人気ブログランキング | 話題のタグを見る

サプライチェーン・マネジメントとは(本当は)何か

  • ストラテジックSCMコースの終了発表会に参加して

先週の金曜日に、東京・浜松町で開催されたストラテジックSCMコースの終了発表会に参加してきた。これは日本ロジスティクスシステム協会が主催する、社会人向け半年コースのセミナーで、今期からわたしも講師陣の一員としてお手伝いをしている。3月の卒業式シーズンにしては、雨が降る寒い天気だったが、3年ぶりにリアル発表会とのことで、発表する受講生の皆さんも熱がこもっていた。

このコースは今回で第26期になる。1期は半年制なので、13年前の2010年から開始したことになる。2010年と言えば、日本経済はまだ、リーマンショックの落ち込みから脱出しようと、もがいていた時期だ。受講者数は毎回約30人。それが26期だから、SCMに理解と見識のあるOBOGを、合計で650人以上育てたことになる。これはなかなかの成果だと思う。

コースは全体で20回の講義と、課題研究発表会の集合研修からなる。社会人向けなので、講義は全て、金曜日の夜7時から9時の2時間だ。加えて、後半からはグループ練習が始まるから、それなりに参加者への負荷は高い。修了者には、日本ロジスティクスシステム協会から認定証が与えられるが、MBAだとかPMPとかいった資格のような、世界的な通用力はない。それでもこれだけ大勢の人たちが受講するのは、やはり世の中に類似した研修コースがほとんど存在しないからだろう。

参加者の半数くらいは、製造業で働く中堅エンジニア層だった。他に、物流業界の企業に所属する人々が3分の1程度、IT業界が1〜2割という構成だろうか。理系だけでなく文系の方もおられたように思う。SCMは、理系と文系の中間領域なのだ。というか、そもそも、マネジメントと言う仕事自体が、文系、理系といった縦割りの枠組みを超えた業務なのである。

もっとも、この講座を始めた13年前、参加者はほとんどが外資系企業か、コンサルティング会社ばかりだったと言う。それを考えれば、SCMの概念は、ようやく、日本企業にも普及段階にあると感じられる。SCM部という部署名も、名刺交換で時々見かけるようになってきた。

  • 日本のSCMはうまくいっているか

修了発表会では、5つのグループが、同じテーマをめぐって発表を競いあった。お題は「なぜ日本のSCMはうまくいかないのか」である。なかなか大きなテーマだ。おまけに、「うまくいかない」と決めつけてしまって本当にいいのか? でも各グループはそれぞれ、SCMの現状に強い問題意識を持っているらしく、その原因分析とブレイクスルーアイディアを述べていた。

ところでそもそも、SCMとは何なのだろうか。APICS Dictionaryをちょっと調べると、こんな定義がされている:

「サプライチェーンの諸活動を、設計し、計画し、遂行し、コントロールし、モニタリングすること。その目的は、ネットの価値創造、競争力あるインフラの構築、世界規模のロジスティクスの活用、供給と需要の同期化、そしてグローバルなパフォーマンスの計測である。」(拙訳。原文は“The design, planning, execution, control, and monitoring of supply chain activities with the objective of creating net value, building a competitive infrastructure, leveraging worldwide logistics, synchronizing supply with demand, and measuring performance globally.” )

わかったような、でもよく考えるとわかりにくい抽象的定義である。ともあれ受講者たちは、このSCMが日本でうまくいかない理由を分析し、解決策を発表しあった。問題分析にはCRT (Current reality tree)と呼ばれる図式化技法を応用したものが使われた。この分析手法は、問題設定とともに、第1回から共通してずっと用いられているという。

ちなみにCRTとは、故ゴールドラット博士が提唱したTOC 理論(Theory of constraints)における思考プロセスの道具立ての一つである。ごく簡単にいうと、問題事象(UDE=Undesirable effect)から、その背後にある原因の構造をたどって、全体の問題構造を俯瞰し、根本原因と中核問題を同定し、ブレークスルーアイデアを導出するための手法だ。詳しく知りたい方は、ゴールドラットの " It’s not luck" (邦訳「ザ・ゴール2〜思考プロセス」 )を読むことをお勧めしたい。

CRTのサンプルを図に示す(ただしこれは当日の説明資料の引用ではなく、わたしが勝手に再構成したものだが)。実際のコースでのCRTの使い方は、横浜国大の鈴木定省先生が指導されたという。多くのチームは中核問題として、「経営にSCMへの理解がない」と「SCMの実務人材が足りない」ことをあげていた。

サプライチェーン・マネジメントとは(本当は)何か_e0058447_09061595.png

  • SCMをめぐる議論の場の必要性

日本の経営手法の主流は、組織を機能別・事業別に縦割りにして、KPIを与え、互いに競わせるものだ。後で述べるように、SCMはプロセスの横のつながりや協調を生かすものだから、経営層の無理解を言いたくなる気持ちはわからないでもない。でも、経営者を急に取り替えるわけにもいかないのだから、これを根本原因にしてしまうと、ブレイクスルーアイデアがなかなか生まれにくい恨みはある。

とはいえ、個別の分析の良し悪しを採点するのがセミナーの目的ではない。そもそも、このような大きな問題設定には、唯一の正解もない。むしろ大事なのは、業種業界の異なる受講者たちが、お互いの立場を超えて議論することで、より大きな視点を得る事にある。それと、自分たちが実務で直面している問題が、いろいろな業界でいかに普遍的かにも気づく。

こうした対等な議論の場を持ち得ることが、このストラテジックSCMコースの最大の意義だろう。サラリーマンには議論できる場がない。組織内には、上下関係があり、利害関係もあるため、完全に自由な議論はしにくいものだ。しかし、1人の視点には限りがあるため、思考力は議論を通じて育つ。

そしてだからこそ、このコースの卒業生OB OGたちが、SSFJと言うバーチャルなコミュニティーを形成し、交流を続けているのだろう。コースの受講生には、しばしば転職者も現れる。今回も修了発表の場で、「実は4月から新しい職場に移るのですが」と話していた人がいた。異業種の人との議論が刺激となって、そういう動きも現れているに違いない。

