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エンジニアにとって全体最適とは何か?

中学校の修学旅行は、京都・奈良だった。清水寺では、その舞台の高さに驚き、「清水の舞台から飛び降りる」の意味を改めて知った。ところで清水寺の参道には、旅人が喉をうるおす3つの湧水の滝口があった。引率のガイドさんによると、3種類の水はそれぞれ、飲むと「恋愛」「長寿」「賢さ」の願いを成就できるのだと言う。わたし達は喜んで、3つの口からそれぞれ水を飲んで、参道を登った。

ところが帰り道、ガイドさんが思いもかけぬことを言い始めた。「あら私、大切なこと言い忘れたかしら。お水を飲むなら2種類までなの。欲張って3種類を全部飲むと、効き目がなくなっちゃうのよ。」 これを聞いた私たちは、そんな大切なことなら、なぜはじめに言ってくれなかったんだ、と、いたく憤慨した。

もっともそれを聞いて、中学生のわたしは思った。恋愛と長寿と賢さと、どれが2つを選ぶとしたら、どれになるだろうか? 難しい問いだ。それはある意味で、どれか一つを犠牲にしなくてはならないことを、意味している。頭が良くて女の子にモテても、短命ではなんにもならない。かといって健康でハンサムでも、頭が悪くては人生台無しだ。じゃぁ頭が良くて健康でも、異性が誰も寄り付かない人生に、どんな意味があるだろう?

このエピソードを久しぶりに思い出したのは、最近ある方から、アメリカにおけるオペレーションズ・マネジメント(OM)や生産管理の教育の充実ぶりについて、聞いたときだった。日本では、生産管理を専門的に勉強する大学院レベルのコースはほとんどないし、実務家のための勉強の機会も限られている。しかし米国では、ジョージア工科大学を始め、この種の研究と教育のメッカと言うべき大学が複数存在するし、米国生産在庫管理協会(APICS)という、実務家のための大きな組織もある。アメリカの製造業はもう廃れた、と思い込んでいる人が多いが、こうした科目を学ぶならば、日本よりもアメリカの方がずっと進んでいるのだ。

その人は、アメリカでの生産管理教育のメッセージをわかりやすく伝える、1枚のチラシを見たと言う。それは宅配ピザのチラシを、模している。

「あなたのお好みのピザを届けます。
 ただし、以下の3つのオプションから、2つまでを選びください」
 そしてチェックボックス付きで、Q:品質、C:コスト、D:納期、の3つのオプションが並んでいる。

安いピザを早く持ってきてもらいたかったら、品質(おいしさ)は多少犠牲になる。おいしいピザを早く持ってきてもらいたかったら、それなりの値段を払わなければならない。そして、おいしいピザを安く届けてもらいたかったら、(そのためには同じ種類のピザをある程度のロット数量まとめて焼く必要があるのだから)納期が遅くなるのは、覚悟しなければならない。

製造業においては、顧客好みにカスタマイズされた商品を、QCD全て満たした形で生産するのは、ほぼ不可能である。なぜならばこの3つの尺度の間には、あちらを立てればこちらが立たず、1つを完璧にしようとすると、他の2つのいずれかが犠牲になる、『トレードオフ』の関係が成り立つからだ。それは、生産システムというものが持つ、基本的な性質である。このチラシは、それをごくわかりやすい簡潔な形で、教えている。

いったい全体最適とは、何だろうか? 品質・コスト・納期の、3つの尺度を全て最大化することだとしたら、それは本当に可能なのだろうか? 全体最適と言う言葉は、しばしば縦割り組織で、いろいろな行動がサイロ化されているとき、「それは局所最適だ」という批判とともに、用いられる。つまり局所最適の反対概念として、『全体最適』と言う言葉が使われる。

しかし、少しでも最適化理論やオペレーションズ・リサーチ(OR)をかじったことがある人は、最適と言う言葉を、もう少し正確に、ないし慎重に使う。それは何らかの評価関数(尺度)を、最大化することを意味する。では製造業における評価関数とは、何なのだろうか。評価尺度が複数あるときは、どうしたら「全体最適」が達成できるのだろうか?

