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カテゴリ:サプライチェーン( 164 )

お知らせ:BOM/部品表のマネジメントに関するオンライン・セミナーを開催します(11月19日・25日)

えー、ここでまた恒例のお知らせです(^^)

BOM=部品表に関するセミナーを、今月の後半に2つ、行います。一つは無償のウェビナー、もう一つは有償のオンライン・セミナー(一日コース)です。

「製造業のデジタル化に関する問題は、ITシステムが足りないことではない、むしろシステムが多すぎることだ」――これは最近、ある大手製造業のキーマンの方から聞いた言葉です。その方によると、自社のある事業部を調べたところ、なんとシステムは大小合わせて千以上もあったが、その多くがExcelで書かれ、互いにデータがちゃんとつながっていない状態であった、と・・。

相互につながっていない多数のシステムを抱え、その間のつなぎを、人間が手作業で行っている組織に、アジリティ(俊敏性)など求めようもないことは、言うまでもありません。

製造業におけるシステム・インテグレーションの中核部分には、基準情報としてのBOM(部品表)データがあります。製造業なら、どの企業も必ず、BOMを持っています(そうでなければ材料も購入できません)。しかし、BOMデータをきちんとマネジメントできている会社は、決して多くないようです。BOMには、受注・製品設計・工程設計・購買・生産管理・製造・品管・物流・保全・サービス・会計と、数多くの部門が、いろいろなフェーズとタイミングで関わるからです。

この問題を多面的に理解するために、2004年に「BOM/部品表入門」を山崎誠氏と共著で出版しました。以来、15年以上が経ちましたが、本書はいまだに現役で、累計1万2千部以上が売れ、中国語版も好評です。それだけ、この問題に悩む企業が多い証拠なのでしょう。

じつは、本書は最初、ERPパッケージの生産管理部分を担当するITエンジニアに対して、その設定方法の基本を教えるための本として、構想しました。BOM構築に悩む企業に、前著「革新的生産スケジューリング入門」の主人公である矢口先生がレクチャーに行き、各部門と対話を行っていく、というスタイルの設定です。

ちなみに、わたしの著書は、前述書をはじめ、「時間管理術」や「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」など、なぜかみな、登場人物たちの対話による構成になっています。もしかしたら前世は、売れない劇作家だったのかもしれません(;_;)

ところが書き進めていくうちに、BOMに関する全く違った主張の本に、変わっていきました。BOMは製造業におけるインテグレーションの中核データであり、維持と保守を、特定の外部パッケージソフトに依存するのではなく、自社でBOMプロセッサを構築すべきだ、というのが、本書のたどりついた結論です。

では、具体的にはどうすべきか。もちろん、その企業の生産方式やBOMの特性、そして現状システムのあり方に応じて、答えは千差万別です。ただ、共通の基本概念を理解し、BOM特有の各種テクニックを飲み込んだ上で取り組まなければ、あまりにも非効率でしょう。さらに近年では、BOP(Bill of Process=工程表)概念の普及や、海外を中心としたPLM(Product Lifecycle Management)ソフトウェアの発達など、この分野で紹介すべき進展もあります。こうした事柄を理解しながら、自社のBOMデータのあるべき姿について、考えるきっかけにしていただければと願う次第です。

BOM/部品表マネジメントに関心のある方のご来聴を、心よりお待ちしております。


<記>

(1) 「製造業デジタル化のボトルネックを考える 〜 BOM/部品表のマネジメント入門

日時: 2020年11月19日(木) 15:00〜16:30
主催: (株)三菱総合研究所

セミナー:「DX戦略の実現に向けたデータマネジメント 〜 BOM/部品表のマネジメント」
内容:
・製造業デジタル化のボトルネックを考える 〜BOM/部品表のマネジメント入門
  日揮ホールディングス株式会社 佐藤知一

・サプライチェーンをまたいだデータマネジメントに貢献するSImount(シマント)
  株式会社シマント 代表取締役 和田 怜
  株式会社シマント CTO 渡邉繁樹
 (SImountというユニークなnon-SQLデータベース技術を持つベンチャー企業さんです)

・DX戦略策定と実装
  株式会社三菱総合研究所 企業DX本部 DX戦略グループリーダ 中西祥介

セミナー申込み: 下記をご参照ください


(2) 「BOM/部品表の基礎とBOM構築の成功ポイント

日時: 2020年11月25日(水) 10:30〜17:30
主催: 日本テクノセンター

本セミナーでは、BOMの基本概念の再整理からはじめて、マテリアル・マスタの統一、BOMの応用テクニック、そしてBOM構築プロジェクトの進め方について、演習をとりまぜつつ、平易に解説します。特に、BOM構築の3つの難所について重点的に説明し、E-BOM/M-BOMの乖離問題などについても、詳しく述べます。一日セミナーですので、じっくりと学ぶには最適です。

なお、量産型製造業だけでなく、拙著「BOM/部品表入門」で触れられなかった個別受注生産でのBOMの取扱いなどにも光を当てて、「自分で考え身につく」セミナーを目指します。

セミナー申込み: 下記をご参照ください(有償です)

なお、PC環境等の制限によりオンライン視聴が難しい方は、日本テクノセンター研修室でも受講が可能です。

以上、よろしくお願いします。
               (佐藤知一)


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by Tomoichi_Sato | 2020-11-11 23:31 | サプライチェーン | Comments(0)

製造業のデジタル化に必要な、情報とデータの基本的流れを理解しよう

製造業のデジタル化をめぐる動きが最近、活発である。理由は、DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉がバズワード化してきたからかもしれないし、あるいは経産省が「2025年の崖」というレポート を発表して、日本企業のデジタル化の遅れに警鐘を鳴らしたことも、後押ししているかもしれない。とにかく企業の経営層が、『デジタル』なる言葉を、普通に口にする世の中になったようだ。世の中全体は不景気だが、そして不景気になるとIT予算が真っ先に切られるのが常だったが、状況が少しは変わったらしい。

まあ、デジタル化の「動きが活発」といっても、今のところはまだ、議論が活発なだけで、実装はまだまだかもしれない。ともあれ、こうした状況は、IT業界にとっては慶事だろう。また、コンサル業界にとっても嬉しいに違いない。しかし製造業各社がこぞって、デジタル化のバスに乗り遅れまいと走り出すと、今度はもう一つの崖というか、ギャップがあらわになってくるに違いない。

そのギャップとは、製造業の情報化に強いITエンジニアやコンサルタントが、とても少ない、という事実である。日本のITエンジニアは、知っての通り3割がユーザ企業の情報システム部門に、残る7割がIT業界に働いている。そして製造業の情シス部門は、ふつう本社にあって、人事・財務・販売・IT基盤など、いわゆる本社と営業部門系のシステムを面倒見ている。工場に情シス部門がある企業は、少数派である。

IT業界の方だって、発注権のあるユーザ企業の情シス部門に顔を向けて、仕事をとってきている。だからいきおい、生産に関わる分野が、不得意になる。製造業向けと言っても、せいぜい製品企画設計部門(これはたいてい本社にある)に、CAD/PLMなどの技術系システムを売り込むくらいだ。泥臭い製造現場に入り込んで、機械騒音の中をあちこち調整して回るような仕事を好むSEは、めったにいない。その証拠に、「設計製造ソリューション展」のような展示会にいっても、設計系と製造系は、感覚的に8:2くらいで、製造系が少ない。

それでは工場の側はどうするか。しばしばあるのが、生産技術部門か製造部門の中に、「パソコン好き」なる若手がいて、自発的に現場が便利になるツールを、ExcelやAccessなどで作り始めるケースである。するとそのうち工場長の目に止まって、いつの間にか「製造IT担当」に昇格し(あるいは命令されて)、生産管理システムなども面倒見るようになる、という姿だ。

こういう人は現場のニーズを肌身で知っているから、作ったけど使われないようなシステムは、生み出さない。しかし、もう少し大きな会社レベルの視点で、あるべきITのグランドデザインを考え、それに合わせて業務のあり方を変えるような訓練は、もちろん受けていない。

こういう状態でいきなり、専務から「生産を含めた全社DX」の指令がおりたら、どうなるか? 専務だって技術屋で、設計開発部門の出身かもしれないが、ITのことも製造現場のことも、たいして知らないダンナである。本社に急遽集められた「DXプロジェクト・チーム」は、さきの現場の元パソコン青年・現「製造IT担当」をはじめ、営業、設計、購買、製造、物流など各部門の、若手中堅の面々である。情シス部門の次長が一応、事務局を務める。

キックオフ・ミーティングで、まずは当社の「あるべき姿」To-Beと、「現状の姿」As-Isを把握して、ギャップ分析をもとに、デジタル改革すべきである、というような話になる。とはいっても、製造業の業務プロセスは、複雑で奥が深い。多数の部署にまたがっている。この全体像の、どこをどう突っつくと、どう改善できるのか。そもそも、As-Isの業務だって、全貌を知っている人など、社内に一人もいないのだ。

一方、専務のオフィスには、おいしそうな匂いを嗅ぎつけた高級戦略系コンサルや、外資系ITベンダーが入れ代わり立ち代わり、訪れる。彼らはDXの通り相場の処方箋、すなわち「デザイン思考+アジャイル開発+MVP(minimum viable product) × AI」で、サイクルを超高速に回せば驚くような成果が現れる、というような話を吹き込んでくる。だが、その気になった専務から紹介されて、彼らとDXチームが対話を始めるが、なんのことはない、製造のことなんかロクに知らないことがすぐに分かってくる・・

あ、念のため、これはフィクションですよ、フィクション。あなたの会社がもっと上手にやられていることは、よく承知しております。

ただ、こうした混乱がときおり生じているのは、製造業における基本的な情報とデータの流れが、あまり整理されていない(少なくとも社会の中で共有されていない)ためだ。だから、どこにどのようなソリューションを当てるべきかについて、ユーザ企業とITベンダーの間にコミュニケーションのギャップが生じる。

実務とITのギャップ、マネジメントと現業のギャップ、本社と工場のギャップ・・わたし達の社会にある
こうしたギャップを埋めるための、概念と技術を提供し、議論の土台を作りたいというのが、このサイトの基本的な願いである。もちろんわたしは会社員だから、エンジニアリング会社と顧客企業とのギャップを埋めたい、という気持ちももって、やっている(笑)。

そもそもソリューションとは、本来は「解決法」であって、課題ありきで発明され開発されたものだ。課題は、A-IsとTo-Beのギャップから生じる。そして製造業における課題とは、個別の企業・業種を超えて、かなり普遍性があるのである(そうでなければパッケージ・ソリューションなるものも、生まれる訳がない)。

