのコンサルタント氏は、東大工学部を卒業し、大手メーカーに就職。そこから企業派遣でスタンフォード大学に留学、帰国後にマッキンゼーに転職する。さらにその後シリコンバレーのベンチャーキャピタルを経て、国内でベンチャー支援を続けている。いかにもかっこいい、頭の良さそうな経歴である。政府の研究会にも呼ばれ、メディアでも発言をしている。


だが、この主張は本当だろうか、と著者は疑問を投げかける。そして続く各章で、具体的な統計データと、様々な経営学者の先端的研究を引用しながら、問題点を次々と明らかにしていく。それは極めて驚くべきものだ。


まず、アメリカにおける企業の開業率は、1980年代半ばから低下傾向にある。2009年以降の開業率は1977年の約半分にまで減り、2010年には廃業する率の方が上回っている。国際比較で見ても、アメリカは決してベンチャー企業の天国ではない。


でも、シリコンバレーと言う見事な実例があるじゃないか。ところが著者は、具体的ないくつもの事例を引きながら、80年代のシリコンバレーは、軍事関連産業の集積地で、国防総省の強力な支援があって成長したことを明らかにする。IT産業も、その要素技術をたどれば、多くが軍事技術の応用で、軍から開発資金提供を受けたものだ。


ベンチャー・キャピタルも、リスクマネーをスタートアップ企業に供給して、イノベーションを育てると言う世間のイメージと、実態は違っているという。「ハイテク・ベンチャー企業の7割は、最後に資金供給を受けてから2年以内に倒産」している(P.77)。言い換えればベンチャー・キャピタルは、2年以内に結果を出すことを求める。


だが画期的な技術がビジネスの利益を生み出すまでに、2年では明らかに短すぎる。逆に言うとイノベーションは、長期的に持続する組織と人間関係がなければ、育たない。それは本来、大企業の役割のはずだった。


著者は「イノベーションのジレンマ」で有名な経営学者クリステンセンの言葉を引きながら、アメリカ企業が短期主義に走り、イノベーションに挑戦しなくなった理由は、ビジネススクールの教える経営手法にあると言う。


さらに経済学者のR・ゴードンや、T・コーエンの研究を引きながら、アメリカは過去40年間、むしろ経済的には停滞に陥り、生産性が鈍化し、画期的なイノベーションが起きにくくなってきたことを、統計的に明らかにする。


にもかかわらず、日本では、アメリカに留学しビジネススクールで洗脳された官僚たちが主導する、「コーポレート・ガバナンス改革」を進めている。これは日本企業の経営をも短期主義的にする結果をもたらしており、結果として日本を、イノベーションが起きにくい国としてきている。


アメリカに学んではいけない。これが著者の、中核的な主張である。


しかしながらこの主張が、残念ながら今の日本で受け入れられにくいだろうことも、著者は理解しておられるはずだ。著者の中野氏とは、わたしも数回、会議などの席上でお話ししたことがあるが、非常に洞察力のある、頭の良い方である。だからこそ本書はユニークで、読んでいて面白い。どこか外国の教科書の引き写しではなくて、自分の頭で考え、自分の目で調べたことを積み重ねて、描かれているからだ。


ただあいにく、私たちの社会の多くの人々は、たとえ知的階層に属していても、どこかにある教科書の正解、どこか外国のカッコいいやり方のものまねという、とても「省エネ的な頭の使い方」から、踏み出せずにいる。


本書の副題は「ビジネススクールが教えない経営学」である。教えてくれないのだから、自分で考えるしかない。自分で考える覚悟があるから、留学しても、洗脳されずに帰ってくる。著者の中野氏は、それができる人だ。でも、残念ながらわたし達の社会の停滞は、「自分で考えるのは面倒くさい」と言う人が大多数である。長い不況はここに、根本原因があるのだ。もしもわたし達がなんとかそこから脱出したければ、本書を読んで、社会的なものごとに対する批判的で客観的な見方を学ぶ必要があるだろう。




仕事で成長したい5%の日本人へ」今北純一・著 (Amazon)

仕事で成長したい5%の日本人へ(新潮新書)」今北純一・著 (honto)