別の言い方をしてみよう。今、工場で生産に問題が生じているとする。そこで工場長は、品質の徹底的に向上するため品質管理マネージャーを任命し、コスト削減のためにコスト管理マネージャーを任命。さらに納期短縮のために、スケジュール管理マネージャーを置いた。この3人が、それぞれ自分の持ち場で最大限努力すれば、QCDの全てが最大化されるだろうか? この3人はそれぞれ、他の2人と相談せずに、独立に活躍できるのだろうか。

これは制度設計の問いである。つまり一種のデザイン問題なのだ。そこでエンジニアにわかりやすいように、製品設計の例に置き換えて考えてみよう。

あなたの会社は今、これから新しい電気自動車を開発しようとしている。あなたはそのプロジェクトの、主任技師に選ばれた。あなたに与えられたミッションは、「世界最高の電気自動車を設計すること」である。

世界最高の電気自動車とは、どういう意味か。それは、どんな尺度を持ってきても、他のライバルに勝っていると言うことである。では、電気自動車を評価する性能尺度には、一体どのようなものがあるか。

自動車はまず第一に、移動手段だ。A地点からB地点に、乗っている人が移動することができる。これが一番主要な機能である。見るからに精悍でかっこいいが、1kmも走れない電気自動車に、金を出す人はいるまい。である以上、最大航続距離が、第一の性能尺度になりそうだ。

それと並んで、最高速度も大事な性能だ。最高時速20キロで、高速道路にも乗れないような自動車では、役に立つまい。

加速性能は? それも大事な尺度だ。では、回転性能についてはどうか。思う方向に向かってキビキビと進路を変えられることも、車にとって大事な性能だ。加速と逆に、減速も重要である。回生制動であれメカニカル・ブレーキであれ、必要な時にきちんと止まれることも、とても大切だ。そして移動手段である以上、かりにセダンのタイプとしても、可載重量も使い手は気になるだろう。

それだけで良いだろうか? いや、車の走行には、安定性や安全性も求められる。例えば高速走行時の安定性。路面のゴツゴツした凹凸に、いちいち進路がぶれるのではたまったものではない。そして衝突時の安全性。これも非常に大切だ。そして、製品の寿命が長く、壊れにくいことも、ユーザの視点からは、大きなポイントになる。それに隣接して、自動車の場合、スペース的な余裕、つまり居住性も考慮がいる。

こうしてみると、移動という基本的な機能の性能のほかに、まだ様々な評価尺度があることがわかる。ITエンジニアだったら、航続距離や最高速度を「機能要求」と呼び、回転性能や高速安定性や衝突安全性等は、「非機能要求」と呼びたくなるかもしれない。

それで、これだけで十分だろうか? いや、まだ大切なことを忘れていた。それは効率性である。「コスト・パフォーマンス」と言い換えてもいいかもしれない。例えば、移動性能に対しては、どれだけ燃費がかかるかが、効率性の尺度になる。これも自動車を選ぶ際には、とても重要な物差しであろう。

また製品の寿命に対しては、保守維持費の安さも大事だ。そして何よりも、製造コスト。販売価格は、製造コストに依存する。自動車全体のコスト・パフォーマンスとは、何よりその販売価格で測られるものだ。
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さて、あなたの手元には、すでに1ダースもの評価尺度が集まった。図を見てほしい。ここでは、12個の評価尺度を、あえて抽象化した表現で表してある。これらすべてを、どんなライバルも追いつけないほど、最大化(ものによっては最小化)することが、主任技術者たるあなたに与えられた使命=ミッションである。

このミッションは、本当に実現可能なのだろうか。CAD画面に向かって設計図を描き始める前に、あなたは落ち着いて考えてみるべきだろう。

さて、先ほどの図をじっくり眺めていくうちに、あなたは、これらの尺度が大きく、4つに分類できるのではないかと気がついた。

まず、図の上辺にある、主性能Effectiveness (最高速度)と、使用価値Usefulness(航続距離)。これらはシステムとしての電気自動車の有用性に関わっている。つまり、ユーザの主たる期待への合致である。

円の左側に位置する、俊敏性Agility(加速性能)、柔軟性Flexibility(回転半径)、許容性Capacity(可載重量)などは、広い意味での御しやすさ=制御性 Controlabilityに属している。逆に右側にある、安定性Stability(高速安定)、頑健性Robustness(衝突剛性)、居住性Comfortability(スペース余裕)、耐久性Durability(機械寿命)などは、広い意味での持続性 Sustainabilityの範疇と考えられる。

