現代の経営学は、今から100年前、フレデリック・テイラーの「科学的管理法」の実践的研究に始まると言われている。テイラーはBethlehem Steel社の工場の技師長だった当時、銑鉄(ズク=Pig-iron)を運ぶ肉体労働に関し、観察と実験に基づく科学的な方法によって、劇的に生産性を向上させたことで知られる。 彼はまず、この一連の労働を、5つの要素的なタスクに分解する。そして、それぞれに必要とする適切な作業時間を割り出した。さらにSchmidt(仮名)という労働者を選び出し、彼に「ズクを持ち上げろ、歩け、回って休め、歩け、休め」と、ストップウォッチ片手で指示した。それまで、労働者の恣意的判断に任されていた時間の使い方を、細かくコントロールしたのである。 その結果は驚くべきものだった。それまで労働者1人は、1日平均12.5トンしか運べなかった。ところがSchmidtは、なんと47.5トンの銑鉄を運ぶことができた。およそ400%の生産性達成である。当然、彼は大幅アップの賃金を得た(当時の賃金制度は日給制で、完全出来高制度ではなかったため、4倍と言うわけにはいかなかったが)。 ちなみに当時、テイラーの仕事を手伝っていた後輩の技師の一人が、ヘンリー・ガントであった。そう、あの「ガント・チャート」を考案した技術者だ。また、テイラーは主著「科学的管理法の原理」の中で、自分たちの仲間の1人として(別の企業に働いてはいるが)、ギルブレスの成果を引用している。そう、あの動作研究の記号Therbiigの発明者で、かつベストセラー「1ダースなら安くなる」の主人公でもある。現代のマネジメント技術やIE(Industrial Engineering)の創始者達が、ちょうど100年前に、出揃っていたことになる。 もう一つ余談を書くと、テイラーはその素晴らしい功績を挙げたBethlehem Steel社を、1901年に辞職する。社長の経営方針とぶつかったためだ。当時の米国の経営管理とは、労働者を「鞭で追い立てる」方式だった。テイラーはこうした強権的監督と根性主義に反対して、科学的な管理方法を打ち建てるべきだと主張したのだ。だがその頃、Bethlehem Steelは、USスチール社の傘下となり、金融業モルガン・グループ出身のCharles M. Schwabが支配権を手に入れる。彼の「追い立て方式」の経営の下で、ガントらも結局、同社を去って行くのである。 でも、ズク運びの労働に話を戻そう。生産性4倍を達成させたテイラーの指示では、作業と休憩の割合が、なんと42%対58%だった。つまり就業時間のほぼ6割を、休憩しているのである。大半の時間を休んでいて、時々働く程度、と言っても良い。休みだらけの働き方なのだ。 当たり前だが、休憩時間も、就業時間の一部である。労働基準法では、「労働時間が6時間を超える場合は少くとも45分、8時間を超える場合は少くとも1時間の休憩時間」を途中で与えなければならない、と規定している。つまり「休むのも仕事のうち」という訳だ。 工場などに行くと、午前や午後の決まった時間に、10分から15分程度の休憩時間を決めていて、その間は現場作業が全て止まるのを、よく目にする。もちろん、法律で決まっているからだが、上に述べたテイラーの実験例を見ればわかるように、休憩はむしろ生産性を向上するための、必須の要素でもある。 米国が「鞭で追い立て」主義なら、日本は「ガンバリズム」の世界だ。とにかく頑張れ、頑張れと、自らにも他人にも言い続ける。世界記録に挑もうとするアスリートたちの競技を描いた外国映画で、日本人は皆、競技者に「頑張れ」と声をかけるのに、欧米人たちは殆どが「リラックスしてやれ!」と声援するシーンがあったが、よく違いを捉えているな、と笑ってしまった。 わたし達の文化は、休むことを、まことに軽視している。休んでいる者は、まるで怠け者のようだ。そうした文化で長年育ってしまったわたしは、最近、「自分は休むことがとても下手だ」と感じるようになった。無理がきかない年齢になって、以前のようなペースでは働けなくなったからかもしれない。休暇取得率だって、100%には程遠い。 もっと上手に休むには、どうしたらいいか。 タスクで自分を「追い立て」るような、精神的スタンスをまず止めることだ。それはわかっているのだが、でも仕事は常に追いかけてくる。放っておくと、自分のToDoリストは、すぐに満杯になってしまう。優先順位付けは、もちろんしている。