タイム・コンサルタントの日誌から
2024-03-18T19:42:13+09:00
Tomoichi_Sato
タイム・マネジメントとSCM専門家のエッセー・批評・考察集
Excite Blog
お知らせ2点:Rockwell Automationのセミナー講演と、拙著『革新的生産スケジューリング入門』朗読配信
http://brevis.exblog.jp/30859594/
2024-03-18T19:39:00+09:00
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Tomoichi_Sato
サプライチェーン
1点目は、講演のお知らせです。来る4月16日と19日に、ロックウェル・オートメーションさんのプライベート・セミナーに登壇します(無償です)。本セミナーは「再生医療製造業向けDX」というテーマ設定のため、ある程度限定された業種向けのイベントですが、わたしはMES/MOMの標準機能と将来像について、あえて医薬品だけには限らぬトピックのお話をする予定です。
最近、わたしが幹事を務める(財)エンジニアリング協会の「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」では、MES/MOMの新しい標準機能の再定義を進めています。ご存じかもしれませんが、MES分野では「標準11機能」と呼ばれるものが、しばしば引用されます。しかし、これは米国の団体が90年代に制定したもので、日本の製造現場の現実には合いにくく、分かりにくいものになっています。これをベースにRFP等を作られると、受け取ったMESベンダーは頭を抱える、という状況です。
そこで研究会の有志が集まって、日本に多いディスクリート系の工場をイメージしながら、新しい標準機能を再定義しようと動いています(ロックウェルさんもその一員です)。成果は近いうちに公表できる予定ですが、講演では本活動を参照しつつ、液モノを扱うが個別性の高い、再生医療系の製造にも通じるような、MESのあり方を考察してみます。
ちなみに医薬品・ライフサイエンス業界で講演する際には、いつも申し上げていることですが、わたしは当分野のプロではありません。勤務先の日揮は過去40年以上にわたり、様々な医薬品工場や研究所・病院を設計し、製造設備を納入し、建設工事を行ってきました。ですが、わたし自身が医薬品工場建設に関わったのは1件のみ、それも10年以上前のことです。とうてい、その道の専門家とは言えません。
ただ、いわゆる製造業のDX(その意味は様々でしょうが、ここでは『情報化』とざっくり捉えておきます)を考える際には、やはりMES(製造実行システム)の導入を外すことはできません。「スマート・ファクトリーとはMESを活用する工場である」 という記事でも述べたとおり、MESを中核とした情報の統合は、これからのスマート製造に必須の取組みです。
とはいえ、一口にMESやMOM(製造オペレーション・マネジメント)システムといっても、その様態は様々です。医薬品工場向け、半導体工場向け、化学工場向け、といった業種の違いもあるでしょう。またMES/MOMの主目的が、製造作業の記録や適正さの保証にあるのか、それとも動的な工程順序のコントロールにあるのか、膨大なセンサーデータの要約と変調検知にあるのか、などユーザに提供する価値も異なります。
しかし情報化ではもう一点、あまり気づかれていない違いがあります。それは自社の製造業務が、「個別性の高い」ものか「繰返し性の高い」ものなのか、の違いです。これは従来、「多品種少量生産か大量生産か」という言い方でくくられてきた観点ですし、「じつは変種変量生産なんです」といえば、気が利いた答えのはずだ、と勘違いしているコンサルも、よく見かけます。
しかし、ここではあえて「個別性」とその罠について、とりあげて論じてみたいと思っています。日本の製造業のPDCA文化は、もっぱら「繰返し性」の上で育ち、花開いてきました。繰返しで検証できるから、Check-Actionが効くのです。
でも、だからこそ、顧客仕様が次第に個別化していくことに、皆が手を焼いているのではないでしょうか。そして再生医療、とくに自家細胞療法などは、『究極の個別製造』です。わたし達は、この個別化の波に、果たして組織ぐるみで気づいて対応できているでしょうか?
こうした問題を、ぜひ皆さんと一緒に考えてみたいと思います。ご興味のある方のご来聴をお待ちしております。
<記>
Rockwell Automation Japan【再生医療製造業向けDXセミナー】
~製造実行管理システムのあるべき姿と米国再生医療基幹システム導入事例のご紹介~
佐藤の演題:『MES/MOMの標準機能と将来像 ~ 個別性の高い製造をスマート化するために』
日時:
東京 2024年4月16日 (火)、 大阪 2024年4月19日 (金)、
いずれも時間は14:00~17:00 (受付開始13:40)
(なお、あらかじめお断りしておきますが、都合により東京での講演は事前録画でお送りします。大阪は登壇いたします)
費用:無料
申込先:
https://www.rockwellautomation.com/ja-jp/company/events/in-person-events/life-science-dx-seminar.html
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もう一点、お知らせです。
以前もこのサイトでご案内しましたが、佐藤知一・著『革新的生産スケジューリング入門』の朗読を、YouTubeで希望者に配信しています。
本書は2000年に(株)日本能率協会マネジメントセンターから刊行され、合計1万部近くが出ましたが、さすがに何年も前から版元品切れ状態となっています。なんとか入手できないか、との問い合わせをときどきいただきますが、版面権はまだ出版社が持っており、著者とはいえ勝手にPDF化して配布したりすることはできません。
そこで解決策として、著者自身のナレーションによる朗読(図表つき)のビデオを作成し、希望者に配信することにしたものです。約10分程度の長さの動画ファイル単位にまとめ、YouTubeにアップしていますが、権利関係上、限定URLとしてアクセスを制限しています。このURLは、当サイトの購読メーリングリストの読者の方だけに、メールで順次、配信しています(サイトには公表していません)。
朗読の動画は手作りなので、これまで大体、月に3本程度のペースで作成・配信してきました。今月で6回目になります。今回からは、いよいよ第3章の「生産スケジューリング(1)〜古典理論とMRP」に入ります。自分で言うのもなんですが、なかなか面白く書けていると思っています(笑)
朗読ビデオを見たい方は、下記の購読メーリングリストにご登録ください(本MLはBenchmark Emailのサービスを利用しています)
https://lb.benchmarkemail.com//listbuilder/signupnew?jt3QTAdq2aUQQYIJ7m0k%2Bv5pwVnAjsSIwC8xrcg2JMQQ9amXwphcsh2%2Fe8gwHFKYNyIeD9VsXLU%3D
以上、よろしくお願いいたします。
佐藤知一
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トヨタ生産方式における平準化の意味と意義
http://brevis.exblog.jp/30849325/
2024-03-11T10:09:00+09:00
2024-03-12T08:41:43+09:00
2024-03-11T10:09:25+09:00
Tomoichi_Sato
サプライチェーン
それでは、この点について、本家トヨタはどう考えているのだろうか。 トヨタ自動車こそ、「ジャスト・イン・タイム(JIT)」の 発明者であり、納入する部品メーカーに対して、時刻指定の納入を義務づけてきたのではないか。その結果、あれほどの利益を生むのであるならば、そのベスト・プラクティスを、他社も見習って採用すべきではないのか。
この点について、本サイトではずっと以前に、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」 と言う記事を書いた。 また「 中小企業診断協会生産革新フォーラム」の仲間と一緒に書いた、『“JIT生産”を 卒業するための本〜 トヨタの真似だけでは儲からない』 でも、トヨタ生産方式(Toyota Production SYste = TPS)には、成立の前提条件があるため、違った条件下にある会社が、全く同じやり方を真似するのは意味がない、と説明した。
しかし、トヨタ自動車は相変わらず、日本の製造業のリーディングカンパニーで、世の中にはトヨタのやり方を解説し、どう真似たらいいか、に関する本が、数多く出版されている。あいにくトヨタという会社自身は、寡黙であって、自分たちのやり方について、あまり多くを語りたがらない傾向がある。
しかもトヨタ生産方式は、「システム」と名乗るだけあって、かなり大きな体系である。なので、巨象の全体を知らぬまま、その一部分だけを撫でたような解説がはびこりがちになる。
もちろん、大野耐一著「トヨタ生産方式」 という名著はあるが、 50年近く前の本で、技術的にもあまり細かな点は書かれていない。たまたま、わたし自身はかつて、トヨタの技監(技術の最高責任者、通常の会社のCTO = Chief Technology Officerに相当する)であった、銀屋洋氏の謦咳に接する機会が何度かあり、そこで「平準化はトヨタ生産方式の根幹である」というお話も伺ったことがある。だが銀屋氏もあまり書いたものを出されていない。
そこで、ここでは小谷重徳・著「理論から手法まできちんとわかる トヨタ生産方式」 で勉強することにしよう。著者の小谷重徳氏は元々、トヨタ自動車の技術や生産管理、情報システム部門等を経験した後、生産計画に関連した研究で博士号をとって、首都大学東京の教授に転じた方だ。
その第5章5.1節「かんばん方式を支える平準化生産」は、このような文章で始まる(以下引用)。
「平準化生産」はトヨタ生産方式の前提条件であるが、この節ではかんばん方式との関連を中心に解説することにする。
一般に、仕事量が変動するより安定している方が望ましいのはいうまでもないであろう。 例えば、生産ラインの日当り生産量が毎日大きく変動する場合、この生産ラインの管理者は日当り生産量が最大の日でも対応できるように、 人、設備、 および在庫を確保することになり、相当なムダが発生する。 また、日当り生産量が少なく定時までの稼動ができない場合は、ラインを遊ばすよりは翌日の分を造った方が良いと考え、当日の生産計画以上に造ることになる。これはトヨタ生産方式で最も悪いと考えている「造り過ぎのムダ」となる。
(同書P.108、引用終わり)
そして、部品製造ラインと組立ラインを例にとって、平準化の意義について説明が続くのだが、その前に理解しておくべきことがある。それはトヨタ自動車の乗用車における生産形態、言い換えるなら生産のビジネスモデルが、基本的にATO(Assemble to order=受注組立生産)になっている、ということである。
ATO=受注組立生産とは何か。それはカップリング・ポイント(主たるストック在庫ポイント)を組立工程の直前に置き、確定受注を受けたら、そのオーダーに必要な中間部品等を組み立て、検査して出荷する方式である。
図を見て欲しい。トヨタでは車両の完成日の2日前に、ボディー組立ラインの先頭に、順序計画に従った製造指示を出す。このとき、「車両の組立ラインは、どの仕様の車両もいつでも生産できるように、すべての部品について一定量の在庫を持っている」(同書P. 120)。 すなわち、そこにカップリング・ポイントを置いている。
カップリング・ポイントの下流側にあたる組立工程では、全て確定したオーダーと個別仕様によって生産指示が与えられる。つまり1台1台の車が、どの顧客向けの、どのようなオプションの車両かが、決まっている。そしてこれをどのような順序で作るか、すなわち「順序計画」 が非常に重要となる。
他方、上流側は、需要予測に基づく生産になる。トヨタは上流側すなわち部品製造工程を、基本的に「かんばん方式」と言う名前のプル型指示によって動かしていく。各工程に対する指示はプル型だが、全体としては予測に基づく計画生産である点に注意してほしい。 そして部品製造ラインの出発点に位置する、原材料・部品の納入も、 計画に基づく予測数量を先行内示としてサプライヤーに示した上で、具体的な納入タイミングと数量は、かんばんで調節するやり方を取る。