最後に、円の下部に位置する、製造コストInitial cost、保守コストMaintenance costは燃費と共に、コスト・パフォーマンスの分母側=負荷尺度に相当する。分子に相当するのが他の3カテゴリー、つまり有用性・制御性・持続性である。だから分母を小さく、3つの分子を大きくしていけば良い。

だが、個別に考え始めてみると、あなたは次第に思考のループにとらわれているような気がしてきた。例えば頑健性を高めるために、剛性の高い車体を使うとする。すると車の重量が重くなって、俊敏性や最高速度が損なわれる。重くしないためには、軽くて強い特殊素材が必要だ。そうすると製造コストが高くなってしまう。

回転性能を高めることと、高速安定性を両立させることも、決して容易ではない。安定性を素材の重量や形状など、メカニカルな方法で確保しにくい場合、何らかの制御システムで担保するしかない。かつ、安全性を考えると、制御システムは冗長化・多重化が必要だ。そうなると仕組みが複雑になって、保守コストが上がるだろう。

こうして、あちらを立てるとこちらが立たず、トレードオフの網の目にトラップされたような気になってくる。

それも当然なのだ。よく考えてみて欲しい。制御しやすさ=「制御性」とは、一体何か。それは、使い手の意図した変化への追随性である。他方、持続性とは何か。それは使い手の意図せざる変化への耐性である。片方は変化に追随し、片方は変化にあらがう。その境目は、ユーザの意図にある。だが、電気自動車と言う機械システムの側から見て、どれがユーザの意図で、どれが意図せざるものなのか、判別できるだろうか?
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ハンドルやアクセルやブレーキ、フロントパネルなど、ユーザインターフェースからの入力が、意図した変化であって、それ以外の外界からの入力が、意図せざる入力である。そう考える方法もあるかもしれない。

だがユーザは人間なのだ。そして人間だから、思わぬ行動をとることがあり、間違えることさえある。くしゃみをして握ったハンドルがブレたら、それは意図した入力なのだろうか。車庫入れでブレーキを踏むべき時にアクセルを踏んだら、それは意図した行動なのか。

電気自動車は、機械・電気・制御が統合されたメカニカルなシステムである。だが、それを設計するときには、電気自動車+ユーザ(人間)という、複雑な系を対象として考えなければいけない。

法政大学の西岡教授は以前、機械学会の報告の中で、「自動車や携帯電話など、人がその外側にいるシステムを第一種のシステムと呼び、人がシステムの内部にいて、その構成要素となっているものを第二種のシステムと呼ぶことにしましょう。」と提案された。これはとても良い分類だと思う。

しかし、わたし達が何らかの道具を設計する場合、必ず、その道具と、使う人間との組み合わせを考慮する必要がある。つまり設計においては、常に第二種のシステムが相手となるのだ。

そして第二種のシステムでは、意図した変化への追随性と、意図せざる変化への耐性は、常にトレードオフの関係になる。言い換えるならば、すべての評価尺度を同時に最適化することができないのである。

もちろん実際には、相反する2つを両立する工夫も、しばしば可能である。例えば車のハンドルのブレを例にとると、周知の通り、ハンドルにはわずかな遊びがある。これによって、手元が多少増えても、車の方向が急に大きく変化したりしないようにできている。

しかしこれは部分的な問題解決であって、第二種のシステムに内在する本質的なトレードオフが全部解消できるわけではない。

では、どうしたら良いのか。答えははっきりしている。清水寺の前に立った中学生のように、重要な尺度と、そうでない尺度を選り分けるのだ。どういうときには、誰とどの尺度が重要になるのか。その際、どれを犠牲にせざるをえないのか。上に述べたのは電気自動車の例だが、これが自社工場という生産システムだったら、どういう評価尺度群になるか、一度考えて見てほしい。

このような判断基準の体系を、「設計思想」と呼ぶ。何かをデザインする際には、それが電気自動車であれ生産システムであれ、必ず設計思想が必要である。できればそれは、明文化されていることが望ましい。

設計思想のはっきりした製品には、たいてい明確な個性がある。それはいわば、作り手の価値観の表明だからである。

もちろん価値観は多様だから、どうしても製品への好き嫌いが生じるだろう。嫌われるのがいやなら、あらゆる物差しをまんべんなく適度に満たした、八方美人的な製品を作ることになる。私たちはそうした、無個性な工業製品に囲まれて暮らしている。無思想な設計に囲まれて、と言い直しても良い。

