2019年 01月 07日 ( 1 )

望みと抱負とふりかえり

一年の計は元旦にあり、という言葉がある。ときおり、これを「一年の総決算は元日にあるという気概で、最初の日を過ごすべきだ」みたいな意味にとる人がいる。だが、これは誤解だ。ここでの「計」とは、総計の意味ではない。一計を案ずる、のように、計る・計画を立てる、という意味である。

ついでに言うと、旦と言う漢字は、地平線の上に太陽が昇っていく有り様を表し、朝のことを意味する。つまり元旦と言うのは、元日の朝のことである。まぁ漢字というものは、わかっているようで、案外わかっていないものだ。

ところで、これに対して、大晦日は一年のふりかえり、などと言う言葉はあまり聞かない。だが、年の瀬に1年のことを想い起こすのは、とても大事な習慣だと思う。

1年間のふりかえりは、まず、あれがあった、これもあったという、「10大ニュース」的な思い出しから始めるのが良い。わたし達はいろいろなことを、忘れやすい。だから手帳やカレンダー、日誌、記録などをみて、記憶の地層から掘り起こすようにする。

特に最初は、昨年の「3大ラッキー」を思い出すことをお勧めする。いろいろなことがあった。でも、ラッキーだったこともあるはずだ。たとえ小さな事でもいいから、自分の身に降りかかった幸運な出来事を考える。そうすると、気持ちが穏やかになるはずだ。気持ちを穏やかに、新年を迎える方がいい。

もちろん、中には忘れたいこともあるだろう。不運なできごと、イタい結果を招いた自分の決断(ないし不決断)、あるいは悔やまれるミス、などなど。そうしたことから無縁でいられる人は少ない。

それでも、そうした経験から何が学べるか、教訓(Lessons Learned)を考えてみる。仮に不運は避けえぬとしても、予兆はなかったか。早く気づけば、傷は浅く済んだかもしれない。失敗や本ミスなどの場合は、自分の間違いがすぐさま外に出ないよう、ダブルチェックやフェイルセーフを考えるべきかもしれない。

え? うじうじと考えて過去を振り返るのは自分の趣味じゃない? なるほど。そういう方には、「KPTフレームワーク」をご紹介しよう。これは仕事で使うツールである。KPTは、Keep, Problem, Tryの頭文字で、文字通り、この三種類についてふりかえりを行い、文章にまとめる。もちろん箇条書きで良い。

K(Keep):振り返ってみてよかったこと、これからも続けたいこと
P(Problem):問題だと思うこと、解決すべきテーマ
T(Try):次の回にはチャレンジしてみたいことがら

KPTフレームワークはチームで行う定期的なふりかえりに用いられ、アジャイル開発のミーティングなどでも、よく使われているようだ。

ここで、T(Try)の中には、目標設定の萌芽がある。つまり、次の計画のタネである。

わたしは、2000年に出した最初の単著『革新的生産スケジューリング入門』で、計画という仕事を、次の式で表した:

 計画=予測+意思決定

計画という仕事は、単なる予測とは違う。予測計算だけだったら、今後はきっとAIが人間よりずっと上手に行っていくだろう。しかし、そこには意思決定がなければならない。何に関する意思決定か? 1つには、不確実な外部環境に関する仮説である。もう一つは目標設定に関することだ。自分の目標設定は、機械に任せるわけにはいかない。

ところが、この「目標」あるいは「目標設定」と言う概念が、残念ながらわたし達の社会では、あまりよく理解されていないように思える。その証拠に、非常に漠然とした目標設定が、プロジェクトの出発にあたって設定されたりすることを、しばしば見かける。

わたしはプロジェクト・マネジメントの授業で、学生に対して、目標設定の演習として、自分の卒業論文作成プロジェクトの目標を書かせたりする。すると、
「研究活動に慣れ、装置の使い方をマスターする。分析には○○を用いるので取り扱いを慎重にして事故を起こすことなく、必要なデータを取る」
などと答える学生がいる。まことに優等生的な文言だが、これは目標だろうか? やり方、プロセスを答えてるだけではないか。

あるいは、就活プロジェクトの目標を書かせると、「会社に入社し働く」などという答えがかえってくる。これではどんな会社であれ、入社できればOKということになってしまう。どのような会社にESを出し、何を狙うかといった方向性が、目標からさっぱり出てこない。

この事情は学生に限らない。社会人相手に研修をしてみても、プロジェクトの目標設定で、例えば「納期と予算を守ること」などと答える人が少なくない。もちろん普通たいていのプロジェクトは、予算・納期・品質・Scope・法令等の制約条件を課されるものだ。だが、制約を満たすことは「必要条件」であって、目標ではない。

目標とは、成功・失敗を測る基準=Success criteriaである。それはゴールや目的とは異なる。陸上競技に出て100mを走る時、ゴール地点まで走ることは、誰だってできる。目標とは、「12秒台で走る」「自己記録を更新する」などでなければならない。これだったら、ゴールインした時に、目標を達成できたか明確に、すぐ分かる。

