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そうか、製造業のデジタル化って、そういう意味なのか

前回までのあらまし)工場で『製造IT担当』として働くあなたは、ある日、「全社DXチーム」の一員に任命され、会議のため本社に呼び出される。事務局を務める情報システム部次長のもと、経営企画・営業・設計・生産技術・品管など、社内各部の若手中堅が集められていた。何をすべきなのか皆で議論するが、甲論乙駁、なかなか方向性が定まらない。あなたは、社内の各種ITシステムがバラバラで、かつ情報が一方向にしか流れない状態を何とかすべきと訴える。と、そこに突然、DX活動の責任者である専務から電話が入る。指示を受けた情シス次長は、こう宣言した。

情シス次長「諸君、専務からだ。方針変更だよ。」

全員「ええ!?」

情シス次長「社用車の中からだったので聞こえにくかったけど、戦略コンサルの方々と接待の店に向かう途中で、さらにいろいろと話されたらしい。それで専務がおっしゃるには、ものづくりの中心は設計だから、DXは設計を変えなきゃいかん。すなわち、製品のアーキテクチャを改革しろ、と。」

設計「そ、そんな・・! 過去の設計資産はどうするんですか。全部捨てることになりますよ!」

情シス次長「でも、設計畑出身の専務兼CTOの、おっしゃる事だからねえ。それで、モジュール型アーキテクチャに変革すべきだ、と。なんでも、オランダのAD・・なんとかって半導体製造装置メーカーの話に、感銘を受けたらしい」

生産技術「今のウチの中核技術は、昔、専務がイギリスから導入したものですよね。今度はオランダですか。つくづく、欧米の輸入とモノマネがお好きらしい」

情シス次長「こら、余計なことは言いなさんな。ともかく、オープンな製品アーキテクチャにして、協力企業を呼び込み、エコシステムを形成しろ、とおっしゃってる。設計は全部3Dでデジタル化する。また技術開発も、オープン・イノベーションに切り替えて、ベンチャー企業を発掘投資する、という事です。すでにその方向で、コンサルとも話を始めたらしい。」

財務「コンサル費用のほうが、ベンチャーへの出資金よりもかかりそうで、心配ですね・・」

設計「・・自分は方針に納得できません。あとで専務に直接談判してみます」

情シス次長「ああ、君は専務の大学の後輩だったね。やってみたら? でも専務もプライドの高い方だからね、いったん口にしたことは、なかなか引っ込めないんじゃないかな。」

――じゃあ、工場側のシステムはどうするんですか?

情シス次長「設計が変われば、製造は自然とあとからついてくる、と。」

――・・・。

情シス次長「専務は工場の子会社化や海外移転を積極的に進められた方だし、製造現場の業務はあまり眼中にはないのかもね。」

――でも、さっきの僕らの話と、なんとか折り合いはつかないんでしょうか? デジタル技術で単調な工場労働を機械に任せる、とか、エンド・ツー・エンドのシステム統合って方向で、みんな一応納得していたと思うんですが。全部忘れるしかないのかな。

(その時、それまでずっと黙っていた標準化部門のベテランが、はじめて口を開いた。こわもてな顔つきだが、口調は優しい)

標準化「別にそれはそれで、両立するんじゃない?」

――どういう意味ですか?

標準化「文字通りの意味だよ。システムの統合と、現場の自動化・データ化と、製品の設計思想の改革と、三つ全部やるべきだろうね。むしろ、どれかを捨てたら、他も効果が出なくなる。」

――もう少し詳しくおっしゃってください。

標準化「さっき品管さんが言ったように、デジタル化はそれ自体が目的じゃない。手段のはずでしょ。で、戦略コンサルの今日の講演によると、流通サービス業や金融業のデジタル化ってのは、ビジネスモデルの変革が目的だって事だ。つまり『売り方の変革』だね。」

――はあ。

標準化「だとしたら、ぼくら製造業にとってのデジタル化のねらいは、『作り方の変革』になると思わない?」

経営企画「それって、現場にロボットとかを並べて作る、って意味ですか」

サービス「いや、いや。ウチの今の製品を、今の材料から、今の作り方していたら、たとえ人手を全部ロボットに変えたって、効率化がちょっと進む程度だよ。ぼくも昔、製造にいたから知ってる。もし製造を根本的に改良したかったら、製品の設計から直さなけりゃ無理です。」

設計「しかしモジュール型アーキテクチャへの転換で、製造の非効率が万事解決するとは思えません。」

サービス「いや、ポイントはそこじゃない。デジタル技術の製造業への一番のインパクトは、新素材の開発にあるんじゃないかって、ぼくは考えている。すでにこの何年か、CFRPやらナノファイバーやら、いろんな新素材が出ていて、我々のお客さんの業界にも、少しずつ広まっている。で、こういう新素材の開発って、AIとかシミュレーション技術で、そうとう加速しているらしい」

設計「MI、つまりマテリアル・インフォマティクス技術ですね。それで?」

サービス「結局ね、ものづくりでは、素材の革新が一番大きいと思う。技術の歴史を考えると、設計上の大きな変化は必ず、材料の進歩か、動力の発達によって起きている。自動車業界がEV化で今、あれだけ大騒ぎしているのも、内燃機関から電動への、動力の変化だ。」

――僕らの製品は、昔から電動ですけれど。

サービス「だから、大きく変化するなら素材の方だろう。今の材料は金属が中心だけど、金属加工って結局、鋳物にするか、削るか、折り曲げるか、叩くしかないよね。重いし、うるさいし、煙は出るしで、3K職場になる。でも新素材は全く別の作り方になるんじゃないかなあ」

生産技術「ウチの工場の機械で、扱えますかね?」

設計「新素材なんて、高くてダメですよ。」

――あの、もし性能が5倍や10倍になるんなら、今よりずっと高く売ってもいいんじゃないですか?

営業「ま、そんなに性能が変わるんだったらね。」

経営企画「その新素材を、ウチが開発するってことですか?」

標準化「さあて、ウチができれば最高だけれど、たぶん素材分野の企業さんの仕事だろうね。専務の言うように、ベンチャーかもしれない。でも、新素材を利用した製品設計と、それを加工する技術は、製造業各社のノウハウになるはずです」

設計「くどいですが、過去の設計資産はどうするんですか。全部捨てることになりますよ」

標準化「中核部分に革新的な素材が出てきたら、どうせ設計は全部見直すことになるんだよ。今のウチの技術標準なんかも、全部パー。だったら今のうちから、新素材の出現を予測しながら、設計思想の根本的な見直しを始める方が、賢くない? 欧米のライバルとだって、この点では同じゼロからの競争だからさ」

生産技術「そういっても、新素材の実用化までは、何年もかかるでしょ? それまではどうしますか」

標準化「専務のおっしゃるモジュール型アーキテクチャへの転換だって、試作や製造ラインの準備を入れたら、最低でも2年はかかるはずだよ。今の素材のままでもね。でも、デジタル化の成果がそれまで何も出ないじゃ、ぼくらも専務も、メンツが立たない。」

経営企画「そうですよ、DXにはクイックウィンが必須です!」

標準化「だからこそ、製造現場の自動化から手を付けるべきでしょう。こっちは目に見えやすい。それに専務はお忘れみたいだけど、ウチを含めて今の製造業の最大の問題は、若い人材が離れていくことです。エンジニアも技能員も、工場勤務と聞いただけで敬遠する。」

人事「本社からだって、やる気のある優秀な人財がボロボロ抜けています」

標準化「仕事の中身が変わらないからだよ。だから経験値のある、ぼくらオッサン世代がでかい顔をしてる。仕事の中身が大きく変わって、先がどうなるか誰も読めないときは、若手だって発言権が出るもの。それに、品管さんみたいに、とにかく単調な労働を減らさなきゃ、外国人だって働いてくれなっちゃうよ。仕事は、やって面白くしなけりゃあ、いい製品だって生まれない。」

人事「従業員のエンゲージメントって事ですね」

標準化「ただ、現場作業の自動化を進めたら、今度は当然、製造IT担当くんが指摘したような、バラバラ・システムの問題が表面化する。でも、幸い専務は、設計を全面的にデジタルにしろ、とおっしゃってる。だったら今度こそ本当に、設計部門は出図して終わり、じゃなく、部品表やCAMや生産スケジューラまでつながった、トータル・システムのフロントエンド役になればいい。」

情シス次長「でもそれも、長い道のりですよ。どっから手を付けるといいのかな。」

標準化「やっぱりね、真っ先に手を付けるべきなのは、最上流だよね。つまり営業と設計の界面です。お客さんの個別要求がすごく増えているでしょ? それをメールで設計部門が受け取って、毎回個別にチェックしては図面起こす、ってやってるから、設計の仕事量も増えるし、行き違いやミスが出やすい。そのしわ寄せは結局、製造と修理サービスに来るんです。」

品管「たしかに、そうですね。」

設計「詳細設計はなるべく、ベトナムの子会社にさせて、コストダウンと負荷分散しています」

標準化「でも設計を外注化したら、相手は新図面を作る事自体が仕事の目的になるでしょ? そうじゃなく、新図はなるべく、起こさない。できる限り標準図面で、まかなうようにしなけりゃ。営業所で直接端末に仕様データをインプットしたら、システムが機能型番を選定して部品表まで自動展開し、追加設計の必要箇所だけ設計部門に回すようにかえるべきです。そうすれば設計の仕事量も減る上に、ミスもなくなるし。」

営業「台湾のライバル会社はそんな風だって聞いたなあ。そうしてくれると助かるんだが」

情シス次長「たぶんそれ、コンフィギュレータって種類のソフトの応用じゃないかな」

経営企画「・・ちょ、ちょっと待ってください。頭がこんぐらがってきた。整理させてください。
(ホワイトボードに駆け寄って)コンサルの方が言っていた、流通サービス業とか金融業のDXって、まずMVPのアプリ作って、魅力的なUXと、AI分析機能で、顧客、つまり買い手のエンゲージメントを獲得する訳です。これがSTEP-1。」

情シス次長「うんうん。」

経営企画「それから、アジャイル開発を高速に回して深掘りし、ニーズの変化に即応できる仕組みを作ります。これがSTEP-2です。STEP-3では、リカレントなビジネスモデルに変革する。これが最終ゴールです。これって、今やろうとしていることと、全然違いますね!」

――そうでもないかもしれませんよ。だって、最初にやるのは、製造現場の自動化・情報化ですけど、それは効率よりも、まず働き手のエンゲージメントを上げる取り組みでしょう?

品管「次は、営業からサービスまで、双方向に情報がフィードバックできるような、統合的なシステムです。これは、ウォーターフォール型から脱して、アジャイルな即応力を作るんだって、さっきご自分でおっしゃってました」
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経営企画「・・言われてみればそうですね。すると最終ゴールは?」

設計「製品アーキテクチャからの設計の変革です。」

標準化「つまり、『作り方の変革』ね。」

経営企画「えと、リカレントなビジネスモデルは?」

――そこまでシステム化できれば、海外工場に展開する時に、製造ノウハウの90%は、ブラックボックス化して持っていけませんか。10%だけ移転するなら、今みたいに立ち上げに苦労はいらなくなります。提携の相手方だって、僕らから離れにくくなるでしょう。

財務「そこまで製造がスケーラブルになれば、資本のレバレッジを効かせたビジネス戦略も考えやすくなりますね」

情シス次長「3つのSTEPとも全部、ぴったり符合しているじゃないか。」

経営企画「ホントだ。そうか、製造業のデジタル化って、そういう意味なのか」

情シス次長「それにしてもあなたは、こういうマンガを描かせると上手いなあ」

経営企画「それって、ほめてくれてるんですよね(笑)。でもなんだか、腹落ちしました」

設計「でもこれは、一般解じゃなくて、我が社の状況という境界条件を入れた特殊解ですね。」

営業「またあんたは、難しいことを言う。でもさあ、さっきの客先仕様を入れると自動展開するソフトの話だけれど、あなたとしては、どう思うの?」

設計「・・考えてみると、これは仕様から機能セル単位への展開ですね。だとすると、たしかに専務のモジュール型アーキテクチャ構想につながりそうだ・・うーん。面白い、ぜひやってみましょう。」

情シス次長「お、さっきは凹んで、専務に直談判に行くとか言ってたけど、立ち直りが速いね(笑)」

設計「自分が前から考えてたアイデアがあったんです。でも、今のままじゃ使えないと諦めていました。これだったら、生きるかもしれません。」

標準化「どうせ無理だと、この会社の人はみんな諦めてるんですよ。それでますます、何事も無理になっちまう。あんた一人だけでも、このループから抜け出したら?」

設計「はい。ありがとうございます」

情シス次長「なあに、君一人じゃない。ぼくらも応援するから。」

経営企画「でもどうして、アーキテクチャ改革だけでなく、三つが全部必要なんですか?」

標準化「経営企画さん、たまには、人の話ばかり聞いていないで、自分でも考えてみなよ。」

生産技術「でもさあ、何だか全体、お金がかかりそうだなあ。大丈夫なの?」

情シス次長「財務さん、減収減益でボーナスはカットされたけど、実はうちは無借金経営だよな」

財務「・・まあ、その通りです。内部留保を戦略的な成長投資に使わないのなら、配当に回せと、投資家からはいつも責められています」

営業「じゃまあ、俺たちが上手に使って、財務さんの苦労を少し減らしてあげますよ(笑)」

財務「でも、こういうデジタル化の費用対効果を、トップにうまく説明できますか?」

標準化「ぼくが運転免許を取った若い頃はさあ、全部マニュアル車だったんだよね。ギヤシフトとか、坂道発進とかを練習させられたもんだ。当時、オートマの車は値段が高いだの、燃費が悪いだの、カーマニアからは散々言われてた。」

財務「??」

標準化「でも今じゃ、街中を探したって、マニュアル車なんかほとんど走ってないでしょ? カーナビもそう。出たときは、そんなもの装備したって、運転が上手になる訳でも、ハンドルさばきのキレが良くなるわけでもないって、みんな言ってたよね。でも今じゃ、カーナビはあって当たり前です」

財務「オートマチック車は現場の自動化に、カーナビはITシステムに相当する、ていうことですか?」

――うーん、確かにそうですね。それなのに僕らの工場では、車にたとえると、今でもマニュアル運転で、毎朝みんなで紙の地図を見ながら、道を探している状態です。海外のライバルなんか、もう自動運転への道を歩んでいると言うのに。

標準化「そいつを称して、『第4次産業革命』とか言うんじゃないのかな。」

情シス次長「・・どうも、ありがとうございます。おかげで議論の方向性がまとまってきました。でも先輩は、どうしてそんなにいろんな物事が見えてるんですか?」

標準化「標準化部門は仕事の傍流だからね、ライン業務の流れに何か無理があると、かえってわかるのさ。それにウチの技術屋は、それなりにみんな優秀だ。機械も、材料も、電気も、制御も、ITもね。だからぼくは、どこの大学でも教えていないけど、みんなが必要とする技術について、ずっと考え続けてきた。」

――教えてないけど、みなが必要とする技術って、いったい何ですか?