  • SCMのシフトについて

元々、このストラテジックSCMコースは東工大のMOTで始まったものだった。中心となったのは、経営工学科の大御所・圓川隆夫先生(現名誉教授)と、プログラムコーディネーターの高井英造先生(日本OR学会フェロー)である。途中、いろいろないきさつから日本ロジスティクスシステム協会(JILS)にプラットフォームを移した。

終了発表会の最後は、その圓川先生が講評として、ごく簡単なレクチャーをされたが、内容はさすがだった。圓川先生はSCMの目的を、コストダウンだとか利益の最大化といった、ありがちな単純な事に求めない。利益を上げる事は、単にビジネスを継続させるための必要条件でしかないからだろう。そうではなく、SCMの目的は顧客を含むサプライチェーン関係者に提供できる価値を最大化する事、と定義された上で、日本のSCMの来歴と課題、そして方向性を提示されていた。

その中には、ジャスト・イン・タイム(JIT)から、ジャスト・イン・ケース(JIC)へのシフト、と言う指摘もあって、新鮮だった。従来の在庫削減一本槍から、昨今の国際的なサプライチェーンの混乱下において、万が一(just in case)のリスクヘッジが重要になってきているとの見方だ。

ちなみに発表会の中で、ある参加者の方から、「日本のSCMがうまくいっていないと言うが、元々SCMなる概念は、トヨタ生産方式を米国が学んで作り上げたものでないか」というコメントがあった。ただ、それは事実の半面でしかないように思う。

米国がトヨタのマネジメントのやり方を見てショックを受け、MITが中心となって"Lean Production"という概念を90年代初めに作り上げたのは事実だ。だが、トヨタのやり方で日本の産業がみな、うまくいっている訳でもない。現にトヨタ自身だって、昨今は部品供給途絶などに難儀しているではないか。

  • サプライチェーンはマネジメントできるか

ところで、サプライチェーンは、日本語では「供給連鎖」と訳されている。ではSCMとは供給連鎖管理、と訳していいのだろうか? わたし達は、供給連鎖を本当に管理できるのか?

先日、ちょっと風変わりなSFマンガ家八木ナガハルの連作短編集「惑星の影さすとき」 をよんでいたら、ちょうどサプライチェーンのことが書いてあった。この作家は、各短編の後に、1ページの科学解説コラムをつけていて、これがまことに面白いのだが、「鳩の餌を作っている会社だけど、何でも質問に答えます」という短編の後には、『自由経済』というタイトルの解説があり、こんなことが書かれていた:

「ごくありふれた鉛筆を作るために、鉛筆の材料、材木には、カナダ産のまっすぐな木目の杉を使う。ガソリンで動くチェーンソー、運搬用の鉄道、それらを生産するための工場群、維持するための電力。

鉛筆の芯には、スリランカの黒鉛が使われる。黒鉛は鉱山から掘り出され、船で運搬、精錬される。さらに黒鉛は粘土と混ぜて炉で焼き、硬さを調節される。

地球のあらゆる場所から集められた材料が、ここでようやく芯と軸を合わせて鉛筆の形になる。さらに、1本1本に油を塗りニスを塗り、文字を印刷していく・・。

これらの工程には、膨大な人数と高度な技術が必要であるが、誰かが『計画』をして生み出したものでもなければ、命令を出している人間もいない。また船も鉄道も電気も『鉛筆を作るために』開発されたわけではない。」(『惑星の影さすとき』P.165)

おわかりだろうか。1本の鉛筆を作るためのサプライチェーンは地球の果てまで延びていて、システムとして一応ちゃんと機能している。だが、それは個別企業間の自由市場での取引が、数珠つなぎに連鎖して形成された仕組みであって、誰かが設計したものでも集中的に管理運営しているものでもない。じゃあ、SCMとは何なのか。

  • サプライチェーンとSCMを区別する

SCMを論じる場合は、対象とするサプライチェーンが自社内のものなのか、企業をまたがった連鎖なのかを区別する方が良い。

どんな会社も、物的実体を顧客に届ける仕事をしている限り、社内にサプライチェーンを持っているものだ。サプライチェーンとは、出荷・保管・供給・輸送など、実体を持つ諸プロセスの集合体である。しかし自社のサプライチェーンでさえ、マネジメントできている会社は少ない。バラバラなプロセスの集合体が、ハーモナイズされていない状態で、お互い摩擦しながら動いている。

サプライチェーンとは、いわばオーケストラのようなものだ。各楽器は自分で音を奏でることができる。だが皆がバラバラにメロディーをひいたら、生まれるのは雑音と頭痛にすぎない。これをどう指揮するかが、SCMの課題である。

そして自社のサプライチェーンは、直接マネジメントすることができる。しかし、サプライヤーやディーラー・顧客を含む、より広範囲なサプライチェーンは、直接マネジメントできない。なぜなら自由経済社会では、他の会社に指示命令を出す権利がないからだ。

とは言え、得られる効果は、対象とするサプライチェーンの範囲が広いほど大きい。これは自明の理だろう。したがって、取引関係にある他の会社とどのような協業関係の仕組みを築きあげるかがポイントになる。

まあ、他社に命令・管理はできないと書いたが、よほど取引上で力関係の大小があれば別である——そして、『系列』という特殊な力関係でこれを実現してきたのが自動車業界だった。だからこそEV化の潮流にともなって、系列の関係にゆらぎが出始めて、みなが迷っているのではないか。

  • 日本にSCMを普及させるために

社会的ニーズ、あるいは社会課題があり、それを解決できる道具としての物的商品を供給するのが、サプライチェーンの機能だ。

だからこそサプライチェーンと、サプライチェーン・マネジメントを区別することが、問題認識の第一歩である。サプライチェーンの個別プロセスをきちんと改善することと、全体をハーモナイズするSCMの仕組みをつくることとは、別のことだ。この2つのことを、同じ「マネジメント」という言葉で呼んでしまうから訳が分からなくなるのではないか。個々の楽器演奏が上手になるのと、全体で調和した音楽を生み出すことは違う。

圓川先生は講評の後で、日本にSCMを普及させるためには、本当はこの100倍の人数規模が必要だ、とおっしゃっていた。上場企業だけで数千社あるこの国で、10年以上かけて650人育成では、圧倒的に足りないのだ。