それでも打ち合わせの連続と細かなタスクで、1日があっという間に過ぎてしまうと、なんだかなぁ、と感じる。 そのためには、あらかじめ休みの時間を、スケジュールから「天引き」しておく必要があるようだ。つまり、事前に計画しておくのである。 休暇について言うと、客商売の受注ビジネスに携わっているので、どうしてもこれまで、自分の休暇予定を、仕事に合わせてとってきた。ちなみに、わたしの勤務先は、商社などと同じく、決まった夏休み期間がなく、各人が勝手に取ることになっている。しかし、工場現場を抱える製造業などでは、ゴールデンウィークやお盆などに、かなり連続した休業期間をあらかじめ決めている。それで仕事は回っているわけだ。 ということで、わたしも最近は、季節ごとに、割と連続した休暇を取るように心がけている。休暇というのは、小刻みに取るよりも、まとめて長く取った方が、気持ちの切り替えになりやすい。 その連続した休みの期間の中は、 (1) 休養、 (2) 娯楽・慰安、 (3) またちょっと休養 (4) 整理・雑務 という順序で過ごすよう、心がける。 まずとにかく、心身の疲れを取る。遊ぶのはそれからだ。そして遊び疲れから回復したら、忙しく働いていた時期にできなかった、様々な雑事をこなす。でも、生活上の雑務だって際限なくあるので、これを最初に持ってきてしまったら、休暇のほとんどが潰れてしまう。だからこの順番なのだ。 ところで、働いてる間の休憩はどうか? これは逆に、小刻みに取るのが良いと思う。つい熱中して、パソコンの画面をにらみ続けて、後で眼精疲労の頭痛に見舞われるような経験を、これまで何度もしてきた。そこで最近は、ポモドーロ・テクニックをとり入れるようにしている。 ポモドーロ・テクニックとは、シリロというイタリア人が最初に考案した手法で、25分間の集中作業と、5分間の休憩のセットを、「1ポモドーロ」と呼ぶ。このポモドーロを繰り返しつつ、時に少し長めの休憩を入れて、働くリズムを調整する。なんでも最初、キッチンにあったトマト(イタリア語でポモドーロ)の形をしたタイマーを利用したことから、この名前がついたらしい。 ポモドーロ・テクニックを助けるタイマー・アプリもいろいろと出ている。自宅ではMacを使用しているので、Activity Timer https://macdownload.informer.com/activity-timer/ というアプリを使っている。職場のWindowsではまだ、これといった決め手が見つからない。いろいろと試しているのだが、タスク管理など余計な機能がつきすぎている。そして意外なことに、途中でスキップできる機能が、なかったりする。でも、急な飛び込み等で、ポモドーロのサイクルが中断されることも多いので、スキップ機能は必須だと思う。 ともあれ、こうしたテクニックを試しているうちに気がついたことがある。それは働くことと、休むことのリズムが、実は本質的なものだと言うことだ。生き物は全て、いろいろなリズムに従って生きている。1日の昼と夜のリズムに始まって、潮の満ち引きのリズム、月の満ち欠けのリズム、季節のリズム、などなど。それらに従って活動しては、休息を取る。 休息している間、生き物は何をしているかと言うと、実は自分の体の中のメンテナンスを行い、また体の構造の再編を行ったりしている。「寝る子は育つ」と言う諺があるが、成長ホルモンは夜、分泌されることが知られている。自分の体の中の不整合を修復し、新たな成長に向かうための準備の時が、休息の時期の意味なのだ。言い換えるならば、活動とはエネルギーの時期であり、休息とはエントロピーを下げるための時期である。 だとすると、わたし達の企業組織も同じなのではないか。企業には、せっせと生産をし、商売をして利益を貯める時期と、その内部留保を用いて、仕事の不整合を取ったり、新たな仕事のための組織や仕組みを作るための時期が必要だ。そして、それはある程度、明確に区別すべきではないか。景気にもサイクルがあるが、企業の成長と成熟にもリズムが必要なのだ。 でも、残念ながら現代の経営学には、そのような「リズム」の視点が欠けている。株主や投資家は、常にいつもいつも、企業に絶え間ない成長を要求する。それはちょっと変ではないか? 自然界を見れば、組織に活動と休息のリズムが必要なことは、科学的に明白だ。そしてそのことは、テイラーのズク運びの実験でも明らかになった。だが科学的経営法を提唱したテイラー達が、金融資本に追い出されて以来、アメリカの経営思想には、「休み」の概念の重要性が育たなかったのである。 <関連エントリ> 「マネジメントを科学する」 https://brevis.exblog.jp/6465367/ (2007-09-15) 「休むのも仕事のうち」 https://brevis.exblog.jp/18579707/#google_vignette (2012-08-08) #
