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書評:「自由人物理」 西村肇・著


自由人物理―波動論 量子力学 原論」西村肇・著(Amazon.com)


1927年10月。数年に一度開かれる国際的な科学者の会合であるソルヴェイ会議に、錚錚たる物理学者たちが集まっていた。ニールス・ボーア、アインシュタイン、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、パウリ、ド・ブロイ、ディラック・・。会議のテーマは原子内における電子と光について。だが、議論の内実は、量子力学の主流派であったボーア、ハイゼンベルク、ボルンらの「コペンハーゲン解釈」の主張と、それに反対するアインシュタイン、シュレーディンガーらの批判だった。

ハイゼンベルクらが行列力学と不確定性関係を提唱したのも、シュレーディンガーが波動力学を提案したのも、その会議のほんの1〜2年前のことで、原子内部の物理像については百家争鳴の状態だった。しかし、数日間の猛烈な論争は、主流派の勝利に終わった。そしてこの時以来、「粒子と波動の相補性」「不確定性原理」「波動関数の確率解釈」を中心とした物理現象の説明が、アカデミアと教科書を支配するようになる。

しかし、コペンハーゲン解釈を柱とした説明は、物理モデルとして奇妙な(直感的に理解できない)問題をいろいろと残した。それは、たとえば電子線の2スリット干渉問題であり、内部構造を持たないはずの電子の「スピン」(自転)だったりした。後に、シュレーディンガーは確率解釈を皮肉って、有名な「シュレーディンガーの猫」という思考実験を披露した。

主流派の武器はハイゼンベルクの行列力学だった。対する波動力学も、数学的には等価であると証明されたのだが、シュレーディンガー側の不備もあって、論争には負けた。ただ、ここには奇妙な現実がある:じっさいには誰も、行列力学なんか計算に使わないのだ。とくに、量子化学の分野では。

物理学は科学の帝王である、純粋科学である、という自負を、物理学者たちは内心抱いている。物理学では、すべては原理から演繹的に・連続的に導出されるよう構成されている。知識の暗記など、本来は不要である。たとえば化学はディスクリートな学問で、沢山の知識を要求する。物理はそうではない。だから物理学者は単純な基礎現象に集中したがる。素粒子を多数組み合わせた原子や分子の挙動など、「あとは化学の問題に過ぎない」と彼らは言った。

ところで、個人的なことになるが、わたしは大学入試で、物理と化学を理科の選択科目とした。そして物理は最後の1問を除き満点だったと思っているが、化学はほぼ白紙回答で提出した。それほど化学嫌いで、物理が好きだったはずなのに、大学に入ってしばらくすると、いつのまにか物理学への興味も情熱も失ってしまった。点数は赤点スレスレ。いったい、どこで道に迷ってしまったのか?

大学の物理の授業は、沢山の数学(数式)はあるが、背後の思想の説明がない。今にして思うと、それが原因だったような気がする。いったい何を目指し、どうしたいから、そんな数学的手法をつくるのか。その目的意識が分からぬまま、いわば行き先不明のまま、先人の後をついて山登りをするような気がした。当時はそんな風に言語化できず、ただ自分は理系の劣等生なのだと感じていたのだが。

たとえば、大学初年でラグランジュの解析力学を習う。ニュートン力学の微分方程式問題が、最大最小問題(変分問題)と等価であることを習い、また一般化された座標系の使い勝手を知る。だが、なぜそんな面倒な定式化を考えるのか、なぜラグランジュアンが運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの差なのか、納得がいかないまま、授業はどんどん先に進んでしまう。わたしが知りたかったのは、研究の「いかに How」だけではなく、「なぜ Why」だったのかもしれない。

研究者とは、思想を持つ存在である。優れた研究者とは、学問における戦略性と体系化にたけている人だ。アインシュタインとか、数学のグロタンディークを思えば良い。まだ未解決の中核問題をみつけ、巧みなアプローチで攻める。また優れた学者は、概念の体系、ゴシック建築のような美しい構造物を作り上げる。それが本来の姿だろう。

しかし、現代の科学者は基本的に大学人であり、アカデミアの中で生きて競争している。その結果、支配的なパラダイムに適応する必要がある。また論文になりやすい研究をする。研究費を稼ぐ必要があるからだ。とくに、現代物理学は巨大な実験装置を必要とする学問である。研究費も組織も役職も大切である。そして、ここに一種の「淘汰圧」が働く。主流のパラダイムに適応して生き残るための、淘汰圧だ。つまり、職業人の物理学となりがちなのだ。

自由人物理』とは、独立研究者による物理学である。ただひたすら、真理の探究と理解を目的とする、物理愛好者の学問だ。どこからも研究費も報奨も出ない。発見自体が面白い、という事だけが唯一の報奨である。巨大実験を排して、思念(と数式)だけでどこまで到達できるか、が問われる。

その到達点を示すのが、本書「自由人物理 〜波動論 量子力学 原論」である。

著者の西村肇氏は、物理学者ではない(少なくとも社会的には)。氏は東大工学部の名誉教授だが、機械工学出身で、東大宇宙研で工学博士の学位をとった。そして化学工学科(現・化学システム工学科)で終生勤め上げ、とくに学会ではプロセスシステム工学のパイオニアとして著名だ。

しかし、アカデミアの分類でいえば、物理学には「素人」である。ついでながら、この人の大学での最後の10年間はバイオテクノロジー研究だったが、生物学にも素人だ。Natureに論文まで載ったが、農学部からは「生物の素人がなぜ学生に教えているのか」と抗議が来たという。

そして、定年退官後はまったくの自由人として、2001年に「水俣病の科学 増補版」を研究・執筆し、毎日出版文化賞を受賞する。

水俣病研究の最後の鍵は、工場の反応器内でのメチル水銀の生成過程だった。それまで、有毒なメチル水銀は、水俣湾の環境中で生成するという推測が多数派だったが、著者はそれをくつがした。厳密な量子化学の問題として、新しい発想で解決し、共同実験で確認した。それは「水俣病の科学」の最後の部分に書かれている。ただ、その探究の中で、著者の頭には、分子軌道(Molecular Orbitals)論とは何なのか? 電子の存在確率、そして排他律を支配する量子数=スピンとは何か? という根本的な疑問がわいてきたらしい。

著者の学風の特徴は、大胆なモデル化を用いた、複雑な系の解明と予測にある。元々、化学工学Chamical Engineering自体が、モデル化を多用する学問である。そこに、技術物理(機械工学)の発想を持ち込む点が著者のユニークな点だ(ちなみに、本書で初めて知ったのだが、旧ソ連では、物理と技術は地続きであって、純粋物理が学問として偉い、という思考は薄いらしい。著者は英語の他にロシア語も堪能だから、若い頃そちらからも影響を受けたのかもしれない)。

モデル化を武器とする学風を持つ著者が、物理学の発展という、長く複雑な対象系を分析し、「量子力学の混迷」と著者が呼ぶ中核問題に挑んだのが本書である。すなわち、非常にユニークな物理学史の記述、再構成になっている。その際に用いるのが、物理学者の思想・学風を「数学派」「物理派」に二分する大胆なモデルである。

著者によれば、数学派の代表格は、古典力学ならばニュートン、量子力学ではハイゼンベルクやフォン・ノイマン、となる。日本ならば朝永振一郎だろうか。他方、物理派の代表格は、古典力学のラグランジュ、マックスウェル、また量子力学ではシュレーディンガー、ド・ブロイ、ディラック、であるという。日本ならば武谷三男、もっと後ならば南部陽一郎だ。

そして1927年のソルヴェイ会議は、数学派と物理派の格闘であり、数学派が勝利して主流の地位を得た、というドラマであった、と解釈される。なお、ここでいう数学派・物理派とは、数学が得意だとか実験物理が得意といった、研究者の資質による分類ではない。そうではなく、この世界を数学的秩序で記述することを求めるか、それとも物理像(物理モデル)を重視するか、という基本的な思想の違いだと、著者は言う。

話は、古典力学からはじまる。

ニュートンの「プリンキピア」は、ギリシャ幾何学にならった、宇宙の公理論的な記述方法であった。しかし同時に、ニュートンという人の底意地の悪さについても、かなり詳しく書かれている。

ちなみに、著者は可能な限り原著・原典にあたり確認する姿勢を怠らない。そこはさすが学者であって、安易な孫引きに頼った、素人の印象批評ではない。ここには書斎で安楽椅子に座りながら、資料だけで事件の全容を解明していく探偵小説のような面白さがある。

ニュートンの力学から、ラグランジュの方程式(最小作用の原理)、そしてハミルトンの正準方程式というのが、大学授業での普通の説明コースである。これは、単なる数学的発展のように見える。しかし、その背後には思想的なドラマがあったことが、本書を読んではじめて理解できた。ラグランジュが、先人モペルテュイの提案した最小作用量の原理を、変分問題に発展させたのは、「質点系(剛体)の問題を、静力学と動力学を統合した形で記述したい」、という目的意識があったからだ。

それだけではない。ラグランジュが活躍したフリードリヒ大王の宮廷が、当時の啓蒙時代(著者によれば「理性革命」時代)のヨーロッパ大陸の思想界にあって、どのような地位を占めていたのか。イギリス経験論哲学からフランス革命につながる縦糸の、どの結節点に位置していたのかを、著者は大きな見取り図の中で示してくれる。数学・物理学・哲学・社会思想は、すべて一つの大きな知的活動の部分的様相にすぎないし、当時の学者はそういう意識の中で生きていた。こうした記述論的な部分こそ、本書の真骨頂であろう。
(ちなみに数式の説明もあるが、どこもごく簡略になっていて、わたし程度ではとても追い切れなかった)

古典力学は、ラグランジュによる作用量関数の定式化を経て、ハミルトン=ヤコビの方程式へと続く。ここでのポイントは、力学と光学の並行関係である。光の進む道は、最短時間の経路をたどるという「フェルマーの原理」が、光学の基礎にある。ハミルトン=ヤコビの方程式と、電磁気学のマックスウェル方程式が、量子力学への架け橋になる。

ここから本書は第2部・量子力学に入る。そして、まず「量子」概念の発見者は、プランクなのかアインシュタインなのか、という問題が提起される。実はこの論争をしかけたのはアインシュタインなのだが、彼が自分で矛を収めたため、現代ではあまり知られていない。この論争は、量子化される物理量の原像はエネルギーか、作用量か、という事を問うている。

