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カテゴリ:工場計画論( 32 )

工場コックピットで、何を見たいか?

上層部へのプレゼンは、呆気ないほど短い時間に終わった。あなたが懸命に準備して訴えた、「工場コックピット・システム」の提案は、事業部長からそっけなく拒絶されたのだ。あなたはIoT技術の進展、ライバル会社や欧米企業がスマート工場に向けて着実に動いていること、AIによる故障予知や熟練工スキルのデジタル化などのメリット、工場内で起きている事象をリアルタイムに可視化することの意義を訴えたが、通じなかった。

あなたの脳裏には、2年半前に欧州の展示会で見たエス社のシステムのイメージがあった。エス社が満を持して発表した、M…と言うソフトウェアは、工場内のあらゆる機械やデバイスから信号を受けとり、IoT技術によってクラウドにあげる。ユーザはあらかじめ定義された様々な部品を、グラフィックに組み合わせることで、自社の複数の工場にまたがる、様々な機械や人の動きを、リアルタイムに画面表示できる。

それは工場の通信ネットワークから、産業機械類、それらをコントロールするPLC、さらに上位系のソフトウェアまでを、幅広く持っているエス社ならではのシステムだった。工場に並ぶ工作機械は、ほとんどPlug & Playの状態でM…システムに接続でき、その制御パラメータ等も、上位から変更することができる。あなたはその技術の先進性と、インダストリー4.0に向かって邁進するドイツ産業界のスピード感に、舌を巻いた。

そうはいっても、日本の自社工場内では、様々な状況が異なる。機械もPLCもメーカーはバラバラで、互いに接続できるような通信系統もない。制御盤を持たない古い汎用機も、数多く存在する。あなたはそれでも、様々なセンサーと通信を組み合わせることによって、なんとか主要な機械の稼働状況をモニタリングできる仕組みを考案した。自動倉庫の制御システムWMSとも接続し、在庫状況もリアルタイムに表示できるようになる。セキュリティの懸念からクラウドは断念し、エッジサーバ上に構築しようと決めた。

あなたはこれを「工場ダッシュボード」と呼んだが、副工場長の助言に従って「工場コックピット」といい直すことにした。ダッシュボードでは自動車の運転席みたいだが、コックピットは戦闘機の操縦席である。「うちの会社は今、生き残りをかけた戦闘中だからな」と副工場長は言った。

だが、営業畑出身の事業部長の反応は、ニベもなかった。「うちの工場が、高コスト体質にあるのはよく知ってるはずだろ。このシステムは、下手をすれば億を超える金がかかるそうじゃないか。そんな投資は論外だ。」 賛同してくれると思った工場長も、意外に否定的だった。「うちの工場は、現場改善が命だ。デジタル化やAI技術では、現場主導のPDCAが回らなくなる。」

「こんなものに頼らないと、君は工場を経営できないのか?」事業部長が皮肉を込めて、工場長に尋ねる。「もちろん今でもちゃんとやっております。」当然ながら工場長はそう答えた。 あなたは懸命になって、「ですが、このシステムは一緒のカーナビのようなものです。現在の位置を正確につかみ、より効率的な経路を見つける手助けをしてくれます」とフォローしたが、工場長には響かないようだった。

意外だったのは、頼みにしていた長老の技術顧問も「リアルタイムの可視化だけでは得るところが少ない」と消極的なコメントをしたことだった。あなたは、ゴルフ焼けした事業部長の顔を見つめながら、それ以上反論することを断念した。

席に戻ったあなたは、自分の会社への気持ちが急速にしぼんでいくのを感じた。翌月、あなたは思うところあって、会社に辞表を提出する。政治の世界に転身することを決めたのだ。このままでは社会全体がダメになってしまう。何とか根本から変えなければいけない。

数年後、あなたはいくつかの幸運や、有力者のバックアップなども得て、党代表の地位に上り詰めた。さらにその半年後、総選挙で政権党がスキャンダルのため総崩れとなり、あなたの党が第一党となった。おめでとう。あなたは首相の座を手にしたのだ。

あなたは首相執務室の横に、かねてからの願いであった「首相コックピット」を設置することにした。日本社会全体の状況をリアルタイムに表示し、それを見ながら、あなたは次のうち手を考え、命令を下す。

では、その「首相コックピット」の画面には、何を表示すべきだろうか?

何よりも急務なのは、経済の立て直しだ。25年以上の長い不況を、終わりにしなければならない。だから第一に、GDPと、成長率の表示が必要だ。それも国全体だけではなく、都道府県別の数字が見たい。

政策の基本として、人口データの表示も必要だ。高齢化と人口減少が、多くの人を悩ませている。この流れを食い止めなければならない。もちろん就労人口と失業率も、経済指標として大切だ。

ところでGDPとは、企業セクターの稼ぐ粗付加価値額の、総合計である。したがって、各県別のGDPを、その県の就労人口で割ったものは、そこの付加価値労働生産性を示すことになる。これが地域によって案外バラバラなことを、あなたは肌で感じている。

例えば最近では、名古屋都市圏の経済規模は、大阪を抜いたと言われている。だとすれば限りある国の資金も、大阪から引き抜いて名古屋に投入した方が、有効活用されるはずだろう。

有効に活用されてない資源を引き抜き、より活用されているカ所に振り向ける。これこそ政策ではないか。首相たるあなたはそう考える。そういえば会社員だった時、ERPと言う言葉を聞いたことがあったな。ERPとは、Enterprise resource planningの略称であった。すなわち企業全体の経営資源の、最適な再配置をするための道具。だとしたら、自分がやっているのは、National resource planning = NRPシステムの構築だな。

である以上、交通や都市インフラへの、財政投融資の状況も見る必要がある。また、医療費や福祉介護への費用、教育費用等についても見たい。食料自給率の観点から、農業データへの目配りも大切だ。

これを実現するためには、全省庁と自治体をまたいだ、データ収集基盤のようなものが必要になる。時系列で非定形なデータもあるだろうから、巨大なデータレイクといったところだろうか。有能なデータサイエンティストを何人か連れてきて分析させれば、得られる発見も大きいだろう。

いかん、大事なことを忘れていた、とあなたは気がつく。防衛である。国土を守る防衛システムにも接続して、状況を見えるようにする必要がある。国家存亡の危機事態には、この官邸こそが、まさにその司令塔=コックピットになるはずではないか。

よし。これで万全だ、とあなたは思う。これで、某仮想敵国が北海道に攻め込んでこようと、別の某仮想敵国が南西部の島嶼を襲撃しようと、さらに別の隣国がミサイル(最近マスコミは妙に遠慮して「飛翔体」と呼んでいるが)を打ち上げてこようと、すぐに出撃対応できる。さすがに例のT大統領が、思いつきで何か難癖をつけてくるのだけは、防ぎようがないが。

かくて、巨額の費用をかけて、「首相コックピット」は完成した。これであなたは、日本をうまくマネージできるだろうか?

あなたは経済政策こそが第一優先だ、と考えた。だが、経済活動は企業が主役である。あなたは法律や税制を通じて、企業経営者に間接的に働きかけることができるだけだ。計画経済ではないのだから、これを作れ、あれを売れ、と自分で指示することは不可能だ。つまりコックピットに座るあなたの操縦桿は、じつはエンジン出力や翼の方向を直接、変えることができないのだった。

人口動態や保健医療についても同様だ。出世や結婚は各個人の行うこと。命令はできない。保健医療も、国や自治体が担うのはその一部でしかない。後は、民間の事業者に任せて効率化を図ってきたはずなのだ。

そもそも経済対策といっても、あなたに切れる札は、金融政策と、財政出動しかない。では金利を0.1%上げさせたとき、あるいは一兆円の公共事業投資を行った時、経済はどのように反応して動くのだろうか? もしマクロ経済学に確とした予測方法があるのなら結構だが、そうでないからこそ、この国はこんな状況に陥っていたのではなかったか。

あなたは付加価値生産性や失業率を、重要な経済指標と考えた。だが、では、その数値がどの範囲だったら正常で、どこを超えたら変調を示すのか、決めることができない。せいぜい海外や過去のトレンドと比べるだけだ。あとは、あなたのカンによる気付きに頼るしかない。異常が検知できないモニタリング・システムとは、どのような意義があるのか?

もう一つ。コックピットの前に座る人が、陥りやすい罠がある。それは「選択と集中」による資源の再配置、という思考方法だ。大阪から名古屋に資金や資源を再配置すれば、経済効率が上がるだろう、とあなたは考えた。それは、大阪と名古屋がまったく独立した経済圏ならば、正しいかもしれない。しかし両者の間には、様々なインタラクションがあり、相互依存性があるのだ。ある地域の効率低下が、別の地域の経済の足を引っ張る可能性もある。

それは産業間の資源再配置でも同じだ。各産業が全く独立しているなら、有力な産業に集中する意義もあろう。しかし産業間の連関や労働力のとりあいを考えれば、経済システムというのは単なる要素の足し算ではないことが分かる。

すべての結果は要素の掛け算と足し算で計算できる、という思考を、工学の世界では、「線形的」思考と呼ぶ。人間系が絡む大規模システムの最大の特徴は、線形ではないことだ。それは工場や、一般の企業組織も同じである。そうした要素間の有機的な関係が、コックピットで見えるように表示されていないと、間違った方針設定をしてしまうリスクが高くなるだろう。

結局のところ、「首相コックピット」は、起きている事態のモニタリングはできるが、リアルタイムに現場に指示やガイダンスを出すこともできず、標準値に基づくフィードバック・コントロールもかけられず、異常な変調にも対応できず、要素間の連関性も見えず、打ち手の結果予測すらできない。これでどうやってあなたは、日本国家全体をマネージするのか?

ふりかえって、あなたが会社員時代に作ろうとした「工場コックピット」は、これと本質的にどこが違うのだろうか。

もちろん、国の経済社会システムと、一企業の工場では、いろいろな点が異なる。工場は生産という目的が明確で、利益を目指して動く。製造工程もはっきりしている。一国の社会ははるかに多目的、ないし「存続自体が主要目的」であって、経済合理性だけでは動かない。それでも、より良くマネージするためには、単なる状況の可視化以上の工夫が重要であろう。

誤解しないでほしいのだが、わたしは工場ダッシュボードや経営コックピットといった、可視化の仕組みそれ自体の意義は、十分評価している。ただ、少なくともそこには、現場に対するインストラクションやガイダンスを直接下せる方法と、変調(標準値・目標値からの逸脱)をわかりやすく表示する仕組みが必須だと考えているのである。ユーザの気づきを促すような表示の工夫が大切で、データサイエンティストを連れてこないと状態がわからぬようでは、話にならぬ。

また現場側が、このシステムを通じて、単に「監視されている」と感じるだけではなく、問題が起きたときに、すぐに上が対応し、支援し助けてくれる、という感覚を醸成することも、この仕組みが機能する必須の条件である。

その上で、望むらくは、何らかの予測とシミュレーションの機能が欲しい。あなたが事業所部長に、「これはカーナビです」と言った時、それは半分正しかったのだ。カーナビは少なくとも、最短経路を選んで、到着時間を予測してくれる。

ただしカーナビは、自分の位置を測定するGPSを積んでいる。工場では、どの機械や人が動いているかを知るだけでは、状態把握としては十分ではない。それがどの品目を加工していて、どこまで進んでおり、どのオーダーに紐付いていてるか、までリアルタイムに分からないと「現在位置」の役に立たないのだ。そして、その実現は、決して簡単ではない。

それでも、それは向かうに値する目標である。それは、工場全体レベルでの賢さ(「スマートさ」)を持つためには必須なのだ。賢さとは、答えを出す頭の回転の速さ、の別名ではない。全体を見通し、自分で気づき、事実から学ぶ能力を言うのだから。


<関連エントリ>
 →「『スマート工場』はスマートか?」 (2018-05-26)


by Tomoichi_Sato | 2019-12-01 19:12 | 工場計画論 | Comments(0)

お知らせ:「化学工学」誌に論文『ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える 』が掲載されました

「化学工学」誌の2019年4月号に、わたしの論文『ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える』が掲載されました。

化学工学、という学問名称には馴染みのない方も多いかもしれません。これは化学プラントの設計論を研究する工学で、19世紀の終わり頃から急速に発達した分野です。

英語ではChemical Engineeringと呼び、Mechanical Engineering(機械工学)とか、Electrical Engineering(電気工学)などと並んで、かなりメジャーな技術の一つです。ただ、戦前日本に輸入された際、英語を直訳したため、一つの学問名称の中に「学」が2回登場するという奇妙なことになりました(似たような例は、他に「科学哲学」がありますが)。

「化学工学」誌は、文字どおり化学工学会の学会誌です。以前は紙媒体のみでしたが、現在はWeb化されており、2019年4月号は下記のURLから閲覧ができます。
〔目次〕

わたしの「ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える」は、以下の場所です:

なお、わたしの論文にある次の図が、今月号の表紙を飾っています。
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ただし本サイトの読者は、学会員でないためアクセスできない方がほとんどだと思いますので、少しだけ説明します。この図は、一般的なシステムにおける二種類のアーキテクチャーを示しています。上が、密結合された「インテグラルなシステム」、下が、疎結合な「モジュラーな集合体」です。

システムとは一般に、「目的を成し遂げるため、相互に作用する要素(element)を組み合わせたもの」と定義されます(国際システム工学協会INCOSEによる定義)。その意味で携帯電話もシステムですし、自動車もコンピュータもシステムです。

そして工場も、システムの一種です。ただ、その要素に、働く人も含まれている点に特徴があります。工場を設計するとは、単に機械や建物の設計図を書くだけではなく、機械と人と建物とITからなる、複雑なシステムを設計することに他なりません。

ところで日本では、化学・石油などいわゆるプロセス産業の生産設備を「プラント」と呼び、自動車や家電製品などを作る場所を「工場」と呼ぶならわしになっています。英語ではどちらもPlantなのですが、日本では別物だと思われています。実際、外見もずいぶん違います。前者は屋外にあって配管が縦横無尽に走っており、後者は建物の中にあって工作機械やコンベヤと人が並んでいる、と。

たしかにその通りなのですが、じつは両者の最大の違いは、システムとしてのアーキテクチャーの違いにあるのです。いわゆるプロセス産業のプラントは、密結合された「インテグラルなシステム」であり、他方、組立加工系産業(ディスクリート型ともいいます)の工場は、「モジュラーな工程の集合体」になっています。

そして、このようなアーキテクチャーの最大の違いは、その運転(操業)のあり方に現れます。いわゆるプラントでは、「中央制御室」があって、そこから工場内の主要な工程は全てモニタリングされ、決定されています。ところが組立加工系の工場にはそうした仕組みが一般になく、現場の各工程が分散的に意思決定をするようになっています。
(なお、正確にはプロセス系とディスクリート系の間には、その混合的な性格を持つ「切替型連続生産」という形態がありますが、ここでは省きます。興味がある方は拙著『革新的生産スケジューリング入門』をごらんください)