ここから先はわたしの考えだが、わたし達の社会では、目に見えない概念や仕組みは、あまり理解も普及もされない。何か、具体的で目に見える仕組みや成功事例が、必要なのだ。この国の人たちは、目で見え手触りのあるものでないと、本気にはならない。だから、そういうものを一つでも増やしていくために、微力を尽くせたらと思っている。

<関連エントリ>
「価格リスクと豊作貧乏を解決する、サプライチェーン・マネジメントの知恵」 https://brevis.exblog.jp/29206896/ (2020-09-28)
「トヨタのグローバル・サプライチェーン・マネジメントを理解する鍵」 https://brevis.exblog.jp/23353228/ (2015-07-01)


# by Tomoichi_Sato | 2023-03-22 09:12 | サプライチェーン | Comments(0)

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (3)MES/MOMの利点と課題

  • MES/MOMとは何をするITシステムか

さて、製造スタッフレベルの仕事、すなわち「製造マネジメント業務」の機能をサポートするために、MES/MOMと呼ばれるITシステムが登場してきた訳ですが、これが、工場の外にいる(つまり本社や営業畑の)人たちには分かりにくい。というのは、すでにたいていの会社では、「生産管理システム」と呼ばれるソフトが動いているからです。

それは自社の手作りソフトだったり専用パッケージだったり、あるいはERPのサブモジュールだったりしますが、とにかく中規模以上の会社では、生産管理システムと呼ばれるものを持っています。では、MES/MOMシステムは、それと何が違うのでしょうか。

通常の生産管理システムの主要機能は、ざっくりいって、ラフカット生産計画の作成、指示書(注文書)発行、出荷請求、原価把握などをカバーします。

生産計画に「ラフカット」という形容詞をつけているのは、システムから出てくるのが、大まかなスケジュールだからです。製造現場がそれに従って動けるような細かな粒度・ディテールは、持っていません。そこで多くの現場では、それを補うようなExcelや手書きボードで、詳細な生産スケジュールを回しています。

また生産管理システムは、製造仕様や品質検査データも、扱わないのが普通です。品質判定の結果を取り込んで、製品在庫が出荷可能かのコントロールくらいはするかもしれません。しかし多くの場合、品質や製造条件のデータは、別のシステムや台帳に記録されます。

ということで、先にあげた製造業の主要なKPIのうち、C(原価)とI(在庫量)はきちんとカバーしますが、D(納期)はアバウト、Qは範囲外、というのが生産管理システムの実像なのです。また現場の機械・モノと、直接のデータのやりとりをするI/Fも、ふつうは持ちません。

他方、製造実行システムと呼ばれるMES/MOMは、生産管理システムがカバーしにくい4Mをコントロールし、3つの役割を果たします。

4Mとはもちろん、Method(レシピ・SOP)、 Machine(設備・金型等のリソース)、HuMan(人財とスキル)、Material(個物と製造ロット)です。MES/MOMは現場の機械・デバイスとI/Fを持ち、データをやりとりします。モノの識別記号をセンサ等で読み取る機能も持ちます。これにより、現場の4Mをトラッキングし、コントロールできるのです。これにより、より目の細かな進捗・納期把握、トレーサビリティ、SOP実行、稼働管理などを可能にするのです。

(ちなみに、SOPとはStandard Operation Procedureの略で、標準作業手順のことです。MESは現場作業者が、正しい手順にしたがって、ステップ・バイ・ステップで作業を進めることをガイドし、またその記録をとります。それにより、非熟練者でも一定品質の仕事ができるようサポートする訳です)

3つの役割とは、詳細スケジューリングと指図などの計画・指示系の機能、SOPの実行と記録という実績・報告系の機能、そして、本社系ITシステムと現場の制御系システムを「つなぐ機能」(データI/F系)になります。

  • MESのないスマート工場は考えられない

ここにおいでの制御系技術者の皆さんはご存じの通り、自動制御分野の国際標準の一つに、ISA-95、略称S95があります。これは経営システムと製造マネジメント業務の間のインタフェースを定義した規格です。このS95のいうLevel-3=製造マネジメント業務をサポートするのが、MES/MOMです。我が国の多くの業界では、製造マネジメント業務は人間系による「すり合わせ」で成り立ってきましたが、スタッフ不足と要求の増大により、すでに限界に近づいています。だからこそ、MES/MOMの導入が急務となっているのです。

ところで、連続プロセス系と、組立加工などのディスクリート系を比較した場合、MES/MOMのあり方に、大きな違いがあります。それは、工場内の全体工程をカバーするようなデータ統合が、どのレベルで行われるか、という問題です。
ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (3)MES/MOMの利点と課題_e0058447_09471588.png

この図はわたしが以前も自分のBlogに描いた図です。一番左に、ISA-95でいうレベルを示しています。上から順に、Level 4(ビジネス計画とロジスティクス)、Level 3(製造マネジメント)、Level 2(モニタリングと監視制御)、Level 1(センシングと操作のデバイス)、Level 0(生産プロセス)です。

そして図の左右に、プロセス系とディスクリート系の事情を示します。プロセス系の場合、中規模以上の工場ではふつう、DCSやSCADAシステムによって、全体工程のデータがとられ、Level 2で統合されています。

プロセス系のMESには、Historianと呼ばれる機能があり、これが下のレベルのDCS/SCADAから、工場全体の時系列データを受け取り、その履歴を圧縮して長期保存しています。

ところが右側のディスクリート系の場合、各工程の機械がそれぞれバラバラに制御システムを抱えています。製造ライン化された部分は複数機械のPLCを束ねたSCADAがあったりしますが、それ以外は個別のままです。したがって、工場レベルでこれらの現場データを統合し保存する役割は、Level 3のMES/MOMが担わなければなりません。

このため、ディスクリート系のMESは、制御系に近いOT的なデータを取り扱う機能と、上位系に近いIT的なデータを扱う機能を持つことになります。最近では、これをLower MESとUpper MESと呼んで区別することもあります。

化学工場が機能性材料を扱い、次第にディスクリート的な生産方式にシフトする場合、このようなデータ統合のレベルの違いを意識しなければならない訳です。

ただ、いずれにせよ、本社系と現場系をつなぐのがMES/MOMの重要な役割です。従来は、紙やExcelなど「情報」の形で、人間が加工・介在して、両者をつないできました。そこがボトルネックになって、伝達のスピードも精度も上がりませんでした。でも、本当は「データ」でつなぎたいのですよね。

ここで、最初にご説明した、情報とデータの違いを思い出してください。いやしくも「スマート工場」を名乗るなら、Level 3の製造マネジメント業務も、やはりデジタル化されているべきではないでしょうか?

