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書評:「ザ・ジャストインタイム」 フレディ・パレ&マイケル・パレ 著

ザ・ジャストインタイム 〜現地現物が最高の利益を生む (Amazon.com)


技術はある。製品も売れている。上場したばかりのその会社は、傾いたライバル企業を買収し、工場と人と生産能力も手に入れたはずだった。だが、なぜか資金繰りが苦しくなり、銀行からは与信枠の拡大を拒まれて、今や八方ふさがりの状態に陥っていた——

この小説は、窮地に陥った若き経営者フィルが、友人マイクの父親で、リーン生産の専門家であるボブの助言をかりつつ、何とか会社を建て直していくスリルに満ちた物語である。ボブはかつて自動車部品メーカーの役員をしていた人だが、いくつもの会社を渡り歩き、経営を好転させては、避けがたい権力抗争に敗れて会社を去ることを繰り返した後、引退し趣味のヨットに打ち込んでいたのだ。

ボブをなんとか口説き落として、生産現場を見てもらうことになったが、ボブは現場を一渡り見てから、こう宣言する。『ここは金脈だと自分に言い聞かせなさい。われわれの仕事はそれを見つけ出すことだ。わかるか?』(p.60)

生産管理とは、宝の山である。しかし、ほとんどの経営者は、それに気づかない。おまけに技術者や製造技能者も、かっこいいモノを設計したり作ることが自分たちの本来の仕事だと信じ、生産管理は「雑用の山」だと考えている。だが、その雑然とした山の中にこそ、金脈は隠れているのだ。まさにこの小説が"The Gold Mine"という原題をもつ所以である。

本書の舞台はアメリカ西海岸だが、著者のフレディ・パレとマイケル・パレはフランス人の親子である。フレディは長年ルノーに勤務し、トヨタ生産方式の欧州における普及に尽力してきた。息子のマイケルはパリ・アメリカ大学の准教授で作家だ。つまり、この小説のマイク(大学教員で心理学者)とその父親ボブは、彼ら自身がモデルな訳だ。ともあれ、フランス人が書いた、トヨタ生産方式による企業改善の物語という点で、本書はまことに異色、かつ新鮮である。米国式経営一辺倒でもない、単純な日本礼賛でもない、そのきわどいバランスに成功している。ほんのちょっぴりだが、ロマンスの香りもある。

世にビジネス書は数多く、いわゆる経済小説も少なくない。しかしたいていの小説が描くのは、もっぱら経営者の人物ストーリーである。事業の成功も失敗も、すべて経営者個人の人格と手腕による——こうした説明は分かりやすいが、つねに真実ではない。現実に事業のプラスとマイナスを分ける微妙な差は、生産管理のようなシステム・レベルの問題で起きている場合が多いのだ。

そして生産の仕組みをきちんとしたければ、まず生産に関わるもの全員に、「生産とはシステムである」という思想をインストールしなければならない。生産管理とは、この動的なシステムを御するための手立てである。しかし、このような抽象的な考え方は、あいにくメディアの手短かな感動記事になりにくいし、勉強したくとも世の中に良い生産管理の本は、案外少ない。だから、本書のような小説形式による説明が有用なのである。

多くの経営者は、規模を拡大すればスケールメリットで生産コストが下がると、単純に信じがちだ。だが、それはB2Cで企業向けに受注生産している会社には、ほとんどあてはまらない。この点を小説は最初に指摘する。

「生産数量が2倍になれば、コストはおよそ10%下がる。(中略)しかし、製品の種類を倍にすると、やはり10%か、それ以上コストが上昇する。困ったことに、工業製品の顧客はたいてい特注品をほしがるものだ。だから、たとえ主力製品ないし技術だけを扱っているつもりでも、実際に売っているのは単一の製品ではない。よってスケールメリットは具体化しない。コストは生産数量に応じて上昇するんだ。」(p.19-20)

この会社が製造しているのは、エネルギー・プラントに使う高圧電流用の真空遮断器である。一般読者には馴染みのない種類のものだろうが、組立加工業種に属する点では、多くの製造業とかわりがない。ボブは、改善の着眼点を教える。

「(製品の)流れを一つ選んで、上流に向かって歩く。そして、工程をたどりながら在庫の数を数える。ムダはほとんど目に見えない。だが在庫は目に見える。そして在庫があるところ、裏には必ず何らかのムダがひそんでいると推測できる」(p.63)
「あそこの女性、部品の山をかき分けて、次の作業に使うたった一つのものを探している。明らかに彼女は仕事をしている。だが、彼女の努力は製品に何一つ価値を付加していない。動きと働きは別物であることを認識すべきだ。(中略)作業の改善とは、動きを働きにかえることだ。」(p.41)

この会社が資金ショートに陥っている理由は、明らかに在庫の過多だった。しかし、ボブは在庫削減に手をつけることはしない。真っ先に指摘したのは、不良の問題だった。

「納品した1,000台のうち5台が不良品というのは、わたしの感覚からすれば許しがたい多さだ。それでは航空会社が乗客の荷物を紛失する確率と大して変わらない。」(p.40)
「赤いプラスチックのゴミ箱をいくつか用意したまえ。それをそれぞれの持ち場に置く。作業者に与える指示は一言、『作り直すな』だけでいい。手に取った部品に何か気に入らないところがあれば、それが前工程から流れてきた装置だろうと、材料だろうと、赤いゴミ箱に入れる。それだけのことだ。」(p.126)

ここには、優先順位の問題がある。これこそ、多くの企業がトヨタ生産方式に関して誤解している、最大の点である。真っ先に考えるべき事はコストダウンではなく、顧客満足、すなわち顧客に迷惑をかけないことなのだ。

「わたしの会社が初めてトヨタと仕事をしたのは、彼らのサプライヤー開発プログラムに参加した時だったが、トヨタは、われわれの工場で納品が滞っている全てのエリアの在庫を増やせと言ったんだ。(中略)それは、いわゆる緩衝在庫だったがね。それはすなわち、何より納品に全力を注げと言うことだ。(中略)納期の遅れも数量の不足もなく、確実に納品できるようになったら、放置してきた在庫の削減に集中する」(p.95)

もちろんボブは、アメリカ流の数字至上主義の経営思想が、工場を窮地に追いやり、結果として製造業の空洞化をまねいたことを指摘するのも忘れない。

「最も効果的なコスト削減の方法は、工場をたたんでしまうことだ。(中略)わたしが知っているある工場は、親会社の経営陣によって『コストセンター』に変えられてしまった。工場の経営層のボーナスは、削減できたコストの額と結びつけられた。当然ながら彼らはコスト削減に励んだ。顧客への出荷はとめどもなく落ち込んで、製品に質はどこまでも悪化した。1年後、最大の得意先2社に見限られ、工場全体を閉鎖するしかなかった。」(p.94) ——このような事例は、遺憾ながら、わたしの関係する業界でもみかけたことである。

若き経営者のフィルは、もともと物理学者で、研究から画期的な新技術を発明して企業化した人間である。生産については素人なのだ。ボブは彼に、生産管理の基礎的な式や定義も含めて、ゆっくりと説明していく。

タクトタイム = 1日の稼働時間 ÷ 1日あたりの顧客需要」(p.115)
「作業者数 = 作業内容の合計 ÷ タクトタイム」(p.118)

そして、在庫問題の発生する本当の原因が、作業のばらつきに起因するムダにあり、標準作業を工夫する必要性に気がついていく。かくて話は、しだいに流れの整流化の方向に向かう。

「ミスをなくし、作業を標準化する最善の方法は、1人の作業者のサイクルを1分以内にすることなのだ。いいかね、1分だぞ。」(p.229)
「(ラインから人を減らすときに)仕事のできない者を外す傾向があるが、それは大間違いだ。そんなことをしていたら、いつまでも仕事を覚えないからな。」(p.109)

「翌週、何を作るかを知るためには、顧客の計画を知らなければならない。」(p.412)

しかし当たり前だが、このような生産現場の改革は、あちこちで人の抵抗に遭う。現場の労働者からも、リーダークラスからも、そして開発技術者や、経営者からも反発・批判・無理解が出る。

「大事なのは人だ! 機械でも、組織でもない。金ですらない。人には考えも感情もある。自分の仕事もよく知っている。部下とは協力関係を築くべきであって、敵に回すのは論外だ。金は結果に過ぎない。協力し合った時、人がどれほどすばらしい仕事をなしとげることができるか、金はその記録帳のようなものだ。」(p.154)
「責任感を持てと命じても仕方がない。感情の問題だから。命令されて責任感を持つようになるものはいない。」(p.184)

後半、現場を見ずに、頭の中だけでジャストインタイム風の施策を講じ、MRPを週次で回してはサプライヤーにJIT納品を押しつける管理職が出てくる。彼に対するボブの態度はきわめて辛辣だ。「大事なのはアティテュード(態度)の問題だ。」と彼は言う。結局この男は職場を去ることになるが(このあたりはいかにもアメリカ的である)、日本だったら簡単に辞めることはないし、クビにすることだってできない。そういう点では、この小説を読んでそのまま日本に当てはめようとしても、そう問屋はおろさないだろう。我々は我々なりに、別のタクティクスを考えなければならない。

小説の最後に近くなってから、田中さんという日本人が出てくる。大野耐一から直接教えを受けたという老人だ。もちろん西洋のドラマだから、彼は(まるでスター・ウォーズのヨーダの如く)東洋風の叡智に満ちた人間に描かれる。しかし、この小説は、毎度毎度同じ事を繰り返し説くトヨタ流への風刺も忘れない。たとえば在庫量を湖の水位にたとえ、水位を減らせば隠れていた岩(問題)が見えてくる、という話を引用したあとで、こんなジョークを紹介する。

「ペルーでフランス人と日本人とアメリカ人が工場を建てようようとしていた。だがゲリラに捕まって人質にされ、資本主義の手先だから銃殺すると言われた。ゲリラは3人に、最後の言葉を残すことを許した。フランス人は『フランス万歳!』と叫んで撃たれた。次は日本人の番で、『では湖と岩について話したい』と言った。その途端にアメリカ人が飛び出してきて、銃口の前でシャツの胸をはだけて叫んだ。『湖と岩の話をもう一度聞かされるくらいなら、先に撃ってくれ!』」(p.264)

大野耐一については、こんなジョークだ。

「たとえば100人の人員が、ある生産を問題なくやりとげられるとする。すると大野耐一がやってきて、10%もの人員を連れ去り、残りの90%で同じ内容の業務に当たらせる。当然ながら、残った人員はありとあらゆる問題に直面する。そして、ようやく問題を解決して、新しい目標を達成したかと思うと、また大野がやってきていう。『よし、今度はもう10%連れて行くぞ』。彼らは全員叫んだらしい。『Oh, No!
 そこでこの方式は、『オーノ』方式として知られるようになった。」(p.83)

もちろん小説だから、改革はいくつもの抵抗に遭いながらも、次第に成功の方向に向かっていくし、読者だってそれは予期している。ただ、その過程で経営者フィルは大事な部下を失ったり、いくつもの辛酸をなめた上で、次第にスタートアップの発明家からリーダーに成長していく。

