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書評(巣ごもり読書のための):「経営戦略全史」「三体」「浄瑠璃を読もう」

連休である。ただし緊急事態宣言の下、行楽も映画もパーティも自粛要請で、家に「巣ごもりGW」を余儀なくされている方も多いと思う。そういう方々のために、少し厚めで読みごたえのある、でも案外スイスイ読み進められてしまう本を3冊、ご紹介しよう。いずれも最近、面白く読んだ本ばかりである。


1. 「経営戦略全史」 三谷宏治・著

テレビのニュースを見ていたら、今回の世界的パンデミック危機に対して、ニュージーランドと台湾が、素晴らしい対応力を発揮したと報じていた。ニュースキャスターと解説者は、ニュージーランドの女性首相が国民に切々と協力を訴えるビデオを紹介しながら、成功の最大の理由は、この首相のリーダーシップにあると断じた。

やれやれまたか、とわたしは思った。ニュージーランド政府がどのようにこの問題を把握監視し、どういった体制を組んで、どのような政策をとったのかは、ほとんど報じない。つまり危機対応の戦略については、何も触れないのだ。

組織が成功したら、それはリーダーのおかげだと考える。リーダーシップとは、やる気によって決まると、この国では理解されている。つまり成功したら、やる気のおかげだと考える。失敗したら、やる気が足りなかったのだと考える。

このような社会では、自他の経験から何も学ぶことがないので、何の進歩もない。もちろん、何の戦略論も生まれない。

経営学と言う学問が生まれたのは、ほぼ100年前だ。米国のテイラー、フランスのファヨールらから始まって、特に1960年代以降、米国で隆盛した。その中心テーマは、経営戦略。そして経営戦略コンサルタントと言う専門職も発した。

著者の三谷宏治氏は、名門ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)でキャリアを積み、現在はビジネススクールの教授と著作業に勤しんでいる。複雑な経営戦略論の広大な地平を、わかりやすい見取り図にまとめて、示してくれる能力は大したものだ。

著者によると、経営戦略論は大きく2つの系譜に分かれる。「ポジショニング」派と「ケイパビリティ」派だ。これはとてもうまい切り取り方だと思う。経営学における科学主義と人間主義の2つの見方を代表させ、2つの陣営(「大テイラー主義」vs.「大メイヨー主義」)の対抗するドラマのように描き出す。

日本ではアカデミアの経営学と、実業における経営層との間に、大きな分断があるため、本書のような良い解説がとても価値を生む。また、経営戦略に関心を持ち始めた若手中堅層のビジネスマンにとっても、とても面白い入門書になっている。もちろん著者は、最後に、自分の編み出した手法の詳しい解説を付け加えることも忘れない。

戦略論を編み出した学者やコンサルタントたちの人物像と似顔絵をつけているのも、この本の良い点だ。架空対話も含めて、学問のダイナミズムを、活き活きと描き出している。

本書を読むと、自分まで頭が良くなったような感じになり、経営戦略を自家薬籠中にしたような気持ちになれる。ただ読者が注意すべきところがあるとすれば、これら戦略論のほとんどが、分析と解釈のための道具であって、発明と発想の方法論ではないことだ。

コストリーダーシップとか、ブルーオーシャンとか、定石の枠組みを知ることは大切だ。だが具体的な戦略は、やはり自分の頭で考え出さなければならないのでる。



2. 「三体」 劉 慈欣・著

1967年春、北京。「文化大革命」に沸く若き紅衛兵たちの狂乱的状態と殺戮から、いきなり小説は始まる。長年続く飢餓と貧困と圧制に、当時の中国の若年層は、怒りの感情を内心たぎらせていた。そのガソリンにも似た感情に火をつけたのが、毛沢東の文化大革命キャンペーンだった。彼らは徒党を組んで『紅衛兵』等を自称し、競い合いながら、暴力による「反動的分子」狩りを都市の内外で始める。

その悲劇に巻き込まれた一人が、大学教授の葉哲泰だった。コペンハーゲン解釈やビッグバン理論などの「ブルジョア的反動的」科学理論を講義したという理由から、大勢の目の前で、父親が愚かな若者達に殴り殺されるのを見ているしかなかった、娘の葉文潔。彼女がこの小説の前半の主要人物だ。

「三体」は、物理学者の物語である。天体物理を専攻したがゆえに、遠い寒村に下放され、さらに「紅岸」と呼ばれる電波基地に幽閉された彼女が、どうやって文革時代を生きのびたかは、次第に明らかになるが、ストーリー自体は序盤が終わると、いきなり40数年後の現代に飛ぶ。ナノマテリアルの専門家・汪淼は、トップクラスの物理学者が、次々と謎の自殺を遂げるという事件に巻き込まれ、その背後を探りはじめる。

高エネルギー粒子加速器プロジェクトに関わった、天才女性物理学者・楊冬の遺した「物理学は存在しない」という、不可思議な遺書の意味を探る内に、彼は『三体』と呼ばれる、他の星の歴史を、追体験できる参加型ゲームへとはまり込んでいく・・

互いに引力を及ぼし合う三つの質点系の運動は、一般には解析的に解けず、数値的な予測も至難である。では、三重星系を周回する惑星に生まれた知的生物にとって、宇宙はどのように見えるのか。この小説の中心テーマは、決定論的な宇宙観への挑戦だ。それを、複数の主要人物が織りなす、群像的なストーリーで、きびきびと描き出していく。

物語は密度が高く、テンポも早い。1963年生まれの著者・劉慈欣は、天性のストーリーテラーである。2006年に発刊された本書は、英訳されて、2015年にヒューゴー賞を受賞し、その名声が世界的に確定する(英語以外の作品がヒューゴ—賞をとるのは史上初めてだった)。ただ、物理学者達が主要人物といっても、この小説は、科学的考証を核としたハードSFではない。作中人物が「三体」ゲームを称していうように「時代考証は結構いいかげん」で、科学の面でも該博な知識のかたわら、随分と楽しい空想が膨らんでいる。

それにしても、わたし達、現代日本の読者にとって、この小説の面白さの大きな要素は、現代中国のメンタリティを知ることにあるだろう。中国というのは、「英雄たち」と「その他大勢」が、くっきり二つに分かれる社会らしい。そこでは庶民は、要するに「虫けら」である。めまぐるしく権力者の入れ替わる中国社会の支配層を見上げる彼らは、ちょうど予測不能な三つの太陽の動きを見上げる異星人たちに、似ている。ただ、その庶民達にも、強い上昇志向がしばしば湧きあがる。そうした反エリート感情を代弁する、私服刑事・史強のキャラが、この小説に複雑なひと味をつけ加えている。

本書は、波に乗っている現代中国を象徴するような、波瀾万丈のエンターテインメントだ。だが、そのストーリーの背後には、文化大革命の深い傷跡がある。それは、危機に陥った独裁者が、社会の最弱層の怒りに火をつけて、政治に利用しようとした、暴力と狂気の時代だった。だからこそ著者は、1967年の北京から話を始めたのだ。抑圧された人間社会の行く末を予言することは、三体問題を解く事よりも、難しいらしい。

 「三体」劉 慈欣 (Amazon)
 「三体」劉 慈欣 (honto)


3. 「浄瑠璃を読もう」 橋本治・著

橋本治は、鑑賞の名手である。鑑賞とは、我が国語の世界にのみ存在する特殊なジャンルで、引用を中心とした肯定的解説であり、かつ、それ自身が良質な文学となっていなければならない。つまり文章の下手な人は、良い鑑賞が書けないのだ。批評の1ジャンルと言うこともできるが、欧米の批評 Critiques とは全く異なる。批評は、対象との間に距離を取り、その客観的価値を分析しようとする。だが、自分が対象と同一化することこそ、日本文学の鑑賞における重要な要件なのだ。

とはいえ、1年前に亡くなった作家・橋本治は、現代日本を代表する知性の一人であった。彼は浄瑠璃の物語世界に、深い愛情を示すが、それを生み出した社会の有様や、矛盾に満ちた江戸時代の倫理観を、冷静に見通すことも忘れない。

浄瑠璃とは、人形浄瑠璃(いわゆる文楽)の台本テキストである。「丸本」と呼ばれた浄瑠璃の台本が江戸時代は多数出版され、貸本屋経由で読まれていた。もちろん、歌舞伎のドラマも、かなりの部分は浄瑠璃によっている。近代日本人のメンタリティを築いた浄瑠璃の物語群は、しかし今日は忘れ去られ、出版物さえなかなか入手できない。

本書はその中から、代表的な8作品:
  • 「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら) 作:竹田出雲・三好松洛・並木川柳(1748年)
  • 「義経千本桜」(よしつねせんぼんざくら) 作:竹田出雲・三好松洛・並木川柳(1747年)
  • 「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅてならいかがみ) 作:竹田出雲・三好松洛・並木川柳(1746年)
  • 「本朝廿四孝」(ほんちょうにじゅうしこう) 作:近松半二(1766年)
  • 「ひらかな盛衰記」(ひらかなせいすいき) 作:文耕堂(1739年)
  • 「国姓爺合戦」(こくせんやがっせん) 作:近松門左衛門(1715年)
  • 「冥途の飛脚」(めいどのひきゃく) 作:近松門左衛門(1711年)
  • 「妹背山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん) 作:近松半二(1771年)
を紹介してくれる。

18世紀前半のおよそ60年間をカバーする上記8作品は、人形浄瑠璃という高度な芸能ジャンルの盛衰を表している。初期の立役者・近松門左衛門の時代、人形は一人遣いだった。人形が複雑微妙な感情表現のできなかった当時、太夫の語る台本こそが、文学性を差配していた。だからこそ、日本生まれの日中ハーフの英雄・鄭成功を主人公とする「国性爺合戦」のような、外国を舞台とするスペクタクルもヒットしたし、実在の心中事件に取材した「冥途の飛脚」の、非情なストーリーも生まれたのだ。

近松門左衛門の没後10年経った1734年に、はじめて現在と同じ人形の「三人遣い」が現れた。この技術的イノベーションによって、一挙に人形の感情表現が豊かになり、浄瑠璃の隆盛を招く。竹田出雲らトリオの作になる忠臣蔵、源義経の悲劇、そして「寺子屋」シーンで有名な、菅原道真の3人の家来達の物語が、円熟期の代表作となっていく。

しかし、時代は下って、近松半二の頃(彼は近松門左衛門の孫弟子にあたる)になると、浄瑠璃はもはや、人間が演じる派手な歌舞伎に押されて、衰退期に入っている。彼の巧みなドラマ性で一旦は息を吹き返すが、彼以後の浄瑠璃はもう、新作が現れずに「古典化」し、演奏の芸術として生きながらえる。

浄瑠璃の台本は長くて複雑で、細部がバロック的に装飾され、どんでん返しも多くて、全貌が分かりにくい。現代では「通し」でなく、部分単位でしか上演されず、橋本治もストーリー全部を紹介するようなことはしない。彼が解説し鑑賞するのは、封建社会に生きる人達の、メンタリティと死生観である。それはたとえば、こんなものだ:

「今となっては見過ごされたやすく忘れられてしまう『人形浄瑠璃を貫く価値観』というものがある。(中略)その最大のものは、『きっぱりと決断出来ない人間はだめだ』である。ぐずぐずしているのはバカで、人は、きっぱりと決断すべき時にはさっさと決断していなければだめなのであるーーこの前提があって、その先にもっと重要な『心構え』がある。それは『バカはだめ』である。

 きちんとした結論を出すのに必要なのは、情報収集とその分析である。江戸時代で情報収集などということは簡単じゃない。伝聞と噂話だけで、この確認が容易にはできない。だから情報分析の方が重要で、自分に関わりのある人物の情報であればこそ、その断片を耳にしただけで『核心』にピンとこなければならないーーつまり『人に聡い』のである」(P.191-192)

また、こうも書く。

「『明確な状況認識があれば、事態は必ず打開される』というのは幻想で、そうだったら、頭のいいサラリーマンは会社を変革できているのである。明確な状況認識があったって、事態は打開されないーーこれは、封建的な江戸時代管理社会でも、現代管理社会でも、同じである。