今北純一氏は若い頃に日本を飛び出し、自分の実力だけでビジネス界に道を切り開きながら、バッテル研究所(スイスのシンクタンク)、ルノー公団(フランスの自動車メーカー)、エア・リキード(米仏にまたがる素材メーカー)、そしてCVA(フランスに本社のある戦略コンサルティング企業)など、欧米企業の要職を歴任してきた人だ。とくに、技術的な実力派の大企業が多い。そうしたキャリアの著者から見た、日本人ビジネスマンへのメッセージが本書である。


じつは今北氏は、わたしの研究室の大先輩でもあった。惜しくも先ごろ亡くなられたが、晩年親しくさせていただき、薫陶を受けることができたのは、まことに幸運だった。


欧米の厳しい競争社会で対等に働くには、個人の『個』が確立していないと、やっていけない。今北氏はその点を大切にしていたが、日本社会では、そこがある意味、一番わかりにくい。学歴や資格だけでは、勝負できないのだ。


自分の仕事に対する値段として、「いくら欲しいのか」と聞かれたら、どう答えるか? ――これが本書冒頭の問いである。自分の仕事の能力と成果の価値は、どれほどなのか。これを常に考えるのが「個」なのである。組織に従属しているだけだと、こういう問いは頭に思い浮かばない。


「しばらく前から、『3年で会社を辞めてしまう若者』が問題になっています。早々と辞めることは一概に非難はできませんが、『自分の能力を判断するのは自分ではない。他人である』という冷徹な事実は忘れない方が良い。」(P.23)と今北氏は書く。


関する自分の能力に対する自負心は必要だ。だが同時に、自分の能力への判断は他者の方が正確だ、と認める冷静な客観性も持たないと、自己を確立できない。


今北氏は、日産に赴任する前のカルロス・ゴーンにも会って、アドバイスを与えている。「日本には2種類の沈黙がある」と伝えたと言う。1つ目は、ノーアイディアの時の沈黙。これは世界共通だ。しかし、2つ目の沈黙には気をつけなければならない。「それは何かと言うと、あなたが聞く耳を持たない人だと判断されたときの沈黙である。この2つの沈黙を見極めないと、日本に行っても会社組織をきちっとマネージすることが難しい」(P.84)


日本と欧米では、言語に対する位置づけがほとんど正反対だ。欧米人はほとんど、言語至上主義者であるかのように、わたし達からは見える。黙っている人間は、何も意見がないのだ。黙っている人間は馬鹿なのだ。それが欧米、とくにフランス社会の論理である。


そのかわり、対等な個人の間での「対話」を大切にする。会社の上司と部下であっても、あるいは学校の先輩と後輩であっても、個人と個人は対等なのだ。そして対話を通じて、知恵が生まれていく。これが彼らの世界観である。


残念ながらわたし達の社会では、このような意味での対話が成り立ちにくい。対話が乏しいと、創造性も成長もない。今北さんは常に、これを問題と考えておられた。


本書のタイトル「仕事で成長したい5%の日本人へ」はその意味で、非常に象徴的である。仕事を通じて成長し、自己実現を図りたいと強く願い続けている人は、概ね100人中5人程度しかいない。これが、今北さんが経験的に観測してこられた事実である。95%の人は、仕事は仕事、自分は自分、と割り切っているのだろう。


「植物が成長するには、窒素、カリウム、リン酸という3大栄養素が必要ですが、私は人間の成長にはミッション、ビジョン、パッション(MVP)という3大要素が必要だと考えています」(P. 8)


この三つを持ち続けるのは、簡単ではない。だからあえて、自分を無理にでもそのような環境に押し出し、リスクをとりながら働き続ける必要がある。まさにそれが、今北氏自身の生き方であった。氏の教えを胸に刻みながら、自分も前に進み続けたいと思っている。




<関連エントリ>

 →「書評:『ビジネス脳はどうつくるか』 今北純一・著」 https://brevis.exblog.jp/14925783/ (2011-06-09)





# by Tomoichi_Sato | 2022-03-25 07:34 | 書評 | Comments(0)

お知らせ:コンサルティングを再開します + MES解説の記事を「工場管理」に執筆します

タイム・コンサルタントの日誌から」という名の本サイトをはじめたのは、2004年のことだった。当時メインに持っていたサイト「革新的生産スケジューリング入門」からのスピン・オフとして、当時はまだ目新しかったBlog形式で、自由な発信をしてみようと思ったのだ。その頃わたしはビジネス・ソリューションを外販する部門にいて、実際にコンサルティングやSIビジネス、そして工場づくりの仕事に携わっていた。