そこで、ITエンジニアと実務者のギャップを埋め、両方の人が理解できるよう、製造業における情報とデータの基本的流れを説明してみよう。

まず、製造業の持つ生産の仕組みを、『生産システム』ととらえてみる。システムであるから、インプットと、プロセスと、アウトプットを持つ。以前の記事にも書いたとおり、「生産システムとは、需要情報というインプットを、製品というモノに(あるいは製品の形に具現化された付加価値に)変換してアウトプットする仕組みである」。

では、インプットをアウトプットに変換する仕組みの、中身はどうなっているのか? それは抽象化していうと、直接的な業務である製造プロセスと、間接業務として製造を支援し方向づけるマネジメント・プロセスからなる。

図を見てほしい。左側は、小さな製造業のケースを描いている。経営者がいて、現場で製造をする人がいる。そして企業内では、Plan-Do-Seeの基本的な経営サイクルにそって、情報が流れていく。まず需要情報(受注かもしれないし需要見込かもしれないが)を受けて、経営者が計画を立てて(Plan)、現場に指示を出す。現場はそれを実行し(Do)、その結果を報告する。経営者は生産量・在庫などを把握評価し(See)、顧客への出荷指示を出すと共に、次の計画に反映する。かくして、指示と報告の情報は、両者の間を反時計回りに流れていく。

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しかし零細企業を脱し、中堅あるいは大企業になると、企業は本社と工場に分かれる(図右)。工場内は、工程・作業区単位に分業化が進む。とうぜん、工場の中を束ねるために、スタッフ部門(オフィスにいる工場管理者)が必要になる。工場も社内に複数、あるかもしれない。

本社と各工場との間の情報の流れは、基本的に左の図と同じである。一方、工場内での工場管理者と現場の実行者との間も、よく似たマネジメントのサイクルが作られる。ただ、現場とやり取りする情報は、本社とやり取りする情報とは、粒度や中身が少し異なる。

本社から各工場に降ろされる指示情報は、製品単位が基本だ。製品に、数量と納期が付随している。Whatだといってもいい。ところが、工場管理者から各現場に出される指示は、製品を構成する部品表をもとに、工程展開された、工程(作業区)単位の製造指示に、詳細化される。そこでは工程単位の期限と、必要な人員・機械・金型等の製造資源と、さらに製造仕様や作業手順など、詳細化されたHowが必要である。

逆に、各工程・作業区から上がってくる報告情報も、製品単位や工程レベルで集約して、何がどこまで進捗し、あるいは完成したか、そして品質はどうかを、まとめなければならない。本社を通じて顧客に出荷できるのは、品質がOKとなった完成品だけだからだ。

このように、ふつうの製造業では、業務は3階層になっていて、その間の情報の流れは、それぞれが反時計回りに、2つのサイクルが重なって、いわば「8の字」のように動いていく。

これをもう少し粒度を上げて描いたのが次の図だ。なお、煩雑を避けるため設計業務は略したが、個別受注生産では設計プロセスも入る。また購買と入荷は、サプライヤーとの情報のやり取りだから、サプライヤーの生産業務が、製造の下側に並ぶ。実際には、その中身は、これと似たような三層構造になっている。そして、さらにサブサプライヤーにつながっていく。このように、複数のサプライヤーが鎖やネットワークのようにつながって、サプライチェーンを形成していく。
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さて、ここまでの話では、指示情報・報告情報のように、すべて「情報」と表記してきた。ところで、「情報」と「データ」は別物であり、わたしは意識して区別して使っている。

情報は人に意味をもたらすもので、不定形なものだ。それ自体は紙に書いてあっても、口頭で言ったものでも、かまわない。データは、定型化された記号の並びであって、電子媒体、あるいはゆずっても、せいぜい紙のカードなどでハンドリングされる。データは蓄積・ソート・検索・集計など、機械的処理に向いている。

零細企業では、指示も報告も、口頭や紙の伝票の「情報」だけで、十分、回るだろう。しかし、企業規模が大きくなり、扱う量が増えると、必然的に機械処理に向いた「データ」化していく必要がある。これが『デジタル化』の基本的モチベーションだ。そしてデータを扱う仕組みを、ITシステムとかソリューションと呼ぶ。

しかし、人間が生み出した情報を、定型的な「データ」に転換するためには、ある種の標準化・コード化が必須である。機械に「あれ持ってこい」では通じない。「棚番1234にある品番XYZを、コンベヤ搬出ステーションに置け」になる。そのためには、品目や機械や人員や倉庫棚に関する、台帳を整備しなければならない。

製造業の場合、その中心に来るのは、品目の台帳(マテリアル・マスタ)と、品目間の関係を規定した部品表(BOM)になる。ここができていないと、8の字のサイクルを、データがスムーズに流れず、あちこちで人間が介在しなければならなくなる。人間が介在した途端、スピードは落ちるし、ミスも混ざるし、状況も見えなくなりがちだ。

そして、この情報とデータの流れが、いかにシームレスに統合されているかが、その企業の「デジタル化」を図る尺度となるのである。


<関連エントリ>
 →「データと情報はこう違う」 (2012-07-24)


by Tomoichi_Sato | 2020-10-12 08:15 | サプライチェーン | Comments(0)

価格リスクと豊作貧乏を解決する、サプライチェーン・マネジメントの知恵

前回の記事「経済学を疑う — 価格リスクと豊作貧乏は本当に不可避か?」で、わたしは、農産物のサプライチェーンに「在庫・納期」による調整機能が存在しないため、需給のアンバランスは価格メカニズムのみに頼ることになると書いた。その結果、豊作になると供給過剰で価格が下落し、それが生産者を直撃する仕組みになっているのである。

ちなみに、昭和時代にできあがった、従来型の農産物のサプライチェーンは、図のような形をしている。生産者(農家)はとれた作物をJA(農協)に集める。JAはそれを青果市場に送り出す。青果市場は、それ自体は在庫機能を持たない。一日に入荷した商品は、原則としてその日のうちに、全量をさばききってしまう。供給過剰の時は、価格を下げてでも売り切る。そして、仲買や二次卸等を通じて、青果店やスーパーなどに卸していくのである。
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経済学者は、「市場メカニズムは人類最大の発明」と信じている人達だ、だから、価格メカニズムで需給が一致すれば一件落着、それで何がまずいんだ、均衡点が経済効率の最大値となる状態なのだし、と考えるかも知れない。でもそれは、農業という天候と自然に左右されがちな産業の安定性を損ない、働く人達のモチベーションを傷つけることになる。

誰も農業をやらなくなると、社会全体の経済効率は、今より案外、もっと最大化するかも知れない。だが、われわれは皆、飢え死にしてしまう。だとしたら、この問題を解決する方法を考える必要があろう。

解決策の一つは、「在庫ができない」という商品性質をどうにか改善する事である。

事実、たとえばコメという作物は、昔から貯蔵がきく。芋類なども、比較的長持ちする。だからこうした作物は、少なくとも在庫による需給調整が、ある程度までは可能だ(コメには価格制度という別の問題があるが、ここでは深入りしない)。

冷蔵ないし冷凍の物流も、多少その助けにはなっている。冷凍・冷蔵の物流技術は、「鮮度の高い商品の遠隔デリバリー」が主目的で開発されてきたが、在庫機能を拡大しうる面ももっている。いいかえると、優れた貯蔵・保管方法の考案は、サプライチェーン・マネジメントにおける、最大の技術的イノベーションなのである。

他にも、在庫の方法が無いではない。それは、「畑に在庫する」方法だ。これについては以前、埼玉県深谷の農業生産者の方に関する記事「農業のサプライチェーンを考える」 (2011-07-05)で書いたことがある。深谷ネギは、植え付けは1ヶ月以内だが、収穫期間はなんと9ヶ月間もある。その間、注意深い栽培方法を用いて、少しずつ平準化して出荷していくのだ。だから1反あたりの収入で比べると、米に比べて、ネギは断トツに高くなるときいた。

もちろん、この栽培方法は、誰もがすぐ真似られるような簡単な技術ではない。また、すべての作物に使えるわけではない。だが、明らかにヒントにはなる。生産量をできるかぎりピークの小さい、平坦化(平準化)した形にすること。かつ、市場の需給状況を見ながら、生産量を調整できる能力を持つこと。それは、農業の高度化の、一つの方向性だ。

在庫以外に、もう一つの需給ギャップの解決方法がある。それは長期契約や直販といった、別な販売チャネルを構築するやり方である。これも以前から、様々な形で工夫されてきた。長期契約である程度、事前に供給量と価格を合意することができれば、価格変動の直撃を避けることができる。

これは、上の図に示した、JA(農協)と青果市場と仲卸をバイパスして、生産者と流通を(場合によっては消費者を)ダイレクトに結びつける方策だ。基本的に当事者同士の相対取引(「あいたいとりひき」)だから、市場メカニズムのような、その日その場で、多数の候補から最適な相手を探し合うことは、できない。事前の合意が必要であり、そのためには、供給者と需要者との間で、双方向の信用が必要である。

ただ、知り合いの専門家・河野律子氏によると、青果市場には「商品の目利き」能力という、独自の提供価値があるという。それを全部スキップしてしまうのは、せっかく過去から蓄積された仲買・卸のノウハウを、社会的に捨ててしまうことになりかねまい。また、直販といっても、個別の生産者がマーケティングできる能力には限界がある。職人的な作物作りの能力と、商売人の才覚は、別物だ。両者を兼ね備えるのは、なかなか難しい。

そうした課題はあるが、たしかに販売チャネルの多様化は、サプライチェーンにおけるリスク回避の定石の一つである。

また、この方策のバリエーションとして、「農産物の加工用途開発」も有用であろう。農業のいわゆる「6次産業化」が提唱されて10年以上になるが、ここで提案されているのは、1次産業の農業に加えて、食品への加工という第2次産業(製造業)、そして第3次産業(流通業)の機能をも、かねそなえたビジネス形態を目指すべきだ、という主張である。

もしも農業生産者が、自分で製造業及び流通販売業も兼ねることができるなら、それは販路の拡大、かつ付加価値の拡大につながる。また、自分で製造販売も行えるなら、在庫・平準化生産の意義もかねることになろう(自分でやらない場合は、この機能は薄れてしまう)。たしかに、これはチャレンジする価値のある事業だと言えるだろう。

(ところで余談だが、この「第6次産業」というのは、1+2+3=6、という足し算ではなく、1×2×3=6、という掛け算を表しているのだそうだ。まあ、言いたいことは分からないでもない。だが、普通の理工系の感覚では、1m x 2m x 3mの直方体の体積が、6mではなく6になるように、1次×2次×3次を計算すると、6次^3になるはずである。提唱者は理科系の人ではないのだろう)

さて、第3の需給ギャップ解決方法は、需給情報の共有である。これは、サプライチェーン・マネジメントでは良く知られた定石でもある。生産側で、供給量の予定(直近の収穫量の見込)の総量を可視化し、自律的な生産調整をできるようにする。

そのために必要なことは、生産品種別(作物別)の生産者の全国レベルの連合体、一種の組合の組織化だろう。現在のJAというのは、地域単位で組織されている。これは農業共同体(ムラ)の歴史から生まれた姿かと想像する。だが、サプライチェーンの視点からいうと、物流の発達した今日では、地域単位の物流集荷機能よりも、作物単位での全国レベルの情報交換機能の方が、重要になっているのではないか?