「常に優秀な人間からいなくなる。それがリーダーにとって2番目に大きな問題だな。」(p.440)
「チームのメンバーに、自分の職場が一番だと思わせなければならない。この雰囲気、この価値を実現する職場は、他にきっと見つからないと。」(p.442)

他方、友人マイクは心理学者らしく、その問題にコメントする。

「人が仕事をしていて何に幸福を感じるかを、ずっと調べている研究者がいる。その調査によると、課された仕事の難しさと、その人の仕事に対する習熟との間で、バランスが取れていなきゃならないらしい。仕事が重すぎるとストレス過剰になり不安な気分になる。(中略)もう1つ大切なのは、人には自分の置かれた状況を合理的に説明してくれる理論が必要だということだ。きちんと説明がなされれば、彼らは幸福でいられる。」(P.217)

当たり前だが、仕事の問題は人にはじまり、最終的には再び人に行きつくのだろう。

「部品を作る前に人を作るべし。」(p.217)
「改善はむしろ、人を作る1つつの方法だ。」(p.403)

しかし、その円環の途中には、混沌を排し、人が単なる『動き』でなく『働き』に集中できる生産システムの構築が必要なのだ。そして、そのシステムの設計と構築には、たしかに理屈が必要だ。だから本書には、数字による四則演算レベルの説明例は多く出てくる。けれども、難しい数式など一つもない。生産管理とは、別に文系理系を問わず、普通の知性の持ち主ならば理解できるし、理解しておかなければならないはずのものである。小説としてはけっこう分厚い方だが、きちんと生産の思想を学びたいと思う人には絶好の入門書であろう。強くお勧めする。翻訳も読みやすい。
by Tomoichi_Sato | 2014-10-26 16:40 | 書評 | Comments(0)

書評:「マエストロ」 さそうあきら

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新装版 マエストロ(1) (アクションコミックス版)

マエストロ : 1  (Kindle版)


マンガの書評を書くのは本当に久しぶりだ。でも、この「マエストロ」全3巻は、夏休みに読み直して、やはり傑作だとあらためて感じたので、取り上げることにした。

不況で、日本屈指の名門交響楽団が解散する。行くあてを失った音楽家達が、謎の老人指揮者・天童のもとで少しずつ集まり、オーケストラを再結成する。演奏曲目は、「運命」と「未完成」だ。最初は不信と疑惑と、お互いへの反目に満ちていた音楽家集団が、しだいに天童の不思議な音楽づくりに引き込まれ、だんだんと一つにまとまっていく。だが、ある日、スポンサー企業から彼に関する驚くべき噂がもたらされ・・

これは、音楽と、音楽を演奏する人びとを描いたマンガである。そして、音楽を愛するすべての読者にとって、とても興味深く面白い物語となっている。念のためにいうけれども、別に「クラシック音楽ファン」だけでなく、すべてのジャンルの音楽ファンに、おすすめできる。どんな種類の楽器であれ、あるいは歌であれ、それに触れたことのある人、それを楽しんで聞いたことのある人なら、この物語のいくつものエピソードに、身をつまされ、あるいは引き込まれる思いがするだろう。

この話は、全体としてもストーリーの軸があるが、オーケストラの演奏家一人ひとりのエピソードをオムニバス形式のように積み上げて作られている。オーボエ、クラリネット、ホルン、フルート、ピッコロ、ヴァイオリン、チェロ、ティンパニ・・皆が、それぞれのシーンでは主役だ。ファゴット奏者は「地味だけれど、針に糸を通すような微妙な仕事なんだ」と独白し、トランペット奏者は「オーケストラで吹くのは、森の中で走り回るようなものだ」と若手を諭し、傲岸なホルン奏者は「歯は音楽家の命じゃのぉ」と指揮者の天童にからかわれる。それぞれの楽器が、どのような難しさと、苦労と、喜びがあるか、順番にソロを回して唄わせるのだ。まるで良くできた「オーケストラのための協奏曲」ではないか。

音楽家の物語を描くマンガは、これまで他にもあった。しかし、音楽を描くマンガというのは、表現としてはとても大きな挑戦である。何といっても、紙から音は出ないのだ。構図と、コマ割りと、漫符と、キャラの動きから、音楽のリズムや調和やドラマチックな変化を描かなくてはならない。マンガは基本、絵である。絵で音楽を表す--たとえばマネの有名な絵「笛を吹く少年」から、あなたは音楽を聴きとれるだろうか? 正直、わたしには何も聞こえない。むしろせめて、クレーの抽象画の方に、よほど和声を感じるほどだ。

さそうあきらというマンガ家のキャリアについては、よく知らない。正直、表紙の絵だけ見ると、あまり絵の上手なマンガ家という印象は受けないだろう。率直にいって、マンガ的な観点からは、あまりうまい絵描きとはいえない。背景を含めて全体に絵が白っぽいし、キャラの顔もときどき不安定だ。だが、ときおりこの人は、若いときに古典的な『絵画』の勉強をした人かもしれないと感じさせる構図がある。そして、あまりウェットな情念の湿り気を感じさせない、ニュートラルで乾いた画風なので、かえってこのような荒唐無稽な話にぴったり合っている。

そう。荒唐無稽であるということは、マンガという表現形式の持つ最大の美点である。そして、さそうあきらは、その美点を最大限に活かす話作りをする。前作の『神童』などもそうだったが、この話は、落ちついて考えると妙に都合の良すぎる偶然が多い。天童の指揮者天才ぶりを示す眼力(聴力)もそうだ。だいたい、「運命」と[未完成」だけの演奏会プログラムなど、そもそも成立しようもないだろう。

もちろん、作者はそんなこと承知の上で書いている。でも、この二曲だけをクローズアップすることで、わたし達はいろんなことに気づかされるのだ。「運命」交響曲の第2楽章、アンダンテの変奏曲の歩くようなテーマの終わり近くで、なぜメロディは急に立ち止まるのか。あるいは「未完成」の第一楽章、突如ヴァイオリンだけが、他のすべての楽器の沈黙の中で、数小節だけ悲痛な歌をかすかに奏でるのはどういう意味か。そこに、ちょうどぴったりのエピソードが重なってくる。だから良い意味で、荒唐無稽を話作りに活かしているのだ。

それにしても、オーケストラのメンタリティというのも面白い。この話の主人公は別に指揮者の天童ではない。天童(通称「ジジィ」)はむしろ、トリックスター役である。全体としては、コンサートマスターである第一ヴァイオリン奏者の香坂が、ナレーターに近い役柄を引き受けている。その香坂が、第1巻の最初の方で、

 「指揮者はオーケストラのだねっ。」

と大声で言うのである。招かれざる指導者としてやってきて、勝手な指示を出し(出したつもりになり)、しかも演奏が良ければ賞賛は全部、指揮者が持っていってしまう。まことに不条理な仕組みである。

それでも彼らがプロの音楽家として演奏を続けるのは、やはり何より音楽を愛しているからだ。彼らの、音楽の美に対する強い(しかし、めったにしか満たされない)憧れ。その失望と葛藤、だがやはり残る綿々とした愛情--そうしたものが、この話を通して、よく伝わってくる。だからこそ、第2巻のおわり、香坂が、ちょっと三枚目的なヒロイン役のあまね(フルート吹き)に対して語りかける、

 「なあ、あまね・・・それでも--
  この世で一番美しいものは 音楽だ

という夜の水上のシーンこそ、この話の中で描かれる、最も映像的に美しい絵なのである。
by Tomoichi_Sato | 2014-09-19 00:24 | 書評 | Comments(0)

書評:「受注生産に徹すれば利益はついてくる!」 本間峰一・著

受注生産に徹すれば利益はついてくる! - 取引先に信頼で応える“おもてなし"経営 -」 (Amazon)

良書である。著者は長年、金融機関系のコンサルティング会社で活躍した後、最近独立された中小企業診断士で、わたしの所属する「生産革新フォーラム」(通称『MIF研究会』)の会長でもある。知人の著書を紹介するときは、ほめるにせよ批判するにせよ中立の立場で書くのが難しいわけだが、本書は幸いにも非常に良くできており、安心しておすすめできる。

安心して推薦できる最大の理由は、本書が「受注生産」企業を対象に据えて、そのポジティブな面を書いているという、ユニークな視座にある。前から述べているとおり、日本の製造業の9割は受注生産の形態にあると想像される。にもかかわらず、世間にあふれるビジネス書の殆どは、自動車メーカーだとか著名電機メーカーなどに範をとって、“企業経営はこうあるべし、あああるべし”を論じるばかりだ。

さらに、それだけでは足りずに、Appleではこうだサムスンではああだと、海外事例を述べ立てては、(暗に)日本企業もその真似をするべきだ、と論じる。ちょっと、いい加減にしてくれよ--ずっと受注ビジネスで生きてきたわたしなどは、いいたくなる。GoogleやAmazonが、一度でも受託商売で苦労したことがあるのか? かりにあっても、ごく例外だろう。雑誌やメディアが、そうした著名海外企業を取り上げるのは、何よりも急成長会社だからだ。それに消費者向けビジネスだから知名度が高いこともある。

消費者を相手としたB2Cの商売は、たしかにうまくあたれば、大きく成長することができる。メディアは「目立つ変化」にとびつく性質があるから、急成長会社に注目する。しかし、それはとてもボラティリティの高いビジネスモデルである。成功企業の後ろには、実際には敗退し市場から退場していく多数の企業群があるはずだ。では、B2CではなくB2Bの、すなわち製造業向けに生産財をつくっている企業はどうだろうか。そのほとんどは、受注生産形態の会社である。

「受注生産企業って、本当に儲からないんだろうか? コンサルタント活動をしていると、儲かっている受注生産企業に出会うことも多いのだけれど・・」 これが、本書を書くきっかけになった問いだったらしい。著者は続ける。「減益企業は大げさに騒ぎ立て、儲かっている企業は低く静かに伏せているとはよく言われることだが、受注生産企業はもともと知名度が低いこともあり、儲かっている企業があってもまわりからは気づかれにくい」(p.1)

本書は、著者がさまざまな受注生産企業のコンサルティング経験をふまえて書いた、受注生産企業へのエールの書である。実際、現在の日本の製造業は、(メディアや官庁は気づいていないが)技術的にも利益的にも、受注生産企業が支えていると言っても過言ではない。さらに、日本の文化や社会風土自体も、受注生産形態に非常に向いていると言えよう。

それなのに、「受注生産=下請け」「受注生産=薄利」といったステレオタイプのイメージが蔓延し、働いている人たちは何となく劣等感を感じたりしている。さらに、見込生産に範をとった、間違った経営指針がとられがちである。この点をただして、もっと自信を持って受注生産に徹しよう、そのために必要な経営指針・営業政策・生産管理はこれだ、とノウハウを開陳するのが本書の特徴である。

本書は7章構成になっている。前半では、「受注生産が日本企業の強みだ」「受注生産を取り巻く環境変化が起きている」という風に、全般的な状況説明があり、後半は受注生産メーカーの「利益向上策」「工場運営の秘訣」「生産管理」「新規営業戦略」など個別の方策が書かれている。