by Tomoichi_Sato
| 2024-02-11 20:27
| 考えるヒント
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お知らせです。 来る2月22日(木)午後に、「デジタル技術が変える次世代のスマート・プラントの姿」と題する講演を行います。これは、『デジタル技術が変えるプラント操業の世界』という半日有償セミナーの一環で、冒頭にいわばキーノート・スピーチとしてお話しするものです。 従来、「IT(情報技術)」と呼ばれてきたものの代わりに、最近は『デジタル技術』という言葉が、よく使われるようになってきました。また、「スマート工場」や「デジタル・ツイン」などの用語も、しばしば語られます。しかし、プロセス産業における、それらの意味をきちんと捉えている人は、決して多くないように思えます。 本講演では、データと情報の区別からはじめて、工場を生産のためのシステム(仕組み)としてとらえた上で、スマート化の意味を考えます。さらに、エンジニアリング会社としての経験から、産業間比較に基づいてプロセス対ディスクリート工場の特性を解説します。最後に、デジタル・ツイン概念に関する海外の動きと、日本の化学産業が向かう「ディスクリート・ケミカル工場」の次世代の姿について、皆様と一緒に考えてみたいと思っています。 本セミナーでは、わたしの講演に続いて、さらに3つのテーマでの発表があります:
想定する聴衆の方は主に、エネルギー・化学など、いわゆるプロセス・プラント分野の技術者の皆様ですが、医薬品・化粧品・食品・飲料・素材など、プロセス的な特徴をもあわせ持つ業界の方々にも、ご参考になる内容だと信じております。 記 「デジタル技術が変えるプラント操業の世界」 日時: 2024年2月24日(木) 13:00 ~ 16:50 (わたしの講演は13:00-13:50です) 主催: 株式会社 技術情報センター セミナー詳細: 下記のURLをご参照ください(受講申込もここからできます) なお本セミナーは、会場での受講でも、ライブ配信(Zoom)での受講も可能です。またアーカイブ配信も行う予定です。 大勢の方のご来聴をお待ちしております。 佐藤知一@日揮ホールディングス(株) #
by Tomoichi_Sato
| 2024-02-02 18:12
| サプライチェーン
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前回記事「モダンPMへの誘い 〜 出費が予定を超えなければ大丈夫?」https://brevis.exblog.jp/30726239/ では、Sカーブを使って、プロジェクト状況を判断するときの問題について説明した。Sカーブとは、プロジェクトの時間軸を横に取り、縦軸に出費を描いた線のことである。ふつうは、大文字のSを引き延ばしたような形になるので、こう呼ばれている。 ところで、予定出費の線(Planned Value = PV)の線と、実績出費の線(Actual Cost = AC)の2本を描いて、その大小を比較しても、プロジェクトの状況は「よく分からない」のだ、と前回書いた。なぜなら、実績出費ACのカーブが、予定出費PVのカーブより下に来ても、それだけでは「コストをうまく抑え込んでいる」事を示すのか、あるいは「進捗が遅れていて出費がまだ少ないだけ」かを、判別できないからだ。前者ならば、プロジェクトは良い状態にあると言えるし、後者だったら、まずい状態にある。 じゃあ、この二つの状況のどちらにあるのかを、判別する方法はあるのか? 実は、あるのだ。そのためには、3本目のSカーブを図に書き加えればよろしい。その3本目とは、「その日までに完了したアクティビティの予算額の合計」という、人工的な数値である。これを、Earned Value = EV、日本語で『出来高』と呼ぶ。 念のために書くと、予定出費PVは、「予定ではその日までに終わっているはずのアクティビティの予算額合計」である。