  • MES導入の実態調査から見えたこと

さて、わたしは(財)エンジニアリング協会で「次世代スマート工場のエンジニアリング」という研究会 の幹事をしています。この研究会では、経産省と野村総研から受託して、MES/MOMに関する導入実態調査を行いました。その2021年度の調査結果の中から、いくつか注目すべき点をご紹介したいと思います。
ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (3)MES/MOMの利点と課題_e0058447_09471504.png
まず、調査した我々自身驚いたのですが、アンケート調査によると、回答してくれた製造業約90社のうち、約4割がすでにMESを導入していると答えました。業種は、プロセスもディスクリートも含む広範なものです。無論、これが日本の製造業全体の平均値を示すとは言えないかもしれませんが、4割はかなりの数字です。いわゆるマーケティング理論での製品普及曲線から考えても、MES/MOMはすでに普及期に入っていると言えるでしょう。

ただし、導入している4割の企業の約半分は、実績系(履歴管理)のみに利用していると答えています。計画系機能の導入はまだ、課題があるようです。また、他のシステムとの「つなぐ」機能についてたずねたところ、導入ユーザの半分が生産管理システム(EPP等)とつなげていますが、現場系とつなげているのは、回答者数の1/4強でした。

さらに、「あなたの職場においてMES/MOMの導入、機能強化・拡張の計画はありますか?」と質問したところ、製造業の回答者の33%が、MES/MOMの導入計画はないと回答しています。他方、拡張計画の有無は別として、すでにMES/MOMを利用中としている回答者の比率は31%(会社数ベースでは約4割)です。そして3~5年以内に導入予定との回答は19%に留まっています。
ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (3)MES/MOMの利点と課題_e0058447_09471549.png
つまり、方やMES/MOMを導入し活用している企業群がある一方で、ほぼ同数の企業が、「導入の予定はない」と答えている訳です。すなわち、日本の製造業では、一種の「デジタル・ディバイド」現象が生じているのではないか? これが、アンケート調査をまとめたわたし達の懸念でした。

  • むすび

さて本日は、計装制御技術会議にご参加の皆さんに向けて、ながながとMES/MOMについてご説明してきました。日本の化学産業は機能性素材分野にシフトしています。ところが、そこはバルクケミカル製品分野で親しんできた、従来の操業の考え方が通じないばかりか、工場のあり方自体が変わります。システム工学的にいうと、機械設備群は、密結合から疎結合になっていきがちです。それを統合するために、工場の中枢神経系統としてのMES/MOMが、ますます重要になります。

ただし、ここで一点、あえて補足したいことがあります。それは、デジタル化は生産システムの矛盾を顕在化する、という事実です。「デジタル技術導入でスマート化」するぞ、というと関連各部はいろんなことが楽になると夢想します。しかしデジタル化は、それまで人間系でナニワ節的に調節されてきた、部門間のトレードオフやコンフリクトを顕在化します。

そうでなくとも、仕事のやり方が少しでも変わると、「やりにくくなった」と抵抗感をもつのが会社員というものです。皆さんは社内に対して、工場のスマート化で、関連する全部門が今迄より、例外なく仕事がやりにくくなるぞと、最初にクギを刺してから、導入を推進されるようお勧めいたします。

ご清聴、どうもありがとうございました。

<参考:「 国内工場におけるMES(製造実行システム)導入動向等調査 」(経産省/野村総研の委託調査)>
<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2023-03-15 10:03 | 工場計画論 | Comments(0)

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (2)工場のシステム工学

  • 工場は「生産システム」である

日本の化学産業は、機能性素材に経営資源を傾斜しつつあり、その製造のためのプラントは「ディスクリート・ケミカル工場」と呼ぶべき形に変貌してきました。では、そのような機能性素材・電子材料を製造する工場とは、具体的にどんなところなのでしょうか。

イメージを掴んでいただくために、ネットで公開されている写真をいくつか並べておりますが、従来の屋外に機器が立ち並ぶプラントとは、随分様子が異なることがわかりいただけると思います。そして、このような工場の操業のあり方も、従来の連続型プロセスプラントとは異なったものになっていきます。
ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (2)工場のシステム工学_e0058447_12094762.png

そもそも、工場やプラントの操業のあり方を考えた際に、そのスマート化のポイントとはどこにあるのでしょうか。これは工場をシステム工学の観点から見てみると明らかになります。

システム工学の立場から見ると、工場とは生産のためのシステム(仕組み)、すなわち「生産システム」です。システムである以上、そのアウトプット、主要なインプット、そしてそのプロセスが問題になります。工場と言う名前の生産システムのアウトプットは、言うまでもなく製品です。

では、生産システムの主要なインプットは何でしょうか? もちろん原材料だ、と答えたくなりますね。それは30年前だったら正解かもしれません。しかし考えてみてください。原料があるから製品を作る、といったポリシーで操業している工場が今、どこにあるでしょうか。作っても売れるあてのない製品が、山のように積み上がる工場を、今どこの企業が許すでしょうか。需要のないところに製造は行いません。

つまり、実は、生産システムの主要なインプットは需要情報なのです。原料部品や用役・副資材は、いわば、サブのインプットです。これらは需要情報に従って量や種類やタイミングが決められます。

生産システムとは、需要情報というインプットを、製品というモノ(あるいは製品に実現された付加価値)に変換してアウトプットする仕組みです。

そのシステムは、働く人々と、製造のための機械設備と、物流設備、それらを支える作業空間(建築)と、情報をやりとりするICT・データ、などの構成要素から成り立っています。

このうち、働く人々と、製造のための機械設備類は、各社固有の競争領域に属するもので、それぞれ異なるでしょうし、あまり外部に開示されません。しかし、それ以外の物流・建築・ ICT ・データなどは、企業を超え、あるいは業種すら超えて共通性が高く、お互いに知恵を共有し合う価値のある協調領域に属します。だからこそ、今回みたいに計装制御技術会議などの催しが成り立つんですね。