ところで、受注生産と見込生産は、本当に企業ごとに分かれるのか? という疑問もあろう。無論、同一の企業で混在していることもある。いや、自社製品による見込生産を得意としてきた大手消費財メーカーが、受注生産に乗り出す例も増えていることを知って驚いた。「PB (Private Brand=流通業者のオリジナルブランド)製品は、メーカーのNB(National Brand)製品と異なり、広告宣伝費が発生しないことなどから低価格で販売されることが多い。そのためもあって、当初は販売力の乏しい中小メーカーが製造を担当して流通業者に供給するのが一般的であった。(しかし)最近では大手メーカーも積極的に、量販店向けPB製品を手がけるようになってきている。」(p.14)

受注生産企業は、顧客のわがままにふりまわされるケースも多い。大企業のわがまま要求の例として、著者は次のようなことを上げている。

・今日発注したものを今日中に納品しろ
・要求仕様が変わっても費用は追加しない
・取引先の在庫品を有償支給品として受け入れろ
・エビデンス(注文書など)がない状態で非公式手配してくる
・納品後に注文主や支払条件を変更してくる など(p.42)

たしかに、おかしな要求がしばしばまかり通っているのは、わたしも知っている。ただし著者は、「こうした不公正な取引慣行を役所が是正しろ」とは、言わない。逆に、「わがまま要求に対応するために行ってきた企業努力こそ、日本の受注生産企業が築き上げてきた世界に誇る強みである」(p.42)と、ポジティブにとらえる。そして、「自社が海外企業に負けない受注生産力を持っているのであれば、それに対して自信を持ってアピールすること」(p.43)と書く。つまり、弱みを強みに転換すべきだ、というのが本書の主張である。日本企業の受注生産における高いフレキシビリティは、海外サプライヤーからモノを買った経験のある企業ほど、痛感する点でもある。

むろん著者は刃を返して、わがままな大企業を厳しく批判することも忘れない。「現在、日本の上場企業において半数以上の企業が実質無借金経営状態にある。かれらがJIT調達による流動在庫の削減に注力する意味がどれだけあるであろうか。中小の下請企業に在庫を押しつけるのではなく、自社で在庫を持つことにより下請企業の生産を平準化させて、生産効率を高めるアプローチの方が正しいのではないだろうか。」(p.50) まことに正論である。そして、大企業の在庫恐怖症の背景には、ERPの導入があったことも、しっかりと指摘している。

他方、受注生産企業側にもいろんな課題がある。ひとつは、業績が比較的安定している(急成長もないが、顧客との取引停止にでもならぬ限り急降下もない)がゆえに、ぬるま湯体質になりやすい点だ。じつは、「金融機関に融資を申し込んだ場合も、最終製品メーカーに比べてすんなりと審査が通ることが多い」(p.66)というのだから結構なことだが、「対外的な派手な宣伝活動もなく、大ヒット商品を生みだし大儲けして社内が盛り上がることも少ない。その結果、何となく『自社はつまらない』と感じてしまう社員が増えがちだ」(p.68)。

それゆえ、「業務改善活動は取引先からの圧力で始めることがあっても、社員自らが率先して業務改革に取り組むことは少ない」(p.68)・・まるで、日本自体の縮図を見るようではないか。

肝心の「利益向上策」「工場運営」「生産管理」については論点が多いので、個別には紹介しきれない。ぜひ本書を紐解いてほしい。利益計画の中心は、『スループット』管理にある。受注生産企業は自社だけで売上を向上させることは難しいので、営業マンを売上高で駆り立てるのは、じつは愚策である(この点が消費財メーカーとの最大の違いだ)。そうではなく、スループット・マネジメントを推奨する。

スループットとは、売価から外部購入費(材料費・外注費)を差し引いたもので、小売業では「粗利」に相当し、製造業では会計用語で言う「付加価値額」にほぼ等しい。これを積み上げて、年間の作業経費(人件費・減価償却費等の固定費)を上回るように、受注をコントロールしていく。たとえ見かけ上は赤字案件でも、それを受注することで固定費をカバーする足しになるなら、ちゃんと受注していく。そうした判断は、従来の原価管理(固定費を配賦して変動費化する)では、うまくできない。今の会計学手法は、じつは「作れば売れる」見込生産・実物経済時代の発想でできあがっているからである。

著者の考え方は、じつはゴールドラットのTOC理論(制約理論)にかなり基づいている。工場運営で、ボトルネック工程(制約工程)を平準化し最大活用せよ、という発想など、その典型であろう。しかし、受注生産企業は製番管理より流動数曲線管理が向いている、とか、理想的な現場管理システムはいらない、とか、「設計部門を治外法権にしない」(p.184)など、随所に著者らしいノウハウの蓄積を感じさせる。

最後の第7章は、「新規営業戦略」である。欧米流のマーケティング理論をふりかざしても、それは日本の受注生産企業にはあてはまらない。まして「ソリューション提案」など、顧客企業にとっては余計なお世話である。また中小が最終製品開発を志向しても、販路などの障壁で無理が多い。そこで、あくまで「ハイレベル受注生産力」を、その5大要素である
 「技術対応力」
 「納期対応力」
 「品質管理能力」
 「アフターサービス力」
 「事務処理能力」
ごとにアピールすべし、と指南する。とくにこの章は、かつて大手電子通信メーカーで営業をしていた著者の経験がいかされる分野であろう。

受注生産ビジネスは、決して特殊な形態でも、二流の形態でもない。日本の産業は、じつは受注生産企業が屋台骨を支えている。そして、日本企業の受注生産力は世界随一である。ただし、これまでメディアや官庁、学会などの無理解により、その点が正しく認識されてこなかった。しかし、ようやくここに良い指南書を得ることができた。これを機会に、多くの受注生産企業がもっと世界に雄飛してほしいと、切に願う。
by Tomoichi_Sato | 2014-06-21 19:35 | 書評 | Comments(1)

書評:「英語と運命」 中津燎子・著

英語と運命」 中津燎子 (Amazon)

まことに面白くてインパクトの強い、しかし、ある意味で不思議な本である。

著者・中津燎子氏の最初の本「なんで英語やるの?」(1974)は、わたしが若い頃読んで、最も影響を受けた本の一つであった。出版された時、日本の英語教育界に与えた衝撃の大きさは、今ではちょっと想像がつきにくいほどだ(大宅壮一賞を受賞した)。また、この人の「こども・外国・外国語」 (1979)は、やや目立ちにくいが、最良の作品だと思う。日本社会における、帰国子女の知られざる困難について、はじめて具体的に記述した、深く胸を打つノンフィクションであった。

本書はその、大正15年生まれの著者の、78歳の時の著作である。「つきあい続けて日が暮れて」というちょっと奇妙な副題が示すとおり、これは日本語と英語という二つの文化のギャップと摩擦についての論考であるのと同時に、著者の自伝としての色彩も濃い本だ。だが中身は真っ当であり、わたし達にとって非常に重要である。日本語と英語、日本国と米国とのギャップで長年奮戦してきた著者の、思想の吐露の結実だといえよう。

「なんで英語やるの?」というデビュー作で、著者は「なぜ、日本人なのに英語を勉強するのか?」という、とてもラディカルな問いをたてた。普通、生徒は「学校の指示だから」「義務だから」勉強せよ、との大人の指示に従う。では、大人の側は、なぜ、英語の学習を子ども達に要求するのか? ひるがえって、大人たちはなぜ(たとえば)英会話を学びたいのか?

進学や就職に有利だから、何となくカッコいいから、つまり、他人もやっているから当然、という程度の理由しか、通常はかえってこない。では、言語は第一義に音声的な存在であるのに、なぜこの国では「読み書き」と「英会話」が分断されているのか? 英語は子音にも母音にも息の量が必要なのに、なぜ、腹式呼吸や喉頭筋のトレーニングをしないのか?——こう、著者はたたみかける。もちろん、誰からも答えなど返ってこない。

なぜなら、そもそも、自分の行動に「なぜ」を発する習慣、理由を問いかけ説明する習慣が、わたし達の社会では薄いからだ。英語圏ではもっとも基本的なこの習慣が薄いまま、ただ「英語」だけを学ぼうとするのは、土台や基礎のないところに建物を移設するのと同じではないか。どこか根本が、見失われている。それが「なんで英語やるの?」の問いかけだったと、わたしは思った。

「こども・外国・外国語」は日本に戻ってきた帰国子女たちが直面する、知られざる困難、生きる上での猛烈な困難について書いた本だ。なぜ、困難なのか? それは、日本社会が無意識にとっている、人間関係とコミュニケーションに対する態度(とくに欧米系文化との差)のためである。父母の都合で、欧米系の教育環境ですごした子ども達は、知らないうちに、欧米的なコミュニケーションへの態度を、空気のように吸い込んで育つ。そして、日本社会に戻るやいなや、水の中に突き落とされるように、ねっちりと濃密な非言語的関係性の中に放り込まれる。見かけ上は、「外国語が上手でいいわね」といわれながら、日常では強い違和感と疎外にさいなまれる。だが、日本社会の側では、その隠微な差別を自覚していない。すべては無意識に行われており、意識と乖離している点に根本問題があるのだ。

本書は、前述したように、自伝的要素が強く、論考と自伝が、互い違いにサンドイッチのようになって構成されている。大正末年生まれのこの人は、女性差別的で暴力的な、それも予測しがたい時にキレる父親に育てられた(この点、先ごろ紹介した姫野カオルコ「昭和の犬」の境遇にちょっと似ている)。父は通訳で、そのため戦前のスターリン時代のウラジオストック(外地)で幼少の頃、育った。そして九州の保守的な土地柄の村に戻って、敗戦を迎える。つまりこの人自身が、帰国子女の草分けなのだ。

敗戦を機に、大人たちの言うことが、180度変わる。このことに対し、著者は終生、強い憤りと不信をいだくことになる。彼女は生活のため、福岡の米軍の電話局で、交換手として働く。そしてそこで、日系二世・ジェームズ山城氏に英語発音の基礎訓練を受ける。このジェームズ山城式訓練は「なんで英語やるの?」にも出てくるが、4メートル離れて背を向けて座っている山城氏に向かって、米国の小学生の英語教科書を朗読していき、彼が聞き取れなかったら「ノー」といってやり直しになる、という単純至極な(しかしある意味、逃げ場のない真剣勝負的な)訓練法であった。

そして、朝鮮戦争がはじまる。本書の中でも、この部分は恐ろしいほどの臨場感である。福岡にある米軍の電話局は、対応と出撃のための通信のハブとなってしまう。米軍は明らかに戦争準備ができていなかった、と彼女は見る。事実、投入した部隊は次々と全滅していく。そして釜山が陥落したとき、つぎは福岡だ、と職場にいた彼女たちは思う。