わたしの論文では、このようなアーキテクチャーの差異が、じつは扱うマテリアルが流体か固体かという、単純な違いに起因することを明らかにします。この差は、さらに工場の設計方法(手順)にも大きな影響を及ぼします。インテグラルなシステムであるプラントでは、化学工学の一領域である「プロセスシステム工学」が最初に全体を設計し、ついで機械装置や配管・計装など要素の設計に進みます。ところがディスクリート系の工場は、こうした流れが確立しておらず、機械設計と建築設計が独立して平行に進んだりします。

ところで日本の化学産業は、近年、エチレンなどの基礎原料(バルクケミカル)から、機能性素材などの製品に利益の源泉が移っています。機能性素材の多くは個体のハンドリングが要求され、ディスクリート系の性質を強く持っています。したがって最近の化学工場は、両者の特性を併せ持つ「ディスクリート・ケミカル工場」ともいうべき存在になっており、その設計論は新たな進展が要求されている、というのが論文の骨子です。

ここまでなら、たぶん化学産業以外の人には、さほど興味ない話題だと思います。事実、わたしは2006年に『ディスクリート・ケミカル工場』の概念を、化学工学会の展望講演で発表し、このサイトにも関連記事を書いたのですが、ほとんど反応はありませんでした。

ところが最近になって、ここにIoTという注目の技術が登場します。IoTとセンシング技術は、従来モジュラー型でしか設計し得なかった組立加工系の工場を、インテグラルなシステムに変える潜在的可能性を持っています。この可能性に早くから着目したのが、ドイツの「インダストリー4.0」構想でした。

ただ、あいにく日本では、ただ単体の機械にセンサーをつけてデータ解析するだけの、部分的な「スマート化」としか理解されませんでした。そもそも、システムのアーキテクチャー、といったシステム工学の概念が、工場設計(生産技術)の分野で希薄だったのです。それに追い打ちをかけたのは、リーマンショック以来の生産技術部門の弱体化でした。

わたしが昨年来、「次世代スマート工場」のエンジニアリングに関する研究会組織を立ち上げて活動しているのは、そういった背景があるのです。このまま日本の工場作りの弱体化を見過ごすべきではない、という気持ちを、エンジニアリング業界の人間として、強く感じています。

この「化学工学」誌の特集『プロセス産業のスマート化への挑戦』には、他にも東芝(前Siemens)の島田太郎氏による「プロセス業界におけるIndustrie4.0」をはじめ、注目すべき解説論文が並んでいます。ご興味のある方は、ぜひ読まれることをお勧めします。



<関連エントリ>
 →「ディスクリート・ケミカル産業」 https://brevis.exblog.jp/3240905/ (2006-04-17)
 →「ディスクリート・ケミカル工場を設計する」 https://brevis.exblog.jp/3304091/ (2006-04-26)
 →「『スマート工場』はスマートか?」 https://brevis.exblog.jp/27295851/ (2018-05-26)
 →「『インテグレーター不在』という深い谷間」 https://brevis.exblog.jp/27172645/ (2018-04-01


by Tomoichi_Sato | 2019-03-30 22:48 | 工場計画論 | Comments(0)

パン屋問題の解決、または中小製造業の生き残る道

あなたは町のパン屋さんである。以前は都会でエンジニアとして働いていたのだが、やむを得ぬ事情で郷里のパン屋を継ぐことになった。店は昔ながらの商店街にあり、店の奥では職人が小さな工場(こうば)でパンを焼いている。ところで、地域のチェーンストアからサンドイッチ製造の仕事を依頼されたのだが、受けてみたら大変な仕事だった・・という事情までは、前々回の記事「下請け型受注生産という日本的形態を考える」https://brevis.exblog.jp/28051644/ に書いた通りだ。

何が大変かって? チェーンストアは、コンビニの向こうを張って、いわゆる「JIT納品」(ジャスト・イン・タイム納品)を要求してくる。1日4回、FAXで注文が来て、2時間以内に納品しなければいけない。おまけに製造後6時間以内の品であること、という鮮度指定もついている。ところが注文を受けてからカツを揚げてサンドイッチを作っていては、2時間の納期に間に合わないのだ。

したがって、あなたはやむなく1日のはじめに、見込みで数量を決めてカツを揚げ、食パンやその他の具を用意させることにした。ちなみにFAXの注文は、朝8時・10時・12時・午後2時に来る。納期はそれぞれ2時間後だ。だが朝8時にサンドイッチを作り始めては間に合わない。だからあなたは6時半すぎには店に出て、指示を出すようにしている。パン屋だから、朝早いのは慣れて来た。しかし、朝の見込みと現実とが違って、その日の売れ行きが良すぎると途中で足りなくなり、逆に売れ行きが良くないと売れ残りが生じてしまう。

普通の町のパン屋だって、もちろん売れ残りは頭痛の種なのだ。だから閉店間際になると値下げして、なんとか売り切ろうとする。しかし、チェーン店向けのサンドイッチは、プラスチック包装も専用だし、具の肉や野菜もそのチェーンから仕入れるので、自分の店で勝手に売ってはいけない契約になっている。結局、見込み違いが起きると、結構な数のサンドイッチを捨てることになる(家族やパートが引き取って食べたりするが、量はしれている)。食べ物を捨てるのは胸が痛むし、じつは自分のお金を捨てている訳なので、財布も痛む。

何とか解決できないものかと、あなたは考えてみる。

問題は、サンドイッチの製造に着手してから納品までの生産リードタイムが、納期の2時間より長いことにある。そう気づいたあなたは、リードタイムの内訳、すなわち各工程に必要な時間を、代表的なロット数量である60食分について調べた。結果は次のようになった:

カツの調理(75分) →サンドイッチに具をはさみ袋に入れる(45分) →出荷輸送(30分)

リードタイムの合計は、2時間半である。他に、チーズや野菜類の具もあるのだが、やはりカツが一番時間がかかっている。食パンの方は、学校給食用などもあり、もたくさん焼いているのでネックになることはない。

自社の生産能力不足を外注で補うような器用な真似は、この小さな町ではできない。また、人や設備能力を増やして製造のリードタイムを短縮するには限界がある。具をはさむ作業は、人を増やせば短縮できるだろう。人を3倍に増やせば、計算上は45分が15分に縮まって、リードタイムの2時間に収まる勘定だが、そんな短時間だけのパートはありえない。他方、カツの調理は、肉を解凍して衣をつけて揚げる作業なので、解凍時間や揚げる時間にしばられる。人を増やしても短縮効果は小さい。

顧客の要求納期は2時間だ。だとしたら、具(カツ)とパンを、前回の記事で解説した「カップリングポイント」の在庫理論にしたがい、ストック在庫しておけば、いいことになる。製品にまで作ってストックする必要はなかったのだ。そうすれば、受注から納品までのリードタイムは1時間15分に縮まる。注文を受けたら、カツをはさんで出荷する。出荷した分のカツを、並行して揚げて補充する。

では、どれくらいのストック在庫量が必要なのだろうか?

需要が毎日8時間で240食なら、およそ平均2分のポアソン到着になるのだろう。平均値=60のポアソン分布の標準偏差は、平均値の平方根だから、だいたい8弱だ。形は正規分布に近いはずだし、欠品の危険率を2.5%とすると、安全在庫数量はその1.96倍とればいいから、16食、という計算かな? 元エンジニアのあなたは、昔取った杵柄で、暗算で考えてみる。つまり、60+16=76食の基準在庫量を維持すればいいのか。

いや、これではダメなのだ。そもそもサンドイッチの需要は日中の波が明確にあって、単純なポアソン分布は当てはまるまい。それに夕方、76食が在庫に残っても、それは捨てるしかないのだ。あなたは首を振る。在庫に有効期限がある場合、あまり需要に近い下流に在庫ポイントを置くのは、危険である(それは、前回記事で述べた「はなまるうどん」の事例も、暗示している)。

どうしようか。このままでは、多忙なばかりで、利益は出ない。店の改修もおぼつかない。

いや、待てよ。チェーンストアとの契約では、「サンドイッチは作ってから6時間以内」となっている。別に、「カツを揚げてから6時間」とは、規定していないじゃないか。前日の夕方揚げたカツを、翌朝パンにはさんで出荷して、何がいけないのか。衛生管理はちゃんとしていて、たいして傷む訳でもない。客も気がつくまい。そうだ。そうしよう・・

その時、下の娘が店に来て、目の前で売れ残りのサンドイッチを厨房から持っていった。もう食べ盛りなのだ。そして、あなたは、はっと我に返った。自分の娘に、18時間前に揚げたカツをパンにはさんで、新品だといって食べさせるだろうか? お弁当に持って行かせるだろうか? 自分なら、しない。だったらなぜ、顧客なら構わないと思ったのか。

危ないところだった。あやうく、パン屋の魂を失うところだった。ちゃんとしたものを売る−−そこが作り手の最低限の誇りじゃないか。あなたは前職の会社で、ある大手サプライヤーの品質問題で迷惑を被ったことを思い出していた。自分の会社よりもずっと大企業のサプライヤーだったが、品質記録を偽装していたのだ。おかげで膨大な出荷マスタを、端から全部チェックさせられるはめになった。

品質欠陥で、顧客に実質的な損害はあたえていない、とその会社は弁解していた。そうかもしれない。だが、このところ何年間も、似たようなニュースが繰り返し報じられている。そのほとんどは、「納期のために品質を犠牲にした」ケースだったのを、あなたは思い出した。今は、その裏にある事情を、少しだけ理解できたような気がする。だが、その結果、失ったものは何だったか。

それは「学び」の能力なのだ。品質の記録は、PDCAの基礎である。品質データが事実でなければ、改善のサイクルなど回せるはずがない。すると、日本企業が一番得意としたはずの、現場改善が回らなくなり、現場が事実から学んで成長することができなくなる。それは、会社が成長を放棄することなのだ。だったら、パン屋の経営者のあなたは、別の方策を考えなければいけない。

カツの形での在庫は無理だ。だが、パン粉をつけて、揚げる直前の形で冷凍しておくのだったら、品質劣化の心配は、はるかに少ないと思いついた。揚げ物の時間は、鍋の大きさ(面積)がネックだ。そこであなたは、ガス台と鍋をもう一台ずつ増やし、倍の量を一気に揚げさせることにした。油きりのバットも増やした。かかる時間は、45分。こうして、かろうじて注文から2時間で納品できるようになった。野菜の在庫ロスのリスクは残るが、目をつぶろう。

もっとも、いったん解凍した肉を再度冷凍すると、香りや歯ごたえが少しだけ失われる。だがそこはもう、客の判断に委ねるしかない。これで売れ行きが落ちたら、この仕事からは撤退しよう。そう覚悟しながら、でも、あなたは売れ行きを見届けたくて、納入先のチェーンストアをそっと訪れてみた。一番近い店舗は、歩いて10分のところにある。

昼前から夕方まで、サンドイッチ売り場の棚を行きつ戻りつ、客のふりをしながら横目でじっと観察した。そして、そのうち気づいたことがあった。お昼のピーク需要は短期的で、11時半過ぎから1時ごろまである。だが夕方は、4時(これが最後の納品だった)から、7時ごろまで、少しずつダラダラと売れて行くのだった。そして最後にストアは値引きして、サンドイッチを売り切ってしまう。

だとしたら、4時の納品は、分納させてもらってもいいのではないか。これがあなたの思いついたことだった。たとえば50個の注文が来たとする。それを、4時に25個、5時に25個、分けて納入させてもらう。それでもストアの商品が欠品することはないはずだ。もしこれが可能なら、最後のロットだけは、3時間のリードタイムがあるから、確定受注生産が可能になる。それにより、ストック在庫量のレベルをギリギリまで下げられるはずだ。

あなたはチェーンストアの仕入れ係に、ダメ元で交渉してみることにした・・

* * *

今回のシリーズの記事で、読者諸賢に、パン屋問題の解決方法を募集したところ、大勢の方からご意見を頂戴しました。まずは何より、深く感謝いたします。そして、似たようなシチュエーションにある方が結構いらっしゃることにも、あらためて驚きました。

もとより、この問題にきちんとした正解があるわけではありません。上に述べたストーリーは、単に一つの例です。そもそも、工程別の時間などの詳細なデータを書かなかったので、具体的に考えようがないじゃないか、と憤然とした方もおられたでしょう。その点についてはお詫び申し上げます。

いただいた案のすべてはスペースの制約上記載できませんが、素晴らしいと感じた指摘のいくつかをご紹介します。

「カツを、あらかじめ揚げる直前の状態まで作って冷凍で持っておく」というアイデアをご提示いただいたのは、中小製造業経営者の庄司さんです。また匿名の方(「素人パン屋」さん)からも、同じく「揚げる前までまとめて加工し、冷凍保管」とのコメントをいただきました。これは、上述のわたしの案と同じです。

前回のうどん屋の事例をご教示いただいた愛知県の江藤様からは、「2段階のストック在庫を設置する」、すなわち「日々の需要変動に追従するのは難しいが,週・数日単位では平準化される」という視点から、在庫ポイントの活用策があるはずとというメールを頂戴しました。加えて、「保存技術に投資することで,カップリングポイントをよりゴール付近に持っていくなどが将来の打ち手」とされています。これはわたしの思いつかなかった、優れたアイデアだと思います。

これらはいずれも、在庫の持ち方の工夫による問題解決です。

先ほどの庄司さんは、さらに、「スーパーの要求種類をそのまま作るのでなく、特別メニューを開発して、そればっかり注文が入るようになれば、生産や廃棄量も自社で調節できるようになる」とも書かれています。これは、匿名の方(「素人権限なしマネージャー」さん)の「チェーンストアとの間で、味を最終的に決める調味料とパッケージ以外を、店頭販売で使用できるよう交渉します。」という提案にも通じますね。特定顧客仕様という前提をはずせば、たしかに『下請け型受注生産』から卒業できるようになります。

チェーンストアとの交渉という点では、井上様(製造業勤務)から「早期に納期と数量の確定注文を出してもらった場合、何%OFFにするといった『早割』サービスを提案」との面白い案をいただきました。関連しますが、製造業OBの西牟田様からは、「小さな約束ごとを積み重ねるているうちに、発注元がこけたり
ミスしたりします。その時に、短い自社のリードタイムを活かして(もしくは、短納期飛び込み)で、相手を助けてあげると、以降はこちらの希望もある程度聞き入れられるようになります。」とのアドバイスも頂戴しました。

ちなみに上に引用した庄司さんは、自社では「一人を多能工化して、終段の追加工は全部できるようにし、メインの製造を撹乱しないようにします」と書かれています。これは一種のATOによる短納期化の工夫です。

知人の経営コンサルタント・本間さんからは、(下請け型受注生産という)「日本型ATOに追い込まれている背景には、内示という商慣習問題があるように思います。コンサル先には、必ず内示精度を分析するように伝えます」という指摘をいただきました。トヨタ式の内示については、記事「Pushで計画し、Pullで調整する」 https://brevis.exblog.jp/21721306/ にも書きましたが、精度と計画に対するコミットメントが重要です。

予測精度については、片本様(製造業)から、「需要予測をストア側と二重で行うのではなく、パン屋側に取込み一本化したい。精度向上のためPOSデータをもらい、2時間のオーダーロットを可能な限りリアルタイム化する」との案をいただきました。さらに、匿名の方(「Y.U」さん)は、「チェーン内での需要見込みの共有を提案」とコメントされています。