「管理のための技術だ。マネジメント・テクノロジーだよ。」

(完)


<このささやかな対話編を、職場の同僚にして畏友、故・秋山聡氏の霊前に捧げます。氏は「マネジメント・テクノロジー」という言葉を作ってわたしに教えてくれたばかりでなく、その普及のために粉骨砕身、尽力されながら、志半ばで亡くなられました。秋山聡氏のご冥福をお祈りいたします。

なお、この対話はフィクションです。特定のモデルはありません>


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by Tomoichi_Sato | 2020-11-15 12:00 | ビジネス | Comments(2)

ふーん、デジタル時代には双方向のインテグレーションが必要って事?

前回からつづく)

――ええと、今日このDXチームで議論しているうちに、やっと自分の言いたいことがわかってきました。たしかにウチの社内の各システムの間には、インターフェイスはあります。でも、全体がつながるって、別のことだと思うんです。

情シス次長「意味がまだよく分からないけど。」

――つながるって、1方向だけじゃダメだと思うんです。両方向のループになっていないと。最近のデジタル技術、例えばロボットとか、3Dプリンタとか考えてみてください。プログラムが命令をして、ハンドやノズルを動かすんですが、でも対象物の種類や状態を見て、自分の側の動きも調整できるでしょう?

生産技術「フィードバック制御をかける、っていうこと?」

――そうですね、フィードバックです。動く主体と、働きかける対象との間がループになって、対象のデータが戻ってくる点が大切なのです。それによって、次のアクションを変化させます。そうしないと、物理世界とうまく関われないのです。現実社会は変動が大きいですから。それも、速いスピードでフィードバックが戻ってこないと、役に立ちません。

設計「何を言いたいんだね。」

――例えば製造原価の大半は、設計で決まります。設計部門からは、図面と仕様書の形で、情報が工場に渡ってきます。でも設計者の所には、実際の製造原価のデータが戻っていないでしょう?

設計「だから、早く製造原価管理システムを入れるべきだと、さっき言ったばっかりじゃないか」

――はい。だからこれって、片つながりで、フィードバックループになっていないんです。納期についても同じことがいえます。営業さんが受注伝票を起こして、納期を工場に連絡します。でも現実の納期はさっき言ったような状態で、ちゃんと営業さんに返せていません。

営業「それやってくれると、すごく助かるんだけどな」

――品質も同じです。品質の大半は、工程設計で決まります。でも製造記録と品質データがつながっていないので、生産技術に毎回の品質実績を戻すことができません。サービス部門も同様です。保守の指示は工場から出ますが、お客さんの実際の使用状況は、工場にも設計部門にもすぐには戻ってきません。人事採用だって、同じでしょう。

人事「つまり・・」

――つまり全然スピード感がない、ダイナミックじゃない、ってことです。現実の動きに対応して、いろんな部署がつながりあって協力し、即応できるような能力を作るのが、製造業のデジタル化の目的じゃないんですか。デジタルは伝票や月報や喋り言葉よりも、はるかに速いですし、広く伝わりますから。

品管「たしかに、今の仕組みって、受注から始まって、最後の出荷納品まで、いろんな部署のシステムの間を案件の情報が流れていきますけど、バケツリレーっていうか、水が河を流れていくみたいな、一方通行ですね。」

経営企画「そっか! 会社全体がウォーターフォール型なんだ。それをアジャイル型に変えようってこと? たしかにアジリティって素早さのことですよね。ふんふん、それがさっきのコンサルの人の言っていた、企業のダイナミック・ケイパビリティってことか!」

――かもしれません。中でもとくに、ループが切れていて、データのつながっていないのが、工場の生産管理と製造現場の間なんです。本社の受注オーダーから現場の製造指図につなぐ、生産スケジュールもExcelですし、製造日報と品管日報から製造実績を集計するのもExcelです。

生産技術「ついでに言えば、設計部品表から製造部品表への展開も手作業、製造仕様書からNC加工や搬送ロボットのプログラムも手修正だな」

情シス次長「まあたしかにそれじゃ、アジリティからは全然遠いね。ふーん、デジタル時代には、受注から製造現場、製造現場から顧客サービスの現場まで、双方向でエンド・ツー・エンドのインテグレーションが必要、って事かい。顧客の要求仕様をインプットしたら、工作機械のプログラムや検査器械のセットアップまで、してくれると。そうなりゃカッコいいけど、お金のかかりそうな話だ。」

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――でも、すでに海外のライバル会社は、そっちに向かっているような気がします。

営業「それどころか、お客様も最近じゃあ、製品だけじゃなく3D-CADのデータも収めてくれ、なんて言い出しているところがあるよ。今は平身低頭、2次元のCAD図面で勘弁してもらっているけどね」

――あるサプライヤーさんによると、実際、ウチの韓国の競争相手からは、図面のFAXではなく、属性付き3D-CADデータで注文が来るのだそうです。なので、そこから製作図をすぐに展開・作成しているようです。

営業「どうします、設計さん? 既存のCAD図面に手書きでマークアップして、関連部門やサプライヤーに流す時代じゃない、ってさ。最終納品時までに図面をCAD化するんじゃ、時代のスピードに遅れるみたいですよ。」

設計「3D-CAD化は粛々と進めています。しかし、属性まで入力するなんて、技術部の仕事でしょうか。なんでもCADに入力すればいい、というものではないですよ。少なくとも今の人員と出図納期では、とうてい無理です。もし必要なら工場側で入力してほしいです」

生産技術「いや、そもそもCADってのは、図面清書用の道具じゃなくて、CAMとBOM展開のためのフロントエンドとして位置づけてほしいなあ。そうすれば設計納期の考え方も、がらりと変わるもの。」

設計「いや、過去の膨大な設計資産があるのだから、それを活かすことが省力化の道です」

情シス次長「どうやらエンジニアリング・チェーンを製造現場に結びつけるまでには、まだハードルが高そうだね。他に、どこから手を付けたらいいんだろ。」

財務「だから、製造原価管理システムからじゃないですか?」

――やはりそっちの話になってしまうんですね。でも現場の作業時間の実績を取るのが、また難問です・・

品管「あのぉ、質問なんですが、セットアップ時間のコストって、原価はどこにつくんですか?」

生産技術「セットアップって、機械の段取り替えとか、例の画像検査装置の設定替えの作業のこと? だとしたら、次に作る製品の原価だろうな。」

財務「その製造ロットの原価に計上するのが決まりです」

品管「でもそれって、不思議じゃないですか? だって、こないだも工場では、午前中にAラインである製品を作って、終わったと思ったら、夕方Cラインで同じ製品を流し始めたんですよ。連続して作れば、セットアップなんて不要なのに」

――客先からの急な飛び込み変更で、生産スケジュールがたまたま、そうなっちゃったんだと思います。なにせウチは多品種ですから。今、部品加工マスタだけで3万点近くあるんです。

品管「それって、作る製品のためのコストなんでしょうか? セットアップ作業って、工場ではすごく多いんです。それを減らすのも、コストセンターとしての工場の責任範囲なんでしょうか。」

生産技術「もう少し、内作加工で作る部品のバラエティを減らしてもらえると助かるんだけどな。」

設計「設計側としては、個別の客先ニーズに合わせて、部品を1mmでも小さく、1gでも軽くしていくのがミッションです。それが原価低減になるはずじゃないですか。」

――でも確かに、バリエーションが増えると、製造で目に見えないコストがかかるんです。

生産技術「1mm違ったって、NC工作機械のプログラムは書き直さなきゃいけないし、セットアップも変えなきゃならない。コーディングと実作業と教育の手間が増えるよね。」

設計「NCプログラムに、長さのパラメータだけその都度、渡してやるようにできないのか」

生産技術「あのねえ、そもそもNCプログラムってのは、工作機械メーカーによって少しっつ違うんですよ。ウチは昭和時代からの各種機械を大切に使ってるからね。その部品をどの機械にかけるかによって、直す箇所も変わる。どの機械にかけるかは、生産スケジュール次第です。」

設計「だったら、NCプログラムを標準化しておいて、機械ごとに自動コンバータを作ればいいじゃないか。頭を使ってください。」

生産技術「それより、設計で部品をもっと標準化していただけませんか、って言ってるんだけど。」

――そうですね、そうしていただければ、流用設計の手間も減るはずですし。既存の部品を使うほうが、トータルでは安いってことになりませんか。

設計「広い範囲で部品を共通化するのは、今の製品アーキテクチャじゃ無理ですね。設計思想を根本から変えれば別だけれど、そうしたら、過去の設計資産が全部ムダになってしまうから、部門としては絶対に飲めません。それに、そんな事がDXですか」

情シス次長「まあ、多品種化は、製造業の宿命なんじゃないの。」

人事「・・なんだか議論がデッドロックですね。品管さんが去年導入して、コスト低減で社員表彰までもらった画像検査装置なんかは、画像認識でいわばAIの一種なんだから、あれを軸にしてDX展開を考えられませんか?」

品管「DXの目的って、DXをすることなんでしょうか。・・あの、生意気いってすみません。でも、あの装置を入れたのは、コストダウンがねらいじゃないんです。ホントは、あの全品目視検査っていう工程を、なくしたかったからなんです。」

人事「どういう事ですか」

品管「私、工場に配属になって最初にショックを受けたのが、あの検査工程を見たときだったんです。部屋の中に机をぎっしり並べて、大勢の人、それもほぼ女の人ばかりが、一つ一つ部品をチェックしていました。なんだか息が詰まるような気がして。」

生産技術「まあ、あの手の仕事は、忍耐力のある女性向きだからな」

品管「でも、来る日も来る日もずっと、ただ検査用ルーペで部品を全品にらんで、ひたすら欠陥を探すだけの単調な仕事なんです。それって、皆さんは、自分の妹や弟にやらせたい仕事ですか?」

設計「だったらそういう仕事は、中国かベトナムに出せばいいじゃないか」

人事「まあ待ってください。中国人やベトナム人だって人の子ですよ。他に職がなければどんな仕事だってやるでしょうけど、単調でやりがいのない労働って、お金だけが目的になるから、諍いや退職が多くて、労務管理がすごく大変になるんです。」

品管「それで、以来ずっと何年も、あの仕事をなくせないかと考えていました。やっと去年頃から、どうやら何とかウチも手の届く値段で、実用的な精度の機械がでてきたので、誤認識の問題とかいろいろありましたけど、とにかく使えるようにしたんです。」

――それで、精度も上がり、コストも下がったんですよね。

品管「でも、それよりも、単調でつらい仕事を、世の中から一つ減らした、って事のほうが、ホントは自分にとって大切でした。デジタル化って、よく分からないですけど、機械的な労働から人を解放できる、っていう意味なんじゃないでしょうか?」

財務「それがコストに見合えば、ですね」

品管「もちろんそうです。ここは会社ですから。でも工場の中には、目視検査の他にも、人間らしくない仕事がいっぱいあるんです」

経営企画「そういうのって、なんで全部ロボット化できないんですか? 単純にコストの問題?」

――そうでもないと思います。結局、ロボットって、石頭で融通がきかないんです。位置精度も妙に要求が高いし。画像認識もそうですね。それに比べて、人間て器用で臨機応変です。ものを見て、それが何だか判別して、不定形な品物でも適度に手で持って運んでくれますし、位置が少しずれていたって分かります。

生産技術「ロボットって、バリエーションや例外に弱いんだよ。画像認識とか、3Dプリンタとかだって同じ。デジタル化したきゃ、もっと標準化を進めなけりゃ。」

――結局人間がありがたいのは、その場で判断してくれるからです。判断といっても、別に高度なことじゃありません。リンゴかみかんか、皮にキズはあるのか、腐ってたら捨てるべきなのか、たとえて言えばそんな事なんです。

設計「人間の判断には、判別と、決断の2つの面がある。そのうち、判別の方は、AIがだんだんやってくれるようになるから、不要になる。デジタル化で、人間の決断だけが残る、と言うことですか」

品管「決断だって、ルールが決まっていて定量化されていれば、機械に任せられる分はかなり多いと思います」

――そうやって引き算していけば、残るのは、人間が決めるべき大事な決断だけになるでしょうね。データ化とルール化と、自動機械化を進めていけば、人の仕事からきつくて単調な部分が減って、もっと働きやすい職場になるはずです。

人事「デジタル技術は、さっきおっしゃていたように、物理的な世界と直接関わるように進化してきた訳ですから、データ化と自動化によって、人の仕事から、ロボット的な部分を取り除くことになるんですね。それが製造業のデジタル化だと。それって、働くことが楽しい工場・職場を作るんだから、良い話じゃないですか。」

情シス次長「ふーん、そっちの方が近そうだねえ。DXで現場作業のデジタル化かあ。
(そのとき突然、携帯電話が鳴り出す)
はい・・あ、専務! いえ、まだ打合せの途中で・・え? はい、それはもう・・。
(後ろを向いてしばらく小声で話してから、急に皆の方を振り返る)
諸君、専務からだ。方針変更だよ。」

全員「ええ!?」

(次回完結)


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by Tomoichi_Sato | 2020-11-08 23:48 | ビジネス | Comments(1)

製造業のデータって、ほんとはDXに向いていないのかもしれないね

前回のあらすじ)あなたは、ある製造業の工場に勤める若手のエンジニアだ。案外パソコンに詳しい、などとおだてられて手製のツールなどを作っているうちに、いつのまにか工場長から『製造IT担当』なる係にされてしまった。なんだか技術者というよりも便利屋みたいだな、などと思いながら、それでも製造ラインのデータを取得するIoTなどの仕組みを工夫したり、生産管理システムの改修要件をとりまとめたりしてきた。

そんなある日、本社から突然、「全社DXチーム」のメンバーに任命されたから会議に来い、と命じられる。専務が委員長で、情報システム部の次長が事務局長だ。社内の主な部署から、若手中堅メンバーが集められている。だが、参加してみたものの、皆、何をすればいいのか思案顔であった。最近のデジタル技術は、従来のサーバとPCの中のITより、現実世界とインタラクションが強い、だからそれを利用すればいい、という意見もでた。だが、あなたは何かまだ「つながりが足りない」と感じて、思わずそう発言した・・


生産技術「つながりが足りない? よく分からないな。」

――さっき、ウチの現場は生産管理システムで回っていると言いましたが、それは正確じゃありません。実際には、生産管理システムの個別納期を元に、工程担当者がExcelの工程表を毎日作って、現場の職長に配布しているんです。

設計「そんな事してるのか。」

――はい。現場はその表をもとに作業順序を決めますが、都合によっては必ずしもその通り着手しないし、その通り完成できないこともあります。

品管「検査ではねられて、作り直しも結構ありますよね。」

――だから、実際のところは、どのオーダーがどこまで進んで、最終出荷日がいつになるのか、納期に間に合うのか、現場に聞いて回らないとよくわからないのです。

営業「だよな。だからいつもこっちはお客に責められて、こまっちまう、」

――ええ。そこで工程係には「追いかけマン」がいて、進捗確認をして回っています。

経営企画「だったらそれ、現場にカメラつけて進捗データの収集やりません? AIの画像処理で、追いかけマンに知らせるんです。すごくDXですよ」

――いや、そもそもExcelと進捗の「追いかけマン」は、なんとかやめたいと思ってるんです。ていうより、問題なのは、上位の生産計画と、現場のスケジューリングがスムースにつながっていない事です。ドローンとか3Dプリンタとかいったデジタル技術って、情報処理と物理的な世界が、スムースにつながっているでしょう? でも、ウチの製造現場はそうなっていないんです。