このような作物別の組合が作れれば、農作物の輸出についても、有用だろう。現在の輸出は、県単位での取り組みになっているようだ。そうやって海外でも地域間で競合するのは、もったいない。全国をまとめたマーケティング機能を持つべきであろう。そうなれば無論、チェーンストア等との長期契約上も、有用だ。

チェーンストアとの長期契約は、個別の小規模生産者単位では、あまり実質的メリットが大きくない(買い手側の方が強い)だろうが、全国レベルの組合となれば、状況はかわる。地域単位での収穫量の変動を、別の地域とのバーターで吸収することができる。交渉力も上がるだろう。

情報の共有という点では、本当は需要側の情報も可視化できるといいのだが、こちらは飲食店と家庭の集合体だから、まずムリだ。でも、少なくとも生産者側が見えるだけでも、サプライチェーンのマネジメント力はかなり向上するはずである。

* * *

まあ、わたしは農業分野については素人だし、上述の案にも、さまざまな現実の障害はあろうと想像する。ただ、本当にめざすべきビジョンがあれば、乗りこえられない障壁はない。障壁はたいてい、人間がつくったものだからだ。

そして、サプライチェーンにおいて農業に当てはまることは、それ以外の産業にも同様に当てはまるのだ。労働力需要にピークと谷があって、不安定な産業。サービス業的で在庫のきかない産業。こういう業種を、あなたは知らないだろうか? あるいは、似たような製品を作っているのに、地域単位で競争していて、情報共有や輸出に目が向かない産業。こうしてみると、たとえば受託ソフトウェア開発のSIerなど、案外よく似た特性を持つ業界がありそうではないか。

前の記事のはじめに書いた、北フランスのシャンパーニュ地方では、ブドウが豊作でできすぎると、シャンパンの価格を維持するために、収穫せずに畑でつぶしてしまうのだという。その話を聞いたときに、「賢い」と賞賛すべきなのか、「愚かしい」と断ずべきなのか、正直、胸の内で二つの感情が入り交じった。お金が儲からなければ生活は成り立たない。だが、作物を育てる人は、ただお金のためだけに、太陽の下で働いているのではあるまい。

葡萄の木々と毎日対話している人達を、列車の車窓から見つつ、経済社会の知恵がもっと働く人のためになればいいのに、と思わずにはいられなかった。


 <関連エントリ>

  (2020-09-28)



by Tomoichi_Sato | 2020-10-05 08:15 | サプライチェーン | Comments(0)

経済学を疑う — 価格リスクと豊作貧乏は本当に不可避か?

随分前のことだが、北フランスのシャンパーニュ地方を列車で通ったことがある。車窓の外に広がる、なだらかな丘陵地帯には、整列したような緑の低木がずっと連なる。葡萄畑だ。有名なシャンパンは、この地で栽培され、収穫されたブドウだけから作られる。それ以外の土地でできたものは、「発泡性ワイン」と呼ばなければならない。

シャンパーニュ地方の中心地エペルネは、パリを抜いて全国で最も一人あたりの収入の多い、豊かな町だという。ふーん、そうですか。ただ、美しく広がる田園地帯の風景を見ながら、「ここに住む人々は、きっと毎年、天気に一喜一憂しているんだろうなあ」と思った。

農産物とは、天の恵みと、労働の実りとが、かけ合わさってできるものである。どちらも、必要だ。そして天候は、太古の昔から、決して人の願いだけでは左右できない、気まぐれなものだ。つまり、今風に言えば「リスクが大きい」のである。リスクとは、自分たちが簡単にコントロールできない事象の可能性を言う。そして、農業収穫のリスクは、近年の温暖化と異常気象のせいで、さらに抑制が難しいものとなっている。

農業生産物は、需給の面では、もう一つの難しさをもっている。それは、ある季節に一度にできてしまう性質だ。もちろん、稲作の世界で、「早稲(わせ)」「晩稲(おくて)」という言葉があるように、多少のシフトは可能である。また同じ作物でも、品種により、収穫できる季節が違ったりもする。とはいえ、どうしても作物ごとに『旬(しゅん)』の季節がある。

このため、農業ではどうしても、労働力の需要に、山と谷が生じる。仕事のピーク時、つまり「農繁期」には、立って動ける者が総出で働かなければならないし、村中で互いに協力する必要がある。「村八分」という言葉があるが、これは10種類ある交際のうち、「火事」と「葬式」以外の付き合いを、すべて断つ、という意味らしい。これをされると、農家は、非常にこまる。日本は横並びで協調原理の強い「ムラ社会」だ、とよく言われるが、その根底には農業社会における労働需要の問題があった。

農産物は、1年間をならして「平準化生産」したりすることは、できない。ここが工業製品との最大の違いだ。市場に対する供給量に、波があるということだ。

他方、人間は毎日、お腹のすく生き物である。ある季節だけたらふく食べて、あとは寝て過ごせたりすると楽なのだが、そうはいかない。市場への需要量は、比較的一定だ。むろん、季節によって食べたいものの種類が変わる、ということは多少はあるだろう。だが、とんかつ屋は付け合せのキャベツを、季節によって白菜や水菜にかえたりするだろうか? 時季によって主食をお米から、パンやうどんにかえる家庭があるだろうか? 

だから、農産物の市場には、基本的に需給のギャップが生じやすい。

需給にギャップが生じたら、どうなるか? 経済学は、よく下のような図を描いて、価格メカニズムを説明する。横軸には、市場を通じて取引される商品の量をとる。縦軸は、価格だ。そして需要線と供給線の、2本の線を描く。
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需要線は、右下がりの、下に凸のカーブである。価格が安ければ、買いたいと思う人が増え、高ければ、逆に買いたいと考える人が減る。いわば、需要者全体のお財布の中の金額は一定だから、需要量と価格は、おおむね反比例の関係にある、とするわけだ。(ふつうの数学の感覚では、横軸に独立変数をとり、縦軸に従属変数を取る。上記の関係は、価格が決まると需要量が定まるのだから、縦横の軸が逆のような気もするが、昔からこう書く習慣である)

供給線は、逆に右肩上がりのカーブである。つまり、価格が高くなれば、供給量が増える(それを作って売りたい人が増える)、という傾向を表している。

そして両者の交わるところが均衡点であり、市場価格はそこで決まる、と考える。売り買いは、当たり前だが同じ価格で合意するのだし、需要量と供給量が一致する点だから、という訳である。これが通常の経済学の価格モデルである。

これに従うと、市場に対する供給量が全体として増えた場合は、供給線が右にずれることになる。そうなると、均衡点は現在よりも右下に動き、価格が下がってしまう。逆に供給量が下がると、均衡点は左上にずれて、市場価格が上がる。このように、需給量のギャップは、価格によってコントロールされる、というのが、経済学の教えるところだ。

以前、農業生産者の方に話を伺ったことがある。農業をやっていて、何が一番つらいかというと、「豊作になりすぎて、価格が暴落するとき」だという。ひどいときは、それこそ、できた作物を収穫せずに、畑で潰したりすることもある。天の恵みと労働の実りで得た産物を、捨てなければならない。これほど情けないことはない、という。聞いていて、たしかにそうだろうな、と感じた。

そして、それは農業が本質的に、気候に左右されやすい生産量の不安定な仕事であることに起因しており、経済学でいう市場価格のメカニズムがある限り、それはかわり得ないと、普通は解釈される。これに従うと、農業はつねに「せつない産業」であり続ける宿命を背負っていることになる。

だが、それって何だかおかしくないだろうか? いや、別に農業を批判しているのではない。わたしが変だと言っているのは、経済学の方である。

今、ある工業製品の市場取引量が、だいたい1日1万トンだったとしよう。そして価格は、簡単のため1トン10万円とする(キロ100円である)。取引額は1日あたり10億円だ。年間で3千億円の商品市場である。

さて、ある日、何らかの理由によって、供給量が1割増えて、1.1万トンになったとする。で、生産側はどうするか。値段を1割下げてでも、売り切ろうとするか? ふつうの経営者なら、そんな事はしない。余剰の1千トンは、『在庫』にするのだ。在庫1千トンはずいぶん多いように見えるが、各社の持つ在庫の送料だ。そして日数基準で測れば、0.1日分、つまり2時間ちょっとの間に、消費されていく量である。需要も供給も、実際には日々、小さな変動がある。だからこの程度の量ならば、1週間か2週間も経てば消化されて、価格は均衡点のあたりに留まるだろう。

逆に、供給量が1割落ちたとする。すると、どうするか。需要量に対して、供給量が足りない訳だ。これ幸いと、価格を釣り上げる? そうは問屋が下ろすまい(ここは市場だしね)。おそらく需要家の方は、「じゃあ、足りない分は明日以降に持ってきて」と言うだろう。つまり、「納期」が延びるのだ(バックログが増えると表現してもいい)。

市場で需給にギャップが生じたら、「在庫」と「納期」で調整する。これが、ふつうの企業における取引の方策である。そして価格が、妙にブレないようにコントロールする。

ちなみに納期とは、一種の「マイナスの在庫」である。だから、サプライチェーンにおける需給のギャップは、短期的には在庫によって調整されるのだ。そして、在庫(納期)がかなり大きくなりすぎて、短期的な調整の範囲を超えるとき、いいかえると需給変動の通常の時定数をかなり超えてしまった際に、価格による調整メカニズムが働きだす。

ミクロ経済学の教科書に書いてある需給曲線の図は、株式や債券のような金融資産の取引から発したのだろう。金融資産は、実質的には一種の権利の取引だから、移動は即時性があって、「出来すぎちゃったから在庫しておく」「不足分は後で届けます」といった、通常の在庫・納期の概念があてはまらない。同様に、サービスの取引の場合も、同時性の原則により、在庫できないため、需給ギャップは価格のみで調整される。

さて、農産物の話に戻ろう。従来の農業の仕組みでは、農業生産者は取れた作物をJA(農協)に納める。JAはそれを集積して青果市場に送る。青果市場では仲買を中心に取引が行われ、一日に入荷された商品は原則、その日のうちにさばいて、売り切る。そして食品の一次卸、二次卸、あるいはスーパーや一般の八百屋さんを通して、消費者の手に渡る。もちろん、一部は飲食業に卸される。

問題は、このサプライチェーンの中に、自らのリスクで在庫を持ち、需給調整の役割を受け持つプレイヤーが、どこにもいないことだ。いや、そもそもその前に、葉物野菜を中心とした多くの農産物は、鮮度が命だ。収穫から消費までの賞味期限が数日しかない。物流の時間を差し引くと、ほとんど在庫できない種類の商品である。