プランクの発想のきっかけとなったのは、黒体輻射問題だった。著者はこの問題を、マクスウェルの電磁波理論・ハミルトンの正準変換・調和振動子の統計力学を援用して丁寧に分解し、作用量の離散性こそが本質であると論証する。「作用量子論は運動法則に素量を認める立場です。(中略)量子を実体の性質とみるか、運動法則と見るかで、結論は大きく変わってくる筈です」(p.151)−−これが、第2部を通した大きな布石となる。

第2部では、著者はハイゼンベルクの交換関係(pq - qp = h/πi)の発見と、ボルン、ジョルダンによる「行列力学」化についても、同じような再構成を試みている。つまり、研究者の目的意識からみた、発見の手順である。位置pと運動量qの積が可換ではない、ということは、量子力学の世界での物理量は、演算子(操作)であることを示す。これはわたしにとって、ずいぶん新鮮な学びだった。

ただ、「数学派」のハイゼンベルクらは、数学的な無矛盾性さえ達成できれば、原子内部の物理的描像については無頓着だった。「粒子でありかつ波である」とか「内部構造のない電子が自転する」といった説明が、人間の直感に反していても、「そういうものだ」で済ませてしまうのだ。

これに対し、貴族で素人物理学者だったド・ブロイの発想は違っていた。彼は、フェルマーの原理にしたがって、粒子の運動を先導する物質波というものを構想する。ある変換によって、電子の運動に対するフェルマーの原理が、モーペルテュイの最小作用量原理とまったく一致することに気づいたのだ。彼の構想を、シュレーディンガーは波動方程式へと発展させる。さらにそれを相対論化した、ディラックの波動方程式へと続く流れである。

「物理派」のアインシュタイン、ド・ブロイ、シュレーディンガー、ディラックに共通する思想とは、波動による物理像(モデル)である。それはコペンハーゲン解釈への批判でもあった。

著者はさらに、パウリの「スピン」論とディラックのスピン解釈へと、考察を進める。ここから、いよいよ分子軌道論の話になる。そして、物理学者達が「化学の問題に過ぎない」といった分子構造論について、ハイトラー・ロンドンの共有結合(波動関数の交換積分)、化学結合におけるウッドワード・ホフマン則を経て、著者による“化学と物理を結ぶ”分子軌道に関する新モデル(「分子内ド・ブロイ・モデル」)になる。ここでは、電子の「スピン」の著者流の再解釈が披露される。

「物理派」と「数学派」の対立軸で、量子力学台頭期の論争を読み解く視点は非常に面白い。ただ、「物理派」と「数学派」の対立軸を、著者は「無神論(Atheist)」と「キリスト教」の区分で捉えている。その面もあるかもしれないが、この対立はもっと深い(古い)問題に根ざしているのではないかと、わたしは思う。それは、「宇宙は単純で美しい数学的秩序から生成しているべきだ」という信念をもつかどうかの違いである。

たとえば、つい先日、物故した物理学者ホーキングを例にとってみよう。彼は先輩筋に当たるロジャー・ペンローズの著書「心は量子で語れるか」に反論を寄せて、こういう。

「私(ホーキング)は恥知らずな還元主義者であると、まず最初に言っておきます。(中略)基本的にペンローズはプラトン主義者で、唯一の観念の世界が存在すると信じている。一方、私は実証主義者で、物理理論は私たちが構築する数学モデルにすぎないと思っている。」

数学派のペンローズは、彼のツイスターという純粋に数学的着想を中心に、量子重力論という宇宙像を描き出そうと努力している。その彼を、ペンローズは「プラトン主義者」と呼ぶ。プラトン主義とは、イデアの世界の実在、ここではシンプルで美しい数学的原理から宇宙は生じた、と信じる思想だ。

ただし、このような思想は、歴史上プラトンが創始者という訳ではない。バートランド・ラッセル「西洋哲学史」によると、実はもっと古く、紀元前6世紀に活躍したピタゴラスにさかのぼる。

「ピタゴラスと共にはじまった数学と神学との結合は、ギリシャ、中世、そしてカントに至る近代における宗教哲学を特色づけた。プラトン、トマス・アクィナス、デカルト、スピノザおよびカントにおいては、宗教と理性との、無限なるものへの倫理的渇望と論理的賛美との、内密な結合があって、これはピタゴラスに発している。
プラトン主義と見えているものは、本質的にはピタゴラス主義である。感覚にではなく知性に対して啓示された永遠の世界という全概念は、彼に由来している。」(林達夫・訳より)

このような「数学と宇宙観との結合」は、ギリシャから欧州に流れ込み、西洋的な思想の一つのルーツ、あるいは特徴となっている。キリスト教は中東の片隅で誕生した宗教だが、ヨーロッパで大きく育ったため、こうした感覚を色濃く受け継いでいる。著者はハイゼンベルクを例にひいて、「数学派は必ずしも数学能力が高い人ばかりではない」といっているが、そもそも数学派とは「宇宙の基礎にはシンプルで美しい数学的原理があるはずだ」と信じる人たちなのだろう。一方、物理派とは、「数学モデルは物理現象の近似モデルに過ぎない」と考える人たちである。

あるいはW・パウリを考えてみてもいい。ユダヤ系キリスト教徒の家に生まれ、幼児洗礼ではエルンスト・マッハが名付け親になった。だが大人になり、最初の結婚に失敗した頃から、キリスト教会を離れ、「半分ユダヤ人」と自称する。ただ、彼は数秘術みたいなものに関心を持ち続け、微細構造定数が素数137の逆数である理由を、生涯探求した。そういう点で、彼はキリスト教徒ではないけれども、数学派だった。

数学的秩序が宇宙の基礎にあるはず、という感覚は、われわれ東アジアの文化圏には乏しいものだ。日本にも数学的能力の高い物理学者はいるが、彼らを単純に数学派といいきれないないのはそのためだろう。たとえば日本生まれで後に米国に帰化した南部陽一郎は、一般書「クォーク」第2版18章で、こんな風に書く。

「神が宇宙の設計をしたとき、重力、電磁力、強い力などの構成について公式に従って正確に図面をひいた。しかし弱い力に来たとき計算ちがいをしたのか、物指しを読みちがえたのか、図面のところどころにくいちがいが生じてしまった。直線は垂直に交わらず、四辺形はうまく閉じない。そして弱い力の骨組みが他の力の枠に対して少し傾いている。けれども遠くから見たのではあまり目立たないので、神はそれをそのまま使って宇宙を建ててしまった。」(p.222)

しかし南部は、宇宙がかくも不整合で美しくないからといって、当惑している様子もない。同じ著書の別の箇所で、南部は「超弦理論」を批評して、

「超弦理論だけですべてが解決するかどうかは、少なくとも私には大いに疑問である。自然はわれわれの想像以上に複雑豊富なものであると思うからだ。」(p.309)

とも述べている。ハドロンの弦モデルはもともと南部が考案したものだが、現代の超弦理論はある意味で、数学派の権化のようなところがある。南部は明らかに、そのような思考には組みしていない。

そのような訳で、著者が指摘するように、日本の物理学は式と計算に熱中する割に、あまり根っからの数学派は多くないように思われる。まあ、西洋人のいうことを信奉しやすい日本人は多いので、数学派風のパラダイムで仕事をすることに、さして疑いを持たないのだろうか。批判すべきとしたら、むしろこの点だと思う。

数学を単なるモデル化や近似の手段であるとする態度は、数学を宇宙の構造の中心におく信念とは、正反対のものだ。前者は現象から帰納的に物理法則や原理を発見しようとし、後者は原理から演繹的に物理現象を予測する。健全な科学にとって、この二つのアプローチは車の両輪だ。しかし論争となると、帰納派は演繹派よりも分がわるい。帰納は完全にロジカルではないからだ。単純で説明力の高いモデルを構築するのは、一種のアートでもある。

著者が本書で描いた二つの対立軸、
 <数学派 = コペンハーゲン解釈学派 = キリスト教> と
 <物理派 = 波動関数学派 = Atheist>
も、一種のモデルだ。こういうモデルを用いると、混迷を理解し整理しやすい。わたしはキリスト教かどうかよりも、ピタゴラス主義かどうかというパラメータを使う方が便利だと考えるが、どちらを採用しても、いろいろな例外は生じよう。しかし、例外があっても、モデルは有用なのだ。我々の理解と予測を助けるからだ。"Models are all wrong, but they are useful."という格言があるように。

わたしが西村研究室に入ったしたのは1980年。修士1年のときだった。そして、考えてみると、モデル化を重んじつつも、それに酔わない態度は、西村さんの学風に影響されて、わたし自身、身につけたものだと思える。だから、こうした態度を教えてくれたこと自体が、わたしにとって一番の財産ではないかと思う。

別にわたしが弟子だったから、本書をほめている訳ではない。本書は高度に論争的だが(そして論争的なのも西村さんの学風なのだ)、理路整然としていて内容的に非常に面白いのだ。そして、本書の一番の長所は、読むと「もっと物理を勉強したくなる」ところだろう。

ただ、本書は仙台の出版社から上梓されているが、事実上の自主出版であり、プロによる編集が足りない点が、いささか残念ではある。やはり、編集者はだてに編集をしている訳ではないのだ。

本書の最後の章は、著者自身の半生を(あるいは戦闘歴を)一瀉千里に振り返っている。東大紛争をきっかけに、化学プロセスのシステム工学から、社会システムの問題(公害)の研究に踏み出すのだが、その結果、東大を追い出される寸前までいく。しかし、著者は別に、社会運動家でも左翼思想家でもない。ただ単に、権威や権力に依存した人間の、非合理性を憎むだけだ。つねに、物理(モノのコトワリ)にこだわる人なのだ。

だからこそ、「自由人物理」なのである。


by Tomoichi_Sato | 2018-04-23 22:14 | 書評 | Comments(0)

書評:「小水力発電が地域を救う」中島大・著

小水力発電が地域を救う」 (Amazon)

最近読んだ中で、最も面白かった本だ。わたしはあまり新刊書を批評しない(というか、読んだけれど書評を書けずに溜まっている本が沢山ありすぎる^^;)。だが、この本はできる限り多くの人に読んでもらいたいので、あえて順番を飛び抜かして取り上げよう。

タイトルを見ると、本書はたんに再生可能エネルギーの一分野である「小水力発電」を紹介し、宣伝するだけの目的に思えるだろう。だが著者は、この一見地味な技術について、もっと広いパースペクティブ(ほとんど文明論的な視野)に立って、日本社会に与えうるポテンシャルを論じる。いやあ、頭の良い人が書いた本は面白いなあ、と読みながら久々に感じた。お勉強のできる人や知識の豊富な人は、たくさんいる。だが、広い視野からものごとを多面的にとらえて考えられる人は、滅多にいないのだ。