品管「たしかに製造記録と品質データも、つながっていません。あとでロットをトレースするのが、いつも大変です」

生産技術「設計図とNCのプログラムだって、つながってないぜ。そもそも設計部品表と製造部品表だって、俺達がいちいち、手で変換してるんだからな。勘弁してほしいぜ」

設計「設計部品表は、ちゃんとデータ形式で渡しているはずです。なんで自動変換しないんだ?」

――工場と本社で、部品の品番が合っていないんです。それだけじゃありません。営業の月次販売予測と、工場の生産計画も、合っていません。営業が多めにサバを読むからって、工場側で減らしています。

営業「おいおい、聞き捨てならない事を言ってくれるじゃないか。サバを読んでるだとぉ?」

人事「まあ皆さん、ちょっと落ち着いてください。たしかに、あちこちギャップがあるのは分かりました。でも一応、人が介在するにしても、なんとか仕事は回っている訳ですよね。注文を受けたものが出荷できない、といった事は起きていないんですから。これをもっとつなげるのが、製造IT担当さんのいう、デジタル化なんですか?」

――すみません、ぼくはただ、情報系と物理的な世界が、スムースにつながっていない、という事を言いたかっただけなんですが。

(その時、会議室に情報システム部の次長が、汗をふきふき入ってくる)

情シス次長「いやー、ごめんごめん。廊下で、今度来た常務につかまっちゃってさあ。君、ちょっと一言、とかいわれて、部屋でしぼられちゃって。」

人事「常務って、あの銀行から来られた方ですか?」

情シス次長「そうそう。それで、DXチームを集めて活動をはじめましたと言ったら、SAPの話をされるんだよね。『SAPも十分使いこなせないようだから、日本企業は世界に勝てないんですよ』とか言われてさあ。もう、大汗かいたよ」

財務「SAPだったら、ちゃんと使いこなしてますけれど?」

情シス次長「そりゃ会計と販売は、一応ね。だが、肝心の生産系から購買がつながっていない。だからきちんとした原価管理ができていないんだ、個別の受注が儲かっているのかどうかも分からないで、なにがERPだ、って言われてね。いま全社DXで検討してますからって、やっと逃げてきたよ。いやはや、まいった。」

財務「そんな事、安請合いしないでいただきたいですね。たしかに製造の個別原価管理は、大きい課題だと思っています。ですが、同業他社だって、SAPをそこまで生産系に使い込んでいる会社はないです。」

設計「なぜなんですか。ウチの業界だけが製造業で特殊だとは言えないでしょう。キチンと使いこなせないのは、工場側に問題があるとぼくは思います。」

――でもSAPって、細かな生産スケジュールの変更に弱いって聞いたことがあるんですが。

設計「それは、機械がしょっちゅう故障して止まったり、サプライヤーの納品がしょっちゅう遅れたりするからじゃないのか。工場の管理の問題に思える。」

――それは確かにありますが、仕様変更や急な納期の変更など、工場では抑え切れない原因もあるんです。客先の先行内示と、実需がかなりばらつく問題もあります。

営業「それは、ウチだけじゃ抑え切れないな。お客様の都合だから。」

経営企画「でも、新しいビジネスモデルを創造するために、DXを進めるのが僕らのミッションでしょう? そのために顧客接点のデータを蓄積して、AIとアジャイルで高速に回すのが、DXの方程式ですよ。せめて製造原価くらいは分析できるんじゃないですか。SAPの受注データと、生産管理システムのデータを組み合わせて、AIで分析すれば。」

人事「そうですね。社内にはすでに、かなりの過去データが溜まっているはずです。ビックデータ解析できるんじゃないですか」

情シス次長「同じことを、さっき常務さんにも言われたよ。でもね、障害が2つあるんだ。1つは、生産管理システムと財務の過去データが、ちゃんとつながっていないこと。ウチの生産管理システムときたら、20年以上前に稼働したレガシーだけれど、SAPは3年前にやっと稼働したからねえ。それ以前の財務データなんて費目コードやフォーマットが違うし。」

経営企画「フォーマット変換とかできないんですか?」

情シス次長「できなくはないが、 別の問題もある。皆さんが思うほど、ウチのデータはビッグじゃないんだよ。」

経営企画「どういうことですか」

情シス次長「ウチみたいな製造業は、データの全体量は多いけど、言って見れば狭くて深いデータなんだよね。受注一件ごとに見れば、受注・設計・購買・生産・検査・出荷… と、つながりは深いけれど、件数が少ない。年間のオーダー数、つまり製番の数は数千の下の方だ。 IT用語で言うと、テーブル数が多くリレーションが深いが、トランザクション数が少ない。たとえてみれば、井戸か洞窟みたいなもんだ。」

経営企画「はあ?」

情シス次長「 AIのいわゆる機械学習は、広くて浅いデータに向いているんだね。つまりデータ項目数は多くても良いが、複雑につながっていないシンプルでフラットなデータが、たくさんある状態に向いているんだ。プールみたいなもんだね。それでも、教師なしデータの学習には、一声、十万件が必要だと言われちゃう。10年分でも、全然足りない」
製造業のデータって、ほんとはDXに向いていないのかもしれないね_e0058447_22354947.jpg

品管「最近では、GANとかいう、少ないデータでも学習できる技術が出たって、読みましたけど。」

情シス次長「さすがにあなたは、よく勉強しているね。画像処理の分野では、確かに進歩してるらしい。でも、お金や納期の分析の分野では、どうかな。ウチみたいな製造業のデータって、ほんとはDXに向いていないのかもしれないね。もしウチがもっと超大企業なら、件数も多いだろうけど」」

設計「何とかならないんですか?」

情シス次長「教師あり学習なら、もう少し少なくても済むらしいんだ。でも、今度は過去のデータに、僕らが一つ一つ手でラベリングしなければならない。君はそんなこと、やりたくないでしょ? 」

設計「それは技術部の仕事じゃありません」

情シス次長「DXなんて、どこの部の仕事でもないさ。そういえば今朝、家内が、僕の予定表にDXチームって書いてあるのを見て、『このデラックスチームって、何のこと?』って聞いてきたっけ、あっはっは。」

(一同、つまらぬ冗談にしらけつつ、しぶしぶ笑う)

営業「どうするね、製造IT担当さん。つながりが足りないってご説だったけど、むしろつながりが多すぎるってさ。」

情シス次長「つながりが足りないって? これでも、社内システムのインタフェース構築には、苦労しているんだけどなあ。」

財務「でもかなり、ツギハギなのは事実です。」

品管「とくに工場の中がつながっていないんです。あちこち手作業があって・・どうしてなのかしら?」

――システムは各部の手作りですから。

設計「工場はコストセンターで、その使命はコストダウンじゃないか。なぜ原価管理だけでもまとめられないんだ。」

生産技術「お言葉ですけどねえ、先生。そのコストセンター政策で、3年前にぼくら工場は100%子会社化したじゃないですか。処遇は変わらないけれど、コストセンターなんだから、利益を上げちゃいけない、全部配当で召し上げる、って状態ですよ。どうやって再投資しろって言うんです?」

財務「必要性があれば、本社が投資を負担する決まりになっています。」

――その説明が、難しいんです。システム導入してもすぐ在庫が減る、コストが下がる、と言うような直接効果が見えないものも多いので。

品管「SAPは、入れたら在庫が下がるって話を聞きましたけど、実際はどうだったんですか?」

営業「実際には減っていないね。誰のせいだか知らないけど」

情シス次長「まあ、SAP導入はさあ、アメリカ帰りの管理部長の、鶴の一声で進められたものだからね。社長の息子さんには、誰も逆らえないじゃないか。ああでも言わないと、株主に説明がつかなかったんだよ。」

設計「そうやって、つぎはぎだらけのシステムを作っていくから、インターフェイスがやたらと増えるんです。当社における、長期的なITのグランドデザインが必要ですよ。」

情シス次長「耳の痛いお言葉だけどね。情報システム部も、コストセンター部門なんですよ。ユーザ側からの要求があって、初めてシステム投資ができる決まりです。自分で投資方針を決められないのに、グランドデザインを作るのは、まぁ難しいですね」

人事「なんだかまた、議論が堂々巡りになっていませんか。全体を考える人がいない。だからつぎはぎになっている。でも、つぎはぎでも一応仕事は回っている。だから全体を考える人がいない。」

――・・いや、やっと自分の言いたいことがわかってきました。たしかにインターフェイスはあるんです。でも、全体がつながるって、別のことだと思うんです。」

(もう一度つづく)




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 (2020-10-24)
  (2020-10-12)


by Tomoichi_Sato | 2020-11-01 22:48 | ビジネス | Comments(0)

いや、そもそもデジタル化って、どういう意味なのさ?

――(あわてて会議室に入ってきて、まわりを見渡す) 遅くなって、どうもすみません。急な現場のトラブルで、電話で呼ばれちゃって。・・あれ、もうお客様は帰っちゃいました?

財務「うん、先ほど帰られたよ。」

――そうですか、せっかくの話を聞けなくて、残念です。それと、専務と、情シスの次長は?」

営業「専務はお客様と一緒に行かれた。たぶん今夜は会食するんじゃないかな。情シス次長は、エレベーターホールまでお見送りにいっただけのはずだけど、まだ戻らないね。みんな、待っているんだけどね」

――じゃあ、ぼくらDXチームの社内打合せは、まだ続けるんですね。少し遅れても、来てよかったです。コンサルタントの方々のお話って、どんなでした?

経営企画「いやあ、すごくカッコよかったですよ! GAFAの戦略からはじまって、VUCAの時代にはイノベーションを起こさないと生き残れない、そのためにはデジタル技術をコアに、スモールスタートでいいから、アジャイルなチームをフェイルファーストで高速に回していく必要がある、魅力的なUXでユーザを巻き込んで、リカレントなビジネスモデルを作るのが『DXの勝利の方程式』だから、皆さんの活動こそ、これからの御社を救う道ですって言われて、僕は感激でした。製造IT担当さん、聞けなくて残念でしたね」

生産技術「うーん、そうかあ? 俺にはピンとこなかったけどねえ。なんだか遠い世界の話みたいで。」

設計「GEの、IoTを使ったデジタルツインの事例は、技術屋として興味深かったですよ。」

経営企画「コマツさんのKOMTRAXの事例も、面白くありませんでした? 製品を売った後まで、サービスとしてビジネスを組み立てられるんですから、すごい先見の明ある戦略ですよ。プラットフォームを制するものは、デジタル時代を制す。僕らもやっぱりプラットフォーマーを目指さなくちゃあ!」

財務「わたしはスペインのBBVA銀行の話は少し聞いていましたけど、詳しく知ったのははじめてです。」

営業「でもねえ。銀行と違って、ウチは消費者相手に物売ってないし。ウチが製品を納める相手はメーカーさんで、基本B2Bだからねえ。便利でカッコいいWebサイト作ったからって、注文はくれないよ。コスト勝負だもの。」

――じゃ、ぼくらはどうやって、DXってのをしたらいいんでしょう? コンサルの人は何かヒントはくれなかったんですか。

営業「いや。答えを知りたければ、こっから先は有料で、ってことじゃないかな。」

品管「コンサルタントって一般に、答えを考えるのはお客様で、ただ答えをだすのを助けるだけ、って私以前ききましたけれど。」

生産技術「そうなの? 使えねえ奴らだなあ。」

財務「それはケース・バイ・ケースだと思いますが。」

品管「でも結局、考えるのは私達なんじゃないでしょうか。製品も作り方も売り先も、知っているのは私達ですから。」

経営企画「ぼくらが知ってるのは、現状のビジネスですよね。で、現状のままでは先行きがない。だからデジタル技術で変革しよう、というのがDXでしょ?」

――たしかにそうですね。でもなんか、議論が堂々めぐりしていませんか。

人事「今の業務プロセスを洗い直して、デジタル化すべきところを進めましょう、というのがキックオフミーティングでの合意でした。」

生産技術「いや、でも、そもそもデジタル化って、どういう意味なのさ?」

――自分もなんか混乱しているんです。いわゆるIT技術と、デジタル技術って、どこが違うんですか。

営業「さあ〜。情シスの次長さんが帰ってきたら、聞いてみようよ。おんなじだと思うけど。」

経営企画「違いますよ。デジタル技術ってのは、さっきのコンサルの人も話してたように、ディスラプティブ・テクノロジーなんです。つまり破壊的なイノベーションを起こすものです。AIとかクラウドとかドローンとか。AIはコンピュータが目を持つようになって、顔認証とか自動翻訳とか、人間の代わりができるようになってきてます。Uberも、スマホとGPSとクラウドを組み合わせて、タクシー業界を駆逐したでしょう?」

財務「そういえば、コンサルの人、ちょっとゾッとすることを言っていましたね。」

――どんなことですか?

財務「近年の日本では、いろんな業界が衰退したり消滅してますけど、それには順番があるんだそうです。それは、デジタル技術が入ってきた順だというのです。」

――へえ。たとえば、どんなですか?

財務「アナログのレコードは、CDが出てきて駆逐されました。でもCD屋は、音楽のデジタル配信が始まると、売れなくなりました。ビデオ屋も同じです。テープからDVDになり、今はNetflixやYouTubeでレンタルがダメになった、と。」

営業「言われてみると、街の書店もAmazonに駆逐されているし、新聞メディアも同じで、ネット時代は息も絶え絶えだ。」

――つまり情報を扱う産業は、そうなるっていうことですか。

営業「それだけじゃないと思うよ。サービス業もだ。タクシーとUberがいい例だし、ホテル業とAirbnbなんかもそうだね。旅行代理店もネットで比べて買う時代だし。」

――まあ、それもサービスの手配情報とか、価格情報ですからね。サービスそれ自体を、たとえば、マッサージを、全部ロボットがやってくれる訳ではないと思いますけど。まして、ウチは製造業じゃないですか。

財務「でも、そこがポイントなんです。なぜ日本の家電産業がおかしくなっていったか。それは、電子部品が次第にアナログからデジタルにかわっていって、組立や調整が、熟練工の感覚に頼らなくても製造できるようになってきたからだ、というんです。そうなると、製造の競争力は日本国内ではなく、中国やアジアの低賃金国にうつってしまう、と。これが衰退の原因だと説明してました。」

品管「たしかにブラウン管とか、ビデオデッキとか、すごく調整と品質管理が微妙でしょうね。」

財務「自動車産業がまだ日本に残っているのは、機械部品が中心で、多数を順序よく組み立てる部分がまだ、うまくデジタル化できないからだと言ってました。ところが電気自動車の時代になると、もっと部品点数が減って、組立工程もずっとシンプルになるから危ない、と」

生産技術「たしかに他人事じゃねえな。」

――うーん、それだけなんですかねえ。だったら英国のDysonとか米国のTeslaとか、なんで元気なんでしょう。

経営企画「Teslaは自動運転ですもん! デジタル化の権化ですよ」

――でもDysonのヘアドライヤーは、自動で乾かしてはくれないですよ。掃除機だって、手で持って動かしてます。

設計「あれはまさに、製品設計の力だろうな。やはり製造業は、製品開発が命だから」

人事「そうなると、設計のデジタル化がポイント、ということでしょうか。」

設計「うちの部はそれを見越して、3D-CADへの転換を2年前から着々と進めています。」

生産技術「着々と、ね。だったら2D図面に手書きのマークアップで流してくるのは、いい加減やめてもらいたいもんだ。」

設計「あれは過去の流用設計だからです。設計部門の人員が限られているので、ベストのやり方をしているまでです。それがいやなら、生産側の出図締切をもっと遅らせてほしいですね。」