おまけに、ふつうの消費者は、納期(バックログ)も許してくれない。え、キャベツが品切れなの? じゃあ、今日は別の料理にするわ、という訳だ。

つまり、既存の農産物のサプライチェーンには、基本的に「在庫・納期」による調整機能が存在しないのである。だから、生産量が変動し、需給にギャップが生じると、価格変動が最上流までさかのぼって、生産者を直撃する仕組みになっている。天候にも恵まれ、頑張ってたくさん作ったのに、その結果が自分に全部、逆向きにはね返ってくる。豊作貧乏が起きたりして、農業は引き合わない仕事と言われる根本理由は、このようなサプライチェーンの姿にあるのだ。

それでは、どうすべきか? 解決の方向性は、三つほどあるのではないかと思う。

(この項つづく)


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by Tomoichi_Sato | 2020-09-28 12:48 | サプライチェーン | Comments(0)

お知らせ:BOM/部品表とPMに関するオンライン講演を行います(9月10日・9月17日)

えー、前の記事では「この項続く」と書いたばかりですが、ここでスポンサーからお知らせです(笑)。
9月に2件のオンライン講演を行います。前者はエンジニアリング・チェーンとPLMに関する話題(無料)で、後者はスケジューリング学会シンポジウム(有償)でのプロジェクト・マネジメントに関する研究発表です。

実はつい最近、拙著『BOM/部品表入門』の増刷が決まりました。おかげさまで累計1万2千部です。2004年に上梓した一種の専門書が、16年後まで現役で売れ続けているのはとてもうれしいこですが、逆にそれだけBOM関係の情報のニーズが高いのだろうなと想像します。結局、設計から製造への機能的な橋渡しに悩む企業が多いからでしょう。同書の中国語版も売れ続けていますので、悩んでいるのは海を隔てた向こう側も変わらないようです。

今年の『ものづくり白書』でも、「サプライチェーン」と「エンジニアリング・チェーン」が生産で合流する、という概念の説明が出てきます。サプライチェーンは物づくりの順番に従い、受発注から始まって、生産計画→生産→流通・販売→保守・アフターサービス、とつながっていきます。これに対して縦軸は、研究開発→商品企画→製品設計、という製品開発の「エンジニアリング・チェーン」がぶつかり、両者が『生産』で合流します(より正確に言うと、製品設計の後には、工程設計→試作→量産準備→がはさまってと生産につながる訳ですが)。

エンジニアリング・チェーンを統合的に支えるソフトウェアは、PLM(Product Lifecycle Management)と呼ばれます。現時点では、その主力製品は欧米製です。複数部署をまたいで、データ中心に業務プロセスを統合する取り組みは、欧米製造業の方が先を走っているのでしょう。その統合の要は部品表/BOMデータベースで、その中にE-BOM→M-BOMが整合性をとって格納される姿になっています。

ところが現実には、PLMソフトの導入と、 SCM/生産管理系との統合は、なかなか一筋縄ではいきません。もともとPLMは、量産型の製造業を念頭に置いて作られたからです。他方、日本の多くの企業は受注生産、とくに個別性の強い受注設計生産の形態に取り組んでいます。こういう状況下で、BOMのあるべき姿について、皆が頭をひねる必要が出てきている訳です。

ここで登場するのが、設計という業務にまつわる「個別性の罠」です。どんな設計作業でも、つねに一度限りの営為です。これをどうマネージするかに、多くの組織が悩んでいます。

そして、そこで鍵となるのがプロジェクト・マネジメント(PM)の技術です。プロジェクトは、つねに個別性との戦いです。そこでは繰り返し型業務における、お得意の「PDCAによるカイゼン」が、うまく働かないからです。そうした意味で、製造業におけるPMの有用性は非常に高まっています。

しかし、現代のPM手法にも大きな課題があります。とくにプロジェクトが大規模化すると、「崩壊現象」と呼ぶべき事象が、ときおり起きるのです。人員を追加しても生産性が上がらず、いわゆるデスマーチ状態に陥って、いつ全体が終わるか誰も見えない、そういう状況です。モダンPM理論は、EVMSとかクリティカル・パス法などの技法で、プロジェクトの先行きを予測・計画していきます。しかし、それが機能しなくなる状況が生じるのですから、今の理論にはまだ、足りていない部分が残っている訳です。

2つのセミナーはテーマも内容も異なりますが、ここに述べたような問題をめぐって、皆さんと一緒に議論できればと思っています。関心のある方のご来聴をお待ちしております。


<記>

(1) 「BOM/部品表とエンジニアリング・チェーンのマネジメント」

日時: 2020年9月10日(木) 13:30 ~ 16:45(小生の講演は13:35~14:35の時間帯です)
テーマ: 「BOMで改善! 中小企業の設計効率を上げる業務改革」
主催: エスツーアイ(株)+ダッソーシステムズ(株)
セミナー詳細: 下記をご参照ください(無料、定員なし)
  なお、セミナータイトルには「中小企業」と書いてあるのですが、中堅あるいは大企業の方も歓迎です。
  むしろBOMマネジメントの問題は、ある規模以上の組織の方が難しい面がありますので。


(2) 「プロジェクトのコスト超過と崩壊現象のシミュレーション」

日時: 2020年9月17日(木) 14:30~15:45
主催: スケジューリング学会 「スケジューリングシンポジウム2020」
    オーガナイズドセッション「プロジェクト・マネジメントの教育と実践をめぐって」講演(1)
概要:
プロジェクトの完了日予測と、完了時点でのコスト予測は、プロジェクト・マネジメントにおける重要な課題である。従来、完了日はPERT/CPMのクリティカル・パス分析と、各アクティビティの進捗から計算してきた。また完了時点のコスト予測(Cost EAC)はEVMS手法により推定した。これらの手法はいずれも確定的予測であって、リスクと不確実性を反映することが難しい。他方、プロジェクトの実践現場においては、大きな納期遅れとコスト超過を伴う「崩壊現象」が、時おり生じることが知られている。本発表では、プロジェクトのアクティビティ・ネットワークにおける遅延とコスト超過の連鎖反応のパターンについて、シミュレーションを元に考察する。

シンポジウム詳細: 下記をご参照ください(有償です)


以上、よろしくお願いします。
               (佐藤知一)


by Tomoichi_Sato | 2020-08-27 22:25 | サプライチェーン | Comments(0)

欠品を起こさないための在庫手配入門(3)――安全在庫を確保する


前回は、営業所の在庫手配において、「物理的にはそこに存在しているが、近い将来出荷用に予約されている」状態の在庫品、すなわち『引当て』の考え方を説明した。手元にある総在庫量の内、自由になるのは、したがって、まだ引当されていない分である(もちろん不良品はないという前提)。これを未引当在庫量、ないし有効在庫量という。

 [有効在庫量] = [総在庫量] − [引当済み在庫量]

工場の部品在庫などでも、すでに製造オーダーが切られていて、使用予定が決まっている分は、「引当されて」いる状態にある(たとえ仮にまだ、資材倉庫の棚にあっても、近い内にピッキングされて製造現場に払い出される)。だから、MRP(Material Requirement Planning)の資材所要量計算では、各品目について

 [総所要量] − [有効在庫量] = [正味所要量]

という計算をする決まりになっている。この正味所要量から、さらに子部品の総所要量へと、部品表(BOM: Bill of Material)にしたがって展開していく計算を、MRPの部品展開という。

さて、営業所にいるあなたの場合は、できあがった製品在庫だけを相手にしているため、部品展開だの製造オーダーだのといった話は、関係がない。純粋に、現時点での有効在庫量を元に、先々顧客から入るであろう注文の数量(需要量)と、本社から補充供給される予定の数量(供給量)から、在庫量の推移を考えればいい。

あなたは、担当する製品Xについて、現在庫量が24日分、そして来月初に18日分の供給予定があることを知っている(なお、1ヶ月は平均20営業日とする)。だが、現在庫量のうち、11日分はすでに引当されていて、有効在庫量は実質13日分だ。

引当済みの分は、一週間後、すなわち5営業日後に出荷される予定になっている。ということは、今月の需要を1ヶ月分=20日分とすると、そのうち11日分はもう引当済みだから、残る20-11=9日分の需要を、賄えれば良い。手元には13日分の有効在庫があるから、なんとか今月は乗り切れそうだ。今月末の在庫は13-9=4日分まで減少しているだろう。だが、来月の月初には、先月手配した18日分の追加供給があるから、月初在庫量は4+18=22日分ということになる。来月末まで、なんとかもちそうだ。

ただしこのままでは、来月末の在庫は22-20=2日分しか残らない。再来月の早々には、欠品が起きる可能性がある。だから本社に今日、生産依頼をかける必要があると、あなたは判断した。納期は2ヶ月なので、今日頼めば再来月の頭には届く。そこで、製品Xの需要は比較的安定しているという先輩の経験知にしたがい、発注から納入までのリードタイム日数分、すなわち40日分(数量でいうと200個)を、本社に依頼しようとした。

ところが先輩はあなたに、「それだけじゃ、足りないんだ」という。

――なぜですか。200個あれば、次の補充までの2ヶ月間の需要には間に合う計算です。

「計算上は、な。だが世の中、計算通り行くとは限らないんだ。月の需要量が100個と言っても、それは平均だろ。もっと売れる月もある。あまり売れない月もある。たくさん売れたらどうする。たちまち欠品するじゃないか。たくさん売れたら自分が困るような営業所じゃ、ビジネスにならない。」

――てことは、もっと多めの生産依頼をかけろ、ってことですか?

「とりあえずは、な。2ヶ月分ってのは、いわば最低必要な基準の数量だ。それじゃ欠品が起きる可能性があるから、それにゲタを履かせるべきだ。安全在庫ってやつだな。」

――分かりました。それじゃ、いくつ上乗せすればいいですか?