ところで、その後何年かして、わたしは本社スタッフ部門に移ることになった。以来、経営企画とIT企画の仕事がメインになり、直接、外の顧客へのコンサルティングがしにくい立場になった。それでもまあ、いつかはラインの仕事に戻るだろうと思い、あえてBlogのタイトルから「コンサルタント」の言葉を外すことはしなかった。

わたしは一応、中小企業診断士の資格も持っているが、典型的な「企業内診断士」である。個人的に頼まれてセミナーやイベントで講演をすることもあったし、雑誌や本の執筆もしてきた。大学でも教えてきた。だが本格的なコンサルティングからは遠ざかったままだった。

ところで、ようやくまた、その現場にもどれる状況になってきた。すでにご案内した通り、わたしの勤務先ではこの21年度から、「ネクストファクトリー・ソリューション部」(略称NFS部)という部門を作って、本格的に次世代スマート工場づくりに取り組む体制となったのだ。わたしもアドバイザーとして、その部を手伝うことになった。

日揮(株)ネクストファクトリー・ソリューション部のWebサイト

NFS部は、エンジ会社として工場設計を請け負うだけでなく、より幅広い取り組みとして、コンサルティング面で製造業のお客様をお手伝いする事も、サービスメニューに組み入れている。わたしが経営企画部門に所属することに変わりはないが、社内的な建てつけ上、ライン部門を支援する形で、コンサルティング機能を補強することになったのである。

わたし達のコンサルティングの特徴は、三つある。第一に、工場と生産の中身に詳しいこと。第二に、メーカーやベンダーから中立な立場であること。そして三番目は、構想立案だけでなく、いざとなったらPMCとして設計・実装まで伴走できることである。

世の中にコンサルティング・ファームは数多い。だが、多くは本社とだけおつきあいして、製造現場の泥臭い内実にはノータッチ、が普通である。「製造業に強い」といいながら、聞いてみると製品企画や設計開発部門がカスタマーで、工場には足を踏み入れたこともない、なんて方も少なくない。

だが、わたし達は違う。本当のものづくりが、いかに微妙で、かつ、いかにシビアか熟知している。どこがポイントで、どこに問題が生じがちかも承知している。建築も機械も電気も制御もITも、エンジ会社は工学のデパートだから、プロのサービスを提供できる。それも、個別にではなく、総合的に提供できるのだ。

ちょっと宣伝くさかった? でも続けさせてください。エンジニアリング会社は、自分では工場を持たない。建設労働者も抱えない。工場の資機材は、文字通り世界中のメーカーから、もっとも適切でリーズナブルと思われるものを、毎回選んで調達する。「ベンダー中立」のポリシーが、それを保証するのだ。もし自前の工場や商品を持っていたら、どうしてもつい、それを売りたくなるだろう。だが、それではコンサルティングが、営業セールス行為の一部になってしまう。

そして三番目の特徴が、PMC=プロジェクト・マネジメント・コンサルティングが可能なことである。この言葉、ちょっと誤解を招きやすいが、PMCとは「PMの手法を教えるコンサル」ではない。顧客と一緒に、顧客のプロジェクト遂行を支援をする、いわば助っ人である。

生産改革の構想づくりから始まって、具体的な施策、たとえば製造ラインの自動化だとか、ITシステムの導入だとかBOMの再構築などは、いずれも部門横断的なプロジェクトになる。だが多くの企業では縦割り組織にはばまれて、こうしたプロジェクトがなかなか前に進まない。また、そのための余分な人材も足りないものだ。そこを補うのが、PMCの仕事である。

普通のコンサルは、構想書を作るまでだ。その後、定期的なアドバイスくらいはしてくれるだろう。だが、本格的なプロジェクトとなったら、基本仕様を固め、RFPを作り、ベンダーを選定し、経営者に投資判断を求め、予算と進捗と品質をモニタリングし、ユーザを教育・・と、やるべき仕事は山のようにある。これを手伝って、実際に手を動かすのが、PMCの役割である。