――まあまあ、ちょっと待ってください。デジタル技術って、従来のITと違うのか同じなのか、という議論をしていたところです。

生産技術「あんた自身はどう思うんだね、製造IT担当さん。誰がどう見たって、製造業DXの中心は、製造現場そのものじゃないか。」

――うーん。正直よく分からないんです。現場にロボットを並べることがデジタル化、とも思えないんです。今でも一応、生産管理システムで作業の指示は回っていますし、実績もとらえています。

生産技術「工作機械だって、ほとんどNC制御化しているし、な。」

――これ以上、どうするとデジタル化なんでしょう。まさか工場内にドローンを飛ばして、進捗管理する訳にも行きません。3Dプリンタだって、まだコスト的に引き合わないですし。

営業「工場内に5Gネットワークとか引けないの?」

――まだ5Gについては勉強不足ですが、そもそもそんな高速なネットワークが必要なほど、トラフィックがないと思っています。

品管「ちょっと待ってください。5G、ドローン、3Dプリンタ・・。えーとそれから、GPS、RFID、ビーコン、スマホ、クラウド、ロボット、自動運転、AIの画像認識ですか。そんなのが、最近、デジタル技術って言われているものですよね。」

経営企画「あと、Uberとか、Airbnbとか」

品管「それは実現したサービスの名前です。技術的な要素は、今挙げたようなものじゃないでしょうか?」

人事「何を言いたいの。」

品管「ええと・・これってみんな、PCの箱の外にあるものですよね。」

(一同)「はあ??」

品管「あの、つまり、今までのITって、PCの箱の中にあって、動いていたと思うんです。でも、ドローンとか3Dプリンタとかって違うじゃないですか。つまり、私が言いたいのは・・」

――物理世界と直接、関わっている、と。そういう事ですか? 今までのITは、PCやサーバの箱の中にあって、端末画面や印刷帳票だけが、UIだった。でも最近のデジタル技術ってのは、物理世界と直結している。そこが違だ、と。なるほど。

品管「結局、こういう事じゃないでしょうか。今までのITは、インプットは端末で、データ処理して、アウトプットも端末か紙の帳票でした。でも、さっきのリストを整理してみると、こんな風に、インプットやアウトプットが現実世界と接する面が、広がってきています。」
いや、そもそもデジタル化って、どういう意味なのさ?_e0058447_23232613.jpg
設計「ドローンにしても、ロボットにしても、センサー系と機械系がつながっているのは確かだ。だけどクラウドは、サーバをどこか遠くのデータセンターに移しただけじゃないか。」

品管「・・そうなんですけど、それと5Gや4Gの無線通信のおかげで、データ処理機能を持つデバイスが、どこにでも置けるし、動けるようにもなったと思います。」

生産技術「ふーん。現実世界とインタラクションできるようになった、と。もしそれがデジタル技術の特徴なら、NC制御の工作機械なんて、30年前からあるけど、デジタルだった、ってことになるぜ。あなたが頑張って去年入れた、画像認識の表面検査機だって、デジタル化の先駆けなのかい?」

品管「別にそうは思っていませんでしたけれど・・」

生産技術「ウチの製造現場はそうすると、すごくデジタル化が進んでいたってことになるな。よし、これでこのDXプロジェクトは一件落着、チームは解散だ。飲みに行こうよ(笑)」

――いや、そうは行きません。デジタル化というにはまだ、足りない事があると思います。

生産技術「どういうこと?」

――つながりです。スムースなつながり。

(この項つづく)


by Tomoichi_Sato | 2020-10-24 23:36 | ビジネス | Comments(0)

農業に還ろう

今回のパンデミック禍は、世界中が手こずり、当初皆が想像していたよりも、長引いている。そして、パンデミック後の「ニュー・ノーマル」どころか、5年後、10年後の社会のあり方について、あまり前向きで積極的なビジョンが語られないところに、今の世の心理的な病の深さを感じる。

今回の事象は、現代の三つの側面を、大きく痛打した。まず、世界規模にストレッチしたサプライチェーンである。それから、都市への人口集中と濃厚接触型に依存した業務・サービスであり、さらに、レジリエンスのための仕組み(とくに医療資源)を削減してしまった社会であった。この三種類に近い領域ではたらく人ほど、影響を受けた。

そして、影響を受けた職種といえば、独立自営業者と、非正規雇用の労働者である。わたしの身の回りで見ても、一番苦労しているのはこの層だ。他方、若干不思議ではあるが、大企業はそれなりに忙しいように見える。コンサルティング業界などに聞いても、そういう返事だ。景気は悪いが、忙しい。

結果として、社会の格差は確実に広がった。

ただし、グローバリズム的な思想は、影響力を少し弱めたとも思う。グローバリズムとは、「ビジネスは国や場所に関わりなく移転可能であり、だから、もっとも経済効率の高い国際水平分業が望ましい」、という考え方だ。そして、ビジネスにおいては、働く人間の国籍も文化も問わない、とする(ただし、英語ができることは必須の条件らしい)。こうした姿がカッコいい、というトレンドは、各国が国境を分断している今、たしかに魅力度を下げている。

とはいえ、わたし達の社会はあらためて、望ましいビジョンを必要としている。それは、日本人に向いている職種、産業はなにか、という問いだ。日本はこの先、何で食べていくのか。そして、わたし達が働いていて、本当に楽しいと感じられるのは、どんな業種の、どんな仕事なのか? 

それは、「職人的な仕事」であろう。これが、最近のわたしの考えだ。職人的な仕事、すなわち自分の目と手を使い、自分の五感を駆使して、具体的な対象を最新に作り上げていくような働き方。これが、日本人にはとても向いているのではないか。

そのことを、3年前の新潟で、なぜかわたしは急に悟ったのだ。「新潟・酒の陣」というフェアで活躍する、造り酒屋の人たちを見ていたときのことだった。それまで漠然と感じていたことが、自分の中で言葉になった。「職人の国の生産性を上げる、最良の方法」 (2017-07-23)という記事にも書いたから、ここでは繰り返さない。

職人的な仕事に長けている、とは、その逆のタイプの仕事は苦手ということだ。それは、たとえば目に見えない「コト」や仕組みを作り、回していく仕事である。あるいは、抽象的な概念や論理を展開していく仕事だ。こういう事ができる人たちも、もちろん一定数はいる。だが、多数派ではない。

日本の高度成長は、じつは職人的な仕事が支えていた。高度成長を支えたのは日本の技術だと、わたしより上の世代は信じている。だが、多くの製造業を訪れ、その仕事ぶりを見るにつけ、次第に疑問を感じるようになってきた。技術者がラフな図面や仕様を与えても、製造現場がキチンと仕上げてきたというのが現実ではないだろうか? そうでなければ、なぜ今になって、現場の熟練工が引退していなくなる前に、「AIで匠の技をデジタル化すべし」などという議論を、慌ててしているのか。

農業に還ろう。

それがわたしの、提案である。自然の中で植物を育て、眼と手と五感を使って作物と対話する、そういう農芸職人的な生き方のほうが、ずっと日本人には向いている。自分たちが大して好きでも得意でもない、『技術イノベーションだ』の『デザイン思考』だの『データ・ドリブンな経営』だのに、無理して取り組むふりをして経済成長を志向するのは、もう、やめにしよう。

日本は世界第5位の農業大国である。わたしはこのことを、浅川芳裕著「日本は世界5位の農業大国、大嘘だらけの食糧自給率」という本で知った。これによると、2011年FAO数値による世界の農産物生産額ランキングでは、1位・中国、2位・アメリカ、3位・インド、4位・ブラジル、と広大な大陸を占める国が並んでいる。だが、5位はなんと、国土の狭い我が日本だ。ブラジルとの差は、2割以下しかない。ちなみに6位はフランス、7位がドイツである(なお、数値のとり方の差によるのか、7位ないし8位という統計もあるが、農業において有力な国であることは変わらない)。

たしかに国土は狭い。でも、日本は温暖湿潤な気候と、肥沃な山野に恵まれている。世界でも稀に見る、農業の適地と言うべきではないか。大げさに聞こえるかもしれないが、実際に砂漠やツンドラ、乾燥した大地の国々を巡ると、その違いが分かる。
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(小豆島の千枚田)

日本人の職人芸的な仕事ぶりは、農産物の品質に、すでに結実している。日本の農産物は、そのクオリティ(味)の良さと安全性により、すでに中国を始め、アジア各国で定評を得つつある。忍耐強い丁寧な仕事ぶり、出来栄えへのこだわり、いずれも日本人の性格的特徴が生きる部分ではないか。

そして、農業は成長産業である。これも同書で知ったのだが、世界の農産物貿易額は、過去半世紀の間に約30倍に膨れ上がっており、とくに21世紀に入ってからは、年平均10兆円の勢いで伸びている。だからこそ、米国を始めとして各国が農業貿易を重視するのだ。

だとしたら、都会での勤め人の仕事に倦み疲れた人々は、サラリーマン稼業など見切りをつけ、農業に転身したほうが向いているのではないか。満員電車に長時間揺られて、都会に通うオフィス仕事のストレスよりは、自然と生き物を相手にした仕事のほうが、多少きつくても心理的には健康だろう。

外気の下で働く農作業は、「コロナ」や「三密」とも、ほぼ無縁である。

ちなみに、農業は工業や商業よりも、広い土地を必要とする。だから農業にシフトすれば、都市の人口集中問題は、そして地方の過疎問題も、自然に解決する。

農業は、工業や金融業よりも、参入に必要とする資本も小さくてすむ。これも利点の一つだ。製造業を始めようとすると、工場建屋と機械を買い揃えたら、たとえ町工場の規模だって、下手をすれば億の金がかかるのだ。
(もちろん世の中には、ノートPC1台、いやスケッチブック1冊抱えて商売できる、インテリジェントでノマドな職種だってある、との意見もあろう。ごもっとも。ただし、PCやノートが、直接、お金を生み出してくれる訳ではない。そうした仕事は、たいてい、成果物や仕事にかけた工数の対価を、顧客企業が支払ってくれるだけだ。つまりPCやノートは間接的な道具であって、それさえあれば経済的に自立できる生産手段、とは言えないのである)

こうした状況を予感してだろうか、若い人たちの中には、工業よりもむしろ農業に積極的な興味を持つ人が増えている。それは、たとえば東京農工大の農学部と工学部の偏差値を見るとわかる。その昔は、工学部のほうがずっと難関だった。今は、農学部のほうが偏差値が高い。それだけ、農学を志す人が増えたのだ。

農業に適した国土がある、高度な農業を志す人達もいる。それなら、なぜこの国には耕作放棄地がたくさんあるのか? 日本全国で450万haの農地面積があるが、耕作放棄地はその約1割にも及ぶのだ。そして農業は、なぜ、「過去の産業」として、低く見られてきたのか。

それは大きく3つの要因があるように思われる。

第一に、農業が規制産業であり、参入障壁があることだ。具体的には「農地法」の規制があり、農地を売り買いするには「農業委員会」に届け出と許可が必要なのである。言いかえると、農家の子弟でない限り、簡単には農地を取得しにくいのだ。数年前に多少、規制緩和されて、企業は参入しやすくなった。だが、肝心の個人事業主(いいかえると自作農)を、増やす方向には進んでいない。

むしろ、日本の農業の生産性が低く農家が貧しいのは、各戸が所有する農地が狭く、機械化に向かないからだという、「農地のスケールメリット論」がずっと根強くあり、国や財界は大企業の参入と所有農地の拡大を歓迎する方向にある。でも、これでは、農業に興味のある人に、「だったら雇われて小作農になれ」と言っているようなものではないか? また、JAの新規就農者への「農業融資」にもいろいろと制限がついている。

第二に、農業政策自体が歪んでいて、ビジネスとして育ちにくいことが挙げられよう。周知の通り、長らくこの国では、コメの買取制度を中心とした農政だった。それは、農村が長らく保守政党の「票田」だったことの結果でもある。さらに、農水省が奇妙な「カロリーベースの食料自給率」を目標とした政策を、取り続けていることもある(この問題は上述の本がかなり詳しく批判をくわえている)。さらに言えば、農産物のサプライチェーン自体に問題があることも加えていい。

そして第三に、世の中の人の持つマインドセットの問題があろう。農家は、「カッコいい」職業ではないと思われてきた。「田舎」「百姓」という言葉に象徴されるイメージが、長らく広まっていたのだ。実際、昭和時代(とくに戦後の昭和20-30年台)は、現金収入を得られる「サラリーマン」こそが、近代的でカッコいい職業だった。だが、令和の今、サラリーマンがカッコいいと思っている人は、どれだけいるだろうか?

いや、そもそも「サラリーマン」対「専業農家」、という問いかけ自体、おかしいのだ。現代では、兼業農家という生き方こそ、主流なのである。地方の兼業農家には、豊かな生き方をしている人が、じつは少なくない。

ウィークデイは地元の工場なり役所なりでサラリーマンをして給料をもらい、週末だけ自分の田畑を手入れする。当然、収入も比例して大きくなる。安定性と職人性を両立できる生き方である。そして、それで農業ができるくらい、今の農業技術も進歩している。小さい農地だって、ちゃんと機械化できるよう、それこそ日本の技術は進歩したのだ。
 
実際それは数字を見れば分かる。年間の農業GDPは約8兆円だ。そして農業従事者は日本に160万人いる。ということは、一人年間500万円という計算になる。え、500万円じゃ一家4人は養えない? いや、これは収入ではなく付加価値額で、収入から外部経費を差し引いて手元に残る額を示している。ちなみに日本の全産業の平均の一人あたり付加価値額は、約800万円だ。つまり、これは兼業が多いことを示している。事実、全国平均で農家の81%が、兼業農家である。

もちろん、わたしは何も、日本の国全体が農業で食っていけるとか、製造業や流通業を全部やめて農業にもどれ、といった極端な提案をしているわけではない。また、農業が誰でもできる簡単な仕事だ、などと主張するつもりもない。ただ、新たに農業を志す人達が今や一定数いて、その人達のニーズを今の仕組みが救いきれない点を改善すべきだ、そうすれば数十万人単位の雇用が創出できよう、と言っているのである。

兼業という生き方が広がれば、むしろ地方の工場や流通での人手不足だって、少しは緩和されるはずである。家族を含め数十万人が農業に関わるようになれば、農政その他のおかしな点も、必然的に議論の的となるし、それだけの人数がいたら、政治家たちだって無視できないはずだ。

***

COVID-19のパンデミック禍が地球を覆うまで、グローバリズムの思想が、世の主流だった。その世界観の下では、人は巨大なグローバル企業の経営者になるか、あるいは社員として働かされるか、2つに1つを迫られる。そこには、自分自身の生産手段を持つ、自立した自営業者の姿がない。

実際、地方の個人商店は淘汰されて、ロードサイドのチェーン店ばかりになった。町工場も淘汰されて、廃業するか大企業の傘下に入るか、いずれかを選択するケースが多かった。職人もまた「一人親方」という名前の、契約労働者に過ぎなくなってきている。本当にこれが、わたし達の気質にあった、働く幸せの姿だろうか?