「いちいち聞かずに、自分で調べて考えてみろよ。」

先輩はそう言い残すと、客先まわりに出かけてしまった。あなたは例の、累積需給曲線を描いて考えてみる。需要を表す線は、毎日平均的に売れていく場合、右上がりの 45度の直線になる。横軸も縦軸も、おなじ日数単位だからだ。どの品種をとっても、この図の描き方に従えば、右45度の線になる。それが、この図の利点だ。

欠品を起こさないための在庫手配入門(3)――安全在庫を確保する_e0058447_20481848.jpg
だが、先輩の言うことも分かる。たしかに、多く売れる月もあれば、あまり売れない月もある。売れ行きの良いときは、線の傾きはきつくなるし、逆に、売れ行きが芳しくないときは、傾きは緩やかになるのだ。傾きが急になると、供給線とぶつかってしまう。需要線が供給線を上回るときは、欠品の発生を表す訳だ。欠品を起こさないためには、本社に手配する生産依頼の数量を増やして、供給線を需要線からもっと離す必要がある。

では、どれくらい離せば良いのか? 自分一人では、見当もつかない。仕方なく、あなたは過去1年間の製品Xの出荷量を調べてみることにした。といっても、販売管理システムには、個別の受注オーダーと出荷実績しか残っていない。しかたなく、全部をリストアップして印刷し、手元のExcelに転記して、月ごとに集計してみた。結構めんどくさい仕事だったが、次のような数字を得た。

月  出荷量
  1  89
  2  41
  3 147
  4 122
  5 101
  6 123
  7  70
  8  83
  9 126
 10 114
 11  82
 12 102

ウーン。この先どうすれば良いのかなあ。ともあれ、数字を眺めてみると、たしかにずいぶんバラツキがあることは分かった。安定した需要だ、なんて先輩はいっていたが、一番多い月は、147個も売れている。平均のほぼ5割増しだ。逆に少ない月もある。一番売れなかった月は、41個で、平均値からは6割減だ。ちなみにExcelで平均値を見ると、ちょうど100個になった。まるで作った問題みたいだ(笑)。

だとすると、最大値の147個から見て、ざっくり50個ほど、余裕を見て「安全在庫」をもっておけば良さそうに思える。でも、これって、過去1年分の数字を見ただけの結果だ。それで十分と言えるのか? あなたはだんだん意地になって、先輩の鼻を明かしてやりたいような気持ちになっている。ただ、じゃあ過去3年分を調べるかというと、あんな面倒くさい作業はもう嫌だ。何か、もっとうまい方法はないのだろうか?

あなたは、ネットで検索してみた。すると、安全在庫の計算式というのを見つけることができた。なんとかコンサルタントの日誌から、というようなタイトルのサイトだったが、そこには、発注点管理の場合の適正在庫量は、次の計算式で求める、と図が示されてあった。

 適正在庫の発注点 = 基準在庫量 + 安全在庫量
 
 基準在庫量=手配から入手までのリードタイム期間分(L)
 安全在庫量(安定需要の場合)=
  サービス率:95%    1.65 × 需要量の標準偏差 × √L
  サービス率:99%    2.33 × 需要量の標準偏差 × √L
欠品を起こさないための在庫手配入門(3)――安全在庫を確保する_e0058447_20532252.jpg

手配から入手までのリードタイム期間分(L)、ってのは、2ヶ月分だな。それが基準在庫量になる、と。あなたが考えていた事はそこまでは正しかった訳だ。ただ、安全在庫量のところにある「サービス率」って何だっけ? 以前、先輩が何やら口にしていた気もするが、これも調べてみると、「サービス率とは、顧客の要求に応じて製品を出荷できる割合。欠品率の逆。」と書いてある。

すると、サービス率が95%というのは、欠品する確率が5%ということなのだな。サービス率99%は、欠品率1%だ。どっちが良いのだろう?

2ヶ月分ずつを発注するんだから、まあ平均すると2ヶ月に一度、発注手配をかけるわけだ。すると、サービス率95%なら、20回に1回、欠品が起きる。つまり40ヶ月=3年と4ヶ月に1回ずつ、という訳だ。これがサービス率99%だと、100回に1回、つまり200ヶ月に1回だ。それって18年弱だ・・そんなに先まで、この営業所にいないよな。そもそも、製品Xだって、そんな先まで売れてるかどうかあやしい。じゃあ、95%でいいや。これでも3年は持つわけだから、立派なもんだ。

あとは、需要量の『標準偏差』かあ。聞いたとこはあるけど、どうやって求めるんだっけ。・・えーと、なになに、「標準偏差は、ExcelのSTDEVA関数で求めれば良い」か。親切なサイトだなあ。

言われたとおり、Excelで過去1年分のデータを選択して標準偏差を計算してみると、28.9個という数字になった。それに、1.65をかけて、さらにリードタイム期間の2の平方根をかける、と。2の平方根は、SQRT(2)だな。結果は、67.5個となった。まあ端数は繰り上げて、68個が、適正な安全在庫量ということだ。需要量の平均は1営業日に5個だから、3週間分よりちょっと少ない程度の量だな。

あなたは外回りから戻った先輩に、今月は268個の生産依頼を本社にかけます、また今後(再来月以降)は、在庫量が268個を切ったら、200個ずつ手配をかけることにします、と伝えた。先輩は「わかった」とだけ答え、特にそれ以上、何も言わなかった。サービス率や標準偏差について、聞かれたら説明しようと思っていたので、あなたはちょっと拍子抜けだった。だが、ともあれ宿題は一つ果たしたのだ。

ただ、こういう作業を担当する全部の品種についてやらされたら、たまらないな、とも思った。こういうのは、販売管理システムか何かの中で、自動的に計算してほしい。コンピュータなんだから、さ。この式は、どんな品種にも、当てはまるんじゃないか。それが安定した需要である限り(そして安定需要かどうかだって、コンピュータで計算できるはずなのだ)・・


以上が、欠品を起こさないための在庫手配の顛末である。なお、もう少しだけ注記を付けておく。

(1) サービス率について:

需要量には上限がないので、あたりまえだが、サービス率=100%ということは、理論上ありえない。だから、99% とか95%とか、実用的な目標値を設定することになる

(2) 安全係数と需要変動のパターンについて:

上の式に出てくる1.65とか2.33という数字は、『安全係数』と呼ばれる。これは統計学的に言うと、正規分布において、標準偏差のn倍の領域内の面積比率に対応している。だが、世の中の需要パターンが、正規分布に従うとは限らない。だから本当は、まず過去の出荷量の変動パターンをきちんと分析して、正規分布に近い場合にのみ、使うべき係数である。

たとえば、もっと間欠的な需要(つまり、数ヶ月おきにポツリポツリと出ていくような製品)の場合、上の式の安全係数を当てはめると、在庫が大きくなりすぎる傾向がある。その場合は、別の計算式(ここでは省くが)を使ったほうがいい。

(3) 計画手配時の安全在庫について:

上に説明したのは、「不定期・定量発注」で、発注点方式の在庫手配を行う場合の計算方法である。毎月、定期的に行う「定期・不定量発注」方式の場合は、先の期間の需給量を予測して、計画手配を行うことになる。この場合にも安全在庫の考慮は必要だが、上の式を機械的に適用してはいけない(安全在庫がかなり多くなってしまうはずだ)。計画手配を行う品目は、売れ筋商品の場合が普通だし、季節性を伴うケースもあるだろうから、より深刻な在庫過剰を招く。

同様に、MRPなどの計画生産を行っている工場での部品資材在庫にも、適用すべきではない。この問題については、機会があれば、また別に解説することにしよう。

ともあれ、心に留めておいていただきたいのは、上に述べたような考え方は(在庫理論としては初歩に属するが)、どんな業種のどんな品目にも当てはまる汎用的な式だ、という事である。このような方法論を、『マネジメント・テクノロジー』とわたしは呼んでいる。

マネジメント・テクノロジーの領域は、どんな業界の、どんな会社でも共通に当てはまる。いわば協調領域の知識である。あなたの会社が知らなければ、あなたの会社は見えない損をしている。しかし、ライバルも知らないだろう、と思ってはいけない。少なくとも、海外の有力なライバル企業は、よく知って活用していると想像したほうが良い。日本にはまだ、マネジメント・テクノロジーを教える大学は少ない。だが、欧米では確立した分野だし、中国やアジアの優秀な人材は、そうした国々に留学し、現代的な手法を学んで帰ってきているのだ。

我々だって、気合と根性の「竹槍時代」を卒業し、もう少しモダンの時代に飛び込むべきときが来ているはずである。


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 (2020-07-20)
  (2020-07-26)


by Tomoichi_Sato | 2020-08-05 21:12 | サプライチェーン | Comments(0)

欠品を起こさないための在庫手配入門(2)――引当てとストック在庫

前回のつづき:)あなたは新米の営業マンとして、営業所の製品在庫の手配担当を任されている。あなたの担当する製品Xは、平均して1営業日あたり、平均5個の需要がある。そして本社に製品Xの生産依頼をかけると、納入されるのは最長2ヶ月先になる。

さて、製品Xの在庫量は月初に24日分(=120個)あった。加えて、先月のはじめ、すでに18日分(90個)の生産依頼を本社に出していた。それは来月初に入荷するから、累積で24+18=42日分(210個)の供給がある訳だ。でも逆に言うと、42営業日(=2ヶ月と2日、再来月の月初め)後には、欠品が起きる見込みだ。

だからあなたは、再来月中に欠品を起こさないためには、やはりここで、40日分(200個)の生産依頼を出しておこうと考えた。ところが、隣の先輩が、「おい、製品Xの在庫のうち、55個はもう引当てしているからな」と、あなたに言うのだ。

在庫の引当てって、なんだろうか?

前回記事でも説明したとおり、在庫問題を考える際には、「累積需給曲線」を使うと便利だ。これは横軸に日時をとり、縦軸に製品量の日数基準(=数量を1日あたり平均消費量で割った値)をプロットしたグラフである。ここに需要(出荷)の線と、供給(生産)の線を書き入れて、バランスを見ていくのに使う。生産管理分野で使う「流動数曲線」のバリエーションだが、縦軸に日数基準を使うのがポイントだ。

ところで、前回の図では、累積需要線は右肩上がり45度の直線で描いた。これは毎日、製品Xが律儀に5個ずつ売れていくならば、正しい。しかし、現実には、そんな風には売れていかない。個別のお客様から、もっと大きな数量単位で、ときどき注文が入っては出荷していくのだ。だから実際の需要線は、図に描くと階段状になる
欠品を起こさないための在庫手配入門(2)――引当てとストック在庫_e0058447_23250786.jpg
上図の例を見てほしい。ここでは向こう3ヶ月分の需給状態を示している。青が需要で、赤が供給だ。需要の正確な予測は難しいから、当初は計画線として、45度の右上がりの青い点線を引いた。しかし、個別の顧客からの注文と出荷の累積線を描くと、青い実線のような階段状になる。5日後と17日後に、それぞれ10日分を出荷した。ちなみに本日は、25日目であるとしよう。

そして、当然のことだが、受注をうけた日と、実際に出荷する日はイコールではない。お客が八百屋の店頭にやってきて、大根を買って持ち帰るような訳にはいかないのだ。顧客は普通、複数の製品をまとめて引き合ってくる。こちらは、まずは価格を見積もり、さらに該当する製品の在庫状況を調べて、納期を回答する。営業所に在庫がない場合は、近隣の営業所から「横引き」してもらうか、あるいは本社に緊急の生産依頼をかけなければならない。そして価格と納期を回答し、交渉して、ようやく確定注文をもらえるのだ。もちろん欠品を理由にその注文を断るという選択肢もありうるが、それはできる限り避けたい。

図でいうと、本日ある顧客から16日分(80個)の注文を受けたが、出荷予定日は10日後の35日目になる。この80個の在庫品は、もう出荷が予定され、「予約済み」状態になっている。