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (2)工場のシステム工学_e0058447_12094737.png
  • 工場レベルの「スマートさ」を実現するために

ところで、生産のためのシステムを操業運転するには、どのような神経系統が必要でしょうか。システムを目標通り動かすためには、当然ながらまず、工場の操業の全体像を把握する、中枢神経に相当する機能が必要です。そして、生産システムの状態やパフォーマンスを測るKPIと、指示の伝達系(神経系統)が必要ですね。そこに、目標値をセットする働きがいるはずです。

言うまでもなく、工場の全体パフォーマンスを測る代表的なKPIはQCD(I)です。QCD(I)は、Quality:品質、Cost:原価、Delivery:納期、そしてカッコにはいった(I)はInventory:在庫を表します。

ただし、これらは通常、製品単位、あるいは月単位などにとらえられるマクロな指標であり、より詳細には、現場における「4M」が支えています。4Mとは、Human:人員、Machine:機械設備、Material:部品材料、Method:製造方法の略です。

すなわち個別オーダー・レベルでの、品質トレーサビリティ・納期回答・個別原価把握のためには、4Mレベルでのモニタリングとコントロールとデータ蓄積が必要になります。

そして4Mを追いかけるには、現場(末端)とスタッフ層(中枢)をつなぐ、神経系が必要になります。
つまり工場のスマート化には、機械・ロボットなど「筋肉系」の増強だけでは足りないのです。また個別の機械にIoTセンサーをつけても、末端の感覚神経の強化にはなりますが、各工程がバラバラに動く「疎結合なシステムの問題」は解決しません。製造マネジメント業務に従事するスタッフ等の仕事を助ける、中枢神経の仕組みが必要なのです。

  • MES/MOMの重要性

ここで登場するのがMES/MOMと呼ばれるICTシステムです。MESとはManufacturing execution systemの略で、日本語では普通、「製造実行システム」と訳されます。MOMとは Manufacturing operations managementの頭文字で、「製造オペレーション管理」という概念を表します。

MESという語が先に普及し、後からMOMという概念が追いかけたため、業種業界によって2つの用語が混在したり、使い分けられたりしています。MESは製造に特化していて狭義、厳密にはMOMの方が広義とも言われるのですが、ここではMES/MOMと併記することにします。

図をご覧ください。製造業のデータの流れは、大きく、本社レベルと、製造スタッフレベル、そして製造現場レベルに区分することができます。

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (2)工場のシステム工学_e0058447_12094723.png
複数拠点の生産・販売・在庫計画システム(SCM)、原価・人事・調達管理システム(ERP)、そして設計情報システム(PLM)などは、主に本社レベルで使われるシステムです。

図の1番下、製造、現場レベルでは、機械や装置の制御システムとして、DCS、PLC、IoTセンサー等が活躍しています。

問題は、その中段にある製造スタッフレベルの業務、すなわち、製造マネジメントの機能です。製造スタッフとは、生産管理、生産技術・設備保全、QC/QA、資材購買など、工場のオフィスフロアで働いている人々です。彼らはしばしば、製造現場を見下ろす中、2階にオフィスがあるため、中二階の人々と呼ばれたりもします。

そしてわたしが見たところ、どこの工場でも、製造スタッフの人が足りないのです。それは、品質トレーサビリティや頻繁な納期変更などの、外部要求が急速に高度化してきたためです。現場のワーカー不足はよく知られていて、次第に社会問題化しています。しかし、工場で働くホワイトカラーの人手不足問題は、企業もまだ、あまり認知していないようです。

MES/MOMシステムは、まさにこのホワイトカラーの担う製造マネジメント業務を助ける仕組みであり、現場と中二階と本社をつなぐ神経系統としての役割を果たすものです。それがどのようなものか、そして導入にはどのようなメリットとハードルがあるのかについて、最後にまとめたいと思います。
(この項つづく)

<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2023-03-06 12:16 | 工場計画論 | Comments(0)

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (1)化学産業の変貌

今月の14日に、「計装制御技術会議」という催しで、『ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える』というテーマの講演を行った。『ディスクリート・ケミカル工場』とは、わたしが2019年に「化学工学」誌4月号の解説論文で提唱した概念で、このサイトでも少し紹介したことがある(お知らせ:『化学工学』誌に論文『ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える』が掲載されました2019-03-30)。

実はこのコンセプト自体は、その前年に、同じ「計装制御技術会議」で披露したものだった。したがってある意味、今回の講演はその続編にあたるが、幸い、今回も比較的好評だった。ただ、この会議は文字通り計装制御系(とくにプラント分野)の専門技術者が集まる場のため、他分野の方にはあまり知る機会がなかったと思う。そこで、当サイトで紙上再現をすることにしたい。全体は50分程度と長いため、多少細部は省略してお届けする。

◇- — -◇- — -◇- — -◇- — -◇

ただいまご紹介にあずかりました、日揮ホールディングスの佐藤です。実はこの計装制御技術会議では、2018年にも呼ばれて、よく似たタイトルで講演しましたが、それから考えの進んだ部分もありますので、あらためて今日は最近のトレンドについてお話ししたいと思います。

話は全体で、大きく三つの部分に分かれます。まず最初に、日本の化学産業の変貌と『ディスクリート・ケミカル工場』の概念についてお話しします。つぎに、システム工学の視点から工場とその神経系統について考えます。システム工学の専門技術者である皆さんに、ぜひ吟味いただきたい論点です。

そして、ディスクリート・ケミカル工場におけるMES/MOMの課題について議論したいと思います。最後の部分では、わたしの関わっている(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」での最近の調査結果なども踏まえて、実態をご紹介します。

さて、わたしは長年、エンジニアリング会社で製造業やエネルギー産業のお客様向けに、工場やプラント作りの仕事に関わって参りました。我々の目から見ると、工場の種類は非常に多種多様です。工場の外見による分類、製造工程の構造による分類、品種の連続性による分類など、切り口もいろいろあります。ただ、一番大きな違いは、やはり製造工程によるプロセス型とディスクリート型の区分かもしれません。