結局、戦争自体は38度線まで押し返して膠着状態のまま終わるわけであるが、この朝鮮戦争では、「(特需の)経済効果のほかに、朝鮮動乱以後で明らかに占領軍政府側が日本人全般を見る目が変わった。何かしら『信頼』に似た感情を持ったように見えた」(p.135)と書いている。開戦直後の大混乱のスキを狙ってクーデターを企てた、旧日本軍のグループもいなかった(米軍はこのリスクを本気で心配していた)。

その後、著者はカトリック神父たちの計らいで渡米・留学。シカゴで商業美術を学び,現地で日本人と結婚し、9年後に帰国する。そして帰国後、岩手で子ども相手に型破りな英語教室をはじめる。このときの奮戦記が「なんで英語やるの?」という本になるのだ。その後、南大阪に移った著者は、そこを拠点に大人向けの「未来塾」を展開しはじめる。だが成人教育の成果に次第に疑問を感じ、結局、'99年に「未来塾」を閉鎖する(それと前後して心臓病をわずらい、一線の活動から身を引くことになった)。

著者の考える、日本語と英語の最大の違いとは何か。それは、
「1.モノスゴイ破裂の子音と、息で作る短母音の存在
 2.スピーチという名称で一括されている、言語による闘争の存在」(p.150)
だと書いている。まず、この認識自体が、普通の英語教育者とぜんぜん違う。そして彼女は、この二点を乗り越えるための成人訓練をはじめたのである。それは、彼女自身が福岡の米軍電話局で実践し学び取ってきたことだった。

それにしても、なぜ日本には熱心な英語学習意欲を持った人が多いのに、日本の英語教育の成果は思わしくないのか? 本書の残り半分は、この問いをめぐって展開する。成人への英語教育を通じて見えてきた、現在の日本人の問題点である。

その多くは、意識されざる障害であった。たとえば、英語のスピーチの前に、日本人は日本語のスピーチができない(カリキュラムでは英語の前に日本語によるスピーチを課した)。まず、「紹介すべき事実の概要と、意見と感想が区別されない。次に、自分の言いたいことを単刀直入に言えない。おまけに、時間配分の概念がほとんどない」(p.309-310)。意見と感想がつねに強すぎる「感情」で結ばれ,一体化していて、しかもその事を全く自覚できない、という(p.310-311)。

発声や呼吸は、意識と身体を結ぶ領域なのに、ほとんどの受講生は、自分の身体を意識(対象化・客観視)することができないのも、大きな障害だった。 みな、言語を、単なる道具だと見ている。その根底にある文化的差違について無自覚なのである。最後に子どもの教育に戻ろうとした著者にとって、成人教育は、「日本人の大部分にとって英語学習とは、気分が良くなるためのシアワセ丸薬みたいなもの」(p.331)という苦い認識を残したようであった。

著者は、文化的差違の根源として、現代日本の三つの気質(はにかみ・ためらい・人見知り)と、三つの態度(解決の先送り・決断の後回し・様子待ち)を指摘する。そして、この「無意識の障害」を乗りこえない限り、日本人は21世紀を生き残れない、と断ずる。

ここから先は、わたしの感想・意見であるが、日本語のコミュニケーション態度の基本は、「受信者責任」である。そこでは、受け手がすべてを推察すべきとされる。「言わずとも分かる」が前提なのだ。だから、「質問し返すこと」は、受け手の能力不足を示すし、「繰り返し質問すること」は、その語り手が部外者(他人)であることを示唆する。その証拠に、人前で話した経験がある人は分かると思うが、日本人の聴衆は、何か講義・講演してもほとんど手を上げて質問しない。

わたし達の社会の言語観(表出されない無意識の態度)によると、言語は「すでに分かっている知識、共有されている感情・感覚を再確認する」ために発せられる。ここから生じるのは、質問がヘタ、説明はもっとヘタ、という事態である。自分だけが分かってる、独りよがり状態といってもいい。それでもいいのだ。ムラ社会では、お互い文脈は共有しているのだから。

ところが英語では(に限らず印欧語はほぼ全て)、「発信者責任」である。発信者が伝える努力をし、相手の理解を確認する。ここでは、自他の区別が前提となっている。だから、「欧米式の基本の教育は、どれだけ自分の考えを正確に人に伝えられるか」(p.318)であり、それを幼稚園の頃から仕込まれる。

こまったことに、わたし達は今や、外国とのビジネス上のつきあいに直面し、海外型プロジェクトの機会が増えている。ところで、『マネジメント』の原義・原型は、「人を動かして目的を達すること」である。である以上、自分の望むことを(何語であれ)きちんと説明できなければ、マネジメントなんてできる訳がない。

では、どうしたらいいのか? ここで、著者の作った、『異文化お互い様リスト』(p.347)というものが役に立つ。著者は世界の文化を、「ソフト型文化」(日本、タイなど)と「ハード型文化」(アメリカ、中国、ドイツなど)に大別する。そして、その特徴を列挙する。たとえば、以下のようなものだ。
 〔ソフト型文化)「主張よりも妥協が美点」 ←→ (ハード型文化)「主張は常識」
 〔ソフト型文化)「対立は喧嘩と考える」  ←→ (ハード型文化)「対立は喧嘩ではない」

その上で、お互いが相手をどう見るか・見えるかを整理する。
 〔ハードからみたソフト型文化)「妥協する人はごまかしているように見える」
 ←→ (ソフトからみたハード型文化)「きつい主張は生意気に見える」
 〔ハードからみたソフト型文化)「聞こえない言葉は存在がゼロ」(推察はしない)
 ←→ (ソフトからみたハード型文化)「声が大きくやかましすぎる」

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ここでは一部を引用しただけだが、それぞれ10項目あげらており、英訳もついているから、ぜひ原文を見てほしい(ちなみに上図の最後の2行は、海外型プロジェクトの説明に使うためにわたしが勝手につけ加えたもので、原文にはない) 。海外ビジネスに直面するわたし達にとって、非常に参考になる、必須文献だと言ってもいい。

本書を貫いている隠れたテーマは、著者がもつ、自分をとりまく人びと(日本の社会)に対する強烈な違和感であり、その原因への飽くなき探求である。女性差別的で暴力的な親に育てられた上に、母国語である日本語の根付きが浅い、という自覚を大人になってから持つ。

そんな逆境の中、なぜ著者は強烈なまでに正気でいられたのか? それは、自分の頭で、「なぜ?」と考え続けたからであろう。そして、他人の答えで納得したふりをし、あきらめなかったからだろう。彼女が長らく暮らした欧米語の社会では、Why?は許され、答えられる(あいにく日本社会では、「なぜ?」と聞くのは不躾である)。女性であり、社会に組み込まれなかったことが逆に幸いしたのかもしれない。

本書は、今日の英語教育の主流から見ると、きわめて論争的な本である。だが、言葉に関する論争がわきおこり、深まるのは、とても良い事だ。それはわたし達が無意識に抱いている言語観や、他の文化とのギャップを意識化し前景化してくれるからだ。とくに海外とのコミュニケーション問題をかかえた多くの人々に、強く推薦する。
by Tomoichi_Sato | 2014-06-08 18:00 | 書評 | Comments(6)

書評:「昭和の犬」 姫野カオルコ・著

昭和の犬 姫野カオルコ(Amazon.com)

姫野カオルコ著・「昭和の犬」、読了。第150回直木賞受賞作。わたしは新刊の小説を買って読むことは滅多にしないが、しばらく前から気になって、ひいきにしていた作家の受賞作なので、急いで買って読んでしまった。

それにしても不思議な小説だ! とくに何が起きる訳でもないのに、吸引力があって次の頁をめくってしまう。今回もまた、最後の部分は自分の部屋で読み通した。電車や飛行機の中でしか本を読まない自分にとって、これも例外的な体験だ。「こんなに小説のうまい人だとは思わなかった」という、直木賞選考委員の(ある意味では失礼な)評があったが、この吸引力に、小説の上手さが表れている。内容はすでにいろいろな紹介があるので、あえて詳しくは書かない。

主人公は著者と同じ昭和33年・滋賀県生まれの女の子で、自伝的小説の色彩が強い。短編的エピソードを積み上げていくスタイルで、子ども時代が多いのだが、最後に中年のエピソードが加わって、半生記の形になっている。そして、どのエピソードにも犬が登場する。物言わぬ犬を配することで、描写対象の主人公への距離感をうまく保っている訳だが、何よりも姫野さんは犬が大好きなのだな、と感じる。最後のシーンは、前作「リアル・シンデレラ」ほど強い感情は呼び起こさないが、それでも涙してしまった。

小説の書き方にはいろいろなスタイルがあるのだろう。だが、この人は、終わり方を最初に決めて書いている、あるいは、少なくとも、終わりを探しながら書いているのではないかと思う。「リアル・シンデレラ」も、今回の「昭和の犬」も、平凡な女性の、とくに華やかなエピソードもない半生なのに、とても深い読後感を残すのは、そうしたつくりのおかげだろう。

ちなみに著者は、あるインタビューで、「小説を分類するとしたら、ストーリーの面白さで読者を引っ張っていくのがエンターテイメント小説ですが、自分のは主人公の内面を中心に描くものです。」という意味のことを、語っていた。だが、内面描写の小説といっても、それはさらに二通りに分かれると、わたしは思う。心理(とくに感情)を細かく描く「心理小説」と、そうではなく、主人公や人々の考えを軸に描く「思想小説」である。思想小説という種類を得意とするのは、たとえば、こんなことを書く作家だ。

『現代人の大半はおかしな矛盾を犯している--むやみに多くの理論をもっているくせに、実生活において理論が果たしている役割をまるで理解していないときているのです。気質だとか、境遇だとか、偶然だとか、そんなことばかり持ち出してくるのに、実際には、たいていの人間は自分の抱いている理論の権化にすぎないのです。人びとが殺人を犯すのも、結婚するのも、ただのらくらしていることさえも、みんな、何らかの人生理論にもとづいているのです。そんなわけで、(中略)ぼくはまず人間の精神を見る--場合によっては、その人物とまったく無関係に精神だけを見ることさえあるのです』
(G・K・チェスタトン「詩人と狂人たち」)

思想小説は日本では書き手も読み手も少数なため、姫野さんの作品の位置づけが難しかったのだと推察する。「昭和の犬」では、その特異性がうまく底に隠されているため、審査員はじめ多くの人に受け入れられるのだろう。

それにしても、副題の"Perspective kid" とは、どういう意味なのか? 主人公イクの子ども時代を、距離感をおいたパースペクティブで描き出すから、ではPerspective kidにはならない。英語に堪能な著者が、わざわざ選んだ副題なのだから、何か意味があると思ったのだが、つかみ切れなかった。

ただし、全く無関係な事だが、この副題を見て、わたしはその昔、ひさうちみちおが描いた不思議なマンガ「パースペクティブ・キッド」を思い出した。「ガロ」をはじめいくつかの雑誌に描き続けた連作で、ロットリングによる無機質かつ中性的な線をつかって、人々の偏執を描く技巧はとても印象的だった。偶然の一致だろうが、ひさうちみちお(の初期の作品)と姫野文学は、性的な事柄をひどく湿り気のないタッチで描く点といい、キリスト教的な題材を重要な要素の一つとして使う点といい、奇妙に似ていると思う。