わたし個人は技術者で、プロジェクトが好きだから、企業の組織人でいる。だが、これは自分の選択の結果である。誰もが同じ選択肢をとるべきとは、わたし自身、思わない。会社員という生き方以外に、「経済的に自立可能な生産手段を持つ、職人気質の独立自営業者」が社会にたくさんいる姿の方が、ずっと日本らしい、とわたしは信じるのである。

だから今、あえて言おう。「農業に還ろう」と。


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 (2017-07-23)


by Tomoichi_Sato | 2020-09-15 23:04 | ビジネス | Comments(2)

設計の知恵を、リアルな価値に変えるために 〜 競争的基本設計(Competitive FEED)とは何か

前回の記事「設計の知恵を、リアルな価値に変えるために 〜 問題の所在」 (2020-08-22)で、わたしは「設計で知恵を出しても、ビジネスとして評価されにくい」点に、SI業界を始め、多くの業種が抱える問題の根本原因がある、と書いた。

製品のコストと品質の殆どを決める設計段階でこそ、知恵を出すことが重要である。一般消費者向けのB2Cビジネスでは、製品・サービスの評価や売れ筋から、設計の良し悪しが、すぐ分かる。良い設計はビジネスの結果にダイレクトにつながって現れる。

だがB2Bビジネス、たとえばSI業界の分野などでは、顧客要求をもとに設計をした後、その基本設計書からRFPを作って複数社に引合いを行うのが通例だ。たとえ良い設計をしても、それは価格競争というレース場への、入場券にしかならない。結局は安い単価で実装をオファーできるところが勝って、利益を得る構図になる。SI以外の業界でも、受注産業のB2Bでは、似たような事例を見かけることが少なくない。

だとしたら、誰が好き好んで設計の技を磨こうとするだろうか。良い設計が、利益という形で自分たちのビジネスの評価につながらないなら、誰がエンジニアなどという職種を目指すだろうか? 日本の産業の技術力が下がっていく一因は、ここにある。

とはいえ、このような問題は、必ずしも日本だけで起きるわけではない(日本社会の固有の特殊性については、後で触れる)。設計段階と実装段階が分離され、途中に価格競争のプロセスが挟まるような慣習のある分野では、どこでも生じがちである。わたしの働いているエンジニアリング業界だって、そうだ。

プラント・エンジニアリングの業界の仕事の流れは、ある意味、SI業界とよく似ている。図を見てほしい。エンジ業界におけるプラントの基本設計は、FEED (Front-end engineering design)と略称されるが、IT業界における「要件定義」段階にほぼ、相当する。顧客はどんな製品を年産何万トンほしいか、程度のイメージしかなく、どのようなプラントの機能構成で、どう実現するかは、この基本設計=FEEDの段階で決まる。
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FEEDの作業が終わり、基本設計書が出来上がると、それをもとに投資額を見積もる。これは通常、複数のエンジニアリング会社をよんで、競争入札の形で行う。その上で、(普通は最安値をオファーした企業の価格をもとに)投資判断であるFID (Final Investment Decision)を行う。これは、SI分野で、FRPを元に複数SIerから提案価格を受け取り、その中から1社を選んで、投資判断するのと同じである。

そして、次に実装の段階が来る。プラントの場合は、詳細設計・調達・建設の仕事になる。Engineering, Procurement & Constructionの略をとって、EPCと呼ぶ。SIでいう開発段階、すなわち設計・実装・テストの各段階に相当する。この段階は、一括請負契約で行われるケースが通例だ(例外もあるが)。

プラントの場合、建設を終え、溶接などの品質検査と機能テストを終えると、このEPCの構築段階は終了になる。これをMechanical Completion = MCと呼ぶ。ちょうどITシステムの結合テスト・総合テストの完了にほぼ相当する。ここでプラントは顧客に引き渡され、立上げ(Start-up)段階に入る。そして実際の原料をプラントに導入し、操業の人員を配置して、100%稼働になるまで立ち上げていく。パフォーマンス・テストなどもここで行われる。

いわゆるエンジニアリング会社が活躍するのは、基本設計(FEED)段階と、詳細設計・調達・建設(EPC)段階である。ただ、前者は設計なのでほとんどが人件費なのに対し、後者は資機材を買って現地で工事するので、報酬の対価はかなり大きくなる。したがって、ビジネス的な利益は、EPC段階の方が魅力的に見える(赤字リスクだって大きいが)。

前者のFEED=設計段階で仕事を得るポイントは、もちろん設計能力である。他方、後者のEPC段階で仕事を勝ち取る主な要因は、価格競争力とプロジェクト・マネジメント能力だ。そして設計段階で、いかに良い設計アイデアを出しても、その成果は入札書類の形で、ライバルを含む入札企業全員に共有されてしまう。もちろん、価格競争に勝てなければ、どんなに良い設計をしても、EPC構築段階は受注できない。

このような慣習が続いた結果、何が起きたか。プラント業界の仕組みを見ると、いかにも「設計能力に秀でた企業に基本設計をやらせ、コスト・マネジメントに強い企業に構築段階を任せるのだから、ベストな設計のプラントを一番安く手に入れられる」ように見えるだろう。

だが、現実には、違う結果が生み出されるようになっていった。実際にしばしば起きたのは、品質の低下とスケジュールの遅延だった。なぜか?

まず起きたのは、エンジ会社の専門分化(すみ分け)だった。欧米系のエンジ企業は、設計には秀でているが、人件費が高いので、コスト競争力が弱い。彼らの中には、FEED段階の仕事のみに特化するものが増えてきた。他方、韓国を含むアジアのエンジ会社などは、技術的差別化よりも価格競争に強みを見出して、EPC段階をもっぱら狙うようになった。

その結果、構築段階での経験が、基本設計に反映されにくくなった。当たり前だが、本当は「建設しやすい設計」「立上げ・運転しやすい設計」こそが、真の意味でコストダウンにつながる。だから建設や試運転部門から、いろいろ文句をつけられてはじめて、設計技術者も育っていくのだ。

だが自分で実装・構築しない会社が、設計だけやるようになると、そのフィードバックループが切れてしまう。設計図面が「絵に描いた餅」になりやすい。こうした危険性は、実装を知らないアナリストが作る要件定義書の危なっかしさ、という点でIT業界の人にも理解できると思う。

かくして、基本設計に隠れた品質問題を抱えながら、熾烈な価格競争でEPC構築段階の契約を勝ち取ったエンジ会社は、どうなるか。もちろん、途中でどんどん設計変更問題が生じる。人も足りなくなる。だが、全体は一括請負契約になっている。追加交渉だって時間がかかる。かくして、赤字と納期遅延がしばしば生じるようになった。

こうした状況の遠因は、基本設計と構築実装の分業化にある。基本設計でいくら知恵を出しても、それが構築ビジネスにつながらず、直接の利益にもならない。誰が苦労して、良い知恵を出そうとするだろうか?

ところで、(ようやく本題に入るが)プラント・エンジニアリング業界で近年行われている『競争的基本設計』(Competitive FEED)という方式は、この壁に風穴を開けるものだった。

『競争的基本設計』では、まずエンジ会社を2〜3社選び出し、彼らに並行して基本設計(FEED)を行わせる。無論、ライバル同士がどのような設計をしているかは、お互いに知りえない。基本設計がおわったら、各社に、自分たちの設計をベースにしたコスト見積を行わせる。そして、技術面およびコスト面で優れた方を選び、そこにEPC構築を任せるのである。敗退した方にも、基本設計の費用は支払う。

この方式のメリットは明らかだろう。設計で良いアイデアを出した企業が、構築段階の仕事を受注できる。構築をよく知らないと、プラントを要求性能通り、しかし安価に作る設計はできない。しかも自分の基本設計を自分が実装するのだから、ヘマな設計をしたら自らの首を絞めるだけだ。また、コスト競争と言っても、単なる単価の安値だけではなく、設計能力を含めた総合力が問われるのである。

ちなみに、こういうやり方をすると、調達・建設コストダウンを追求するあまり、実際の運転段階にはいってからの操業コストや保全コストがかえって高くつくような設計が、生まれる可能性がある。そこで顧客は、投資額(Capital expenditure = CAPEX)と、運転コスト (Operational expenditure = OPEX)の両方を見積らせ、総合的に勘案して比較を行うのが通例だ。

なお、『競争的基本設計』が行われる背景として、プラントの基本的な技術(プロセス・ライセンス)を比較選定したい、というニーズも強い。たとえば液化天然ガス(LNG)分野では、APCIとかPhilipsとかLindeといったライセンサーがいて、競い合っている。IT業界でいうと、SAPやOracleなどパッケージ・ソフトウェアの選定に相当する。そこで、ぞれぞれを得意とするエンジ企業を1社ずつ選んで、競争的基本設計を行わせるのである。

こう書くと、いい事ずくめのように聞こえるかもしれない。だが、このやり方にも限界があることは、指摘しておこう。

一番の問題は、発注する顧客側の手間がかかることである。基本設計を二重・三重に進めるのだから、当然である。基本設計をするためには、顧客側の技術者がかなり、はりついてインプットを与え、適時レビューし、注文をつけなければならない。それを公平に、かつ同時に進めるのだ。

そして基本設計費用だって、2倍ないし3倍かかるわけである(大型プラントの場合、基本設計だけで数億から十数億かかる)。良い知恵を得るため、とはいえ、構築段階のコスト競争で差があまり出なかったら、何を得したのか分からなくなってしまう。

また、ある程度分業化の進んでしまったエンジ業界において、このような『競争的基本設計』を発注できる相手もまた、限られてくる。日本のエンジ会社は比較的、設計も構築も両方できるが、世界を見渡すと、そういうプレイヤーばかりではない。基本設計はあまり得意でないが、価格競争では非常に突っ込んでくる新興国のエンジ企業を、うまく使って安く仕上げたい、と考える購買責任者だって、発注側には、いるだろう。

ひるがえって、日本のSI業界で、この競争的基本設計の方式を取れるかと言うと、なかなか微妙だと思える。要件定義を二重、あるいは三重に、進められるだけの発注側企業が、どれだけいるだろうか。また基本設計費用をダブルで・あるいはトリプルで払う案を、経営者はのめるだろうか。そして、何よりも、出てきた基本設計書と見積書を、きちんと適切に比較できるだろうか? いずれも可能性はあるが、ハードルは高い。

こうして書いていくと、<設計の知恵を、リアルな価値に変える>ための、真の障害がどこにあるか、分かってくる。それは、実は発注者側の技術的能力にあるのだ。発注者側の能力が高く、設計にもちゃんと口を出せ、コストや納期を決める技術要因も熟知し、かつ、きちんと構築・実装段階のプロジェクトを、発注側としてうまくマネージできる能力があれば、たしかに、望ましい結果を得られるだろう。たとえ競争的基本設計方式をとらずとも、技術の目利きがあるのだから、良い設計にはきちんと評価とビジネス的なリワード(継続的な発注と育成など)を工夫できるはずだ。

だが、発注者側に技術能力が欠けていて、自分が何を望んでいるのかもよく分からず、提案の技術評価もうまくできないまま、業者選定に入るようだったら、どうなるか。技術の目利きの不足の代わりに、購買のコストダウン交渉が上手ならいい、と経営が考えている場合、どういう結果が生じやすいか。読者諸賢ならば想像がつくだろう。

設計の価値というのは、対象が単純で、結果が目の前にできあがっており、かつ自分が使い方に熟知しているものほど、分かりやすい。設計の良し悪しが、B2Cの消費財やサービスで、すぐ結果に出るのはこのためだ。

逆にいうと、対象が複雑なシステムであり、かつまだ設計書の段階で、しかも機能や使い方が広範囲でイメージしにくいものほど、設計の良否を評価するのは難しくなる。B2Bでは基本要件は顧客から与えられるから、設計の自由度もおのずから絞られる。では、これを正しく評価できるのは、どんな人間か?

当たり前だが、設計の価値が一番良く分かるのは、優れた技術者なのである。優れた、というのは、それがどう作られ、どう使われるかも熟知した技術者、という意味である。発注者の側に、そうした技術者がいることが、実は業界全体の技術レベルを上げるためには、死活的に重要なのだ。

良い技術者をを育てるには時間がかかる。職場環境という土壌を整え、仕事という水をやり、報酬という肥料を与えても、技術の花が咲き、知恵の実がなるまでは年月がかかる。それを惜しんで、「技術がほしければ、世界中の良い技術をカネで買ってきて使えばいいじゃないか」とする気短な発想だけでは、自国の社会の中から技術がしぼんでいくのだ。ちょうど肥沃な耕適地を耕さずに、海外から安価な商品作物だけ輸入すればいい、と考えている国のようだ。

技術とは自らの能力を増強するイネーブラーである。もし産業界がそれを必須と考えるならば、技術の価値をビジネス上の報いに直結させる仕組みを、ぜひとも工夫すべきであろう。そして、そうした知恵を出すことこそ、経済団体や官界の仕事ではないだろうか?


<関連エントリ>
 →「設計の価値」(2006-01-01)


by Tomoichi_Sato | 2020-09-05 15:00 | ビジネス | Comments(0)

設計の知恵を、リアルな価値に変えるために 〜 問題の所在

エンジニアだったら誰もが、「自分の出した知恵で、評価されたい」と思うだろう。優れたアイデアを出せば、それが高く評価される。逆に、つまらぬ設計しかできない者は、たいして評価されない。世の中は、そういう風であってほしい、と感じている人は多いはずだ。

評価という言葉には、いろいろな意味がある。同僚や周囲からリスペクトされるのも、評価だ。新しい重要な仕事のリーダー格に取り立てられたり、昇進するのも、評価だ。もちろん、給料やボーナスに反映されるのも、評価だ。ともあれ、優れた知恵を出したら、尊敬され、リーダー役に抜擢され、ちゃんと経済的にも報われるべきだ。つまり、良い設計の知恵は、リアルな価値に、ちゃんと具現化されてほしい。

だが、そうあってほしいと感じる人が多いのだとしたら、それは逆に、世の中はそうなっていない、という事の証拠であろう。自分の身の回りを見る限り、あんまりそうなっていないな、なんとも世の中アンフェアだ。それが多くのエンジニアの実感ではないか?

