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2010年 09月 23日 ( 2 )

「ITって、何?」 第0回 疑問のはじまり


「ねえ。すごい渋滞ね。」

--そうだね。

「せっかくのあなたのカーナビも、残念だけどこれじゃほとんど役に立たないわね。あなたの実家まで、あと何時間ぐらいかかるのかしら。」

--うーん、何時間かなあ。スムーズに流れても2時間近くはかかるから。

「カーナビって、そういうことはわからないの? 道順を教えてくれるだけじゃなくて、これからどれくらいかかるか、とか。」

--これは友達のもらいので、3年くらい前の機種だから、そこまではできないんだ。この先の道のりが何キロあるかはわかるけど。最近のやつだと、高速道路の渋滞情報のシステムと通信できるから、どこからどこまで渋滞してるか、もっと速くいける別ルートはないか、とか計算して教えてくれるんだけど。
 でももう高速に乗っちゃったんだから、あとは流れで行くしかないよ。

「3年前のものなのに、もう古いの? すごいわね、カーナビの進歩って。」

--そうだね。まあIT関係のものって日進月歩だから。

「あなたもついていくのが大変ね。コンピュータの仕事なんかしてるばっかりに。3年後くらいにはもう会社からお払い箱になっていたりして。ふふ。」

--よしてくれよ。そうでなくても頭が痛いのに。

「どうしたの。夕べ、ビールでも飲み過ぎた?」

--そうじゃなくて、今度の新人研修のことだよ。IT関係の部分はぼくが講義を受け持つことになっているんだけど、何をどう話すべきか悩んでるんだ。あまりに進歩が早いからね。カーナビじゃないけど、具体的なシステムについての話をしても、すぐに陳腐化しちゃうんだ。そりゃシステム部門配属の人間だけを相手にするんだったら、いいよ。所詮ぼくらシステム屋は毎日最新情報を勉強して追いつくのが仕事の一部なんだから。
 でも、受講生の大半は製造とか営業とかの配属だし、みんな素人だからね。素人相手にそういうツールの細かい話をしてもしかたないんじゃないか、って思うんだ。
 
「ふーん。でも運転中は考え事はやめてね。そうでなくてもあなたはぼんやり屋さんなんだから。」

--こんな渋滞でどこに注意を向けろっていうんだ。

「どうしてそんな人たちまでコンピュータの講義を受けなくちゃならないの?」

--それはさ。今ぼくらの会社では基幹業務はみんな情報システムの上にのっているんだ。みんな端末を使えなければ仕事にならない。いや、それだけじゃなくて、これからの仕事のあり方を変えていくためには、ITへの理解は欠かせないんだ。度胸と根性だけじゃ、これからの競争には勝てない。

「キーボードの使い方とか、教えるわけ?」

--馬鹿言うなよ。集合研修じゃそこまで面倒見てられないし、今時そんなこと知らないやつもいないだろう。そうじゃなくて、もっと根幹の、ITというものへの理解を深めてもらう必要があるんだ。だけど、これが難しくてね。
 ITって今じゃはやり言葉で、みんなIT、ITって言うけれど、本質がわかってる人は少ないね。
 
「あなたの会社のえらい人も、きっとそうなんでしょう?」

--ご明察。でも無関心ではいられない時代だからね。

「わたしのところも、けっこう最近みんなITがどうのこうの、って話が多いわね。うちの翻訳事務所なんてPCでワープロ使うのが関の山だったのに、ソフトウェアの権利関係がどうの、ビジネスモデル特許がどうので、得意先の弁理士や弁護士の先生たち、頭を悩ましているもの。」

--わかる気がする。法律なんて所詮この世界のスピードに追いついていないし。

「わたしだってちゃんと分かりたいわ。分からないまま自分が振り回されるのは嫌だもの。他人のご高説を鵜呑みにするのも、いや。
 どお、まだこの渋滞じゃ時間もたっぷりあるみたいだし、せっかくだから、わたしがあなたの講義の聞き役になってあげる。」

彼女は顔をこちらに向けると、目をじっと見つめて、言った。

「ねえ、ITって、何?」


(この稿つづく)
by Tomoichi_Sato | 2010-09-23 22:12 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」掲載にあたって

これから何回かに分けて掲載する「ITって、何?」という話は、わたしが数年前に書きためて、一部の方に公開した原稿です。IT(情報技術)というものの意味と意義を、使い手の側に分かってもらうことを意図して、この対話編をつくりました。今の時点からみると若干古い部分もあるとは思いますが、技術論が主眼ではないので、まだ多くは通用すると信じます。

当時も今も、ITに関しては、作り手のための技術的情報はあふれていますが、使い手との間の意識のギャップはむしろ広がるばかりという気がします。本屋にいけばIT関連コーナーに本が平積みされていますが、そのほとんどは内部の仕組みを解説した技術論か、有名企業の成功事例を紹介した経済評論ばかり。いわば、園芸の本をあけたら、種と、みのった果実の話だけしかない状態です。ユーザが知りたいのはその中間の話、木の姿かたちと性質、育て方なのに。

また政府の政策やメディアの論調などをみても、IT産業論はいまだに、コンピュータという名前の電子機器や通信ネットワークのインフラを提供する企業の育成支援が主眼で、それにソフトウェア開発業界の強化が付け加わる程度です。つまり、供給者サイドの政策ばかりで、使用者サイドの視点が足りていません。この溝を埋めない限り、本当の意味でITの価値が日本社会に受け入れられることはないでしょう。使用者側の意識と理解が高まらないと、IT業界は苦境から脱せないばかりか、一般企業における真の競争力も高まらないのです。

・・まあ、そこまで大げさなことは言わないにせよ、私たちが日常で接するITという道具について、この小さなストーリーが、読者の方にとって多少なりとも考え直すきっかけとなれれば、幸いです。

週1回のペースで掲載していく予定ですので、よろしければ、どうかおつきあいください。
by Tomoichi_Sato | 2010-09-23 22:02 | ITって、何? | Comments(0)