変な話をもう一つだけ。主人公イクが、泣いているのでもないのに涙が流れてこまる、というシーンがある。小説の登場人物の病気を詮索しても全く無意味かもしれないが、あれは実は、本当に泣いていたのではないだろうか。イクは芯の強い女性なので、自分が泣きたい気持ちであるとは信じなかった。しかし、心の深い部分では、泣きたいという衝動があった。別に、泣きたいのは不幸だから、とは限らない。いろいろな出来事があり、その情緒が絡み合って、自分にも見えない情動の回路につながっていたのかもしれない。それが、古い打撲傷のように、人生の季節が変わるときに、痛んだのではないか。その証拠に、彼女は犬のマロンとの交流が深まると、涙を流さなくなるのだ。

「ハルカ・エイティ」「リアル・シンデレラ」そして「昭和の犬」と、女性にとっての真の幸せとは何かを書き続けてきた姫野カオルコという作家の生活が、今回の直木賞受賞によって、少しでもより安定した幸せなものとなることを、一読者として祈りたい。この小説の中心テーマは、かつて二千年前にパレスチナの地を歩いた、あの賢者の言葉をまさに象徴しているからだ:

「心の中に誇るべきものが何一つない、心において貧しい人は幸せだ。天の国は、まさにその人のものだから。」(マタイによる福音書・第5章3節)



by Tomoichi_Sato | 2014-04-20 16:56 | 書評 | Comments(1)

書評:「亡命 ~遥かなり天安門」 翰光・著

亡命 遥かなり天安門 翰光・著(Amazon)

2008年6月。米国ワシントンDCの国会議事堂前広場に、数百名の中国人が集まった。天安門事件の19周年記念集会を行うためだ。呼びかけ人は「公民力量」(Citizen Power)という在米中国人組織の代表・楊建利と、天安門事件当時学生リーダーだった王丹、作家の鄭義らだった。彼らはさらに中国大使館までいき、無反応に沈黙を守る建物の前で抗議のスピーチと、自作の詩を朗読して意思表示を行った。

スピーチの中で、楊建利はかつて獄中で知り合った20歳の青年のエピソードを語った。青年は微罪にもかかわらず、見せしめ厳罰のキャンペーン取締りにあい、死刑判決を受けた。刑の執行の直前、彼はこう言ったという。「今度生まれるときは、よく目を見開いて、もし中国の国旗が見えたなら、私は出生を拒否します。」(p.9)

本書は天安門事件のために母国を追われ、アメリカをはじめ世界各地に亡命せざるを得なくなった活動家たちのインタビューである。著者の翰光氏は中国・東北部出身、日本に留学した後、ノンフィクション作家・映画監督として日本・中国・米国をまたにかけて活躍している人であり、本書も同じタイトルの映画「亡命」と同時に作られた。わたし自身は、映画は未見であるが、本だけでも十分に面白い。本書は昨年読んだすべての本の中でも三本指に入る傑作である。何より、各人の語る半生と生き様が、ドラマチックで非常に興味深い。

登場するのは、作家の鄭義、詩人の黄翔、政治評論家の胡平、画家の馬徳昇、ノーベル賞作家の高行建、物理学者の方励之、牧師の張伯笠、歴史学者王丹らだ。ほとんどは、はじめて名前を聞く人たちであった。しかし、インタビュー全体の構成は非常に巧みであり、中国の現代史の流れに沿って、各人の出生や来歴、そして思想が語られる。それらを通して読むことで、わかりにくい中国という国の政治状況が、日本の読者にもひしひしと伝わってくるようにできている。

天安門事件は周知の通り、1989年に起きた、中国の民主化運動に対する暴力的弾圧事件である。天安門広場に座り込んだ学生・市民に対して、共産党政権は軍隊を投入し、機関銃掃射と戦車による虐殺・排除を行った。運動の指導者たちは指名手配を受け、全国に散って逃亡した。しかし、この事件の背景を理解するためには、どうしても「文化大革命」という、中国史に残る野蛮かつ悲惨な11年間の社会動乱を知る必要がある。

文革が始まったのは1966年、事実上終わったのが1977年頃である。この後、数年間は中国には緊張緩和と反省と比較的自由な言論の時代が訪れる。ところが80年代中盤になると、再び共産党による言論と思想の引き締めが戻ってくる。これに反発した市民運動の頂点に来たものが、天安門事件であった。

ところが、この文革という出来事が非常に分かりにくい。この時代、中国は事実上の鎖国に近く、国外には部分的な、それも政権に都合の良い情報だけが流されてきた。おまけに、中国においても、まだ十分に文革は反省され総括されていない。あまりにも大きな社会的出来事は、それを民族の記憶として反芻できるようになるまでには数十年単位の時間がかかるのである。

それでも、本書を丁寧に紐解いていくと、文化大革命の実相が次第に見えてくる。それは、毛沢東による権力の(再)奪取のための運動であった。毛沢東は軍事的天才であり、中国共産革命の指導者であったが、50年代の経済政策・「大躍進」運動で失敗し、実権を劉少奇・鄧小平らに奪われていた。ただ、最高幹部内での信頼は失っていたが、彼にはまだ大衆の人気があった。

毛はこれを逆手に取り、大衆を扇動して権力を奪い返すことを思いつく。彼は共産党内に「文化革命小組」なる特命プロジェクトチームを作り、手下となる暴力組織(私兵)を組織する。それが紅衛兵である。最初にできたのは、共産党高級幹部の子弟たちによる、通称「貴族紅衛兵」だった。しかし、その原理主義的運動は庶民の子弟にも広がっていく。すぐに「平民紅衛兵」の数が圧倒的に勝って、優劣が逆転する。

そして、この私兵組織はやがて全国で暴走し始め、手がつけられなくなる。穏健派の周恩来は指導本部を置こうとしたが、機能しない。彼らは各地の党本部を占拠したり、企業を襲撃したりして、「守旧分子」を攻撃・暴行・排除して行く。こうして毛主席の神格化だけが進み、一切の批判的言論の許されぬ、狂乱と文化的破壊の10年間が続くのであった。

すなわち文革とは、窓際の副社長が特命プロジェクトをでっち上げて、社内組織を骨抜きにし、その余勢をかって社長の椅子に舞い戻る、というゲームであった。この権力ゲームのために、最低でも数百万の国民が命を失い、数千万人が理不尽で悲惨な境遇に苦しんだのである。

それにしても、数億の民を路頭に迷わせたこの「革命」運動は、毛沢東と彼の少数の手下だけが責任を負うべきなのか? そうではないのだ、そこには中国の民衆、あるいは中国文化そのものに内在する問題があったというのが、亡命者たち何人かの苦い認識である。

毛沢東が76年に死去し、文革が終わった後、実権派の鄧小平が復権する。鄧小平が片腕としたのは、政治方面は胡耀邦で、経済方面は趙紫陽だった(p.109)。二人とも比較的若手である。しかし、彼らの背後には、既得権益をかかえた共産党≪保守派≫の長老たちがいて、性急な改革・民主化路線を、陰に陽に邪魔していた。ここで例の「貴族紅衛兵」のことを思い出してほしい。高級幹部の子弟だった彼らは、80年代には権益を独占する「太子党」の中心となり、また平民紅衛兵につるし上げられた経験から民衆運動を毛嫌いしていた。

結局、鄧小平が選んだ改革開放路線は、共産党幹部層に特権を確保したまま、経済だけを自由化して成長する路線だった。自由な言論と政治参加を求める声には、次第に門が閉ざされて行く。1980年、胡平は早くも「民主がなくとも近代化は可能で経済発展もできる。近代化が必ずしも政治的民主を促進するとは限らない」との先見を発表していた(p.79)。

87年、鄧小平は民衆に人気のあった胡耀邦を解任する。2年後の4月、その胡耀邦が急死。北京大学で学生デモが勃発するが、人民日報は「動乱」と決めつける(≪保守派≫の李鵬の指示)。5月、3000人の学生がハンストに入り、趙紫陽らが支援のため訪問する。こうして民主化活動と党の≪保守派≫は激突状態になる。そして翌6月、天安門事件が勃発するのである。結果として政権の武力鎮圧が成功し、中国はまた特権階級による独裁政治に逆戻りする。

ところでわたしが≪保守派≫とカッコ付きで書くのには理由がある。共産党は本来、革命政党だから、主流派に保守という言葉を普通に使うのはおかしいはずである。だからと言って、彼らを革命派とか左派と書くともっと訳が分からない。そこでわたしは、次の三つの信念を持つ人間を≪保守派≫と呼ぶことに決めている。

(1) 世の中には、支配する側にふさわしい少数者と、支配されるべき愚鈍な多数者がいる
(2) 自分は、支配すべき側についている
(3) 現在の世の中は、支配にふさわしい者が支配している

このように定義すれば、旧ソ連のノーメンクラツーラも、ムッソリーニのファシスト党も、イランの革命防衛隊も、全部うまく当てはまるので都合がいい。無論、この≪保守派≫は、文化や芸術や経済政策上の保守主義とは関係ない。また、(3)が満たされていない(権力を得ていない)状態では、その人間はまだ≪造反派≫である。

文革の最中、中国では「親が英雄なら息子は好漢。親が反動的なら息子も馬鹿」という血統論が支持された(p.62)。このような単純なラベル貼りが通用する社会では、あっという間に特権階級が生まれ、腐敗していくだろう。その根源には、極端な権力迎合と拝金主義に走る無定見な人々、という社会の病がある。

著者が書くように、「21世紀に入り、飛躍的な経済発展をなしとげ、経済大国に変貌した中国は、皮肉なことに亡命者の数も世界トップ水準である」(p.vii)。胡平も言う。「中国人は数十年間、共産党にありとあらゆる政治的な破壊行為を繰り返され、たくさんの人が命を落とした、その酷さにおいて歴史上類を見ません。これだけの災害に遭遇しながら、基本的な民主や自由すら手に入れられていないのは本当に心が痛みます。しかも、そんな状況にありながら、いまだにたくさんの人が泰平の世だと謳歌しています。(中略)少しでも条件の良いものは専制国家を願うというのは、過去の犠牲者たちの姿を踏みにじるものです。」(p.256)

本書は、祖国に自由を取り戻そうと苦闘しつつ、見えない長城に阻まれる、中国からの亡命者たちの声をていねいに掘り起こした、貴重な労作である。一人ひとりの勇気ある、しかし苦難に満ちた旅路は、ドラマよりもドラマチックだ。文章の日本語も、美しく読みやすい(翻訳ではなく最初から日本語で書かれた)。中国の現代史に、あるいは専政と人々の闘いに興味のある方に、強くお薦めする。

なお、巻末にも簡単な年表がついているが、わたしが本書を読みながら整理した中国文化大革命から天安門事件までの小史を、読者の利便のためにここに記しておこう。

中国革命小史(文革から天安門事件まで)