わたし自身は、この指摘は非常に重要と考えています。というのも、結局この問題は、需要予測の精度の低さを、JIT納品という形で、サプライヤーにおしつけた点から発生しているのです。である以上、パン屋の主人がやったように、店頭の売れ行きを実際に共有した上で、次の予測を立てていく方が合理的だと思うからです。

すでに米国では30年も前に、小売のウォールマートと製造のP&G社が、在庫のかさばる紙おむつ「パンパース」の販売データを共有することで、合計10週間分あった流通在庫を、3週間分まで削減することに成功しました。これがQuick Response運動として、SCM改革の原型となったのです。このエピソードは20年前に共著で発刊した『サプライチェーン・マネジメントがわかる本』 でも、中村実氏が紹介しましたが、残念ながらバブル崩壊後の日本では、馬の耳に念仏だったように感じます。

JIT納品に関しては、先の本間峰一氏が、「むしろ発注元の企業の方が在庫を持って変動をカバーし、発注先の中小企業には平準化した量を作らせる方が、サプライチェーン全体ではコストが安くなるはず」と、かねてから提案されています。卓見だと思います。安定した計画生産ならばサプライヤーの品質も保てるし、実需要に近く財務体質の強い側がストック在庫を持つというのは、理にかなっています。

しかし、元の問いに戻りましょう。それは、「このことに気づいた貴方は、どうすべきなのか?」でした。

* * *

それで、もしも貴方が、この国の製造産業政策の根幹を担う立場の方だとしたら、ぜひともこの問題を是正するために、どういった施策が有効なのか考えて欲しい。すでにこの国の中小製造業が疲弊していることは、周知の通りだ。そして大企業のメーカー達も、近年とみに不祥事が頻出し、経営がおかしくなってきている。大企業は従来、下請けに寄りかかって身を支えてきたのだが、下請けの納期問題や廃業等で、もはやそれが通用しにくくなっているのだ。早く手を打たないと、危ない。

あるいは、かりに貴方が生産工学や経営学の研究者だったら、このような生産形態がどれほど広く行われているのか、ぜひとも実態調査を行って欲しい。こうした調査は、わたしのような会社勤めの人間が、片手間でできることではない。明らかにアカデミアの仕事である。そして、それを政策立案者と共有していただきたい。正確な統計調査と事実把握こそ、良い政策立案の基礎だからだ。

実は昨年から政府は、EBPM(Evidence-based Policymaking=「証拠に基づく政策立案」を、中央省庁の全ての歳出分野に適用することを決めている。逆にいうならば、事実と証拠がなければ、政策は変わらないのだ。
こうした生産形態の調査研究が、科研費を取りやすいかどうか、また論文誌にのりやすいかどうかは知らないが、この国の急務であろう。ぜひ、よろしくお願いしたい。

あるいは、貴方が多くの下請けを使う製造業の経営者だったら。まあ、そんな方がこのサイトを読んでいる可能性は微塵もないと思うが(笑)、その場合、ぜひとも自社がJIT納品の旗印のもとに、需給リスクを下請け企業にヘッジしていないか、調べて欲しい。そして、むやみにトヨタの真似をしてJIT生産を導入しても、自社のサプライチェーン特性に合わない場合が多いばかりか、むしろ製造現場が混乱疲弊するばかりだ、という認識を持っていただきたい。そして、それを財界の中で広めてほしい。

さて。産業政策の枢要を担う訳でもなく、アカデミアの俊英でもなく、経済界の重鎮でもない、読者諸賢は、どうしたらいいのか。つまり、筆者のこのわたしと同様、世に号令をかける立場でない人間は、どうすべきなのか? 

なかなか難問だ。この問題の解決は、アメリカの経営書を探しても載っていない。ただ、一つ言えることがある。それは、「このパン屋の問題は、パン屋だけでは解決できないし、するべきでもない」という認識を、世に広めることだろう。そうなのだ。無理な生産形態は、無理な大手のリスクヘッジが生み出したものだ。そして、一つだけ確かなことがある。

世の中で、無理は決して長くは続かないのだ。



by Tomoichi_Sato | 2019-03-23 22:00 | 工場計画論 | Comments(0)

戦略としての生産形態 - リードタイムを設計する

前回の記事 https://brevis.exblog.jp/28051644/ では、「下請け型受注生産」とも呼ぶべき生産形態が存在し、それは特定顧客仕様の製品を、需要を見込んで生産する形態だ、と書いた。このような生産形態は普通の生産管理の教科書には出てこないが、わたし達の社会では、案外広く見られる。特に、大手セットメーカーが、「JIT納品」をサプライヤーに要求する場合、部品メーカー側はこの形態を強いられることが多い。

そして、このような生産形態は、サプライチェーンの需給ミスマッチのリスクを、経営基盤の弱い中小下請けに背負わせるうようなやり方であり、この国の産業構造の見えない弱点になっている、とも述べた。この指摘は、なぜか意外と多くの読者の注意を引いたようで、驚いている(というのも、似たようなことは10年以上前から、書いてきたつもりだからだ)。

では、どうしたらよいのか?

そもそも「下請け型受注生産」の形態が生じる最大の理由は、「顧客の要求する納期が、自社の生産リードタイムよりも明らかに短い」ことに起因する。

だったら答えは明瞭だ。生産リードタイムを短縮すればいいのだ。

前回の記事で、パン屋の主人であるあなたの悩みは、FAXで注文を受けてから2時間後に納品しなければならないのに、サンドイッチを作るのに2時間以上かかることだった。もし、これが2時間以内だったら、悩みは基本的に解決する。

でも、どうやってリードタイムを短くすればいいのか?

えーと、その前にここで注意を一点ほど。「リードタイム」という言葉は、しばしば漫然と使われている。だが、リードタイムにはいくつもの種類があり、どれを指しているのか明確にしないと、誤解が生じる。生産リードタイムと、納入リードタイムは違う。そのことについて、すでに書いたはずだ。と思って探したら、やっぱり解説があるじゃないか。なんて役に立つサイトだろう(笑)
 「リードタイムとは何か」 https://brevis.exblog.jp/7376582/ (2008-02-27)

ついでにこちらの記事も読んでおいてほしい。こちらは12年前に書いたものだ。
 「購買リードタイムとは何か?」 https://brevis.exblog.jp/6006346/ (2007-07-01)

さて、生産のリードタイムを短縮する方策として、たいていの場合思いつくのは、以下の4つだろう。
(1) 能力オーバーの分を外注に出す
(2) 機械化を進めて生産性を上げる
(3) 人を増やす
(4) あらかじめ作りだめしておく
では、これらを一つ一つ検討してみよう。

ただしこの先は、論点を分かりやすくするため、6時間の鮮度指定の制約を、いったん外して考えよう。つまり機械部品などのように、作ったら1週間でも1ヶ月でも、置いておけるとするのである。

納期対策として、まず誰もが思いつくのは、(1)外注化である。需要のピーク時に、自社の生産能力が追いつかない場合、外注化して量をさばくやり方は、従来から多くの製造業で行われてきた。外注するかどうかを生産管理部門が決める場合もあるが、製造現場が自分たちの判断で、一部を外注化してしまうケースも、実際には見かける。あるいは飲料業界のように、季節性が高いため、製造委託業が広く行われてきたところもある。

しかし、外注化はじつは両刃の剣である。社内で作れる製品を外注化すれば、当然ながら自社の粗付加価値(つまり利幅)は薄くなる。それに昨今、どこも空雑巾を絞るような人減らしと設備廃棄をしてきた後の、降って湧いたような人手不足状態である。製造能力を持て余している工場など、それほどない。おまけに、あなたのパン屋のケースについていうと、日中わずかの時間帯だけサンドイッチ製造を引き受けて欲しい、という要望だ。小さな町で引受け手を見つけるのは無理だろう。

余談だが、工場の余剰能力を、UberやAir B&Bみたいに気軽に取引できるようにするべきだ、という議論もある。可能ならば、それはそれで結構であろう。だが、小口の製造委託を受けるとは、言いかえれば納期を確約することを意味する。そうでなければ、誰が頼むだろうか? だが、自分の工場でさえ受注オーダーの正確な納期回答が難しいのに、よその工場では確約できるはずだと考える根拠は、一体何か。

昨今、結構大手の企業においても、納期問題や品質問題が多発しているが、その多くの部分が、サプライヤーや外注先に由来しているようだ。大手企業が従来のように、下請けの納期をコントロールできなくなっているのだ。いや、もっとはっきり言おう。従来は大手の無理難題を聞き入れてくれた下請けが、もう応えられません、という状況になってきている。そのあおりを受けて、大手の社内でも生産スケジュールが混乱する。混乱すれば、結果は品質にはね返る。

かつてのような、能力ピークをしのぐための外注化は、簡単にできなくなった。では、自社内でどこまで作れるか、どう判断すべきか。製造の実態は、ITシステムを見てもわからず、実は現場の班長と毎日書き換えるExcelだより、という状況下では、適切な外注判断はとても難しい。

この問題は結局、自社の生産能力を正確に把握することが困難である、という根本原因から生じている。これ以上は話が長くなるから深入りしないが、多品種を扱っている工場では、どこも納期確約は難しいのだ。タクシーやホテルみたいな調子では、工場の能力はなかなかB2B取引できないことを知っておいてほしい。

では、二番目の方策はどうか。すなわち機械化である。もっと大きなパン屋なら、それもあるだろうな、とあなたは思う。しかしサンドイッチに具をはさむ機械とか、ビニール袋でラップして段ボール箱にしまうロボットとか、本当にあるのだろうか? たとえあったとしても、品目が増えたり、レシピが変わったりしたら、自分で設定を直せるだろうか。

店のパン焼き職人は、もっと大型の食パン専用焼き窯が欲しい、とも言っていた。だが、パンを焼く速度が全体を律しているとは思えない。それに、学校給食が減っているのに、食パンだけ能力増強するのも、アンバランスではないか。機械化による生産性向上は、量産型のところでないと、なかなか功を奏さない気がする。

それなら、(3)人を増やす、という古典的な対策は? まあこれは人手不足の昨今、容易でないことはご承知の通りだ。それに、いったん人を雇ったら、すぐに首は切れない。でも、景気も需要も変動しがちである。人を増やせばリードタイムを短縮して、余計な製品在庫を抱えるリスクを減らせるが、その代わり不稼働な余剰人員(リソース)を抱えるリスクを増やすことになる。実はリスクが姿を変えただけである。

この問題があるから、過去25年間の不況の間、企業は正規従業員数を増やしたがらず、パートや季節工など、人数の増減がしやすい雇用形態へシフトしてきた。特に今世紀に入ってからはその傾向が加速し、派遣労働に頼る割合が増えた。つまりリソースを変動費扱いできるような状況を、企業経営者は求めてきたのである。

だがその結果、今度は労働者の側に、いつ仕事を失うか分からない、というリスクとなった現れた。「メーカーの在庫リスク」→「下請けの余剰人員リスク」→「労働者の雇用リスク」、という風に、リスクが姿を変えながら、より弱い立場に転嫁されてきたことが分かる。そればかりか、低賃金で不安定な雇用条件の人口が千万人単位で増加し、総需要が減って、ものの売れない状況が、ますますが固定化してしまった。

まあそれはさておき、今時、パートでさえ確保は困難だ。おまけにあなたのパン屋さんの場合、1日の中でも昼前が一番忙しく、午後は暇になって、ピーク人数だけでは考えにくい。家族を手伝わせるのも限界がある。

ということで、どうも答えは、(4)「需要を見込んであらかじめ作りだめしておく」、しかないように思えてくる。実際、下請け型受注生産を強いられている部品材料メーカーの中には、顧客納入先の近くに倉庫を借りて、作りだめした製品をストックして置く企業も、それなりに存在する。注文を受けたら、そこから出荷する。中には、サプライヤー同士で共同倉庫を運営しているところさえある。

だが、そんな非効率な形態はやめたいから、解決策を考えているのだ。とはいえ、何を、どこまで作りだめしておいたらいいのか? いろんな段階の部品も製品も、全部作りだめしておくのか?

ここに、『カップリングポイント』という重要な概念が登場する。

図を見てほしい(この図は2015年に書いた記事「「すべての製造業は受注生産かつ見込生産である」 https://brevis.exblog.jp/23904094/ の再掲である)。生産を始めてから終わるまでの工程が、一列に並んでいる。ところで、各生産工程に要する時間を合計した総リードタイムは、顧客の要求するリードタイムよりも長い。これが問題の根源なのだ。
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問題を解決するためには、出荷からさかのぼって、要求リードタイムよりも長い上流側(図の左側)の部分を、あらかじめ計画的に作っておくしかない。そして、途中まで製造した中間部品ないしサブアッシーを、在庫としてストックしておくのである。顧客から確定注文が入ったら、そのストック在庫から出発して、残る右側の工程を粛々と進めていく。このような在庫点を、カップリングポイントと呼ぶ(APICSの用語ではCODP = Customer order decoupling point)。

カップリングポイントの左側、上流側は需要予測に基づく計画生産になる。そして右側、下流側は、確定受注にひもづいた受注生産である。つまり、このような生産形態は、見込み生産と繰返し受注生産を、カップリングポイントで接合した形である。いわばハイブリッド型の生産形態といえよう。カップリングポイント以外の在庫は、できれば減らすほうがいい。

もちろん、上の図は直鎖的な工程だけを描いたが、実際には複数部品を組み合わせるケースも多いだろう。また多品種で共通する資材もあるだろうから、カップリングポイントの設定は、それなりに複雑である。また、カップリングポイントのストック在庫量の適正値はどう決めるか、という問題もある。ただ、こうした細部については、今回は割愛しよう。

なお、カップリングポイントを持つハイブリッド型生産形態とは、全体としてATO(Assemble-to-order)ではないかという疑問をお持ちの方もあるだろう。確かに似ているが、厳密には少し違う。米国生産・在庫管理協会APICSは、ONBOK第3版でATOをこう定義している:

(拙訳)「ATOの形態では、製品は、顧客の注文を受けた後に、部品から組み立てられる。組立工程ないし最終工程に使うキー部品類は、あらかじめ顧客の注文を想定して計画生産し在庫しておく。注文を受けたら、組立を開始する。オプション選択の組合せによって製品に多くのバリエーションがあり得るが、共通部品の組立てで製造可能な場合に、この戦略は有効である。」
(参考)APICS Operations Management Body of Knowledge Framework, Third Edition 4.2節

つまり、ATOとは、カップリングポイントをできるだけ下流側に引きつけて、注文を受けたら一気呵成に組立出荷する形態であり、かつ、多数の製品バリエーションを実現する工夫でもある。

ところで、逆に考えると、カップリングポイントをどこに置くかによって、あなたの会社は納入リードタイムを設計できる、ということだ。ポイントを極力、下流側(図の右側)に置いて、注文から出荷までを短くし、短納期を競争力にすることもできる。ただしその場合、最終需要に近い中間部品をストックすることになるから、在庫の陳腐化リスクも高まる。

逆に、カップリングポイントを上流側(左側)に置けば、注文から納入までのリードタイムは長くなるが、より共通性の高い基礎的な部品材料をストックするだけで済むため、おそらく在庫リスクは小さくなる。また、在庫ポイントは普通、自社で持つから、それ以降は内製が基本だ。内製する部分が多くなれば、それだけ利益も、粗付加価値額も高まるだろう。