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (1)化学産業の変貌_e0058447_10260553.png

写真左下は、プロセス型の典型であるエチレンプラントです。右上は、ディスクリート型の典型として、航空機エンジンの整備工場をあげています。いわゆる機械加工組立型の工場です。真ん中はある意味、その中間形にあたる飲料の工場で、いずれも当社の建設した実績です。

ちなみにプロセス型の製造設備を「プラント」と呼び、組立加工型の設備は「工場」と呼ぶのが普通ですが、英語ではどちらもPlantです。工場長はplant manager、自動車工場はautomotive plantですから、この呼び方の区別は、日本独特のものだとわかります。

さて、プロセス型とディスクリート型の工場の最大の違いは、どこにあるでしょうか。それは、プロセスプラントには、中央制御室があることです。そこでは、制御システムと多数の画面が並び、ボードマンたちが工場内で起きている様々な事象を監視しながら、バルブを開けたりポンプを起動したりといった指示を現場に下しています。もちろん、現場にも大勢の人が働いているのですが、中央制御室から工場内の全体の動きがわかる点が特徴です。

ところが、ディスクリート型(組立加工)工場では、様子が全く違います。近代化した工場にはNC工作機械など、多数の自動化された機械が並んでいますが、いざ建屋の外に1歩出て、扉をバタンと閉めてしまうと、中の機械が動いているか止まっているかすら、分かりません。ディスクリート型工場には基本的に、中央制御室がない。こう言うと、プラント分野を専門とするわたしの会社の先輩たちは、驚いた顔をします。

ディスクリート型工場で生じやすい典型的な問題が、いくつかあります。こうした工場で扱う対象物は基本的に固体なので、モノをどこにでもおくことができます。そのため、物探しが生じるわけで、所在管理が必要になるのです。そればかりか、全体の在庫数量がわかりにくいと言う問題が生じます。

これはプラント分野では起こり得ない問題です。なぜなら、プラントで扱うものは、ガスや液体などですから、必ずタンクなど容器に入れて保管しなければなりません。ふつうタンクには液面計がついていて、その量は正確に捉えられ、中央制御室にも表示されるからです。

さて、在庫量がすぐにわからない事は、すなわち物の動きの量も捉えにくい事をも意味しています。対象物は固体ですから、コンベアやAGVで運んだりしますが、何なら手で持ち運ぶこともできます。そこには流量計もなければ調節弁もありません。物の動きが捉えられないので、搬送の無駄も生じやすくなります。

結果として、工場のレイアウト設計の良し悪しがわかりにくいと言う問題が発生します。私がよく使う例えなのですが、もし家の台所が、冷蔵庫と流しは1階にあり、ガスレンジが2階に置かれていたら、いかに不便か想像がつくと思います。ところが日本の工場は、敷地が狭いために多層階になるケースが多いのですが、訪問してみると、上下に分かれた台所のように、無駄な垂直搬送がしばしば目につきます。それでも、そこに働いている人たちは、最初からそうだったので、何も不思議と思わずに作業を続けているのです。

そして最大の問題は、工場全体の操業状態が分かりにくいことです。工場全体や各工程の負荷状況や余力が見えないので、適切な指示や変更も出しにくいことになります。

すなわち端的にいって、ディスクリート型の工場とは単なる工程の集合体であって、スマートなシステムではないと言うことになります。

ところで、プロセス型とディスクリート型の工場は、なぜこのような違いが生じるのでしょうか? 答えは意外と単純なところにあるのです。それは扱うマテリアルが流体か固体かの違いから生まれます。

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (1)化学産業の変貌_e0058447_10255978.png

表をご覧ください。ディスクリート型工場で扱うマテリアルは固体です。固体はどこにでも置けますから、いつでもストック可能です。搬送するには、コンベアやAGVなどを使いますが、台車や手で運ぶこともできます。

そして、それぞれの工程の機械装置のスタート・ストップは、上流下流に関係なく自由に行うことができます。仮に、下流工程が止まっていて、上流側だけ動いたとしても、できた仕掛品はどこかそこら辺に置いておけばいいからです。このため、機械装置のコントロールは、機械単位に分散しており、普通は機側盤からパネルで操作します。

ところで、連続プロセスでは状況が全く異なります。扱うマテリアルは液体や気体、あるいは粉体などの軟性物質です。こうしたものはそこら辺に置くことができませんから、必ずタンクや容器等の保管設備が必要になります。搬送には、配管とポンプが必要になります。

そして連続プロセスでは、各工程が配管でつながっていますから、上流側と下流側を独立して起動停止することができません。下流側が止まっているのに、上流側だけが動き出したら、中間タンクが溢れてしまうからです。上流・下流は原則として連動する必要があり、結果としてプラント全体をDCSやSCADAで集中制御する必要が生じます。

結果として、ディスクリート型工場は、疎結合な工程の集合体(モジュラーなシステム)であるのに対し、連続プロセス型の工場では、密結合のインテグラルなシステムになることがわかります。これをポンチ絵で示したのが次の図です。

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (1)化学産業の変貌_e0058447_10255219.png

図の上は、インテグラルな密結合のシステムを表します。各要素は、それぞれ他の多くの要素とつながっています。このようなシステムを設計する際には、最初から全体効率が最大になるような設計を行います。また、全体を見通せる情報のハブが存在するのも特徴のひとつです。これが中央制御室に当たります。

ただし、問題もあります。それは一箇所のトラブルが、全体に影響しやすい点です。ちょうど湘南新宿ラインのようなものです。首都圏にお住まいの方はご存知でしょうが、湘南新宿ラインは、それまであった東北線・高崎線・横須賀線・湘南電車の4つを、新宿で密結合して作った路線です。その結果、東北で車両故障が起きると、湘南で電車が止まるという不便が生じるのです。

これに対し、図の下側はモジュラーな疎結合の集合体を表します。比較的独立した要素グループ間が緩やかにつながっており、それぞれが局所最適で動くため、全体の効率性はやや劣ります。自律分散で、意思決定が複数カ所で行われるのが特徴です。そのかわり、ローカルな問題が局所的に解決可能な点が長所です。