それもこれもわたし達が、システムに内在するトレードオフを理解せずに生きているからなのだ。そしてあらゆる尺度を満たす、全体最適を無自覚に求めすぎる。恋愛と長寿と賢さを同時に求めた中学生たちのように。それは人間の欲深い業であると、お寺の僧侶たちなら言うかもしれない。

だが、わたしなら別の言い方をする。それはシステムというものへの、基本的な無自覚から来るのである。


<関連エントリ>


by Tomoichi_Sato | 2019-09-22 17:12 | 考えるヒント | Comments(0)

スマート工場時代の製造部品表(M-BOM)を考える

当サイトの記事アクセスランキングを見ていると、2016年に書いた「E-BOM(設計部品表)とM-BOM(製造部品表)の関係を考える」がしばしば上位に顔を出す。E-BOMとM-BOMの関係に悩む人が少なくないのだろう。

設計部品表』(Engineering Bill of Materials、略称E-BOM)とは、簡単に言うと、自社の製品の構造をその構成要素(部品・モジュール等)から示したものである。他方、『製造部品表』(Manufacturing Bill of Materials、略称M-BOM)とは、外部から購入した素材・部品を、製品に作り込む製造の道筋を示す道標だ、といえる。E-BOMは製品という「結果」を示し、M-BOMは工順データ(工程表)とともに、それを作る「方法」を表現したものである。

設計部品表E-BOMは製品の構造を示し、少なくとも自社で製品を設計する企業なら、必ず持っている(データベース化されているかどうか、はともかく)。では、製造業にとって、M-BOMは何のために必要か。

それは製品の需要を、具体的な製造の作業指示に展開するために使われる。M-BOMを基準にして、生産オーダーを工程展開し、各工程・作業区ごとの製造オーダーや購買オーダーを作成するためである。つまり、製造日程計画のベースとなる、個別オーダーの工程表を作成するために必要なのだ。

さらに、製造の標準原価を計算し、価格を見積るためにも役立つ。そして、進捗管理や負荷予測や変更管理の基準とするためにも有用だ。

このように重要な基準情報であるにもかかわらず、なぜM-BOMに悩む人や企業が多いのか。そして「M-BOMクライシス」ともいうべき状態に陥りやすいのか。理由は、三つほど考えられる。

一つには、そもそも製造部品表の概念がない企業が、しばしば見受けられるからだ。それも結構な大手企業であっても、である。そんな馬鹿な、というなかれ。理由は後ほど説明する。

二つ目の理由は、日本企業における生産技術部門の弱体化に関係している。それに追い打ちをかけるのが、製品品種数の増加現象だ。そして三つ目が(そして多分、将来的には一番重要になるのが)自動化・スマート工場化の動きである。だが、これらを見ていく前に、基本的な概念と用語について、一応確認しておこう。

図を見て欲しい。部品Aは、サブ部品(子部品)aとbからなっている。Aとa・bを結びつけるのは、工順Xである。工順Xは、作業1・作業2・作業3からなっている。各作業は、一つ以上のリソース(作業者・機械・工具・金型など)を必要とする。そして、製品を製造するための工順の集合をBOP=「工程表」と呼ぶ。これが当サイトにおける用語とモデルである。
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もっとも、もしかすると、あなたの会社の使っている用語とは異なるかもしれない(たとえば「工順」ではなく「工程」と呼ぶとか)。だが、日本には米国における「APICS Dictionary」のような生産管理分野の標準辞書が存在せず、業界各社バラバラなままなので、そこは我慢していただきたい。

さて、多くの企業において、設計部門は工場の生産部門とは別の拠点で、異なるITプラットフォームを使っている場合が多い。そのため、E-BOMからM-BOMへの展開が、整合性をとって行われにくくなる。整合性のキーとなるのは、品目マスタ(部品マスタ)の共通化である。設計部門と生産部門は、同じ材料を同じ品目コードで呼ぶ必要がある--ここまでは、以前の記事でも書いたことだ。

ところで、先ほど述べた、製造部品表のない会社とは、どのようなケースか。それは、最終組立工程と検査・出荷輸送ぐらいしか、自社内でやらないメーカーだ。部品材料は全て、外部の下請けから購入する。こうした企業では、設計部品表と購買部品表は存在する(それがないと最終検査や資材調達ができない)。しかし、製造部品表は、設計部品表と構造が同一なので、あえて別に作る必要がなかった。