1966年
* 5月 幹部子弟が円明園に集まり、紅衛兵を組織(貴族紅衛兵)
* 8月 北京の恐怖の1ヶ月。毛沢東が天安門広場で紅衛兵を謁見
* 10月 林彪の国慶節演説で平民紅衛兵を支持。貴族紅衛兵と立場が逆転する
* 12月 逮捕された貴族紅衛兵を毛沢東が恩赦(周恩来の仲介)。彼らは後に「太子党」の中心となり、民衆運動を毛嫌いするようになる

1967年
* 1月 文革は最高潮。上海では労働者が党委員会を脱権。全国に暴力が広がる

1968年
* 10月 劉少奇が失脚(翌年 監禁状態で死亡)

1970年
* 1月 共産党中央は「一打三反」運動を指示。全土で権力者の処刑・権利剥奪。

1971年
* 9月 林彪事件(モンゴルに逃亡し墜落死)

1976年
* 4月 周恩来死去。第一次天安門事件が起こる
* 9月 毛沢東死去。江青ら四人組が逮捕される
* 12月 10年ぶりに大学進学の全国統一試験を実施

1977年
* 8月 鄧小平が副総理に復帰

1978年
* 8月 「傷痕文学」ブームの始まり。文革中の非人間的事件を描く
* 10月 「民主の壁」で詩人黄翔らが毛沢東批判
* 12月 鄧小平が全面的に復権。改革開放政策が採択される

1979年
* 「改革開放」政策始まる
* 2月 鄧小平が毛沢東批判者の締め付けを開始:「四つの基本原則」

1980年
* 8月 趙紫陽が華国峰にかわり総理に就任
* 11月 胡耀邦が共産党主席に選ばれる

1981年
* 民間雑誌、民間組織の取り締まり始まる

1983年
* 春、高行健「バス停」上演、危険視される
* 「精神汚染反対」キャンペーンがピークに

1984年
* 党長老の鎮雲、第三世代育成を明言。「太子党」の始まり

1985年
* 3月 物理学者方励之が民主化運動について大学で講演、反響をよぶ

1986年
* 上海学生運動、北京、成都、西安、蘇州などに広がる

1987年
* 1月 鄧小平一号文書「我々は流血を恐れない」
* 同月、胡耀邦総書記を解任

1988年
* 春頃から物価が高騰、インフレが進行する
* 国営企業の民営化にからみ共産党幹部の腐敗多数

1989年
* 4月 胡耀邦が急死、北京大学で学生デモ勃発。人民日報が「動乱」と決めつける(李鵬の指示)
* 5月 3000人の学生がハンストに入る。趙紫陽らが訪問
* 6月 天安門事件。運動家たちの投獄と逃避行が始まる
* 東欧革命始まる(11月にベルリンの壁崩壊)
by Tomoichi_Sato | 2014-04-12 23:48 | 書評 | Comments(0)

書評:最低限必要なマクロ経済学 野口光宣

最低限必要なマクロ経済学  要点だけで完全理解 野口光宣・著 (Amazon)

工学部出身のわたしが、会社に入って最初にやった仕事は、なぜか経済性分析だった。某電力会社の依頼で、液化天然ガス(LNG)と燃料メタノールの比較に関するフィージビリティ・スタディを、新入社員として手伝ったのだ。プラントの基本計画と費用見積は先輩たちが行い、わたしの仕事はタンク容量の計算と、経済性計算だった。比較ケース数が200以上もあって、そこつなわたしは難儀したが、とにかくこのとき財務諸表の意味と、DCF (Discounted Cash Flow)法の基本を、文字通り身体で覚えたのは、後々まで役に立った。

しかしその後も、経済学それ自体に対しては、縁が遠いままだった。むしろ経済学という学問には、何となく不信感みたいなものを抱いていたと言っていい。プラザ合意後の円高不況、そしてバブル経済の有頂天と、その後の長い不況の時代を過ごして、経済学が本当に社会を指南する羅針盤として役に立つのかという疑問を持ち続けた。

経済学者やエコノミスト達はさかんにメディアに登場して、あれこれと意見を表明しているが、奇妙にお互い矛盾することを言い合う。そこには、論争を解決する明確な方法論が学問として欠けているように感じられた。経済学は一種のモデリングなのだろうが、『実証』のプロセスがないため、議論はほとんどモデラー同士の好みの言い合い、水掛け論のようにも思えた。

とはいいながら、ライン業務を離れて本社企画部門の仕事に就くと、やはり新聞に出てくるような基礎的な用語・概念くらいは分かりたいと思うようになる。モデリングには、それなりの歴史と体系、そしてそれに従った統計値が存在する。元々、システム・モデリングはわたしの専門ではないか、ならば、何ほどのことがあろう--そんな気持ちで、本書を手にとったのである。

本書は、大学初年生むきのテキストとして書かれた。帯の宣伝文句は、「ポイントだけをざっくりと絞り込んだ 超文系向きのテキスト」である。著者は、はしがきの中で、新入生対象のマクロ経済学入門の講義ノートとして工夫して作ったものであり、“中学校程度の数学の知識があれば十分”である、と書いている。数学が苦手なわたし(いや本当です)には、心強いではないか。ちなみに、著者は名城大学経済学部教授だが、米国の大学の数学科で博士号をとった人で、専門はゲーム理論のようである。その人が、中学程度の数学で、国際マクロ経済学の基礎概念までは工夫すれば分かる、といってくれているのである。かつ、教科書らしく計算の例題や章末問題がかなりついている。これならば勉強しやすいだろう。そう、思わせてくれる。

まあ、勉強しやすいかどうかは、もちろん読み手の取り組み度合いと、頭の柔らかさによってくる。とてもよく分かった、とは、言わない。しかし、読んで良かったことは、確かである。

わたし達は、自分のよく知らないことを、なんとなく感覚で議論することが、よくある。というか、社会人なんて、それで綱渡りして生きているような面もある。そうはいっても、たとえば「経済成長」とは何か、正面切って問われて、どれだけの人が答えられるのか。日本のDGP成長率がたとえば年2%足らずでは低すぎる、とか、原発を再稼働させなければもっと成長率が低くなる、とか、いろんな議論がある。いや、経済成長ばかりを目指すこと自体が誤りだ、もっとスローでワークライフ・バランスドな行き方が望ましい、という反対意見、etc, etc..

だが、肝心のDGPが何を測ったものなのか、わたしは本書の第1章を読むまで、よく知らなかった。GDP (Gross Domestic Product=国内総生産)とは、1年間に国内で生みだされた財・サービスの付加価値の合計を市場評価したもの、である。

付加価値とは、生産された財の価値から中間投入された財の価値を差し引いたもので、「おおざっぱに言うと、(売上-原材料費)のこと」(p.2)だ。この式には賃金が入っていないことに注目してほしい。賃金をいくら抑えても、(会社の利益には好都合かもしれないが)付加価値には影響しない。ということは、賃金を下げても、それが直接経済成長を増やすわけではないし、逆に賃上げしても、成長にすぐブレーキがかかるわけではない。

わたし達は、ともすると経済成長というものを、「会社が利益を得ること」「もっとお金持ちになること」と混同して考えやすい。しかし、本書はそうした誤解をきちんと解いてくれる。もちろん、賃金水準は間接的にはGDPに影響を与える(その事は後の章を読むと分かる)。だが、「利益=成長」ではないのだ。

同じように、「生産と無関係な価格の変動による価値の増減はGDPに計上されない。例えば土地や株のキャピタルゲインなど。」(p.2)という記述にも驚く。ということは、わたしが東京の土地転がしでひそかに儲けた10億円や、スイスの銀行に隠して預けている100億円(笑)は、まったく日本のGDPや成長には関係がなかったのだ。まことに残念なことである。とうぜん、東証株価がいくら上昇したって、成長率には無縁である。

さらに、「日本企業の海外支店が生み出した付加価値は日本のGDPには計上されない。」(p.2)とも書いてある。だとしたら、ソニーやトヨタや大手銀行が海外支店でどれほど儲けようと(あるいは損をしようと)、それは一切、日本のGDPにはカウントされないことになる。これら“日の丸企業”の業績と経済成長はイコールではないのだ。

では、GDPは何で決まり、何で動くのか。ごく簡単に言うと、投資が引き金となって、それが国民所得増を生みだし、それが需要を押し上げるため、さらに投資を生むという循環、ポジティブな経済スパイラルが生じるのである。スパイラルの着地点を予測するために、限界消費性向や均衡国民所得、そして乗数効果などの概念が必要になる。乗数効果のおかげで、初期の投資ΔIよりも数倍大きな、経済拡大の結果が得られる。これがマクロ経済学の教えだ。

だから日本経済を拡大してGDP成長率を上げたければ、企業が日本国内に投資すべきだ、ということになる。そして、日本の大企業は現在、じつは過去にないほど高い内部留保を抱えている。このお金を国内で投資して雇用を生みだせば、経済成長がもたらされる、はずである。

しかし現実にどうかというと、むしろ経済メディアなどがあおっているのは海外投資であり、海外への工場移転、あるいはオフショアへのサービス移転である。それによってコスト競争力をつけ、あるいは新興市場の海外支店で設けろ、そうすれば日本企業は復活し繁栄する、とのメッセージを毎日流している。ぜんぜんマクロ経済学の要請と合っていないではないか。メディアの経済ライター達は、初学者のわたしに解らぬ全く別の理路をとおって、記事を書いているようだ。それとも、全然知らずに書いているのか--まさかね。

本書の一つの特徴は、古典派とケインズの論点の違いをいろいろな箇所で並記していることだ。たとえば「古典派は利子率のことを、資金を貸すことによって一定期間の消費を断念することに対する報酬だと考えた。一方、ケインズは利子率のこと、資金を貸すことによって一定期間の流動性を犠牲にすることに対する報酬だと考えた。」(p57)など、面白い視点だ。ケインズ経済学というと、まるで左派の経済学の代名詞みたいに言う人もいるが、ケインズ自身は保守主義者であった。ただ彼は、名目賃金の下方硬直性や、政府の財政政策の役割などの論点で、市場万能主義とは一線を画しているようだ。

本書は国民経済計算の定義からはじまって、最後はマンデル・フレミングモデルをつかった国際マクロ経済学の理解、たとえば「資本移動が完全自由なとき、変動相場制の下では財政政策が無効となる」(p.136)といったところまで一応たどり着く。(この法則など、TPPと公共事業を同時に推進しようとしている人たちなどは、どう解釈しているのだろう?)--たしかに著者のいう“最低限必要な”範囲はカバーされているようである。

最初に書いたとおり、マクロ経済学は一種のモデリングである。経済という複雑なシステムの挙動を、モデルを元に予測し、どのような政策が有効かを考える、一種のシステム工学と言ってもいい。そういうセンスを身につけた人には、それなりに入っていきやすい分野かな、と思わせる良書である。このような優れた本を出版する日本評論社には、感謝とともに、ぜひこの種の本は電子出版してほしいと要望する。数式も多く練習問題も多い。また用語・概念の良きリファレンスでもある。プログラム学習をふくめた電子出版にぴったりではないか。

ともあれ、経済記事の用語が気になるような人には、ぜひ手にとって勉強する価値があるテキストだ。強くお薦めする。




by Tomoichi_Sato | 2014-02-16 18:48 | 書評 | Comments(0)