さて、ここからが大事な点なのですが、聴衆の皆さんは長年プロセスプラントの分野で、密結合なシステムの制御と操業に関わってこられました。しかし、日本の化学産業においては、そこに大きな変化が押し寄せているのです。

グラフをご覧ください。これは「会社四季報」から、化学の業種分類に属する上位20社の企業を選び出し、15年前、5年前、直近の3つの年次に渡り、売上高とその中の機能性素材の部分を積み上げたものです(ただし近年大型の合併で直近の会社数は19社に減りました)。ご覧の通り、2006年から最近までの15年間に、日本の化学産業は着実に売り上げを増加させてきました。

ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (1)化学産業の変貌_e0058447_10254811.png

その中で直近の2021年度では、機能性素材関連の売り上げの比率は33%あります。15年前は27%でした。売上金額自体も3.7兆円から6.8兆円に、ほとんど倍増しています。もっとも、どこまでを機能性素材と捉えるかは各社によって違いがありますので、ここではセグメント別売り上げで「機能性素材」・「電子材料」・「特殊樹脂」等の記載があった部分を集計しました。端的にいって、日本の化学企業の収益は、いわゆるバルクケミカルよりも、機能性素材が支えていることがわかります。

これら、機能性素材の製品は、多くが固体、ないし準固体(成型品・シート・フィルムなど)です。原料はペレットであったり、粉体あるいはロールが多いという特徴があります。もちろん流体も使われますが、連続流体ではなく、ディスクリートのハンドリングが必要です。

このような形態の工場を、「ディスクリート・ケミカル工場」と呼んではどうかと、以前からわたしは提案しております。ディスクリート・ケミカル工場の特徴をあげると、以下の5点になります。

第一に多品種です。細かな仕様の違いをもつ製品が多数あります。ただしそれは、添加成分や表面処理等が変わるだけで、製造工程の形はほぼ同じになります。BOMは「I型」ないし「T型」です。

第二に、変量生産です。市場拡大に伴う需要変動が大きく、工場設計時点では、品種別生産量が予測できません。また工場に拡張性が要求される点も大事です。
三つ目に、従来のバルクケミカルのような見込み生産ではなく、繰返し受注生産形態になります。ユーザである電子業界や自動車業界の注文に、機敏に従う必要があり、しかも短納期の要求がふつうです。

そして新製品の導入に伴う試作改良が多く、量産と試作がしばしば混在します。
最後に、製造工程は高度なクリーン環境を要求されることが多い点も特徴です。
このような特徴のディスクリート・ケミカル工場は、どのように制御し操業すべきか。この問題について、今日は皆さんと一緒に考えてみたいのです。
(この項つづく)

<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2023-02-27 10:42 | 工場計画論 | Comments(0)

『考える技法』を学ぶ上で大切なこと

  • 考える方法を教わったことはあるか?

思考とモデリングの技術に関する解説を、当サイトでとりあげるべく、構成と切り口について考え続けている。そもそも、思考とはどういう営為なのか。その技術を学ぶには、どういうやり方がベストなのか。第一、わたし達は本当の意味で、「考える方法」を教わったことがあるのか。

わたし達は学びの姿勢を、自分が受けた教育の中で身に付けてきた。思考とモデリングのスキルを学ぶ際にも、それが無意識に影響する。そして、わたし達の社会における教育のあり方は、今ひとつ、考える力を育てる方向に向いていない。学ぶ側も、思考の方法を身に着けたいとは思っていないらしい。そのことを、この1年で何度か痛感することがあった。

というのも、どういうめぐり合わせか、昨年は人材教育カリキュラムの開発に、複数の場面で携わることになったからだ。相手は社会人で、テーマは主に「スマート工場」ないし「製造のデジタル化」であった。今、日本の製造業では『デジタル人材』が不足しており、その育成が急務になっている。そう、おカミも世の中も認識しているらしい。

デジタル人材がいかなる種類の人を指すのか、という疑問はさておき、とりあえず世の要請に応える形で、わたしが関わっている(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」でも、育成カリキュラム作りを担うことになった。ところが、その途上でしばしば、「教育」に関する世の通念と、わたしの考え方の違いに直面したのだった。

デジタル人材と言ったって、製造とデジタルにかかわる局面に限っても、カバーすべき知識範囲は非常に広い。だから、その全体を教えることなど不可能に近い。ただし幸いにも、日本の製造業に携わる人達は、今も概ね、優秀だ。そういう人たちにとって大事なのは、方法を学ぶことで、個別の知識を覚えることではない。

そこで全体の見取り図だけを示して、あとは受講者が自分の頭で考え、必要な知識の水源には、自分の力で到達できるようにすべきだと思った。だが、日本の教育の文脈の中で、こんなふうに考える人間は、どうやら少数派らしい。

  • 授業あるいは教育に対する考え方の違い

では、多数派の人は、「学び」や「教え」を、どう捉えているのか。それは、大学の教養課程での授業を思い出してみれば分かる。学生は大教室に集められ、先生方の講義を聞かされる。とても一方的な、知識伝達である。

先生は最後に試験をして、理解度を評価する。そして採点し、成績簿で通知する。そしてこれが「教育」の姿だと思われている。

大学で語学や一般教養を教える教師は、教壇の上に立つ。学生と同じ平面の上にはいない。教師は生徒の顔も名前も、覚えない。つまり相手は人間ではなく、単に知識を吸い取るだけのロボットと見ていることになる。

知識と言うのはある意味、結果である。考えると言う探求行為がたどり着いた結果である。大学の講義が一方的な知識の伝達に終始している事は、一番肝心な考えるというプロセスについては、教える気がないことを意味している。

それどころかもしかすると、大学の先生たちは、考えるというプロセスを言語化し、あるいはモデル化して、意識に全景化することをすら、怠ってきたのかもしれない。自分たちは教えられずとも、無意識に、上手にできている。それは自分達に素質があるからだ。だから教育とは、素質のある学生を、試験を通じて拾い出すことに他ならない、と。

他方、試験を受ける側は、伝えられた知識を丸暗記して答えるのが、一番効率的である。知識を獲得したプロセスも目的意識も抜きで、結果だけを一時的に、頭に詰め込む。だからこそ「一夜漬け」などといった言葉が平気で試験と並んで語られる。翌日になると忘れてもOKという意味だ。