 だからといって、『明確なる状況認識』を放棄してもいいという理由にはならない。だから、『明確なる状況認識』をして分析し、その後に『覚悟』が訪れる。(中略)状況認識の結果『こりゃだめだ』をひそかに理解した人は、だからこそ、孤独の内に覚悟を決める。」(P.193)

浄瑠璃の登場人物たちは、今日の我々の目から見ると、あっけないくらい、すぐに死んでゆく。彼らも我々も、命が惜しいのは同じだし、色や欲に惑わされやすいのだって、同じだ。違いがあるとすれば、聡さへの希求と、覚悟のあり方であろう。窮屈な封建時代は、また、庶民階級でさえ、大人と大人でない者の区別が、はっきりしていた時代でもあった。かの時代の「大人」とは、今のカタカナでいう「オトナ」とは、まったく別のものだ。人に聡く、決断でき、密かに覚悟を持てる大人になれ。浄瑠璃の劇は、そう、我々観客に指し示しているのである。

 「浄瑠璃を読もう」橋本治 (Amazon)
 「浄瑠璃を読もう」橋本治 (honto)


by Tomoichi_Sato | 2020-04-29 23:36 | 書評 | Comments(0)

書評:「ザ・クリスタルボール」 エリヤフ・ゴールドラット著


クリスタルボール(水晶玉)とは、西洋の女占い師が、未来を予見するときに使う道具だ。そしてもちろん、占いの予言など、科学的に信頼できないものの代表例である。

しかし消費者向けのB2Cビジネスの世界では、どうしても「需要予測」なるものに頼りたくなる。とくに小売りの世界では、そうだ。何が売れるかを見極めて、売れ筋の商品を仕入れる。手元にない商品は、売れない。もちろん自動車のディーラーのように、納車まで数週間単位で待ってくれる業種もあるにはある。だが、一般消費財は、「じゃ別の店に行って探すわ」といって商機を逃してしまう。

より科学的で正確な予測を得て、万全な計画を立てたい。そうした思いを、一般消費財の分野で持つ人は多い。少なくとも、欧米的な思考では、そうなる。だが、『計画重視』が導く、「あらゆる細部を完全に計画すれば、ビジネスの問題は解決する」という思考習慣に反対するのが、著者ゴールドラットの基本的スタンスだ。

本書はエリヤフ・ゴールドラットが2009年に発刊した、最後のビジネス小説である。「制約条件の理論」(TOC = Theory of Constraints)で有名なゴールドラットは、イスラエル人の元・物理学者だが、むしろアメリカでビジネス・コンサルタントとして活躍した。最初はOPTという名前の生産スケジューラを開発して売っていたが、彼の名を一躍有名にしたのは『ザ・ゴール』というビジネス小説だった(初版は1984年で、Jeff Coxという作家が執筆に協力した)。爾来、彼はむしろコンサルタント兼作家として、カリスマ的な影響力を発揮してきた。

考えてみると、彼の小説を日本語の翻訳で読むのは初めてだ。初期の三部作”The Goal”, “It’s Not Luck”(日本語訳のタイトルは「ザ・ゴール2」), “Critical Chain”(「クリティカル・チェーン」)は、いずれも90年代に英語で読んだ。当時、彼の著書は日本語に翻訳されていなかった。ゴールドラットは日本嫌いで、ザ・ゴールは世界各国語に翻訳されたのに、日本語訳だけは許可されなかったと言われていたのだ。

ちょうど90年代後半は、「サプライチェーン・マネジメント」という概念が日本にも紹介された時期だった。わたしが中村実氏や本間峰一氏らと共著で「サプライ・チェーン・マネジメントがわかる本」を執筆したのが1998年。この時期、ゴールドラットのTOC理論は、SCMの概念に大きな影響を与えており、彼の著書は必須の文献だったのだ。


ポールとキャロラインは、ハンナズショップ(「ハンナのお店」)という、家庭用品チェーン店の経営に関わっている。主な商品はホームテキスタイル(繊維製品)、つまりテーブルクロスとかベッドシーツとか羽根布団のたぐいだ。妻のキャロラインは、このチェーンの創業者の娘で、仕入の責任者をしている。ポールは娘婿という形で、フロリダ州のボカの店長を任されて3年目だ。

しかしポールの店は、売上を順調に伸ばしているとは言い難い。その上に、地下倉庫の天井で水道管が破裂し、店の在庫品が水浸しになるというトラブルに見舞われる。彼の店は、陳列棚を含めて2,000 SKU (Stock Keeping Unit) 以上の品目を、合計で4ヶ月分保有していた。倉庫の修理は数ヶ月かかる。その間、彼らはギリギリまで圧縮した約20日分の在庫で、店を回さなければならなかった・・

ビジネス小説では、主人公が陥るトラブルの設定がポイントになる。トラブルは物語に、スリルと緊張感をもたらすからだ。陥るトラブルが簡単すぎると、サスペンスが薄くなる。しかしトラブルが深刻すぎると、抜け出して解決するのに知恵のみならず、かなりの幸運が必要になって、ご都合主義的な匂いが出てしまう。またトラブル状況が特殊すぎると、読者にとって参考になりにくい。ここらへんがなかなか、難しいのだ。
(『ザ・ゴール』がベストセラーになったのは、主人公アレックスの工場がピンチの上に、彼の仕事一辺倒の姿勢に嫌気が差して、妻がいなくなってしまう、という公私両面のダブルパンチ状況が見事だったからだ)

ともあれ、ポールはやむなく、地域倉庫(フロリダ州のその地域の店舗群に、商品を供給している物流センター)のロジャー主任に協力を頼む。本来の規則では、一定の搬送ロット数量を満たさない限り、オーダーをためてからでないと出荷できないのだが、毎日必要な分を、すこしずつ小口で配送してもらうようにする。

ところが、この方式が意外な功を奏して、彼の店は翌月、急に売上が20%も上昇し、利益率も地域でトップになる。こまめな補充で、品切れとなるSKUの種類が減ったためだった。ポールは、この方式を他の店にも広げたらどうだろうか、と考え始める。だが、「販売=商品在庫を抱えること」という固定観念にしばられた売り手たちの考えを変えさせるのは容易なことではなかった・・

他方、妻のキャロラインは、仕入先であるインドの縫製業者との交渉に難儀していた。価格ネゴも大変だが、そこはバイヤーとして手慣れている。むしろ品質や納期に、トラブルが頻発するのだ。しかし、彼女も次第に、大ロットの注文に問題の原因があることに気づき始める。そして染色布の段階でサプライヤー側に預け在庫しておき、小ロットの注文で分納させるという方法を思いつく。

・・小売業の仕事に関わった経験のある読者は、店舗の保有する在庫が4ヶ月分、と聞いて腰を抜かしたかもしれない。日本では考えられないことだからだ。だが、米国のサプライチェーンを理解するためには、あの広大な大陸の距離感覚について、ある程度の想像力をもつ必要がある。彼らにとって、500マイル(=800km)以下、つまり東京-広島間より短い距離など、「長距離」の言葉に値しないのだ。

そうした大陸を、東岸から西にむけて、順に制覇していった彼らにとって、「ロジスティクス」(輸送と補充)ほど重要な物事はなかった。モノが手元にないからといって、すぐ取りに戻るなどという事はできないのだ。現在でも、米国の端から端まで自動車輸送すると、最低で丸4日かかる。業者に電話すれば必ず翌日モノが届く日本とは、基本的な感覚が異なるのだ。必然的に、輸送は大ロットになる。

そして彼らは、「1ダースなら安くなる」というビジネス倫理(?)に忠実に従い、店を作るときでも工場を立てるときでも、最初から大規模なものを考える。生産も大規模、購入も輸送も大ロット、消費者もまとめ買い。だから米国のスーパーで売っている、普通の牛乳のサイズは1ガロン(=4L)のボトルで、紙パックは2Lが標準だ。

このような大量生産・大量消費・広大な流通網の世界で、気ままな消費動向を抱えながら、すべてを完璧に計画しつくそうというのは、確かに無理な相談である。ゴールドラットの制約理論(TOC)は、こうした「計画至上主義」の問題に対する解決策として、「バッファー・マネジメント」の考え方を提案する。

バッファー』とは、モノについてもリソースについても、また処理キャパシティについても使う言葉だが、モノのバッファーとは、要するに在庫である。消費の変動に対応するために、バッファーとしてのストック在庫を置く。問題は、そのバッファーをどこに、どれだけの量、配置するかである。

互いに独立に変動するばらつきは、足し算すると、変動の程度が相対的に小さくなる、という性質がある。それは増減が、互いに打ち消し合うからだ。だから1店舗でのシーツの売上の変動よりも、複数店舗合わせた売上の変動のほうが、相対的に(=平均値でばらつきを割ったら)小さくなる。

だから、大きな原則としては、在庫を各店舗で個別に持つよりも、地域倉庫や、さらに上位の工場倉庫に集約するほうが、変動に対する安全在庫量が小さくなる。これがバッファー集約の効果である。

また逆に、製造(仕入)で言えば、サイズやカラーなどおびただしいバリエーションの製品群について、個別に生産量を計画するよりも、それを上流側で集約した共通材料(=染色布)でストックし、個別の需要に応じて小口に製造オーダーを切る方が、リードタイムも短く無駄が少ない、ということになる。

では、そのバッファー在庫の量はどのようにして決めるか。TOCでは、青(安全)・黄色(注意)・危険(赤)の3つのレベルを設定して、ユーザーが実際の在庫推移を監視しながら、発注点などを調整することを推奨する。これがゴールドラットの「ダイナミック・バッファー・マネジメント」(Dynamic Buffer Management = DBM)の基本的な考え方だ。

何か理論式で天下り式に決めるのではなく、現場の担当者が、現実を見ながら調整する。米国では、在庫量は1日あたり平均需要量の何倍分、といった計算式で、本社が機械的に決めることが多いのだが、TOCはそういう点で、ボトムアップ的でもある。この小説には、『ザ・ゴール』に出てくるジョナ氏のような、老賢者は登場しない。主人公たちが、自分たちで頭を捻りながら、解決策を見出していく。そこにスリルもあるのだが、「怪我の功名」みたいな話の運びには、若干の物足りなさがある。

それに、率直に言うと、読んでいて内容的に、いささか古さを感じる面もある。地域単位の営業倉庫をやめ、全国で1箇所の(あるいは、せいぜい東西2箇所の)物流センターに在庫を集約する動きは、日本ではすでに2000年代のはじめから、いくつもの先進的な業界で進んでいたことだ。もちろん米国と事情は違うにせよ。

また、イタリアのベネトン社は、非常に数多くの種類のカラー製品を扱うために、すでに80年代の終わりから、白地の布でストックし、需要に応じて染色加工して出荷するサプライチェーンを構築していた。HP社もインクジェットプリンタの国別仕様の違いを吸収するために、主要部品は米国で集中生産し、電源モジュールだけ各国で後づけする方式をとっていた。いずれも上流側にバッファーを持つ工夫だ。

そして在庫をサプライチェーンの上流側で集約するといっても、商品の平均的な出荷量や変動、そしてその単価によって、実際にはどこに主要な在庫ポイントを持つべきかは変わる。ジョージア工科大学のSpearmanとHoppらは、98年に「Factory Physics」(工場物理学)を著して、すでにこの問題に数理的に取り組んでいた。そうした成果や知恵は、いずれも本書が現れる前から世にあったものだ。

もちろん、本書に書かれている解決策を、そのまま適用して、劇的効果の出る企業は、今でもいくらでもあると思う。DBMを通じて、現場がボトムアップに在庫問題に取り組むというアプローチは、現実問題としてはとても適切だろう。しかし、もう少しマクロな観点から、理論的なGuiding principle(指導原理)があってもいいとは思う。