こうした構造を頭に入れた上で、平準化生産に関する小谷氏の解説を読もう。少し長いが引用する。
かんばん方式の場合、確定生産計画が安定していれば良いのであろうか。この点はかんばん方式を適切に運用するうえで非常に重要なポイントなので、例を用いて検討してみよう。
(中略)図では、部品aのラインと部品 bのラインがある。 組付ラインは部品aを用いて製品 Aを、部品b を用いて製品Bをそれぞれ組み付ける。この場合、
稼働時間=480分、製品Aの生産量=320個、製品Bの生産量=160個
とすると、
組付ラインのタクトタイム=480 ÷ (320 + 160)=1(分/個)
部品ライン aのタクトタイム=480320 = 1.5 (分/個)
部品ラインbのタクトタイム= 480÷160=3 (分/個)
となる。
組付ラインが製品Aを320個連続して生産した後、 製品Bを160個連続して生産すると、 部品aは最初の320分間は1分ごとに1個使用されることになる。部品ラインaのタクトタイムは1.5分/個なので、部品ラインαの生産と製品ラインの部品aの使用は同期化が取れないことになる。 部品bについても同様である。このように生産や使用に関する速度の同期化がとれないと、部品在庫を多く持って対応する必要がある。 (中略)
製品AとBの生産量の比は、320: 160 = 2:1 であるので、製品ラインがA.B.A, A,B,A,・・・と A,B,Aの順序で繰り返し生産すると、部品aは3分に2個、 部品bは3分に1個それぞれ使用されるので、部品ラインのそれぞれのタクトタイムと同じになり、 部品ラインと組付ラインにおいて生産速度の同期化ができることになる。
(同書P.109-110、引用終わり)
このようにトヨタ生産方式では、確定受注に応じた順序計画を作成するにあたって、1日の中で部品引き取りのペースが一定になるよう、製品品種を均等に配分していく。
そしてこれは1日の中の調整にとどまらない。トヨタは月度計画で動く会社だから、 1ヵ月の生産計画の中も、部品の引き取りペースが均等になるように品種を配分していく。これが「平準化生産」である。
上の例では製品が2種類だったから、計算も簡単だが、実際には複数の製品と、非常に多種類の部品がぶら下がるBOMになっている。その条件下で部品レベルまで平準化した品種の配分を決めるには、計算機の助けを借りなければならない。実は小谷氏の学位論文の柱の一つは、この最適化計算ロジックにある(だが、トヨタが生産計画において、コンピュータを用いた高度な最適化計算をしているなどと言う話を、知っている人はほとんどいない)。
さて、月内はそのような形で、品種・数量を平準化するわけだが、では、月単位に生産数量が大幅にぶれても良いのだろうか。1月は1,000台、2月は2500台、3月は800台、というふうに。
もちろん、良い訳がない。上にあげた「生産量が大きく変動する場合、管理者は生産量が最大の日でも対応できるように、 人、設備、 および在庫を確保することになり、相当なムダが発生する」 という言葉を思い出してほしい。年間であっても、生産量の大きな変動は望ましくないことがわかる。
つまり「平準化生産」とは、日内も、月内も、年内も、 できる限り、部品の生産量が一定になるようなプランニングを要求するのである。逆に言うならば、月間でも年間でも大きな需要変動があるのに、部品サプライヤーにジャスト・イン・タイムの納品を要求する調達方式は、はっきり言って、リスクを下請けに押し付けているだけだ、と言える。少なくとも、トヨタ生産方式とは別物である。
もっとも、トヨタがこうした生産方式を実現できたのは、自動車が季節性の商品ではない、との事実があるからである。前述のトヨタ技監・銀屋氏は、ある大手空調機メーカーの依頼で生産改善に取り組んだとき、あらためてそのことを実感されたのだという。
そしてもちろん、いくら季節性の小さい商品だからといっても、月間や年間に同じようなペースで安定生産できるのは、販売側がそのために大きな営業努力を払っているからである。「 顧客が求めるものを忠実に売る」のではなく、「工場が安く作れるように売る」ことが、 トヨタ系の営業マンには求められるのだ。
そして自動車会社が自社の系列でディーラー網を握っていると言う体制が、これを可能にしている。 だからこそわたしは、TPSは実は「トヨタ生産販売システム」と呼ぶのがふさわしいと思っているのだ。日本の製造業の問題が、実は調達と販売にあるのだと言う主張を、多少は理解いただけただろうか。
以前も書いたとおり、わたしはトヨタの徹底ぶりは尊敬するが、礼賛はしていない。 また近年は、部品サプライチェーンの混乱等の原因によって、トヨタ自身が、上に書かれたような形では、自社の生産方式を運用できていない、とも聞いている。しかし、その問題は同社がサプライヤーと解決すればいいことで、はたの人間がとやかく批判することではない。少なくとも、批判するならばトヨタ生産方式の全体像を理解した上で、するべきであろう。
なお、生産計画における平準化には、この他に「作業の平準化」という観点もあるのだが、長くなったので割愛する。詳しくは小谷重徳氏の「トヨタ生産方式」 をお読みいただきたい。
と同時に、同書を読み返すにつれ、米国でMRPのような生産計画のロジックが発展した際に、「順序計画」と「平準化」の概念が取り入れられていたら、日本にとって、もっと良かったのにとあらためて感じる。米国の生産はあまりにもロット生産で、かつ大量見込み生産であった。そのことが、今の日本で、ERPそのほかの海外製ITツール導入を難しくしてしまったのである。
<関連エントリ>
「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」https://brevis.exblog.jp/8224763/ (2008-07-01)
「戦略としての生産形態 - リードタイムを設計する」 https://brevis.exblog.jp/28084323/ (2019-03-12)
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生産スケジューラなど不要になる、もしこうすれば・・
http://brevis.exblog.jp/30838237/
2024-03-03T22:01:00+09:00
2024-03-08T13:21:05+09:00
2024-03-03T22:01:25+09:00
Tomoichi_Sato
サプライチェーン
このあいだ、製造実行システム(MES)を販売する外資系メーカーの人たちと話していたら、面白いことを言っていた。MESパッケージには、実行系機能のほかに、いわゆる生産スケジューリング向けの計画系機能が含まれている。しかし日本では、この計画系機能をあまり積極的にマーケティングしていないのだそうだ。
なぜかというと、アスプローバやフレクシェをはじめとする、国内のスケジューラメーカーが強すぎて、勝負にならないからだという。だから、実行系や分析系等の広範囲な機能と、海外でも使えるグローバル性をセールスポイントにしています、と言っていた。
今日、日本の製造業では、多くの企業が生産スケジュールに関することで悩んでいる。昨年来、(財)エンジ協会「次世代スマート工場」の研究会でも、製造業向けにシンポジウムや講演など様々な活動をしてきたが、参加者の問題意識の多くが、計画系に関する悩みだった。
理由は大きく、二つある。顧客からの急な納期変更要求が多いこと。もう一つは、調達側のサプライチェーンが混乱して、部品材料が予定通りに到着しないことだ。
もちろん機械設備の急な故障や、品質不良による手戻りなども、スケジュールを攪乱する要因ではある。しかし日本で今日まで生き残っている製造業の多くは、こうした問題はすでに、かなり現場の努力で解決してきた。内部要因による計画の乱れは、なんとかできよう。だが外部要因での変更に、手を焼いている訳だ。
そうした問題の解決策として、PC上で動く生産スケジューラへの期待は高い。幸い、日本にはそうしたソフトウェア、プロダクトを作り出す優れたITベンダーが、上に述べた以外にも何社もあり、販売実績も多い。
生産スケジューラーを導入する指南役を務められる人も、それなりに増えてきている。わたしのこのサイトは、もともとは2000年に出版した『革新的生産スケジューリング入門』の、アフターサービスのために始めたものだ。 同書を出版した頃は、国内にほとんど、生産スケジューリングに関する情報源となる書籍がなかった。今でも単行本は少ないが、ネットの情報ははるかに得やすくなった。
スケジューラ導入へのハードルはどこにあるか?
そうは言っても、実際の工場に生産スケジューラを導入するのは、なかなかハードルの高い仕事である。
まず費用がかかる。ソフトウェアのリスト・プライスは数百万円程度で、最近はクラウドによる提供もあるから、ライセンス費用は中堅中小でも、負担可能な範囲ではある。
ただ、導入までのセットアップや、コンフィギュレーション、そしてマスターデータの整備などに、それなりの手間がかかる。ある程度、外部の力も借りないといけないだろう。そうなると、外部のSIへの費用が、結構発生する。
それだけではない。生産スケジューラをきちんと運用に乗せたければ、非常に重要となる条件がある。それは、実際の製造作業の進捗データの取得である。どのオーダーの、どの部品の製造加工が、どこまで進んでいるのか、どれくらい遅れているのか。 こうしたことを、それなりの精度で把握できないといけない。
なぜか。それは生産スケジューラが普通、「ローリング・スケジュール」で運用されるからだ。例えば、週次の生産スケジュールを、ガントチャート形式か何かで作ったとする。そして今日は金曜日だとしよう。ならば、来週のスケジュールを作らなければいけない。
そのためには来週、新たにやらなければいけない、いろいろな工程のタスクを列挙する必要がある。しかしそれに加えて、まだ現在進行中のタスクが、どれだけ残っているかを把握しなければいけない。 今週は部品Xを製造する予定だった。来週は、その部品Xを部品Yと組み合わせて、製品Zを作る予定だ。ところが、その部品X製造のタスクが終わっていなかったら、来週月曜日の朝1番には、Zの組み立てに着手できないことになる。 まだ未完了のタスクは、来週のスケジュールに組み入れなければいけない。
このように、現在のスケジュールの最後の部分を、次のスケジュールの最初の部分に、うまく接合して、スケジュールを連続して計画していくのである。これが「ローリング・スケジュール」だ。簡単に言うと巻物のように、 次々と紙を貼り足しては、長く続けていくイメージである。
ところが、工場内の各工程における進捗の把握が、実は非常に難しいのだ。 これをきちんとデータの形で吸い上げるためには、製造実行システム(MES)や、その簡易版であるPOPシステム等が必要になる。 つまり計画系のシステムをちゃんと動かすには、前提条件として実行系のシステムがいることになるのだ。
だが、日本の工場、特に中堅中小の製造現場では、こうした実行系のITシステムの導入は、ひどく遅れている。そのため進捗を確認するために、「進捗追っかけマン」と呼ばれる職種の人たちが、現場を走り回って、各工程のチーフに個別にヒアリングして、情報を集めている 現状が、あちこちで見うけられる。
だとすると、日本の中堅中小の製造業が、納期対応能力を向上しようと思ったら、まず簡単でもいいから、実行系のシステムを導入し、その上で高性能な生産スケジューラを導入しろ、と言うことになりそうだ。
こうすれば、中小製造業に生産スケジューラなど不要になる
ところで、ここで私はあえて別のことを主張しよう。高性能な生産スケジューラなど不要である。日本の中堅中小の製造業が、生産スケジューラの導入に苦労しなくても良くなる方法が、1つある、と。
実はそれは、とても単純なことである。発注する側の大手メーカーが、サプライヤーに対して、十分な納期を与えるか、平準化した数量の注文を与えれば良いのだ。
今更言うまでもないが、日本の産業構造は、大手メーカーが最終製品を作り、その下に多数の中堅中小の部品メーカーがぶら下がる構図になっている。 大手メーカーは製品開発と設計を行う。そしてほとんどの部品を、配下のサプライヤーから調達する。自社工場では、最終組立と検査のみを担当する。こういう分業が無言の慣習となってきた。