*** *** ***

「SIer」という業態は、本当に将来性があるのか、という質問を、SI業界の人に会うたびに、何年も前からするようになっている。説明の要はないと思うが、SIとはシステム・インテグレーションSystems Integratrionの略で、ITシステムの受託開発ビジネスを指す。そしてSIer(エスアイヤーと読む)は、それを業としている会社のことだ。将来性があるのかという質問は、もう少し今風に表現するなら、『サステイナブルなビジネス』なのか、ということだ。

こういう質問をすると、SI業界の人はたいてい、苦笑いしたような表情になって、「そうですねえ・・」と言葉を探す。「もちろんですよ!」という希望と自信にあふれた答えがかえってくることは、まずない。「正直、将来性は無いんじゃないでしょうか」と、ぼそっとつぶやかれることもある(もちろん会社の会議室ではなく、懇親会の席上であったりはするが)。そういう状況だから、優秀な若手人材も、なかなか集めにくいという問題が生じる。

ITとかデジタル技術とかいうのは、時代の先端をゆく技術分野である。そして知恵のカタマリであるはずのシステムを作っている。なのに、なぜ、将来性があるかという質問に、前向きな答えが来ないのか。なぜ有能な若手にそっぽを向かれるのか? それは、受注型プロジェクトで金を稼ぐ、この業界の構造ないし行動習慣に問題があると、多くの人が認識しているからだ。

日本のIT業界の特徴は、ITエンジニアの大半(約7割)が、ITベンダー側に属していて、ユーザ企業側にはそれほどいない事である。これについては、元日経コンピュータ編集長の谷島宣之氏が『ソフトを他人に作らせる日本、自分で作る米国』 という興味深い本を著して以来、広く知られるようになった。つまり、企業内の業務システムの殆どは、自社内で作るのではなく、外部のIT企業に作らせるのである。そこで、ITシステム開発(システム・インテグレーション)は、受注型プロジェクトとして遂行されることになる。

別に内製ではなく外注でもいいじゃないか、大規模なシステム開発プロジェクトなんて、普通は何年に一回しか無い。その時のために、ITエンジニアを大勢、社内に抱えておくのはもったいない。――そういう意見だって、もちろんあるだろう。

ついでにいうと、上述の谷島宣之氏の著書によると、米国では日本と逆に、ITエンジニアの7割がユーザ企業にいて、自社のシステム開発プロジェクトに携わっていると書かれている。それはそのとおりだが、米国では企業間の転職が多く、プロマネ職種の人達も、渡り鳥のように案件単位であの会社からこの会社へと、わたっていくことが少なくない。ある意味、彼らだって「外の人」なのである。

だから、日本のSI分野の問題は、内製か外注かにあるのではない。実は、「設計で知恵を出しても、ビジネスとして評価されにくい」点に、根本原因があるのだ。エンジニア個人の評価が、最終的にはポジションや給料で決まるように、企業の評価は、利益を出したり、継続的に良い条件で仕事をもらえるか、という点で測られる。つまり、ビジネスとしてのサステナビリティである。

今日のITシステムの開発は、ふつう「要件定義」段階と、「実装」段階とで、契約フェーズを分けて、進められる。これは、たとえば製造業やエンジニアリング産業における、「基本設計」と「製造・構築」に相当すると思えばいい。当然ながら、要件定義(=基本設計)段階は、全体に占める割合は小さい。そして実装(=製造・構築)段階は、はるかに金額が大きくなる。まあ、一桁くらい違っても不思議ではない。

ちなみに、現在の業務系システム開発の多くは、まるきりゼロからプログラムコードを書く、いわゆる「スクラッチ開発」をするケースは多くない。しばしばパッケージ・ソフト、ないし開発フレームワークがあって、それをベースにFit & Gap分析などをしながら、要件定義を進め、コンフィギュレーションやアドオンで実装をする、というスタイルだ。

「要件定義書」が出来上がり、それを核とした提案依頼書(RFP=Request for Proposal)がワンセット揃ったら、複数のSIerに競争見積を出す、というのが今の主流のスタイルだ。

要件定義段階は、いわゆる「準委任契約」で進められる(これは製造・エンジニアリング産業における「実費償還契約 Reimbursable contract」とほぼ同じだが、日本のIT業界はなぜか、準委任という民法用語を好んで使う)。だから受注側に赤字リスクは小さいが、金額も小さいので、旨味が少ない。

ビジネス的に売上が大きくなり、かつ、うまくやれば利益も大きくなるのは、実装段階の一括請負契約である。だからSI業界では、要件定義はある意味、「海老で鯛を釣る」ためのエビであって、本当の狙いは、実装というタイを釣り上げることにある。

SI業界は「人月商売」、と揶揄されることもある。人月(man-month)とは、作業量の単位だ。これに単価をかければ、すなわち売上額になる。だから、なるべく受託側としては要件定義段階で、開発に要する規模=人月を大きくした上で、実装の仕事を一括請負型プロジェクトで受託し、そこで売上と利益を確保したい、という思考習慣が強い。

もちろん発注側としては、それではたまらないので、同じスコープ(役務範囲≒作業量)ならば、なるべく単価の安いところに発注しようと考える。だから複数のSIerに引合いを出し、価格競争に持ち込もうとする。そして受託側は、単価を下げるために、たとえばオフショア開発などの比率を上げて価格競争力確保にいそしむ、ということに相成る。

以上のプロセスの、どこに「知恵を価値に変える」部分があるだろうか。要件定義段階で良い基本設計をして、少ない労力で開発できたり、運用保守のコストが低減できたりしたとして、それはどこで誰が評価してくれるのだろうか?

図を見てほしい。これは経産省の『ものづくり白書』2020年版の、第1部第1章3節に掲げられた図だ(ちなみに、今年の「ものづくり白書」は例年以上に、面白い)。
設計の知恵を、リアルな価値に変えるために 〜 問題の所在_e0058447_19171340.png

これは製造業におけるものづくりのプロセスを例に取っているため、横軸は「企画→製品設計→工程設計→製造」となっている。読者諸賢は、SIその他、ご自分のよく知っている分野に置き換えてみてほしい。

ともあれ、仕事のプロセスの進展とともに、設計の自由度は減っていき、逆に出来上がるアウトプットの品質・コストはどんどんと確定度が上がっていく。そして、設計段階で品質・コストの8割が決まる。設計の終わりをどこに置くのか、8割という数字が妥当かどうかは議論の余地があろうが、この傾向自体に反論する技術者は少ないだろう。

だから、製品のコストと品質の殆どを決める設計段階で、知恵を出すことが重要なのだ。そして、そこで出した知恵こそが、利益や、リカレントな受注という、ビジネス上のリアルな価値に直結してほしい。それが、エンジニアの共通の願いである。

ここまで、SI業界を俎上に上げて、人月ボリューム志向のビジネス慣習が、いかに設計の価値を阻害し、最終的には優秀な人材の離反を招いているか、論じてきた。SI業界の読者の中には、不快に思った方もいるだろう。じゃあ、お前のいるエンジ業界はどうなんだ。あるいは、製造業や、他の業界はどうなんだ、と。

実は、その問題構造は通底している、というのがわたしの認識である。プラント・エンジニアリング業界のプロジェクトのあり方は、意外なほど、SI業界のあり方に似ている。だから、わたし達も実は、よく似た悩みを抱えている。

そして製造業、とくに日本が得意とする部品・素材業界も、やはり設計の知恵をリアルなビジネス価値に結びつける点で、悪戦苦闘しているように思える。部品・素材業界は、多くは受注ビジネスだ。顧客である自動車会社や電機会社の要望する特性・品質の材料部品を、個別の要求に応じて設計し、毎月の注文に応じて生産している。つまり、同じようにB2Bビジネスをしている訳だ。

そして、製品の企画・設計段階から、ユーザ企業に呼ばれて、いろいろ要望を出され、対応するために知恵を絞って、部品材料を設計提案する。もちろん試作もする。でもって、めでたく採用かと思った段階で、購買部門が出てきて、他社との価格競争に巻き込まれるのだ。設計の知恵は、ようするに価格競争というレース場への、入場券でしかない。こういう事例を、ときおり耳にする。

このような状態が、あちらの業界でもこちらの業界でも生じているのだとしたら、誰が喜んでエンジニアなどという職種になりたがるだろうか? 知恵を出しても、会社の利益にもならず、当然、自分の評価にもつながらない。

経済団体やら識者らが、ときおり、日本の技術力の低下について、嘆くことがある。まあ、世のおじさん達の頭の中では、未だに日本は「技術一流、政治三流」みたいな信仰が残っているらしいが、技術の現場で走り回っている若手中堅の実感とは、相当に開きがあるだろう。今、日本のIT技術が、世界で超一流と思っているITエンジニアって、どれだけいるだろうか?

本来、経済団体などは、そういう業界構造やビジネス慣習を改革するためのイニシアチブを取るべき立場にあるはずだ。だが、どうやら、日本の技術をめぐる、根本問題の所在に気づいていないらしい。

では、問題の在り処を理解したとして、具体的には、どうすべきか。

システム開発の外注をやめて、全部内製化し、それもアジャイル開発でMVP(Minimal viable product)を短期間にローンチし、UI/UXを磨いてユーザをひきつけ、新しいビジネスを切り開けばいい、というのが、現在出回っている回答の一つだ。いわゆるデジタル・トランスフォーメーション(DX)戦略である。

なるほど、確かに、設計や実装におけるアイデアを、すぐにビジネス価値につなげられる方法である。ただし、このやり方、万能ではない。まず、すべての業務システムがアジャイル開発に向いている訳ではない。また、とくに、B2B業界でのカスタマーとの関係のあり方を考えると(←まさにこの点が、上述した問題の根本原因なのだ)、カッコいいUXだけでビジネスを引きつけられる訳でもない。

では、どうしたら良いのか。他に何か、良い知恵はないのか。長くなってきたので、わたしの業界における一つの取組み、『競争的基本設計』(Competitive FEED)について紹介した上で、この問題の出口について考えてみることにしよう。

(この項続く)


<関連エントリ>


by Tomoichi_Sato | 2020-08-22 20:18 | ビジネス | Comments(0)

パンデミック後の『ニュー・ノーマル』の姿を考える

りんごが木から落ちるのを見て、ニュートンは万有引力の法則を思いついた、という有名な逸話がある。17世紀中盤のことだ。ところで、ケンブリッジ大学の多忙な研究者だったはずのアイザック・ニュートンは、なぜ、のんびりと林檎の木の下なんかで、寝転がっていたのか? (寝転がっていたというのは、もしかしたらわたしの誤解なのかもしれないが、でもなぜ彼は、田園地帯でブラブラしていたのか?)

答えは、「疫病のため、都市のロックダウンが行われ、ケンブリッジ大学も封鎖されていたから」である。当時、恐ろしい疫病ペストがロンドンを始め英国の各都市をおそい、ニュートンも1年半にわたって故郷の田舎に帰っていたのだ。

ペスト(黒死病)は、中世末期から何度かにわたって欧州に蔓延し、ヨーロッパの人口の1/4以上が亡くなるほどの恐ろしい病気だった。農民反乱が頻発して、封建領主は農奴への負担を軽減し、また貨幣地代への移行も進んで、ヨーロッパ荘園経済は衰微する。他方、宗教と学問の権威は失墜する。ペストの大流行は、中世社会の秩序を崩すきっかけとなるほど、インパクトある出来事であった。

西洋社会は、これまでの歴史上、パンデミックを何度も経験してきた。彼らにとって都市封鎖は、決して今回が初めての体験ではない。そしてパンデミック現象は、すでに限度に近づいている社会制度の歪みを、あぶり出し、突き崩すものだということを、彼らは経験的に知っている。世界規模での疫病の流行は、社会に不可逆的な変化をもたらす可能性が高い。それが、西洋人の基本的な認識なのだ。

“New normal”という言葉は、3月頃から欧州のメディアに登場するようになった。今回のCovid-19によるパンデミック禍の後に来る、新しい社会秩序である。今の疫病が去った後も、社会は、決して元と同じ状態には戻らない。それを、『ニュー・ノーマル』と呼ぶ。ニュー・ノーマルの語は、2008年の世界金融危機(リーマンショック)後にも使われたが、今回はより真剣な形で、多くの人が論じている。

たとえば、10年前から感染症の危険について警告を発してきた、ビル・ゲイツ。ちなみに彼の財団は、米国についで2番目に多くWHOに資金を拠出している。中国寄りと批判されたWHOだが、誰の影響が強いか、話はそう単純ではない。

あるいは、自分自身もCovid-19に感染して入院し、ICUまで行った英国のボリス・ジョンソン首相。彼はSocial distancingが今後の常態になり、学校再開も以前の形では行えないとする。

(余談だが、英語で"social distance”という時のソーシャルとは、「社交上の」「人と人の間の」という意味だ。これを「社会的な」距離、と訳してしまうと誤解する。西洋人や中東人は、握手し合ったり、体を接して頬を寄せ合ったりする、接触的な挨拶が習慣だ。だから、他人と1.5m以上の距離を取れ、などと言われると、ひどく面食らった気分になるだろう。知り合いのフランス人は、「わたし達はお互いに、まるで日本人みたいに挨拶するようになった」とジョークを言っていた)

そしてもう一人、イアン・ブレマー氏の「ニュー・ノーマル」論も紹介しておこう。彼はビル・ゲイツやジョンソン首相ほど有名ではないが、地政学リスク専門のコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」の社長で、毎年「世界の10大リスク」を発表してきた人だ。彼は3つの潮流を予想している(日本経済新聞4月16日朝刊)。

1. 脱グローバル化:グローバル企業は「ジャストインタイム」方式のサプライチェーンを世界中に構築してきたが、生産拠点を国内に戻すなど再構築を迫られている。
(彼は最近、これを"Great decoupling"とよんでいる。ちなみにDecouplingとは、在庫によってサプライチェーンを機能分割することであるが、日本の経済メディアはSCM用語をよく知らないらしく、「分断」と訳している)

2. ナショナリズム:今回の危機に各国はバラバラに対応しており、協調性の欠如は世界の新秩序の特徴になる。また貧困層が打撃を受け、社会には極端な意見が飛び交うようになる。

3. 中国の台頭:経済大国や技術大国としてだけでなく、今回のコロナ危機を機会に政治超大国として「ソフトパワー」を高めている。

まあ、こうした御託宣を信じるかどうかは、読者次第である。ただ、ロックダウン解除後も、「社会は元の状態に決して戻らない」と予測する西洋人が多いことは、頭に入れておいたほうが良い。

とくに、いつ封鎖が解除されるかに加えて、どのように解禁するのか、の方が重要である。というのも、ワクチンや有効な治療方法が現れるまで、我々の社会は、見えないウィルスとの危険な共存を強いられるからだ。おそらく、1〜2年程度は、「だまし運転」のように社会をソロソロと動かしていかなければならない。うっかりアクセルを吹かすと、また感染流行の再燃になる。これが不可逆的な社会変化になる理由である。

たとえば日本でもこの3ヶ月間、少なからぬ職場で、在宅勤務・テレワークを導入すべく、四苦八苦してきた。そして今回の事態が、我々に対しすでに明らかにした事が一つある。それは、「直接業務」と「間接業務」の区別である。

直接業務とは、対人・対物的な付加価値を生む仕事である。それは、製造・物流・建設・医療介護・農業など、現場のある業務だ。こうした仕事は原則的に、テレワーク不可能である。

これに対して、テレワーク可能なのは間接業務である。それは、情報のやり取り(文字・データ・視聴覚)だけで済む種類の業務であり、たとえば、販売・購買、設計、マネジメント、教育、などだ。ちなみに、わたしの職場も4〜5月は全面的に在宅勤務に入ったが、それはエンジニアリング会社のホームオフィス業務が、ほぼ情報処理的な間接業務であることを示している。

緊急事態宣言が開けて、今後、また出社勤務が増えるが、多くの職場ではテレワークも当分、併用され続けるだろう。その結果、仕事の中から情報処理機能だけを、切り出す動きが加速するに違いない。会議も、テーマと人数を絞った、短いものが望まれるようになる。Web会議は1時間を超えるとけっこう疲れるし、参加者が30人以上になると、司会進行や発言権の譲り合いが難しくなるからだ。

もちろん対面コミュニケーションと感情のやり取りは、仕事の上でも重要だ。だが、その一部(週1回の顔合わせ等)は切り捨てられるだろう。ハンコ文化は衰退し、ワークフロー承認に変わる。

