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2020年 11月 28日 ( 1 )

海外企業との共同プロジェクトにおけるフォーメーション・デザインは、どうあるべきか

前回の記事の末尾にも書いたが、「マネジメント・テクノロジー」という言葉を発案して、わたしに教えてくれたのは、今秋惜しくも亡くなられた勤務先の同僚、故・秋山聡氏である。秋山さんは、この語を《マネテク》と縮めて、『まねてくニュース』なるメールマガジンとデータベースを、社内に発信し続け、多くの愛読者を持っておられた。

秋山さんは高専を卒業後、大学の工学部に編入して修士号を得た、バリバリの理系教育を受けた人だった。日揮に入社後、海外プロジェクト・マネジメント部門で活躍されたが、ある時期より、ライン業務から一切手を引き、PM業務の標準化を中心としたスタッフ的役割に専念するようになった。プロマネ経験者こそが最大の出世コース、と思われているエンジニアリング業界にあって、これは随分と勇気のある処世だったと思う。

日揮においては「プロジェクト・マネジメント技術部」という部門が、一種のPMO的な機能を担ってきた。秋山さんはそこの重鎮として、社内の各種検討活動に参加され、言葉は穏やかながら鋭い発想で議論をリードされた。わたしも同じ部に何年か所属しており、その縁もあって、東大大学院の「プロジェクトマネジメント特論」の講義を引き受けた際、一学期・全15コマのうち3回分を、秋山さんに分担講義していただいた。

その秋山さんとわたしは、2007年に、『海外企業との共同プロジェクト遂行におけるリスク要因』と題する論文を、「プロジェクトマネジメント学会誌」に原著論文として発表した(Vol.9, No.1)。これはエンジニアリング業界の経験をもとに、海外企業との協力におけるフォーメーション・デザインの問題に、初めて正面から切り込んだ研究であった。フォーメーション・デザインとは、プロジェクトの組織と役務分担の決め方のことを指している。単一企業のプロジェクトと異なり、複数企業で同じプロジェクトに取り組む際には、このデザインは簡単ではない。

秋山さんがこのテーマを選んだのは、日本企業と海外企業との共同事業に、どのようなフォーメーションで取り組むべきかが、その成否を決める大事なポイントだ、と考えたからだ。だが、あいにくわたし達が論文を発表して以来、あまり同様の問題意識による研究を見かけない。では、皆が海外企業との共同プロジェクト事業を、問題なく計画し進めているのかというと、必ずしもそうではあるまい。そこで、我々の論文の問題意識をおさらいしつつ、あらためて、良いフォーメーションとはどのようなものか、考えてみよう。

日本企業が海外に事業展開する場合、いきなり日本人社員が現地にいって出店を開いて、すぐ商売になるケースはほとんどない。ふつうは、当該国の事情に通暁した現地企業と、なんらかの協力関係を取り結ぶ必要がある。もちろん、商社や銀行など、先行して現地に地盤を築いている日本企業があって、最初はその道案内を頼りにすることも、あるだろう。だとしても、ビジネスを広げていくには、どうしても日系企業向け以外との、付き合いを増やすことになる。それも、いきなり共同で定常業務を立ち上げることはできないので、どうしても最初は初めての取り組み、いいかえれば共同プロジェクトを実施することになる。

海外企業との共同プロジェクト事業といっても、大きく分類すると、日本企業が商売の売り手の場合と、買い手の場合がある。さらに、その事業が、自発型のプロジェクトの場合と、受注型プロジェクトの場合との、4類型がある。これについては、以前「海外プロジェクトの質的変化と、成功体験の罠」 (2018-09-29)にも書いたとおりだ。この中で特に難しいのは、自分が弱い立場、すなわち受注型プロジェクトの売り手の場合である。そこで、このケースを例にとって、分析してみよう。

プロジェクトは、ものづくり型、サービス提供型、イベント型などに分けることができる。ものづくり型は、文字通り、物的な何らかの成果物を作って、顧客に引き渡すタイプである。たとえば橋を架けるとか、航空機を輸出するとか、水道を建設するとかいった仕事だ。「インフラ・システム輸出」はこのタイプと思っていい。サービス提供型は、たとえばソフトウェア開発とか、コンサルティングとかが該当する(日本企業は、国のスポンサーが付くODA案件以外では、不得意分野かもしれない)。イベント型は、文字通りイベントを開催するような種類のプロジェクトである。