本書がそうした理屈を議論する場でないことはもちろんだ。だが、物理学者だったゴールドラットの事実上最後の著作が、あまり意外性のない解決策を経て、メザニン・ファイナンスや集中出店戦略といったエピソードで閉じるのは、少しだけ寂しい気がする。

ゴールドラット博士は2011年に64歳で没する。あれだけの影響力のあった人だから、伝記の一つも出ていいと思うのだが、まだ米国でも出版されていないようだ。TOCは未だに人気が高く、とくに思考プロセス(TP)手法は信奉者が多い。ゴールドラットという人には、一種の宗教的なカリスマ性があったのだろう。

だが、そうした自信と熱狂が、かえって一般的普及の阻害になっている面もあるように思える。彼自身にも、未来を予言するクリススタルボールがあれば良かったのだろうか。


<関連エントリ>
 
(2018-08-11)


by Tomoichi_Sato | 2020-03-30 08:12 | 書評 | Comments(0)

書評:「理解とは何か」 佐伯胖・編

理解とは何か」 佐伯胖・編(認知科学選書 4 東京大学出版会) (Amazon)


「『理解』という事について研究ができる。なんというすばらしいことだろうか。」

本書の中心にあたる、編者・佐伯胖の書く第5章「『理解』はどう研究されてきたか」は、このような一見ふしぎな言葉から始まる。そして、次のように続く。

「心理学の長い歴史を振り返ってみると、それは『理解』を研究したいという人々の熱い思いが、何度も何度もくりかえし裏切られ、『理解』とは似ていて非なるものばかりを押し付けられ、枠をはめられ、偽物であることを承知の上で無理やりに背負い込まされてきたものであることがわかる。」(P.127)

心理学の素人からすると、「理解する」というのは、人間にとって当たり前の心の働きに思える。だが、それを論じ研究することは、長らく心理学分野のタブーであったらしい。ちょっと驚きである。

だが、なぜ、そのような状態が、日本でも米国でも続いていたのか?(なみに本書は1985年の発刊だ)

佐伯胖は、自分が66〜67年に米国ワシントン大学に留学した際の、当時の米国心理学会の雰囲気をいきいきと描写しながら、その理由を説明する。それは、米国の心理学を1930年代以来ずっと支配してきた行動主義の影響らしい。行動主義とは、「科学としての心理学は、対象を客観的に観察可能な行動に限定すべき」という立場で、意識とか内観といった概念を排除していく。

佐伯胖によると、66年当時の主流派心理学者が認める、科学的研究の方法は次のような4項目であったという(P.136より要約して引用)。

(1) 実験データによる仮説の検証という手続きに基づく
(2) 観測される反応、すなわち行動を説明することが全てである
(3) 理論仮説は、データを説明するための必要かつ十分なものに限ること
(4) 説明は機能主義的説明で足りる。生体の内部構造には立ち入らず、ブラックボックスとしたまあ、その働きを正しく予測できるかどうかを問う

このようなパラダイムの中で研究を行う限り、たしかに「理解」それ自体のメカニズムを論じることは、いたって困難になる。

そうしたアメリカ心理学の強固な枠に対し、揺さぶりをかける動きも、たしかに一部は存在した。たとえば、スイスのピアジェによる発達心理学の業績である。またこれ以外に、フェスティンガーらの社会心理学、サイモンやハントらの情報処理アプローチがあるし、ボールズ、ロカードらの動物習性学・行動進化学の研究もあった。

これらを背景に、アメリカ心理学では67年ごろから「認知革命」と呼ぶべき動きが出てきたらしい。そして、上記の4項目に、さらに2項目を慎重に付け加えていった(P.136)。

(5) 内部機能に関するモデルの想定も許される(ただし実験的に検証が必要)
(6) 生物は外界の刺激に支配され、反応してるに過ぎない、と考える必要はない

わたし達のようなシステム・アナリスト(モデラー)から考えると、まあ当然のような6項目に見える。しかし、こうした変化がごくゆっくりしか起きないのは、それだけ学問研究の「パラダイム」の強さを示している。

佐伯よると、70年代は認知心理学が登場し、「知識」と「スキーマ」が研究の中心になる。72年には、ウィノグラードによる人工知能(自然言語による対話処理システムSHRDLU)が発表される。SHRDLUは積み木ブロックの世界について、人間と自然言語で対話しながら、積み木を運んだり積み上げたり、といった操作を行う。ウィノグラードはこれを心理学研究の一環として進めていた。

また、こうした動きと並行して出てきた、チョムスキー理論の心理学への影響は計り知れない、という(P.146)。チョムスキーはまず、行動主義心理学への批判を行い、さらに生得的な認知能力の仮説を立てる。そして認知過程に関する、生成変形文法という構造主義的アプローチを強める。

かくして心理学は「理解」をめぐって、認知→知識・スキーマ→自然言語、という風に主題を進めてきた。この流れは結局80年代に入り、「認知科学」に合流していく。本書自体が『認知科学選書』(東京大学出版会)の第4巻として発刊されている事が、事情をよく表していると言えるだろう。

ちなみに佐伯胖氏自身は、81〜83年に「LISPで学ぶ認知心理学」全3巻を出しているが、このタイトル自体が、ある種の時代を感じさせる。認知科学は90年代に入って、LISPの得意とする記号的人工知能から、神経回路網モデルをベースにした、コネクショニズム的なAI研究にうつっていく。それが今日のAIブームの基礎となる訳だ。

ただ、この動きはいささか、偏りすぎてきた観もある。記号による手続き的知識と、行列計算によるパターン認識的知識との間に、見えない壁がある現状は、どこかで再度パラダイム変化が必要なのではないか。

ともあれ、本書全体でいうと、マイケル・コール(UCSD教授)による第4章「リテラシー(読み書き能力)の文化的起源」も面白いが、第3章「理解におけるインターラクションとは何か」(三宅なほみ)が興味深い。これは二人以上の人が相手とやりとりしながら、建設的な問題解決をするプロセスを追った研究だ。

インターラクションの例に出すのは、「ミシンはどうして縫えるのか?」という議論だ。ミシンがなぜ布を縫えるのか。これはよく考えてみると、案外難問だ。これを二人で議論していくとき、「課題遂行係」と「モニター係」に作業分担するほうが進みやすい、など面白い知見がたくさん出てくる。

本書の1〜4章は一種のシンポジウムの講演録で、質疑応答も丁寧に収録されているため、とても読みやすい。そして第5章が編者による、まとめと展望だ。ただ時代のせいか、全体をよんでも、「理解」の心理学が、全体としてどのような戦略を持ち、どこを攻めようとしているのか、まだ作戦マップが描けるほどには概観できていないように感じた。

わたしが編者である佐伯胖氏の名前を知ったのは、「『きめ方』の論理 〜社会的決定理論への招待」(1980)をよんだ時だった。これは今でも、画期的な本だと思う。彼自身はその後、「決める」から「分かる」へ、そして「学ぶ」へと、研究分野をうつしていく。それは経営工学から出発して、心理学、さらに教育学へと進んでいく道のりだった。本書はちょうど、その分水嶺に当たる1985年、46歳のときの宣言的な業績である。だから勢いがあって、とても面白いのだ。
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by Tomoichi_Sato | 2020-02-24 22:12 | 書評 | Comments(0)

書評:「彼女は頭が悪いから」 姫野カオルコ・著

彼女は頭が悪いから」姫野カオルコ (Amazon)

ちょうど1年前の12月、東大で開かれたシンポジウムを聞きに行った。東大生5人による強制わいせつ事件に想を得た話題の新著、『彼女は頭が悪いから』の著者・姫野カオルコ氏を招いてのブックトークである。姫野さんの外に、スピーカーとして、文藝春秋の編集者と女性活動家、そして東大の教官数名が登壇した。イベントは駒場キャンパスの銀杏並木角にある地下ホールで、平日の夜に行われた。

今思い出しても、このシンポジウムはまことに東大的だった。ひどく真面目なのに、全体としてひどくバカげている。どうしてこんなシンポになってしまうのか。疑問を感じながら家路についた。

シンポジウムではなぜか、この小説にリアリティがない、ということに批判が集中した。その理由として、三鷹寮だとか入試問題だとか女子学生の比率などが、事実と違っている、という論拠が揚げられた。しかしどうやら、この小説に描かれている東大生たちは屈折がなさすぎて、自分たちと違いすぎる、感情移入して読めない、ということに皆が引っかかっているらしかった。だとしても、そのことに、なぜあんなに怒っている参加者が多かったのか。

「彼女は頭が悪いから」は、小説=フィクションである。ちょうどマンガの「巨人の星」がフィクションであるように。

「巨人の星」には、長嶋茂雄をはじめ、実在の人物がたくさん出てくる。だが、実際にあったことをマンガにしたものではない。読売巨人の「中の人」が、あのマンガを読んで、「実際の読売ジャイアンツとはいろいろと違ってる」といってみても、それは批評にはならない。あそこでは、世間の人が、巨人軍について持つイメージを元にした物語が、描かれているのだから。

姫野さんもシンポの冒頭で、「この小説は、東大の人に向けて書いたものではない」と、わざわざ説明している。だが、なぜ東大の人たちは、教員も学生も口をそろえて、『彼女は頭が悪いから』にリアリティが欠けていると著者を批判するのか。人が些細なことに対して、妙に激しく怒るときは、そこに何か見えない心理的機制が働いていると疑ってしかるべきだろう。

わたしは一応、東大の大学院で毎週講義を持ち、それを足かけ8年にも渡って続けてきた人間だ。だから世間の平均的な人よりは、東大生という人種を多少は知っているといっても、バチは当たらないと思う。そして上記の問題は、西村肇・東大名誉教授の次のような発言に、ヒントがあるのではと感じるのだ:

「私は東大をやめてから、初めて東大の卒業生の性格がよく見えてきました。初めて、東大以外の卒業生と深くつきあうようになったからです。その結果、いままで気づかなかった東大卒業生の性格のいやな所、問題のある所が、とてもよくみえてくるようになりました。

私が痛感している点は、三点です。

まず第一は、劣等感の強いことです。これはちょっと意外かもしれませんが、本当です。○○天才などと呼ばれていたものが、東大に入ると、とてもかなわない奴がいることを知って、自信が根本的に崩れてしまうのです。しかしそれを認める余裕がなく、隠そうとします。ですから、東大卒業生は批判されることを嫌い、本当に批判されると壊れてしまいます。ガラスの器のようです。」
(西村肇「日本破産を生き残ろう」 日本評論社・刊、P.152)

東大の卒業生は劣等感が強い。しかし、それは無意識の下に隠されていて、自分でも気づかずにいる。このことは、東大出の人たちと付き合う必要のある人間は、覚えておいた方がいい。彼らは傷つきやすく、本気で批判されることに弱い。だからそういう失敗のリスクのある場は、無意識に避けようとする。Stupid(バカ)なことはしない、というのが東大卒のポリシーなのだ。

ただし、それは自分一人の時である。周囲に誰か同じことをする人間がいて、自分に言い訳が立つ、と判断できたら、彼らもバカな事に興じたりする。この小説の事件が、単独犯ではなく5人の連行犯だったのは、そういう事情を示しているかもしれない。

ところで、本書に登場する東大生たち、副主人公格である竹内つばさをはじめ、和久田悟・國枝幸児・石井照之(エノキ)・三浦譲治ら、いわゆる「星座研究会」の5人はいずれも、あまり劣等感なり屈託がないキャラ作りになっている。わりと素直に育ち、かつ周囲の人間に対する無条件の優越感を持っている。少なくとも、世間の人たちは、東大生とはそういうものだ、と信じている。

この点が、現実の東大生たちの気に障るのだろう。シンポでは、自分たちも挫折を経験している、というような発言が繰り返し出た。だからどうだというのか? 基本的にこの小説は、「中の人」向けに書かれたものではないのだ。もちろん、竹内つばさに感情移入できる読者は、世間でも決して多くあるまい。少なくとも、わたしにはとても難しい。

ついでにいうと、シンポでは、ある教官が、「このような事件が起きた背景には、東大の女子学生の数が、男子学生に比べて圧倒的に少ない、という非対称性がある」という意味の発言をした。