書評:「137 ~ 物理学者パウリの錬金術・数秘術・ユング心理学をめぐる生涯」 アーサー・I・ミラー

137 - 物理学者パウリの錬金術・数秘術・ユング心理学をめぐる生涯 」 (Amazon.com)


20世紀前半の理論物理学をつくった知的巨人の一人、ヴォルフガング・パウリは57歳のとき、チューリヒ工科大学の講義中に突如病気で倒れる。すい臓がんだった。赤十字病院に入院した彼を見舞った友人に、パウリはたずねる。病室の番号に気づいたか、と。
「137号室だ!」パウリはうめくように言った。「わたしがここから生きて外に出ることは絶対にない。」(p.424)

137という数字は、「微細構造定数」(現代物理学に現れる主要な定数のひとつ)の逆数である。もし神なる主からどんな質問をしてもいいと言われたら、まっさきに聞いてみたいのは「なぜ 1/137 なのか?」だとパウリは述べたことがある。微細構造定数は、電子の電荷、真空中の光速、プランク定数の三つから導かれる無次元数で、パウリの師マックス・ボルンいわく「物質一般の構造にもっとも重要な影響を及ぼしている」定数だ。それがなぜ、素数137の逆数なのか。そこには何か必然性があるのではないか。彼はおりにふれてこの問題に立ち返ったが、死ぬまで解明する事はできなかった。

本書は副題『物理学者パウリの錬金術・数秘術・ユング心理学をめぐる生涯』にもあるとおり、理論物理学者パウリの一風変わった評伝である。著者アーサー・I・ミラーはロンドン・ユニバーシティ・カレッジの教授で科学史家だが、多くの公開資料や論文のみならず私信などまで広範囲に調査し、この風変わりで魅力的な科学者の肖像を、陰影と奥行きのある立体像として描くことに成功している。

それにしてもW・パウリほど独特な個性と不思議な魅力をもつ物理学者は少ない。彼は“物理学の良心”とよばれることもあったが、未熟な理論に対する容赦なき批判の態度も有名だった。。他人の理論発表を聞くとたちどころにその弱点を見いだし、しかも他の学者のように紳士然とおとなしく聞いていない。しだいに体を左右に揺らし首を強く振って、「完全な間違いだ」あるいは「これじゃ間違いにさえなっていない!」と言い放つのである。若き日のファインマンも、自分の発表するセミナーにパウリとアインシュタインが臨席した時は、表紙をめくる手が震えたと書いている(「ご冗談でしょう、ファインマンさん」)。実際、その時発表した理論は、パウリの予言通り、完成することはなかった。

わたしがパウリという人に強い印象をうけたのは、G・ガモフとM・デルブリックがボーア研究所の余興のために書いた劇「ファウスト」においてだった(「現代の物理学―量子論物語」所収)。この劇は、天の神様が御大ニールス・ボーア、悩める主人公ファウストに晦渋な統計物理学者エーレンフェスト、そしてメフィスト役がパウリ、という絶妙の配役だった。パウリは原子崩壊の矛盾に悩むエーレンフェストに対し、質量も電荷も持たぬ中性微子“グレートヒェン”をつかわして理論を修正するよう誘惑するのである。

中性微子(ニュートリノ)の発見は、排他原理やCPT対称定理とならんで、パウリの主要な業績の一つだった。しかし同時代の物理学会で最も有名だったのは「パウリ効果」だ。物理学者はふつう、理論家と実験家に分かれるが、理論家がへたに実験器具に手を出すと、壊してしまうのがつねだった。ところでパウリはあまりに優秀な理論家だったため、彼が実験室に一歩入っただけで何か機械が壊れたという。それどころか、ある時ゲッティンゲン大学の高価な実験設備が神秘的な壊れ方をしてしまったことがあるが、担当教授がパウリに連絡したところ、ちょうど彼の列車がゲッティンゲン駅に停車中だったという。

この「パウリ効果」を彼自身、なかば自慢にしていたが、冒頭の病床の発言にも見られるとおり、彼は単純な合理主義者ではなかった。パウリはキリスト教徒に改宗したユダヤ人の家庭に生まれる。エルンスト・マッハを代父としカトリックの洗礼を受けて育つが、黒髪黒目の外見は、当時のドイツ文化からみると、いかにもユダヤ人風だった。優秀な学者として世に出たものの、若い頃はかなり放埓な生活を送る。そして不幸な最初の結婚の果てに、離婚する。深刻な心理的危機に陥った彼が出会ったのが、チューリッヒの精神科医C・G・ユングであった。

本書はこのユングの人となりについても、かなり詳しく書いている。ユングもまた20世紀前半の知的巨人の一人だったが、西洋的な科学の枠組みを乗り越えて、心と魂の問題を探求した人だ。したがって科学(唯物論的科学主義)の側からは、強い批判をつねに浴びてきた。伝統的キリスト教の枠組みもある意味踏み越えた、異端の思想家である。しかし彼は職業的学者ではなく、徹頭徹尾、臨床家であり、そこからつねに人間心理への洞察を汲み上げていた。パウリの治療、その後の交友関係も、そうした文脈の一つでとらえねばならない。

わたしが本書で一番驚いたのは、パウリの症例をユングが「心理学と錬金術」に書いていたことだ。浩瀚な「心理学と錬金術」はユングの主著の一つで、それまで古い迷信として忘れられてきた錬金術に,まったく新しい方角から光を当て、人間の心の変容との平行関係を考察した著作だ。その中に、ある男性の心の治癒と夢の変化が詳しく記録され、最後に「黄金の宇宙時計」という、元型をあらわす象徴的な夢が現れる(これは本書にも詳しく紹介されている)。ユングはこの症例を『個性化』(individualization)、すなわち人間の心の治癒と心理的再統合の典型例とするのだが、じつはこの男性とはパウリだったのだ。

パウリが探求していたのは、物理だけではない。彼は自然哲学を、あるいはこの世界の成り立ちの根本原因を追い求めていたに違いない。物理学は世界の成り立ち(How)については記述できるが、ただ一度の自分の人生が世界の中でどのような意味をもつのか(Why)は全く答えてくれない。パウリにとっては、どちらも真剣な問題であり、それを物理的現象と心理的現象の相補性に求めた。それは彼自身の生い立ちから来る、矛盾した性格の二面性を解決しようという試みだったのだろう。本書はそのあたりの事情をきわめて魅力たっぷりに描いている。阪本芳久氏の翻訳も労作である。

西洋の科学は、「宇宙の構造の背後には目に見えない知的秩序があるはずだ」「宇宙は原因と結果の時間的因果律のみで動かされているはずだ」という、ある意味、一風変わった信念の元に発展してきた。だが、それでは偶然性に突き動かされる人間の感情面は説明できない。それをユングは「出来事と出来事のつながりはタテ〔時間〕方向だけでなく、横方向にも延びている -- ある瞬間に世界中で生じるあらゆる出来事は、巨大なネットワークのようなもののなかで互いにつながっている」(p.298)と解釈しようとした。有名な「共時性」の概念である。そしてパウリ効果は、まさに共時性の最たるものではないか! こうして、パウリの探求はユングの研究と共振していくのである。

パウリは戦時中アメリカに身を寄せるが、マンハッタン計画には参加しなかった。「彼が見抜いていたように、アメリカでは科学は軍の一部門同然になりつつあった」(p.280)。そして戦後、またスイスに帰る。晩年はハイゼンベルクと共同で「世界方程式」を探るが、最後の瞬間に決別し、そして病に倒れるのである。57歳であった。

最後に本書から、パウリの死後の物語を引用しておこう。天国に旅たった彼は、ようやく神なる主とまみえることができ、「なぜ 1/137なのですか?」とたずねた。神はうなずいて、「説明してあげよう」といい、黒板に複雑な数式を書き始める。大喜びでそれを目で追い始めるパウリだが、やがてしだいに頭を左右に激しく振り始めて・・・


by Tomoichi_Sato | 2014-01-23 23:33 | 書評 | Comments(0)

書評:それでも、日本人は『戦争』を選んだ 加藤陽子

「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」 加藤陽子・著 (Amazon.com)


前回書評で取り上げた「ハーバード白熱日本史教室」は、女性の歴史学者による講義の話。今回の本書も、女性歴史家による講義録。だが内容は、ずいぶん違う。先の著者は米国で活躍中の新進の研究者だったが、他方、こちらは東大の教授である。歴史研究に対する姿勢も、方やマクロな印象主義に対して、こちらはミクロな史料を地道に追いかけ分析する伝統的スタイル。こう書くといかに渋そうな内容に聞こえよう。だが、面白さの点でいえば、良い勝負、いや、むしろこちらに軍配が上がる。とにかく、一読、巻を置く能わず、というくらい面白いのだ。

タイトルだけ見ると、なんだか左翼歴史家の反戦史観による糾弾の書、みたいな印象を受けるかもしれない。しかし、それはまったくの誤解である。本書は、戦略思考に関する本なのだ。それも、国家戦略を考える練習帳である。著者は、講義の聴講生(すなわち読者)にむかって、「これこれのシチュエーションにある時、列強は当該国に、どういう要求を出してくるでしょうか?」「帝国主義の時代において、戦争の最大の『効用』は一般に何だったでしょうか?」といった質問を次々に繰り出してくる。あれか? これか? 自分でも思案しながら読み進むと、事実や数字を背景に、意外な答えが解説される。そういう面白さに満ちた本である。だから、ストラテジーというものに関心を持つビジネスマンは、みな本書を手にして、考えながら読むべきである。非常にためになるだろう。

ちなみに本書は2007年の年末から正月にかけて、5日間にわたり行われた中高校生向けの講義録である。受講生は、神奈川の私立・栄光学園の歴史クラブのメンバー。しかし講義は決して程度を落としたものではないし、生徒達もちゃんとついていくばかりか、ときには著者の質問にはっしと切り結んだりするから立派なものである。

たとえば、著者は米国の歴史家A・メイの『歴史の誤用』(過去の歴史から間違った教訓を学ぶこと)の例として、アメリカがベトナム戦争に深入りしていく経緯をとりあげ、「どのような歴史の教訓がアメリカを縛ったのか」と問う(p.76)。それに対して、一人の生徒の答えは「赤狩りとかがあって、共産主義に対する恐怖心が植え付けられて強硬にならざるを得なかった」と推論する。なかなか鋭い視点である。米国がインドシナに深入りを始める'50年代前半が、マッカーシズムの時代だったことを的確に見ている。大人でも、両者のつながりが見えていない人は多いだろう。

ところが、これに対する著者の答えは、「アメリカにとっての『中国の喪失』の体験です」という、意外なものだ。第二次大戦は、米国が蒋介石の中国と同盟して日本に勝った戦争だ。ところがその後4年間の中国の内戦を、アメリカは手を出せずに過ごし、結局は共産化してしまった。巨大な潜在的市場を失ったのである。「この中国喪失の体験により、アメリカ人の中に非常に大きなトラウマが生まれました。戦争の最後の部分で、内戦がその国を支配しそうになったとき、あくまで介入して、自らの望む体制を作り上げなければならない、このような教訓が導き出されました」(p.78)。--これはA・メイの解釈を著者が紹介している箇所だが、現代に至るまで、じつにアメリカの戦略と行動を見事に規定しているではないか。