このように、自社の強み・訴求点をどこに持つかに応じて、どのような納期を設計し、どこまでを内製化するかが決まる。つまり、自社の生産形態というのは、すぐれて戦略的な決定事項なのである。

この概念を説明するのに、わたしは以前からうなぎ屋のたとえを使ってきた。しかし最近、愛知県の江藤様という読者の方から、大変素晴らしい事例を教えていただいたので、簡単にご紹介させていただきたい。それは、うどん屋チェーンのケースである。

うどん屋は、顧客の注文を受けてから作る、繰返し受注生産である。そのチェーンの代表が、「丸亀製麺」と「はなまるうどん」だ。ところでこの両社は、実は異なる戦略を取っている、というのである。
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(写真は江藤様の資料より引用)

「丸亀製麺」は、小麦、野菜などはすべて素材形状のままで在庫し、店内で麺打ちから調理し販売する。他方、「はなまるうどん」では、麺や揚げ物はすべて別の工場(セントラルキッチン)で調理したものを使い、店舗では最終の茹で、揚げを行うのみである。

「丸亀製麺」は、麺や汁を計画生産してカップリングポイントとし、揚げ物や茹でなどは受注生産する、ハイブリッド型形態である。ただ、注文を受けてから具を作るので、リードタイムが長い。それをカバーするため、大勢のリソースを厨房に使う。顧客に手作りかつ出来立てのうどんを提供できるのが特徴だ。

逆に「はなまるうどん」は下流側にストック在庫持つことで、短い納品リードタイムを実現している。つまり受注組立生産(ATO)に近い。そして少ないリソース、狭い店内で顧客要求に対応できる。このように、両者には一長一短がある。肝心の味に関しては、両派ともに言い分があろう。

うどんは多品種的な商品だし、それを組み合わせで実現できるから、はなまるのATOは一応、理にかなっているように見える。しかし、よく考えてみると、カップリングポイントが最終需要に近いため、需要の読みが正確でないと、在庫ロスが生じやすい。またセントラルキッチンからの輸送時間・コストもかかる。出店はセントラルキッチンと一緒に計画する必要があるため、面で出店計画を考えざるを得ない。丸亀製麺なら、店舗を個別に増やすことが可能だ。

では、両者の業績はどうなのか。その比較は、以下の通りだ。

丸亀製麺    2018年3月期: 904億円、利益140億円(利益率15.5%) 792店舗
はなまるうどん 2018年2月期: 306億円、利益 6.7億円(利益率2.2%) 458店舗

この二つの会社は、ほぼ同じ時期(2000年)に一号店を出店した。だが、今や差は歴然としている。この差がすべて、上記の生産形態に関する違いから生まれたかどうかは、定かではない。ただ、現時点までを見ると、丸亀製麺の方が上をいっている。おそらく、より的確な戦略を繰り出せたのだろう。

生産形態というのは、製造業にとって、非常に重要な戦略なのである。それは、よくよく考えてデザインすべきだ。それなのに、過去の経緯に引きずられて、漫然と決めている企業が多すぎるように思う。それは単純に「もったいない」のである。わたし達の社会には、技術も現場も、優秀な人には事欠かない。しかし、会社全体・サプライチェーン全体を見た戦略が、足りないのだ。戦略の欠落を、なんとか戦術で補おうと、真面目な人たちが苦心惨憺している。それは本当に、人の使い方が「もったいない」のである。


<関連エントリ>

カップリング・ポイント
 →「工場計画論(5) BTOと製品アーキテクチャー」 https://brevis.exblog.jp/12306818/ (2010-03-14)

デリバリーの設計とCODP
 →「すべての製造業は受注生産かつ見込生産である」 https://brevis.exblog.jp/23904094/ (2015-11-25)

(追記)
あなたのパン屋の場合も、うどん屋のように、在庫の賞味期限(鮮度指定)の問題がある。だからサンドイッチという製品で在庫するのは、もちろん得策ではない。でも、部品であるカツやパンだって、期限がある。こちらはさらに難問である。読者の皆さんだったら、どうアドバイスされるだろうか? たまには双方向で、議論して見みたいと思うので、メールでもコメント欄でもいいから、解決策を書いてみていただけると幸いである。



by Tomoichi_Sato | 2019-03-12 23:34 | 工場計画論 | Comments(3)

下請け型受注生産という日本的形態を考える

あなたは、小さなパン屋の社長さんだ。町の商店街に店をかまえ、店の奥には小さいながらパン焼き工場(こうば)に職人も抱えている。店の売り場は、親族が受け持つ。実はあなたは少し前まで、都会でエンジニアをしていたのだが、やむを得ない事情で、郷里のパン屋を引き継ぐことになったのだ。

店を引き継いだ時は、赤字経営だと税理士さんから聞かされた。御多分に洩れず、地方都市の商店街は地盤沈下で客足が遠のき、売上の柱だった小中学校の給食パンも、少子化で減っていた。パン作りについては素人で何の知識もないが、ただ、あなたは一応、会社勤めで得たビジネス・センスを、多少は持っている。何とか頑張って、店や雇い人たちを盛り立て、まだ経営は低空飛行ながら、ようやく収支トントンのところまで持ち直した。

そんなあなたのところに、面白そうな商談が舞い込んできた。その地方のチェーンストアの店舗に、サンドイッチを納めないか、というのだ。あなたが人脈づくりのために顔を出した商工会で、昔の同窓生を経由して、そんな話が来たのだ。早速、先方と会って話を聞いてみる。

そのストアでは、コンビニに対抗してお弁当お惣菜コーナーをもうけ、そこにサンドイッチも置く計画だ。サンドイッチは、毎日250食以上が見込める、という。そのかわり、コンビニ並みに、JIT納品の方針である、と伝えられた(JITはジャスト・イン・タイムの略)。1日4回、2時間おきの納入である。注文の数量は、2時間前にFAXで送られてくる。

忙しそうだが、業容拡大のチャンスだ、とあなたは思う。うまくいけば、月商100万円近い売上増になる。パートを雇っても、何とかペイするだろうと、ソロバン勘定をしてみた。利益が出れば、古くなった店の設備も新しくリニューアルできるかもしれない。

ところで、生産管理の用語でいうと、あなたの店は今まで、顧客の需要を予測して商品を作る、見込生産(MTS = Make-to-stock)の生産形態だった。しかしチェーンストアの注文を受けてサンドイッチを作るビジネスは、繰返し受注生産(MTO = Make-to-order)の形態になる。

一つの会社が、商品種別ごとに、異なる生産形態を持つこともありうるのだから、これは格別おかしなことではない。だが、このような生産形態の変更は、あなたのパン屋ビジネスに、どのような変化をもたらすだろうか?

(注:前回の記事ではMTS = "Make to Stock"と書いたが、つい最近入手したAPICS Dictionary日本版を見たら、間にハイフンを入れている。そこで今後は、"Make-to-order”のように表記することにする)

さて。1ヶ月も経つと、あなたは次第に大変な仕事を引き受けたと感じ始める。

注文(納入指示)は2時間前にFAXでくる。しかし、カツサンドなどの調理をしていると、2時間のリードタイムには、間に合わないのだ。しかたなく、あなたは一日のはじめに、出荷量を想定してカツ調理の指示を出すことにした。注文の分だけ、パンにはさんで出荷する。

だが、見込がちがうと売れ残る可能性がある。しかも、チェーンストアの仕入れには、鮮度指定があり、製造後6時間以内のものでなければ受け取ってくれない。これはライバルであるコンビニなどとも同様だ。

何よりも困るのは、材料仕入れだった。毎日の出荷変動が激しいため、余裕を多目にとって発注するしかない。だが、どれだけ在庫量を持つのが適正だろうか? それに肉などは、賞味期限がある。たくさん買えば安くなるのはわかっているが、あまり大量に買い込んでおくわけにもいかぬ。

おまけに、もう一つ、誤算があった。月末になると、出荷数量に応じて請求書を作り、チェーンストアに請求する。ところが、この時点でさらに、単価のネゴをうけるのだ。その月に、たくさん売れれば、値引きを要求される。でも逆に、売れなければ、自分が廃棄ロスを背負うことになる。

注文を受け納品した後で、単価値引きの要求をされるなんて、不合理な商習慣だ、とあなたは憤慨する。だがストアの仕入れ担当者は、商売なんてこういうものだ、と平然としている。自分がかつて勤めた企業でも、購買部門ではこんなことをしていたのだろうか?

前回 https://brevis.exblog.jp/28031713/ の記事で、生産形態は4種類に大別できると、わたしは書いた。だが、あなたのサンドイッチの生産形態は、本当に繰返し受注生産(MTO)なのだろうか? MTOは、注文を受けたら、資材購買をかけて、製造する形態のはずである。だが、あなたのサンドイッチ・ビジネスは、どう見ても先に資材購買しておき、さらにカツにまで調理している。

だとしたら受注組立生産(ATO = Assemble-to-order)なのだろうか? 確かに、食パンの間にハムやカツをはさむ作業は、「組立」工程だと言えなくもない。するとあなたは、常備品としてのカツを、いわば機械系工場におけるサブアッシー(Sub-assemblyの略称で、あるまとまりまで組み上げた部品のこと)として、常備在庫でストックしているのだろうか? そして注文が入るたびに、組立てて出荷しているのだ、と?

だが、顧客であるチェーンストアは、「製造後6時間以内」との鮮度指定をしていることを、忘れないでほしい。ATOにおける常備品在庫とは、性質が違うのだ。ATOは需要変動を、常備品在庫で吸収する点が最大の特徴だ。注文が少なかったら捨てるしかないような在庫は、常備品とは言えない。

おまけに、あなたのケースでは、チェーンストア向けのサンドイッチは、ハムもパンも調味料も同社特有の仕様になっており、他の客に売ることはできない契約になっている。そもそも専用のラッピングで包装しているから、作りすぎた製品を、自分のパン屋の店頭には置けない。

しかもATOは、ある程度バラエティのある顧客の注文を、常備品在庫した部品やサブアッシーを使って、モジュール的に組み合わせて実現できる点に長所がある。特定顧客の固定した仕様だけを実現するなら、別にモジュラー型の製品アーキテクチャは必要ない。サンドイッチは組立製造にも見えるが、これがアンパンやデニッシュだったら、誰も受注組立製造だとは思わないだろう。

明らかに、あなたのチェーンストア向けビジネスは、ATOではない。少なくとも、アメリカの教科書に定義してあるATOとは、はっきりと異なる。だが、ATOではないとしたら、一体どんな生産形態なのか?

わたしはこれを、「下請け型受注生産」と呼ぶことにしている。下請け型受注生産の定義は、次の三つの条件を満たすことだ:
(1) 特定顧客向け仕様の製品を作っている
(2) 需要は変動しやすい
(3) 受注から納品までのリードタイムが、必要な製造リードタイムよりも明らかに短い

あなたが困っている根本の理由は、FAXで注文を受けてからサンドイッチを作り始めても、2時間の納品リードタイムに間に合わないからだ。だから、あらかじめカツを作り置きしておいて、ちゃんと6時間以内に出荷(消費)されるかどうか、心配していなければならない。もしこれが、十分に間に合うような納期(例えば12時間)だったら、あなたは冷凍庫に材料の肉を常備在庫しておいて、注文に応じて作ればいい。

あるいは、たとえ納期が2時間だったとしても、毎日の出荷量がいつも時刻毎に正確に同じだったら、全然困らない。予定を立てて、計画生産できるからだ。需要が読めない。それなのに、注文を受けてから製造したら間に合わない。だから、あなたの自己責任で、廃棄のリスク込みで、途中まで製造に着手していなければならないのだ。

それでも、その製品が汎用的で、いろいろな顧客に売れるようなものだったら、まだしも救いがある。チェーン店向けに作りすぎて残っても、店頭で売りさばくことができる。仮に通常の部品類だって、A社がダメでも、B社が買うかもしれない。たとえ個別には需要の変動が大きくても、複数顧客の需要を足し算すると、プラスの変動とマイナスの変動が打ち消しあって、相対的にリスクは小さくなる。これは数学的にも明らかだ。

上記(1)(2)(3)の条件を満たすような生産形態では、明らかに受注側は、需要を先読みして購買と製造に着手しておかなくてはならない。機械や電子部品のように賞味期限がない製品は、最後まで作っておいて、製品在庫として抱えておくことになるだろう。あるいは、あなたと同じように途中まで作っておいて、中間在庫とするかもしれない。いずれにせよ、発注者側はその在庫リスクを取ってくれない。つまり、契約上は受注生産のように見えるが、実態は形を変えた「見込生産」なのだ。

わたしが見てきた多くの事例では、一般に、発注側が受注側(中小部品メーカー)に対し、製造に十分なリードタイムを与えず、かつ、直前に数量を確定してくるケースが大半だ。特に発注者(大手セットメーカー)がJIT生産・JIT納品を標榜している場合がそうだ。まあ業種によっては、発注者側が大枠の先行内示を出してくるケースはあるが、それでも数量が2,3割ずれるのもざらである。

こういう商慣行が通用している場合には、生産管理の教科書にあるような「繰返し受注生産」は、成り立たない。

以前も指摘したことだが、JISの定義によると、受注生産とは
 「顧客が定めた仕様の製品を生産者が生産する形態」
ということになっている。他方、見込生産とは
 「生産者が市場の需要を見越して企画・設計した製品を生産し,不特定な顧客を対象として市場に出荷する形態」
である、という。(JIS Z 8141 「生産管理用語」https://kikakurui.com/z8/Z8141-2001-01.html

だが、あなたのサンドイッチ生産は、明らかに顧客が定めた仕様の製品を、需要を見越して生産している訳だから、JISの定義のどちらにも当てはまらない。このような矛盾が生じるのは、JISの規定が、考え足りないからだ。仕様が特定顧客向けかどうかと、生産の起点が需要見込か確定受注か、というのは独立した問題である。

したがって、生産形態とは、本当は次の図のような二次元の表になっていなくてはならないはずだ。

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この図は、わたしが『“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない』(日刊工業新聞社・2011年)で、初めて導入したものだ。そしてここには、5番目の生産形態として、「下請型受注生産」を入れてある。そして、このよう奇妙な生産形態があることは、以前からこのサイトでも繰り返し指摘してきた。だが残念ながら、未だに生産管理の常識にまではなっていない。

顧客仕様品の見込生産
「受注生産という名前の見込生産」 https://brevis.exblog.jp/8271502/ (2008-07-08)

受注生産と見込み生産の混合
「受注生産企業に生産計画は必要か?」 https://brevis.exblog.jp/23882328/ (2015-11-18)


日本の製造業における生産管理が混乱しがちなのは、このように、その基礎であるはずの生産形態の概念自体が歪んでいて、実態を反映していないからだ。

ちなみに、日本には下請法という法律があり、発注者(「親事業者」)による「優越的地位の濫用」を抑制する建前になっている。例えば、内示書を出したのに、下請け業者がその通り納品しても、全品を受け取らない、といった行為は法律で禁じられている。