著者は、全国小水力利用推進協議会の事務局長。経歴を見ると、’85年に東大の物理学科を卒業するが、その後は官庁や大企業にいかず、ベンチャー企業をへて、2005年に非営利の協議会組織を立ち上げ、リードしてきた人だ。

思い出してみると、2005年頃と今では、再生可能エネルギーをめぐる状況は、まったく変わってしまっている。その供給量も価格競争力も、世界的にここまで進むとは、誰も思わなかったろう。日本では2011年にFIT(固定価格買取制度)が制定され、以来とくに太陽光発電がブームになった。

だが、わたし達が最も古くから利用してきた再生可能エネルギーは、水力なのだ。日本は気候と地形に恵まれ、水力利用の適地だという事情もある。だが、著者が指摘するように、ヨーロッパの産業革命も、じつは水力からはじまった。アークライトの水力紡績機は、ジェームズ・ワットの蒸気機関よりも先に現れ、機械工業化の火付け役となったのだ(p. 150)。

水力発電のメリットとは何か。それは、発電量が安定していることだ。太陽光が、日周変動を不可避的に持つことはいうまでもない。では、風力発電はどうか。じつは、風力の発電量は、風速の3乗に比例するという物理法則がある(流体の動圧=運動エネルギーは流速の2乗に比例し、かつ発電の能力はタービンを通過する風量に比例するから)。大気乱流のスペクトル分布を考えれば、風力発電がいかにブレやすいか容易に想像がつく。

水力発電も風力発電も、基礎原理的には同一だ。なのに、発電量の安定度が違うのは、水力は発電機のタービンの前に、堰・ダム・水路などのバッファーをたっぷり持っているからだ。さらに、天からふる降雨量を、山それ自体が平準化して流出してくれる。本書が対象とするのは、1000 kW未満の小水力だが、それでも全国の開発可能量(経済性を考慮した数量)は数千箇所、合計100万kW程度と見込まれている(p.21)。ほぼ原発1基分である。これだけあれば、足下の山間地の需要はおおむね満たすことができる、という。

ただし、第8章「歴史の中の小水力発電」に詳しく書かれているように、日本には小水力発電が育ちにくい不幸な事情があった。現在、小水力発電を計画しようとすると、肝心の水車を、欧州やアジアから買ってこなければならない。発電用水車を安価に製造できるメーカーが、日本にほとんど無いからだ。なぜ、この技術大国で、水車程度を作れる企業が存在しないのか。それは、そもそも市場がなかったからだ。

戦前の日本では、水力発電事業を行う鉄道会社や自治体も、それなりに沢山あった。しかし、「戦争に伴う挙国一致体制を築くため、小水力も含めて、発電所・電気事業は日本発送電という国策会社に統合されてしまいます。そして敗戦後も、元に戻すのではなく、(沖縄を除く)9社の電力会社に分割再編することになり、地域の小水力発電所もその電力会社に帰属することになりました」(p.158)

地域独占となり、経済成長で巨大となった電力会社にとって、「戦前から引き継いだ小水力発電所はコストパフォーマンスがわるいため、だんだんと廃止され」ていった(p.159)。たとえば東電管内の山梨県では、300kW以下の発電所は廃止の指示が出た。こうなると、機器を製造するメーカーも生きていけなくなってしまう。

ところがヨーロッパでは事情が違った。もともと歴史的には、日本も欧州も、大都市向けの大規模水力の開発と、村落向けの小水力の増加が並行して進んでいた。だが敗戦国ドイツでさえ、小水力発電所の統合は行われなかった。今でも村営の発電所が多数残って、馬鹿にならない量の電力を安定供給している。かくして、今でもドイツやイタリアに、安価で優秀な水力機器メーカーが生き残っているのである(p.159-161)。

ただ、歴史の面白いところは、このような状況にもかかわらず、民間が自由に水力発電事業を営める形態が、ほんの一筋の水脈のように、残ったことだ。それも、なぜか中国地方に残っていた。織田史郎という人物のおかげだった。彼は中国電力の前身にあたある中国配電会社の役員だった。彼は、戦後まだ残っていた「無点灯地区」(電気の来ない村)では、自力で発電事業をやればいいと考えた。そして将来、配電線が村に届いたら「電力会社に電気を売って、地域振興の財源にすればいい」とまで見通した(p.164)。

こうして彼らの働きかけにより、「農山漁村電気導入促進法」が1952年に制定される。織田の努力が実り、中国地方には最盛期には200ヶ所もの小水力発電所があった。事業主体は農協や漁協、土地改良区などだ。水力発電設備は寿命が長いから、今も50ヶ所が事業を続けているという。ただ、全国的には衰退していく。「その原因を一言で言えば『挙国一致体制で国策会社に統合した』ことにつきます」、と著者は書く(p.167)

しかし、まだ「促進法」自体は生き残っている。これを活用する形で、この10年ほど、全国にぽつりぽつりと、地域振興をかねて小水力発電が復活しはじめた。その代表例は、第1章に詳しく書かれている岐阜県郡上市石徹白(いとしろ)地区の事例だ。岐阜市出身で一時は外資系コンサル会社に勤めていた平野彰秀氏が、一種のUターン(正確にはIターン)をし、地域づくり協議会として、マイクロ水力、ミニ水車をつくっていく。ついには発電目的の農協を組織し、125kW出力の発電所を建設するのである。

「FIT制度が始まった今は、小水力発電に良い時代です」と著者の中島さんは書く。「農産加工品などの市場開拓は簡単ではありません。ところが、小水力発電の電気は、FITのおかげで必ず売れるという利点があります」(p.47)。

石徹白の取り組みの原動力になったのは、じつは小学校が廃校になってしまうかも知れない、という危機感だった。「小学校の存続は、地域が存続するかどうかの先行指標と言っても過言ではありません。子育て環境の悪化で若い夫婦がいなくなるだけでなく、子どもたちの帰属意識が薄れ、高校・大学を卒業した後戻ってくる動機が弱くなるからです」(p.38)-- このように、過疎に悩む限界集落にとって、発電事業による収入の確保は、地域の生き残りのカギになりうる。

そればかりではない。日本の里山では、農業用水路の維持保守が、死活的に重要だ。しかし近年の農業人口の減少により、一人あたりの維持費用負担が高くなり、ますます離農が増えるというダウンスパイラルが、あちこちに起きている。そこで、農業用水路を活用した小水力発電と、それに伴う現金収入は、農業それ自体を維持する上で重要なのだ。

ここで、農業用水路の『空き断面』を活用した水力発電、という新ビジネスモデルが、にわかに登場する。空き断面とは、水路の余裕となる流量だ。農業用水は田植えなどの時期を除くと、じつはかなり流量を絞っている。10の容量があっても、1の水量しか流れていない状態は珍しくない。そこで、ここに10の水量を流して、9の分は発電に使うのだ(p.57)。発電に使った後の水は、農地ではなく川に戻す。こうした話は、本書を読むまでまったく思いもかけなかったアイデアで、とても面白い。

もう一つ、なるほどと思ったのは、「山村の土建会社は小水力発電で生き残れ」(第3章)だ。近年、地方の小規模な土木業者たちはつぎつぎと廃業している。しかし、山村ではいったん大雨や災害が起きると、土建業者が対応してくれない限り、ライフラインが復旧しない。だから地方の土建会社は必要なのだ。ところで小水力発電所の建設と運営は、土木技術の固まりである。だから公共事業の減った今日、土建会社にとって良い副業になる。

おまけに土建会社の経営者は、当たり前だが経営感覚に優れている。発電所の設置と運営は、やはり経営感覚のある人がいるかどうかが、成功の鍵なのだ。第3章には、富山県の土木経営者だった、故・古栃一夫の獅子奮迅の働き(当時は監督官庁の、言いがかりに近い無理解があり、それと闘った)が、いきいきと描かれている。

というわけで、本書は具体事例をふんだんに盛り込みつつ、地方活性化のために小水力発電事業がいかに有用かを、多面的かつ客観的に書いている。副題に「日本を明るくする広大なフロンティア」とあるが、地方の山村を明るく事こそ、著者(ご本人は都会生まれだと書いているが)の強い願いなのだ。

その信念は、序章と終章によく表れている。序章で著者は書く。「日本の山の木材の価値を死なせてしまったのが、1964年の木材輸入自由化でした。海外から木材を安く輸入できるようになったため輸入材が急増し、日本の林業は壊滅状態になってしまったのです。このことは山村から主要な価値が失われたことを意味していました。(中略) 木材が燃料であり建築材であった20世紀の半ばまでは、ものの価値と言う意味で見れば、山は価値の流れの上流にあったのです。ところが山は、価値の流れの下流、しかも最も末端になってしまったのです。こうして、山村から人がどんどんと里へと移動し、過疎化が進んだわけです。」(p.14)

このような流れを止め、できれば逆転させる力となりたい、というのが著者の望みなのだろう。今日風のグローバリズムの観点に立てば、そんな経済効率の低い辺境地域などうち捨てて、人口は都市に集中させ、そこに資源を集中させる方が効率的だ、という結論しか出てこない。だが、著者の意見は違う。

「町育ちの人ばかりになると、社会が脆くなります」(p.177)

効率性は脆弱性と裏表の関係にある。効率性の高いシステムは、冗長性が乏しく、外部条件の変化に対して脆弱になる、と著者は指摘する(同頁)。このテーゼは、わたしが最近ずっと考えている、システムに固有なトレードオフの問題と同じで、その点でもとても共鳴してしまった。

小水力発電事業は、たぶんわたしの勤務先のビジネス領域には重ならない。多くの読者にとっても、同じだろう。だが、それでも、日本の地域の文化が生き生きと存続することを願うならば、一人でも多くの人にこうした活性化のビジネスがあり得ることを知ってほしいと思う。


by Tomoichi_Sato | 2018-03-14 23:48 | 書評 | Comments(0)

書評:「ななめの音楽」(Ⅰ・Ⅱ) 川原由美子・著

ななめの音楽1 (ソノラマコミックス)」 「ななめの音楽Ⅱ (ソノラマコミックス)」(Amazon)