こうした産業構造がなぜ生まれたのか、そのメリットとデメリットは何なのか。これは大切な問題だが、論じると長くなるので、ここでは割愛する。ともかく、消費者に納める最終製品は大手メーカーが作り、部品材料は中堅中小の製造業が担う、という仕組みは昭和時代から、長く変わっていない。
消費者の好みは気ままであり、需要変動は大きい。 そこで大手メーカーが生産計画を作っても、需要の変動に応じて、その生産品目の数量や順序を変更しなければならない。そこで大手メーカーは、どうするか。じつは回れ右して、その生産変動を、大手メーカーに直接接しているTier-1サプライヤーたちに伝え、これに対応しろ、と命じるのだ。命じられたTier-1サプライヤーも、やはり回れ右して、その変動を後ろにいるサブ・サプライヤーたちに伝えていく。
だからサプライヤー側も、大手メーカーと同じく需要変動の波をかぶる。それどころか、SCMでいう「ブルウィップ効果」によって、その波が増幅されたりする。日本の中堅中小製造業が、急な納期変更にさらされやすい理由は、ここにあるのだ。
でも、なぜ最終製品を作る大手メーカーは、需要が変動するたびに回れ右して、その変動をサプライヤーに押し付けるのか? 答えは簡単だ。大手メーカーが、部品在庫を殆ど持たず、サプライヤーたちにジャスト・イン・タイム納品(JIT納品)を強いているからなのだ。手元に部品在庫がないから、生産品目が変わるたびに、必要な品目をサプライヤーに持ってくるよう伝えなければならない。
では、大手メーカーが、そうした部品在庫を極小化する「リーンな」生産方式を止めて、需要変動にもある程度対応できるよう、部品材料の安全在庫を持つようにしたら、どうなるか。答えはシンプルだ。需要変動は安全在庫によって、ある程度まで吸収される。 したがって、サプライヤーへの発注は、安全在庫を維持すれば良い程度の、安定した見通しの良い発注計画で運用できるようになる。すなわち、十分な納期、ないし平準化した数量の注文を、行えるようになる。
安定化生産の経済効果は非常に大きい
大手メーカーが部品在庫を持って需要変動を吸収し、サプライヤーに対しては平準化した発注を行うべきだと言うアイデアは、研究会仲間の経営コンサルタント・本間峰一氏が、かねてから主張してきたことで、わたしも100%同意だ。ただ建設エンジ業界の周辺のように、大きな案件単位で最終需要の発生する業種もあるので、念のため「十分な納期」という一言を付け加えている。
大手メーカーがこのように発注ポリシーを変更したら、その好影響は極めて広範に及ぶ。日本の製造業の生産性は、劇的に向上するであろう。
何を大げさな、と思うかもしれない。しかし、製造現場の人たちにインタビューしてみればわかるが、あらかじめ決めた通りの段取りで変更なく、作業できるようになれば、 現場の生産性は2割も3割も上がるだろうと言う。
なぜなら、急な変更対応には、材料のもの探し、機械のセットアップの変更、加工プログラムの入れ替え、治工具の調整、人の入れ替えなど、生産に結びつかない多大な労力を費やしているからだ。 つまり、急な納期変更への対応は、日本の製造業における生産性を目に見えぬ形で、大きく奪ってきたのだ。
もちろん大手メーカー自身は、需要変動に応じて臨機応変に生産計画を立て、直す能力が必要だ。だから、彼らは生産スケジューラを導入しなければならない。品目も数量も関連する工程・設備も多いから、高機能なスケジューラが必要だ。しかし大手だから、費用負担もできるし、社内に十分なスタッフもいるだろう。この点が中堅中小との最大の違いだ。
大手メーカーは、とうぜん今よりも多くの部品材料の在庫を、抱えることになる。しかし、大手にとっては、大した財務コストではない。今や上場企業の6割が無借金経営であり、在庫を増やしたって、そのための借入れ金利(在庫金利)はゼロなのだ。 部品倉庫くらいは増設しなければならないかもしれないが、固定棚の費用などたかが知れている。
生産性向上の最大の障害は、営業と調達の意識改革にある
さて、解決方法はシンプルだと書いたが、簡単とは書かなかった。シンプルなことが簡単だとは限らないからだ。
上のようなポリシーの変革には、大きな2つの障害がある。 1つ目は、大手メーカーの調達部門による、JIT納品に対するこだわりである。JIT納品という方式は、サプライヤーが大手の注文に対し忠実に、かつ懸命に従ってきたので、実現できてきたものだ。そして大手メーカーの調達部門は、納期の心配がないので、単にサプライヤー選定とコスト削減だけに専念できる。
ところがここで、部品在庫のレベル維持と、サプライヤーへの見通しの良い発注計画、という新たな課題が加わると、調達業務はこれまでよりもずっと頭のいる、複雑な仕事になる。机を叩いて怒鳴れば済む、昭和風のパワハラ調達のやり方は、通じなくなっていくのだ。
とはいえ、幸か不幸か、昨今のサプライチェーンの混乱に伴う部品納入の乱れと欠品によって、調達部門は既にこのような変革の波に洗われつつある。意識も少しずつは変わってきているはずである。
しかし、まだもう一つ障害がある。それは客先の無理な要求を全て飲み込んで、それをそのまま生産側に伝えてきた、製造業における伝統的な営業のあり方である。「お客様は神様」営業と言っても良い。これは大手メーカーにも中堅中小サプライヤーにも、ある程度共通した問題だ。
急な納期変更を求められたら、「もう工場は計画通り動いてしまっています。それは勘弁してください」と答えるのが、本当は営業の役割のはずだ。 だが、こうしろと教える営業のマネージャーは、少ない。長い不況時代を通じて、客先の「ご無理ごもっとも」を飲み込むのが営業だ、という意識が根付いてしまったのだろう。
インフレが進行している昨今でさえ、部品の価格転換がなかなか進まないことを見ても、この国に「ノーと言える営業」が足りないことがわかる。
そしてどこの組織でも、意識改革は一朝一夕には進まない。営業部門であれ調達部門であれ。というのも、「意識改革」というのは本当は、その組織を測るモノサシ=KPIの変更を伴うからだ。サラリーマンという種族は、自分にあてがわれるモノサシに応じて、行動や思考を決める。営業は売上高、調達はコスト削減率、といったKPIが、そのモチベーションを左右するのだ。だが、KPIに対する思い込みは古くて、変革の必要性に思い当たる経営者は、決して多くない。
ちなみに、営業も調達も、普通「文系」の職種だと思われている点に注意されたい。日本の製造業の生産性向上のボトルネックは、技術でもなければ、現場の熟練工でもない。実は文系職種にあるのだ。このことを多くの経営者が、もっとよく理解してくれればと思うのである。
<関連エントリ>
「ERPとMESの分担はどうあるべきか」 https://brevis.exblog.jp/30323305/ (2023-05-16)
「POPとは何か、MESとはどこが違うのか」 https://brevis.exblog.jp/27150261/ (2018-03-21)
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モダンPMへの誘い ~ プロジェクト・コントロールの目的とEVMS
http://brevis.exblog.jp/30826410/
2024-02-25T14:40:00+09:00
2024-02-25T14:40:35+09:00
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Tomoichi_Sato
プロジェクト・マネジメント
・・こう書くと、怪訝な思いをする人も多いだろう。というのは、カタカナ英語で言う『マネジメント』も『コントロール』も、日本語に翻訳すると、同じ『管理』になってしまうからだ。プロマネもPCMも、脳内で翻訳すると「プロジェクト管理者」だ。何が違うのか?
だが、英語でManageとControlというと、意味もニュアンスもずいぶん違う。Manageという語には、暴れ馬を乗りこなす、といった語感がある。大変な仕事なのだ。これに対して、Controlはもっと、制御に近い、精密な職人仕事のイメージがある。いいかえると、目標値を設定して、そこからブレないように運転していくのが、コントロールである。
プロジェクト・コントロール・マネージャー(PCM)の主要な業務は、コストとスケジュールのコントロールだ。すなわち、プロジェクトの2大KPIの設定と、その測定が仕事である。もっともモダンPMの教科書を見ると、ほかに品質コントロールやスコープ(変更)コントロールも、対象範囲のように書いてある。だが、エンジ業界では多くの場合、コストとスケジュールがPCMの主要な任務と考えられている。
では、コストとスケジュールのコントロールの主要目的とは何だろうか。それはズバリ、プロジェクトの着地点予測である。すなわち、「このプロジェクトが完了するのは、いつなのか? そのとき完成時の総コストはいくらになるのか、果たして儲かっているのか?」を予測することである。
もちろん、計画時のベースラインと現状が一致しているかどうか、差異分析を行い、問題があれば是正措置を考えてPMに提案するのも、PCMの大事な役割だ。だが、是正措置にはたいてい、時間やコストがかかる。なので、「どれだけ時間とお金が残っているのか」が分からなければ、適切な判断はできない訳である。
それでは、コストに関する着地点は、どうやって予測するのだろうか。当たり前だが、
完成時の総コスト = 現在までに使ったコスト + これから使うコスト
です。
そして「すでに使ったコスト」は集計可能だし、それを集計するのがPCMの大事な仕事である。では、「これから使う(だろう)コスト」は、どうやったら見積ることができるのか?
今、あるプロジェクトが途中まで進んでいるとしよう。元々の実行予算表では、コスト合計は100億円だったとする。さて、現時点までに完了したActivity (Work package)の、実績出費(これをACと呼ぶのだった)を集計すると、60億円になった。
そして、まだ残るActivityの費用見積を、実行予算表から拾い出して、足し合わせると50億円になるとしよう。
ちなみに、これから使うコストを、Cost ETC (Estimate to complete)と呼ぶ。そして完工時コストは、Cost EAC (Estimate at completion)と呼ぶ約束である。すると、上の式を記号で表すと、
Cost EAC = AC + Cost ETC
になる。じゃあ、プロジェクトの完工時コストは、60 + 50 = 110億円でいいだろうか?
そうは行かないのである。なぜなら、ここにはプロジェクトを現時点まで遂行してきた際の、現実の状況が反映されていないからだ。
たとえば、実績出費 AC = 60億円だが、完了したActivityの、元々の実行予算表での見積値は、48億円だったとする。これは、「48億と見積もっていたコストが、実際には60億かかってしまった」という現実の状況が示されている。
別の言い方をすると、現時点でのプロジェクトの出来高 EV = 48億円、ということを示します。
そこで前回ご紹介した、Cost Performance Index (CPI)を計算すると、
CPI = EV / AC = 48 / 60 = 0.8
ということになる。これがプロジェクトの費用的なパフォーマンスの、現実の状況を表す。
ということは、残っているActivityの費用も、当初見積の50億円ではすまず、おそらく、50 / 0.8 = 62.5 億円くらいかかりそうだな、という事がわかる。つまり、プロジェクトのコスト的な着地点は、
Cost EAC = AC + Cost ETC = 50 + 62.5 = 112.5 億円
という事になりそうだ。少なくとも、コストだけを見ている財務会計担当者なら、そう考えるだろう。
・・だが、いやいや、実はこの話はもっと奥があるのだ。それは、スケジュールの遅延に伴う費用である。
自社内で発生する人件費(Man-Hour cost)も、外注先や現場の労務費も、実際には工数に対して費用が発生する。かりに材料や図面の手待ちが生じて、実質的には何も仕事をしていなくても(できなくても)、待ち時間分のコストは発生する。スケジュールが遅れると、生産性も下がるのである。この分のコストはどう見たら良いだろううか?