(参考) 下請法 − 対象となる4つの取引と11の禁止事項 

ただ、この法律には、資本金による制約がついている。受注側の資本金が3億円以上だったら適用されないし、それ以下でも、発注者側の資本金が1千万円以下だったら対象にならない。それに、あなたのサンドイッチ・ビジネスの場合、発注者は先行内示を出さずに、FAXによる注文で全品受け取る訳だから、禁止事項には該当しなさそうだ。明らかに在庫リスクを下請け側に押し付けているのだが、法律は守ってくれない。(ただ月末の値引き再交渉は、「下請代金の減額」に該当する可能性があるかもしれないが)

なお、日本の自動車業界では、先行内示を前々月から出しておいて、かんばん等で実需を調整するやり方が広く行われている。そして、中には内示と実需がかなり食い違う会社があって、部品メーカー泣かせとなっている。ところが、わたしが業界の人から聞いた限りでは、同じ日本の自動車会社が、北米ではこのようなやり方をせず、部品メーカーには確定注文を出し、その通りに引き取るという。

なぜこのような違いが生じているのか、詳しい事情は分からない。でも(ここから先は想像だが)、北米の部品メーカーはそれなりの企業規模であり、かつ法律知識も権利意識も高いので、在庫リスクを押し付けるような発注契約が難しいのではないか。そして、その事情は、おそらく欧州や他の新興国でも似ているのであろう(新興国のマネージャー層は、しばしば欧米のビジネススクールで高度な教育を受けているものだ)。

結果として、JIT納品の旗印のもとに、需要変動のリスクを下請け側に押し付ける「下請け型受注生産」は、極東のガラパゴス的な島国だけに残るような気がする。経営基盤の弱い中小下請けが、サプライチェーンの需給ミスマッチのリスクを背負うような生産形態が蔓延していることこそ、この国の産業構造の弱点であることに、より多くの人が気がついてほしいと願う。

で、気がついた人は、どうすべきか? それについては、項を改めて、もう一度書こう。



by Tomoichi_Sato | 2019-03-03 13:30 | 工場計画論 | Comments(1)

自社の生産形態をデザインする

ときおり頼まれて、生産スケジューリングの話を人前でする。生産計画やスケジューリングについて困っている方が、製造業には多いのだろう。中堅中小の工場はいうに及ばず、結構な大企業の工場に行っても、Excelの生産日程表を現場に配って、現場のリーダーたちが個別に指示采配しているケースを、よく見かける。

Excelだから悪いと決めつけるのは早計かもしれないが、現場の状況に応じて臨機応変に修正するには、どうしたって時間がかかる。だから納期や機械稼働に変動の多い工場では、機動的に指示変更が出せない。出せないと、需給のタイミングがずれて、欠品や在庫が増えることになる。かくて納期遅れが多いのに、無駄な在庫も多い、という現場ができ上がる。

そこで、何か良い知恵はないかとお集まりの皆さんに、わたしが必ず最初にする話が、『生産形態』の種別の説明だ。なんだか肩透かしを食らったような気がすると思う。生産方式と生産形態というテーマは、生産管理の教科書なら、最初に出てくる概念だ。だが、セミナーに集まる多くの方は、あまり生産管理の理論をキチンと学んだ経験がないようにも、見受けられる。奇妙なことだが、これが日本の製造業の実態らしい。

生産方式とは、モノの作り方と工程のあり方に関する分類だ。たとえばプロセス型生産とか、組立加工型生産といった類型がある(後者はディスクリート型ともいう)。組立加工型はさらに、フローショップ型とかジョブショップ型などに分かれる。作る製品の量と質によって、生産方式はおのずと制約される。牛乳は旋盤で削らないし、豪華客船は反応釜では作れない。だから生産方式は、主に生産技術部門が考え、結果は工場レイアウトなどに現れてくる。

他方、生産形態とは、需要(顧客注文)に対してどのように応じるかを分類した概念である。たとえば見込み生産とか、個別受注生産といったタイプがある。生産形態は生産方式がどうであるかにかかわらず、独立して決まる事柄で、むしろ生産管理(とくに生産計画)と関係する。だからスケジューリングの話の最初に説明するのだ。生産形態をどう選ぶかによって、リードタイム・在庫量が大きく変わる。

では、生産形態はどこの部門の誰が決めるのか? そう。ここが問題なのだ。

多くの企業では、自社の製品の生産形態を、主体的に決める人がいない。なんとなく、従来の行きがかり上、現在の形態に落ち着いているだけで、それがベストかどうかを吟味する人もおらず、責任部門も存在しない。少なくとも日本では。これがたとえばアメリカの先進的企業なら「サプライチェーン・マネージャー」あたりが決めるのだろう。だが、そうした職位は、わたし達の社会では希少だ。

自社の生産形態は、日本人お得意の全員コンセンサスで決める? わたしは違うと思う。そういう問いを、誰も立てた事がないのではないか。

もっとも先ほど、「生産管理の教科書なら最初の方に書いてあるはず」といったが、そもそも率直に言って、生産管理には良い参考書があまりないようだ。この国では現在、生産管理関連の本は、超初心者向けの易しいものしか、出版社が出さない状況になっている。数式が出たら売れない、「××学」はダメ、とにかく(IT本を除けば)エンジニアは専門書を買って読まない・・これが出版界で信じられている常識のようである。

話を戻すが、それでは、生産形態にはどのような種類があるのか。

これについては、わたしはこのサイトで何回も、もう10年以上前から書いている。でも、未だにネット上に情報源は限られているようだから、もう一度書く。

わたしは生産形態を、基本的に4種類に分類している。学問的にはもっと細かく5〜7種類に分ける流儀もあるのだが、分かりやすさが大事なので、4つとしている。以下の図は、2007年に書いた記事の図を少し手直ししたものだ。
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4つの生産形態の図
ATO、BTO、CTO」(2007-11-09)

4つの生産形態

ものづくりはどんな分野でも、最初にモノを「設計」し、それから部品材料を「調達」して、加工・組立・検査などを通して「製造」し、最後に「出荷」して客に届ける必要がある。すなわち、生産とは
 (1)設計 → (2)資材調達 → (3)製造 → (4)出荷
の4つのステップからなるプロセスを必ず通る。これは乳製品だろうが、豪華客船だろうが同じことだ。

この、設計→資材調達→製造→物流、という4ステップのうち、どこまでを先に準備しておき、どこからを需要情報(顧客注文)に合わせるか、によって、生産形態は大きく4種類に分かれる。

わたし達の社会で、皆が一番イメージしやすいのは、「見込生産」だろう。英語ではMTSと呼ぶ。MTSはMake to stockの略語で、ストックするために作る(=生産して在庫しておく)形態をいう。英語の表現の方が、実質をわかりやすく示している。「見込み」という日本語には、何を見込むのかという曖昧性が残るので、わたしの所属する中小企業診断士協会「生産革新フォーラム」(略称MIF研究会)は、「需要予測生産」と呼ぶことを提案し、共著『“JIT生産”を卒業するための本』 でも、そう書いた。

MTS(見込生産)という生産形態は、この(1)設計から(3)製造までを、自分たちの需要予測に基づいて事前に行っておき、出来上がった製品をストック在庫の形にしておき、実需に応じて流通経路に配する。いわば、顧客の需要(注文)と、生産による供給が、(3)と(4)の間にある製品在庫でマッチする(調整される)形になっている。

顧客から見ると、注文したらあとは出荷のみだから、入手までのリードタイムが短いし、メーカーの立場から見ると、予測に基づく計画生産で工場を動かせるから、すごく生産性もコスト効率も良い、ということになるはずである。ただ、その代償として、陳腐化リスクの高い製品在庫を、たくさん用意しなければならない。

このMTS(見込生産)の代表的業種は、家電・自動車・食品・日用品などの製造メーカーである。これらの業界はほとんどがBtoC(消費者向けビジネス)の企業だから、盛んに広告宣伝をするので目立つし、特に自動車と家電業界は長らく、日本の製造業をリードしてきた業界だった。だから、なんとなく「ものづくり産業」というと、このMTS(見込生産)形態が日本の主流のように、皆が思い込む時代が長く続いた。

しかし日本の電機メーカーは、知っている人は周知の通り、海外市場では見る影もなく落魄し、日本はむしろ電子材料・部品メーカーとしての面だけが生き残っている。部品が強いというのは、航空宇宙業界などでも似ていて、日本製旅客機はいつまでたっても空に雄飛しないが、航空機部品メーカーは海外でもそれなりに存在感を示している。

こうした電子材料・部品や機械部品メーカーの業界は、ほとんどが「繰返し受注生産」(MTO = Make to Order)の形態をとっている。英語のOrderは注文を意味し、MTOとはつまり、注文に応じて作る、の意味である。ものづくりのプロセスでいうと、(1)設計だけは事前に行っておく。注文が来たら、(2)資材調達→(3)製造→(4)出荷、というステップを進める。

MTO(繰返し受注生産)の形態では、MTSと違って、製品在庫という形のリスクを負う必要はない。注文を受けてから資材を手配すれば良いからだ。まあ、正確にいうと、注文に応じて調達する資材(引当品)の他に、注文がなくても常備しておく資材(常備品)も抱えている場合が多いが、在庫リスクはMTSに比べて小さい。

その代わり、MTO(繰返し受注生産)では、注文してから手に入るまでのリードタイムが長くなる。仮にあなたが年末ジャンボ宝くじの特等にあたって、海外メーカーのディーラーに行き、念願通りカタログにある最上等の豪華なスポーツカーを注文したとしよう。もちろんカタログに載っているからには、設計は済んでいる。だが、店頭に在庫はあるまい。十中八九、注文生産になる。そして何ヶ月も待たされることになろう。在庫リスクは小さいが、リードタイムの長さが、この種の生産形態のネックだ。それでも、先に述べたように、今日の日本の製造業のかなりの数が、この生産形態をとっている。

ところで自動車のケースについていうと、あなたが冬のボーナスで普通の乗用車を買うためにディーラーに行った場合、仮に車種はすでに決まっていたとしても、エンジンの排気量や外装・シートの色から、エアバッグ装備、カーナビ等電装品の配置等まで、相当数のオプションを選べるはずである。あなたが選んだオプションは、隣のテーブルで同じ車種を買おうとしている客とは、きっと全然違う。これもまた、注文生産ではないのか? では、自動車メーカーは何ヶ月も待たせる代わりに、どうやって数週間で配車してくれるのか?

それは、国産車メーカーの多くが、自社の主力商品について、じつはATOという生産形態をとっているから可能になるのだ。ATOはAssemble to Orderの略で、日本語では「受注組立生産」と呼ぶ。

ATOでは、受注したら詳細な仕様やオプションに従って、組立に必要な部品やサブアッシーを選び出す。そうした各種部品やサブアッシーは、すでに(1)設計し(2)資材調達して、常備在庫としてストックを持っている。だから工場では組立てして検査するだけで、すぐ(4)出荷できる。MTS(見込生産)ほどではないが、注文から出荷までのリードタイムはかなり短い。そしてMTS(見込生産)に比べて、在庫リスクも小さい。

こうした業態は、PCのようにオプションが多数ある製品に向いている。早くから、この生産形態を徹底化したのがデル・コンピュータ社だ。彼らは自分たちの生産形態をBTO(Build to Order)と呼んで、普通のATOより進化したものと主張している。

事実、デル・コンピュータ社は、工場に常備品を多数ストックするようなことはしていない。そもそもPC用の電子部品(特にチップ系)は数ヶ月単位に値段が下がっていくので、常備すると陳腐化リスクが大きい。だから、彼らは現物として工場にストックする代わりに、部品市場で価格と需要を先読みしながら、先行手配をして、実需ニーズにほぼ合致するようにしている。実物在庫ではなく、サプライチェーン全体の供給予定(一種のエシェロン在庫)で、正確にコントロールする能力が、彼らの強みである。

ここまでに、MTS(見込生産)、MTO(繰返し受注生産)、ATO(受注組立生産)の3種類を説明した。では、残りの1種、図の一番上にあるETO(受注設計生産)とは何なのか?

あなたが仮に、豪華客船を手に入れるべく、造船所に注文に行ったとしよう。豪華客船の購入は、年末ジャンボ宝くじ程度では無理だが、まあ、遠縁の叔父の遺産のおかげで、クルーズ会社の経営者の立場を引き継いだことにしようか。いや、何だったらあなたは投資会社の辣腕役員で、これからは特殊なLNGタンカーの需要が高まると睨んで、造船所に掛け合うのでもいい。

豪華客船であれ特殊タンカーであれ、こうした船は通常、注文を受けてから(1)設計し、(2)資材調達し、(3)製造して、(4)出航(出荷)する、という4ステップを踏むことになる。これをETO = Engineer to Order(受注設計生産)と呼ぶ。特殊な船だけでなく、航空機や産業機械といったものも、この範疇に入る。顧客の仕様があまりにも個別ないし特殊なので、設計が都度必要になるのである。

このETO(受注設計生産)形態は、したがって、注文から出荷までのリードタイムが最長となる。その代わり、ETO企業はふつう、一切ストック在庫を持たない。毎回、個別に必要な資材だけを調達する。工場内にある在庫は全て、仕掛り中のフロー在庫である。

お分かりだろうか。生産形態の選択は、その製品に関して抱えるストック在庫の量と、リードタイムの長さを規定する。一般にリードタイムの短さと在庫量の少なさは、相反の関係にある。短納期を武器にするのか、それとも低在庫リスクのコストメリットを追求するのか? 自社の強みと競争力を、どこに置くのか。したがって、どの生産形態をとるべきかは、製造業における戦略の重要なポイントになるのである。

そして戦略である以上、それは一種の仮説、ないし賭けである。戦略が適切であるかどうか、継続して検証していかなければならない。検証するためには、しかるべきKPIを設定して、測定していく必要がある。とるべき生産形態(戦略)によって、重視すべきKPIも異なるはずである。

ちなみに、上の説明を読むと、何だかATOが一番良さそう(リードタイムと在庫のバランスが取れている)との印象を受けたかもしれない。だが、ATOを実現するためには、
(1)顧客がバラエティ豊かなニーズを持ち、それを受け付けられれば営業上の優位となること、
(2)バラエティを、モジュール化したサブアッシーや部品の組み合わせで実現できる製品アーキテクチャになっていること、
の2条件を満たせる必要がある。つまり、生産形態の選択には、設計部門や営業部門を巻き込んだ検討が必要なのである。

営業、設計、製造の3部門がそれぞれ分権化(あるいは分社化)し、「分業病」の高い壁で隔てられているような企業では、どのような生産形態が望ましいか、といった問題設定を立てること自体が難しくなっている。結果として、「なりゆき」思考で生産形態が決まってしまう。だが競争力を取り戻したかったら、生産形態に関する適切な戦略が必要なのだ。

もっとも、このサイトを読んでくださる読者諸賢の多くは、おそらく3部門を統括する社長でも事業部長でも、ないだろう。でも、そのような問題意識にあふれた貴方こそは、会社の将来、あるいは日本の産業の将来を担うはずの人材なのだと思う。だったらまずは、こうした分業病の限界に気づいて、一人一人が「なりゆき思考」から、脱却するべき時なのである。


by Tomoichi_Sato | 2019-02-24 15:00 | 工場計画論 | Comments(0)