実績出費ACは、「その日までに本当に完了したアクティビティの実際の出費額合計」だ。 仮に3本目のEVの線が、図のような位置に来たとしよう。では、この出来高EVの線があると、何がわかるのだろうか? いま、出来高EVと計画出費PVを比べると、EVは明らかにPVよりも小さい。仮に図の縦軸の上限が1,000万円を表しているとしようか。すると、本日時点でPVは700万円くらいになる。つまり、今日までに、700万円分相当の仕事が終わっていたはずである。 ところが出来高EVは、図から見て、せいぜい400万円程度しかない。つまり、今日までに400万円分の仕事しか完了していない訳だ。すなわち、このプロジェクトは進捗が遅れていることがわかる。両者は同じ予算額の集計だから、その差はタイミングの差を示しているのだ。 さらに、出来高EVと実績出費ACを比べると、ACは600万円くらいで、EVよりも大きくなっている。両者はどちらも、その日までに完了した同じ仕事の、予算額と実際の出費を示しているわけだから、このプロジェクトでは、当初の見積よりもコストがかかっている訳である。 まとめると、計画よりも出来高は小さい(=進捗遅れ)、かつ、見積より実績出費は大きい(=予算超過)で、大変まずい状況にあるプロジェクトであることが分かる。この事は、PVとACの2本の線だけ、穴が空くほど睨んでも分からなかったのだ。 じゃあ、ためしに、3本目の出来高(EV)カーブの位置関係が、次の図のようだったら、どんな判断になるだろうか? 今度も、考えるべきことは同じだ。まず、出来高EVを基準に、計画出費PVと比べてみる。あきらかにEVはPVよりも小さい。すなわち、進捗が予定より遅れている。ただ、出来高EVと実績出費ACの比較では、ACの方が小さい。これは、コストに関しては低めに押さえ込めていることを示している。納期はあぶないが、コストは今のところOK。そんな状況だと分かる。 どちらのケースでも、出来高EVを基準に、PVやACと比べている点に注意してほしい。PVとACを直接比較するのではない。この点が大事だ。PVとACを直接比べても、プロジェクトの状況は分からないのだ。なぜだろうか? じつは、Sカーブには、「タイミング」と「コスト」の両方の情報が詰まっている。予定出費PVのカーブは、予定のタイミングと予定のコストを、また実績出費ACは、実際のタイミングと実際のコストを示している。だから、両者に差があったとしても、それがタイミング(進捗)によって生じたのか、コストによって生じたのかが区別できないのである。 これを区別するために、「タイミング」は現実だが、「コスト」は予定の値を表す、『EV』という人工的な量を持ち込んで、進捗とコストの差異を区別できるようにする。EVとPVを比べれば、両者とも金額は同じだから、その差はタイミング(進捗)の違いを示す。またEVとACを比べると、タイミングは同じだから、金額の差が検知できる。 PV, AC, EVの3本の線を活用して、プロジェクトの状況を判断したり着地点を予測したりする。これがEVMS = Earned Value Management Systemとよばれる手法である。そしてEVMSはモダンPMの三本柱の一つ、といえる重要な手法だ。 EVMSの手法は、70年代頃に、米国の防衛宇宙産業で発達したと聞いたことがある。スケジューリング手法であるPERT/CPMの登場が50年代、スコープをコントロールする手法WBSの発達が60年代だから、20世紀中盤の20年間ほどに、現代PM理論を支える3つの手法が出揃ったことになる訳である。 (→この項続く) <関連エントリ> 「モダンPMへの誘い 〜 出費が予定を超えなければ大丈夫?」 https://brevis.exblog.jp/30726239/ (2024-01-22)
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by Tomoichi_Sato
| 2024-01-28 22:00
| プロジェクト・マネジメント