ふりかえりの効かない目標を設定してはいけない。終わってみて、結果をふりかえり、良かった点を伸ばし、まずかった点は改善する。こうして、人も組織も成長していく。曖昧な目標、例えば「精一杯頑張る」「事業の進展を図る」などという目標を設定すると、ゴールインした時に、達成したのかしなかったのか、議論が分かれて誰も分からなくなる。こうなると、ふりかえって考えるべきポイントを見失ってしまう。

これを避けるために、目標設定では、『SMART基準』というやり方を知っておくべきである。SMART基準とは、以下の5条件の頭文字をとったものだ。

  • Specific=具体的である
  • Measurable=計量可能である
  • Achievable=達成可能である
  • Relevant=目的に関連している
  • Time-bound=期限がある

目標は、具体的でなければならない。抽象的な「事業の進展を図る」では、何がどう進展すれば成功なのか、判然としない。また、目標は計量可能でなければならない。「精一杯頑張る」は本人の主観で、客観的に測りようがない。

さらに、目標は達成可能でなければならない。「100mを5秒台で走る」という目標を立てて、達成できる人間がいるだろうか? 不可能すぎる目標は、やる人のモチベーションを削いでしまう。また目標は、その仕事の目的に関連していなければならない。100m競走の目標を、「優勝して女の子にモテたい」にするのは、何か別の目的が混入しているだろう。

そして、目標設定は、一応の期限をつけた方がいい。まあ1年の抱負なら、必ず期限がくるはずだが。

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このSMART基準は、英国における公共サービスや公共事業において、政策評価チェックシステムであるPSA (Public Service Agreements: 公共サービス協定)で用いられる基準である。公的な資金を投入して、なんらかのサービス開発や事業を行う場合、必ず「政策評価」というチェックを実施するのが、英国のやり方である。その際の「チェック=ふりかえり」において、最初に立てた目標を検証する。だから、目標をSMARTに立てることが要求されるのだ。これがまあ、成熟した民主主義社会というものの姿なのだろう。

一年のはじまりは、望みや抱負をいだく季節である。希望とは、自分にとってより良い未来を、自分が関わって創りだしうる、という感情だ。自分の努力が関わらないこと、例えば「今年は宝くじに当たります」を、自分の目標にする人はいない。「宝くじが当たったら」という夢を見るのは、いい。ただ、その夢を見ているだけでは成長はできないのだ。

わたし達の社会で、SMART基準といった目標設定の考え方が普及していないのは、なぜなのか。これは想像だが、かつての昭和時代、多くの人にとって、目標とは抽象的な数値や基準ではなく、「ああなりたい人」の背中だった。いつかは、あの人に追いつきたい、あんな風になりたい、が目標だった。少しは近づいたかどうか、節目ごとにふりかえりも可能だった。

今の時代は、若い人(特に男子)にとって、追いかけたい「背中」が見えない。だから、ふりかえりが難しくなったのだ。

いや、社会全体で見ても、高度成長期には、欧米先進国が「追いかけたい背中」だった。それがバブル期になると「もう欧米に学ぶものなし」の有頂天になり、その後のバブル崩壊で向かう方向も見失ったのだろう。目標は、「売上の前年度維持」みたいなものになってしまった。自分の背中を、自分で追いかけているのだ。ただ、既存の市場を守ることだけが、自己目的化した。

出来上がってしまって、蟻の這い出る隙もないような業界構造、一方的で不公正な組織や慣行、そして身分制度のように固定され、公正さが望み得ない社会では、誰が希望を持ちうるだろうか。今、わたし達の社会で足りないのは、将来の人口数ではない。将来の望み、ビジョンが足りないのだ。

たとえ経済的に豊かでも、希望を持ち得ないコミュニティの中では、人間は孤独になる。自分しか信じるものがなくなってしまうからだ。そうした殺伐とした社会は、この地球を見渡すと、確かに存在する。わたし達の社会がそんな状態に陥るのを防ぐためには、人は変わりうるし、組織も成長しうることを、やはり示さなければならない。

つい大げさなことを書いたが、わたし自身も、今年はまた、少し技術的なスキルを学び直そうと思っている。ま、なんとかの手習いだが(笑)。それは昨年末に発表した、勤務先の長期的なビジョンとも関わっている。

海図は引いた。だが船出はこれからだ。年明けの今こそ、望みを自分の中に持ち直すときである。


<関連エントリ>
 →「今年の抱負はこう作ろう」 https://brevis.exblog.jp/21527608/ (2014-01-03)
 →「“仕事が面白くない”症候群とたたかう三つの方法」 https://brevis.exblog.jp/23726856/ (2015-09-30)


by Tomoichi_Sato | 2019-01-07 22:36 | ビジネス | Comments(0)