こうしたプロジェクトでは、どれも最初は、何らかの成果物のデザインや設計の役務からスタートする。ついで、その設計をより詳細化して展開したり、原材料や機械・ツール類を手配する仕事が続く。そして、最終的には、製造や構築など、実装フェーズがくる。つまり、いってみれば序破急の3つのフェーズが最低でもあるのだ。

役務分担を考える際には、プロジェクトの仕事の全体を、ある程度の要素に分解する必要がある。プロジェクトのスコープを要素分解して構造化したものを、WBS(Work breakdown structure)と呼ぶ。つまり、フォーメーション・デザインにおいては、WBSをどのように切り分けて構成するかが問われることになる。上に述べた、「設計・調達・実装」のように、仕事の進むプロセスに応じた業務の分解のことを、Functional-WBS (略称F-WBS)という。

これに対して、もう一つの分解の方法がある。それは、成果物の構成単位に切り分ける方法である。たとえば航空機ならば、胴体・主翼部・エンジン・尾翼部、など。ITシステムなら、機能モジュール単位のサブシステム群や共通ルーチン、といった切り分けだ。プラント・工場だったら、製造ライン(ユニット)、ユーティリティ、タンク群、入出荷設備などのエリアを、それぞれ作る仕事という、切り分けになるだろう。このような仕事の分解のやり方を、Product-WBS(P-WBS)と呼ぶ。

ある程度以上の規模のプロジェクトの場合、F-WBSだけでもP-WBSだけでも不十分で、両者を縦横にしたマトリクスで、仕事の分解を考える必要がある(興味のある方は、拙著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』 第2章を参照されたい)。

ここでは、プラント系の例を取り、簡略化のため、F-WBSは「設計・調達・建設」の3段階、そしてP-WBSも3つのエリアで考えよう。下図は、その3つの類型を図式化したものだ。

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(佐藤知一・秋山聡『海外企業との共同プロジェクト遂行におけるリスク要因』 プロジェクトマネジメント学会誌. Vol.9, No.1, 2007より引用)

一番左の「垂直分業型」は、それをA社・B社・C社の三者が、F-WBS単位で、「設計・調達・建設」のフェーズごとを分担するタイプである。それぞれ技術に特化して強みのある会社、廉価で競争力のある製造業を抱える会社、そして現地の建設工事に強い会社が分担する、といったタイプだ。

ちょっと考えると、それぞれの強みを活かした分担のように思える。だが、落ち着いてみると、プロジェクト・マネジメントは結構、難しくなりそうである。まず、会社間で受け渡すインタフェースが非常に多い。A社からはすべての設計情報を、B社が受け取らなければ、調達はできない。B社からすべての資機材を受け取らなければ、C社は建設工事ができない。どこかに遅れが生じたり、品質問題でやり直しが出たら、誰が調整して責任を取るのか? 

真ん中の「水平分業型」は、逆に、P-WBSを軸に分担するタイプだ。こちらは、それぞれが担当するエリアの設計・調達・建設を、それぞれ遂行する。これもまた、製造ユニットとかタンク群とか、それぞれ得意不得意に応じて、分担を決めることになる。うまく得意分野が噛み合えば、効率よく進められそうだ。

ところが、このやり方にも問題がある。たとえば、工場・プラントの基本設計という仕事は、要するに全体の生産システムを決める業務からスタートするので、必然的に3社の間でインタフェースが生じる。かりにそこはうまく進められたとしても、建設工事の最後に、工場全体のスタートアップという仕事が来る。これまた、全部のエリアが関係する。ユーティリティの電力が来なければ、製造ユニットは動かせない。だが燃料タンクができていなければ、発電用ボイラーが起動できない、といった調子だ。

このように水平分業型では、最初と最後に、インタフェース問題が集中する傾向がある。だが、それでも途中は互いに独立に進められるので、まだしも「垂直分業型」より、エンジニアリング業界では好まれているように見受けられる。