EVMSでは経験的に、これから使うコストは、残りの費用見積額を、CPIとSPI (Schedule performance index)の両方で割った数値を使うのがいい、とされている。つまり、コスト効率性とスケジュール効率性の両方を考えろ、ということである。ここでSPIとは、
SPI = EV / PV
で計算される指標だ。
本プロジェクトでは、現時点(Time-now)までに、PV = 64億の進捗がある計画だったとしよう。すると SPI = 48 / 64 = 0.75になる。すると、プロジェクトのコスト的な着地点は、
Cost EAC = AC + Cost ETC = 50 + 50 / (0.8 * 0.75) = 133.3 億円
という推算になりそうだ。(なお、実際のエンジ会社のプロジェクトでは、こんな概算的な計算ではなく、F-WBSのカテゴリーごとに、もっと緻密な推定を積み上げて行う。ここでは分かりやすく簡略化したご説明をしている)
<関連エントリ>
「モダンPMへの誘い ~ EVMSで使うプロジェクトのKPIとは」 https://brevis.exblog.jp/30815670/ (2024-02-19)
「わたしはなぜ、『プロジェクト管理』という言葉を使わないのか」https://brevis.exblog.jp/26270824/ (2017-12-18)
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モダンPMへの誘い ~ EVMSで使うプロジェクトのKPIとは
http://brevis.exblog.jp/30815670/
2024-02-19T11:01:00+09:00
2024-02-29T10:28:48+09:00
2024-02-19T11:01:11+09:00
Tomoichi_Sato
プロジェクト・マネジメント
従来の予実管理手法では、PV(予定出費)とAC(実績出費)を単純に比べるだけだった。これは、定常業務に関する予算ならば、十分有効だろう。部門のコピー経費などをおいかける目的には、この手法でも問題はない。
しかしプロジェクトの場合、そうはいかないのだ。プロジェクトという業務の特徴は、「終りがある仕事」である点だからだ。そのため、プロジェクトでは『進捗』という概念が必要になる。部門のコピー経費に、「進捗」を問う人なんていない。だが、プロジェクトは終わるために努力する仕事のため、つねに進捗が問われる。
そして、PVとACを単純に比較するだけでは、コストによる変動と、進捗による変動の、両方の要素が入ってきてしまうため、正しく現状認識ができない問題点があった。コストをうまくコントロールできている状況であれ、進捗が遅れている問題状況であれ、どちらも PV > AC という結果が出てしまう。だから、良いかまずいかの判断ができないのである。
EVMS(Earned Value Management System)のポイントは、EV(出来高)を基準にして、
「EVとPV」の比較、
「EVとAC」の比較、
という形にする点にある。これによって進捗の差異と、コストの差異を区別できるようにするのである。
少し分かりにくいかもしれないので、次の表を見てほしい。
従来の予実管理手法で使ってきたKPIは、予定出費(PV = Planned Value)と、実績出費(AC = Actual Cost)だった。
ところで予定出費PVというのは、予算で想定した金額を用い、その出費のタイミングも、スケジュール計画で予定したタイミングで計算する。その一方、実績出費ACは、現実に出ていった金額を計上し、かつ、その計上時点も、実際のタイミングに従う。
だから、予定出費PVと実績出費ACを直接比較しても、その差が金額による差なのか、タイミングの違いによる差なのかが、判別できないのである。そこでEVMSでは、あえて『出来高』EVという、人工的なKPIを導入する。このKPIは、金額は予定していた金額を用いるが、計上するタイミングは現実のタイミングに従う、というものだ。
したがって、予定出費PVと出来高EVを比較すれば、金額は同じだから、その差はタイミングの違いを示すことがわかる(図の右側の「進捗比較」の矢印)。同様に実績出費ACと、出来高EVを比較すると、両者のタイミングは同じだから、その差は金額の差を示すわけである(図の右側の「費用比較」の矢印)。
ちなみにEVMSでは、「EVとPV」の差を、 「スケジュール差違」SV (Schedule Variance)と呼ぶ。これも重要な導出指標KPIである。具体的には、
EV– PV = SV (Schedule Variance)
が、その定義である。この値がプラスならOK、マイナスは遅れを示す。
また「EVとAC」の差を、「コスト差違」CV (Cost Variance)という。これも重要な導出指標KPIの一つだ。
EV– AC = CV (Cost Variance)
CV (Cost Variance)がプラスならOK、マイナスだったら赤字状態にあることを意味する。
どちらも、EVを基準にして、他の値を引くのだと覚えておいてほしい。プラスだと良い状態、マイナスだとまずい状態を示す。
ところで「EVとPV」「EVとAC」の差分ではなく、両者の比を取る指標というのも、時々用いる。前者をSPI(Schedule performance index)、後者をCPI(Cost performance index)と呼ぶ。
SPI = EV / PVCPI = EV / AC
これらの指標は1より大きければGood、小さければPoorという事になる。
差を取ろうが、比を取ろうが、違いがわかれば充分じゃないか。なぜ2種類もあるのだ? と思われたかもしれない。だが、もちろん用途が違うのである。
比を用いるKPIは、どんな時に使うかと言うと、プロジェクト・コントロールの大事な目的である、Cost EACの推測、つまり着地点予測に使うのである。これについては、稿を改めて、また書こう。(→この項続く)
<関連エントリ>
「モダンPMへの誘い ~ 『出来高』(EV)をマネジメントに導入する」 https://brevis.exblog.jp/30759325/ (2024-01-22)
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休み休み働こう
http://brevis.exblog.jp/30802021/
2024-02-11T20:27:00+09:00
2024-02-11T20:27:18+09:00
2024-02-11T20:27:18+09:00
Tomoichi_Sato
考えるヒント
彼はまず、この一連の労働を、5つの要素的なタスクに分解する。そして、それぞれに必要とする適切な作業時間を割り出した。さらにSchmidt(仮名)という労働者を選び出し、彼に「ズクを持ち上げろ、歩け、回って休め、歩け、休め」と、ストップウォッチ片手で指示した。それまで、労働者の恣意的判断に任されていた時間の使い方を、細かくコントロールしたのである。
その結果は驚くべきものだった。それまで労働者1人は、1日平均12.5トンしか運べなかった。ところがSchmidtは、なんと47.5トンの銑鉄を運ぶことができた。およそ400%の生産性達成である。当然、彼は大幅アップの賃金を得た(当時の賃金制度は日給制で、完全出来高制度ではなかったため、4倍と言うわけにはいかなかったが)。
ちなみに当時、テイラーの仕事を手伝っていた後輩の技師の一人が、ヘンリー・ガントであった。そう、あの「ガント・チャート」を考案した技術者だ。また、テイラーは主著「科学的管理法の原理」の中で、自分たちの仲間の1人として(別の企業に働いてはいるが)、ギルブレスの成果を引用している。そう、あの動作研究の記号Therbiigの発明者で、かつベストセラー「1ダースなら安くなる」の主人公でもある。現代のマネジメント技術やIE(Industrial Engineering)の創始者達が、ちょうど100年前に、出揃っていたことになる。
もう一つ余談を書くと、テイラーはその素晴らしい功績を挙げたBethlehem Steel社を、1901年に辞職する。社長の経営方針とぶつかったためだ。当時の米国の経営管理とは、労働者を「鞭で追い立てる」方式だった。テイラーはこうした強権的監督と根性主義に反対して、科学的な管理方法を打ち建てるべきだと主張したのだ。だがその頃、Bethlehem Steelは、USスチール社の傘下となり、金融業モルガン・グループ出身のCharles M. Schwabが支配権を手に入れる。彼の「追い立て方式」の経営の下で、ガントらも結局、同社を去って行くのである。
でも、ズク運びの労働に話を戻そう。生産性4倍を達成させたテイラーの指示では、作業と休憩の割合が、なんと42%対58%だった。つまり就業時間のほぼ6割を、休憩しているのである。大半の時間を休んでいて、時々働く程度、と言っても良い。休みだらけの働き方なのだ。
当たり前だが、休憩時間も、就業時間の一部である。労働基準法では、「労働時間が6時間を超える場合は少くとも45分、8時間を超える場合は少くとも1時間の休憩時間」を途中で与えなければならない、と規定している。つまり「休むのも仕事のうち」という訳だ。
工場などに行くと、午前や午後の決まった時間に、10分から15分程度の休憩時間を決めていて、その間は現場作業が全て止まるのを、よく目にする。もちろん、法律で決まっているからだが、上に述べたテイラーの実験例を見ればわかるように、休憩はむしろ生産性を向上するための、必須の要素でもある。
米国が「鞭で追い立て」主義なら、日本は「ガンバリズム」の世界だ。とにかく頑張れ、頑張れと、自らにも他人にも言い続ける。世界記録に挑もうとするアスリートたちの競技を描いた外国映画で、日本人は皆、競技者に「頑張れ」と声をかけるのに、欧米人たちは殆どが「リラックスしてやれ!」と声援するシーンがあったが、よく違いを捉えているな、と笑ってしまった。
わたし達の文化は、休むことを、まことに軽視している。休んでいる者は、まるで怠け者のようだ。そうした文化で長年育ってしまったわたしは、最近、「自分は休むことがとても下手だ」と感じるようになった。無理がきかない年齢になって、以前のようなペースでは働けなくなったからかもしれない。休暇取得率だって、100%には程遠い。
もっと上手に休むには、どうしたらいいか。
タスクで自分を「追い立て」るような、精神的スタンスをまず止めることだ。それはわかっているのだが、でも仕事は常に追いかけてくる。放っておくと、自分のToDoリストは、すぐに満杯になってしまう。優先順位付けは、もちろんしている。それでも打ち合わせの連続と細かなタスクで、1日があっという間に過ぎてしまうと、なんだかなぁ、と感じる。
そのためには、あらかじめ休みの時間を、スケジュールから「天引き」しておく必要があるようだ。つまり、事前に計画しておくのである。
休暇について言うと、客商売の受注ビジネスに携わっているので、どうしてもこれまで、自分の休暇予定を、仕事に合わせてとってきた。ちなみに、わたしの勤務先は、商社などと同じく、決まった夏休み期間がなく、各人が勝手に取ることになっている。しかし、工場現場を抱える製造業などでは、ゴールデンウィークやお盆などに、かなり連続した休業期間をあらかじめ決めている。それで仕事は回っているわけだ。
ということで、わたしも最近は、季節ごとに、割と連続した休暇を取るように心がけている。休暇というのは、小刻みに取るよりも、まとめて長く取った方が、気持ちの切り替えになりやすい。
その連続した休みの期間の中は、
(1) 休養、
(2) 娯楽・慰安、
(3) またちょっと休養
(4) 整理・雑務
という順序で過ごすよう、心がける。
まずとにかく、心身の疲れを取る。遊ぶのはそれからだ。そして遊び疲れから回復したら、忙しく働いていた時期にできなかった、様々な雑事をこなす。でも、生活上の雑務だって際限なくあるので、これを最初に持ってきてしまったら、休暇のほとんどが潰れてしまう。だからこの順番なのだ。
ところで、働いてる間の休憩はどうか? これは逆に、小刻みに取るのが良いと思う。つい熱中して、パソコンの画面をにらみ続けて、後で眼精疲労の頭痛に見舞われるような経験を、これまで何度もしてきた。そこで最近は、ポモドーロ・テクニックをとり入れるようにしている。
ポモドーロ・テクニックとは、シリロというイタリア人が最初に考案した手法で、25分間の集中作業と、5分間の休憩のセットを、「1ポモドーロ」と呼ぶ。このポモドーロを繰り返しつつ、時に少し長めの休憩を入れて、働くリズムを調整する。なんでも最初、キッチンにあったトマト(イタリア語でポモドーロ)の形をしたタイマーを利用したことから、この名前がついたらしい。
ポモドーロ・テクニックを助けるタイマー・アプリもいろいろと出ている。自宅ではMacを使用しているので、Activity Timer https://macdownload.informer.com/activity-timer/ というアプリを使っている。職場のWindowsではまだ、これといった決め手が見つからない。いろいろと試しているのだが、タスク管理など余計な機能がつきすぎている。そして意外なことに、途中でスキップできる機能が、なかったりする。でも、急な飛び込み等で、ポモドーロのサイクルが中断されることも多いので、スキップ機能は必須だと思う。
ともあれ、こうしたテクニックを試しているうちに気がついたことがある。それは働くことと、休むことのリズムが、実は本質的なものだと言うことだ。生き物は全て、いろいろなリズムに従って生きている。1日の昼と夜のリズムに始まって、潮の満ち引きのリズム、月の満ち欠けのリズム、季節のリズム、などなど。それらに従って活動しては、休息を取る。
休息している間、生き物は何をしているかと言うと、実は自分の体の中のメンテナンスを行い、また体の構造の再編を行ったりしている。「寝る子は育つ」と言う諺があるが、成長ホルモンは夜、分泌されることが知られている。自分の体の中の不整合を修復し、新たな成長に向かうための準備の時が、休息の時期の意味なのだ。言い換えるならば、活動とはエネルギーの時期であり、休息とはエントロピーを下げるための時期である。
だとすると、わたし達の企業組織も同じなのではないか。企業には、せっせと生産をし、商売をして利益を貯める時期と、その内部留保を用いて、仕事の不整合を取ったり、新たな仕事のための組織や仕組みを作るための時期が必要だ。そして、それはある程度、明確に区別すべきではないか。景気にもサイクルがあるが、企業の成長と成熟にもリズムが必要なのだ。
でも、残念ながら現代の経営学には、そのような「リズム」の視点が欠けている。株主や投資家は、常にいつもいつも、企業に絶え間ない成長を要求する。それはちょっと変ではないか?
自然界を見れば、組織に活動と休息のリズムが必要なことは、科学的に明白だ。そしてそのことは、テイラーのズク運びの実験でも明らかになった。だが科学的経営法を提唱したテイラー達が、金融資本に追い出されて以来、アメリカの経営思想には、「休み」の概念の重要性が育たなかったのである。
<関連エントリ>
「マネジメントを科学する」 https://brevis.exblog.jp/6465367/ (2007-09-15)
「休むのも仕事のうち」 https://brevis.exblog.jp/18579707/#google_vignette (2012-08-08)
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セミナー講演のお知らせ:「デジタル技術が変える次世代のスマート・プラントの姿」(2月22日PM)
http://brevis.exblog.jp/30781886/
2024-02-02T18:12:00+09:00
2024-02-02T18:12:42+09:00
2024-02-02T18:12:42+09:00
Tomoichi_Sato
サプライチェーン
来る2月22日(木)午後に、「デジタル技術が変える次世代のスマート・プラントの姿」と題する講演を行います。これは、『デジタル技術が変えるプラント操業の世界』という半日有償セミナーの一環で、冒頭にいわばキーノート・スピーチとしてお話しするものです。
従来、「IT(情報技術)」と呼ばれてきたものの代わりに、最近は『デジタル技術』という言葉が、よく使われるようになってきました。また、「スマート工場」や「デジタル・ツイン」などの用語も、しばしば語られます。しかし、プロセス産業における、それらの意味をきちんと捉えている人は、決して多くないように思えます。
本講演では、データと情報の区別からはじめて、工場を生産のためのシステム(仕組み)としてとらえた上で、スマート化の意味を考えます。さらに、エンジニアリング会社としての経験から、産業間比較に基づいてプロセス対ディスクリート工場の特性を解説します。最後に、デジタル・ツイン概念に関する海外の動きと、日本の化学産業が向かう「ディスクリート・ケミカル工場」の次世代の姿について、皆様と一緒に考えてみたいと思っています。
本セミナーでは、わたしの講演に続いて、さらに3つのテーマでの発表があります:
デジタル技術が可能にするオペレーション(LNGプラントのオペレーションの劇的改良)・・・日揮グローバル・藤崎翔氏 デジタル技術が可能にするメンテナンス(ファストデジタルツインによる保全の変革)・・・ブラウンリバース社・金丸剛久氏デジタル技術が可能にするサプライチェーン(3Dプリンタが変えるプラント建設と部品調達の未来)・・・日揮グローバル・程原忠氏、日揮・吉本直広氏
想定する聴衆の方は主に、エネルギー・化学など、いわゆるプロセス・プラント分野の技術者の皆様ですが、医薬品・化粧品・食品・飲料・素材など、プロセス的な特徴をもあわせ持つ業界の方々にも、ご参考になる内容だと信じております。
記
「デジタル技術が変えるプラント操業の世界」
日時: 2024年2月24日(木) 13:00 ~ 16:50
(わたしの講演は13:00-13:50です)
主催: 株式会社 技術情報センター
セミナー詳細: 下記のURLをご参照ください(受講申込もここからできます)
https://www.tic-co.com/seminar/20240212.html
なお本セミナーは、会場での受講でも、ライブ配信(Zoom)での受講も可能です。またアーカイブ配信も行う予定です。
大勢の方のご来聴をお待ちしております。
佐藤知一@日揮ホールディングス(株)
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モダンPMへの誘い ~ 『出来高』(EV)をマネジメントに導入する
http://brevis.exblog.jp/30759325/
2024-01-28T22:00:00+09:00
2024-02-19T11:02:32+09:00
2024-01-28T22:00:08+09:00
Tomoichi_Sato
プロジェクト・マネジメント
ところで、予定出費の線(Planned Value = PV)の線と、実績出費の線(Actual Cost = AC)の2本を描いて、その大小を比較しても、プロジェクトの状況は「よく分からない」のだ、と前回書いた。なぜなら、実績出費ACのカーブが、予定出費PVのカーブより下に来ても、それだけでは「コストをうまく抑え込んでいる」事を示すのか、あるいは「進捗が遅れていて出費がまだ少ないだけ」かを、判別できないからだ。前者ならば、プロジェクトは良い状態にあると言えるし、後者だったら、まずい状態にある。
じゃあ、この二つの状況のどちらにあるのかを、判別する方法はあるのか? 実は、あるのだ。そのためには、3本目のSカーブを図に書き加えればよろしい。その3本目とは、「その日までに完了したアクティビティの予算額の合計」という、人工的な数値である。これを、Earned Value = EV、日本語で『出来高』と呼ぶ。
念のために書くと、予定出費PVは、「予定ではその日までに終わっているはずのアクティビティの予算額合計」である。実績出費ACは、「その日までに本当に完了したアクティビティの実際の出費額合計」だ。
仮に3本目のEVの線が、図のような位置に来たとしよう。では、この出来高EVの線があると、何がわかるのだろうか?