ただし、E-BOMでは同種の部品が複数箇所に使われている場合がある。購買用のP-BOMでは、同一品目は数量をまとめてサマリー化する(その方が価格ネゴがやりやすいので)。このため、E-BOMから材料ごとの数量をサマリーする作業が生じる。これをエンジニアリング業界などでは、Material Take-off(MTO)と呼ぶ。もちろん、CADで設計しているならば、MTOはCADシステムの機能を使う。

それにしてもなぜ、最終組立しか自社工場でやらないメーカーが存在するのか。それには歴史的背景がある。高度成長期には、ちょっとした工作機械や製造設備を持てば、下請け企業としてビジネスが成り立つ環境があった。このために、多数の零細な下請け部品加工業者が存在する、独特の産業構造ができた。最終消費財を作る大手メーカーは、部品はすべて下請けに作らせ、自社では設計と組立てだけを行う業態になっていったのだ。

最終製品のメーカーが、M-BOMを持たぬことで、何か不都合はあるのか? 昔は、なかった。しかし、時代の変化はこの状況をかえてしまった。

長い平成不況の時代を経て、単に製造設備だけで食っている下請けは淘汰された。現代に残っているのは、筋肉質な部品メーカーばかりである。彼らは中小企業とはいえ、技術開発力も磨いているし、取引先を一社に依存しないよう、販路も拡大している。

M-BOMは製造の「方法」に関する情報だ。部品レベルの詳細な製造方法を知らないと言う事は、品質や納期問題に対して、前向きな技術的対策が打てないと言う事でもある。最終製品メーカーに課題が生じたら、下請けに命じたり、競わせたりするしか手がない。だが今や、複数の取引先を開拓した部品メーカーからは、そっぽを向かれる結果に終わる。

また最終組立しかしないメーカーでは、製品競争力の中核になるコアの部品についても、外部サプライヤーに製造を依存している。それが入手困難になったり、他社に同等製品を売られる事態になったらどうするのか? さらに、部品加工以前の製造現場を持たないので、製造好みの設計、つまり作りやすく品質が保ちやすい設計を、自社ですることができない。競争力の重要な源泉を握っていない、と言うことになる。こうしたメーカーが外注を内製に取り込もうとすると、とたんにM-BOM不在の問題に突き当たるのだ。

さて、M-BOMにまつわる二番目の問題として、生産技術部門の弱体化は、どう関係するのか? それは、誰が製造部品表を作るのかを考えてみれば、わかる。M-BOMは工程展開の基準情報だ。製品から工程展開を行えるのは、製造工程を熟知している生産技術ないし生産管理部門である。

既に作ったことのある製品を、繰返し生産する場合は、マスタから自動的に展開できる。だから普通は生産管理部門の仕事になる。ところが、新製品や、仕様の変更を含む場合は、どうしたって生産技術部門の仕事になる。その結果は、次回以降も繰返し可能とするために、マスターに登録することが望ましい。

問題は、リーマンショック以来、多くの製造業で生産技術部の人員削減・弱体化が進んでいることだ。にもかかわらず、差別化を求めて、次々と新製品は繰り出され、試作品が工場に充満する。そんな状況下で、製造部品表の登録維持といった地味な仕事を、誰が魂を込めてやれるだろうか? そういう仕事をちゃんと評価できる会社だったら、そもそも生産技術者を無理に削減したりはするまい。かくて、E-BOM/M-BOM乖離の問題が発生していく。

そして製造部品表を取り巻く第3の、そして多分一番重要な課題は、昨今の人手不足に起因した自動化やスマート工場への期待だろう。スマート工場においては、より精密で新しい製造部品表の概念が要求される。生産管理業務と製造実行システムでは、部品表の粒度が異なる場合が多いからだ。だが、このことに気がついている人はまだ少ないように感じられる。

ちなみに、ここで言っている「スマート工場」とは、藤野直明氏らが近著「小説・第4次産業革命」で皮肉っぽく指摘しているような、単に製造機械にセンサーをつけてAIで分析し、チョコ停を防止したりする試みのことではない。それはごく局所的なスマート化でしかない。

わたしが課題と考えるているのは、あくまでも工場全体の知能化を目指す、スマート化である。それは工場の中の機械・人・物の状態を、全体として把握することをねらう。また、非人間的な作業は極力、機械化・自動化する工場である。それによって、より生産性の高い操業状態を目指せるし、様々な変更やトラブルに、俊敏に対応できる能力を持つだろう。