現代マンガの一つの到達点を示す傑作。それが川原由美子の「ななめの音楽」である。

2017年の個人的ベスト3は、「怒りの葡萄」(スタインベック・著)、「ケセン語訳 新約聖書 【マタイによる福音書】」(山浦玄嗣・著)、そして本書「ななめの音楽」だった。本書の実際の発刊は2011年だが、わたしが読み終えたのはたまたま昨年なので、ここであえてとりあげたい。

現代日本のマンガはきわめて豊穣だ。そのバラエティの幅広さ、表現の深さ、作者・読者層の多様さ、どれをとっても第一級の文化的ジャンルと言える。その中で、あえて本作品を「一つの到達点」と呼ぶのはなぜか。それは、この作品が、手塚治虫以降に発明されてきた現代マンガの主要な技法を、あえて捨てたところで表現を作っているからだ。

こうした話は、実物を見ないとうまく伝えられない。そこで、本書のII巻にある1ページをここに掲載することにする。(こういうことをすると著作権者から抗議されるのかも知れないが、その場合は画像を削除し取り下げることにする)
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見ていただくと分かるとおり、1ページが正確に4つの同じ大きさの長方形のコマに分割されている。本書は全頁がこのようになっている。つまり、どのページも黒地に4コマで、大小のコマ割りもなく、斜めのコマ分割や枠線の消失もない。手塚治虫が「新宝島」で導入した、映画的でダイナミックなコマ割りを一切、使っていないのだ。

それだけではない。空中を飛んでいる飛行機に、その動きを表すような線が一切、描かれていない。そして爆音も描かれていない。つまり、いわゆる「漫符」がないのである。動きの線、心理状態を表す模様、「シーン」といった沈黙音の表現、その他マンガ特有の一切の補助表現が、ここにはない。まるで江戸浮世絵か西洋絵画を見ているようだ。ただ、本当に目に見えるものしか描かれていない。

そして、会話を表す吹き出しに、吹き出し線がないことにも注目してほしい。このため、このマンガでは誰がしゃべっているセリフなのか、言葉の内容のみから推測するしかない。一コマ目、

 「こゆるさん ひとつお話ししておきたいことがあります」
 「はい」

この対話から、最初の話者が、「こゆる」(主人公の名前)以外の人物であること、これに対して、こゆるが相づちを打っていること、などがわかる仕組みになっている。吹き出し線抜きで、空の上でのこうした対話を描写することが、実際にはいかに難しいか、想像にかたくない。

このような制約を自らに課すことで、作家・川原由美子が表そうとした世界は、いったい何か。

「美しい機体と少女たちが 蒼い空を翔る 近未来ドラマティック スカイ・ストーリー」
と、帯のアオリ文句にある。戦闘機と、空中戦と、そして戦う美少女たち、というのは、実に現代日本のマンガが大好きな題材だ。しかしここに展開されるのは、きわめてシリアスな心理ドラマだった。

主人公の高校生・伊咲こゆるは、大好きな先輩・光子を追って、北ヨーロッパの空で展開される航空機レースに一緒に参加する。そして光子の祖父(ドイツ系の貴族)に仕える女性ラウラ・シュミート、日本からTV局の中継のために訪れているアイドル歌手の久永まな希らと出会いつつ、奇妙で複雑なバトルレースに巻き込まれていく。その中で、こゆるは、なぜ光子がいつも笑わずにいるのかを次第に知るようになり・・

タイトルの「ななめの音楽」Shrage Musikとは、どういう意味か。「ジャズのことですよ。」と、I巻でラウラは、こゆるに説明する。アメリカからジャズが輸入されたとき、ドイツの音楽家たちは、歪んでズレた音感(と彼らには聞こえたのだろう)を、そうよんで揶揄した、という。ただし、「ななめの音楽」にはもう一つの意味があった。それはII巻をよんでいただくとして、無邪気で美しく見えた世界が、すこしずらすと深刻で悲劇的な意味を持ち始める、というテーマは、本書に繰り返し現れてくる。

本書の扉には、”Based on non existent novel written by Michiaki Sato”というクレジットが書かれている。イラストレーターでメカデザイナーの佐藤道明氏による、刊行されていない小説を原作としているという意味だ。ネットの情報によると、佐藤道明は一時、川原由美子のアシスタントだか助手だかをしていたことがあり、実際、同じタイトルによる作品を’90年代に共作で発表しているらしい。ただ、その時は光子が主人公であったようだ。本書は視点を、こゆるという後輩の少女に移している。つまり佐藤道明のストーリーをベースにしつつ、20年後に川原由美子が一人でリライトしたのが、本作品なのである。

ちなみに川原由美子氏は高校を中退して漫画家になったらしい。1960年生まれだから、ずいぶん長いキャリアである。わたしは本書がはじめて読む作品だったが、初期の本の書影を見ると、じつにまあ、ごく普通の正統的少女マンガである。絵も単純に見える。近年は寡作のようだが、本書のような造形はそうスピード生産できるものでもない。そして絵も信じられないくらい、巧い。本書の次に刊行された「TUKIKAGE カフェ」も読んだが、こちらも美的に見事である。たとえ中卒であっても、職人芸をつきつめて、ここまでの表現レベルに達する作家がいるのだ。それが、現代マンガの豊穣の証左かも知れない。

戦闘機の飛び交う世界でありながら(第II巻の巻末には、ご丁寧に「ラウラさんの翼くらべ」と題する航空機解説ページがおまけについている)、しかし本作品は、伊咲こゆるという主人公の成長の物語であり、まことに正統派の少女マンガになっている。

正統派の少女マンガの主題とは何か? それは、「自分が女性であることを選択する」物語である。

男女の性別は、生まれついたときから備わっているが、子どもの時はだれもが無性な存在だ。しかし、この世界は基本的に男性中心にできあがっている。その中で、自分自身が女性になることを、女の子たちはある段階で、自分から選び取らなければならない。これが少女マンガの中心にあるテーマなのだというのが、わたしの仮説だ。

だから、こゆると光子との二人の魂の、変転と成長を描くこの物語は、まことにこの作者にふさわしい正統な少女マンガなのである。この伊咲こゆるというキャラの視点がよほど気に入ったのだろうか、作者は後に、こゆるとの共作名義の本も出しているくらいだ。(ちなみに男性中心に出来上がりすぎた社会は、結局、男の子をも不幸にする。だから最後の方で作者は、「つぎの世紀は男性につらい時代になるはず」と、光子のセリフを借りて予言している)

美しく静謐な画面と、劇的な序破急のストーリー。それに加え、魅力的なキャラクター、意外な結末、そして鮮やかな幕切れ・・本書は、じつに多彩なマンガの魅力を持っている。まことに傑作である。


by Tomoichi_Sato | 2018-02-18 14:30 | 書評 | Comments(1)

書評:「怒りの葡萄」(上・下) ジョン・スタインベック著

このところ、書評を書くペースが遅くなって、なかなか読み終わるスピードに追いつかない、と昨年はじめの「書評 2016年のベスト3」 に書いた。その事情は変わっていないが、2017年は読む本の冊数自体も随分減ってしまった。これはスマホでなんとなくだらだらと、ネットを見ているからだと気がついた(わたしは主に移動時間に本を読む習慣なので)。そこで、最近は電車では可能な限り、紙の本を読書ようにしている。まあその方が情報内容に読み応えがあるし、ピンチの出版業界の助けにもなるし、何より目にも良い。

昨年読んだベスト3の内、1冊は「ケセン語訳 新約聖書 【マタイによる福音書】」(山浦玄嗣・著)だったが、これは書評をすでに書いているので、残りの2冊について早めに紹介しておきたい。もっとも2冊というのはどちも上下2巻本なので、実質的には4冊だが。「怒りの葡萄」は、そのうちの一つである。


怒りの葡萄〔新訳版〕(上)」・「怒りの葡萄〔新訳版〕(下) 」 (Amazon.com)

1930年代、アメリカ中西部から南部にかけて走る「グレート・プレーンズ(大平原)」の農業地帯は、厳しい日照りと砂嵐に見舞われる。通称「Dust Bowl」とよばれた現象である(本書では純粋に天災として書かれているが、実際には、生態系を無視した収奪的な開墾農業に起因する、人災の面が強かったことが分かっている)。

アメリカ社会はすでに1929年から、大恐慌時代に入っており、多くの農民は借金を抱えていた。そこに、この砂嵐が追い打ちをかけた。結果として彼らの多くは、借金のカタとして土地の所有権を奪われた。さらに貸し手の金融業者達は、機械化トラクターを使って、容赦なく農民たちを半暴力的に住み家から叩き出した。生活の糧を得るために、彼らは仕方なく州外に逃れなければならなかった。

この小説は、そのような難民達の物語である。そう。100年近く前の米国には、国内に、多数の経済難民を輩出していたのである。彼らの多くは、仕事がある豊かな地というイメージにひかれて、カリフォルニア州を目指した。とくにオクラホマ州は多くの農民が放浪状態になり、「オーキー」と蔑まれてよばれた。オーキーの小作農出身であるトム・ジョードが、本書の主人公だ。

彼らの多くは、自家用車を改造したトラックにありたけの荷物を積んで、ルート66と呼ばれる道路を西に向かう。そこにはアメリカの農民たちのバイタリティと、自動車のエンジン部品まで自分で修理するDIYの精神が息づいている。

だが、彼らを待っていたのは過酷な運命であった。カリフォルニアの農業は、すでに土地の大土地所有化が進み、さながら大企業かプランテーションのように、安い労働者を搾取することに慣れていた。彼らは中西部に無際限に労働者募集のビラをまいて、集まった労働者同士で競争させ、単価をさらに下げると言う方策をとっていた。加えて豊かな土地の住民にありがちな、貧しい余所者のへの差別。そして難民収容所さながらの、劣悪な生活。

その中で、貧しい者同士が団結して、単価の値上げを要求しようとするリーダーが生まれてくる。しかし大農地の所有者たちは、彼らを「アカ」と呼び、保安官を動かして彼らを逮捕、あるいはこっそり殺そうとする。この辺もまことに米国的である。

主人公のトムも、そうした中で保安官に追われる身となる。彼が母親に別れ際に言う有名なセリフ、「俺の魂はそこら中の暗闇の中にいる。飢えるのはごめんだと言って喧嘩する奴がいたら、俺はそこにいる。おまわりが誰かをぶちのめしていたら、俺はそこにいる。」--これは実は新約聖書にあるイエスの言葉、最後に弟子たちに向かって別れ際に言う言葉のもじりだ。『怒りの葡萄』というタイトル自体、この世の終わりを描写した「ヨハネの黙示録」からとられている。