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もう10年以上も前のことになるが、ある大手システム・インテグレーターに呼ばれて、そこの有力なプロジェクト・マネージャーさん達の話を聞いたことがある。プロマネさんの1人は、こんな話を切り出した。 「PDCAサイクル、なんて言ってもさ、それって大体、絵に描いた餅じゃないか。そもそも最初に計画なんか、ふつう立てないだろ? プロジェクトに飛び込んだら、最初はまず、様子を観察するはずだ。顧客やメンバーに話を聞いて、これまで使った費用とかを確認して、状況を理解する。その上で方針を決めて、やるべきことをやっていく。これが現実のサイクルじゃないか。」 その時は、ふーん、と言う気持ちで聞いていたのだが、後になって、この人はいわゆる「OODAループ」の説明をしていたのだと気がついた。PDCAはPlan, Do, Check, Actionの略だが、OODAはObserve, Orient, Decide, Actの頭文字だ。OODAは「ウーダ」と発音し、米軍発の意思決定手法だが、ここでは詳しい説明を省かせていただく。興味があれば、ネットにいくらでも情報はある。 わたしが、ふーんと思ったのは、感心したからではない。この会社の人たちは、最初に計画を立てないのが当たり前なのかと、驚いたからだ。計画なしに、集団で仕事をしていて、不安にならないのか? 羅針盤も海図も持たずに、一緒に船出して、よく平気でいられるものだ。 それに、有能なプロマネが、途中から急にアサインされると言う状況も、よくわからない。大事なプロジェクトなら、なぜ最初からこの人たちをリーダーに立てないのか。どうやら、優秀なプロマネたちは、しばしば火消し人として、途中からプロジェクトに送りこまれるものらしい。 まぁ、それはこの会社の方針、ないし組織文化なのだろう。よその人間が批評しても、はじまるまい。それに、これだけ立派な規模の会社だ。ならば、プロジェクト計画だって、少なくとも最初に大枠ぐらいは決めているはずだ。そうでなければ、途中でプロジェクトに入り込んで、これまで使った費用を確認したって、予定の金額と比較しないことには、状況判断もできないではないか。 ただし、である。念のため書いておくが、プロジェクトの途中の時点で、それまでに使った実際の出費と、当初想定していた予定の出費と比べて、本当にそのプロジェクトの状況がうまく判断できるだろうか。 モダンPMでは、実績出費の額を、Actual Costの頭文字をとって、ACと略す。また、予定出費の方は、Planned Valueの略でPVと呼ぶ、約束になっている。 ここで問題にしたいのは、 AC < PV という集計結果が出たとして、それで、「このプロジェクトはうまくいっている」と言う状況判断をして良いかどうか、という問いだ。 ちょっと分かりにくいかもしれないので、図で解説しよう。 横軸は、プロジェクトの開始日から終了日までの時間軸だ。縦軸は、出費の金額を表す。点線は、プロジェクト計画に基づく、ベースライン(予定)の線である。どんなプロジェクトも最初はゆっくり立ち上がり、途中から活況に入る。 たとえばSI系プロジェクトの場合、初期は要件定義や基本設計業務で人数も少ないが、実装からテストフェーズに移るに従い、関わる人数も増え、協力会社の仕事も多くなるし、ハードの出費もあるだろうから、出費の金額が増えていく。 しかしテストも終盤に差し掛かり移行作業に移る頃は、しだいに出費もなだらかに戻る。かくて予定出費の線は、全体がローマ字のSに見えるので、「Sカーブ」と呼ばれる。大手企業なら、そのS字の線のパターンだって、標準的に持っているかもしれない。 さて、プロジェクトが始まって、実際の出費を集計してプロットしてみたら、図の青い実線のようになったとする。これを見ると、実績出費は計画線を下回っている。だとしたら、このプロジェクトはうまく進んでいると考えていいだろうか? この質問を大学の講義ですると、院生たちは慎重で微妙な答え方をする。予定より実績が小さいのだから、なんだか自明に見えるのに、講師は意地悪だから引っかけがあるのだと勘ぐるようだ(笑)。で、あえて「いや、うまく進んでいないと思います」などと答えてきたりする。たとえば青線の最近の立ち上がり方が急カーブすぎる、といった理由をつけて。 でも、「うまく進んでいる」も「進んでいない」も、正解ではない。じつは、正解は「分からない」なのだ。なぜ、分からない、が正解なのか? それは、このような状態になる原因が2つ考えられるからだ。すなわち、 (1) 実際にうまくコストをマネージできている (2) 仕事が予定より遅れているため、出費もまだ小さいままである そして、この2つのどちらであるのかは、実はこの2本の線だけを眺めても分からないのである。