ちなみにわたしがライン部門に移る前に、最後にやっていた仕事は、中東の国営石油会社と日本の企業が合弁で進めていた、石油化学コンプレックスの拡張プロジェクト(正確にはプログラム)のPMCだった。そしてこれはとびきり、面白い仕事だったと今でも思う。

ともあれ、このような分野の仕事を手伝えることになり、わたしはワクワクしている。日本の製造業は今、とても難しい状況にある。サプライチェーンは混乱、資材価格はインフレ、デジタル化には出遅れて、製造現場はひどい人手不足だ。それを一気に解決できます、などと言うつもりはないが、少しでもお役に立てればうれしいと思っている。

さて、これに関連することでもあるが、日刊工業新聞社の月刊誌「工場管理」に、2回に分けてMES(製造実行システム)の解説記事を執筆する。その第一弾として、今月発売の4月号に

「MESとは何か~製造業に広がる背景と活用の実態~(上)」

が掲載される。製造現場のデジタル化に関心のある方に向けて、MESと呼ばれる仕組みの入門的な解説をした記事だ。

MES=Manufacturing Execution SystemというITシステム(海外ではMOM=Manufacturing Operations Managementと呼ばれることも多い)は、半導体や医薬品など一部業界を除いて、日本ではなじみが薄かった。だが、これは本社の管理系と現場の制御系をつなぐ、製造データの中核的なハブとなる仕組みである。MESのないスマート工場など考えられない、というのが我々の理解なのだ。

たまたま、わたしは2000年に共著で「MES入門」を執筆し、また昨年秋にはエンジニアリング協会でMESに関するシンポジウムも企画させてもらった。くわえて、わたしの勤務先は、プロセス系と医薬品工場を中心に、相当数のMESを、工場の設備ハードとインテグレーションして収めてきた実績がある。ということで、執筆依頼の白羽の矢が立ったのだろう。

MESの分野には国際標準もあるのだが、それだけ読んでもわかりにくい。かといって、製造現場に密着したものだけに、公開されている情報も限られている。この上巻の記事では、MES概念が生まれた経緯もふくめ、機能範囲や提供価値を、できるかぎり分かりやすく説明したつもりだ。書店で見かけたら、ぜひ手にとって見てほしい。

このサイトはもちろん、ずっと無料で情報を公開してきたし、その方針をかえる予定もない。ただ、わたしが本職の仕事以外に割ける時間は、限られている。知っていることは、いくらでもお伝えしたい。だって知識は人に渡しても、自分の手元から減らないのだから。でも、自分の時間は有限だ。だとしたら、勤務時間ないに多少の価値をつけて、必要とする人に提供するのも、有用なのではないか。そしてわたしのささやかな知恵が、どなたかのお役に少しでも立つのなら、それこそ望外の喜びなのである。

<関連エントリ>
 →「時間、売ります」 (2007-04-10)・・ああ、もう15年も前の記事だ。

# by Tomoichi_Sato | 2022-03-17 20:09 | ビジネス | Comments(0)

蒸しタオル法による花粉症対策の有効性、ならびに心の免疫力を少しは高める試みについて

今年は冬が寒かったせいか、春の花の訪れが遅い。ただ、横浜あたりでも先週くらいから、花粉症の季節になってきたらしく、春の鼻の悩みがまた戻ってきた。

6年前にこのサイトで、わたしは『蒸しタオル法』という花粉症対策の方法を紹介した。寝る前に、蒸しタオルで鼻を温めるだけ、というひどく簡単な方法である。具体的なやり方を、その時の記事から再掲する。

「蒸しタオルと言っても、まあ、おしぼりのようなものだ。ただ、普通の湯沸かし器の40℃くらいのお湯では、ぬるくてすぐに冷めてしまう。60℃くらいがいいようだが、お湯をいちいち沸かすのは面倒なので、わたしは電子レンジで1分前後チンすることにした。そして熱くなったタオルを、仰向けの顔の上にのせる。最初、湯気が鼻腔を通るようにする必要があるのかと思ったが、鼻筋が温まって血行が良くなることが大事らしい。わずか3分。タオルを用意する手間をふくめても5分だ。」