本書は1939年に出版されるやいなやベストセラーとなって、賛否両論の激しい渦を巻き起こし、いくつかの州では発禁となった。またジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演で映画化され、さらに多くの人に知られるようになる。この重厚な名作によって、後にスタインベックはノーベル賞をもらう。昔から翻訳は出ていたが、スピルバーグが再映画化するというので、出版社は新訳を出したのだろう。わたしはそちらの方で読んだ。

それにしても、ぎりぎりの賃金で苛烈な生活を送る、最下層の貧しい人びとの果敢な精神と、彼らを容赦なく利用・簒奪し、かつ差別する富める者たちという二分法の構図は、100年前どころか今も既視感のある情景である。本書はジョード一家の個別の物語と、特定の人称を持たないアメリカ社会の描写を交互に配した重層的な構成だが、話が重たいだけに、結末の不思議な、しかしある意味、苦難を超越した幕切れが印象に残るのであろう。100年前の出版ながら、いまだに今日的な意義を持つ小説である。


by Tomoichi_Sato | 2018-01-31 08:40 | 書評 | Comments(0)

書評:「ケセン語訳 新約聖書 【マタイによる福音書】」 山浦玄嗣・訳

ケセン語訳新約聖書 〔1〕マタイによる福音書 (Amazon)

これは、岩手県大船渡市に居を構える医師・山浦玄嗣氏による、ケセン語訳新約聖書の第1巻である。「ケセン語」とは、山浦氏が住む東北・気仙地方の言葉を指す。いわゆる東北弁であり、普通なら気仙方言、あるいは“ズーズー弁”などとしばしば蔑まれる自分たちの言葉を、氏はあえて標準日本語(明治以降に成立した)と対峙する一つの言語として宣言する。それだけではない。彼はケセン語の表記のための独特の変形仮名を創案し、1996年にケセン語文法書を上梓、さらに2000年には「ケセン語大辞典」まで編んだ。

それもこれも、生涯の夢である「故郷の言葉ケセン語で聖書を作る」ための準備であった。そして2002年に、まずこの「マタイ福音書」が出版される。もっとも、これは日本語訳のタイトルであり、ケセン語の正式タイトルは「マッテァがたより」である。福音書という語は、もとのギリシャ語では、良い知らせという意味であり、だからケセン語の語彙にこだわって、「たより」と訳した。マタイと普通呼ばれる著者の名前も、ケセン語の音韻規則に従って変形し、マッテァとなる(その後の「が」は所有格を示す)。

新約聖書の4福音書は、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの順に並べられているが、執筆年代は違う。短いマルコが一番古く、ついでマタイ、長いルカときて、独特なヨハネが最後である。ちなみにわたしは山浦氏のケセン語訳シリーズを、「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」と何年間かにわたって読み継いできて、とうとう最後に「マタイ」を読み終えた。氏はさらに震災の後の2011年秋に、日本語訳新約聖書四福音書「ガリラヤのイェシュー」を上梓している。これも非常にユニークな翻訳で、読み終えたらまた紹介したい。

本書のシリーズは、いずれも書籍とオーディオCDがセットの箱入りになっている。CDの中には、山浦氏が自分で朗読した音声が収録されているのだが、これが実に良い。自分で劇団を立ち上げたというだけあって、声もいいし、情感がこもっている。ケセン語訳は漢字かな交じりではあるが、読むには慣れが必要だ。だから、本を眺めながら、朗読を聞くというスタイルが一番いいだろう。そして、それでこそ、土地に密着した言葉の力が直接、心に届くのである。心に訴えかけることこそ、こうした宗教書の一番大切な役割なのだから。

たとえば、有名なイエスの『山上の垂訓』冒頭は、ケセン語訳では、こうなる(ただしケセン仮名はネットで表示できないので普通の仮名で代用する):

「頼りなぐ、望みなぐ、心細い人ァ幸せだ。
 神様の懐に抱がさんのァその人達(ひだつ)だ。
 泣く人ァ幸せだ。
 その人達ァ慰めらィる。
 意気地(ずぐ)なしの甲斐性(けァしょ)なしァ幸せだ。
 その人達ァ神様の遺産(あとすぎ)ィ受げる。
 施しにあだづぎそごねで、腹ァ減って、咽ァ渇ァでる人ァ幸せだ。
 満腹(くっち)ぐなるまで食ァせらィる。
 情げ深(ぶげ)ァ人ァ幸せだ。
 その人達ァ情げ掛げらィる。
 心根(こごろね)の美(うづぐ)すい人ァ幸せだ。
 その人達ァ神様ァどごォ見申す。
 お取り仕切りの喜びに誘う人ァ幸せだ。
 その人達ァ神様の子だって語らィる。
 施すィ呉(け)ろ、呉ろって攻めらィる人ァ幸せだ。
 神様の懐に抱がさんのァその人達だ。」(p.47-49)

もう25年以上も前のある時、山浦氏が教会でこの山上の垂訓のケセン語版を朗読披露した際、聞いていたサクノさんという老婦人がかけよって、「いがったよ! おら、こうして長年教会さ通(あり)ってね、イエスさまのことばもさまざま聞き申してたどもね、今日ぐれァイエスさまの気持ちァわかったことァなかったよ!」と、目に涙を浮かべてよろこんでくれた、という。これが、ケセン語訳新約聖書を作りたい、という気持ちの原点になったそうだ。

ところで上の1行目は普通、「心の貧しい人は幸いだ。」と日本語に訳される。しかし、これではケセン語の話者にとって意味が分からない。「心の貧しい」は、想像力が乏しく気高い心が欠如している、思いやりのない人を指すからだ。山浦氏の巻末解説によると(p.238)、もとのギリシャ語は「プネウマにおいてプトーッソーしている人々」である。プネウマは息・魂で、プトーッソーは貧弱な・乏しいを意味する。そこであえて、『頼りなぐ、望みなぐ、心細い』と内容を訳すことにした、という。

これでは意訳しすぎだ、超訳だ、という批判は(方言の使用云々以前に)あるだろう。そんなことは山浦氏は承知している。そして意訳した箇所は必ず、巻末解説で理由と解釈を説明している。これが実に面白いのだ。彼独自の解釈、いわば『山浦神学』の面目躍如である。

そもそも、翻訳という行為は解釈そのものである。現代は機械翻訳が発達してきたため、かえってこの本質を見失っている人が多い。単に誠実に逐語訳的に単語を置き換えれば、それが中立客観的な翻訳になるはずだ、と信じている。だが、原語に対応する訳語が複数ある時、どの訳語を選ぶか決める時点で、すでに翻訳者の価値観や美学が入るのだ。

その一つの例が「」である。キリスト教は愛の宗教だ、とか、神は愛なり、といった言い方をするクリスチャンが多い。だが山浦氏が指摘しているように、もともと日本語の『愛』という字は、慈愛という言葉で分かるように、上位者から下位者に抱く感情を指す。ペットを愛玩し、蒐集物を愛蔵し、家臣を寵愛し、顧客が店を愛顧する。ギリシャ語の『アガペー』を明治時代の先賢が、愛という言葉で訳してしまったが故に、「人間が神を愛する」という倒立が生じてしまった。

ところで昔のキリシタンは「お大切にする」という言い方をしたという。これはアガペーの本質を見事に表した言葉である。「汝の敵をも愛せ」より、「憎い敵であっても、その人間を大切にしろ」という方がずっと伝わってくるし、また立派なことにも思える。そこでケセン語訳では「大事(でァず)にする」となっている。

似たような、しかしもっと違和感のあるキリスト教特有の言葉に、「主(しゅ)」がある。「主なる神」といった風に使う。神は人間の主(あるじ)だ、というのはユダヤ教の旧約時代からの概念・感覚である。だが現代日本で「主」といって意味の分かる人が、どれだけいるだろうか。まして、イエスが布教に行った先の村で、はじめて出会った婦人が、(まだクリスチャンでもないのに)イエスに向かって「主よ」と呼びかけるのは明らかに奇妙ではないか。

この「主」は、スペイン語ならセニョール、ドイツ語ならヘールで、どちらも普通の男性への呼びかけだ。だからケセン語訳では「旦那(だな)様ァ」という呼びかけになる。この方がずっと、わたし達の腑に落ちよう。

むろん、「こんな翻訳は冒涜行為だ」との批判をかなり受けただろうことは、容易に想像できる。その底流には、東北方言に対するいわれなき偏見も、しばしば沈潜していたに違いない。しかし誰も両親を選べないように、母語も選べないのだ。である以上、自分の言葉に誇りを持ちたい、心に響く言葉を使いたい、という感情も当然ではないか。それに、そもそもイエスだってガリラヤ出身で、なまっていたのだ。一番弟子のペトロが、イエスの審問の行われている大祭司邸に忍び込んだとき、「お前もあの男の仲間ではないか、その訛りで分かる」と言われたのが、何よりの証拠である。

本書の冒頭に、カトリック仙台司教区の溝部教区長が跋辞を寄せており、その中で、キリスト教の『土着化』のことが論じられている。これは初代教会の時代からの問題で、1998年のアジアの司教会議でも、“土着化されないといけない”という抽象的結論は出たものの、具体的にそれが何を指すのか誰にも分からず、試行錯誤が続いている、という。だが山浦氏の労作はそれを具体化しようと実践している。だから「日本司教協議会は本書を試行錯誤の過程にあるものと理解して、出版を励ましております」(p.3)と書かれている。

そういうわけで、わたしもこのケセン語訳のシリーズを非常に面白く読み、また大いに考えさせられた。キリスト教はヨーロッパで発達してから近代日本に再輸入されたため、どうもひどくバタ臭いところがある。それは一部の人には魅力になっただろうが、多くの人はむしろ敬遠する理由になったのではないか。そういった違和感を超えるべくなされた努力には、敬服である。キリスト教という宗教に多少興味のある人だけでなく、言語とは何か、翻訳とはどういう行為か、を考えたい全ての人にお勧めできる良書である。そして、このような困難な書籍の印刷発刊を行い、じつに美しい装丁で提供してくれた版元のイー・ピックス社にも敬意を捧げたい。


(追記)
 なお本書セット(書籍とCDの箱入り)自体はすでに絶版状態だが、書籍はオンデマンド出版で、また音声はダウンロードで、それぞれ版元のイー・ピックス社から入手可能である。




by Tomoichi_Sato | 2017-04-15 10:21 | 書評 | Comments(0)

書評:「スティル・ライフ」 池澤夏樹・著

スティル・ライフ」 池澤夏樹・著 中公文庫(Amazon)