もちろん、個別の出費伝票や個人個人のタイムシートまで戻って分析すれば、把握できるかもしれない。だが、プロジェクト全体のSカーブというマクロな観点からは、判別できない。 もしも読者の皆さんが顧客の発注責任者の立場だったとして、受託側のSIerがこの2本のSカーブで毎月の報告を出してきたら、どう判断するだろうか? あるいは、最初の会社の例のように、プロジェクトの途中からアサインされたプロマネの立場だったら? このプロジェクトの状況の良し悪しは、2本の線をいくら観察したって、ひと目でわからないのだ。 だが、これを一目で判別できるようにする方法がある。ただしそのためには、この図に3本目の線を引く必要があるのだ。少し長くなってきたので、その解説は次回に続く、とさせていただこう。 <関連エントリ> →「??モダンPMへの誘い ? この質問の意味が分かりますか???」 https://brevis.exblog.jp/30687052/ (2024-01-14) #
by Tomoichi_Sato
| 2024-01-22 12:29
| プロジェクト・マネジメント
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あなたは、ある化学企業の経営者だ。自社の業容拡大をはかりたいが、日本の国内市場はすでに飽和しているため、海外の新興国に権益を得て、新しく化学プラントを建設することにした。 そして、これはと思う部下をプロマネに任命し、現地に派遣する。しかし、プラントはなかなか完成しない。それどころか、現地のパートナー企業の不満の声も、あなたの元に届いてくる。そこでTV会議で現地のプロマネを呼び出し、話すことにした。では、あなたがまず質問すべき事は何だろうか? ・・これは、わたしが大学などでプロジェクト・マネジメントを教える際に、よく最初に出す問いかけだ。出席者に尋ねると、いろいろな答えが返ってくる。例えば「工事はどこまで進んでいるのか」「資材は十分に足りているのか」「労働者の質はどうか」などなど。 ここでは、プロジェクトに問題が起きている時、その全体状況を把握するには、どんな事柄を確認すべきか、を聞いている。そして、こうしたプロジェクトの状況把握の必要は、どんな業種の仕事でも、時々起こり得る。 わたし達の社会で、大きなプロジェクトにトラブルが生じた時、メディアや世間の人々が問題にするのは、どんなことか。典型的には、以下の3つの問いになるだろう。 − いったい今まで、いくらのお金を使ったのか? − その仕事は、いつ完成するのか? − そもそもこの仕事のリーダーは、どういう人物か? はたして信用できるのか。 例をあげよう。何年か前になるが、新国立競技場の建設プロジェクトが、世間の耳目を集めた。建築家ザハ・ハディドの超モダンなデザイン案が、国際コンペの結果、選ばれたが、当初からその実現が危ぶまれた。はたして、ほどなく経たぬうちに、建設コストの見積もりがみるみる増えていき、当初の予算を大幅に超えることが判明した。 建設工事的にも、極めて難易度が高い。本来この新国立競技場は、2020年に予定されていた東京オリンピックではなく、その前年・2019年のラグビー・ワールドカップに間に合うべく、建設する構想だった。果たして、本当に間に合うのか? そして、そもそもこの事業を引っ張っているのは、どこの誰なのか。 一体いくらのお金の話をしているのか、いつになったら終わるのか、リーダーは果たして信頼できるのか・・こうしたことが世間で問題とされ、メディアで識者と呼ばれる人たちが指摘しあった。日本では経営資源を人・モノ・カネ、そして時間、と考える傾向が強いけれども、プロジェクトの金と時間と人を問うているのだから、まあ、平仄はあっているのかもしれない。 ところで、この3つの問いは、プロジェクトという大きな仕事を、丸ごと全体として捉えている。全体でいくら、全体でいつ、全体を誰が、と言うわけだ。こうした物の見方は、現代のみならず、戦前でも、あるいは江戸時代でも、さらに遡れば中世や古代でだって、同じだったはずだ。平安京の建設は、古代のビッグ・プロジェクトだった。そこで、問題が起きたら、人々は同じ3つの問いを語り合っていただろう。 だが、今は21世紀だ。わたし達は1000年前の人たちと同じような議論をしていて、いいのか。 