この方法で、しばらくは花粉症の薬も飲まずにすみ、順調だった。

ところが一昨年の春頃から、どうも頭痛がひどくてつらい日が増えた。わたしの場合、花粉症の主症状は、くしゃみ・鼻水よりも頭痛なのである。それも眼精疲労のような症状と連動している。一応、考えることが仕事だし、PCでの読み書きも避け得ないので、生産性が落ちて閉口した。心配だから脳ドックも受信してみた。でも、加齢現象は認められるが、まあ異常なしだった。やむなく、一昨年はアレルギー薬のお世話になった。

だが、やはり薬は飲みたくない(眠くなるし、なぜか血圧も上がるのだ)。そこで蒸しタオルを顔に乗せる時間を、3分から9分に伸ばすことにした。昨年3月に、その中間報告をした訳だが、その後も一応、花粉症の薬は飲まずに、なんとか昨年はしのぎ切った。今年もとりあえずまだ、飲まずにいる。

ところで昨年秋に、気づいたことがあった。秋も若干、花粉症気味になるのだが、どうもこの頭痛は、単に鼻のアレルギーだけでなく、メンタルなストレスも関係しているらしいのだ。具体的に言うと、読まなければいけないメールが多数溜まってイライラしている時に、頭痛が起きやすい。仕事が重なっているときも、そうだった。

そういう訳で、寝る前の蒸しタオルの時間を長くしたことに加えて、なるべくストレス感情を和らげてリリースすることを、試みるようになった。

具体的には、思考の回路をいったん止めて、自分の中に怒りとか不安といった感情があることを、まず認める。次に、深呼吸しながら息を落ち着けて、その感情が「そこにいてもいい」「流れにまかせる」などと、心のなかで自分に言ってみるのである。ネガティブな感情を抑制したり、コントロールしたりするのではない。森田療法などでも語られることだが、感情はそれ自体に、高まっては消えていく自然な流れのサイクルがある。それなのに、無理やり押し殺そうとしたりすると、逆に暴れるらしいのだ。

これをすると魔法のように頭痛が消えていった、と書きたいところだが、今のところ、そこまでの効果はない。ただ、少し楽になる。あるいは早めに治ることが多い、とは感じている。

わたし達は日々、ストレスにさらされている。仕事だけでもストレスなのに、この2年間というもの、コロナウィルス禍に怯えてきた。この2週間は加えて、戦争やインフレにも怯えている。もうちょっと勘弁してよ、という気持ちの人は多いと思う。

ストレス感情は、ある種の情報過多からもたらされる気もする。わたしは普段からTVをあまり見ないし、電車の中ではスマホも見ないようにしている(目にもわるいからだ)。新聞も、あまり熱心に読まない。経営企画部門の人間がそれでいいのか、と怒られそうだが、いろんなチャネルから入ってくる情報量は実に多いのだ。

わたし達は、情報中毒になりかけている。だが情報は、あなたを癒やさない(ほとんどの場合は)。氾濫する情報の多くは、知的経路を通って、感情を刺激するばかりだ。だから怒りっぽい人が、世には非常に多い。

感情のリリースに加えて、1年ほど前から、毎日短い瞑想の時間を取るようになった。最近のはやり言葉で言えば「マインドフルネス」である。座っていると、しばしばいろんな思考や雑念が浮かぶが、ふと我に返り、シンプルな感覚の世界に戻るのを待つ。

効果は? よく分からない。スポーツジムに通ってやっている、ヨガみたいなものだ。どちらも効果は、よく分からない。ただまあ、感情のキャパが小さいわたしでも、少しは心が落ち着く、とは言える(そもそもヨガというのは、瞑想のための準備運動だった)。

エンジニアの仕事というのは、知的労働のように見えて、その中に感情労働の部分が、かなり含まれている。脳の中の記憶や判別といった知的処理機能を酷使しているのに加えて、じつは感情面の機能もずいぶんすり減らしているのではないかと思う。それなのに、ビジネスの中の「感情」という側面に、わたし達は無頓着でありすぎる。

中毒は不安を燃料にして、燃え盛るものだ。そして不安な情報はさながら感染症のように、人の中で思考によって増幅され、伝染していく。だが、わたし達の感情は、わたし達の身体と同じように、大切にすべきもので、消耗させてはならない。そしてそのためには、たぶん自律性が必要なのだ。心身の免疫力を少しでも高めるために、過度に知的になりすぎないことが大事らしいと、顔に蒸しタオルを乗せながら、春に思うのである。


<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2022-03-10 23:18 | 考えるヒント | Comments(0)