だが、ちょっと考えてみてほしい。もしこのような言明が正しければ、男子学生の比率がもっと高かった昔は、同種の事件がさらに多数起こっていたはずだろう。東大が女子学生を受け入れ始めたのは昭和27年からで、それ以前の東大は男子校だった。かりに時代の変化があって単純に比較できないとしても、じゃあ現代における同種の事件と、各大学の男女比率をもとに、証拠立てるべきだった。

この論者は、自分の主張を事実に照らして検証しよう、という姿勢に欠いている。読者諸賢よ、安心されたい。東大の知性なんて、この程度のものなのだ。

だが、東大以外の世間の人達の方は、ある意味、もっと訳わからない。事件が報道され明らかになってから、被害者である神立美咲の家に電話をかけてきて、いきなり「勘違い女の家?」「バカ女、聞いてるか?」などと怒鳴ってくる人間の大半は、おそらく東大卒ではあるまい。この小説はフィクションだが、この部分は相当に、現実起きた事に近いと思われる。

女性が性的な暴行を受けた後で、周囲から逆に非難されて傷つくような現象を「セカンド・レイプ」と呼ぶらしい。主人公の美咲を襲ったのは、そして摂食障害にまで追い詰めたのは、まさに世間の人間達によるセカンド・レイプだった。

しかも念のために書くと、美咲はレイプされた訳ではない。「5人の男たちが一人の女を輪姦しようとしたかのように伝わっているのはまちがいである」と、作者はプロローグの第1頁に書いているほどだ。たしかに竹内つばさ達5人が、美咲に対して行った事は、「強制わいせつ」に相当する、非道い行為である。だが世間の人間が、報道テロップから単純に連想するような犯罪ではなかった。

にもかかわらず、そのような「いやらしい犯罪」の被害にあったのは、被害者の美咲が「勘違い女」で、悲劇の原因は「彼女の頭が悪いから」だという、ひどく逆立ちした理由付けが、ネットを中心に広まった。一体何を、勘違いしたというのか? その疑問こそが、この小説全体のテーマである。

そして、その答えは、はっきり言語化した形では、小説内には書かれていない。作者も、読者も、その疑問を未解決なまま共有し続けるように、この小説はできている。無論、モラリストで心優しい作者のことだから、被害者の美咲をどん底に突き放したままで終わるような書き方はしないが。

ところで姫野カオルコの小説の中でも、本書は登場人物が多い。しかも複数のエピソードが時代を渡り錯綜して描かれるので、わたしは途中で登場人物表を作って、最初に戻って読み直したほどだ。おまけに、「グレーパーカ」の彼氏のように、結構重要な人物なのに、名無しのままのキャラも数名出てくる。プロの小説家だからまさかとは思うが、途中でキャラに命名するのに疲れたのだろうか?

命名ということでいうと、美咲の通う「水谷女子大学」が仮名なのは当然としても、本書に出てくる学校名には、「東大」「慶応」「理科大」など実在のものと、「横浜教育大」のように仮名のものが混じっている。著者がどのような意図で、この使い分けをしたのか、考えてみると面白い。実名で出てくるのは、「日本女子大付属中」「日大芸術学部」を含め、歴史ある名門と言われる学校だけで、仮名は「その他大勢」でしかないのだ。

また、つばさが大学初年で足を怪我し、微妙にパドルテニスを楽しめなくなった、というあたりの伏線は、いかにも小説的に巧妙だと思う。ちなみに本書は、発刊後1年近く経ってから、あらためて「柴田錬三郎賞」を受賞している。受賞が遅くなったのはむしろ、マスコミ的な興味とは別の、小説的な価値を認められた証左だろう。

とはいえ、この小説は、悲劇的な結末に向かうことが分かっているだけに、読み続けるのがなかなかつらい。とくに主人公の美咲が、東大生で主犯格のつばさと、綱島で2回目のデートをするあたりが、一番悲しい。

それにしても、この小説で描かれている一つの事実がある。それは、
 「頭の良い人間は、頭の悪い人間に対して、どんなことをしても良い」、
という恐ろしい思想を抱いてる人間が、この社会には一定数いる、という事だ。

あるいは、「勝ち組は負け組に対して、どんなひどいことをしても正当化される」と信じている連中が、今の世にはそれなりに存在するということだ。少しはまともだったはずの、わたし達の社会は、もうそこまで落ちぶれてしまったことを、この思想は示している。

18歳の冬のある数日間、たまたまペーパーテストのパフォーマンスが良かったからといって、その人間が一生優秀である保証などないし、一生優越的な立場にある社会は、明らかに間違っている。人はむしろ、大学を卒業後、どれだけ考えどれだけ学ぶかで、賢さが決まる。生まれつきの知能の良し悪しには多少の差があっても、また家の経済的境遇には差があっても、この点で人は互いに対等だ。このまっとうな道理が、通らない世の中になりつつある。

だとしたら確かに、わたし達は皆、頭が悪いのだと言えよう。


<関連エントリ>
  (東大生の非行に対するわたしの基本的な考え方は、 この記事に記したとおりだ。)




by Tomoichi_Sato | 2019-12-17 00:12 | 書評 | Comments(0)

書評:「風のシカゴ」 中津燎子・著

風のシカゴ」(Amazon)


近くのJRの駅で、ラグビー・ワールドカップ観戦帰りの客と鉢合わせになった。外国人も半分以上いる。駅員さんたちは必死になって、メガホンや構内アナウンスでお客を誘導していた。それも、日本語と英語の両方で交互に叫んでいるのを見て、「世の中、変わったなあ」とわたしは思った。

駅にいる普通の駅員さんたちが、ごく普通に、仕事の必要で、英語を話している。もちろん、ネイティブの流ちょうな発音とは全然違うが、何を言っているかちゃんと聞き取れて、達意で明瞭だった。それは、英語を話すという事が、何か『特別なこと』ではなくなってきた証なのだ。

日本人にとって、英語が「特別な外国語」から「普通の言語」の一つになること。異文化との接触と交流を、普通のあたりまえの人達が、(体当たりであっても)自分で行うようになること。それこそ、2013年に亡くなった著者・中津燎子氏が長年、望んできたことではなかったか。

中津燎子氏は、傑出した英語教育家だった。わたしは中津先生(ここからは先生と書く)に長らく私淑していたが、残念ながら生前お目にかかることはできなかった。それが、不思議な偶然に導かれて、昨年5月に、先生のお墓参りをすることができた。古くからのお弟子さんで友人でもあった、西端千鶴子さんにご案内いただいたのだ。河内長野の墓地は明るく穏やかで、中津先生とご主人の眠る場所には、小さいけれどお洒落な墓標が飾られていた。

中津先生の本はほとんど読んだはずだが、唯一残っていたのが、本書「風のシカゴ ~シェリダン・ロード物語」 だった。1989年の発刊で、すでに絶版だが、幸い古書で入手できた。

本書は中津先生の、自らの米国留学体験(1960年代前半)の記憶と、その30年後に家族と再訪した印象記である。そして、アメリカ文明への静かな批評となっている。

わたしがはじめて中津燎子先生の「なんで英語やるの?」 を読んだのは高校3年生のときだが、そのショックは今でも覚えている。それまで漠然と感じていた、学校における英語教育への違和感と疑問が、ある部分は見事に解決され、またある部分はより深い疑問に変えられた本だった。

同書の最初の方に、中津燎子先生による英語の最大公約数的な4原則がのっていた。それは、

(1)英語は意思伝達のために存在し、他の言語と対等である

(2)音を重視する聴覚型言語である

(3)英語は腹式呼吸で発声する

(4)自他を明快に分ける思考を土台にしている

の4項目だ。どれも、それまで自分が、あるいは世の中が、無意識に抱いていた前提と真逆なほど違っていた。

(1)は、「英語は国際的エリートの使うカッコいい言語である」という通念と対立する。(2)は、読み書きと文法中心の入試やテストで評価される、英語教育のおかしさを再認識させられた。(3)は、わたし達の日本語のあり方(息の量も小さく口もあまり動かさない)との違いを意識させられた。おまけに、声が相手に届くかどうかを気にしないのだ。(4)の「自他の弁別」という発想は、それ自体、日本文化にはないものだった。少なくとも高校3年まで、そんな視点を考えたことはなかった。

そして、中津先生の根本には、「英語を学ぶことの中心には、異文化理解があり、それには身体的・思考的な訓練を要する」という明快な認識があった。読む・書く・聞く・話すの4技能はいわば手足であって、異文化理解という胴体がなければ意味をなさないのだ。

それにしても、なぜ英語は日本で特別な外国語になったのか?

明治期から、英語教育は外国文化摂取を目的に行われた。英語は先進文明国の言語であり、ことに戦後は日本を占領した戦勝国の言語となった。序列思考の強い日本文化では、最上位に位置づけられた外国語だった。しかも高校・大学の必修科目となり、受験英語の成績がその子の価値を左右することとなった。

おまけに、日本では伝統的に、外国語学は文献学であり、読み書きと文法中心の学習だった。中国語を「漢文」として素読し、古典の訓詁学で受け入れた伝統を忘れてはならない。このおかげで、「読み書き」(受験英語)と実用的会話能力が分離する不思議が生じても、学者先生方はなんとも思わなかったらしい。

いうまでもなく、日本の生活では、英語を必要とするシーンがほとんどない。結果として、話者が少ない。だから学校で習っても、使わないのですぐ忘れてしまう。結果として、全国の教師の需要を満たせるほど、話者がいないのである。当然、教師の側のレベルも理想からは程遠く、おかげで受験産業がビジネスの種にしやすい。

この文章を書いている今日、ちょうど、文科省が大学入学共通テストで英語の民間試験導入を延期した、という報道が舞い込んだ。当然のことに、わたしには思える。そもそも業者テスト導入策の背後には、英会話の能力が「グローバル人材」の必須の要件だ、という愚かな経済界の思い込みがあるように感じる。そこには、異文化理解の能力の低さが、日本経済が海外で競争力を失った最大の要因だという反省が、まったくない。

でも、本書に戻ろう。著者の中津先生は、旧ソ連・ウラジオストク育ちの帰国子女であった。戦中の日本社会に帰国し、非常な苦労をされた。そして戦後、占領軍の電話交換手の仕事を機会に、英語を身に着け、米国留学を志す。

ただ、最初に行ったボストンでの医療技術者の勉強には挫折する(なにせラテン語がまだ必修だった時代なのである)。そこでPlan Bとしてシカゴに移り、商業美術を勉強する。やがて知り合った日本人医師と結婚し、男女二人の子どもを得て、65年に帰国される。

中津先生は帰国後、岩手県で子供のための英語塾を始められるが、後にご主人の仕事の関係で南大阪に移られてからは、英語教師向けの教育をされた。これはとても良いことだったと思う。岩手の小学生よりも、大阪の中学校英語教師のほうが、「なぜ英語を学ぶのか」目的意識がはっきりしている。

本書はその30年後、息子のケンさんと娘のリッツさん(いずれも仮名)と一緒に、米国に向かうシーンから始まる。

はたして30年間に、アメリカは変わっただろうか?

著者がまっさきに思い出すのは、'50年代のアメリカにおける人種差別である。黄色人種である日本人だ、というだけで、下宿探しを始め、あらゆるシーンから静かに締め出しを食う。その頃のアメリカでは、黒人と日本人と白人が、同じレストランのテーブルに座って食事する事など、考えられもしなかった。そういう一行は、入り口できっぱり拒否された。

今は、それができる。では、表立った人種差別は、アメリカから無くなったのだろうか?