「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。」

この不思議な小説は、こんな風にはじまる。『スティル・ライフ』というタイトル、そして冒頭の文章の主語の選び方とセンテンスの結び方、抽象的な叙述の仕方などから、この作者はよけいな湿り気のない、透明度の高い文体で物語をつむごうとしていることを、読者はまず感じる。

続く最初のシーンでは、バーの高い椅子に座る「ぼく」と友人の、静かな対話が描かれる。その友人は、水のグラスをじっと見ている。何を見ているのかとたずねる「ぼく」に対して、彼は、ひょっとしてチェレンコフ光が見えないかと思って、と答える。宇宙から振ってくる微粒子が、グラスの水の原子核と衝突すると、かすかな光が出る。それを待って、というのだ(これはスーパーカミオカンデの観測原理だが、この小説発表当時はまだ存在していなかった)。

わたしは池澤夏樹という作家について、ほとんど何も知らぬままこの小説を買って読み始めたのだが、どうやら理科系的な資質の人らしいと、この辺で感じる。たしかに本の見返りの作者紹介には、北海道で生まれ、国立大学の物理学科を中退した、とある。もちろん、理系文系の区別など、便宜的なものでしかない。東工大を出た吉本隆明より、青山学院の英文を出た姫野カオルコの方が、よほど非情緒的でクラリティの高い文章を書く。でも、どうやらこの小説は理系読者に好ましい、何か不思議な魅力を持っている。

主人公の「ぼく」と、友人の佐々井は、ともに染色工場で働いていて知り合いになった。工場で働く主人公というのも、今どき珍しい。色番号を指定して糸を染める工場の工程を、作者は「ロットサイズ」などの言葉を使いながら淡々と、正確に記述する。その仕事で何がカギになるのか、何に人々は悩むのかを、手短な文章とエピソードから描いていく筆致は、なかなか達者だ。

「染色なんて、分子と分子が勝手にくっつくのに、人は少々手を貸しているだけなんだ。」——人には手の触れられない領域がある。人が全てをコントロールすることはできない。この小説には、分子とか星とか、他の小説には滅多に出てこないような単語がときおり登場して、主人公や読者たちの視線を、ふいに遙か遠い所へと誘う。『遠い視線』、これこそが池澤夏樹の小説の魅力だろう。

物語はその後、佐々井の提案によって意外な方向に展開していく。それは、ふつうなら欲望とスリルにあふれた、波乱含みのストーリーになるはずの話だ。だが、遠い視線から語るこの小説では、どこか淡々と、ひどく静かにことが運んでいく。そう、まるでタイトルの示す「静物」のように。

「大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星を見るとかして。」

冒頭の文章に続くこの段落こそ、透明な叙情性に満ちた本作品の方向性を決定づける道しるべ、記念碑なのだろう。その後、同じ作者のエッセイも少し読んでみたが、やや理屈っぽく生硬な部分があって、必ずしも読みやすいとは感じられなかった。だが、この作品は本当に素晴らしい。端正で静謐な、若い文学としての美しさに満ちている。本作品は1988年の中央公論新人賞と芥川賞を受賞した。



by Tomoichi_Sato | 2017-02-25 16:56 | 書評 | Comments(0)

2016年のベスト3(書評)

このところ書評を書くペースが遅くなって、読み終えた本と書評を書いた本の差が広がるばかりです。そこで昨年読んだ中のベスト3を選んで、サッと紹介することにします(といいつつ、この書評すら1月中にはかけなかったのですが^^;)。

1.山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(慶應義塾大学出版会) 2016/03/27 読了


素晴らしい本だった。昨年一番の収穫だろう。

トマス・アクィナスは13世紀の人だ。彼の時代はイスラム世界経由で入ってきたギリシャ哲学の衝撃に、キリスト教が大揺れした時だった。しかし彼はアリストテレスの論理性に正面から向き合い、伝統的なキリスト教観を見直すことすらためらわずに、思考の地平を広げた。そして、入門書として未完の大著「神学大全」を残した。

本書はその中で、トマス・アクィナスの『感情論』を手掛かりに、世界の動的な構成を考える。トマスは、「キリストの愛とは何か」を考えるために、まず「人間の感情とは何か」、ついで「神に感情はあるか」を検討する。そして人間の感情を11種類の原型に分類し、それと善(倫理)との関係を問うていく。最終的には、『愛』がもっとも根源の感情であり、それを善の共鳴と応答という枠組みでとらえた上で、キリストの意志と感情との間に葛藤があったのかどうか、という問題に切り込んでいく訳だ。

わたしは、マネジメント論の研究がひと段落したら(といっても、いつかわからないが…)、「感情の研究」に取り組みたいと、ずっと思っていた。それは心理学とか脳科学とかからのアプローチになるだろうと想像していたが、思わぬところに切り口があって、驚きだった。

しかし、トマス・アクィナスという人の体系化思考って本当にすごい。かねてからトマスはわたしの敬愛する人だが、まことにシステムズ・アプローチの模範である。心底敬服した。


2.オースティン・アイヴァリー「教皇フランシスコ」(明石書店) 2016/11/05 読了

教皇フランシスコ――偉大なる改革者の人と思想(Amazon.com)

たまたまキリスト教関係の本が2冊並んだが、偶然だ。それにしてもこの本は、衝撃的だった。

2013年、教皇ベネディクト16世の突然の退位を受けて、急遽集まった枢機卿たちの中から、南米アルゼンチンのホルヘ・ベルゴリオが新しい教皇に選ばれる。イタリア系移民の子とはいえ、新大陸からカトリック教会の最高位が選ばれたのは史上初だ。彼は「フランシスコ」という聖人の名前を選ぶ。滞在したローマの小さなホテルに荷物を取りに行くとき、「チェックインしたときは、別の名前だった」という名台詞を残す。ブエノスアイレスでは賃貸アパートから地下鉄で司教邸に通い、ローマにいくときはエコノミーで飛んだ彼は、その清貧さと気さくな人柄で、すぐに大きな人気を得る。

しかし、彼はアルゼンチンでは「笑わない司教」で知られていた。彼が若くしてイエズス会の管区長の地位に就いたとき、かの国は軍政による独裁の下にあった。「汚れた戦争」と呼ばれる、一種の国内対テロ戦争によって、数万の市民が誘拐され拉致され、密かに殺害される時代が長く続いた。教会は、そうした国の体制に寄り添う伝統的な保守派と、「解法の神学」を信奉し民衆の中に入り込んで政治化した改革派とに引き裂かれつつあった。ベルゴリオはその中で、細い中立の道筋を、綱渡りのように歩まなければならなかった。

彼が教皇に就任したとき、初のイエズス会出身者ということに注目が集まり、とかくの噂を立てる者もあった。しかしこの本を読むと、彼は20年間にわたりイエズス会とは断絶状態にあり、教皇就任後にようやく和解したこともわかる。それも解法の神学を奉じる左派の修道士の処遇に発した対立だった。この人は改革派の教皇とよばれることも多いし、この本の原題も「偉大な改革者」だが、しかしふるまいは非常に慎重で、ある意味、したたかである。そうでなければ自分の信念を推し進めることのできない、危険な環境にいたのだ。現代世界で最も注目されるリーダーの肖像として、また独裁社会でのサバイバルの教本として、とても面白い。


3.生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(岩波現代文庫) 2016-12-31読了


ジャングル・クルーズにうってつけの日――ヴェトナム戦争の文化とイメージ (岩波現代文庫)(Amazon.com)

1975年4月、サイゴンが陥落してベトナム戦争は終結する。超大国アメリカが、はじめて東南アジアの小国に戦争で負けたのだ。本書はアメリカ文化を通して見た、このベトナム戦争のイメージについての本である。それは高揚から鼓舞、緊張、不安、焦燥そして困惑へとたどる道のりだった。著者は60年代初めから80年代に至るまで、本・写真・映画・ラジオ・音楽など、あらゆる文化の局面を丹念にたどって、アメリカ社会の中でのベトナム戦争のイメージをたどっていく。学者らしい丹念な調査と、とても魅力的な編集能力と文体の組み合わせが、本書の面白さをきわだたせている。

それにしても、何と奇妙な戦争だったのだろう。第1章のタイトル「戦争は9時から5時まで」に象徴されるように、米兵は夜になると戦闘をやめ、土日も週休二日で戦闘をやめ、祝日もあれば休暇もある、そういう「仕事」だった。その上、大義も目的もよく分からない、『名誉なき戦争』。危険を何とかしのいで2年間の兵役を勤め上げ、故郷に帰れば、「危険な帰還兵」扱いされる。まことに不条理である。

いまにして思えば、1975年の南ベトナム大統領府の陥落は、すなわちアメリカの国力がピークを過ぎて下り坂にさしかかったことを意味していたと気づく。その後のアメリカは好況と不況のサイクルを繰り返しつつ、次第に産業自体が空洞化していく。そして、その気分の中には奇妙な空虚が忍び込んでくる。それが、「敗戦」の経験と意味に、正面から向き合わなかった社会の運命なのだ。著者は決して、こうした病状を断罪しようとしたりしないし、勝った方が正義で負けた方が野蛮だという「戦勝史観」でものを見たりもしない。そこには、アメリカの大衆への細やかな愛着と、アメリカ社会の欺瞞に対するやりきれなさが、通奏低音のように響いているだけだ。60-80年代の米国文化に興味のある人に、強くお勧めする。

by Tomoichi_Sato | 2017-02-02 00:12 | 書評 | Comments(0)

書評:「AさせたいならBと言え」 岩下修・著


AさせたいならBと言え」 岩下修・著  明治図書・教育新書(Amazon) 


人を動かすのは難しい。

マネジメントという言葉はいろいろな意味を持つ多義語だが、中核には「人を動かす」という行為がある。自分が直接手を動かして、成果物やアウトプットをつくり出すことは、立派な仕事だが、マネジメントではない。人に働いてもらうことが、マネジメントである。わたしがプロジェクト・マネジメントを人に教えるときには、最初にそのことを力説する。

現実にはマネジメントだけに専念する人は少なく、たいていは自分も手を動かしているだろう。わたし自身だって、職場ではそうだ。ただ、自分でやることと、人に頼んで動いてもらうことは、頭の中で明確に区別している。後者の場合は、計画を立て、作業分担を決め、アウトプットを指定して、やってもらわなければならない。

ところが、これが難しい。

あれほどきちんと伝えたはずなのに、ぜんぜん動いてくれない。あるいは、こちらの思ったこととは全く別のことをやろうとする。やってくれるのはいいのだが、必要以上に暴走する。問題が生じても隠してしまう。結局しかたなくプロダクトを引き取って、ほとんど一から自分で修正したりしてすると、“何のために人に頼んだんだろうなあ”、などと思わずつぶやくことになる。わたし達の問題のかなりの部分は、人が思ったように動いてくれないことから生じるなと、よく感じている。

マネジメントの第一歩は「言葉にすること」だ。これもわたしが講義などでいつも強調することである。マネジメントが人を動かすことである以上、(テレパシーでも使えない限り)わたし達は相手に、言葉で伝えなくてはならない。だから、言葉にするためのスキルが必要である、と。人に教えているくらいだから、自分でも自覚していて、それなりにはっきりと言葉にして伝えたはずなのに、なぜ相手は思ったように動いてくれないのだろうか?