いま、出来高EVと計画出費PVを比べると、EVは明らかにPVよりも小さい。仮に図の縦軸の上限が1,000万円を表しているとしようか。すると、本日時点でPVは700万円くらいになる。つまり、今日までに、700万円分相当の仕事が終わっていたはずである。
ところが出来高EVは、図から見て、せいぜい400万円程度しかない。つまり、今日までに400万円分の仕事しか完了していない訳だ。すなわち、このプロジェクトは進捗が遅れていることがわかる。両者は同じ予算額の集計だから、その差はタイミングの差を示しているのだ。
さらに、出来高EVと実績出費ACを比べると、ACは600万円くらいで、EVよりも大きくなっている。両者はどちらも、その日までに完了した同じ仕事の、予算額と実際の出費を示しているわけだから、このプロジェクトでは、当初の見積よりもコストがかかっている訳である。
まとめると、計画よりも出来高は小さい(=進捗遅れ)、かつ、見積より実績出費は大きい(=予算超過)で、大変まずい状況にあるプロジェクトであることが分かる。この事は、PVとACの2本の線だけ、穴が空くほど睨んでも分からなかったのだ。
じゃあ、ためしに、3本目の出来高(EV)カーブの位置関係が、次の図のようだったら、どんな判断になるだろうか?
今度も、考えるべきことは同じだ。まず、出来高EVを基準に、計画出費PVと比べてみる。あきらかにEVはPVよりも小さい。すなわち、進捗が予定より遅れている。ただ、出来高EVと実績出費ACの比較では、ACの方が小さい。これは、コストに関しては低めに押さえ込めていることを示している。納期はあぶないが、コストは今のところOK。そんな状況だと分かる。
どちらのケースでも、出来高EVを基準に、PVやACと比べている点に注意してほしい。PVとACを直接比較するのではない。この点が大事だ。PVとACを直接比べても、プロジェクトの状況は分からないのだ。なぜだろうか?
じつは、Sカーブには、「タイミング」と「コスト」の両方の情報が詰まっている。予定出費PVのカーブは、予定のタイミングと予定のコストを、また実績出費ACは、実際のタイミングと実際のコストを示している。だから、両者に差があったとしても、それがタイミング(進捗)によって生じたのか、コストによって生じたのかが区別できないのである。
これを区別するために、「タイミング」は現実だが、「コスト」は予定の値を表す、『EV』という人工的な量を持ち込んで、進捗とコストの差異を区別できるようにする。EVとPVを比べれば、両者とも金額は同じだから、その差はタイミング(進捗)の違いを示す。またEVとACを比べると、タイミングは同じだから、金額の差が検知できる。
PV, AC, EVの3本の線を活用して、プロジェクトの状況を判断したり着地点を予測したりする。これがEVMS = Earned Value Management Systemとよばれる手法である。そしてEVMSはモダンPMの三本柱の一つ、といえる重要な手法だ。
EVMSの手法は、70年代頃に、米国の防衛宇宙産業で発達したと聞いたことがある。スケジューリング手法であるPERT/CPMの登場が50年代、スコープをコントロールする手法WBSの発達が60年代だから、20世紀中盤の20年間ほどに、現代PM理論を支える3つの手法が出揃ったことになる訳である。
(→この項続く)
<関連エントリ>
「モダンPMへの誘い 〜 出費が予定を超えなければ大丈夫?」 https://brevis.exblog.jp/30726239/ (2024-01-22)
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モダンPMへの誘い 〜 出費が予定を超えなければ大丈夫?
http://brevis.exblog.jp/30726239/
2024-01-22T12:29:00+09:00
2024-01-22T12:29:53+09:00
2024-01-22T12:29:53+09:00
Tomoichi_Sato
プロジェクト・マネジメント
「PDCAサイクル、なんて言ってもさ、それって大体、絵に描いた餅じゃないか。そもそも最初に計画なんか、ふつう立てないだろ? プロジェクトに飛び込んだら、最初はまず、様子を観察するはずだ。顧客やメンバーに話を聞いて、これまで使った費用とかを確認して、状況を理解する。その上で方針を決めて、やるべきことをやっていく。これが現実のサイクルじゃないか。」
その時は、ふーん、と言う気持ちで聞いていたのだが、後になって、この人はいわゆる「OODAループ」の説明をしていたのだと気がついた。PDCAはPlan, Do, Check, Actionの略だが、OODAはObserve, Orient, Decide, Actの頭文字だ。OODAは「ウーダ」と発音し、米軍発の意思決定手法だが、ここでは詳しい説明を省かせていただく。興味があれば、ネットにいくらでも情報はある。
わたしが、ふーんと思ったのは、感心したからではない。この会社の人たちは、最初に計画を立てないのが当たり前なのかと、驚いたからだ。計画なしに、集団で仕事をしていて、不安にならないのか? 羅針盤も海図も持たずに、一緒に船出して、よく平気でいられるものだ。
それに、有能なプロマネが、途中から急にアサインされると言う状況も、よくわからない。大事なプロジェクトなら、なぜ最初からこの人たちをリーダーに立てないのか。どうやら、優秀なプロマネたちは、しばしば火消し人として、途中からプロジェクトに送りこまれるものらしい。
まぁ、それはこの会社の方針、ないし組織文化なのだろう。よその人間が批評しても、はじまるまい。それに、これだけ立派な規模の会社だ。ならば、プロジェクト計画だって、少なくとも最初に大枠ぐらいは決めているはずだ。そうでなければ、途中でプロジェクトに入り込んで、これまで使った費用を確認したって、予定の金額と比較しないことには、状況判断もできないではないか。
ただし、である。念のため書いておくが、プロジェクトの途中の時点で、それまでに使った実際の出費と、当初想定していた予定の出費と比べて、本当にそのプロジェクトの状況がうまく判断できるだろうか。
モダンPMでは、実績出費の額を、Actual Costの頭文字をとって、ACと略す。また、予定出費の方は、Planned Valueの略でPVと呼ぶ、約束になっている。
ここで問題にしたいのは、
AC < PV
という集計結果が出たとして、それで、「このプロジェクトはうまくいっている」と言う状況判断をして良いかどうか、という問いだ。
ちょっと分かりにくいかもしれないので、図で解説しよう。
横軸は、プロジェクトの開始日から終了日までの時間軸だ。縦軸は、出費の金額を表す。点線は、プロジェクト計画に基づく、ベースライン(予定)の線である。どんなプロジェクトも最初はゆっくり立ち上がり、途中から活況に入る。
たとえばSI系プロジェクトの場合、初期は要件定義や基本設計業務で人数も少ないが、実装からテストフェーズに移るに従い、関わる人数も増え、協力会社の仕事も多くなるし、ハードの出費もあるだろうから、出費の金額が増えていく。
しかしテストも終盤に差し掛かり移行作業に移る頃は、しだいに出費もなだらかに戻る。かくて予定出費の線は、全体がローマ字のSに見えるので、「Sカーブ」と呼ばれる。大手企業なら、そのS字の線のパターンだって、標準的に持っているかもしれない。
さて、プロジェクトが始まって、実際の出費を集計してプロットしてみたら、図の青い実線のようになったとする。これを見ると、実績出費は計画線を下回っている。だとしたら、このプロジェクトはうまく進んでいると考えていいだろうか?
この質問を大学の講義ですると、院生たちは慎重で微妙な答え方をする。予定より実績が小さいのだから、なんだか自明に見えるのに、講師は意地悪だから引っかけがあるのだと勘ぐるようだ(笑)。で、あえて「いや、うまく進んでいないと思います」などと答えてきたりする。たとえば青線の最近の立ち上がり方が急カーブすぎる、といった理由をつけて。
でも、「うまく進んでいる」も「進んでいない」も、正解ではない。じつは、正解は「分からない」なのだ。なぜ、分からない、が正解なのか? それは、このような状態になる原因が2つ考えられるからだ。すなわち、
(1) 実際にうまくコストをマネージできている
(2) 仕事が予定より遅れているため、出費もまだ小さいままである
そして、この2つのどちらであるのかは、実はこの2本の線だけを眺めても分からないのである。もちろん、個別の出費伝票や個人個人のタイムシートまで戻って分析すれば、把握できるかもしれない。だが、プロジェクト全体のSカーブというマクロな観点からは、判別できない。
もしも読者の皆さんが顧客の発注責任者の立場だったとして、受託側のSIerがこの2本のSカーブで毎月の報告を出してきたら、どう判断するだろうか? あるいは、最初の会社の例のように、プロジェクトの途中からアサインされたプロマネの立場だったら? このプロジェクトの状況の良し悪しは、2本の線をいくら観察したって、ひと目でわからないのだ。
だが、これを一目で判別できるようにする方法がある。ただしそのためには、この図に3本目の線を引く必要があるのだ。少し長くなってきたので、その解説は次回に続く、とさせていただこう。
<関連エントリ>
→「??モダンPMへの誘い ? この質問の意味が分かりますか???」 https://brevis.exblog.jp/30687052/ (2024-01-14)
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モダンPMへの誘い 〜 この質問の意味が分かりますか?
http://brevis.exblog.jp/30687052/
2024-01-14T23:31:00+09:00
2024-01-27T15:39:37+09:00
2024-01-14T23:31:09+09:00
Tomoichi_Sato
プロジェクト・マネジメント
そして、これはと思う部下をプロマネに任命し、現地に派遣する。しかし、プラントはなかなか完成しない。それどころか、現地のパートナー企業の不満の声も、あなたの元に届いてくる。そこでTV会議で現地のプロマネを呼び出し、話すことにした。では、あなたがまず質問すべき事は何だろうか?
・・これは、わたしが大学などでプロジェクト・マネジメントを教える際に、よく最初に出す問いかけだ。出席者に尋ねると、いろいろな答えが返ってくる。例えば「工事はどこまで進んでいるのか」「資材は十分に足りているのか」「労働者の質はどうか」などなど。
ここでは、プロジェクトに問題が起きている時、その全体状況を把握するには、どんな事柄を確認すべきか、を聞いている。そして、こうしたプロジェクトの状況把握の必要は、どんな業種の仕事でも、時々起こり得る。
わたし達の社会で、大きなプロジェクトにトラブルが生じた時、メディアや世間の人々が問題にするのは、どんなことか。典型的には、以下の3つの問いになるだろう。
− いったい今まで、いくらのお金を使ったのか?
− その仕事は、いつ完成するのか?