だが機内やアメリカ入国の手続きの中で、中津先生は、入管事務所・税関その他、有色人種の多く働く現場では、「いっさいの親切心、サービス精神、気くばりはゼロであること」を見抜く。「屈折した差別の存在するところでは、人々は他に向ける心のゆとりも思いやりもなくなり、不満だけが純粋培養されて固まっていく。」「こうも独特の押し殺した不満顔の人々を見ていると、アメリカは相変わらず『表面規則は平等』であり、『真相部分では差別』という構造が続いているのかもしれない」(P.31)

シカゴは、広大なミシガン湖に面する、風と寒さの厳しい北国の街である。中津先生はながらくシカゴの、シェリダン・ロード界隈に住んでおられた。いわゆる「魅惑の1マイル」(Magnificent Mile)などの繁華街からは、ずっと北にあたる。

この再訪の旅で、かつて家族で住んでいたアパート、子供を生んだ大学病院なども訪れる。そして、かつて歌を習い、一緒に活動指していたエラ・ジェンキンスという黒人女性音楽家とも再会する。彼らの旅のクライマックスは、シェリダン・ロードをずっと北に向かい、かつて見たシベリア風「きのこの家」を再発見するくだりだろう。それはまた、アメリカ生まれで帰国子女だった先生の二人のお子さんにとっても、ルーツ再発見であった。

だが、最後の第3章「ブラック・ホール」になると、本書のトーンはまた沈潜する。たまたまホテル代わりに逗留した老人施設で、著者はシラー老人という元新聞記者と対話する。本書の中で、彼は、ベトナム戦争がアメリカに残した傷跡を、ひそかに代表する人物である。

アメリカはベトナム戦争に負けた。だが、その事実を意識は受け入れがたい。敗北の記憶は、無意識に回って抑圧される。ジャーナリストのシラー老人は、その危険性に気づいている人物だ。だが、明朗な表面とは違い、深く傷ついている人物でもある。そして、彼は孤独だ。それはこの国の人々の抱える、深い孤独感を象徴している。

「アメリカって社会は、何が何でも機会を狙え! という国でしょ?」−−かつての友人レイチェルは、著者にこう語った。「それこそ髪の毛一筋のチャンスでもつかまえて生かす者が最後に勝つわけ。そんなふうに一人ひとりが自分の限界も考えず必死になっているときは、友達どころではなくなるのよ。そしてますます閉鎖的になって、しまいには心が冷凍肉みたいにカチンカチンになってしまうのよ。」「その冷凍ハートの人間は心はカチカチなのに、うわべの表情や行動はやたらに明るく輝いていてさ、目はチャンスを探してギラギラしてるんだ」(P.290-291)

そして、レイチェルいうところの「間抜けな太陽」である著者のところに、そうした冷凍ハートの人間が自然と引きつけられていく、という。「冷凍人間たちは、間抜けな太陽を探すか、麻薬に逃げるか、どちらかしかないのよ。」ここに、もう一つのアメリカの病相がある。

さて、上に述べた中津先生の英語4原則に、「英語は、他の言語と対等である」という項目がある。

この、対等とか、公正とか、権利とかいう概念は、分かりにくい。日本では、それらと「平等」とが、しばしば混同される。日本文化では、伝統的に序列思考と平等原理が強かった。その反動として、今は優勝劣敗の競争原理が全盛を誇っている。だが、アメリカ文化の文脈では、競争はフェアな環境でなされなければならない。

しかも、人の上に立つリーダーや、権力者は、公正でフェアであることが要求される。そうでないと、下の人々が信頼してついてこないからだ。えこひいきをしたり、貢献者を罰したりするリーダーに、誰がついていくだろうか?

これについて、学生アルバイトをこき使う鬼のような雇用主を、著者は思い出す。あるとき、新聞記事でもっとペイの良い仕事を探して丸をつけていたら、その鬼が見つけて「そこはやめておけ」という。あんたは知らないだろうが、そこは売春組織と関係しているからだ、というのだ。そして、「俺は、こういうことは、フェアでありたい」と言い残す。

「ソ連も日本も、ともに『フェア』という概念や発想を持っていなかったように思う。」(P.301) だが、アメリカは私に対してフェアであろうとすることを教えてくれた、と著者は書く。アメリカ社会の深い断面を活写した後、最後に、でも大事なことを教えてくれたから好きだ、という。それは中津先生が、自分もアメリカに対してフェアでありたい、と考えたからだろう。

本書は、だから、著者・中津燎子先生と家族による、アメリカとの和解の書でなのである。

<関連エントリ>

 →「書評:『英語と運命』 中津燎子・著」 (2014-06-08)

 →「国際人として最低でも守るべきたった一つのルール『ありがとう』と家族に対してでも言う」 (2016-09-11)


by Tomoichi_Sato | 2019-11-02 20:12 | 書評 | Comments(0)

書評:「超予測力」 フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー著

超予測力」 フィリップ・E・テトロック&ダン・ガードナー(Amazon.com)


「イタリアは今年末までに債務再編ないし債務不履行(デフォルト)をするか?」
「欧州の調査機関は、故アラファト議長の遺体から、通常より高濃度のボロニウムを検出するか?」
「ロンドンの金価格は半年以内に1oz $1,850を超えるか?」
「今後8ヶ月以内にエボラウィルスの発生を報告する国は何ヶ国にのぼるか?」

こうした未来予測に関わる問いは、経済や政治や環境に対して、いずれも重要な影響を与える問題だ。だから普通は、その分野の専門家に、回答をたずねる。だが、えてして専門家も、「可能性はありますが・・」といった曖昧な語尾をつけて、明言を避けることが多い。

専門家の未来予測が案外頼りにならない、という話だったら、「さもありなん」と感じるだけだ。ところが、こうした広い範囲に渡る問題について、各分野の専門家連中をはるかに上回る、正確な未来予測のできる人たちがいると聞いたら、驚かないだろうか。著者は、こうした『超予測者』が存在することを、初めて見出し、研究としてまとめた。その成果が、この本だ。

では彼ら『超予測者』は、どういう能力を持った、どういう職業の人たちなのだろうか。じつは、ほとんどが市井の無名の一般人だった。だが彼らは、いったい全体、その驚嘆すべき予測能力を、どのようにして身につけたのだろうか?

これは、未来予測についての本である。昨年、わたしは仕事の関係で、2030年頃をターゲットとした長期予測に関する本を、何冊も集める必要があった。公的機関・メディア・有名無名のシンクタンク・・さまざまな未来像を読んだが、本書はその中で、最も面白かった一冊である。

「企業経営者、政府高官から一般人まで、有効性や安全生の確認されていない得体の知れない薬なら絶対に飲まないが、こと予測については行商人が荷台から出してくる不老不死の薬と同じぐらい怪しいものでもさっさと金を払う」と、著者は言う。だが、それはこれまで、諸専門家による未来予測が言いっ放しで、だれも結果を採点し公平に評価しなかったからだ。

著者のテトロックは、意思決定に関わる社会心理学の研究者で、ペンシルバニア大学経営学部の教授だ。ノーベル経済学賞を受賞した、著名な行動経済学者ダニエル・カーネマンとも親交がある。彼が米国政府のIARPA(情報先端研究計画局)の資金を得て研究したテーマが、「未来予測能力の客観評価」であった。

周知の通り、米国のインテリジェンス・コミュニティ(CIA・NSA・DIAなど情報機関と関係者の総称)は、2002年に「サダム・フセインのイラク政府が大量破壊兵器を保有している」と報告した。CIA長官のテネットは、これを「スラムダンク」(確実)だ、とまで表現した。その報告を元に、アメリカはイラク戦争を起こした。だが知っての通り、戦争という大きな犠牲をはらってイラク全土を探したが、結局、大量破壊兵器保有の証拠は見つからなかった。

この結果、米国情報機関の官僚組織の威信は、根底から揺らいだ、という。2006年、政府内に「情報先端研究計画局」(IARPA)が発足する。略称はもちろん、インターネットの生みの親であるDARPAを意識してとったものだ。そして、アメリカ学術研究会議(NRC)に、情報分析に関する先端研究を依頼する。

彼らは、「チュニジア大統領は来月亡命するか?」「H5N1型インフルエンザで今後6ヶ月間に中国で10名以上の死者が出るか?」といった共通の予測問題に関する、複数研究者間でのトーナメントを提案した。それは2010年から4年間かけた、大規模研究プロジェクトであった。そして彼は一般人のボランティアを募って、普通の人の予測能力向上について調べようとした。だが、こころで驚くべき発見をする。

著者テトロックの研究チームに応募したボランティアの一人が、ダグ・ローチという初老の引退したプログラマだった。民間人の彼は、一切の機密文書を読める立場にないのに、豪華な執務スペースと給料をもらっているベテラン情報分析官たちさえ、全く太刀打ちできないほどの好成績を収めたのだ。彼の予測能力を示す「ブライアー・スコア」は0.14で、驚異的だった。

ちなみにブライアー・スコアBSの定義とは、次のようなものだ(英語版Wikipediaによる ):

 BS =(予測確率 − 実測値)の2乗の平均値

ここで実測値は、発生したら1、発生しなかったら0とする。この定義では、スコアは小さいほど予測として優秀になる。百発百中の正解の場合、スコア=0となり、逆にすべて外れた場合、スコア=1である。五分五分(当てずっぽう)だったら0.25。

天気予報が降水確率30%と予測して、本当に雨が降らなかったら、その回のBS=0.09だ。逆に外れたら、0.49になる。ただし、本書ではなぜか、上の定義を2倍した数値を使っている。だからダグ・ローチの年間スコアが平均0.14(上記の計算式なら0.07)というのは、百を超える難問に対し、次々正確に回答し続けたことを示している。

未来予測というのは、専門家でもしばしば間違える。たとえば有名な例では、2007年4月、マイクロソフト社CEOバルマーは、「iPhoneがいずれ注目に値するほどの市場シェアを取ることなどありえない。可能性ゼロだ」と予測した(p.69)。

どうしてこういう間違いをするのか。それは、専門家といえど、さまざまな判断へのバイアスが入るからだ。たとえば、自分の政治的信念だったり、経済学的な学説(仮説)である。強い信念を持つ人は、昔話のハリネズミに似て、主張もはっきりしているが、事実の変化をなかなか柔軟に受け入れない。

だから著者の調査によると、政治予測でも経済予測の分野でも、「(メディアでの)知名度と、正確さには逆相関が見られた。有名な専門家ほど、その予測の正確さは低かった」(p.102)。なぜなら、メディアは「ハリネズミ型」の、自説に固執するタイプの専門家を好んで使うからだ。

では、超予測者たちは、どんなタイプの人間で、どのようにして困難な問題の確率を推算するのか。彼らは聡明だが、知能テストでみると別に天才ではない。数字に比較的強いが、現代数学に精通している訳でもない。情報通でもニュースオタクでもない。つまり、知的だが、普通の人間なのだ。

ただ、彼らは予測問題に取り組む際に、複雑な問題を比較的取り扱いやすい小問題に分解する。たとえば
「故アラファト議長の遺体から、通常より高濃度のボロニウムを検出するか?」の問いを、超予測者のひとりであるフラックは、こんな風なステップに分解して考えた:

(1) 減衰の速いボロニウムを、本当に数年前の遺体から検出できる方法はあるのか?
(2) ボロニウム陽性の結果が出るほどアラファトの遺体が汚染されることがありうるか?
(3) イスラエルはボロニウムを保有ないし入手できたか?
(4) イスラエルは大きなリスクも厭わないほどアラファトの死を望んでいたか?
(5) イスラエルにはボロニウムをアラファトに守る手立てがあったか?