それではまずい、と考えた人たちがいた。21世紀中盤、アメリカでの事だ。化学企業・デュポン社で、プラント建設プロジェクトに携わっていた人たちは、プロジェクトを丸ごと全体で捉えるだけでは、らちがあかないと気づいた。彼らはプロジェクトを、より小さな、コントロール可能な単位要素の作業に、分解することを思いついた。 逆の言い方をすると、大きくて複雑な仕事も、単位要素の作業(Activity)の連鎖によって表現(合成)できる。そしてActivity間には、論理的な順序関係(Aが終わらなければBが開始できない、等)がある。そして、Activityの連鎖によって作られた一過性の仕事を「プロジェクト」とよぶのだ、と彼らは考えたわけだ。 ほぼ同じ頃、海軍でPolarisミサイルの開発プロジェクトに関わっていたコンサルタント会社ブーズ・アレン・ハミルトンの人たちも、同様の概念にたどり着いた。「大きすぎる問題は分解して考えろ」という大数学者ガウスの格言があるが、こうした西洋の合理的思考の系譜に従ったのかもしれない。 ともあれ、プロジェクトを「Activityの連鎖からなる一過性のシステム」とモデル化したことから、真に現代的なプロジェクト・マネジメントの考え方が始まったのである。これを『モダンPM』と呼ぶ。プロジェクトまるごと全体を、「リーダーの資質」「カネと時間」「気合いと根性」などで動かそうとする、旧来のマネジメントのやり方と区別するための用語である。 モダンPMは1950年代にアメリカで現れ、’60年代のアポロ計画などによって育てられ、以後、成長と発展を続けている。その中心になっているのは、システム工学の理解=システムズ・アプローチだ。そして定量的な理論と技法が付随している。 もしも、あなたが現代の化学企業の経営者で、部下のプロジェクト・マネージャーに対して、モダンPMの考え方で状況把握をしたいならば、上に挙げた3つの問いに代わって、次のような質問をするはずだ。 ・プロジェクトの『スコープ』はどうなっているのか。WBSを見せろ。 ・このプロジェクトの『クリティカル・パス』は何か? Activity networkの上で示せ。 主要なリスクは何か? ・現在までのPV, AC, そしてEVはいくらか。完成時のCost EACを計算せよ! これらの質問の意味が、おわかりだろうか。ここに現れる用語や概念が、現代のモダンPMの柱なのである。プロジェクト・マネジメントを学ぶとは、いいかえれば、この質問の意味を正確に理解して、きちんと答えられるようにすることなのだ。 モダンPMなど知らなくても、もちろんプロジェクトは運営できる。実際のところ、数人がかりで数ヶ月程度の社内プロジェクトだったら、気合いと根性だけで回していけるだろう。しかしプロジェクトの複雑性が増したり、規模が大きくなり、あるいは制約条件がきつくなったら、そうはいかない。単なる出金管理以上の、何らかの定量的な考え方と道具立てが必要になる。 大規模で複雑なプロジェクトに関しては、少なくとも、わたしの勤務先の経営者だったら、(言葉遣いは多少違うかもしれないが)上のような3つの問いを発するだろう。だが、こうしたことを、経営者はおろか実務レベルのマネージャー層でさえ、理解していない組織が、わたし達の社会にはたくさん存在するのである。このような面での知的貧困が、わが国の産業競争力を大きく阻害しているとさえ、言えるだろう。 そこで本サイトではこれから時々、モダンPMのいくつかのトピックを取り上げ、わかりやすい簡潔な解説をしてみたいと思っている。題して、「モダンPMへの誘い(いざない)」。拙著『世界を動かすプロジェクト・マネジメントの教科書』https://amzn.to/2FFXbkf のサプリメント版と思っていただいても良い。 小規模のプロジェクトに携わる人でも、モダンPMの基本的な理解を持っているのといないのでは、それなりの違いが出る。そしてキーとなるのは、システムズ・アプローチ=システム工学の理解である。システムとプロジェクトに関心のある方々への、興味を引けば幸いである。 (→この項つづく)
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by Tomoichi_Sato
| 2024-01-14 23:31
| プロジェクト・マネジメント
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