このように、受注日と出荷日の間には、通常、ある程度の日数の開きがある。言いかえるならば、手元には在庫品として物理的に存在しているが、すでに近い将来出荷用に予約されている。これを在庫の『引当て』と呼ぶのだ。

さて、ここで重要な概念を一つ、理解してほしい。在庫には、『ストック在庫』と『フロー在庫』の二種類があるのだ。ストック在庫とは、文字通り、ストック用途であり、まだいつ消費するか、どこに出荷するかが定まっていないような在庫だ。これに対して、フロー在庫とは、具体的な消費予定が決まっている種類を指す。引当てされた在庫は、フロー在庫の範疇になる。

営業所の製品倉庫の中には、じつは二種類の在庫がある。まだ出荷先の決まっていない「ストック在庫」と、すでに出荷予定に引き当てられている「フロー在庫」である。同じ品目でも、この二種類がある。顧客から新規に注文が入った時、割り当てて良いのは「ストック在庫」の分だけである。これを区分できないような受注管理システムや在庫管理システムは、いささか機能不足と言えよう。

また、たとえば本社から営業所に向かって「輸送中」の在庫(トラックの車上や輸送船上にある在庫)も、同様にフロー在庫である。少なくとも、向かうべき営業所は決まっているからだ。だなお、営業所の倉庫に入った途端に、その物品は「ストック在庫」のカテゴリーに戻るかもしれない。でも輸送中はフロー在庫なのだ。から、車上や船上にある在庫を、ストックだと思って勝手に転用してはいけない。

あなたのケースに戻るならば、先輩が、「55個はもう引当てしている」というのは、すでに受注済みの分として、その55個(=11日分)が近い内に出荷され、在庫から無くなってしまうことを意味している。ということは、24-11=13日分しか、手元にはストック在庫がないのだ。これでは今月中に欠品の可能性がある。ただ、来月の月初に既手配済みの18日分が入るので、一息つくことはできるが。

それで、どうすべきか。いずれにしても、本社への生産依頼は不可避だ。じゃあ、何個を手配するべきか。あなたの選択肢は、2つある。一つは、前回の記事で述べたような考え方、すなわち、発注から納入までのリードタイム=2ヶ月間分の数量(製品Xでは200個)を、まとめて手配するというもの。そして、入荷したら、在庫量を定期的にチェックして、残りの数量が2ヶ月分を切ったら、また2ヶ月分を手配する。

そうなると、納入される直前には、在庫はほぼゼロになる。納入直後は、2ヶ月分=200個になる。だから、営業所における製品Xの平均在庫量は、長期的には、その半分の1ヶ月分=100個になるだろう。

だが、もう一つの考え方もある。あなたは、とにかく毎月のはじめに、製品Xの生産依頼をかけるのだ。その時の数量は、累積需給曲線から予測される、2ヶ月後の基準在庫量からの不足分とする。基準在庫量とは、もちろん月初に1ヶ月分(100個)の在庫があることだ。今のあなたの状況では、2ヶ月(40日後)には在庫ゼロになっている。だから、とにかく1ヶ月分100個を、依頼する。来月も同じように、1ヶ月分を依頼することになるだろう。でももし、たとえば翌月末に5日分でも在庫が残る見込みなら、20-5=15日分の手配で良い。

このようなやり方をすると、長期的に製品Xの平均在庫量は、手配量の半分の0.5ヶ月分=50個になるだろう。

営業所の先輩は、「営業部門には『在庫責任』があり、過剰な在庫量を抱えていると、査定でマイナス点をくらう」と言っていた。だとしたら、平均在庫量は少ないほうが良いはずだ。だとしたら、後者のやり方のほうが良いではないか。

いやいや、ちょっとまてよ。あなたは考える。毎月1回、100個からの不足分を頼むより、毎週手配すればいいではないか。基準在庫量を、1週間分の需要量25個とする。週のはじめに、そこから不足している分を補充するよう、生産依頼する。そうすれば、平均在庫量はその半分の12.5個にまで下がっていくはずだ。ああ、なんと名案なのだろう。

さっそくあなたは先輩に、毎週、生産依頼をかけることにします、と報告すると、
「馬鹿じゃないのかお前は!」
と叱られてしまった。

――えっと、なぜですか?

「鉛筆みたいな文房具を手配するんだったら、そういうやり方も分かる。注文すれば、明日くるからな。だが、ウチの製品は本社に依頼しても納品は2ヶ月後だ。来週のことすらよく分からないのに、なんで基準在庫量を1週間分25個にできるんだ。もしお客から26個以上の注文が来たらどうする? たちまち欠品だろうが」

――あっそうか。そうですね。

「そうですね、じゃないだろが。それに本社工場の立場になってみろ。毎週毎週、うちの営業所から小刻みな生産依頼を受け取ったって、月次生産計画にはどうせ全部の営業所からの依頼を集計して、まとめ生産を考えるんだ。生産ってのは、まとめて作るほうが安くなるからな。」

――そうすると、生産依頼の手配の間隔は、月より短くしても意味ないですね。

「そうだ。生産計画のサイクルが月次である以上、それより短くはできない。無理に短くしたら、工場に対しては、月の半ばで追加変更をかけているのと同じことだから、迷惑なんだ。これが商社みたいに、よそから仕入れた商品を売ってるなら別だがな。」

――でも本社の計画サイクルがもっと短ければ、もっと在庫は減らせますね。

「理屈じゃあ、そうだ。だがな、本社工場からこの営業所まで、トラックの配送にかかる運転手の時給やガソリン代なんかは、製品を1個運ぼうが、トラック満載で運ぼうが、コストはほとんど同じなんだ。だから少量多頻度の配送は、相対的にコスト高になっちまう。」

――じゃあ、どうしたら良いですか。やっぱり、月1回ずつ生産依頼するのが良いでしょうか?

「まあ多くても月1回だろうな。ていうか、そもそも毎月、定期的に需給の傾向を見て、足りなそうな分だけ手配するやり方ってのは、要するにベースになる予測が必要なんだ。そいつは手間がかかる。精度も必要だ。製品Xなんか、わりと一定のペースで売れていく商品だし、季節性もあんまりないから、在庫量があるラインを切ったら発注をかける方式でも、十分じゃないのか?」

(ちなみに在庫管理学の分野では、在庫があるレベルを切ったら一定数量発注手配する方式を、「不定期定量発注」とよぶ。また、定期的に在庫の推移をチェックして、不足分を発注手配する方式を「定期不定量発注」とよぶ約束になっている。前者は、ある意味、受動的・簡易的な手配方式であるのに対して、後者は、能動的・計画的な手配方式である。だがそれゆえ、計画=予測の精度が要求されることを、先輩は先輩は指摘している訳だ。

また、この記事の例でも分かる通り、定期不定量での補充手配を行う場合、発注から納入までのリードタイムよりも短いサイクルで期間を設定すると、手配した品目が入荷する前に、次の手配をかけなければならなくなり、難易度が高いので、注意が必要である)

――そうですね。分かりました。じゃあ、製品Xはとりあえず、2ヶ月分の200個を注文しておきます。それで、再来月以降も、在庫量が200のラインを切ったら手配するようにします。

「いやいや、お前さんまだ分かっていないな。それだけじゃ、足りないんだ、」

(この項続く)


<関連エントリ>
(2020-07-20)



by Tomoichi_Sato | 2020-07-26 23:39 | サプライチェーン | Comments(1)

欠品を起こさないための在庫手配入門(1)――まず、累積需給曲線を理解しよう

あなたは新米の営業マンである。営業所に配属になって、先輩と一緒に客先まわりをするかたわら、営業所の抱える製品在庫の手配担当になった。具体的には、顧客の注文に応じて「出荷指示」を出し、また足りなくなりそうだったら、補充のために本社に「生産依頼」をかける仕事だ。出荷指示も生産依頼も、コンピュータの販売管理システムから入力する。箱詰めとか荷揃え・入出荷などの手作業は、委託先の物流会社がやってくれる。

あなたの担当する製品Xは、平均して毎月100個の需要がある。週休2日で月20日の営業日と考えると、1日あたり平均5個、売れていく勘定だ。

本社に生産依頼をかけると、納入されるのは2ヶ月先になる。なぜそんなに時間がかかるのか、と疑問に思って、先輩に聞いてみた。先輩の説明によると、各営業所が入力した「生産依頼」は、月締めで本社が集計し、翌月の生産計画に反映する。生産計画も月単位で動くし、本社から営業所への配送も、トラックに複数製品をまとめたりするので日数がいるから、最大2ヶ月のリードタイムがかかるという。

ここで、やさしいクイズを一つだそう。今が月初だとしようか。あなたがコンピュターの端末から調べてみると、営業所の手元には、製品Xの在庫が120個あった。では、あなたが本社に依頼すべき生産数量と、その結果起きる事を考えてみていただきたい。

別に難しく考える必要はない。今、製品Xは120個の在庫がある。月間の需要量は平均100個だ。だから今月は間に合う。しかし、来月になったら早々にも、在庫がなくなって、注文を受けても欠品状態になる。たとえ本社に今日、生産依頼を出しても、それが納入されるのは再来月だ。あなたの営業所は、製品Xについて、来月は欠品のため100-20=80個分を売り損なう、ということになる。

この売り損ない(販売機会損失)を防ぐ方法はあるだろうか? 今からでは、方法はない。だとしたら、せめて次回以降は二度と、こういう欠品の事態がおきないようにするしかないと、あなたは考える。

では、あなたが今日、本社に依頼すべき生産数量はいくつかのか?

生産依頼をかけてから納入されるまでのリードタイムが2ヶ月間、ということは、少なくとも、2 x 100 = 200個分を依頼しなければ、次回以降もまた同じ問題が起きるはずだ。だから、最低でもあなたは200個の生産依頼を出す必要がある。さらに、在庫数量はコンピュータの端末を見れば分かるのだから、あなたは定期的に製品Xの在庫レベルをチェックし、残りが200個を切りそうになったら生産依頼をかけるべきだ、と分かる。

このように、在庫レベルを見て、ある数量を切ったら補充のための手配をかけるやり方を取る場合、その基準となる在庫量(=手配数量)は、発注リードタイムの期間内に消費(=出荷)する数量に等しくなる。

 基準在庫量 = 発注リードタイム期間の需要量

では、あなたの営業所における、この製品Xの在庫量の平均値はいくつになるのだろうか?