むろん、この本の主軸は日本の近代史、それも戦争をめぐる近代史である。したがって第1章は日清戦争から始まる。19世紀末、中国(清)と日本は東アジアの両国関係のリーダーシップを争っていた。軍事的紛争は、その一局面であるという立場を著者はとる。だから今日いわれるような「侵略・被侵略の物語では、返って見えにくくなるもの」が歴史にはある(p.84)と著者は主張する。李鴻章の改革により急速に近代化する中国の軍隊。これをみて危機感を募らせた山県有朋に対し、ウィーンのフォン・シュタイン教授がアドバイスをする。彼は、主権の及ぶ国土の範囲である「主権線」と、国土の存亡に関わる外国の状態を「利益線」とを区別すべき事を教える。その上で、ロシアの南下の動きも合わせ見て、朝鮮半島を中立に置くことが日本の利益線になる、と諭すのである。

もちろん、そう簡単にはいかない。清は朝鮮を華夷秩序の版図の内に見ているから、結局は日清戦争が起こる。結果は日本が勝ち、国家予算の3倍もの賠償金を手に入れるのだが、外交の失敗により三国干渉で遼東半島の支配権を失う。「その結果おこった国内政治の最大の変化は何か?」という問いも面白い。それは、日本の民意の高まりである。国政に、普通選挙を通じてもっと民意を反映させたい、という運動なのだった。

日露戦争もまた、朝鮮半島の支配権をめぐる戦争であった。そして第一次大戦。欧州列強たちの活動の空白を狙って、日本はドイツが得ていた山東半島の実効利権を獲得しようと動き、さらに「二十一箇条の要求」を出す。これが世界に与えた影響は、実は甚大だった。中国では初めて自発的な国民運動が起き、日本は世界外交で綱渡りを強いられることになる。そうして日本は、満州事変から日中戦争へと泥沼に足を踏み入れていくのである。こうした流れを、著者はいろいろな問いを立てながら導いていく。

「(日露戦争前の)ロシアは、日本が韓国問題のために戦争に訴えてでも戦うつもりであったことに、なぜ気づかなかったのでしょうか?」(p.170)
「日露戦争後に、日本国内では国会や地方議会に出てくる人の質が変わった。どう変化したのでしょうか?」(p.184)
「列強がヨーロッパでの第一次大戦で手一杯のときに、この戦争を機会にめざされた,島国としての安全保障上の利益は何でしょうか?」(p.196)
「イギリスはなぜ、日本が日英同盟の名によって大戦に参戦するのをよろこばなかったのでしょうか?」(p.216)

こうした問いの連鎖は、最終的に、「日本はなぜ、圧倒的に国力に差があるアメリカと戦争に踏み切ったのか?」「日本軍は戦争をどんなふうに終わらせようと考えていたのか?」「なぜ、緒戦の戦勝に賭けようとしたのか?」という、本の表題の発問につながっていく。

最初に書いたように、著者はけっして反戦史観の歴史家ではない(もちろん、好戦的史学者でもないが)。ついでにいうと、著者が好む歴史的人物は、たとえば松岡洋右(満州国問題で日本が国際連盟を脱退したときの外交団長)や、中国の外交官であった胡適(日本との戦争に最終的に勝つためには、中国が最初の2,3年は負け続けて多くを失う必要がある、という捨て身の戦略論を唱えた)である。さらに、石原莞爾(満州事変の首謀者)あたりにも好意的に感じられる。いずれも、非常に知的であり、かつ大胆な行動をとり、エリートだが非主流派的な人物だ。頭が良くて、男らしい男。いかにも、東大の女性が好きそうな好みではないか。

それはともあれ、本書の冒頭には、18世紀のルソーが早くも喝破していた、「戦争とは、相手国の憲法を書きかえるもの」であるというテーゼが紹介されている。相手国の支配原理を転換させること。これがために、国家はどのように考えどのように準備するのか、またどのような錯誤がそれをおかしな方向にむかわせるのか。これが著者の研究テーマである。

そうした国家戦略の問いに対して、優秀な高校生達が十分に議論を交わせることに、わたし達は新鮮な驚きを感じる。頼もしい、と思う人もいよう。

しかし、本当にそれだけでいいのだろうか?という疑問が、読んでいて頭をかすめたのも事実だ。たとえば、長い人生経験を通じて得られた人間性への洞察、あるいは個人の意思と運命的な世の動きとの相克に対する感情的共感、そして複雑な人間集団の中でぎりぎり求められるモラル--こうした理解や知恵は、国家戦略の分析には不要なのだろうか。企業の小さな組織でさえ、しばしば利害だけでなく人々の情念に動かされる。国家のような大きな問いに向かうとき、本当は単なる『頭の良さ』だけでなく、成熟した『賢さ』こそが、一番求められるのではないだろうか。

第二次大戦における日本の最大の不幸は、一部の『頭の良い』人たちが中央に残った代わりに、市井にいた大勢の『賢い』人たちを失ったことにある。そのことに、本書はなぜか十分な注意が向いていないように思われる。本書は非常に面白い。だが、その面白さは、良くできた棋譜の解説に似ている。だから、読み終わってしばらくたつと、中に何が書かれていたか,また読み返さないと思い出せなくなるのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-09-01 23:58 | 書評 | Comments(2)

書評:ハーバード白熱日本史教室 北川智子

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書) →Amazon

世の中には優秀な人がいるんだなあ、と、まず感じた。著者は1980年生まれ。高校を出てすぐカナダに単身渡り、ブリティッシュ・コロンビア大学を3年で卒業。それも数学と生物学のDouble major(二重専攻)で両方の卒論を書き、国際関係を副専攻する。3年生の時にハーバードのサマースクールで日本史を受講。その後、日本史専攻に転じて2年でカナダで修士を取り、博士課程はプリンストン大学に入学。しかも、「単位数を無茶苦茶なスピードで積み上げ」(p.26)、入学からわずか1年と1ヶ月でジェネラルズと呼ばれる前期試験に合格する(普通は最短でも2年)。

その後、1年間は日本に戻り、東大の史料編纂所に研究生として通いながら史料を読みあさり、3年目は米国に戻って論文を書き上げ、なんと3年以内で博士号をとってしまう。そして、ハーバード大学のカレッジ・フェローの職に就く。歴史学の世界では、短くて5年、普通で7年は学位取得にかかるのが常識だから、驚くほど早いスピードでプロの研究者になったわけだ。

しかも学生の時にはアイスホッケーのチームにも所属し、かつピアノも趣味で、ハーバードでは1日に2時間は練習するというのだから、この人はいったいいつ寝ているのだろう?と不思議に思えてくる。たぶん、いったん読んだ本は決して忘れず、いったん学んだことはすべて頭に残り、かつ、一度あった人は全員覚えている、というふうな頭の構造をしているのではないか。そう思えてならない。まことに何というか、うらやましい限りである。

その著者が、ハーバード大学のごく弱小学部である東アジア学部で開講した日本史の授業「Lady Samurai」が人気を集め、初年度は16人だったのが、2年目は104人、そして3年目は251人もの学生を集めることになった。教室も当然、毎年、大きなホールに移っていく。ハーバードで日本史を学びたいという人も、彼女が来るまではほとんど途絶えそうだったのに、どんどん増えていく。ハーバード大の「ティーチング・アワード」を受賞し、「思い出に残る教授」にも選出され、「ベスト・ドレッサー賞」まで受賞する。まことに驚嘆すべき活躍ぶりである。写真を見ても分かる通り、ガチガチの才女タイプではなく、にこやかな笑みが特徴の、若く魅力的な女性だ。

では、彼女が論文のテーマにした"Lady Samurai"とはどんな概念なのか。女性のサムライ--それは別に、薙刀を振り回す巴御前のような女性のことではない。たとえば、秀吉の正妻であった北政所ねい(ねね)を例にあげて、彼女は説明する。秀吉自身の手紙や、周囲の記録を丹念に読んでいくと、「ねねの方」が秀吉とペアを組んで、二人三脚、城下町を統治する姿が浮かび上がってくる。秀吉も要所要所でねねに意見を聞き、アドバイスを受け入れる。また、彼女のようなサムライの妻たちも、社会で武士に準ずる身分上の扱いを受ける。

むろん、当時は男尊女卑の社会ではあったが、それでも夫婦が共同で統治し事業を行なっていく姿を、著者は「ペア・ルーラー(夫婦統治者)」として位置づけ、奥方をLady Samuraiと呼ぶのである。(読んでいて、なんとなくほぼ同時代のスペイン王と女王の夫妻Reyes Catolicosを思い出した)

ペア・ルーラーの概念がこの著者の創意かどうかは知らないが、日本史の中でその存在を実証したところが研究のユニークな点である。しかし講義の人気は研究内容ばかりではなく、独創的な教え方によるところが大きい。「アクティブ・ラーニング」と呼ぶ、地図づくり、ラジオ番組作り、そしてグループでの映画(PCビデオ)作りなどの五感をフル活用した教育法が、学生達を虜にしたのである。

著者は自分の目指す学風を「印象派歴史学」と名付けている。印象派の絵のように、細部よりも全体像にこだわる歴史学である。それを通じて、日本とは何か、という「大きな物語」としての歴史記述を構築したいという。その意気やよし、であろう。

確かに、現代日本は「大きな物語」、一般化された歴史叙述を失ってしまっている、との主張(p181)はその通りと思う。日本の国家としての物語・自画像は、第二次大戦の敗戦と共に、バブルのごとく潰えた。それ以降、大きな物語の不在は、我々日本人の知的背骨を弱くしている。

ただ、本書を読んでわたしは少しだけ懸念も感じた。著者は優秀な若手研究者である。すでに日本のメディアから取材や講演の依頼が殺到していることだろう。学会講演だってするかもしれない。そして皆、一応拍手喝采するだろう。

だが、歴史学という仕事は、大ざっぱな印象で物語を作り上げることではない、古文書に紙魚のごとくへばりつき、細かな事跡を一つずつ詰めて行く地味な仕事だ、と信じる人も大勢いるはずだ。彼らは内心、何を考えるだろうか。北米で教育を受けた著者の、第二の天性とも言えるポジティブ思考と、物怖じしない表現についていけるだろうか? 個別性の世界にこだわる人々から見れば、彼女の論理はつっこみどころ満載である。本来は学問的に冷静に検討すべき議論が、他の感情にかき乱されないだろうか?

教育はいい。大学の講義は、学生アンケートによる評価システムで数値化され、競争の優劣も明白になる。しかし研究は、優劣を簡単に決め難い世界だ。その業界に、著者はこれから身をおく。彼女の優れた才能と溢れるばかりの意欲が、邪魔されずに育ってくれるといいのだが。
by Tomoichi_Sato | 2013-06-27 23:02 | 書評 | Comments(0)