だとしたら、わたし達の社会の「考える能力」が低下するのも当然ではないか。

  • インプット学習とアウトプット学習

大学でこのような「教育」をしばらく受けた後、専門課程に進み、研究室に配属されるようになったときの、安堵感を、わたしはよく覚えている。少なくとも先生や先輩たちは、お互いの顔と名前を知っている。そこは教える側と学ぶ側が、個人対個人で接する場だった。

ただし、大学の専門課程の研究室は、決して理想の教育システムとは言えなかった。そこは一種の徒弟制である。徒弟制度とは、要するに、「俺の背中を見て学べ」と言っているに過ぎない。そこには体系化された方法論などない。先生たちもそうやって教えられてきた。だから、自分たちもそれを受け継いでいる。それがおかしいとか、非効率だとかとは考えないらしい。

それでも、大学の4年間のカリキュラムを全体としてみると、1つだけ良い点がある。それは、前半がインプット学習、後半、特に最後の1年がアウトプット学習になっている点だ。

インプット学習とは、知識情報の取得である。これに対して、アウトプット学習とは、自分が得た知識、情報材料にして、自分の頭で考え、自分で論理を組み立て、自分で言語化することを練習する過程だ。学生は、最後に、卒業制作なり、卒業論文なりを作ることを求められる。そこには特段の正解は無い。これがアウトプット学習である。

ちなみに、論文式の試験がアウトプット学習だと思っている人がいるが、それは出題者の意図による。日本の多くの試験では、論文の中で、カバーすべきキーワードやその順序等が、事前に規定されていて、回答がその通りに書かれているかどうかで、採点することが結構多い。つまり、正解があるわけだ。そうなると、この正解を丸暗記した人間が効率よく試験をパスできる。これはアウトプット学習とは呼べない。

アウトプット学習には、自分の頭で考え、他者と議論すると言うプロセスが不可欠だ。それによって初めて、取得した知識、情報を、多少なりとも、自分の血肉にする事ができるのである。教育には、あるいは人財の育成には、インプット学習とアウトプット学習の組み合わせが必須である。そして順番は、この順序でしかできない。

  • 思考とモデリングについて大学院で学んだこと

ところで、わたし自身が本当の意味で、思考とモデリングについて学びを得たのは、修士課程の2年間だった。わたしの大学での専攻は化学工学(Chemical Engineering)で、プロセスシステム工学の研究室に入った。そして修士論文のテーマは、いろいろと迷った後、湖沼生態系のシミュレーションによる環境問題の解決を選んだ。
(ちなみに、生態系でどのような要素間のループが生じると、貧酸素などの環境問題につながるかについては、「システムが崩壊するとき」を参照のこと)

この化学工学と生態学という2分野を、たまたま選んだのは幸運だった。というのも、この2分野の学問は、いずれも非常に複雑な系を対象としているため、上手なモデリングをしないと一歩も先に進めない。ここでは化学工学や数理生態学がどんな学問かの説明は割愛するが、結果として、両分野はモデルの宝庫となったのだ。

モデリングという仕事は、自分の手元に、いろいろなモデルのひな形をある程度たくさん持っていて、すぐに思い出して再利用可能にすることが望ましい。その点で、これはとても重要な基礎トレーニングだった。

同時に、研究室では恩師から、重要な2つの態度について学んだ。それは、
  • 「問題を出されたら、答えを見る前に、必ず自分の頭で考えてみること」
  • 「データ分析をする者は、必ず自分でもそのデータを取ってみること」
の2点だった。

答えを見る前に、自分で考える。そして考えた結果が答えと合っていれば、もちろんそれでよしとする。仮に違う答えだったとしたら、どこで、なぜ違うのかを検討してみる。とくに正解が一つとは限らない種類の問題に対しては、自分を正解に合わせるよりも、自分の違いを伸ばすことを考えること。これが第一のポイントだ。

そして二番目のポイントは、データは自分の手で取ってみなければならない、そのデータが、どのようなプロセスと手順を経て、そこにある数値になったのかを、体験して知らなければならない、ということだ。そうしないと、データの精度やクセや特性を、読み違えるからだ。

たとえば、生態系の水質データに溶存酸素濃度(DO)という量がある。サンプル採取した水1リットル中に、何mgの酸素O2が溶け込んでいるかを示す。濃度はppmオーダーで、微量である。これを直接測定できる測定器もあるが、多くの場合は(たとえば深層水などは)器械が届かないので、水を汲み上げて、分析容器に移し替え、試薬滴定で測る。

ところが、外気の中は酸素だらけなのだ。だから採取した水を小さな容器に移し替える際に、外気に触れず泡も立てないようにするには、どういう注意が必要なのか、それを怠ると結果の数値にどんな影響がでるのか、自分でやってみないと想像がつかない。やってみてはじめて、そのデータの信頼できる精度はどの程度なのか、その1点のデータを得るのにどれくらいの時間と労力とコストがかかるのか、分かるようになる。これが分からないと、適切なデータ収集計画が立てられない。そしてデータとは、分析を最初から意図して、収集方法を設計すべきなのである。

  • 考えるとは身体的行為である

データ収集とは体感的な行為である。そしてデータに基づく分析もモデル化も思考も、身体的行為だ。知能だけの抽象的な行為ではない(だから人工知能が簡単に人を凌駕できる分野でもない)。そのことを若いうちに知ったのは、とても大切な経験だったと今でも思っている。

実際、脳は臓器の一つだ。体調が低下したり、睡眠不足が続いたりしたら、脳はきちんと働かなくなる。だから思考とモデリングを職業とする人は、きちんと睡眠を取り、ちゃんと運動をしなければならない。これも、学んだ教訓だった。そして、そのどちらも、なかなか社会人になって実行するのは難しいのだが。

わたし達の社会の教育制度は、古代中国に生まれた科挙という試験と、近代の富国強兵策による軍隊教育に、大きく影響されている。あいにくどちらも、思考の創造性を開発するには向いていない。わたし達が考える技法を学びたかったら、まず学びの態度から変える必要があるのである。

<関連エントリ>


# by Tomoichi_Sato | 2023-02-21 16:23 | 考えるヒント | Comments(1)