この計算も、それほど難しくはない。あなたは製品Xの在庫数量が200個を切ると、生産依頼をかける。その後2ヶ月間で、ちょうど在庫はゼロになる。ゼロになったタイミングで、200個が補充される。つまり、在庫数量は、200個と0個の間を、行ったり来たりするのだ。だから在庫量の平均値は、ちょうどその中間、100個になることが分かる。

こういう在庫量の問題を考える際に、よく「ノコギリ状の線図」が使われる。横軸に日付をとり、縦軸に在庫量を取るグラフだ。在庫から毎日、需要に従い出荷されていくと、在庫量は右下がりのスロープで減っていく。そして補充があると、垂直にぽんと立ち上がる。縦軸は数量を取る場合が多いが、金額で表示するケースもある。

だが、わたしはそのかわりに、『累積需給線図』を使うことをおすすめしている。横軸は日付で、そこは同じだ。しかし、縦軸には毎日の需要量と供給量を取る代わりに、期初からの需要量と供給量の累積値を取るのだ。生産管理の分野では『流動数曲線』と呼ぶことも多い。

また、縦軸には個数や金額ではなく、「日数分」を取ることをおすすめする。日数分というのは、数量を、1日あたりの平均需要量で割った値だ。あなたの製品Xのケースなら、1日平均5個の需要があるから、120個ならば24営業日分、という計算になる。

図を見てほしい。これは、会社全体における、ある製品の需給の状態を示している。青い線は、累積需要曲線を示している(ここでは直線的だが)。毎日、1日分が顧客に出荷されていく。赤い線は累積供給曲線で、こちらは生産計画に従って描く。
欠品を起こさないための在庫手配入門(1)――まず、累積需給曲線を理解しよう_e0058447_20013770.jpg
供給曲線の傾きが、なだらかだったり急だったりするのは、一日あたりの生産量の変化を示している。傾きが急なときは、高速な製造ラインを使っているとか、あるいは複数工場で生産しているなどの事情を表している。また、縦軸に切片があるのは、期初の在庫量を示している。もちろんこのチャートは、工場単位や営業所単位に、個別に作成することもできる。

そして、ある日の時点で、流動数曲線における供給曲線と需要曲線の縦の差は、その日に会社が持っている在庫量を表している。だから、供給曲線は原則として、需要曲線よりも上にあることが望ましい。供給曲線が需要の下に来ていると、その時点で欠品が生じていることを表すからだ。

また、グラフを横方向に見た際に、供給曲線と需要曲線の差は何を表すかというと、「納期余裕」を示すことになる。これがゼロになっていれば、ジャスト・イン・タイムに供給している訳だ。つまり累積需給曲線(流動数曲線)での、縦の差は在庫量を、横の差は納期余裕を示すのだ。だから、結局、

「生産マネジメントの主要な目標の一つは、需要曲線と供給曲線を可能な限り一致させること」

にある、と言ってもいい。ジャスト・イン・タイムで、かつ、在庫も最小である、と。これが、製品のみならず、半製品や部品を含めた、すべての品目について達成できている状態が、一つの理想だ。

在庫量それ自体の表ではなく、累積需給曲線のようなチャート形式に表現することで、あなたは在庫手配について、時間軸をもって考えることができるようになる。さらにいうと、倉庫の中に静かに寝ている「在庫」というイメージではなく、もっと動的な「フローの視点」を得られることが、より重要だ。

ちなみに、縦軸に日数分換算をとるメリットは、2つある:

(1) 需要のブレが少なく一定の場合、需要曲線がちょうど45度の傾きの線になること
(2) 尺度が共通になるため、複数の品目間の比較ができるようになること

もっとも、日数分を計算するためには、個別の品目の平均需要量をおさえる必要がある。これはまあ、製品については取りやすいだろう。必ず出荷(納品)記録があるからだ。だが、工場内の品目となると、きちんと部品倉庫で入出庫を記録していないと、難しい。もちろん、生産量から部品表をつかって逆算(バックフラッシュ)することも可能だが、現場在庫の処理など、やや面倒ではある。


さて。営業所におけるあなたの話に戻ろうか。あなたは製品Xの在庫量が120個あることを確認して、今から本社に生産依頼をかけようとしている。ところで、じつは先月、あなたの先輩がすでに90個、生産依頼をかけていたことを、販売管理システムの端末から、あなたは知ることになった。すると、来月の月初に、90個が補充される訳だ。てことは、来月末の在庫は、いくつになる計算だっけ。

そう。こういうときに、流動数曲線の表示が便利なのである。月初に120個(24日分)ある。来月初に90個(18日分)入るから、累積で210個(=42日分)の供給線だ。営業所の供給線は、階段状になる(毎日工場から製品が供給されるわけではないので)。それに対して、需要線は、45度の右上がりの線になる。来月末(40営業日後)には、まだ2日分の在庫が残っている。しかし、42営業日(=2ヶ月と2日)後に、両者はクロスしてしまう。それは再来月の月初めだ。
欠品を起こさないための在庫手配入門(1)――まず、累積需給曲線を理解しよう_e0058447_20084552.jpg

だからあなたは、再来月中に欠品を起こさないためには、最低でも60-42=18日分(90個)の生産依頼がいるのかな、と考える。もっとも、それではまた来月の頭に手配をかけなければならなくなるから、やはり40日分(200個)を依頼しておくべきかもしれない。

ところが、外出先から隣の席に戻った先輩が、妙なことを言いはじめた。
「おい、製品Xの在庫のうち、55個はもう引当てしているからな」

引当て? 在庫の引当てって、なんだろうか?
(この項続く)


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  (2015-01-11)



by Tomoichi_Sato | 2020-07-20 20:18 | サプライチェーン | Comments(0)

お知らせ:BOM/部品表に関するオンラインセミナー講演を行います(6月16日)

お知らせです。
来る6月16日(火)に、BOM/部品表に関する有償オンラインセミナーを行います。昨年12月に行った対面セミナーのアンコール版です(お陰様で昨年は満員でした)。ただし昨今の情勢を鑑み、オンラインで受講可能としております。

2004年に「BOM/部品表入門」を上梓して以来、わたしは15年以上にわたって、BOM=部品表のマネジメント重要性を、訴え続けてきました。幸い本書はいまだに現役で、累計1万部以上が売れたばかりか、中国語版もかなり好評です。

いやしくも製造業である限り、どの企業も、BOMは必ず持っています(そうでなければ材料も購入できませんから)。しかし、BOMのデータをきちんとマネジメントできている会社は、決して多くないようです。なぜ、BOMのマネジメントが難しいのか。それは、生産の中核に位置づけられる基準情報であるにもかかわらず、複数の部門がいろいろなフェーズとタイミングで関わるからです。

とくに近年は、
 ・新製品開発・投入のサイクルが早くなった、
 ・製造のサプライチェーンが国境をまたいで海外に伸びた、
 ・企業買収や提携が進んだ、
などの要因が相まって、BOMデータの維持運用を難しくしています。

他方、最近は製造業でも「DX」ブームの声とともに、データ・サイエンスやデータ・マネジメントに関心が集まり、あらためてBOMのあり方が注目されているようです。さらに、BOP(Bill of Process=工程表)概念の普及や、海外を中心としたPLM(Product Lifecycle Management)ソフトウェアの発達など、この分野での進展も確かにあります。

今回は、前回の内容をさらにバージョンアップし、著書に述べた量産型製造業だけでなく、BOMを扱いにくい個別受注生産にも光を当て、「自分で考え身につく」セミナーを目指します。

BOM/部品表マネジメントに関心のある方のご来聴を、心よりお待ちしております。


<記>

BOM/部品表の基礎と効果的な活用ノウハウ

日時: 2020年6月16日(火) 10:30~17:30
主催: 日本テクノセンター(東京・新宿)

セミナー詳細: 下記よりお申し込みください(有償です)
なお、PC環境等の制限によりオンライン視聴が難しい方は、日本テクノセンター研修室でも受講が可能です。


よろしくお願いします。
               (佐藤知一)

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by Tomoichi_Sato | 2020-05-28 21:48 | サプライチェーン | Comments(0)

サービス経済から、ふたたび実物経済の時代へ

私のプロファイル」 にも書いているとおり、ここ数年は勤務先での中長期的なIT戦略の立案と遂行に、たずさわっている。世の中は少し前からDigital Transformation、略してDXというバズワードが席巻しており、わたしのような者のところにも、戦略コンサルやらITベンダーが入れ代わり立ち代わりやってきては、DXの話をしてくれる。何事も勉強と思い、ありがたく拝聴させてもらっているが、だんだん耳にタコができたような気がしてきた。だって、皆が同じ話をするのだ。

その最大のキーワードは、経済の『サービス化』である。サービタイゼーション(Servitization)という、あまり聞き慣れない英語もついている。これまでの世の中は、せっせとモノを作っては売る、物の経済の時代であった。しかしその時代は終わりを告げ、いまやサービスを中心としたソフトなビジネス・モデルに転換すべき時である。そう、来客の方々は力説される。

モノを作って売り切り、その時点で顧客と縁が切れ、しかも安値競争にさらされるような旧式のビジネスは捨て、これからは、顧客から継続的に収入を得る「サブスクリプション・モデル」に転換するべきである、らしい。すなわち経済のサービス化であり、これがなぜか、DXと共に語られている。御社もぜひDXを進められるべきです、それには、センサーとIoTとビッグデータ解析とAI(機械学習)の活用が必要で、という風にセットで売ってくださる話になっている。

さらに上記に加えて、「デザイン思考」と「アジャイル開発」と「MVP」が、おまけについてくる。MVPって誰のことかと思ったら、Minimum Viable Productの略で、実用になる最小限のプロダクト(といってもモノとしての製品ではなく、ECサイトのようなITシステムを指す)のだそうだ。デザイン思考を使ったグラフィックなファシリテーションをすると、驚くような素晴らしいアイデアが次々と生まれるから、それをベースに、アジャイルなチームが最小限のMVPシステムを短期間にローンチする。そこから顧客接点のデータを収集して、AI分析で製品改善に加速度をつければ、驚異的なスピードでビジネスが成長する、らしい。

あのー、ウチはプラント・エンジニアリング会社で、顧客の数はごく限られていて、一つの受注プロジェクトは終えるまでに3年も4年もかかるんですけど。顧客接点のMVPって言われても、何作ったらいいか想像もつきません。そうお答えしても、なにせ新しき良き便りをたずさえて来られるエバンジェリストの方々には、馬耳東風のようだ。

ご訪問いただく各社とも、いかに自社がユニークな顧客サービスに特化しているかを訴えるくせに、ほぼ同じ提案をしてくる点は、感心するくらいだ。外資系戦略コンサルタントも、欧米ITベンダーも、国内大手SIerも、ドイツ人も日本人もアメリカ人も、全員が似たようなことをいう。こういうのがグローバリゼーションというのだなあ。それとも世界宗教と呼ぶべきかな?