ラインビルダーとは何か、なぜ今、必要なのか

平田機工という会社を初めて訪れたのは、一昨年の夏だった。熊本の企業で、熊本市の本社の近くに、いくつもの工場が隣接・点在している。いや、本当は東証に上場している全国区の企業であり、年商はその当時すでに600億前後あったと思う。だが、3年前の熊本地震を機に、わざわざ本社を東京から発祥の地・熊本に戻していた。紹介いただいたのは、野村総研でサプライチェーンやロボティクス専門家として著名なF氏である。

平田機工は、業種分類的には、機械メーカーということになるのだろう。事実、自社で機械を設計製造している。だが、その本当の業態を表すならば、「ラインビルダー」という言葉がふさわしい。ラインビルダーとは、高度に自動化された製造ラインを、機械も制御もITも含め、丸ごと一式作って、顧客の工場に納める仕事である。

たとえば、あの米国の自動車会社GMの最新式製造ラインを、平田機工は熊本の工場で作っている。米国から技術者がきて、工場出荷前の立会検査を念入りに行い、それから機材をばらして米国に送るのだ。行って、自分の目で見て、仰天した。こんなことが日本の地方で行われているとは、ほとんど誰も知るまい。

自動車の製造ラインだけではない。加えて、半導体と、家電の製造ラインが、平田機工の三大得意分野だ。それも主要な顧客はすべて、海外の著名大企業である。英国の家電メーカー・ダイソンの新しい「ウルトラソニック」ヘアドライヤーの自動組み立てラインも、平田機工が作った(YouTubeに画像がある)。平田社長のところには、創業者ダイソン氏からも、故スティーブ・ジョブズからも、そして現在アメリカの自動車業界を大変にぎわしている某M氏からも、直接電話がかかってくる。この3人から直接、相談の電話がかかってくる人物など、日本の政財界広しといえども、他には居るまい。

平田社長によると、会社には営業マンは実質、3人しかいないのだそうだ。営業本部などというものは、存在しない。顧客がいわば門前に行列をなし、その中から好きな仕事を選べるからだ。それは、同社にしか作れない、非常にユニークな技術を多数持っているからである。事実、2~3年先まで、もう注文で仕事は埋まっているという。同じ受注ビジネスの世界に生きる者なのに、自社とのあまりの違いに頭がクラクラした。

そして、一括請負形態なのに、きわめて高収益である。いまでも返す返す残念なのは、このとき帰ってすぐ、同社の株を買っておかなかったことだ。たしかまだ5千円台だったのではないかと思う。今ではすでに倍以上である。東証で一番、過去数年間の株価上昇率が高い企業の一つなのだ。ただ、仕事の9割近くが海外で、国内ではあまり知られていない。本当に、知れば知るほど、不思議な魅力をもった企業である。

ところでその後、再度同社を訪問したわたしは、単なる一介の会社員であるにもかかわらず、上場企業の経営者である平田社長に向かって、研究会を立ち上げたいからご協力をいただけないか、とお願いした。ずいぶんと図々しい懇願だったにもかかわらず、快く応じてくださり、昨年夏から研究会組織化の活動が始まった。

平田機工に参加してもらって、いったい何をはじめたのか? それは、「次世代スマート工場の設計論」に関する研究会である。次世代、と名前につけたのは、現在の我が国の「スマート工場」には、いささか足りぬ点があると思ったからだ。それについては、先月、「『スマート工場』はスマートか?」(2018-05-26)に要点を書いたとおりだから繰り返さない。

そしてこの問題意識を、国に対し、つまり経産省に対してアピールしなければ、と考えた。研究会は民間の存在だが、わたし達の社会では、お上が何か言わないと、皆あまり聞く耳を持たない。

ところで、この動きはどうやら、とてもタイミングを得たものだったらしい。というのは、経産省自身が、日本の製造業のあり方に対して、かなり深い疑問=問題意識を持ち始めた様子だったからだ。

その問題意識は、この5月に発行されたばかりの、2018年版「ものづくり白書」に明瞭に表れている。こうした省庁発行の白書を読む習慣のない人は、多いと思う。だが、今年のものづくり白書は、非常に注目すべきである。過去に比べて、トーンが完全に変わったからだ。端的に言って、このままでは日本のものづくりは衰退する。その根本原因は、かなり根深い「思考習慣」にある、という危機感が、深層に流れているからだ。

(ちなみに「ものづくり白書」は書店でも購入できるが、経産省のサイトから無料でダウンロードできる)
2018年版ものづくり白書(PDF版)

白書は冒頭の総論で、「抜本的な変化を実現する上では、ビジネス全体を俯瞰して全体最適化を図るシステム思考の強化が」必須だ、といきなり述べる(P.2。以下、強調太字は筆者が引用時につけたもの)。

今日、景況が回復し売上増の傾向にありながら、我が国の多くの製造業は、納期遅れや品質問題にかなり苦しんでいる。なぜなら、製造現場で積み重ねてきた改善活動は、ものづくりに関わるバリューチェーン全体の中で、部分最適にとどまっているからだ。「個別の現場が主導する部分最適」は、しかし、「『現場力』の再構築を『現場』に丸投げ」した結果、生じたものだ。本来はそうではなく、「経営層主導により、バリューチェーン全体で全体最適化を図った現場力の再構築が重要」だと、白書は断言する。(P.86)

今年のものづくり白書の議論は、これまで「日本の現場力」を称賛してきた経済メディアなどの従来の論調と、完全に切れていることがお分かりになるだろう。

第1章3節で、白書はこう整理する。

 「過去:経営環境の変化が小さい時代 ⇒ 部分最適の積み上げが全体最適に」
 「今日:経営環境の変化が激しい時代 ⇒ 部分最適を積み上げても全体最適とならない」(P.170-171)

そして、「システム思考、及び学問としてのシステムズエンジニアリング(システム工学)習得の強化が求められる」(P.169)とも書く。

なんだか、まるで誰かさんのブログを読んでいるようだ(苦笑)。

また、「経営資源としての『データ』の重要性は著しく高まって」いるのに、「我が国においては、現在の状況を単に2000 年前後のIT ブームの再来と受け止める向きも一部には存在するなど、必ずしも、デジタル化のもたらす本質的な産業構造、社会構造へのインパクトが理解されていない」(P.3)という。

人材不足は昨今の課題だが、「人材育成で成果があがったとする企業においては、(中略)自社でIT人材を育成する割合が高い」(P.4/P.205)など、驚くべき指摘ではないか。別にIT業界の話を書いているのではない。ものづくり企業において、全体として人材育成が進んでいる会社は、自社でIT人材をも育てている所なのだ。

総論の中ではもう一つ、大事なことが書かれている。
「技術革新のスピード、課題の複雑化などが進む中、いわゆる『自前主義』の限界が露呈しており、全てを『競争』領域として捉えることなく、『協調』領域の拡大により、真の『競争』分野への投入リソースの集中を行うことが求められてきている」(P.3)

「競争領域と協調領域」という用語は、経産省が以前から使っていた言葉だ。日本企業はすべてにおいて互いに競争するのではなく、共通性の高い業務部分は、外部化することによって、コアの競争領域に経営資源を投入すべきだ。また外部化によって、最新の技術や知恵も利用できるようになる、と。

これは、工場における生産ラインづくりにおいても、言いうることだ。

そして、その文脈の中、第1章3節で、わたし達の「次世代スマート工場の設計論」研究会の成果も紹介されている。(P171~172)

研究会での議論の成果のうち、白書で特に強調されているのは、我が国に「ラインビルダー業界」を確立すべきだ、との提言部分である。つまり、工場づくり、あるいは生産ラインづくりを、協調領域として、もっとアウトソースするように考えるべきだし、その受け皿として、平田機工のようなラインビルダー企業をもっと認知し育てるべきだ、との提案である。

日本には、ロボットメーカーや工作機械メーカー、制御システムベンダーが多数存在し、かつ世界的にも技術レベルが高い。これらは、すべて生産ラインを構成する重要な要素、あるいは部品である。しかし、それを組み合わせて高性能な生産ラインを構築し、さらに工場全体を作り上げる「生産システムズ・インテグレーター」というべき企業は少なく、業界団体も存在しない。最近ようやく「ロボットシステム・インテグレーション協会」が立ち上がるようだが、わたしが以前指摘した「インテグレーター不在という深い谷間」は、まだまだ埋まっていない。そこで、あえてラインビルダーという言葉で、その社会的必要性をハイライトしたのである。

なお、「ラインビルダー」という言葉は、2年前のものづくり白書にも登場したが、どうやらこれは和製英語らしい(少なくとも欧州ではあまり通じなかった)。また、2016年版白書の記述を読むと、どちらかというとMESレベルの情報系インテグレーターを指している印象がある。しかし、ここでわたし達が言っているのは、もっと具体的・物理的な機械装置も含む、インテグレーションである。

日本の工場づくりには、大きく三つの問題点がある、とわたしは考えている。
(1) 空間・レイアウト・環境制御に関する考慮が足りないこと
(2) ITのインテグレーションが欠落していること
(3) 生産のスケーラビリティ(拡張性)・ポータビリティ(海外移植性)を最初から考慮して設計していないこと

上記の問題については、個別にこのサイトで触れてきたから、ここではあえて繰り返さない。しかし、それらを生み出した根本問題がある。それは、製造業における生産技術部門の弱体化である。いろいろな有識者の意見をきくと、どうも10年前のリーマンショックがきっかけで、日本の製造業は大幅に生産技術者を切ってしまったらしい。そのツケが、好況になってきた現在に、回ってきたのである。

結果として生まれたのが、全体性(システム思考)の喪失、縦割りと分業病だろう。そして、このトーンは上記の白書の記述とも合致している。むろん、もっとさかのぼれば、工場の成長と改善を担う中核の生産技術の役割を、十分理解せずに切り捨ててしまった経営者の側に責はあるのだが。

いずれにしても、今から急に生産技術を社内に再建する時間はない。だから、工場づくりの「自前主義」からの脱却こそ、解決策である。そしてアウトソース先としての、ラインビルダー業界の確立と認知が、急務であろう。これがわたし達の提言だ。

まあ、工場自前主義の脱却といっても、まだ社内にたっぷり人を抱えている超大手は別である。ここでは主に準大手・中堅企業を考えている。だが、大手でも、他社の知恵をまなぶべきときに来ていると、わたしは思う。白書にも引用されている図を見てほしい。製造業にとって、集中すべき「競争領域」は、本当に核となる自社製品の製造技術と、そのための人材育成である。それを支える周辺要素、すなわち物流・建築・ITシステムなどは、業種をまたいで共通性が高い「協調領域」であって、アウトソースする方が効率性がいい。
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そして、協調領域の要素を提供できる企業は、すでに日本国内に多数存在しているのである。それをまとめるインテグレーション業界が、必要なのだ。それがラインビルダーである。加えて言うと、こうしたラインビルダー的なビジネスは、顧客の個別要求とのすり合わせが必要とされる。相手の要望を聞き、まじめに構築する仕事だから、じつは日本人に非常に向いている。だから、ラインビルダーは新しい輸出産業となる可能性さえ、秘めているのである。

え? そもそも工場なんて自分で持たず、製品開発に特化したファブレス企業になり、製造はコストの安い中国あたりに委託する方がいい? スマイルカーブが示すように、製造などそもそも、お金の儲からない仕事だから、それが一歩進んだ製造業の経営戦略だって?

やれやれ。「スマイルカーブ」論は、さかのぼると、じつは台湾の受託製造業者が言い出した、マーケティング用の概念である。それを日本のメディアや外資系コンサルあたりが、普遍的真理であるかのように持ち上げるのは、どうかと思う。スマイルカーブが成立するのは、ある特定の条件が成り立った時だ(この話は始めると長くなるので、別の機会にしよう)。ただ、ものづくりと自社製造が本当に儲からないかどうか、ためしに冒頭にあげた平田機工の例を見てみたらどうか。

今わたしはこの文章の最後の部分を、ドイツのハノーバーに向かう飛行機の機内で書いている。海外の製造業の進展状況を見聞きするにつけ、日本の製造業が技術的にリードできる時代は、もうあまり残されていないと、よく感じる。我々に残された最後のチャンスを、できるだけしっかりつかむためにも、ラインビルダーという名のインテグレーター達が育つことを、心から願っている。


<関連エントリ>
 →「『スマート工場』はスマートか?」 https://brevis.exblog.jp/27295851/ (2018-05-26)
 →「『インテグレーター不在』という深い谷間」 https://brevis.exblog.jp/27172645/ (2018-04-01)


by Tomoichi_Sato | 2018-06-09 23:56 | 工場計画論 | Comments(0)

「スマート工場」はスマートか?

先日、大阪で日本学術振興会の「プロセスシステム工学143委員会」という名前の会合に参加し、スマート工場に関する短い講演を行った。日本学術振興会には、産学協力のための研究委員会というのが多数あり(https://www.jsps.go.jp/renkei_suishin/index2_2.html)。プロセスシステム工学はその中で143番という番号になっているので、関係者は頭文字をとって「PSE143委員会」と略称で呼んでいる。

プロセスシステム工学といっても、なじみがない読者も多いと思う。これは化学工学の一領域である。『化学工学』(Chemical engineering)とは、化学プラントの設計論を研究する工学である。そのうち、『プロセスシステム工学』とは、プラントの全体システムの設計と制御に関わる技術分野だ。わたし自身も若い頃はその分野に携わっていたが、すでに実務から離れて随分経つ。それなのに久しぶりに呼ばれて講演などをしたのは、今回の議論のテーマが「スマート化技術で変わるプラント・工場」だったからだ。

「スマート化技術」とは何か。それが今回のテーマだが、先に少しだけ、化学産業に関連する話題に触れておく。

今回の委員会では、わたしを含め3人の講演があった。わたし自身の講演タイトルは
次世代スマート工場の新しい設計手法 ~ 生産システムズ・エンジニアリングを目指して ~
で、最近の組立加工系の工場に起きている新しい技術的な流れについて、紹介するものだった。その上で、過去10年ほどの間に起きている、日本の化学産業の大きな構造的変化についても触れ、今後の化学プラントの設計手法も変わって行かざるをえないだろう、と言うお話をした。

その変化とは、簡単にいって、大量生産的なバルクケミカルから、多品種化した機能性素材に、日本の大手化学企業の収益源が移っていることだ。扱う製品が流体から固体に変わり、さらに生産形態が大量見込み生産から、少量多品種の受注生産にシフトしている。この変化は過去15年ほどの間に顕著になった。このことが化学工場の操業のあり方にも、設計のあり方にも、大きなインパクトを及ぼすだろう。しかし従来の化学工学・プロセスシステム工学は、その変化の準備が十分できていないように思われる。

化学産業は下流への進出とともに、離散的な『ディスクリート・ケミカル』というべき生産システムへと変貌していく。その工場の操業の中心には、MES/MOMの発展系として、『中央管制システム』が来るだろう、とわたしは予測している。その上で「ディスクリート系にも適用できる、新しいプロセスシステム工学が望まれる」と話を結んだ。