テレワークでは、集中して行う知的仕事や処理作業は、むしろ能率が上がると言われている。ただ、それは在宅勤務に適した環境を持てる、恵まれた場合の話だ。小さな子供がいたり、家に自分のPCがなかったりすると、いや、そもそも机がないとか、逆に家族の間でPCが取り合いになったりするケースでは、落ち着いて在宅勤務などできたものではあるまい。

実際、Unipos社の調査では、「チームの生産性はテレワーク開始前と比較してどのように変化したか」と質問したところ、「とても低くなった」「やや低くなった」と回答した人の割合は合計44.6%となり、「とても高くなった」「やや高くなった」と回答した合計の7.6%を大きく上回っている、との結果が出ているという。

しかし、先日参加した欧州主催の石油ガス業界におけるWebカンファレンスでは、大手企業の元CDOが、「今回のパンデミック禍によって、業界は図らずも大規模なテレワークにシフトせざるを得なかったが、その結果かなり生産性が上がった」と、キーノート・スピーチで発表していて、彼我の違いにあらためて驚いた。

結局、多くの人が指摘するように、わたし達の社会では、そもそもテレワーク向きな形に、業務が設計されていない。職場のアドホックな対話で、すり合わせ的に仕事が進められる。職務範囲を示すJob description(職務記述書)もないし、仕事の公式な手順を示すStandard Procedure(業務要領書)もない。何がインプットで、どういうツールやリソースを使い、何をアウトプットすべきか、すべて「臨機応変」と「暗黙知」と「俺の背中を読め」の中で、できあがっている。業務評定は「結果が全てだ」といいながら、労働時間(拘束時間)と態度(やる気)が最低条件になっている。

しかしこれからのニュー・ノーマルの時代では、間接業務は、勤務時間ではなく、細かな作業指示(Ticket)ごとに、スキル(能力)とパフォーマンス(成果)で管理・評価していくように、変わらざるを得ないだろう。そのためには、業務知識・手順の文書化やビデオ化が、必須になるはずである。結果として、ホワイトカラー業務のJob description化が行われる。そして、ネットを通じた短期契約、いわゆるギグ・エコノミーも広がって、人材流動化も進むだろう。それはある意味、アメリカ・中国型の社会に近づく、といってもいい。

ただし、直接業務が回らなければ、製造業も建設業も物流業も、お金を稼げない。ニュー・ノーマルの状況下では、従来よりも直接業務の側(現場側)の発言力が、間接部門(本社側)に比べて増すであろう。なぜなら、危険をかけて現場仕事をする人々の希少性が、高まるからだ。直近は失業の影響で労務費が下がるだろうが、中期的にはむしろ上がると思われる。

テレワーク普及とともに、通勤の移動量も激減する(東京圏では一時、7割台に減った)。また地方間の移動も抑制されるので、鉄道需要・航空機需要の減少が起きる。

しかし、より大きな視点で見ると、従来のトレンドだった、グローバル化、都市集中、経済のサービス化、資源浪費型の産業といった、社会構造自体の見直しが迫られるはずである。それは、今回の事態が以下のような課題を突きつけたからだ:

* 都市封鎖とグローバル・サプライチェーンの分断、
* 実物経済(供給・在庫)の重要性、
* BCP(事業継続計画)の実装、
* 医療・保険など社会的セーフティネットの役割、
* 食料・エネルギー資源の海外依存の危険性

その結果、よりレジリエンシー(復元力)の強い、分散型の産業・社会構造への変化が加速するだろう。こういう予測は、とくに欧州で多い。彼らの好きな言葉で言うと、サステイナブルな経済への移行を意味する。また、ベーシックインカム制度などの試行も始まるだろう。

もっとも、極東のわたし達の社会では、全く別の議論も耳にする。それは、「早くもとに戻って欲しい」「身をすくめて台風一過を待つ」という態度だ。今回のパンデミック禍により、旅行・観光業をはじめ、多くの業種が痛手を被った。とくにその被害は中小企業や独立事業主に著しいが、そうした人々に対して、いわゆる経済団体が、具体的になにか助けの手を緊急に差し伸べた、という話も聞かない。この国では、DGPにも匹敵する500兆円近い内部留保を、大企業が抱えているにも関わらず、である。

サプライチェーンに関しても、中国リスクが顕在化したから、チャイナ・プラス・ワンの東南アジアや、欧米3極体制の強化、という方向に考えが向くらしい。上にあげたイアン・ブレマーは、「ジャスト・イン・タイムからジャスト・イン・ケース(=万が一)へのシフト」と、うまい表現をしていたが、日本ではリーンな調達をやめて、部品在庫を積み上げたという話も、ほとんど聞かない。サステイナブルどころか、SDGsもパリ協定も、コロナ不況で当然棚上げだ、という論法もきく。

このような考え方の違いは、どこから来るのだろうか。

疫病というのは、個人で防ぎようのない外部環境の変化である。こうしたリスク事象に対応する戦略には、回避・転嫁・軽減・受容の4つあると、PMBOK Guide(R)やリスク・マネジメントの教科書は説く。このうち、軽減戦略は、ワクチンや治療薬の開発だから、これは年単位の時間がかかる。もちろん受容戦略(=何もしない)など、誰だってとりたくない。すなわち、転嫁戦略か、回避戦略を選ぶことになる。

転嫁戦略とは、すなわち社会的に保険をかけることを意味する。保険とは、多数の人間が少しずつ保険料を負担して、被害にあった人を助ける費用を用意する、という仕組みだ。いいかえると、共有によるリスク分散である。医療・保険制度は、その典型だ。もっと分かりやすく言うと、支え合いである。

これに対して回避戦略とは、極力、リスク発生を避けるために、自分の行動に制限をかける方策だ。すなわち、ロックダウンであり、外出時は三密を避けることであり、巣ごもりで自分を守る(その間は貯金をおろして食いつなぐ)、を意味する。つまり、自助努力・自己責任の論理だ。

そして世界中の国が、このどちらの方策もとってきた。問題は、どちらに軸足を置くかだ。たとえば、ロックダウン解除後の生活で、お金(経済=賃金)をとるか、安全をとるか。その選択と責任は、転嫁戦略では社会全体がカバーすることになる。回避戦略では、個人の側にヘッジされる。

たとえばイタリアの場合、EUから財政赤字と巨額累積債務の削減を迫られ、医療費がカットされた。公的病院は統廃合され、病床数は減少、医療従事者の早期退職と給与削減を進めた。結果として医師は民間病院や海外に流出し、医師不足を引き起こしたと言われる。医療制度という社会的な保険のシステムを、やせ細らせた結果が、今回の疫病流行だった(もちろん、それ以外の要因もあるだろうが)。

アメリカなどは、州によって(ないし州知事の所属政党によって)対応方策はかなり分断されている。そして世界には、回避戦略どころか、そもそもこの問題の所在を認めない国もある。そうした国では、疫病は基本的に個人責任である。疫病だって、個人が強い意志を持てはコントロールできるはず、というのがその背後にある論理だ。

結局、環境原因によるパフォーマンス低下は、100%本人の責任なのか、それとも一部を社会が背負うべきなのか。これが、現在突きつけられている問なのである。そして、答え方によって、ニュー・ノーマルの将来の姿が異なってくる。

ただ、社会の95%を解決しても、5%が未解決で残ったら「失敗」なのが、感染症の問題だ。そういう意味では、たとえ強い個人が大多数でも、社会に少数の弱者がいたら、封じ込めは難しい。シンガポールの場合、当初の対応は称賛されたが、のちに外国人労働者の低劣な環境から、感染症が外に広がってしまった。つまり社会の中に、極端な格差が共存すると、問題が発生するのだ。同じように、たとえ日本や先進諸国が感染症問題を解決しても、アジア・太平洋やアフリカのどこかに感染国が残ったら、やはり失敗なのである。

欧州中世末期のペストの流行は、パリなど都市の下水道整備のきっかけとなった。社会全体で、対策のシステムを共有した訳である。しかし英国ではこれが遅れて、19世紀まで下水道が整備されなかった。ニュートンが疫病流行で故郷に帰っていた背景には、そうした違いもあったのだ。社会レベルでリスク対策のシステムを考えるべしというのが、パンデミック後のニュー・ノーマルの姿なのだろう。


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by Tomoichi_Sato | 2020-06-30 23:36 | ビジネス | Comments(0)

IT、プライド、プロフェッショナル 〜 人間不在のデジタル論議

Tさん、メールどうもありがとうございます。久しぶりですが、お元気そうで何よりです。
あの奇妙な「半強制的自粛」の数ヶ月間も、ずっと職場で忙しくされていたと伺い、少し驚いています。たしかに現場を持っておられる立場ですから、やむを得ないとはいえ、まことにご苦労様です。

ところで今回、突然、新任の上役からTさんに降ってきた「DX化」の指示の事を伺い、失礼ながら思わず、昔読んだDilbertのマンガを思い出してしまいました。「Dilbert」とは、ハイテク企業のバカバカしさを風刺した、米国の新聞連載マンガです。

その中で、ずっと部長の秘書をしていた女の子(たしかティナとかいう名前でした)が、秘書業という仕事の報われなさに嫌気が差して、エンジニアに職種転換を希望しようとします。しかし、同じ職場のアリスという女性エンジニアが、忠告して言うのです。
「エンジニアになるには、何年もの訓練がいるのよ。」

そして、付け加えます。
「でも、エンジニアのボスになるには、何の訓練もいらないわ。それって、労力のいらない労働なの。」
これを聞いてティナも答えます。
「だったら、わたしにもできそうね。」

エンジニアに、ただ指示や命令を下し、また結果を論評して業績評価をするだけなら、何の訓練もいらない。また、訓練なしに、エンジニアのボスになっている人間が、あまりに多い。そういう状況を、作者のScott Adamsは皮肉っています。

もちろん、本当にちゃんとエンジニアを指揮したかったら、少なくともその仕事の概形について、また難所やトラップについて、熟知している必要があります。また仕事を頼んだ際に、そのコスト感や必要なスケジュールの感覚を持っていなければ、まともな指揮ができる訳はありません。

それはちょうど、オーケストラの指揮者と同じです。指揮者は、別にヴァイオリンやファゴットやティンパニなど、全部の楽器を演奏できる必要はありません。でも、譜面からまともな音を作るための構想を持ち、ほしいアウトプットについて、各演奏者に的確に伝える能力が必要です。演奏のどこが難しいのか、足を引っ張りがちなのはどのパートなのか、分かっていなければなりません。もちろん、指揮者になるには、楽器演奏とは別の、専門的な訓練が必要です。たんに棒だけふればいい、という訳ではないのです。

それにしても、DXですか。IT業界という世界は、どうして繰り返し、バズワードの流行を追いかけて回っていくのでしょうか? DXすなわちDigital Transformationという用語に、正確な定義があるかどうか知りませんが、少なくともそれは、ビジネスの転換(すなわちBusiness transformation)のための手段であったはずです。それが、いつの間に目的に昇格してしまったのでしょう。

まあ、手段が目的化するのは、人間社会の常だといえなくはありません。プロジェクトなんてのも、多分にその性質を持っていて、わたしも身の回りでよく見かけますし、自分も苦しくなるとそういう病に落ち込んだ経験があります。なんとか青息吐息、プロジェクトを完遂した。しかし出来上がったプロダクトは、ユーザがちっとも使ってくれなかった。大声では言えないですが、そういう事だって一度だけではありません。

ただ今回、Tさんが受けたご指示のように、「ITのプラットフォームを作れ、プラットフォーマーになれ」という話となると、あらためて「それは目的ですか、それとも手段ですか?」と問い直してみる方が良さそうです。DXの物語は、なぜかプラットフォーム化とワンセットに語られることが多いようです。が、企業や市場の規模の大小も無視して、誰もが目指すべきことでしょうか。

iPhoneのアプリ市場は、Appleがプラットフォーマーですが、個別のアプリを売っているプレイヤーだって、それなりに利益を上げ、成長している所も多いのです。プラットフォーマーになるか、プレイヤーの立場を取るか。必要な先行投資額も違いますし、リスクも収益モデルも違います。結果さえ出れば、別にライバル企業のプラットフォーム上で、プレイヤーとして活躍するのでも、良さそうに思えます。まずは落ち着いて、戦略的選択をするべきじゃないでしょうか。

AI活用の話も同様です。ITには素人だという、その新任の役員の方が、AI=人工知能なるものを、どう理解されているのかは分かりません。ただ現時点のAIというのは、要するに機械学習です。機械学習がちゃんと働くめには、相当量の「教師データ」が必要です。ところで、たいていの職場で障害になるのは、「データがない」という問題です。

データがない? そんなバカな! この会社な何十年、業界で稼いできたと思っているんだ。過去のデータなんていくらでもあるじゃないか。第一、そうでなけりゃ、毎回の見積だって出せやしない・・そんな声が聞こえてきそうです。

しかし、大抵の人が「ウチには沢山あるはずだ」と思っているのは、『情報』であって、『データ』ではないのです。こんな事をいまさら、Tさんに申し上げる必要はないと思いますが、世の中の多くの人は、データと情報の違いを知らないし、混同して使っています。

情報とは、「人間にとって意味をもたらすもの」です。
これに対し、データとは、「数字や文字の形式化・定型化された並びのこと」を言います。

さらに言うなら、データとは、きちんと索引化され、機械が迷わずにアクセスできる状態になったものでなければなりません。大抵の人は、Excelで作った請求書の金額の数字を、「データ」だと思っています。しかし、もし請求書の欄の位置や行数がバラバラで、毎回少しずつ違い、かつ、保管されている請求書のExcelファイル名もきちんとルール化されていなかったり、PCのフォルダに勝手気ままに保存されていたりしたら、それは「データ」とは呼べません。

少なくとも、そんな状態では、過去のAIのインプットとしてのデータの名には値しない、ということになります。それをAIに食わせて「学習」できる状態にするまでに、相当の手間暇がかかるのは、火を見るより明らかでしょう。

でも、メールを拝見して、何よりも気になったのは、そういった戦略論や技術論ではありません。心配なのは、Tさんの配下にいる、ITエンジニアの方々の事です。

「そもそもウチみたいな部品メーカーに、ITがやりたくて、入社してくる人間は居ない」と、上役の方はおっしゃる。「だから、本当のプロフェッショナルがいない。だったら、外から連れてくるしかない。」とも。そして、「DX実現のためなら、高い給料を払ってでも良い」と、Tさんの前で発言されたそうですね。

それを、周りのITエンジニアの皆さんが、聞いていなかったことを祈ります。まあ、役員室の中の会話だったのでしょうが。ただ、もしこの理屈が通るなら、同様に、財務や法務や人事のプロだって、御社にいないはずになります。だって、そうした仕事を求めて部品メーカーには来ないはずですから。

それなのに、なぜITエンジニアだけが槍玉に上がるのでしょうか? もし、その乱暴な断定にも一理あるように見えるのだとしたら、なぜでしょうか。

それは、失礼ながら、御社では、ITエンジニアとして技術を極めても、能力を磨いても、あまりいいことがない、と見えているからではないでしょうか? 財務畑や営業畑からは、役員レベルに出世できる。だがITエンジニアからは、部長レベルより上には、上がれない。違っていたら、お許しください。でも、もしそうだとしたら、IT職種の人は、どこに評価ややりがいを見出し、何を励みに勉強して技術を磨くでしょうか。

かなり以前のことになりますが、わたしがはじめてリーダー格として中間管理職になったとき、大先輩から教わった教訓があります。それを、ここにもう一度披露させてください。部下を持ったら、心がけるべき3つのレベルの話です。