− そもそもこの仕事のリーダーは、どういう人物か? はたして信用できるのか。
例をあげよう。何年か前になるが、新国立競技場の建設プロジェクトが、世間の耳目を集めた。建築家ザハ・ハディドの超モダンなデザイン案が、国際コンペの結果、選ばれたが、当初からその実現が危ぶまれた。はたして、ほどなく経たぬうちに、建設コストの見積もりがみるみる増えていき、当初の予算を大幅に超えることが判明した。
建設工事的にも、極めて難易度が高い。本来この新国立競技場は、2020年に予定されていた東京オリンピックではなく、その前年・2019年のラグビー・ワールドカップに間に合うべく、建設する構想だった。果たして、本当に間に合うのか? そして、そもそもこの事業を引っ張っているのは、どこの誰なのか。
一体いくらのお金の話をしているのか、いつになったら終わるのか、リーダーは果たして信頼できるのか・・こうしたことが世間で問題とされ、メディアで識者と呼ばれる人たちが指摘しあった。日本では経営資源を人・モノ・カネ、そして時間、と考える傾向が強いけれども、プロジェクトの金と時間と人を問うているのだから、まあ、平仄はあっているのかもしれない。
ところで、この3つの問いは、プロジェクトという大きな仕事を、丸ごと全体として捉えている。全体でいくら、全体でいつ、全体を誰が、と言うわけだ。こうした物の見方は、現代のみならず、戦前でも、あるいは江戸時代でも、さらに遡れば中世や古代でだって、同じだったはずだ。平安京の建設は、古代のビッグ・プロジェクトだった。そこで、問題が起きたら、人々は同じ3つの問いを語り合っていただろう。
だが、今は21世紀だ。わたし達は1000年前の人たちと同じような議論をしていて、いいのか。
それではまずい、と考えた人たちがいた。21世紀中盤、アメリカでの事だ。化学企業・デュポン社で、プラント建設プロジェクトに携わっていた人たちは、プロジェクトを丸ごと全体で捉えるだけでは、らちがあかないと気づいた。彼らはプロジェクトを、より小さな、コントロール可能な単位要素の作業に、分解することを思いついた。
逆の言い方をすると、大きくて複雑な仕事も、単位要素の作業(Activity)の連鎖によって表現(合成)できる。そしてActivity間には、論理的な順序関係(Aが終わらなければBが開始できない、等)がある。そして、Activityの連鎖によって作られた一過性の仕事を「プロジェクト」とよぶのだ、と彼らは考えたわけだ。
ほぼ同じ頃、海軍でPolarisミサイルの開発プロジェクトに関わっていたコンサルタント会社ブーズ・アレン・ハミルトンの人たちも、同様の概念にたどり着いた。「大きすぎる問題は分解して考えろ」という大数学者ガウスの格言があるが、こうした西洋の合理的思考の系譜に従ったのかもしれない。
ともあれ、プロジェクトを「Activityの連鎖からなる一過性のシステム」とモデル化したことから、真に現代的なプロジェクト・マネジメントの考え方が始まったのである。これを『モダンPM』と呼ぶ。プロジェクトまるごと全体を、「リーダーの資質」「カネと時間」「気合いと根性」などで動かそうとする、旧来のマネジメントのやり方と区別するための用語である。
モダンPMは1950年代にアメリカで現れ、’60年代のアポロ計画などによって育てられ、以後、成長と発展を続けている。その中心になっているのは、システム工学の理解=システムズ・アプローチだ。そして定量的な理論と技法が付随している。
もしも、あなたが現代の化学企業の経営者で、部下のプロジェクト・マネージャーに対して、モダンPMの考え方で状況把握をしたいならば、上に挙げた3つの問いに代わって、次のような質問をするはずだ。
・プロジェクトの『スコープ』はどうなっているのか。WBSを見せろ。
・このプロジェクトの『クリティカル・パス』は何か? Activity networkの上で示せ。 主要なリスクは何か?
・現在までのPV, AC, そしてEVはいくらか。完成時のCost EACを計算せよ!
これらの質問の意味が、おわかりだろうか。ここに現れる用語や概念が、現代のモダンPMの柱なのである。プロジェクト・マネジメントを学ぶとは、いいかえれば、この質問の意味を正確に理解して、きちんと答えられるようにすることなのだ。
モダンPMなど知らなくても、もちろんプロジェクトは運営できる。実際のところ、数人がかりで数ヶ月程度の社内プロジェクトだったら、気合いと根性だけで回していけるだろう。しかしプロジェクトの複雑性が増したり、規模が大きくなり、あるいは制約条件がきつくなったら、そうはいかない。単なる出金管理以上の、何らかの定量的な考え方と道具立てが必要になる。
大規模で複雑なプロジェクトに関しては、少なくとも、わたしの勤務先の経営者だったら、(言葉遣いは多少違うかもしれないが)上のような3つの問いを発するだろう。だが、こうしたことを、経営者はおろか実務レベルのマネージャー層でさえ、理解していない組織が、わたし達の社会にはたくさん存在するのである。このような面での知的貧困が、わが国の産業競争力を大きく阻害しているとさえ、言えるだろう。
そこで本サイトではこれから時々、モダンPMのいくつかのトピックを取り上げ、わかりやすい簡潔な解説をしてみたいと思っている。題して、「モダンPMへの誘い(いざない)」。拙著『世界を動かすプロジェクト・マネジメントの教科書』https://amzn.to/2FFXbkf のサプリメント版と思っていただいても良い。
小規模のプロジェクトに携わる人でも、モダンPMの基本的な理解を持っているのといないのでは、それなりの違いが出る。そしてキーとなるのは、システムズ・アプローチ=システム工学の理解である。システムとプロジェクトに関心のある方々への、興味を引けば幸いである。
(→この項つづく)
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「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(1月24日)開催のお知らせ
http://brevis.exblog.jp/30628158/
2024-01-05T18:59:00+09:00
2024-01-05T18:59:20+09:00
2024-01-05T18:59:20+09:00
Tomoichi_Sato
プロジェクト・マネジメント
昨年は主査である小職の多忙のため(あるいは怠けすぎて?)、6月以降に例会を開催できずにおり、まことに申し訳ありませんでした。
さて、新製品開発・新事業開発プロジェクトは、どの組織にとっても非常に重要な、しかし同時になかなか成功しにくい仕事です。とくに成熟市場を相手にした我が国の製造業は、自社の生き残りと成長をかけて取り組む訳ですが、途上には多くのハードルがあります。
今回は、航空機業界における新製品開発プロジェクトについて、(株)SUBARUの野中剛志様にお話しいただきます。周知の通りSUBARU(元・富士重工)は、中島飛行機の流れを継承する企業で、自動車のみならず、航空機とヘリコプターの製造事業も柱として続けておられます。
航空機開発は、巨額の費用と長い年月がかかり、その成否が企業自体の存続や成長を左右することは、欧米の有名航空機メーカーの例を見ても明らかです。しかも部品点数は、自動車の100倍(!)という複雑さです。こうしたプロジェクトにいかに取り組むべきか、どこが難所かを、実務経験に基づいて語っていただきます。ぜひご期待ください。
<記>
■日時:2024年1月24日(水) 18:30~20:30 (オンライン形式)
■講演タイトル:
「航空機開発におけるプロジェクト・マネジメント」
■概要
航空機の開発は、大規模かつ長期間のプロジェクトになることが多く、プロジェクトマネジメントの重要性は高い。しかし、大きな開発は10年に1度程度と間隔も広く、過去のノウハウや実績データの継承、およびPM人材の育成などの面で課題も多い。
このような航空機開発におけるプロジェクトマネジメントの実態と課題を、実務経験を踏まえてご紹介いたします。
■講師:野中 剛志 様 (株式会社SUBARU 航空宇宙カンパニー)
■講師略歴:
SUBARU航空宇宙カンパニー調達部担当部長。2002年から約10年間、P-1/C-2開発においてSUBARU分担部位(主翼等)のプロジェクト管理に約10年間従事。その後も一貫して生産管理畑。現在は調達部でSCMのDXに取り組む。
■参加希望者は、小職までご連絡ください。後ほど会議のリンクをお送りいたします。
■参加費用:無料。
ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。
以上、よろしくお願いいたします。
佐藤知一@日揮ホールディングス(株)
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クリスマス・メッセージ:あらためて、平和を祈ろう
http://brevis.exblog.jp/30539585/
2023-12-21T09:55:00+09:00
2023-12-21T09:55:47+09:00
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Tomoichi_Sato
考えるヒント
3年前の秋、コロナ禍の真っ最中に、息子夫婦が結婚式を挙げた。ちょうど緊急事態宣言が解除され、外出自粛が緩んだ頃だった。その後また感染の波がぶり返していくのだが、ほんの短い、奇跡のような自由な期間に、友人親戚が集まって、(マスクは必須だったが)二人の前途を祝福することができた。
その少し前、息子から式場の相談を受けたとき、わたしは一つだけお願いをした。日時も場所も、二人の望むように決めてくれていい。ただ、西洋風の結婚式をするなら、ちゃんと信者も聖職者もいる、普通の教会であげてほしい。カトリックでもプロテスタントでも構わない。ともかく、毎日毎週、信者が来てミサや礼拝をする、本物の教会でしてくれないか。結婚式場に付随したチャペルに、どこからか説教師を招いて、そこで神の前で誓ったりするのはやめてほしい。
そう言われて、息子も、いささかこまったに違いない。場所の選択肢も限られるし、カトリック教会などでは、信者以外が式を挙げる際は、「結婚講座」なるものに何度も通わなければならない。
結局、息子達は「人前結婚」を選んだ。結婚式場の付属のチャペルで、でも、臨席した大勢の友人知人の前で、愛を誓ったのだ。
それでいい。わたしはこの事に関して、今も息子たちに深く感謝している。二人は宗教というものに、ちゃんとリスペクトを払ってくれたからだ。リスペクトしたからこそ、無宗教を選んだ。わたしは宗教的な祭礼を、商業的ビジネスの下に従属させることが、好きではない。外形だけ宗教をなぞっていても、そこには天の配剤に対する謙虚さが、足りないではないか。
こう言っていいなら、結婚とは、賭けである。結果は、誰にも分からない。でも、集まる皆は、なんとかうまく行ってほしい、幸せになってほしい、と願う。人と人の関係もこわれやすいものだから、固めの儀式をおこなう。その儀式に重みを持たせるために、神聖な場所で、大事なものの前で、本人たちに誓わせるのだ。
息子は特段、神仏を信じているわけではない。わが連れ合いも、そうだ。息子はたまたま、私立のキリスト教系の高校に通っていたし、連れ合いは大学がミッションスクール系だったが、信心にひかれたという風ではない。だが、2人とも宗教というものの重要性については、一目置いている。少なくとも、宗教を大切にしている人の前で、その宗教を馬鹿にするようなことはしない。これは、今の世界を生きていく上で、とても必要なことだ。
そして祭礼は、宗教の大事な役目である。日常生活のルーチンを回していくだけなら、必ずしも神仏は必要ない。大抵のものごとは、習慣通りに、あるいは決まったとおりに、進んでいく。
だが時折、そうした日常生活の輪がしぼんで、時間の大きな節目がやってくる。それは新年やお盆のような暦の上での変わり目だったり、あるいは、結婚や入学、就職や出産といったイベントだったりする。
はじめての子供が産まれそうで、病院に急ぐ時、大事な入学試験の会場に向かう時、そして、誰かと結婚しようと心を決めた時、あなたは何を思うだろうか。先の事は誰にもわからない。自分の願いや才覚だけで、世の中全てが決まるわけでもない。誰にとっても、人生はむずかしい。大事な事はしばしば、自分以外の環境、あるいは「運」としかよべないものに左右されるのだ。
そういうとき、わたし達は自分を超えた何者かに、加護を祈りたくなるのではないか。そうした「祈りの心」こそが、宗教的なものの原点なのではないか。自分自身の人生に対して、自分はちっぽけな力しか持っていないと感じるとき、それでもわたし達を助けてくれそうな何者かに、希望をかけるのではないか。
その希望を心の中で言葉にする時、なぜか知らないが、ある種の感覚的・身体的な手順が助けてくれるのだ。別の言い方をすると、何らかの美学が必要になるのだ。多少、型にはまった伝統的美学かもしれないが、そうした所作を通じて、わたし達は心をしずめ、自分の本当の望みを見つめる。
そうしたことを集団で行うのが祭礼だ。わたし達は、感情を他者と共有したいと、いつも無意識に願っている。祭礼とは、そうした感情の共有を、皆に与える場なのだ。そして宗教は、祭礼の主催者である。
ところが現代では、人の集まる祭礼は商業主義に吸収されがちだ。スポーツの「祭典」であるはずのオリンピックを、このところ、あまり好んで見たいと感じないのも、このためかもしれない。
祭礼は元々、わたし達の力がおよばない部分の助けを神仏に祈る、謙虚な行事だったはずだ。だが、あらゆる望ましいものは金銭で買えると信じる商業主義は、謙譲さの正反対である。「神とお金という、二人の主人に同時に仕えることは誰もできない」という古い聖句は、このことを示している。
もちろん宗教にも、良い面とそうでない面がある。人間が作り出すものは、なべてそうだ。宗教には、社会を維持する機能と、社会を刷新する機能の、両面がある。この二つは、社会のありように応じて、働き方が変わる。不安な時代には、安定が望ましい。淀んだ時代には、刷新が好ましい。
この秋に中東で起きた不幸な戦争について、きちんと論じようとすると長くなりすぎるから避けるが、宗教が対立の重要なドライバーであることは否めない。だったら宗教がなければあの対立は起きなかったのか? 残念ながら話はそれほど単純ではない。だが火に注ぐ油の役割を果たしたことは、事実だろう。
わたし達は(とくに都会に住む者は)、日本を非宗教的な社会だと思っている。初詣くらいは行くが、たいていの人は、神仏を真面目に信心している訳でもない。それはある意味で、我々の生活のルーチンが、文明の仕組みによって守られているからだ。その代わりにわたし達は、予見可能な範囲内でしか暮らせていない。そして予見不可能な社会に暮らす人ほど、宗教への信頼が深くなる。
世の中には数多くの宗教があるが、ほとんどに共通していることが2つある。それは、人間の「思い」が、何らかの形で現実世界に力を及ぼし得ると信じる点だ。純粋な物理法則では説明できない何かが、この世に働き得ると考える。つまり、祈りの力を信じているのだ。
もう一つは、人々のむやみな欲望や暴力を抑制しようとする点だ。禁欲や節制を進め、いたずらな殺生を避けるべきとする(すべての暴力を、ではないところが面倒なのだが)。いいかえると、平安を求めるのである。それは心の平安であり、現実社会の平安でもある。
だとすると、平和を祈ることは、宗教的な心の中核にあるのではないか。そのような行動は、経済からも、政治からも、科学からも、導出されない。この3つは、それぞれの方法で、社会に働きかけてくる。ただし経済も政治も科学も、人間に全能感を与えがちだ。「先のことは分からないのだから、心を静めて、希望に思いを馳せるべきだ」と人間に説くのは、宗教だけである。
「祈ったって、それで世界が変わるわけないさ」という疑念の声は、わたし自身の中にもエコーのように存在している。それでも人前結婚の式で、わたし達は心の中の誰かに、若い二人の平和な暮らしを願った。同じように、世界が冬景色に暮れていくこの季節に、世の中の無益な戦争が早く終わることを、あらためて祈ることにしよう。
<関連エントリ>「クリスマス・メッセージ:男の子の育ちにくい時代に」 https://brevis.exblog.jp/29343530/ (2020-12-24)
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書評(冬休みの課題図書)3冊:「サーチ・インサイド・ユアセルフ」「『SCM計画立案・遵守』の疑問」「経営改革大全」
http://brevis.exblog.jp/30527659/
2023-12-17T00:16:00+09:00
2023-12-18T09:51:30+09:00
2023-12-17T00:16:21+09:00
Tomoichi_Sato
書評
honto
サーチ・インサイド・ユアセルフ ― 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法
「 Googleの陽気な善人」——これが著者チャディー・メン・タンの、名刺に書いてある肩書らしい。 なかなか面白い肩書きではある。 従業員番号が107と言うのだから、同社のかなり初期からのメンバーだったのだろう。そのITの専門家が、なぜ瞑想=マインドフルネスに関する本を書くのか?