マネジメントに似た概念に、『リーダーシップ』がある。リーダーシップとマネジメントの違いは別の所に書いたから繰り返さないが、ともに<人を動かす>点では共通である。ただ、リーダーシップの場合は、ふつう同じ職能集団の中で人をリードするため、影響力を行使するしかない。命令権はないのが普通だ。むしろ、自分が本来は命令できないような相手を動かす力を、リーダーシップの発揮とよぶ。

一方、マネジメントは通常、上司部下などの関係があり、業務命令や給与査定など強制力を発揮できる。従わせる力があるのだ。である以上、相手が従わないとなると、むしろ相手の態度を疑うことになる。あるいは、理解力を。

そう。この問題に対する一番簡単な解釈は、「相手は頭がわるい」と考えることだ。愚かだから、こちらの言ったことが分からないのだ。あるいは、従わないとどうなるか、考えもできないのだ、と。だが、それで問題が解決するだろうか? 右見ても左見ても、世の中馬鹿ばっかりだ、というのは真実だろうか。真実だとしても、それで自分のやりたい仕事をうまく達成できるだろうか?

そう思い悩んでいたとき、ふと、大きな書店の教育書の棚で、この本を見つけたのである。「AさせたいならBと言え」。タイトルはどういう意味だろうか。著者は小学校のベテランの先生だ。たしかに相手が小学生なら、理解力はそうとうに低いに違いない。先生という職業は、学童生徒から見ると、おおきな「権力」を持った存在である。そして毎日、理解力の足りない生徒に指示を与えなくてはならない。ここに、何かマネジメントの悩みにヒントがあるのではないか。

早速買って読んでみた。そして驚いた。序文の中で、著者は、自分の娘(小学3年生)が友達の家に遊びに行くというとき、“車に気をつけて道を渡りなさい”というかわりに、こうたずねたというのだ。

「さゆりちゃんの家に行くまでに、いくつ道路を渡るの?」(p.17)

娘さんは頭の中で道順をたどりながら、「三つ」と答える。そこで「三つ渡るんだね。気をつけて渡りなさいよ!」と送り出したらしい。こうすれば実際に道路に出てからも、やりとりを思い浮かべながら、あ、一つめだ、などと思いながら渡っていくだろう。単に“気をつけて”と指示するよりも、ずっと「言葉に中身が入ったのだった」(p.18)

わたしは舌を巻いた。単に命じずに、たずねる。そうして、相手の頭の中に、想像という知的な働きを巻き起こす。これによって、命じられたことをする、あるいは、しない、よりも別の次元に、行動を引き上げるのである。自分で考えたことは、自分自身の主体的な行動になる。

もう一つ例を引こう。朝礼のとき、並んだ子ども達を先生の方を向かせるため、まっすぐに立たせようとするとき、

「目をこちらに向けなさい」「前の人の頭を見なさい」

などとよく言ったりするが、これはあまり役に立たない。なぜなら「内面の働きがゼロだからだ」(p.41)。しかし、

「先生の後ろの1年生の教室を見なさい。部屋の中に何があるか探してください」

というと、顔が急に「知的」になる。「一年生の教室」が子どもの好奇心、遊び心をゆさぶったのである。視線を前に向けると、身体もリラックスしてくる。子ども達に、自ら思考を展開できる状態が生じる。「前の人の頭を見なさい」では、視線が統制され、次の思考の構えができない(p.93)という。

これが、『AさせたいならBと言え』の根幹である。Aさせたいときに、Aしろ、と命じても大して役に立たない。Bを問うて、頭の働きを呼び起こす。このとき、「説明・指示の言葉は、ハッとさせるような比喩の言葉を用意しよう」(p.60)という原則を、著者は提示する。これが、人を動かすときの勘所らしい。

指示だけでなく、質問を出すときも同様である。どこかに見学や旅行に行ったとき、子ども達に、気がついたこと・学んだことを、そのままたずねてもダメだ。なぜなら、目に見えないコトは、単純な心の持ち主である子ども達には理解しがたいからだ。いきなりコトを聞いても、子どもは考える手がかりがつかめない。そこで、

「一番良かった場所をいってください。その場所で、とくに心に残っていることを言ってください」(p.160)

とたずねる。つまり、抽象的なコトではなく、具体的な場所や人を手がかりに、きくべきなのである。

ちなみに、朝礼の場面では、

「おへそをこちらに向けなさい」(p.32)

というのも有効だ。顔や目(A)ではなく、おへそ(B)を向けろ、という。子どもは、小さなモノに注意が向く(p.127)からだ。

それにしても、この原則を、『AさせたいならBと言え』という単純かつ忘れがたい言葉に凝縮した点が、著者の知恵であろう。そしてBの言葉の中に、「ゆれのないモノ」の提示をせよ、という。「ゆれのないモノ」とは、具体的には、「物・人・場所・数・音・色」であるとして、種々の例を挙げる。この本はそうした、100以上の魅力的かつハッとする例がのせられている。たとえば、

合唱の時に、「(タクトの代わりをしている)先生の人差し指の爪を見なさい。ここに、みんなの声をぶつけてください。」(p.128)

体育館でざわついているとき、「みなさん、雨の音が聞こえますか。雨の音をじっと聞いてください。」(p.202)

といった具合だ。とくに著者は、「ゆれないモノ」を選ぶ基準として、地を背景に明確に浮かび上がる「特異点」としてのモノを提示せよ(p.128)という。「おへそ」などはまさに、そうした特異点である。だから子ども達の注意をひくのだ。

ただし、こうした特異な指示の言葉は、半年に一回程度しか使えない。「子どもを動かすのにいかに有効な言葉も、使いすぎると、たちまち、力は弱くなる。どんな『図』もすぐに色あせ、『地』に向かう」(p.208)からである。

そういう意味で、『AさせたいならBと言え』のBを探すためには、指示を出す側もつねに頭を使って、考え続けなければならない。「物・人・場所・数・音・色」は一種の定石、ないしガイドラインなのである。

繰り返すが、Aさせたいときに、「Aしろ」というだけでは、相手の中に知的で主体的な働きは起こらない。とくに相手が子どもではなく大人、それも「自分は知的だと信じている」大人であるときこそ、うまく言いかえなくてはならない。知的と言っても、たいていは決まり切った枠組みや方向にしばられているから、それを解きほぐすような、ハッとする比喩や意外な質問を探す必要がある。

だから、この本に出ている例は、そのままいつでも引用して使える「正解集」ではなく、わたし達の側が、頭を絞って言いかえるための題材集なのである。読者に正解(A)を言うのではなく、具体例(B)を与えて、読者の側の思考を引き起こす。おお、まさにこの本自体、『AさせたいならBと言え』という構造になっているではないか! なんと素晴らしい(^^)。


<関連エントリ>


by Tomoichi_Sato | 2016-12-14 06:56 | 書評 | Comments(0)

書評:「人間の安全保障」 アマルティア・セン著

人間の安全保障 (集英社新書) - Amazon.com

アジア初のノーベル経済学賞受賞者、アマルティア・センの名前をはじめて知ったのは、佐伯胖の「『きめ方』の論理 ―社会的決定理論への招待―
を読んだときだった。社会的決定の問題を扱う同書の中で、センの有名な「リベラリズムのパラドックス」の定理や、「パレート伝染病」の概念による見事な問題解決に舌を巻いた覚えがある。

センと再び出会うのは、数年後に、会社の英会話教室で、先生から課題としてわずか2頁の雑誌記事を読むよう渡されたときだった。記事では、インドなど発展途上国における飢饉について、その原因は天候や農業の不作ではない、という驚くべき分析が示されていた。それは食料を買うためのお金や市場での配分割り当て、彼の用語で言う”Entitlement"が欠乏していたために引き起こされるという。それは天災ではなく人災であり、適切な政策によって防止可能だというのだ。その短い解説記事の著者が、アマルティア・センだった。

センはインドのベンガル地方に1933年に生まれ、英国ケンブリッジ大学で博士号を得た経済学者である。その研究領域は、集団的意思決定に関する公理論的数学手法による検討から、いわゆる厚生経済学、とくに貧困問題まで幅広い。1998年にはノーベル賞を受賞している。

本書は、その彼が行った短い講演などを集めたものである。薄い新書版だが、その内容は結構濃い。目次は以下の通りだ。

・安全が脅かされる時代に
・人間の安全保障と基礎教育
・人間の安全保障、人間的発展、人権
・グローバル化をどう考えるか
・民主化が西洋化と同じではない理由
・インドと核爆弾
・人権を定義づける理論
・持続可能な発展 — 未来世代のために

「民主化が西洋化と同じではない理由」など、やはりアジア人でなければ書けない視点だ。また「人権を定義づける理論」は、他の講演と合わせて『ですます調』で翻訳されているが、じつはかなり本格的な理論的論文である。

だが本書の中心的テーマは、やはり『人間の安全保障』Human securityである。その概念を確立するため、彼は2001年に設置された委員会の議長を、緒方貞子氏と共に務めている。人間の安全保障とは何か。なぜ通常の、国家の安全保障national securityだけではダメなのか。

それは、国家が安全でも、その国民一人ひとりが安全とは必ずしも言えない時代に突入しているからである。国民の安全は、無論、国家の安全に依存する。だが、国が一応安泰なのに、多くの国民が餓えや病気に苦しむ可能性があるのが、現代なのだ。