・第一レベル:部下が、安心して働けるようにすること
・第二レベル:部下が、責任感をもって働けるようにすること
・第三レベル:部下が、よろこびをもって働けるようにすること

これは、この順序で達成すべし、と言われました。まず、安心して働けること。安心できなければ、責任感を持てるはずがない。そして責任感がなければ、よろこびを持てないから、と。

安心して働けるとは、すなわち、働く職場の労働環境を、清潔で心地よくすることであり、また、労働時間と賃金が一致する(つまり残業はちゃんとつけられるし、サービス残業などない)ことです。さらにいえば、いつクビになるかと、心配しながら働く状態でもない、英語で言うジョブ・セキュリティが確保されていることも大切です。

責任感を持って働けるとは、言いかえれば仕事への「オーナーシップ」と、プライドを持つこと意味します。部下が、これは自分の仕事であると、前向きに思い、結果に対してプライドを感じること。「やらされ感」やリスク回避だけで、仕事をやっつけないこと。そうしないと、まともな結果は出ません。

ただ、昨今多くの人は、「プライド」という言葉についても、妙な誤解をしているようです。プライドとは、誰か他人と自分を比べて、自分に優越感を感じることだと、思い込んでいます。それが故に、だれかマウンティングできる相手を、無意識のうちに探していたりする。しかし本来、自尊感情・プライドとは、自分自身の矜持を指します。つまり、かりに自分がどんなに社会的・経済的に苦しくなっても、「これだけはしない」という矜持を心の中に持つことです。

プライドという英語を、あえて「気高い心」と訳した知り合いの翻訳家がいますが、名訳に思えます。気高い心を持つ人は、すぐ他人や他国をバカにする人ではありません。そういう行為は、あまり気高くないですから。

そして第3のレベル、よろこびをもって働けるとは、すなわちプロ意識と、成長のキャリアパスが明らかである状態を指します。誰でも、成長して新しい能力を身につけることは、よろこびです。よろこびのない職場から、良い仕事が生まれるはずはありません。また矜持のない人間がプロ意識をもつことも不可能でしょう。

プロ意識を持つ人は、他のプロも尊重します。逆に、他人の職域やスキルに敬意を持たない人は、自分がプロ意識を求めていないのでしょう。そういう人は、たぶん別の何かで、自分を支えているのです。たとえば地位だとか学歴(入学歴)だとかで。そして、プロ意識がない人は、他人の職域に対して勝手に口を出したり、批評したり、「自分ならもっとうまくできる」と思い込んだりする傾向があります。

そして、もし御社のIT部門で、「DXに向けた人材不足」が語られるのだとしたら、上記のレベル3やレベル2が、十分満たされていないのかもしれません。将来のキャリアパスも見えず、希望も喜びも感じられないなら、誰が成長しようと頑張るでしょうか。社内のIT人材の、希望の在り処はお構いなしに、ビジネスの道具として外部デジタル技術にばかり目を向ける「デジタル論議」は、人間不在で歪んでいるとわたしは感じるのです。

そして、この根底には、ITシステムという仕組みの経済的価値が「見える化」されていない、という問題があるのでしょう。もし、ITシステムの構築と運用が、目に見える形で金銭化され、利益や資産に計上されるなら、社内での位置づけも変わってくるはずです(会社って、そういう「現金な」場所ですから)。

それはちょうど、御社における設計の位置づけの問題に、少し似ています。以前、Tさんが技術部門にいたとき、こぼされていましたよね。「一所懸命がんばって良い設計をして客先に持っていっても、それでお金になる訳でもなく、結局、量産段階になって横並びで買い叩かれるだけ」と。そういう状態では、設計部門のエンジニアが社内的に報われるはずがありません。なんとかして「価値の見える化」を具体的に講じて、エンジニアのモチベーションを高める道を、探す必要があると思います。

・・すみません、いつもの癖で、つい長広舌をふるってしまいました。ITエンジニアのキャリアパスについては、まだ論じたいこともあるのですが、別の機会にしましょう。こういう時勢で、なかなか県境を超えた移動もままならない日々が続いていますが、できれば近い内にまたお目にかかれますように。
どうかご自愛ください。そして御社のDX論が、実りあるものになることを祈っております。


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by Tomoichi_Sato | 2020-06-19 23:56 | ビジネス | Comments(0)

エンジニアリング・チェーンのマネジメントと、生産技術というボトルネック


エンジニアリングという仕事は基本的に、毎回毎回のプロダクトがすべてユニークであり、個別的な一過性の仕事です。それが創造的であればあるほど、「標準化とカイゼン」からなるPDCAアプローチが、とりにくくなります。そういう個別的な仕事をマネージするとは、業務を「予見(計画)可能にし」、「再利用可能(繰返し可能)にする」、の2つの事から成り立ちます。以下、具体的にご説明しましょう。

(1) まず、業務の全体像を予見できるようにすること

個別的な業務を予見可能にするとは、どういう意味でしょうか。『個別性の罠』にとらわれないためには、ユニークな業務であっても、その行き先をある程度、予測できるようにすることが必要です。かつ、望ましい形に進むよう、計らう必要があります。

それは端的に、その業務がいつぐらいまでかかり、どれくらいの費用を要し、どんな工数を必要とするのかを、つかむことです。そのためには、業務のボリュームや作業の構成を考え、全体の工期・工数・コストなどを、見積もる能力をつける訳です。そして、それに応じた体制や予算、人のアサインなどを決めていきます。つまり、計画していくということです。業務を「計画可能にする」といってもいいでしょう。これによって、いわば野放しの「野獣」を、通常の仕事の体制や予算の中に、取り込めるようにしていきます。

(2) 次に、その業務を繰り返し可能にすること

次にすべきは、個別性・一過性の業務の結果を、繰り返し(再利用)可能にすることです。仕事の成果物を出し終えたら、ほっとして一息つき、それから一件書類をどこかの机かサーバのフォルダにしまって、あとは忘れてしまう。次に似たような仕事が来たら、「えーと、前にやったあの仕事はどうだっけ」とファイルをひっくり返して探す・・こういう状態では、再利用可能とは言えません。

とくに設計に関わる仕事の場合、結果としての仕様書や図面だけでは再現するのに不十分です。「なぜこういう形になったのか」が分かるよう、検討の方針や前提条件、そして途中の計算書なども、合わせて保存される方が望ましいことは、皆さんご承知のとおりです。ですが、この部分がしばしば、ないがしろにされがちです。

もちろんできるなら、ちゃんと一件書類としての保存のフォーマットと必要なコンテンツのリストを決め、インデックスをつけて、マスターファイルに保存すべきでしょう。設計の成果物だけでなく、どれくらいの期間と工数がかかったのか、体制や担当者は誰だったのかといった、業務のパフォーマンス面でのデータも必要です。

このようなところまで持ち込めば、標準化に繋げられるようになります。いったん業務を標準化できれば、PDCAとカイゼン文化に接続できるのです。つまり、野獣だったものを「家畜」にできる訳です。

エンジニアリング・チェーンのマネジメントと、生産技術というボトルネック_e0058447_18404412.jpg

ところで、初めてチャレンジする一過性の仕事なんて、本当に「計画」できるのか、という疑問があるかもしれません。当たって砕けろ、まずは走り始めてみて、それから必要に応じて考えたらいいじゃないか。それが現場力というものだ、という考えもけっこう、強いと思います。

製造業は中期経営計画があり、年間や半期の予算計画があり、月度の生産計画やら販売計画やらがあって、という風に「計画づくし」ですが、こうした計画類はある種、サイクリックなルーチンワークです。ルーチンにはまらないものが出てくると、突然、計画立案の手を止めてしまう。あるいは思考停止になる。そして、現場力という名の「出たとこ勝負」に走ってしまう。

これは計画という仕事のプロセスや手順を、よく知らないから起きるのです。一過性の仕事の計画立案というは、次のような6つのステップを踏んで進めるべきものです。


0 何をなすべき仕事なのかを明確にする。ゴールは何か。目的・目標は何か。そして制約条件は何か。これを言葉にします。

1 次に、それを実現するために必要な要素作業(Activity)をすべて洗い出し、構造化・リスト化します。重複も、洩れもないように。

2 それぞれの要素作業(Activity)を誰がやるべきかを考え、体制図を決めます。

3 要素作業(Activity)の順序と、必要な期間を考え、タイムテーブルをつくります。

4 必要な期間と作業量から費用を求め、収支の予算を作ります。

5 リスク・アセスメントを行い、必要な事前対策を講じます(つまり、必要ならば1〜5に戻って計画を修正するということです)。

ここで大事なことは、作業(『要素作業』=Activity)を思考の中心に置くことです。製造の世界はモノを中心に考えがちです。そしてモノの構成と物量は、成果物の部品表(BOM)に従う、ということになります。しかしエンジニアリング・チェーンの仕事においては、まだ肝心の成果物の設計ができておらず、部品表(BOM)だって固まっていないのです。

ただし、エンジニアリングという仕事の特徴は、成果物が異なっても、作業のプロセスと構造はかなり共通している点にあります。必ず商品企画から始まり、製品基本設計→製品詳細設計→工程・設備設計→ライン設置→生産準備、という流れで動きます。この順序が逆になることは普通、ありえません。ここが計画化のカギになります。

各作業はさらに、サブ作業からなり、その内部の順番もあるでしょう。たとえば設備設計は機械設計・制御設計・電気設計・構造設計といったサブ作業からなり、機械の制御方式が決まらなければ電気は決まらないし、機械の重量や応力が決まらなければ指示構造設計もできません。

こうした要素作業の構成と順序関係は、設計の対象物が異なっても、変わりません。個別に変わるのは、作業量(工数)です。

そこで、上のステップ1で要素作業(Activity)を洗い出す際に、その作業の工数を左右する代表的なメトリクスを、あわせて推測します。構成機器数だとか、制御のI/O点数だとかいったものです。もちろん初期の段階ですから、ラフカットな推測に過ぎませんが、工数がわかれば、あとは投入するリソース(人員数)と生産性から、期間が分かり、費用も推算できます。これが計画のベースになるのです。

そしてステップ1から5まで進めることで、個別業務について、成果物一覧・作業リスト・体制図・スケジュール(工程表)・コスト集計表・リスク登録簿などが整備されることになります。

ステップ1のベースとなるのは、設計対象の構成と数量に関する、ざっくりとした推定です。代表的なアイテムについてのメトリクスがある程度、の精度のものです。これを「計画用BOM」と呼ぶこともあります。そしてステップ1の結果として得られる作業リストとは、すなわちエンジニアリングの「BOP = Bill of Processes」に他なりません。

そして、ここあげた計画の手順は、まさにプロジェクト・マネジメント計画書をつくる手順そのものです。プロジェクトの定義とは、「ゴールのある、個別的・一過性の仕事で、かつ失敗のリスクを伴うもの」ですから、エンジニアリング・チェーンの中の業務とは、プロジェクトそのものなのです。

ただし、以前も指摘したとおり、現在のPM標準には、調達論や品質論があるのに、肝心の設計論がありません。設計論のないPM標準では、エンジニアリング・チェーンをつなぐマネジメントは、うまくハンドリングできない点が問題だと感じています。

ところで、多くの企業がエンジニアリング・チェーンのマネジメントに悩む、もう一つの理由について、述べておきたいと思います。それは、人の問題です。

チェーンは鎖であり、鎖の強さとは、一番弱い輪で決まる、とはよく言われることです。それでは、今日の日本の製造業における、一番弱い輪とは、どこでしょうか? 

それは、生産技術の部分にある、とわたしは考えています。製造業の生産技術部門が、どこも人材的に弱体化しているのです。10年前に比べて、半分以下になっている、という指摘をする人さえあります。生産技術部門は、工程・設備設計から生産準備までを担う部門です。そして製造部品表(M-BOM)のお守り役でもあります。そこが弱体化し、エンジニアリング・チェーンのボトルネックになっている。

証拠もあります。これはやや古い調査ですが、日本機械工業連合会による「グローバルに対応する生産技術者の確保・育成に関する調査研究」(2012/03)から引用した図です。それによると、生産技術者が「不足している・どちらかというと不足している」と答えた企業は、合計で

・質的な面:    92%
・人員の量的な面: 83%

となっています。つまり、人数的にも、そして能力的にも、生産技術者が全く足りていない、という事実を示しています。
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なぜこのような事態になったのでしょうか? 以下は推測ですが、やはり2008年のリーマン・ショックが一つのきっかけだったのではないかと考えます。この時、企業はかなり人減らしを行いました。ただ人員削減といっても、直接ライン部門を動かしている、製造や生産管理はなかなか切れません。また、新製品の開発を行う製品設計の部門は、優秀な人材を温存しておきたかった。

そこで、スタッフ的な業務が中心となる生産技術者を切っていくことになった、と想像しています。事実、わたしはその頃、国内メーカーでの職を失い、しかたなくアジアの新興国に行き、そこの企業で新しい製造ラインづくりや工場づくりに携わっているベテラン技術者の人を、何人も知っています。

また、仮にリストラにはあわなかったとしても、本社から海外に赴任して帰ってこない、という人も多いと思われます。海外工場展開を盛んに行っている企業では、新工場の立ち上げに生産技術者を派遣しいます。しかし、熟練工を集めにくい海外では、新工場はなかなか簡単に立ち上がりません。かくて2〜3ヶ月のつもりで出かけ、いつのまにか半年から1年2年も帰ってこられなくなる例が、多かったのではないでしょうか。

そうした中、突如、AI/IoTブームが来て、「我が社もなにかスマート工場化の取り組みをしたい」と急に経営層が思いついても、(あるいは人手不足が深刻化して「我が社もロボットを入れて自動化をしたい」と考えても、という場合もあると思いますが)、生産ラインを増強できる肝心の生産技術者が足りない、という事態が出現します。

この問題を解決するにはどうしたら良いでしょうか。首にした人々を呼び戻す? あいにく、話はそう簡単ではないと思います。また、いったん人数が半分以下になり弱体化した部門を、元の姿まで強化するのは、そう手早くできる事ではありますまい。

わたしは、生産技術部門の仕事、とくに生産設備設計から導入までの、ボリュームの大きな業務(かつ、時期的には波の大きな業務)を、自前主義からアウトソーシングに変えていくべきだと考えています。そして、アウトソースの受け皿となる業界、すなわち『工場エンジニアリング業界』(ないしラインビルダー業界)を育てるべきだと考えています。そして、ベテラン技術者の人たちが日本で再活躍できる場を提供するのです。

わたしが勤務先の業務のかたわら、(財)エンジニアリング協会で「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」なる活動を進めているのも、このような問題意識を持ってのことです。

エンジニアリング・チェーンをマネージする事は、地味な上に、なかなか単純ではありません。しかし、日本の製造業が再び力を得て羽ばたくために、少しでも皆さんと知恵を共有したいと考えて、こうしたお話をさせていただいている次第です。

(なお、講演におけるBOMやPLM関連の話題の部分は割愛しています。それについては、別の機会にまたご紹介できればと思います)


<関連エントリ>
 →「PMにはなぜ設計論がないのか?」 (2019-11-21)
 →「エンジニアリング・チェーンをゆるがす『個別性の罠』とは」 (2020-01-19)




by Tomoichi_Sato | 2020-01-26 22:36 | ビジネス | Comments(0)