それはもちろん、瞑想が、理知的な仕事に携わるエンジニアの生産性や心理的安定性に、非常に良い効果をもたらすからだ。 そのことが数値的なデータとして実証されているのでなければ、Googleが会社として取り組むはずはない。
本書のタイトルとなっている「Search inside yourself」(SIY)は、 著者が中心となってGoogleで開発した、マインドフルネスとEQ(情動的知能)の自己育成プログラムだ。 自己の内面をサーチせよとは、いかにも検索エンジンの巨人らしいネーミングではないか。
ちなみにEQとは 心理学者ゴールマンが『EQ こころの知能指数』 で提唱した概念で、Emotional quotientの略だ。Emotionとは感情・情動のことだから、その活用能力を示す指数という意味になる。これは通常の知能指数 IQ (Intelligence quotient)と対比して使われる。
わたし達人間は、実はとても感情的な存在だ。それにもかかわらず、ビジネスは、特にテクノロジーに関わるビジネスは、合理性だけで進められているかのような感覚(錯覚)がある。 実際には仕事は人と人との間で協力しながら進めなければならない。そこに情動の果たす役割は大きい。
ところが、わたし達を内部からつき動かす、この感情・情動に関する「取扱い説明書」に類するものは、なかなかお目にかからない。というのも感情は、押さえ込もうとすると、別の場所から噴出したり、無視しようとすると、かえって注意を奪われたりと、なかなかコントロールしにくい厄介な性質があるからだ(なお、本書ではemotionを感情ではなく情動と訳しているが、ほぼ同義の言葉としてここでは使っておく)。
ではどうしたらいいのか。心を静めて、感情や思考の波が通り過ぎるのをゆっくりと観察し、自然な流れに任せて、余計な心的エネルギーを放出するのである。これを「瞑想」とか「マインドフルネス」と呼んで、一種のプラクティスに発展させたものが本書のテーマだ。
じつは、わたし自身、本書を読む以前から、3年ほどになるが、ほぼ毎日瞑想している。それで何か顕著な効果があったのか、素晴らしいひらめきでも生むようになったのか。実は自分でもよくわからない。あるような、ないような、である。ただ、以前の自分は、かなり怒りやすかったし、感情にしばしば動かされていたのに、自分でそれが見えていなかった。そのことに、自分で少しは気がつけるようになったのかもしれない。
ともあれ、我流のやり方では限界がありそうだ。そこで本書を読んでみることにしたのである。さすが、アメリカのテック企業生まれであるだけに、「サーチ・インサイド・ユアセルフ」は、非常に構造化され、順序だてて身に付くよう出来上がったプログラムである。座って行う瞑想だけではなく、歩く瞑想や、「マインドフルな会話法」など、日常生活で役に立ち、感情的なレジリエンスを高める方法論がたくさん載っている。
「マインドフルネスの練習を積むと、痛みと嫌悪が別個の経験であるのがわかる」(第5章)と著者は書く。これは賢帝マルクス・アウレリウスの言葉「なんであれ外界のものに苦しめられているなら、その痛みは、もの自体のせいではなく、それに対する自分の評価のせいだ。そして、その評価なら、いつでも取り消す力を私たちは持っている。」にぴったり対応している。
また、著者は人間が求める幸福感について、
・「快楽」
・「情熱」(フローとも呼ばれる)
・「崇高な目標」(自分より大きくて、自分にとって意味のあることの一部になる)
の3種類に分ける。その1番の違いは、持続性の違いだ、との指摘はとても鋭い。
瞑想と言うと、なんとなく宗教がかった、胡散臭いものに感じる人が多いと思う。だが、そうした捉え方は少しずつ変わっている。自分の心に向き合い、自分が制御しがたい感情とうまく付き合い、人との関係性を、よりストレスの少ないものにしていくためにも、ぜひ学ぶべきプラクティスだと思う。
「誰も教えてくれない『SCM計画立案・遵守』の疑問」 本間峰一・著Amazon
honto
誰も教えてくれない「SCM計画立案・遵守」の疑問 あなたの会社の生販在(PSI)計画は機能していますか?
良書である。著者の本間峰一氏は昔からの研究会仲間で、知人の本の批評をするのは難しいものだが、本書は安心してお勧めできる。
もともと、本書はPSI計画をテーマにする本として企画されたが、出版社が「SCM」をタイトルに入れたいとの意向で、こうなったらしい。
PSI計画とは、Production(製造)・Sales(販売)・Inventory(在庫)計画の略で、正販在計画ともよばれる。つまり製造業のサプライチェーンを横串に束ねた上位計画のことであるが、あいにく日本では、この用語や概念が、あまり普及していない。その一方で、コロナ禍や半導体問題など、サプライチェーンの混乱はかなり、ビジネス界の頭痛となっている。そこで、こうしたタイトルになったのだろう。
もともと90年代後半に、「サプライチェーン・マネジメント」の概念を、日本に紹介した先駆けの1人が、著者・本間峰一氏であった。1998年に、中村実氏(日本IBM・当時)や、わたし自身との共著で、SCM研究会名義の『サプライチェーン・マネジメントがわかる本』(日本能率協会マネジメントセンター刊)を上梓した。
しかし、米国発の需要予測や計画系ソフトウェアを中心としたSCMは、2000年の.comバブル崩壊とともにブームが去り、日本ではあまり語られなくなってしまった。「日本にはトヨタ生産方式という、立派なSCM文化がある」との思い込みもあって、海外での動向もあまり紹介されなくなった。
しかし、トヨタを真似た大手企業らが、製品在庫や資材在庫の削減を、強引に追求した結果どうなったか。過去2、3年のサプライチェーンの混乱が、欠品と言う形で製造を直撃することになった。
加えて著者は、販売計画の精度が、以前に比べ、かなり落ちたことを指摘している。その理由は、営業の仕事内容の変化である。第二章「販売計画を過信してはいけない」に詳しく述べられているが、商物分離の進展や、EDIの普及によって、卸売業者や営業マンが販売・物流に関与することが減り、そのため市場の需要に対する感度が、落ちたのである。加えて、大企業が出してくる先行内示の精度の低さ、さらにサプライチェーンのブルウィップ効果(半導体がその典型)等により、需要予測が極めて難しくなった。
加えて著者は、日本の製造業が過度に多品種化してきていることを問題に挙げている。これは極めて重要な指摘だが、このことを言う論者はとても少ない。品種数が増えれば増えるほど、需要の予測は難しくなり、在庫のコントロールも、適切な発注も、困難になる。もちろん、製造における段取り替えや切り替えロスも、顕著に増えていく。この問題に早く気づき、適切な手が打てるかどうかが、実は製造業のパフォーマンスを大きく左右するのである。
本書はさらに、一般的な生産管理システムが、実は日本の製造現場であまり有効に使われていない理由についても、わかりやすく説明している。ここら辺は姉妹篇の「誰も教えてくれない『生産管理システム』の正しい使い方」 のエッセンスを書いており、そういう意味でもお買い得な本である。
トヨタを表面的に真似しただけの、「ジャスト・イン・タイム購買」の問題点については、以前から著者は警鐘を鳴らしてきた。それは要するに在庫リスクを、大手がサプライヤーに押しつけるだけであり、結果としては見えないコスト高と、需給変動への対応能力低下を招く。
SCMのテーマは、「ジャスト・イン・タイム」から「ジャスト・イン・ケース」に移ってきている。それはグローバルなサプライチェーンの、予見不可能性が高まったからである。そこから身を守るためには、バッファーとして在庫を積極的に活用するしかない。そのための道しるべとして、PSI計画を学び、確立するべき時代が来たのである。
「経営改革大全」 名和高司・著
Amazon
honto
経営改革大全 企業を壊す100の誤解
わたしの信頼する、ある経営者から勧められて、本書を手に取った。読んでみるとたしかに非常に面白く、読み手の思考を刺激する、英語風に言えば“Inspiring”な本だ。
著者の名和高司・一橋大学教授は、元々マッキンゼー出身のコンサルタントである。その著者が、まず経営にまつわる「通説」を紹介し、それを「真説」で掘り下げ、論駁するというスタイルになっている。
その通説がまた、巷間の旧来の経営論よりも1レベル上の、いかにも外資系戦略コンサルタントが言いそうな内容なのである。例えばESG投資を重視せよとか、ワーク・ライフ・バランスの実現が大切だ、とかいった主張だ。
それらを的確に批評しつつ、より高い見地から結論づける所が、本書の真骨頂だろう。上の例で言えば、ESGのG〔ガバナンス〕はまだ他律的だ、もっとパーパス(志)を内在化しなければダメだとか、ワークとライフを切り分けて対置するのではなく、ワーク・イン・ライフの視点を持つべきだ、という。つまり、通常の経営論よりも、2レベル上まで読者を連れていく訳である。
ROEを高めるためには、B/Sに現れない無形資産にもっと投資すべきだ、との議論も説得力がある。また、将来ビジョン策定では、2050年が重要だ、それは世界人口100億人とカーボンニュートラルとAIのシンギュラリティとの交差点だから、との指摘も虚をつかれた思いがする。
ちなみに著者の思想の中核には、センター(中枢)よりもエッジ(周縁)、仮想・デジタルより実物・現場、という発想があり、そこが英米系との違いを際立たせる。本書を読むと、日本で通用している経営思想が、いかに流行りものの輸入品であるか、を感じてしまう。
経営にはサイエンスとアートの二つの要素があると言われる(科学とセンスとも言い換えられる)。だが、コンサルはサイエンスのことを言いたがる。そうすると、どうしても中枢側・仮想側に引き寄せられるので、警鐘を鳴らしているのだと理解した。
加えて、著者・名和教授には、システム・ダイナミクス(SD)の考え方が、発想のベースにあるように感じる。ローマクラブ『成長の限界』はSDに基づいているが、若い頃、SDに関わったと書いておられるので、その時の体験が根底にあるのだろう。
本書は、先人の書物や発言への引用量がすごい点も印象的だ。もっとも、いささか言葉だけが踊っている箇所もあり、特に後半のリベラルアーツ的な内容の部分に、それを感じる。
とはいえ、扱う範囲は広く、視点も高く、経営問題を勉強するにはとても有意義な本である。安心しておすすめする次第である。
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お知らせ:『第4次産業革命ものづくりビジネススクール』でSCM導入戦略コースをレクチャーします
http://brevis.exblog.jp/30513427/
2023-12-08T22:13:00+09:00
2023-12-09T08:26:24+09:00
2023-12-08T22:13:26+09:00
Tomoichi_Sato
サプライチェーン
これは文科省の委託を受けて、北九州工業高専が実施する『第4次産業革命ものづくりビジネススクール』の一環として設置する、社会人向けコースの一つです。開催場所は北九州市ですが、ハイブリッド形式ですので、全国どこからでもリモート参加できます。しかも今年度に限り、無償です。製造業のサプライチェーン・マネジメントに関心ある方は、ぜひご参加ください。→(申込み先リンク)