「<人間の安全保障>は、(経済・社会の)安全な下降に真剣に目を向けることに重点を置いています。(中略)景気の下降は、成長の過程で取り残された人々、つまり解雇された労働者や万年失業者などがおかれた慢性的に不安定な状況に、追い打ちをかけます」(p.39)と、彼は言う。「成長と拡大による利益の配分が不均衡で公正でないことは、かねてから議論されてきました。しかし、たとえその問題がうまく処理されても、景気が急降下すれば、無防備な人々の生活は、きわめて苦しい状態に追いやられるかもしれません。経済の拡大とともに、人々の生活が全体的に向上したとしても、暮らし向きがわるくなるときは、得てしてその転落の度合いに極端な差が生じます。」(p.39)

これに対抗するためには、国民一人ひとりが、自衛の方策をもつ必要がある。それが教育であり、経済的自立であり、また女性の平等である。彼は1999年にノーベル賞の賞金を使って、インドとバングラデシュに「プラティチ基金」をつくり、社会的な男女平等の達成を図ろうとする。

「女性の教育と識字力の向上が、子どもの死亡率を下げる傾向があることに関しても、多くの証拠があります。(中略)女性のエンパワーメントには、これまでたびたび指摘されてきた、男女の生存率に見られる格差(とくに若い女性の生存率の低さ)を縮めるのにも大きく影響しているようです」(p.31)

「わたしがマーブブル・ハクのために作成した『人間的発展指標』には、識字率と学校教育を、人間の潜在能力を増大させるための中心的存在として、また<人間的発展>の総合的な指標に不可欠なものとしています。」(p.25、故マーブブル・ハクはパキスタンの経済学者で、<人間的発展>の概念を主唱した)

彼の言う『エンパワーメント』とは自己決定能力のことを指す。必要なものを入手し、利用できる法的・社会的・経済的パワーを含む能力や、資格を備えることである。センは上に述べたエンタイトルメントやエンパワーメントなどのように、よく世間で使われる用語に、独特の概念定義を持たせて使うので、読者は注意が必要である。『ケイパビリティ』という述語もその一つだ。

「自由を得る機会については、一般に『ケイパビリティ』という考え方が有意義なアプローチを示してくれます。ケイパビリティとはすなわち、人間の生命活動を組み合わせて価値のあるものにする機会であり、人にできること、もしくは人がなれる状態を表します。」(p.151)

ここには彼の中心的な思想が現れている。通常の経済学者は、財貨を得て人が豊かになることを望ましいことととらえ、また経済効率が最大化するような財の配分は何か、という問題を立てる。そして、一種の目的関数としての「効用」を仮定する。お金が増えれば、効用も増大する。ところが、センのアプローチは異なっている。彼は、財貨の増大を目的ではなく手段だと考える。何の手段か? それは人が持つ自由な選択肢を増やすための手段なのだ。(わたし流に言うと『自由度』である)

「効用に注目するのではなく、人間としてふさわしい条件としての自由の重要性に注意を傾けることから始めれば、私たちが自らの権利と自由を称えるだけでなく、他の人々の重要な自由に関心を向けることにも、行動を起こす理由を見出せるようになります。」(p.147)

お金をたくさん持てば、一般に人間の自由な選択肢も増える。ただし、場合によっては、そうならない時もある。たとえば、あなたが500万円出せば、社長も500万円分を補助して、1千万円相当の会社の株を得ることができるとしよう。当然、あなたの財は増えた訳だ。ところが社長曰く、「この補助は固定株主を増やすための施策だから、君は退職するまでは決してこの株を売ってはならない」という。それでもあなたは幸せだろうか。あなたの効用は増しただろうか? むしろ自由に使えたはずの500万円を何十年間も固定されて、不満に思うのではないか。アマルティア・センの議論を、わたしはこのように理解している。

インド出身の彼はさらに、先進国の勝手なふるまいが、個人や社会の安全保障を脅かす危険も指摘する。

「国連安全保障理事会の5常任理時刻は、1996年から2000年にかけての世界の武器輸出のうちの81パーセントに関与していました。アメリカだけでも、世界の武器総売上の50%近くのシェアがあります。そればかりでなく、アメリカの武器輸出の68%が開発途上国向けでした。」(p.63)

このような主張が、すべての人の耳には快く響かないことも事実だ。それどころか、「貧困と国家間の不平等が研究テーマ」と聞いただけで、そいつは左翼だ、などと決めつける輩が出てくるのが、今日の時代である。アマルティア・センが左翼だなどと聞いたら、彼の夫人の父親であるロスチャイルド男爵は笑うだろう。ただ彼は、人間社会を良くするためには、経済学のみでなく倫理学の研究も必要だと、信じているだけである。そして実際、高度な数理論理学を駆使して、倫理学と経済学の共通課題である意思決定理論を構築したのである。本書には数式は一切出てこないが、入門のための格好の一冊だろう。


by Tomoichi_Sato | 2016-10-03 22:36 | 書評 | Comments(0)

書評:「アルベマス」 フィリップ・K・ディック著

アルベマス (創元SF文庫)」大滝 啓裕・訳 (Amazon.com)

カリフォルニア州バークレイの街の住民ニコラス・ブレイディは、やや気むずかしい妻と小さな息子、それに猫と一緒につつましく暮らしていた。市内の大学にも通ったのだが中退し、レコード店の店員として平凡に過ごす彼の日常は、ある日、奇妙な神秘体験とともに激変することになった。啓示のように下った指示に従い、彼は住み慣れたバークレイの街を離れ、南カリフォルニアのオレンジ郡にうつって「プログレッシブ・レコード」社に上級職を得たばかりか、6歳の息子に先天的疾患があることを見抜いて治療を受けさせる。こうした一連の神のような啓示を与える主体を、ニコラスは「巨大にして能動的な生ける情報システム」Vast Active Live Intelligence System = VALISと名付け、人工衛星を中継した星からの通信であると信じるに至る。(「情報」はInformationではなく、Intelligenceである点に注意)

その頃、南カリフォルニア出身の上院議員フレマントは、政敵たちを巧みに葬り去り、反共主義をバックにして、大統領の座に上りつめる。トップの地位に就いた彼は、「アラムチェック」という地下組織がアメリカ国家をおびやかす重大な脅威になっていると宣言する。そして、右翼の青年グループを組織して、「アメリカの友」FAPという、武装して制服を身につけた若者たちの集団を作り上げる。彼らは警察の別働隊として、警察の黙認のもと、疑わしい人物を召喚尋問したり襲撃したりするようになる。

ニコラスもある日、FAPのメンバーにオフィスを訪問され、プログレッシブ・レコード社を訪れる反体制傾向のある歌手志望者を密告するよう要請される。だが、彼らの口ぶりから、真の狙いがVALISの把握と破壊にあると察知したニコラスは、友人の作家フィルに相談する。しかしフィルもまた、麻薬常習者の疑いをかけられ、FAPによる尋問や秘密の家宅捜査をうけているところだった。彼は麻薬は一切手を出していないのだが、仲間のハーラン・エリスンが序文で不用意にも彼の作品を、「マリファナの影響下で書かれた小説」などと紹介したために、FAPのブラックリストに載ってしまったのだった。その彼はまさにSF小説を一本、書き上げたところであった。ソヴィエトの強制労働収容所をモデルに、アメリカが警察国家になってしまう話だ。題名は『流れよ我が涙、と警官は言った』だった・・

本書は、フィリップ・K・ディックの遺作となった『ヴァリス』に先立ち、その数年前に書かれた姉妹作品である。同じテーマ・同じ登場人物名を持つけれど、生前は発表されなかった曰く付きの作品だ。彼がなぜこの小説をお蔵入りにしたのかは分からない。たしかに第二部の最初の部分はややだれるし、ディックお得意の現実崩壊感覚には乏しいが、後半のサスペンスの盛り上がりと緊迫感は、さすがストーリーテラーである。ディックの小説を読むのは本当に久しぶりだけれど、なかなか面白かった。

この小説は、(視点は一般市民の側から書かれているが)「独裁国家の作り方マニュアル」という点でも一級品だろう。フレマントは動乱の’60年代を生き延び、ケネディ大統領や弟ロバートの暗殺の後の政治的空白をついて、選挙で合法的に大統領の地位に就く。同時に、仮想的な地下組織という国家の敵を設定する。そして武装した若者による親衛隊的組織を作り上げ、警察や諜報部門からの情報を与えて、反体制活動家たちを襲撃・無力化していく。

彼らは教育・メディア・宗教・司法を影響下におき、さらに国民の間に相互監視と密告のためのシステムを作り上げて、国民がお互いに対して疑心暗鬼になり、団結できないような社会的素地を生んでいく。これは皆、20世紀のファシスト党やポルトガルのサラザール政権が、巧みに実践したことだ。その時代、もはや企業も役所も、支配するのは名義上の経営者や署長ではなく、党であった。ここまで行けば、あとは党内反対派の粛正、そして非服従民族の強制移住による絶滅策に進むだけで、これはナチス党やスターリンの共産党が邁進した政策だ。文化やイデオロギーの違いにかかわらず、独裁国家のやることが似ている点は、不気味である。

ディックが晩年抱いた「ヴァリス」VALISというイマジネーションは、こうした恐怖社会を中和し解体するための「神の助言」システムであるらしい。本書のニコラスの生い立ちや、神秘体験で息子の疾病を予言したことなどは、じつはディック自身の体験である。それをきっかけに、彼は初期キリスト教、とくにグノーシス主義(極端な禁欲主義と二元論を奉じる一派で、後に異端と断じられた)のシンパになっていく。本書にも「魚のシンボルをつけてギリシャ語を話す若い女性」など、随所にその影響を感じることができる。だから本書でも後半、ニコラスと友人フィルは、VALISからフレマント大統領の意外な正体について、啓示を得ることになる。

結局、ディックはこの小説を下敷きにしながら、ほぼ同じ登場人物とプロットで、あの哲学的で難解な『ヴァリス』を創作する。それはまあ、本書の変奏だといえよう。だが彼は続いて、遺作となった『聖なる侵入』を書く。これは邪悪な社会システムに支配される地球に、再度、神性が侵入し救済しようとするストーリーだ。わたしが今のところディックで一番好きな作品だが、ある意味SFとしては、本書の真の意味での「転生」だといえるだろう。

本書はサンリオSF文庫の最後の一冊でもあった。奥付を見ると、87年刊行となっている。この後、サンリオSF文庫はすべて絶版となった。わたしが買ったのがいつだったかは覚えていないが、買ってからたぶん20年以上、積ん読状態だったと思う。本はワインのように熟成する訳ではない。だが、読む時機を得ると、ある種の小説は迫真性を増すのだと、あえて付け加えておこう。
by Tomoichi_Sato | 2016-08-07 18:18 | 書評 | Comments(0)