この話が、参加された委員諸賢にどれほどアピールしたかはわからない。

一般の組み立て加工系の機械工場では、機械装置などにセンサーや通信機能を取り付け、状態監視や予防保全に活用すると動きが数年前から活発になっている。またロボットを導入して、人手の作業を極力自動化したり、AIでパターン認識を活用する動きも盛んだ。こうした動きを総称して、「スマート工場」とか「スマート化技術」とよんだりしている。高度な連携制御やMES(製造実行システム)の話題も増えてきた。

しかしそもそも、化学プラントの世界では、機械装置や配管のそこかしこに、流量計や圧力計などのセンサーを設置して、その信号を中央制御室に持ち込み、原料や製品の状態をリアルタイムに監視統制する仕組みを、もう何十年も前から実現している。センサーと制御システムは、ベンダーが違っても通信できるのが当たり前で、誰もつながるかどうかの心配などしない。人手による作業も極端に少ない。

そのような意味では、機械加工組立て系の分野が、ようやくプロセス産業のプラントに、工場のスマート化の面でようやく追いついてきた、とも言える。AI技術の活用については、化学系でもまだまだこれからだが、それはどの産業にとっても似たり寄ったりの状況であろう。

ではなぜ、今さら化学産業でスマート化技術についての討議が行われるのか? それは端的に言って、スマート化と言う言葉が流行語のように技術の世界を席巻しつつあるからだ。

しかし、わたしの知る限りでは、『スマート』の公式の定義は、存在しない。

ある調査によると、スマート工場に関連する研究論文数は、2014年ごろから急激に増えている。これはドイツが2013年に、「インダストリー4.0」を推進する白書を公開したことが、きっかけになっていると思われる。この白書の中には、スマートな機械とスマートな製品、との概念が二本立てで出てくる。

ところで、「スマート工場」とか、スマートな製造など言葉の源流をたどっていくと、「スマートシティ」という言葉が先行したいることに気づく。

では、スマートシティという概念が生まれるきっかけは、何だったのか? それは、実は「スマートメーター」だった。それまで、各家庭に据え付けられていたのは、単純な電力計、あるいは水道やガスの流量メーターだった。そうした電気式・機械式のアナログメーターに、小さなチップが装着され、計量した結果を蓄積したり、通信で報告できる機能を持つようになった。これがスマートメーターの始まりだ。

スマートメーターは、確かに従来の単なる計測メーターに比べれば、スマートだろう。ではスマートシティーとは、従来の都市に比べて、どこがスマートなのだろうか。

繰り返すが、「スマート」という言葉には、広く受け入れられた学問的定義があるわけではない。みんな思い思いの意義づけを込めて、勝手に使っているのだ。

単純なアナログの機械や計器にチップをつけてデジタル化し、記録や通信機能をつけることを「スマート化技術」と呼びたい気持ちは、よくわかる。そうなった機械は、古い機械よりもスマートではある。あるいは、単なる据え置き型の工作機械よりも、カメラの視覚センサーを備え、多機能的に動くロボットも、たしかにスマートではあろう。だからロボットを導入することが、スマート化技術だという。たいへん結構。

だが、一つおうかがいしたい。産業ロボットは、本当にスマートなのだろうか?

鉄腕アトムほどの知能を誇るなら、確かにスマートだといえよう。だが鉄人28号のように、リモコンで人が操作するだけならば、上手に使わない限りスマートとは言えない。

昨年見学した、ある工場を思い出す。そこでは双腕ロボットを何台も並べて、ある精密な計量的作業にあてていた。双腕ロボットは、胴体に両手がついていて、なんとなくとても人間的に見える。そして賢そうだ。だが、工程をしばらくじっと見ていると、一つの動作中に動いているアームは、つねに1本だけなのだった。一緒に行った機械屋が、「これって、何で双腕ロボットを使っているんでしょうね」とつぶやく。かりにロボットがスマートだとしても、そこの双腕ロボットの使い方は、ちっともスマートに思えなかった。

スマートとは何か。それを知りたければ、「スマートでないもの」を考えてみると、多少のヒントになる。そして、ここでは道具や機械などの単体ではなく、人間をその要素に含む仕組み、すなわち「第2種のシステム」(法政大・西岡教授の命名による)のふるまいを対象に考えてみよう。工場などは、典型的な第2種のシステムである。

スマートではない、とは、たとえばこんなことである:

(1) 現状が分からない:ふるまいの全体状況が、リアルタイムでわからない。例えばドアをバタンと閉めて部屋の外に出てしまうと、中で何が起きているか、働いているか止まっているのかすら、わからない。これではスマートとは、言えない。

(2) 過去は忘れる:過去のふるまいの記録が残っていない。あるいは、記録は残されていても、簡単に検索や分析ができない。これではスマートとは、言えない。

(3) 先を予見しない:先にどうなるかを予見しないで、ふるまう。そんなことをすれば障害につきあたるのは明らかなのに、やってしまう。そんなことをすれば障害にぶち当たるのは明らかなのに、やってしまう。これではスマートとは、言えない。

(4) 目的意識なく、受動的で後手後手:主体的な意図や、目的意識を持つことが、スマートさの1つの条件であろう。リモコンで命じられたかのように受動的で、ただその場その場で降りかかるリクエストに、後手後手で応じているだけでは、スマートとは言えない。

(5) 問題に気づかず放置する:何か局所的に問題が生じても、全体としてそれに気づかず、放置されたままになってしまう。あるいは正常であるかのように、ふるまいが続く。その結果、当然ながら解決に時間がかかり、影響がさらに波及してしまう。これではスマートとは、言えない。

(6) 価値に結びつかぬ無駄な動きだらけ:先ほどの双腕ロボットの例のように、立派なリソースを持っていながら、価値を生み出すような働きは何もしない。立派なリソースを持っていながら、価値を乱すような働きは何もしない。ムダについては、世の中に言説がたくさんあるから、これ以上は深入りしないが、無駄なふるまいは明らかに、スマートとは、言えない。

(7) 学びの枠が狭く、似たような失敗を繰り返す:経験に学び、そこから改善すること。あるいは先人の知恵や技術に学び、それを自分のふるまいに活かすこと。これが賢さの源泉である。ところが、「学び」の枠組みが狭く、視野や注意が固定されてしまうと、自分の失敗から上手に学ぶことができない。そして似たような失敗をくりかえす。こうした例を、周囲で見かけたことはないだろうか? これではスマートとは、言えない。

以上の7点について、反対概念を考えてみると、スマートさの中核が見えてくる。それは、次のようなことだ。

1. 現在を正確に把握
2. 過去を記憶
3. 将来を予見
4. 意思と目標を実現すべく計画
5. 問題にすぐ気づき解決する
6. 無駄なことはしない
7. 経験から学び、学びの枠を柔軟に拡げる

一言でまとめるなら、「全体を考えて判断し、自律的にふるまう」である。こうした人がいれば、賢い人だと思うだろうし、こうした仕組みを見たら、スマートだな、と感じる。

こうした基準を元に、たとえば工場ならば、「指示のスマートと実行のスマート」、あるいは「機械のスマートと、製品(もの)のスマート」といったテーマを敷衍することができる。が、例によって長くなってきたので、また別の機会に書くことにしよう。

「全体を考えて判断し、自律的にふるまう」のだから、部分部分が自律的でも、全体を見て判断できる仕組みがなければ、スマートとは言えない。つまり部分的なスマートを積み上げたって、全体がスマートになりはしないのである。そして、たとえ全体を見て判断する仕組みがあっても、自律性、すなわち自分自身のビジョンがなければ、やはりスマートとは言えない。

こうしたことを含めて、あらためて「スマートさ」を考え直すべきときに来ているのではないだろうか?


by Tomoichi_Sato | 2018-05-26 11:24 | 工場計画論 | Comments(1)

人が働く場としての工場

「あんな人の使い方をすべきではないな。」

駐車場を出たとき、車の後ろの席で、P社の社長はそうつぶやいた。わたしは関西にあるPという株式会社を訪問して、工場を見学させていただき、そこの社長さんと何人かの方と一緒に、車で新幹線の駅へと向かう途中だった。車は途中で一旦、とある屋外駐車場による必要があった。

駐車場の入り口には、昔の電話ボックス位の大きさの小屋があり、そこに番人が座っていた。顔にシワの刻まれた、中高年だったと思う。彼はそこに来る日も来る日もたった1人で座り、車の出入りや場所の移動等の作業をしていくのだ。同僚との会話もなく、明確な休憩時間もない。暑さ寒さも厳しい。自動ゲートの機械を入れれば済むのだが、駐車場のオーナーは単純労働者の低賃金で済ましているのだろう。

後ろの座席でのP社長のつぶやきを聞いて、わたしは、「人が働くとはどういうことか、人をどう使うのが良いのか」について、つねに自問している方だと思った。わたしは今、見てきたばかりの工場を思い出した。P社は関西のメーカーで、中堅企業である。生産財を作るB2Bの企業なので、普通の人は知らないが、業界では比較的名の通った存在だ。どこの工場でも使う、目立たないが必須の設備を製造している。その品質、とくに信頼性と静音性はたいしたものだった。

この会社は、タイムリーなアイデアの新製品投入で、着実に成長してきた。工場はきちんと整理され、流れがある。危険性のある作業は自動化されていた。工場内に無駄な仕掛りや滞留品が置かれている様子もあまりない。空調までは記憶が無いが、外気開放でなかったことは確かだ。良い製品を、リーズナブルなコストで作っている。「中国製なんか出てきたって、負けやしませんよ。」社長は自信を持ってそう言っていた。

前にも書いたが、工場とは、「人が働くとはどういうことか」について、その会社の思想が具現化された場所である。人が働くことは創造的な行為だ、と考えていれば、それにふさわしい場所を作る。労働者は消耗品だ、と信じていれば、それにふさわしい場所になる。

工場作りが、わたし達エンジニアリング会社の仕事だ。どんな工場でも、お客様のご要望に従って作る。だが、どうせ作るなら、明るく働ける工場作りに携わりたいと考えてきた。

最近、親しい大学の先生と見学したQ社の工場は、いたく感心できる場だった。工場は10年ちょっと前に、都市郊外に集約されたらしい。主に量産型の機械加工組立工場で、まだ新しい建屋に入っている。清潔と清掃も行き届いている。大型のプレスラインと、中間品を置く自動倉庫と、組立ラインからなる構成だ。

驚いたのは、大型のプレス機の金型交換が、わずか80秒で済むと言う。普通、10分以内でできたら、「シングル段取り」と言って褒められる作業である(ゴルフ用語でシングルとは、ハンディが10以内の腕前を指す)。だからロットサイズを小さくでき、中間在庫の量も驚くほど少ない。組立ラインへの部品供給は、AGVを使って自動化されている。

さらに驚いたのは、アッセンブリー・ラインだ。複数台のロボットと加工機が柔軟に組み合わさっていて、人手の作業は最後の外観検査だけだった。ここだけは消費者に直接届く部分なので、細かな塗装の傷なども目視検査が必要だと言う。だがQ社は、最後の検査工程も、なんとか自動化できないかと工夫を重ねている。人の眼による検査は、どうしてもムラが出るからだ。

Q社の工場は、全体が空調されている。大型のプレスラインのような機械をいれた建屋を空調するのは、なかなか費用がかかる。念のため、なぜ工場を空調しているのか、たずねてみた。「やはり、その方が人間の仕事が安定しますから」だった。これが他所の企業だったら、「精密なロボット群を入れてますから」という答えになるところだ。ロボットのためなら、空調する。人間が働くなら、空調はいらない。これが多くの会社の感覚なのだが、Q社を見ると、いかに「普通の常識」が逆立ちしているかが分かる。

この会社は、「自分の使う設備は自分で作る」というポリシーで経営されている。だから高度に自動化された組立ラインも、80秒で型替えできるプレスラインも、自社で工夫しながらインテグレーションしてきた。ロボットは外部購入だが、それをどう組み入れ、どう制御し、どう使うかはすべて自分たちが設計して組み上げる。製品の品種数が多いが、それをロボット群が扱いやすいよう、顧客の製品開発にまで入り込んで、ともに工夫するのだという。

こうした事例を見ていて、あらためてわたしは、現代の経営思想には二つの異なる方向性がある、と感じた。一つめは、この会社のような、垂直統合志向である。自社の使う設備は、自分で作る。これは「内製化」志向と言ってもいい。さらに、部品や材料の製造まで、自社で手を伸ばす企業もある。日本でその代表例は、ファスナー製造のYKKだろう。安くて良いファスナーを作るためには、布地も自分で作る、金属の地金も自分で作る。そういう風にして、世界の市場を席巻してきた。

一方、まったく逆の方向を向いた経営思想もある。それはいわば、専門分化志向である。自社は、コアの競争力に特化する。それ以外の機能は、すべて外注化する。その方が結局は、外部の専門業者から、安くて品質の高いものを手に得られる、と考える。「外注化」志向と言ってもいい。あるいは、さきほどの垂直統合志向を「インテグラル型」企業とよぶならば、こちらは「モジュラー型」企業と呼んでもいい。

現代では、こうした外注化志向・モジュラー型の経営思想の方がメジャーになってきているように感じられる。少なくとも、米国企業の方向性は、多くがこのタイプであろう。こういう思想の元で、外注加工が進み、あるいは工場にも構内外注業者を取り入れ、さらには工場全体を子会社化したり、製造委託会社(EMS)に売却する、といった流れができる。コアの競争力は、あくまで製品開発とマーケティングにある、と考えるからだ。

では、内製化志向・インテグラル型と、外注化志向・モジュラー型と、どちらを選ぶべきだろうか? どちらにより多くの利点があるのだろうか?

ここでわたしは、かつて日立製作所の生産技術部門を率いた、吉田朋正氏の教訓を思い出すのである。吉田氏は日立のOBで、もう80歳になられるが、最近その講演を聞く機会があり、とても印象深かった。ちなみに氏の経験は、「事業再生のイノベーションモデル」(吉田朋正・田辺孝二共著、言視舎・刊)という本にまとめられているから、興味がある方は参考にされると良い。

吉田氏は現役の頃、日立の本社に生産技術部を作り、各工場から俊英を集めた。そして彼らを、赤字事業再生のタスクチームに送り込むのである。日立は数多くの事業部門と製品群を抱えており、その中には赤字で苦しむものも、ときどきある。それを再生するのが、このチームのミッションである。事業再生の期限は3年。もちろん、ご自分でも3年で黒字化を多数達成している。

吉田氏の方針は明確だ。黒字化のためには、コア技術の根本見直しと、設備内製化を軸にする。他所の会社から買ってきた製造設備だけで、差別化製品は作れない。この方針は、言われてみると確かにそうだ。だって、ライバル企業だって同じ設備を買える訳だから。そこで吉田氏は「設備開発」を重視する。

氏によると、製造業の総原価は、ざっくりいって
・直接コスト 6割(そのうち、直接人件費は5%)
・間接コスト 4割(減価償却・間接経費)
からなる。これはたぶん日立の全体平均で、会社によってもちろん異なるだろう。だが、とにかく直接コストを下げたかったら、優位となる固有技術開発をするしかない。そして間接コストの方は、リードタイム短縮が効く。リードタイムを半分にすればざっくりいって2割、原価が下がる。

だが、「優位となる固有技術開発」とは、具体的にはどうするのか? それは、生産方式の単純化であると吉田氏はいう。それは、3つの「無」からなる。
・無調整化 → 高精度技術(ユニット単体で精度が出るようにする):この効果は大きい
・無組立化 → 部品数減:これの効果は中くらい
・無加工化 → 工程数減:効果は小
そして、顧客に近いところ(下流工程)から改善していくべきだ、という。

ライバル企業の製品を買ってきて分解・分析すれば、その設計は大体分かるし、真似ることもできる。だがコアとなる優れた製造技術は、分解してもすぐは真似できない。それはプロセスだからだ。

氏によると、日立のように多品種生産の企業では、製品設計部門が幅をきかせるらしい。「赤字にならない限り、設計屋は他人の言うことを聞かない」のだそうだ。だから、赤字に陥ったところで生産技術屋が助けると、価値が理解されるという。そして、その核は、上に述べたように、無調整を実現する高精度技術で、このためなら新しい加工装置を開発するくらいの覚悟が必要だ。「キー・コンポーネントを持てない製品は作るべきではない」とまで、吉田氏は語っていた。吉田氏の思想は明らかに、内製化志向・インテグラル型だ。

ところで、内製化か外注化かは、設備に対する場合も、働く人に対する場合も、同じではないかと、わたしは思う。コア部品の設備の内製化を進める会社が、働く人だけは外注で良いと考えるだろうか?