この第4次産業革命ものづくりビジネススクールとは、HPにもあるように、製造業の課題解決のために、「デジタルものづくりによるバリューチェーンの⾼度化」を⽬指す、製造マネジメント⼈材の育成スクールです。サプライチェーンとエンジニアリングチェーンを包括した「バリューチェーン領域」を網羅的に学習できるカリキュラムになっており、ものづくり企業のDXを加速させるマネジメント⼈材を育成することを目指しています。
カリキュラムの全体は、3コースにより構成されています。
①学習レディネス醸成コース(10時間): 野村総研+PTCジャパン
②SCM導入戦略コース(20時間):エンジ協会(ENAA)研究会メンバー
③PLM導入戦略コース(20時間):ダッソー・システム+シーメンス
修了認定を受けられる「正規受講」は、上記①(必修科目)に加えて、②③のいずれか、ないし両方を受講します。ただし②や③のみの部分受講も可能です(いずれも無償)②SCM導入戦略コースの受講申込期限は来年1月10日です。(ちなみに正規受講の申込期限は12月7日でした)
SCM導入戦略コースの授業実施日は、下記の4日間となる予定です。週末(金曜午後~土曜終日)の短期集中型で社会人が受講しやすい授業方式をとっています。
1/26(金) 13:00~17:30
1/27(土) 9:00~16:40
3/1(金) 13:00~17:30
3/2(土) 9:00~16:40
前半の2日は、主にサプライチェーン・マネジメントの概要と理論を、また後半の2日は業界別事例やソリューション紹介に加え、グループ演習でSCMの理解を深めます。演習にはゲーム要素も加えることを考えています。
講師陣としては、松本卓夫様(M2テクノロジー代表・元雪印メグミルク)、松川弘明教授(慶應義塾大学管理工学科)、鍋野敬一郎様(フロンティアワン代表)、川村武也様(ENAA・三菱重工より出向)、小生(佐藤知一)のほか、アカデミアと実務に詳しいメンバー約10名で担当する予定です。
ちなみに、すでに本サイトでもご案内したとおり、当研究会では今年、W・ホップ著『サプライチェーン・サイエンス』 を共同で翻訳・刊行しています。この本の背後にあるのは「工場物理学」と呼ばれる科学で、工場や拠点をまたぐサプライチェーンのみならず、工場内でも十分活用すべき考え方です。米国の製造業の実務層では、かなり普及しているにも関わらず、日本ではほとんど知られていない状態のままでした。今回のSCMコースでは、その内容のエッセンスもお伝えすることにしています。
繰り返しになりますが、本コースは無償でオンライン受講できます。製造業のサプライチェーン・マネジメントに関心ある大勢の方のご参加をお待ちしています。
佐藤知一@日揮ホールディングス(株)
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スマート・ファクトリーとはMESを活用する工場である
http://brevis.exblog.jp/30503581/
2023-12-02T10:18:00+09:00
2023-12-02T14:54:24+09:00
2023-12-02T10:18:01+09:00
Tomoichi_Sato
工場計画論
だから、既存の機械や設備に、何かちょっとした新しいデジタル技術的な要素を付け加えれば、誰でも「うちの工場はスマート工場です」と主張できることになる。”そんな程度じゃスマートとは言えないだろ”、と他者が批判することも、難しい。そうした状況が、何年も続いてきた。
しかし、ここであえて、わたしは新しい定義を提案したい。それは、こういうものだ:
「スマート・ファクトリーとはMESを活用している工場である」
このような主張に、多くの人が賛同してくれるかどうかは、知らない。MESベンダーはまあ、それなりに賛成してくれるだろう(反対はするまい)。だが、IoTセンサーやエッジシステムのベンダー、ロボットメーカーやマテハン設備メーカーは、顔をしかめるかもしれない。彼らの製品を導入すれば、スマートな情報化や機械化が進む、との営業トークと、相容れないからだ。
もちろん、わたし自身はIoTセンサーや、エッジ、ロボット、マテハン設備の普及に水を差すつもりは、さらさらない。勤務先の仕事でも、必要に応じて顧客にそうした仕組みを提案してきた。ただ、それらを入れれば「スマート工場です」と言いうるか、が問題だ。台車を手で押していく代わりに、AGVが部品を運べば、スマートなのか。つまり、スマートとはどういう意味か、を問うている。
それは、人間をはじめとする生き物を考えれば、分かりやすい。我々には脳があり、中枢神経系があって、それが末梢神経を通じて、筋肉を動かし触覚視覚などの情報を得ている。つまり、集中した情報処理機能があるわけだ。脊椎動物はみな、そうだ。
これに対してもっと原始的な動物類では、全体を統括する情報処理機能がない。体の各部分が、ローカルに反応や運動指示をしている。だがそうした仕組みでは個体が、経験から学んだり考えたり、ということが難しい。つまり、あまりスマートとは言えない。ここまでは同意いただけると思う。
さて、仕事柄いろいろな工場を訪問してきたが、日本のマジョリティをしめる機械加工・組立系(ディスクリート型)工場には、かなり共有する問題がある。それは、モノの扱いである。材料や仕掛品など、工場の中で扱うモノは、それが固体である限り、どこにでも置けてしまう。置けてしまうから、「探す」ということが生じる。所在管理が必要になる。そのために、全体の在庫数量が把握しにくくなる。
しかも場所や数量だけでなく、モノの動きも捉えにくい。これが流体を動かすプラントなら、配管に流量計や調整弁がついている。だが、ディスクリート型工場では、そうしたモノの動きや速度を、総括して捉える方法がない。もちろんコンベヤやAGVですべてを運ぶなら別だが、大抵のモノは手でも運べてしまう。
そしてモノの動きが捉えにくいということは、工場内物流の無駄が生じても、分かりにくいことを意味する。
その結果、我々エンジ会社にとって困るのは、工場設計、特にレイアウト設計の良し悪しが、分かりにくいということだ。工場レイアウトは、工場内のモノの動きを規定する。良いレイアウトは、ムダな動きを低減する。しかし、ムダかどうか分からないなら、良し悪しも言えない訳だ。
わたしのよく使うたとえだが、もし家庭の台所が1階と2階に分かれていて、冷蔵庫と流しは1階にあり、ガスレンジが2階にあったら、いかに使いにくいか想像できるだろう。ところが日本の工場は、敷地の問題で多層階になっているところが多いのだが、そういう風に物流動線が分断され錯綜していても、それを問題と感じにくい。なぜなら、そこの工場は、もともと最初からそうなっていて、働いている人たちも、そんなものだと思いこんでいるからだ。
そして、モノの所在や動きが捉えられないという状態は、結果として、工場の操業状態が全体として見えにくい状況を生み出す。各工程の進捗や負荷状況も見えにくい。生産性や品質向上のデータもとりにくい。だから適切な指示や変更が出しにくい、ということになる。
そうした工場では、しばしば現場に「進捗追っかけマン」という職種が必要になる。生産管理において、何がどこまでどう進んでいるかを、中枢神経的につかめないから、現場を走り回って、状況を調べて追いかける職種がいるのだ。
工場において、生産管理とか生産技術、品質管理や購買などのスタッフ・技術職は、しばしばフロアを見下ろす、中2階のオフィスにいるので、「中2階の人々」と呼ばれる。中2階の人々は、本社から来る計画・指示を、各工程・現場・業者に展開して「つなげる」のが仕事だ。そして各現場の情報を総合して、納期や進捗や在庫を本社に返す。工場の中枢神経の役割といってもいい。
その中枢神経が、末梢神経とデータでつながっていない。だから「進捗追っかけマン」が必要になる。ここでいう末梢神経とは、個別の工作機械や製造装置、ロボットやマテハン設備など(に装備されているPLC)を指す。というのも、日本の多くの工場では、製造のための設備や工作機械は、それなりにNC化ないし自動化されているからだ(なお、上の図では勤務先のグループ企業のHPから機械設備の例を引用させていただいた)。もちろん手作業の多い現場では、働く人の目と脳が、末梢神経に相当する。
そして本社はいわば、大脳の前頭葉だ。それが工場の中2階にいる中枢神経系を通して、現場とつながっていて、状況がほぼリアルタイムに分かる。それが、製造業がスマートな状態であるといえる、最低限必要な条件ではないか。
現状、日本の多くの工場では、現場の各工程と中2階が、データ通信の形でつながっていない。つなげるのは人間系だ。だから設備や材料に大きなトラブルが生じたとき、あるいは需要に変更があったとき、対応に時間がかかることになる。もちろん対応自体はできている。ただ、時間がかかる。そして、ひどく工数がかかる。スタッフも人手が足りないのに。
せんじつめると、こうした工場のあり方は、工程の集合体であって、スマートなシステムではない、ということになる。
では、中枢神経と末梢神経をつなげるのは何か。それがMES(Manufacturing Execution System = 製造実行システム、あるいはMOM: Manufacturing Operations Manangementともよぶ)なのである。
現場の末端の情報が、中枢神経系に運ばれ、判断や予測に使われる。そして脳からの指示は神経系を通して、末端に降りていく。この双方向の情報伝達によるサイクルが、きちんと、それなりのスピードと正確性を持って、回っている。これがスマートであることの必要条件ではないか?
とはいえ、こうしたことはバランスの問題でもある。MESのようなITシステムばかりが立派で、現場は生産性の低い単純労働だらけ、という工場は、別の意味でスマートとは呼びたくないだろう。ただ、日本では逆のケース、つまり現場業務は立派だが、情報系が弱いケースの方が圧倒的に多いから、こう書いているのだ。
もちろんMESがかりに入っていても、活用されていなければ、価値は乏しい。ある人のスポーツ能力(たとえばゴルフでも何でもいいが)を測るのに、その人がどういう立派な道具を持っているかだけでは、評価できない。その人が、その立派な道具をちゃんと使いこなしているかどうかが問われるのだ。
ということで、あらためてここで主張しておこう。スマート・ファクトリーである必要条件とは、MESを活用している工場であることだ。
(追記)
わたし達の『次世代スマート工場のエンジニアリング研究会』では、現在、日本の製造現場の実情に即した、MESの標準機能の再定義、という活動を始めている。これは現在、しばしばRFPなどで引用されている「MESの標準11機能」というリストが、使いづらく、かえって導入時の混乱の原因にさえなりかねないからだ。
この11機能のリストは、20年以上前にMESA Internationalが策定したものがベースになっており、問題点については以前もこのサイトで指摘したことがある。
ただ、批判だけしていても世の中は前に進まないので、あえて自主的に提案を作ろうと考えている次第だ。こうした活動に興味のある方は、研究会までよろしくご連絡ください。
<関連エントリ>
「『次世代スマート工場のエンジニアリング研究会』が目指すこと」
https://brevis.exblog.jp/30499766/ (2023-11-26)
「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (2) MESの機能と階層を理解する」
https://brevis.exblog.jp/26007261/ (2017-08-27)
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