そのような次世代のスマート工場の中核には、現在の製造実行システム(MES)をさらに発展させた、中央管制のための仕組みが登場するだろうと、わたしは予測している。そこでは、複数の製造機械や搬送機械を束ねて、協調制御するシステムが機能しているだろう。

ここで改めて、先ほどの図を見てほしい。1つの工順Xの中に3つの作業1・2・3が並んでいる。それぞれの作業は、異なる機械や人などのリソースを必要としている。

そして、各作業の加工それ自体も、作業間の搬送も、自動化されてるとしよう。機械だったら、賢い人間とは違って、それぞれにプログラムを作り、指示を与えなければいけない。搬送指示だって、どの物を、どこからどこにに搬送しろ、と言う命令を機械に下すことになる。

という事は、工場内を動くモノには全て、識別のためのIDが必要になるわけだ。IDを与えたら、それが具体的に何であるかも、認識できる必要がある。こうなると、1つの工順の中に3つの作業がある場合、対応する3つの品目が必要になる訳だ。

ところで、以前別の記事に書いたように、部品表と品目マスターへの登録は、在庫管理が必要かどうか、がカギになる。1つの工順の中で、作業1で作られて次の作業2にすぐ受け渡しされる品目は、通常は在庫管理の対象にならない(こうしたものをファントムと呼ぶ)。だから生産管理システムにおいては、工順内に作業が3つあっても、品目は1つ登録すればいい訳で、製造部品表は簡潔で済んだ。

そして、わたしが見たところ、多くの製造現場では、生産管理システムの中の工順のくくりは、比較的大きな単位でまとめられている。それは、製造工程のリードタイムを、時間や分単位ではなく、「日単位」で与えているところが多いからだ。これによって、製造の順序を決める権限を、製造現場にある程度委譲しているのである。

こうした工場では、製造現場は毎朝、その日にやるべき製造オーダーのリストを眺めて、着手順位を決める。変更やトラブルがあった際にも、現場側が製造オーダーの順番を見直して解決する。それによって、製造現場に自主性と責任感を与え、また、起こりがちな予定からの変更に柔軟に適応できる能力をつけるためだ。

これは特に繰り返し性の薄い個別受注生産や、仕様変更品が多い現場には有効である。また生産計画の精度が低く、リードタイムの見積が信頼できない場合にも必要だろう。

しかし、このやり方にも弱点がある。正味1時間で済むはずの作業も、最小リードタイムの設定が1日になる。だから、工程表を構成する工順の数が多くなると、全体の生産リードタイムが有意に長くなってしまう。これを避けるためには、できた端から次工程に運搬していく必要がある。ところが、次工程に部品材料が到着しても、製造オーダーは翌日の着手予定のままだ。だから製造日程表を、生産管理システムの外側で、人手で変更するか、あるいは運んでいった人間が、自分で次工程の作業もするか、いずれかである。かくて、特級品は担当者が自分で複数の作業区を渡り歩いて、加工していくような工場も存在する。いずれにせよ人間系依存で、ちっともスマートでない。

これに対し、自動化・機械化の進んだスマート工場では、より粒度の細かな製造部品表が要求されることがおわかりいただけると思う。

しかし、そんな細かなデータを、すでに限られた人員の中で、どうやって作れるだろうか? もし設計部品表から製造部品表への自動展開の仕組みがあれば、便利だろう。ただし、それが実現するには、製品設計において、機能別モジュール化など、いくつかの前提条件が満たされなければならない。

もう一つの方法は、製造部品表にBOD(Bill of Distribution)の概念を応用することだ。つまり品種に位置の概念を取り込むのである。長くなったのでこれ以上の説明は省くが、いずれにせよスマート工場化は、製造部品表に対し、新しい挑戦的な課題を突きつけることになるだろう。

わたし達も、それに対応するための準備や研究を怠ってはいけないと思うのである。


<関連エントリ>
 →「スマート工場はスマートか? 」 https://brevis.exblog.jp/27295851/ (2018-05-26)
 →「広域サプライチェーンのためのPSI(生産・販売・在庫)計画と、その立案手法DRPとは」 https://brevis.exblog.jp/23466870/ (2015-07-25)



by Tomoichi_Sato | 2019-09-08 23:36 | サプライチェーン | Comments(0)