あるいは、フランスの風刺新聞社シャルリー・エブドがテロに襲われる事件があった直後、IARPAは「今後70日間にフランス、イギリス、ドイツ、など欧州主要8カ国でイスラム過激派によるテロは起こるか」という問題を出した。

これに対し、ログという超予測者は、こうした。まず
(1) 過去5年間で対象8カ国に何件のテロ攻撃があったか?
を調べて年平均1.5回という数値を得た。しかし
(2) 近年はISによる影響が増大し、件数は増大傾向にある
(3) ただ同時に、各所でセキュリティ対策が大幅に強化された
ここから、基準値の年間テロ件数を1.8とする。対象期間は70日だから、発生確率は34%となる、と推定した。

ただ彼は、この予測を仲間に公開し、チームメイトの意見も聞いている。もっと多くの視点を取り入れようとしたのだ。そして超予測者は、自分で立てた予測値を修正することを厭わない。そして、たとえネットで接触するだけのバーチャルチームであっても、超予測者にはチームが有効だった。彼らの「スーパーチーム」の予想は、予測市場のそれをも上回った(p.266)。経済学者がいう、「市場は何でも知っている」というテーゼより、超予測者たちの方が上手だったのだ。

ちなみに超予測者は37%とか4%とか、非常に目の細かい予測値を出す。「彼らの予測の、ゆうに三分の一は1%単位である」(p.191)。そして、その数値を、新たな情報を得るに従い、小刻みにアップデートしていく。これが超予測者に共通するやり方だ。

なお、「ただ一度だけの出来事に、本当に『確率』を言えるのか? 確率とはサイコロ投げのように、繰返し試行での割合をいうのではないか」と、疑問を感じる読者もおられるかもしれない。上記のようなケースでいう確率とは、ベイズ推計における『主観確率』である。ただ、主観だからいいかげんで理論化できない、ということではない。主観確率は「命題への信憑性」を0〜1の範囲で与える、という形をとり、その上にも厳密な確率理論を立てることができる。

一般にプロジェクトにおける確率推計(とくにリスク確率のアセスメント)では、主観確率を扱っている訳である。「このプロジェクトの受注確率は」と論じる場合、それはベイズ推計の議論なのだ。

わたしは以前、著書の中で、計画立案という仕事を次のような式で定義した:

 計画=予測+意思決定

計画を立てるには、その基礎として、予測が必要なのだ。ただ、砲弾の着地点予測と違って、ビジネスや市場の世界における予測問題は、複雑である。そして信念だの希望的観測だのが、まぎれこみやすい。だから、ちゃんとした未来予測の手法論を学ぶことが、絶対に重要だ。

だから、この本に価値があるのである。巻末にある「超予測者をめざすための10の心得」を読むだけでも、価値がある。実際、トーナメント参加者にこの心得を読ませたところ、その後1年間の予測の正確性が10%向上したという。

もちろん、どんな予測を立てても、絶対に当たる、ということはない。では、予測や計画など意味がないのか? それについて、著者はアイゼンハワー元米国大統領の言葉を引用している(p.312)。軍人だった彼はかつて、こう語ったそうだ。

「計画は役に立たない。だが計画を立てるプロセスは絶対に必要だ。」



by Tomoichi_Sato | 2019-05-08 07:45 | 書評 | Comments(0)

書評:「菊と刀」 ルース・ベネディクト著

平凡社ライブラリー「菊と刀」 (Amazon.com)

昨年読んだ中で、インパクトのあった本のTOP 3を挙げろ、と言われたら真っ先に挙がるのが本書「菊と刀」であろう。1946年に刊行された日本文化の研究書であるが、未だにその輝きを失っていない。むしろ今日、現在の日本の姿を念頭に置いて読むと、いよいよその切り口の鋭さと洞察の見事さに驚き、感動さえ覚える。

「合衆国がこれまで総力をあげて戦ってきた敵のなかでは、日本はいちばん異質な相手だった。」−−本書は、こう始まる(p.9)。文化人類学者である著者ルース・ベネディクトは、1944年6月に、米国戦時情報局(OWI)からの依頼で、日本文化について研究する任務を与えられた。

'44年(昭和19年)6月といえば、日米開戦後2年半が経ち、すでに戦局は大きく米国側に傾いていた時期である。米国はすでに戦争の最終段階と、その後の占領政策について考え始めていた。(日本は)「本土に侵攻しないでも降伏に応じるだろうか? 皇居空爆は断行すべきだろうか?・・日本人はいつまでも軍政下に置いておかないと大人しくできない民族なのか? わが軍は、山岳地帯のありとあらゆる天然の要害に閉じ籠り、捨て鉢な徹底抗戦を繰り広げる日本兵を相手に、戦闘をする覚悟をしなければならないのか?」(p.12)・・これが、彼らの直面した問いだった。

この問題に取り組むにあたり、文化人類学者に研究を依頼する、というのがアメリカ人らしいアプローチであった。異質な相手と取り組むには、その思考と感情の習慣を、科学的・客観的に理解しなければならない。これが西洋流の合理思考だ。

しかし、当然ながらルース・ベネディクトの仕事は困難を極めた。何より、文化人類学の基本は、フィールドワーク調査にある。戦争中の相手だから、当然それはできない。彼女は代わりに、米国内にいる日本人・日系人へのおびただしいインタビューと、先行研究の徹底サーベイによって乗り切った。現地・現場・現物に接することなく、知性はどこまで異文化を理解できるのか。本書はその精髄である。

『菊と刀』とは、「日本文化=恥の文化、西洋文化=罪の文化」という二項対立的な図式で日本を論じる本だ−−そう信じている論者は、今も多い。恥の文化とは、他者の目を意識して自分の行動規範とする、いわば他律的な文化であり、一方キリスト教を背景とした西洋文化は、絶対的な善悪の基準によって行動規範を持っている。だから西洋は日本よりも優れている。そういう主張の本だ・・という風に誤解しているようだ。

いや、正直に言おう。わたし自身、そう思い込んでいた。だが、そういう人は、この本をちゃんと読んでいないのだと、思い知った。「恥の文化」という有名な言葉は、分厚い本書の後半になって、それも日本人論ではなく一般的概念として、初めて出てくる。それまではもっぱら、「忠」「孝」「義理」などが日本人の人生観を支配している、という話が続く。特に重要な要素として、「」の感覚が詳しく記述される。

「日本人にとっては、恩の返済こそ徳目なのだ」(p.143)。これは、無償の愛で他者に恩を与えることが徳目とされる米国の倫理とは、随分異なっている。また中国では最高の徳目である「仁」(親や支配者が示す博愛)は、日本では無法者の道義に堕ちている。ベネディクトは、日本人における恩を、一種の貸し借りとして、いわば貸借対照表のように理解できる、と説明する。そして恩の返済に関連して、「義理」が登場する。

恥の文化という概念が登場するのは、汚名をすすぐ、そして自重する、といった徳目に続く章においてだ。「西洋人は、因習への反逆や障害を乗り越えて幸せをつかむことを、強さの表れと考える傾向がある。しかし日本人の見解では、強者とは個人的な幸福を顧みず自らの義務を全うする者のことである。」(p.254)

このような強い自制心への方向づけは、いわゆる罪と罰の概念による行動規制とは別物だ。それゆえ、日本人は、「この世は善悪の闘争の場」などではないと考え、「人間の生活では肉体と精神という二つの力が互いに相手を凌駕しようと絶え間無く争っているという西洋の人生観」(=非常にピューリタン的な人生観)とは無縁だ(p.232)と、著者は驚く。

ただし、彼女は単純に米国と日本を対比して比較評価している訳ではない。あくまで文化人類学的な相対主義の立場に立って、日本文化を多面的に理解しようとしている。例えば中国文化との相違点もいろいろと書かれている。忠孝の概念は中国から来た。だが、中国の祖先崇拝と大家族主義の元では、伯父や伯母への関係も「孝」であるが、日本では普通「義理」にすぎない。日本人の祖先との結びつきは、せいぜい3世代さかのぼる程度であり、むしろフランスの家族制度に近いという。

もう一つ、ルース・ベネディクトが日本の重要な価値観として指摘するのは、階級序列の感覚である。個人は誰もが社会における(あるいは家族内における)序列のいずれかに位置し、その場所に応じて、果たすべき役割と義務、享受すべき権利と責任を与えられる。彼女はこれを、教育勅語の中にある「各々其ノ所ヲ得」という言葉で象徴させている。

「日本人を理解しようとするならばまず、彼らのいう「各々其ノ所ヲ得」ということが何を意味するかを考えてみないといけない」(p.60)。日本では、上位者に対して下位の者は礼儀に従ってお辞儀をし頭を下げる。「頭を下げる方は、相手が自らやりたいことを好きなようにやる権利を認め、その代わり頭を下げられた方は自分の『其ノ所』にともなう責任を受け入れる」(p.67)。この秩序を守ることが、日本人にとって安全の重要な要件なのだ。

そして日本人は、「国内ばかりか、国際関係における諸問題まで、彼らなりの階級序列との関わりで見てきた」(p.60)。かくて、八紘一宇というスローガンのもと、日本を頂点とした東アジア秩序概念を輸出しようとしたことが、日本の破滅のきっかけとなったのだ。真珠湾奇襲の当日にも、日本は米国のハル国務長官に、同じ言葉遣いで「惟フニ万邦ヲシテ各々其ノ所ヲ得シメ」るのだと伝えた。その無礼な主張に、多くの国は憤慨した。国々は互いに対等であるべしというのが、世界的な常識・通念だからだ。

ところが「日本の将兵は、占領した国家で住民に歓迎されないといっては、その都度いつまでも驚愕を繰り返した」(p.118)。其ノ所の感覚が、日本以外では通用しないことを知らなかったのだ。

さて、ルース・ベネディクト達にとって特に問題となったのは、日本人の戦争の勝敗に対する感情である。日本の軍隊は、簡単に降伏しない。「西洋国家の軍隊では、兵力の四分の一から三分の一が戦死すれば、軍隊が降伏するのはほとんど自明の理となっている」のに対して、「ホランディアで初めて相当数の日本兵が降伏した時、投降の割合はおよそ戦死5に対して降伏1だった」(p.55)。

これほどまでに頑強に抵抗し、しかも、赤穂四十七士による主君の仇討ちの物語を大切にする日本人たちは、たとえ戦場で米国に敗北しても、その後ずっと怨念を抱き復讐を誓う存在であるように思われた。

ところが驚いたことに、一旦降伏を受け入れるや否や、日本軍の「古参兵や長年の国粋主義者が、味方の弾薬集積地の場所を探し出し、日本軍の配置を念入りに説明し、わが軍の宣伝文を書き、わが軍のパイロットと爆撃機に同乗して軍事目標まで導いたりした」(p.58)のである。こうした「敗北した日本人の180度の方向転換は、アメリカ人には額面通り受け取ることが難しい。私たちにはそんなまねはできないからである」(p.213)。彼ら日本兵は、「鬼畜米英」を放逐し、「東亜新秩序」を打ち立てるという大義のために、命を懸けて戦ったのではなかったのか?