ただ、ここに調達の問題が関わってくると、やっかいになる。たとえば、法規制によって現地国における調達比率を上げることが求められたりする。あるいは、共通の資機材(配管材料や鉄骨など)は、プロジェクト全体でまとめて買うほうが、安くなる、といった要請もあろう。さらにECAによる貿易保証枠や、決済通貨の比率、そして各社の売上額など、商務上の制約がからんでくると、単純に「垂直分業型」だけではすまなくなってくる。

で、結局、図の右のような「混成型」に、なりがちなのである。どうみたって、プロジェクト・マネジメント的には、一番複雑である。リスクは、異なる会社間のインタフェースに潜む可能性が高い。

各社が、共同プロジェクトで自社に損失になりそうなリスクを察知したら、どうするか? 本来は、互いに競技して問題解決を図るべきであろう。だが、相手は初めて組んだ、異国の会社だったりする。自分だけを守る行動にでないとも、限らないだろう。

このような協業に対する離反行動には、いくつかのパターンがある。ここでは詳しく述べないが、興味があれば前述の論文を参照されたい。

ともあれ、互いの離反行動を抑えるような方策も、最初に講じておく必要がある。その代表的な例が、「Profit & loss share」による協業の仕組みである。これは、プロジェクト全体で一つの財布を持ち、利益が出たら、予め決めた分担比率で、それを分け合い、逆に損失が出た場合も、損失を負担し合う、という取り決めだ。ふつうこれは、協業のための契約書に明記しておく。

このようにすると、各社が全体の利益のために、個社の利害を超えて調整しようというモチベーションが働きやすい。

では、各社が別々の財布を管理し続けるような協業の形態を、選びたいときはどうするか? その場合でも、たとえば「互いのミスによる損失は求償しない」といった約束を、契約に入れておくことがある。ミスは完全に防ぐことは不可能だ。だが、互いのミスで責め合っていたら、チームとしての結束にヒビが入りかねない。

海外企業との共同プロジェクトにおけるフォーメーション・デザインとは、以上のような観点を入れて、考えるべき問題である。そもそも、海外プロジェクトは難しい。おまけに、はじめての相手との共同プロジェクトもまた、難しい。難易度が高い仕事なのだから、仕事のデザインは、熟慮が必要なのだ。

ただ、論文にも書いたことだが、我々の業界では、海外企業との共同プロジェクトでリスクを検討する際に,カルチャー・ギャップが主要な議題になることは、あまり無い。

「理由の一つは,基本的な言語・生活習慣等の差異を,過去の類似プロジェクト経験により各社がかなり学習済みな点にある.しかしそれ以上に,『文化』という定義の漠然とした言葉によって,ステークホルダーの行動の潜在的問題を説明してみても,リスク分析は深まらないとの認識があるためである.

プロジェクトは企業同士の組織的行動であり,リスク要因の中心となるのは,個人レベルの生活習慣の違いよりも,会社レベルでの行動ベクトルの違いや,各社の仕事の進め方等の違いである.そうした差異の多くは,じつは経済合理性によって説明が可能であると筆者らは考えている」
(上記論文より引用、下線と強調は筆者)

簡単にいって、企業の行動というのは、各国の文化特性の差よりも、利益追求という共通性の方が、ずっと影響力が大きいということだ。だからこそ、異なる様々な国における、フォーメーション・デザインについて、共通した知恵が形成できるのだ。

秋山さんがずっと探求しておられたのは、プロジェクトにおけるリスクの問題だった。受注型のプロジェクト・ビジネスに於いては、契約と交渉がリスク・マネジメントの鍵になることが多い。その点を重視した秋山さんは、理系だったにもかかわらず、独学で法律を勉強し、司法書士の資格までとられた。東大大学院の講義でも、契約や交渉について、実技演習を交えてユニークな授業を行われた。

あの温和な口調と、独特のユーモアにもう接することができないと思うと、残念でならない。秋山聡氏から教えていただいた様々な事柄にあらためて深く感謝するとともに、故人の魂の平安を、今はただ祈るばかりである。


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by Tomoichi_Sato | 2020-11-28 18:00 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)