経済のサービス化こそ、救いにいたる道です。そういう話を聞いているうちに、ときどき瞼の裏に、ある工場の部品倉庫の姿が浮かんでくる。中規模な電子機器の組立工場だったが、真ん中にとても立派な部品倉庫を持っていた。そこに部品在庫を、16週間分も保持していると、説明者から伺った。つまり4ヶ月分である。在庫回転率にすれば、わずか年3回。会計士や経営コンサルが聞いたら、目をむきそうな数字だ。

その会社の名前は、Beckhoff Automation。ドイツの制御機器メーカーである。本社は北ドイツの小さな地方都市にあって、わたしは日本法人のご厚意で、3年近く前に、そこを訪れる機会をいただいた。同社は産業用のIPC(Industrial PC)を中心とした高性能な製品群を、開発販売している。

わたしは同僚と一緒に、同社の開発部門のエンジニアと、石油ガス系プラントでの応用についてディスカッションした。石油プラントは爆発性で危険なものを扱うため、安全計装には特別厳しいところがあり、さらにプラントの中はDCSが支配する世界だが、井戸元に近い領域では有用だろう。技術的な内容は省くが、そんな議論を交わした後に、本社の近くの工場の一つを見学させていただくことになった。

その工場の様子については、以前すでに一度書いたので、繰り返さない。平屋造りで天井は高く、内部も明るいし、ドイツらしく清潔で、良い工場だった。夕方近かったので、働いている人たちにもリラックス感があった(なにせ基本は、残業などしない人たちなのである)。でも一番印象に残ったのは、部品在庫を16週間分、持っている、という話だった。

なぜ、そんなに在庫を抱えているのか。それは、「日本に学んだ」からだ、というのだ。といっても、日本企業が得意とする、在庫ミニマムの“JIT生産”や“JIT納品”に学んだのではない。まるで逆である。あの恐ろしかった3.11の震災時に、サプライチェーンの途絶を見て、これは危険だ、と思ったらしい。部品がたった一つ欠けても、製品はちゃんと機能しない。だとしたら生産を継続するためには、部品を保つ必要がある。

ドイツには地震なんて起きないじゃないか。ま、それはその通りだろう。だが、どのような事態が起きて、外部からの供給が途絶するか、誰もわからない。現にドイツは数週間前から、東側との国境を閉ざしており、すでに自動車工場が操業停止に追い込まれた。今年のはじめ、誰がそんなことを想像しただろうか?

Beckhoff社の製品は、高機能・高信頼性が売り物の、産業用システムである。壊れたら、納入先の製造ラインや工場全体が止まりかねない。だから、すぐに代わりの製品やスペアパーツを納入できる体制が大事なのだろう。4ヶ月分の部品在庫は、それを保証するための担保なのである。

供給責任』という考え方がある。顧客が頼りにするモノは、継続して供給できるようにする責任が売り手にも生じる、との意味だ。医薬品や医療機器・材料の業界では当然とされる考えだが、他の業界ではあまりポピュラーではない。だが同社は、この考え方に立って経営判断をしていると、わたしは感じた。

産業用の製品は、当然ながら性能と信頼性が大切だ。ただ、「信頼性」には、製品の品質的な信頼性(故障率の低さ)以外に、供給の信頼性も含まれる。在庫という「実物」が、彼らの信頼性を保証する。だから、わたし達のような来客に、それをちゃんと見せて説明してくれるのだ。

もちろん、だからといって、バリエーションの多い製品の形で在庫を持つのは愚かだろう。同社は賢いから、そんな事はしないはずだ。部品の共通化をはかりやすい設計思想のもとで、共通部品を在庫するようにしていると思われる。そしてこれは、経営判断の結果である。Beckhoff Automation社はドイツの典型的な中堅企業(Mittelstand)で、創業者がオーナーの同族企業だ。だから、経営者が自分でリスクを取って、決めることができる。

ひるがえって、JIT納品を誇る日本のメーカー各社は、どうやって供給の信頼性を約束するのだろうか? たしかに日本のメーカーは、JITで在庫をギリギリまで削減したおかげで、内部留保のキャッシュはいっぱい持っている。サプライヤーも、忠実だ。だが、供給の継続は、手形のような「約束」でしかない。

いうまでもないが、パンデミックが世を覆う今は、不安の季節である。そして不安の反対語は、信頼ではないか。あなたは口約束と実物と、どちらを信頼するのか。

別の言い方をしてもいい。経済学風にいうと、世の中には実物資産と、金融資産がある。実物資産は目に見えて、その使用価値もはっきりしている。金融資産は紙の上の数字(あるいはどこかの計算機上のデータ)であって、実物資産との交換可能性を示しているだけだ。それが債権であれ手形であれ、あるいは銀行口座であれ、何らかの手段で、実物と交換できるはずだから交換価値があるのだ。

ただ債権も手形も、いや、たとえ銀行口座でも、貸し倒れになるリスクが必ずついて回る。いや、貨幣そのもの無リスクだろうって? でも、お札をよく見てほしい。「日本銀行券」と書いてあるはずだ。あれは実は、譲渡可能な銀行預金証書の一種なのだそうだ。え、日銀はつぶれない? うん。わたしもそう信じたい。だが、インフレでお札の交換価値がみるみる下がっていく可能性は、ゼロではない。実物資産の利用価値のほうが、むしろ安定してる。

ちなみに経済のサービス化におけるサブスクリプション・モデルは、モノの所有権を売買するのではなく、モノの利用権をベースに商売しよう、という思想だ。その事例を、わたしもずいぶん教えてもらった。

たとえば、ジェットエンジンというモノを売るのではなく、エンジンの稼働時間を売る。これは英ロールスロイス(Power by the Hour)、GEもやっている、賢いやり方だ。あるいは、タイヤを売るのではなく、走行距離を売る。これはミシュランとか、ブリジストンなどが試みている。IoTとセンサー技術で、データを取って分析し、活用もできる。かくして、モノを売るのではなく、成果を売るビジネスに転換が進んでいるのだ、と。

またゼネコンは、建物を売るのではなく、建物のサブスクリプション型ビジネスを、一斉に志向し始めた、とも聞いた。すなわち、不動産というアセットを所有し、保守メンテ付きで賃貸する訳らしい。これって、PFI事業と同じに聞こえたが、まあ顧客が民間の場合はPFIとは言わないのかもしれぬ。

あるいは、その昔、計算機メーカーがやっていた、大型ホストコンピュータのレンタルも、一種のサービタイゼーションだったのだろうか? TSSサービスも利用料モデルだった(まあ、こんな化石時代の話を知っているITエンジニアなんて、もうほとんどいないだろうが・・)。

サブスクリプション事業の利点は、大きく3つほどある、という話である。すなわち、

(1) 顧客からみて試しやすい。なにせ資産を買うより、ちょっとだけの期間の利用料を払って、試しに使ってみることができるからだ。言い換えると、新規顧客開拓が容易だ、ということである。

(2) 顧客の囲い込みで安定収入を得やすい。売り切りはワンタイムの収入に過ぎず、安定しないが、サブスクリプションならば継続的に日銭を得られる。

(3) 顧客と継続した関係を築きやすい。なんといっても、良い顧客体験(UX)を売ることで、フィードバックを得て、さらにベストなUXへと磨きがかけれられるし、新しいニーズを知ることもできる。

そういう風に、良い事だらけだと、推薦者たちはおっしゃる。だが、どうして光のあたっている良い面ばかりを見て、反対側を見ないのだろう? 物事には必ず両面がある、というのは基本的な常識、思考習慣だと思うのだが。

新規顧客を得やすい、ということは、顧客が離れやすい事をも、同時に意味している。それは当然だろう。隣にもっと魅力的なサービスを提供するライバルが出たら、顧客はそちらもすぐに試して比較できるのだ。したがって、上記のメリットは、スイッチング・コストが高くて、顧客の囲い込み(ロック・イン)が可能でない限り成立しないはずである。

スイッチング・コストとは、他の製品に替える際のコストである。たとえば、ジェットエンジンは、そう簡単に取り替えられない。だからロールスロイスやGEのサービスは成り立つのだ。

まあ仮に顧客を囲い込めても、まだ問題がある。

このサイトでは何回も書いているが、サービスとは、リソース提供ビジネスである。自社が保有している、人的リソースや、物的リソースの利用料(占有権)を、お金に変える商売だ。そして、リソース提供である以上、その稼働率が、収益性の最大の鍵になる。リソースの維持には、固定的にお金がかかる。だから、つねに高稼働率の状態で回っていないと、利益が出ない。

いいかえると、サービス業は、急激な需要減少に弱いのだ。今回のパンデミックの事態で明らかなように、航空機需要が落ち込んで、エンジンが地上で寝ている間は、サブスクリプションでは一銭もお金が入ってこないことになる。

もう一つ、サービス経済でまずい点がある。それは、需要回復のスピードだ。今回の危機が去って、世の中の需要が元に戻ったとしよう。その時、実物経済ならば、たしかに需要もV字回復するだろう。たとえば医療機関では、マスクその他が足りずに在庫が底を打った。もしもマスクの供給が無事に復活したら、元の在庫レベルまで補充・回復するため、沢山買うだろう。あるいは今後のことを心配して、もっと買いだめするかもしれない。つまり、需要はV字回復する。

しかし、サービスの場合はどうか。あなたは外出自粛要請が終わったら、たくさんの場所を旅行しまくるだろうか? ホテルに泊まりまくるだろうか? 映画を見まくるか? 飲み会を10件、はしごするか? それはちょっと、無理だろう。

低迷期が終わっても、サービス業の需要はV字回復しない。これがサービス経済と実物経済とで、最も違う点である。サービスは「同時性」(リアルタイム性)という特性があるからだ。サービスでは占有時間に応じて、料金ををチャージする。そして、誰にとっても時間は有限だ。1日は24時間しかない。

つまり、サービスは在庫できないのだ。

今回の騒ぎが終わって、パンデミックが去ったあと、どんな世の中になるのか、いろいろな予想がある。ただ、全くもとのままの姿には、もう戻らないだろうと、多くの人が予測している。その理由の一つは、リーン(在庫最小)でグローバルに伸び切ったサプライチェーンの、脆弱性が明らかになったからだ。

だとしたら、供給の信頼性を再び高めるために、また配下のサプライヤーに事業を継続してもらうためにも、ある程度の部品在庫を持っておく選択肢もあるのではないか。もちろん全部の会社が、4ヶ月分も部品在庫を保つ必要は、ない。だが幸にも、大企業の多くは、すでに無借金経営で、キャッシュを持っている。だったらそのお金で、国内のサプライヤーに発注し、自社の常備在庫を増やしてはどうか。むしろ今なら、良い買い物ができる可能性が高い。

このご時世に、金融資産の数字だけ積み上げたって、リターンはそれほどは多くあるまい。むしろ天下の回りものとして、実物経済に寄与するほうが、少しは役に立とうというものだ。お魚券の論議じゃないが、今の大企業は、貯蓄性向が妙に高すぎないだろうか。お金とは、生きた使い方をしてこそ、ご利益(りやく)があるはずなのである。


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by Tomoichi_Sato | 2020-04-23 22:48 | サプライチェーン | Comments(0)