だが、そうではなかったのだ。そして、このような敗北後の180度方向転換は、別に太平洋戦争の特殊事情ではなかった。同じことは幕末時代にも起きた。薩英戦争に負けた薩摩藩、下関戦争に負けた長州藩は、いずれも「英国に永遠の復讐を誓う代わりに、英国との友好を求めたのである。その相手から学ぼうとしたのだ」(p.215)。もっとも先鋭的な尊皇攘夷の藩だったはずの薩長の、この変貌は、現代のわたし達自身にさえ、なんだか奇妙に思える。

しかし、それこそまさに「各々其ノ所ヲ得」という日本人の序列感覚が生んだ現象だと、ベネディクトは説明する。太平洋戦争に負けて、日本人は「アメリカ当局を自分たちの国における階級序列の最高位として受け入れた」のだった。「日本人は、持てるすべてを一つの行動方針に投入し、それに挫折すると、別の行動方針を採用する。・・それはあたかも、人生のページを真新しくめくったかのようだった。」(p.58-59)。

逆にいうと、日本人は何かの絶対的な観念や哲学に従って行動するのではなく、常に相対的な序列に応じて、実利的に行動するのだ。それこそまさに、善悪の絶対基準による罪の文化ではなく、名誉を基準にした恥の文化のパターンが示す行動規範である。

なお、翻訳について一言いっておきたい。訳者の越智敏之・越智道雄(どちらも大学教授で、父子と思われる)は、丁寧かつ手厚い翻訳を行なっているが、しかし同時に本書が「数多くの事実誤認を含む」として、詳細な、ほとんど教師が学生のレポートを添削するがごとき訳注を付している。一例を挙げると、生麦事件が薩摩藩内で起こったかのように書いているのは、確かにベネディクトの誤りに違いない。しかし、生麦という小さな町が神奈川県にある、と知っている日本人は何割いるだろうか。また、「ビルマ」に訳注をつけて「今日のミャンマーをさす」と書かないと、読者は分からないと考えているらしい。いささかお節介にすぎると思われるのだが。

ともあれ、それなりに読みやすい新訳で出されている本書は、日本人が日本を理解する上で、必須の文献であると改めて思った。ルース・ベネディクトは、決して勝者米国の人間として、日本文化を裁いて見下すような書き方はしない。彼女はプロの文化人類学者であり、文化の相対論者である。だがそれ以上に、本書を通して感じられるのは、研究対象である日本への、率直な驚嘆と愛情である。

そして驚きと愛こそ、異文化理解の最大の原動力なのだ。



by Tomoichi_Sato | 2019-02-06 23:15 | 書評 | Comments(0)

書評:「センス・オブ・ワンダー」 レイチェル・カーソン著

珠玉のような、という形容詞は,この本のためにあるのだろう。

少し前、久しぶりに熱を出して数日間寝ていたとき、病床でこの本を読んだ。小さくて薄く、持ちやすい装丁。活字は少なく、美しい自然の写真にあふれている。ベッドの中、熱に浮かされた頭で、ポツリぽつりと読み継ぐのにちょうど良かった。そして、疲れていた心も、静かに慰められるようだった。

「ある秋の嵐の夜、わたしは一歳八か月になったばかりの甥のロジャーを毛布にくるんで、雨の降る暗闇のなかを海岸へおりていきました。
 海辺には大きな波の音がとどろきわたり、白い波頭がさけび声をあげてはくずれ、波しぶきを投げつけてきます。わたしたちは、まっ暗な嵐の夜に、広大な海と陸との境界に立ちすくんでいたのです。
 そのとき、不思議なことにわたしたちは、心の底から湧きあがるよろこびに満たされて、いっしょに笑い声をあげていました。」(P. 7)

・・この本は、こんなふうに始まる。著者のレイチェル・カーソンは海洋生物学者で、著名な作家だ。自然を深く愛した彼女は、米国の最北東端メイン州の海岸にある、小さなコテージ風の別荘に、毎夏数ヶ月を暮らしている。そして、幼いときに母を亡くした小さなロジャーと共に過ごした時間を、この短いエッセーにまとめた。

R・カーソンといえば、『沈黙の春』(The Silent Spring)が有名だ。1962年に出版されたこの本は、人間の文明活動が、見えぬ間に引き起こす環境破壊について、史上初めて、明確な形で警鐘を鳴らし、ベストセラーとなった。環境問題はその後、公害反対やエコロジー運動と結びついていくのだが、彼女自身には別に活動家という意識はなかった。ただ彼女は、自然を愛していただけなのだ。

“The Sense of Wonder”が、本書の原題である。定冠詞のtheがついている。それは、誰もが知っているはずの、あるいは知りうるはずの、ものである。「センス・オブ・ワンダー」という言葉は、SFなどの評論でよく使われたりもした。読者に驚異の感覚を与える、という程度の意味だ。でも本書では、

「センス・オブ・ワンダー = 神秘さや不思議さに目を見はる感性」

との意味で使われる(P. 23)。それは対象が自分(読者)に働きかける力ではない。自分から、対象に感じ取るべき能力、自分の中に育てるべき感受性のことを指している。目で見る視覚だけでなく、鳥の声や虫の音を聞きとる聴覚、いつまでも自分の中に忘れ得ぬ経験として残る嗅覚、ふかふかの苔の絨毯を踏んで走り回る触覚など、五感のすべてを動員して、気づき、受け入れる力だ。こういうセンスを、すべての大人達が持ってほしい、そして子どものときから育んでほしい、と著者はいう。

自然についての知識、たとえば鳥や木々の名前を知ること、星の巡りや潮の満ち干の法則を理解することは大事だ。だが彼女は、「『知る』ことは『感じる』ことの半分も重要ではないと固く信じています」(P. 24)と書く。

『美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、思いやり、憐れみ、賛嘆や愛情などのさまざまな感情がひとたびよびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます」(P. 26)

これを読むと、著者のレイチェル・カーソンが(書いたときは50代に入る頃だったはずだが)、いかに深く豊かな感情を心に抱いていたかが、よくわかる。感情とは、人の心の中の資源である。それを掘り起こして、価値あるものに実らせるかどうかは、生きることの質に大きくかかわっている。

そうした感覚を育てる最良の教師は、自然とふれあうことだ、というのが著者の信じることだ。これは米国のナチュラリストの系譜に通じる考え方だろう。米国はきわめて人工的な文明を発達させた国だが、その一方で、手つかずの自然の美を大切にするナチュラリスト達の、細いけれども絶えざる流れがある。彼らの存在が、現代アメリカ文化に、ときおり細やかな陰影を与えている。

そして著者は、ナチュラリストの感性を、美しい言葉のつらなりに表現する才能に恵まれていた。ほとんど散文詩のように書かれた本書は、その結晶であろう。『沈黙の春』完成後、すぐ56年間の生涯を閉じたレイチェル・カーソン晩年の遺稿をまとめたのが、本書「センス・オブ・ワンダー」であった。

自然は驚くべき優しさをもって、小さな子どもや、傷つきやすく疲れた人びとの魂を癒やしてくれる。そういう彼女の信条を歌い上げた、最後の絶唱が、この本だ。憂うつなとき、ひどく疲れていると感じたときに、手にとって読むことをおすすめする。写真もとても美しい。


by Tomoichi_Sato | 2018-11-17 15:24 | 書評 | Comments(0)

書評:「デザインのデザイン」 原研哉・著

デザインのデザイン」 原研哉・著 (Amazon.com)

美ということについて考え直したくて、本書を手に取った。信頼する職場の友人が勧めてくれた本でもある。そして事実、読む価値のある本だった。

普段のわたしは、美とは縁遠いところで仕事をしている。別に醜いものを作っているという意味ではなく、機能だとか効率だとかコストだとかいった尺度でもっぱら測られる業務、という意味だ。

それでもエンジニアリングという仕事に携わっている以上、『設計の品質』という問題にもしばしば、直面する。設計は英語でDesignである。だが、デザイナーと設計者は、日本語では違う。どこの何が違うのだろうか。設計という営為には、「サイエンス」の面と「アート」の面がある。では、工業設計におけるアートの面とは、何だろうか。それは品質と、どう関わるのか。

さらにいうと、マネジメントという仕事も、サイエンスとアートの両面を持つ、といわれる。日本ではマネジメントに科学があるという観念自体が薄いので、こういうことを言うのは主に欧米人である。ただし英語の”Art"という言葉は、日本語の「アート」や「芸術」よりもずっと守備範囲が広くて、やり方という意味もある(だから、いわゆる芸術をさす場合はあえてFine artと限定詞をつける)。だがもちろん、artは美と強く関連づけられた概念である。

マネジメントは意思決定の連続だ。ところで、人が何かを決めるときは、その人の価値観にしたがう。では、人間の価値軸には、どのようなものがあるのか? もちろん、ビジネスでは損得が真っ先に来るだろう。あるいは、ライバルとの競争では勝敗(序列)も大事だ。社会的な意識の高い人は、善悪にもこだわる。研究者なら当然、真偽も重要だ。さらに誰だって、好き嫌いというものもある。

損得、勝敗(序列)、真偽、善悪、好き嫌い・・そして、美醜。もまた、人間の価値観の大切な要素だ。損得や勝敗で決めているように見えて、じつは美意識(=美学、美に関する価値観)にしたがって動く人びとが、意外に多いのではないかと、最近のわたしは考えている。分かりやすくいうと「カッコよさ」である。

損得・勝敗・真偽・正邪などは、合理的にほぼ説明可能な基準だ。そこには一応の客観性がある。しかし美醜の判断基準は、個人差が大きい。美醜は合理性からは遠いのだ。

わたしたちが商品、とくに高額だったり身につけて大切にする商品を選ぶ場合、その機能(使用価値)の他に、美しさ(美的価値)も大事な判断材料になる。たとえばスティーブ・ジョブズは、そうした点にこだわった人だった。でも、商品における「美しさ」とは、何なのか? 設計とデザインは別のことなのだろうか。「デザイナー」とは美大の教育をうけた人のことか。工学部を出た人は「エンジニア」だが、工学部の教育に美学論は不要なのか? ・・疑問はつきない。

本書の帯には、「デザインを分かりたい人達へ。」とある(プロダクトデザイナーの深澤直人氏の推薦文)。そして本文は「デザインを言葉にすることはもう一つのデザインである」と、はじまる。これは、まさにそうした問いに向き合う本なのだ。

「21世紀を迎えた現在、テクノロジーの進展によって、ものづくりやコミュニケーションにおける価値観がゆらいでいる」(P.1)。ここではまず、デザインとは「ものづくりやコミュニケーション」のためにある、という主張がある。

「デザインの発生は、社会思想家のジョン・ラスキンやウィリアム・モリスの思想がその源流と考えられている。その源流を辿ると150年ほど前にさかのぼる。」(P.3)と、著者はまず歴史を振り返る。それはちょうど、産業革命時代の英国だった。「生活環境を激変させる産業の(機械的量産)メカニズムの中に潜む鈍感さや不成熟に対する美的な感受性の反発、これがまさに『デザイン』という思想の発端となったのである」(P.4)

そのあとデザイン史は、モダン・デザインに進んでいく。そして、その行きすぎに対抗して、ポストモダンの運動がでてくるのだが、「ポストモダンはデザイン史の転換点にはなり得ていない」(P.18)と著者はいう。

そして著者自身が中心的に関わった「リ・デザイン展」や「デザインの原形展」、そして田中一光から引き継いだ無印良品に、話は続いていく。例となる写真も多く、どれも内容は非常に面白い。

だが、相変わらず分からない点も多い。一番、自分のような技術者との違いを感じるのは、「美」が最初から、仕事の目的意識に、無条件にある点だ。その違和感は、読み続けても、なかなか消えない。

わたしがたとえば蒸留塔を設計する場合、段数とか、内径とか、温度圧力材質などを決めていく。そこで「美」が前景化することはない。デザイナーと、なぜそこが違うのか。

「デザインは問題解決である」という言い方は、時々見かける。だが、これも奇妙な定義だ。技術者だって、問題解決はしている。そればっかりの毎日だと言ってもいい。でも、美とは疎遠である。

美の概念は、ふしぎと数学の問題解決には使う。「エレガントな解法」「美しい方程式」など。でもそれ以外の理学では、あまりお目にかからない。

デザインという言葉は、ふつう音楽の作曲にはつかわない。たまに「音のデザイン」と形容してみることはあるが。詩や小説など文芸創作にもつかわない。言語(概念)操作による問題解決(法的解決や哲学など)にも、ふつうは使わない。

こうして考えてみると、デザインとは「形をつかった問題解決」であることに気がつく。

工学では、具体的な創造物(人工物)に対して、美の概念が立ち現れることはある。タービンのブレードとか、住宅建築とか、ジェット機の翼とか。どれも形による問題解決だからだ。宮崎駿の映画「風立ちぬ」で、主人公のエンジニアが、食堂で魚の骨をとりあげて、その形状の美しさに感心するシーンがあった。航空工学では、「形」は力学的構造と機械的機能の両方を満たさなければならない。機能と構造の結節点に「形」がある。

形といっても、物質的なものでなくてもいい。組織図もその一例だ。良い組織デザインという言葉には、違和感は少ない。

「デザインは『形と機能の探求』という理想主義的な思想の遺伝子をその営みの内奥に抱えており、経済というエネルギーで運動しながらもクールな求道者のような一面をも維持してきている」(P.23)と著者はいう。なるほど。