現在の日立製作所が、吉田氏の思想に従っているのかどうか、わたしはよく知らない。あれだけの巨大企業でもあるし、いかに傑出した技術者であっても会社全体の向きを決めるのは難しいかと思われる。わたしの見たところ、日本の電機業界は全般として、あまり内製化志向は強くない。半導体だけは自分で手がけたが、それ以外の部品材料はサプライヤーから買って、最終組立だけ自社内で行うパターンが多かったのではないか。

部品はサプライヤーから買う。じゃあ、工場で働く人も派遣で良い、という風に論理は続きそうだ。いや、いっそ製造工場自体を委託してしまえ。これがEMS化の流れである。後押しをしたのは、生産に価値なんかない。コストがかかるだけだ、という「スマイルカーブ論」かもしれぬ。その行き着く未来像は、製造業を捨ててサービス業に、ビジネスモデルをシフトするべきなのだという近年の論調だろう。(もっとも、そのお手本だったGEがこけて、みんなロールモデル探しに最近こまっている様子だが)

最後にもう一つだけ、別の事例を出そう。それは富士フイルムの教訓だ。銀塩フィルム業界は、デジタルカメラの普及と共に、急速に市場が失われていった。このおかげで米国の老舗企業コダックは倒産したが、富士フイルムは液晶・医薬品などに業態を転換して、見事に生き延びた。なぜ、この2社はかくも異なる命運をたどったのか? 

これもわたしが講演で業界の人から直接聞いた話だが、富士フイルムは製造ラインを自社でかかえていて、高分子フィルムや表面技術といった幅広い技術の蓄積があった。そこから、新しい製品への展開がなんとか可能になった。ところがコダックの方は、米国流で、自社の製品企画開発以外の部分は、どんどん外注化していったらしい。わたしもエンジニアだから言うのだが、技術というのは外に出して3年もたつと、もう自分ではうまくできなくなる。そういうものなのだ。市場が失われたときは、もう自分を新たに支える柱が見つからなくなってしまう。

コア技術の強みは、自社が大切に保持しなければならない。それが、以上に並べた4つの事例からくみとった教訓だ。そして自社のコアの強みが、もし特許申請書の紙ではなく、働く人にあるのなら、よろこびを持って働ける場としての工場を作らなくてはならない。



by Tomoichi_Sato | 2018-02-05 23:32 | 工場計画論 | Comments(2)

『生産統制』の三つの課題

3年ほど前から、大阪府工業協会のご依頼で、『生産統制』をタイトルにした1日セミナーを行っている。といっても、メインのテーマは納期遵守とリードタイム短縮であり、内容的には生産の計画と統制の両面を含んでいる。いや、話としては、むしろ計画面での話の方が、ウェイトが大きい。というのも、受注生産における納期遅れの問題は、無理な受注や計画が起点となることが多いためだ。

部品材料も手配してある。ちゃんと能力的に無理のない計画も立てた。必要な図面もある。それなのに製造が遅れました・・というような事は、日本の優秀な製造現場ではあまり起きない。機械が老朽化してチョコ停が多かった、人手が足りなくて作れませんでした、という事象が起きることはあろう。だが、そうだとしたら、そうした現実を無視した生産計画の方に、ムリがあるのだ。適切な指示手配を出したのに、統制(コントロール)がきかずにモノが作れないような会社は、そもそも今までの競争に生き残れていないだろう。

計画・指示の方向と、実績・統制の方向は車の両輪である。製造業では、この二種類の方向の情報が行き交っている。生産の計画と統制は、英語で言えば、PlanningとControlである。この二つは、より大きな概念であるManagementの機能に含まれる。

ところで、「生産統制」という用語・概念をはじめて学んだのは、今からもう25年も前、中小企業診断士の勉強をしているときだった。生産管理の教科書に、生産計画と生産統制が並んで書かれていた。そして、今でも覚えているが、生産統制の3つのポイントは、(1)現品管理、(2)進捗管理、(3)余力管理、だと習った。診断士の一次試験は暗記物だから、そのままオウム返しに記憶したのである。ネットで「生産統制」と検索すると、今もこの3つのキーワードがすぐに上がってくる。

だが、不思議に思うのだが、なぜ、この3つなのか? 計画を立て指示を現場に出した後、生産管理担当者としてやるべきことは、他にもあるではないか? 誰がこのような「生産統制」の教科書的概念を決めたのか? 米国から輸入したのだとは、思えない。「現品」などの用語が英語的でないからだ。

英語で生産統制に相当するのは、Production ControlないしShop Floor Controlであろう。しかし、アメリカの生産管理の本、たとえば手元にあるK. Sheikh著”Manufacturing Resource Planning II”の該当する章を見てみても、そんな3大ポイントは見当たらぬ。かわりに、APICS(米国生産在庫管理学会)の辞書にある6項目、すなわちオーダーの優先付け、仕掛品の数量把握、といった事柄が紹介されている。

もう一つ、「生産統制」に関して不思議なことを指摘しよう。それは、「生産統制部門」が企業には存在しないことだ。もし教科書がいうように、生産計画と生産統制が生産管理の二本柱だとしたら、それに相当する部門(課なり係なり)があるはずだ。実際、生産計画の担当部署はいろいろな会社に存在する(課や係ですらなく、担当者一人の場合もあるが)。しかし、いろんな機会に多くの人にたずねたが、生産統制と名のつく部署があると答えた方は一人もいなかった。

もちろんそれは、単に名前の付け方の問題だ、という見方もあろう。工程管理部門とか、工務部門とか、あるいは単に「追っかけマン」などが、専門職として存在する企業は、たしかにある。でも、もしそうだとしたら、教科書の用語の方が、現実に寄り添うべきではないのか。どうして誰も使わない用語が、いつまでも資格試験には通用するのか。

だが、話を元に戻そう。製造業には、指示と報告の二つの情報の流れがつねに存在する。計画を立て、指示を出すことは、未来方向についての情報であり、現場への流れである。進捗や実績を報告するのは、現在や直近の過去についての情報であり、現場発の情報である。では、そのその後半について、やるべき仕事の全体像は何だろうか。わたしは、大きく分けて3つあると考えている。
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第一は、トラッキングである。具体的にいうと、タスク(作業)とモノと情報のトラッキングだ。一番大切なのは、指示された作業が、その通り行われたかを、逐次おいかけて確認することである。ちなみに『トラッキング』とは、移り変わっていく物事を、逐次追いかけることを指している。「逐次」とわざわざ書いたのは、作業のプロセスが大事だからだ。製造業は、決して「結果オーライ」ではない。モノさえできあがれば、あとはどうでもいい、という訳にはいかないのだ。

ただし、指示のトラッキングを行う前提条件は、まず、指示が現場に対して明示されていることである。製造オーダー(あるいは「製造指示」、「指図書」、「仕掛けかんばん」等、呼び方は何でも良いが)が、現場に対して出されていなければ、そもそも追いかけようがない。

指示が出されていない所なんてあるの? と思われるかもしれないが、現場に対しては、ざっくりしたバーチャートの工程表が示されるだけで、あとは班長の裁量で着手したり中断する、という職場も実はけっこう存在する。もちろん、現場にも裁量や自由度を持たせることは、責任感という意味からも大切だろう。だが、現場の班長にきかないと、どの注文がいつできるのかサッパリ分からないようでは、それこそ「統制がとれていない」状態である。作業指示の統率と現場の自由度とを両立させるためには、現場の着手・中断の裁量範囲を決めるとか、指示の完了期限をタイム・バケット付きで与えるといった方針が必要である。

トラッキングの対象は、しかしタスク(作業)だけではない。そもそも現場は、モノ(ワーク)と情報(製作図面・仕様書)がそろっていないと、製造ができない。そこで、工場内における、仕掛品を含めたモノのトラッキングが重要になるのである。つまり「現品管理」である。もちろん、工程の中間にどれだけ仕掛かり(ワーク)が滞留しているか、といったことも、つかんでおくべきである。無論、これはなかなか簡単ではない。が、ともあれ、工場内における、モノの位置と流れの交通整理が大切なのだ。

わたしが工場見学に行く際、いつも注目しているのは、工場内の物品にきちんと『現品票』が添付されているかどうかである。そして、そのモノが何なのか、どの製造オーダーのためのモノなのか、どの顧客向けなのか、そして本来あるべき定位置はどこなのか。そういったことが現品票に明示されているかどうかを調べる。出庫や使用予定が2ヶ月も前のモノが、通路脇に無造作に置いてあったりしたら、この工場は何かおかしいな、と分かる。

図面や仕様情報についても同じである。個別受注生産の形態では、製造着手時点で詳細設計が固まりきっていなかったり、途中で設計変更が生じることが、ままある。その場合、現場に正しい最新版の図面が配布されているか、の追いかけが必要だ。つまり情報のトレーサビリティである。

ところで、こうした追っかけのために、どのような管理番号の方式(トラッキングのためのキー)をとるかは、企業によってまちまちだ。たとえば受注生産形態ならば、日本ではしばしば製番管理方式が用いられる。作業指示に、製番(受注番号)が付番される訳である。

しかし、繰り返し性の高い生産形態や、内示とかんばんによるプル型生産の場合は、製番よりも流動数管理の方式が適している事が多い。流動数管理は別名、「追番管理」ともいい、零戦の生産で有名な中島飛行機が発祥だともいわれている。製品・部品に連番をとって、累積生産数量を追っていく方式である。いずれの方式でも、モノの管理番号としては、シリアル番号が用いられる。

さて、三つのポイントの2番目は、製造資源の状態のモニタリングである。「指示と作業」は一過性の物事であり、経過をたどって消えていってしまう。だから追いかけの対象になる。しかし製造資源、すなわち人とか機械設備とか治具・金型などは、永続的である。一つの作業が終わったら、別の作業に向かうことができる。そこで、どれだけの資源が利用可能なのか、その能力はどれほどかを、モニタリングしておく必要がある。

「人」に関しては、多くは日報単位の把握が行われている。それは半日とか1日遅れの情報であり、致し方ない面もあろうが、リアルタイムなモニタリングとはほど遠い。まあ人は組織の中にいるので、上長がつねに監視・統率しているはずだから、それでいいと考えられてきた。また、小うるさく管理されたくない、という感情面の配慮もあろう。

しかし機械設備に関しても、じつは組立加工系の多くの現場で、状態はよく把握できていない(プラントや半導体など、高度に自動化された工場は除く)。もちろん、機械のそばにいて使っている担当者は、状態は見てわかっている。しかし、生産管理側から見ると、それこそ、工場の扉を閉めて、建屋の外に一歩出たら、もう中の機械が動いているのかと待っているのかさえ、分からないケースがほとんどである。立派なマシニングセンタでさえ、PLCが外部に持っている通信インタフェースは、この21世紀にRS-232Cのままだったりするのである。だからこそ、機械のモニタリングは、IoT技術が一番試されている部分なのである。

ツール・金型・治具も製造資源だが、こちらになると、モニタリングはもっとあやしくなる。管理番号(ID)さえついているかどうか、心許ない。こうした金型類も、状態と履歴の把握が必要だし、それが結構なコストセーブにつながる可能性がある。

そして、電力や用水や圧縮空気などの用役も、一種の製造資源であり、その供給状況(使用状況)と原単位の把握はしておく方が良い。

三番目のポイントは、製造ラインあるいは工場全体の生産パフォーマンスの測定である。つまり、工場の実力を、モノサシを当てて測る仕事だ。指示した仕事もした、資源の状態も把握した、だが全体としての実力の程を評価しなければ、改善改良を考えることができない。

パフォーマンスの測定は、端的にはQCD(品質・コスト・納期)の達成水準であろう。ただし、工場には普通、品質管理部門があって品質を専門にチェックしている。またコストについては、生産着手時点にはもう、だいたいのコストは決まってしまっているものだ。だから生産管理の視点からいえば、納期並びに進捗の測定が中心となる。だから、納期遵守率の概念などが大事になる。そして昨今、納期遵守率を左右する最大のポイントは、生産能力と負荷(あるいは余力)レベルであろう。

とはいえ、工場にはQCD以外にも、在庫量だ生産性だリードタイムだ労働安全統計だ、とモノサシがいっぱいある。その全てを、なかなか同時には満たせない。そこで、どの尺度を重視して工場を運営するかは、その企業の「コアの競争力」を、どうとらえるかにかかっている。ここがけっこう、あいまいな工場が多い。

以上、「生産統制」の観点から3つのポイントをあげた。こうした作業を支援するITシステムの仕組みは、MES(製造実行システム)と呼ばれる。とくにUpper MESとよばれる仕組みの機能領域である。

ただ、生産管理においては、上記の3つの作業で生産の実態を把握することが、最終目的ではない。生産実態に付随する問題発見と解決こそが、生産のコントロールの一番の目的なのである。そして、上記のリストをふりかえってみると、中でも、能力負荷と余力の判定が一番難しい、と感じられる。多品種を切り替える工場での「能力」について、定義も理屈も明確になっていないことが多いのだ。
 
このままではUber的な工場の「余力取引」だとか、Industriy 4.0だとかの対応など、どこの国の話だ、ということになってしまいかねない。だからこそ、日本の製造業が今一段の飛躍を遂げるためには、生産のコントロールのレベルを上げるMESが重要になってくるはずなのである。いや、それよりもっと前に、そもそもこうした複雑で広範にわたる生産管理という仕事の全体像をきちんと理解して、「生産管理を統率する」人材こそ、日本の製造業には必要なはずなのだ。

なぜ、世の中には、単なる入門書・教科書より一歩奥の、実務家のために役立つ情報源が少ないのか。理由は不明だが、ニーズは明らかだ。さればこそ、わたしのこのサイトが、そのささやかな一助となることを願って、こうして書き続けているのである。


<関連エントリ>
 →「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (3) MESの未来像とは」 http://brevis.exblog.jp/26026181/ (2017-09-04)

by Tomoichi_Sato | 2017-11-23 00:59 | 工場計画論 | Comments(0)