さらに著者は、「デザイナーは本来、コミュニケーションの問題を様々なメディアをどうしたデザインで治療する医師のようなものである」(P.204)ともいう。コミュニケーションは、聴覚、視覚、触覚など五感を通じて人に働きかける。理知のほかに、感覚の路を通る。感覚路を設計するのも、デザイナーの仕事なのだ。

さらに著者は、「あったかもしれない万博」として、没になった愛知万博の初期計画に関して、こう語る。

「古来より日本人は、叡智は自然の側にあり人間はそれを汲み取って生きていると考えてきた。これは人間を神の視点に近いところに位置づけて、叡智を人間の側のものとし、荒ぶる野生としての自然を人間の知性で制御しようとした西洋的な思想風土とは異なる発想である」(P.179)
「中心に人間を置いて世界に向き合うという西洋的な発想は、生きる主体の意思と責任を表明する態度であり、それなりに説得力を持ってきた。」(P.179)

だから日本のデザインは西洋のそれとは異なる解決を提供する事になるはずである、と。

それは分かるが、この本を読んでいくとデザイナーという人種には、奇妙な被害者意識と不思議なエリート意識のないまぜになった感覚がある事に気づく。これはなぜだろうか。

文明は人間に利便性をもたらし、文化は人間にアイデンティティを与えるシステムである。文明の仕組みは、標準化・規格化・単純化を志向する。大量生産は文明の生み出したものだ。しかし、アイデンティティの基礎は、他者との違い、差別化である。

規格化され単純化されたものにも、「美」はありうる。ただし、人間の感受性は、繰り返しに対して鈍感になっていく。最初は美しいと感じたものも、次第に見慣れて、当たり前になっていく。だから、本質的に「美」は差別化と個別性を志向する。ただ、それは、あまり経済的ではない。美は贅沢の要素である。

巨大化した文明は、その歯車の中に、美を作り出すデザイナーを取り込もうとする。とくに「高級感のある商品」に、美は不可欠である。商品には使用価値(期待する機能を満たす程度)の他に、美的価値(感覚的なよろこびを与える程度)も、確かに持ちうる。

しかし、それは美を、商業の目的(損得の価値基準)に従属させようとする動きだ。美醜は損得とは独立した価値だと信じ、とくに美に殉じたいと願う人達には、屈辱である。

構造と機能を取り結ぶのが、「形による問題解決」としてのデザインだ、と先ほど書いた。文明の持つ普遍性と、文化的な個別性の狭間で、両者をなんとか調和させようともがいているのが現代のデザイナーなのだ。それを知ることができただけでも、本書を手に取る価値はある。


<関連エントリ>
 →「映画評:『風立ちぬ』」 https://brevis.exblog.jp/21064033/ (2013-09-14)


by Tomoichi_Sato | 2018-10-08 22:04 | 書評 | Comments(0)

書評:「アンナの工場観光」 荻野アンナ・著

アンナの工場観光 」(Amazon.com)

1993年。日本がまだ、バブル経済後の余熱の中にあった頃である。全国の新聞社に記事を配信する共同通信社は、芥川賞をとった新進気鋭の作家・荻野アンナに依頼して、月1回「アンナの工場観光」なる記事を書いてもらうことになった。ごくお堅い「工場」と、お遊び気分の「観光」という、ある種、相反する二語をワンセットでタイトルに掲げるあたりが、この作家の稚気の表れだろう。ともあれ、編集部の小山さんと、イラスト担当の影山女史との3人コンビで、毎月全国の工場を見学して回ることになる。

本書は、その取材を元にあらためて書き下ろした、かなり笑える楽しい連続エッセイである。そして、笑いのかたわら、25年前の日本の製造業の姿、考え方、そして社会のあり方が透かし模様のように、見事に見えてくる。第一級のルポルタージュでもある。

「試供品、もらえないかしら。」−−最初の工場見学先が決まると、さっそく著者はこう、所望する。それもそのはず、記念すべき第1回は、東京王子にある大蔵省印刷局・滝野川工場であった(組織名は全て当時のまま)。もちろん、お札を製造する工場である。ちなみにコインを作るのは造幣局で、お札は印刷局になる。この工場で、年間33億枚製造されるお札の、ほぼ1/3を印刷している。彫刻技師による原版のデザイン、つまり製品設計も行っている。

工場見学の最初に、紙幣印刷工場を選んだのは、とても慧眼の選択であったろう。典型的な量産型工場だ。二階建てアパートくらいに見える、特製の「ドライオフセット凹版印刷機」で、1ロット500枚ずつ、製造される。そして、厳しい品質管理が要求される。人による目視検査もある。量産だが、すべてにシリアルナンバーを印字し、トレーサビリティを記録しなければならない。そして模造が困難であるような、高度な製造技術が要求される。まことに当時の日本製造業を象徴するような、工場ではないか。

工場の人は、製造した紙幣を「お品」と呼ぶ。そして、できた1万円札を、1枚22円で日本銀行に売る。まあ、ほぼこれが製造原価だと思えばいい。製品としてのお札の寿命は、わずか2〜3年である。市中のお札が銀行経由で戻って日銀を通過する際に、自動監察機でより分けられ、古いものは廃棄されるのだ。ともあれ短い時間の見学で、お札の世界の良品とは、目に美しく、偽造が困難であることだと、著者は本質を喝破する。

この調子で、著者の一行は、全国12箇所をめぐる。京都のマネキン工場、静岡・袋井のポーラ化粧品工場、相模原の特殊自動車(霊柩車)工場、横浜の小さな煎餅工房、山形のシャンパンワイナリー、岩手県一関市・富士通ゼネラルのワープロ工場(あの時代には専用ワープロという商品があってかなり売れていたのだ)、東京池上の食品サンプル工場(デパートの食堂の店頭に飾ってあったりした、あのロウ細工である)、三重県松坂の養豚場、名古屋の三菱重工宇宙ロケット工場、山口・宇部の制服工場、そして最後は目黒清掃工場である。

ややB2C系の、消費財製造の分野に偏っているきらいはあるが、それでも良い目配りだ。お金の工場からはじまって、最後にゴミ処分工場に終わる、という構想もなかなか気が利いている。そして、どれも非常に面白い。

目黒の清掃工場では、「こちらでは何が原料で何が製品にあたるのか、考え出すと頭が痛い」(P.308)と書く。だよね。ゴミを燃やして出た煙から有害物質を除去するため、「まずは冷却し、ススとチリを取ってから、水で洗う。煙の水洗い。まさに煙に巻くような技術である。」(P.316)。だから巨大な煙突からは、無色透明な煙(?)だけが外気に輩出されていく。

この工場は、収集したゴミを原料に、千度近い焼却炉で燃やし、熱や電気という「製品」にかえる。そして、副産物の灰は、東京湾の埋め立て地に送られる。著者達一行は、その埋め立て処分場にまで、車に同乗して出かけていく。この、東京ディズニーランドを対岸に望む人工島の、文明の果てともいうべき滑稽かつ荒涼とした場所の描写は、さすが文学作家である。

ところで、この清掃工場には、中央制御室がある。機械化・自動化が進んでいるからだ。当然といえば当然だが、この本に登場する工場の中で、中央制御室らしきものがあるのは,他に化粧品工場くらいだろう。あとは、すべて人間の紙による指示か、あるいは伝票もなしに、現場の人の判断で動いていくのだろう。だから工場建屋から一歩外に出ると、中で動いているのかトラブっているのかさえ、よく分からない。25年前も今も、そうだ。こういう点での進歩のなさのおかげ(?)で、この本は現代でもちゃんとリアリティーを持って読めるのだ。

著者は、しきりに自分は文系だ、と強調する。たしかに「セラミド」や「固体燃料」といった専門用語は、その分野の技術者でないとわからない。だが、目の前に見える現実を、いろいろな角度から多面的に見て、その本質を理解する能力は、別に文系理系にかかわらない。

たとえば、作家にとって商売道具であるワープロの工場にいく。部品や配線と聞いて著者がイメージした、昔のラジオの中と違って、プラスチック下敷き3枚分の「基板」を走る細い筋が配線で、チップマウンターで実装される板チョコ状の「CPU」が、全体の頭脳となる部品だと知る。そこで著者は急に、名優ジャン・ルイ・バローと日本の能役者が「鐘をつく」動作をしてみせるときの、その差を思い出す。バローの筋肉を動かすリアリスティックな演技に対し、能役者は最小限の動作で、観客にその意味を伝える。

「記号化によるエネルギーの節約で、(中略)最小限の動作と空間へ切り詰めていき、そこから最大限の機能を引き出す。この言い方なら、能とICを横並びに置くことも可能だ。」(p.158)

こういう風に、物事の本質をズバリと抽象化して理解する知性を、この作家はもっている。同時に、効率よく自動化されたマウンターのすぐ後の工程で、女性達が並んで基板を目視検査しているのも見逃さない。工場内の物流を担うAGVを、「ロボット君」と呼んでかわいく描写するが、「不健全在庫低減」の標語を叫ぶウルトラマンの職場ポスターも見つける。この会社がが基板やICチップに見せた『記号化と機能化』を、工場の生産マネジメントにも発揮しているかどうか、著者は何も批判的なことは書かないが、よく見ているのだ。

それにしても、ここに取り上げられた工場のいくつかは、すでに業容をかなり変えているだろう。なくなっている所もあるかもしれない。この当時は外国人労働者も少なかっただろうし、派遣労働者制度も工場は適用外だった。

バブル時代の前、日本の工場は「追いつけ追い越せ」「高度成長」で生産量増大に燃えていた。バブルの最中は、「高付加価値」なる言葉で、要するに贅沢品志向に変わった。バブルがはじけると、一転して工場は「コストダウン」「人件費低減」の嵐だ。そして「海外移転」へと、多くの経営は舵を切っていった。本書に描かれているのは、不況へと転じる入口の時代だ。

しかし当時の工場と、今の工場と、本当にどこがどれだけ変わっただろうか? ‘90年代の製造設備を使い続けている工場は、ごまんとある。職人芸的な手作業に依存する部分も、少なくない。全品目視検査の工程も、ザラだ。バブル時代には一時はやりかけた自動化設備も、その後は緊縮予算で増えていない。

こうした工場のあり方を支えてきたのは、二つの理念だ。まず、きちょうめんで忍耐強く優秀な労働者を、比較的低価格の賃金で、いつまでも雇い続けられる、という信憑。とくに注意力を要する職場には、多く女性が割り当てられる(このことを、著者はやんわりと描き出している)。そしてもう一つは、大量生産における全品目視検査といった、非常に単調な仕事でも、機械より安ければ人間にやらせるのが当然だ、という価値観である。

「人が働くとはどういうことか」に関する、その企業の思想が露骨に現れる場所が、工場なのだ。来る日も来る日も、基盤の欠けや札の印刷の汚れだけを、チェック続ける。機械のミスを人間がチェックする。そんな仕事に、人は一生をかけられるだろうか。親戚の子どもがその仕事に就いたら、「おめでとう」と言えるだろうか。25年前にはまだ、画像検査装置は高価だった? その通りだ。性能も低かった。では、そうした工程は今やすべて自動化されているだろうか。「人間の方が機械より正確だから」という理由をつけて、相変わらず大勢の女工を並べている工場も、あるのではないか。そうした会社が、他の従業員をどう扱うか、推して知るべしではないか?

この本の中で、やはり読んでいて面白いのは、小さくて個別性が高く、全体をある程度見通せるような職場である。養豚場とか、ワイナリーとか、霊柩車とか、マネキンの工場だ。工場というよりは、工房かもしれない。そうした世界では、働く人は生き生きしている。日本人の職人気質なところが、長所として出ている。だったら、こういう中小企業を、より大切にするべきではなかったのか。

そういえば、職業的小説家もまた、職人的手工業の世界である。だから、作り手の気持ちが、より通じているのかも知れない。そういう点で、本書は、村上春樹の『日出る国の工場と並ぶ、作家による工場ルポルタージュの傑作である。ぜひ探してでも読むことをお勧めする。


by Tomoichi_Sato | 2018-08-20 23:12 | 書評 | Comments(0)