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プロジェクト・コミュニケーションに必要な3つの能力

一般にプロジェクト・マネージャーの働く時間の4割は、コミュニケーションに使われている、としばしばいわれる。いや5割以上だ、との説もあり、私の実感はこちらに近い。とにかく、プロジェクト・マネジメントというのは、朝から晩までかなりの時間を、何らかのコミュニケーションに費やしている。メールを読み、メールに答え、社内で打合せし、顧客や発注先と会い、会ったらその結果を打合せメモにしてまた発信する。そのかたわら上司の質問に答え、会社に報告書を出して、というわけで、朝から晩までずっとコミュニケーションに追われている感じである。

「プロマネ」という社内肩書きはついていないが、個別受注生産の設計部門や、あるいは品種の多い製造業の開発部門・生産技術部門の技術者なども、おそらく似た事情だと思われる。エンジニアと名乗って仕事はしているが、自分で計算したり図面を書いたりする時間はちょっぴりで、大半の時間を顧客や社内との連絡調整につかっている。多くの場合、図面や計算は専任の担当者や協力会社にまかせざるをえないし、事実まかせきりになっているようだ。

このように、設計・技術部門の多大なマンアワーを費やしている「コミュニケーション」作業であるが、それでは、その内容・レベルはどうとらえるべきなのだろうか。プロジェクトにかかわる人々の能力や生産性を問うならば、当然、その作業の重要な要素であるコミュニケーション能力を測り、その効率を改善しなければならない。しかし、「コミュニケーションの生産性」とは、いったい何なのだろうか? PMBOK Guideなどには、9つの領域の一つとしてコミュニケーション管理があげられている。しかし、具体的に何をどうマネジメントしたらいいのか、抽象的すぎて読んでも歯がゆいと思う人は多いだろう。

このことを考えるためには、私たちが一口で「コミュニケーション」とよんでいることがらの中身を、少し立ち入って調べてみる必要がある。MITのトマス・アレン教授は、近著「知的創造の現場―プロジェクトハウスが組織と人を変革する 」で、彼の長年の実測研究結果をまとめて、いわゆるコミュニケーションには、三種類の別の機能のことがらがまざっていると書いている。その3つとは、
●インスピレーション
●インフォメーション
●コーディネーション
である。これらはどう違うのだろうか。

インスピレーションとは、日本語で言えば「ひらめき」である。互いに会話する中で、ふとした気づきがおき、それが形になってくるプロセスだ。誰にも経験はあると思う。話をしているときに、ふとアイデアを思いつく。このときの会話は、とくに確とした目的のない、雑談めいたやりとりの場合が多い。ただ、何らかの問題意識をめぐる雑談なのだろう。たとえば、「あのモジュールの設計はどうやろう」とか、「この客に買ってもらうにはどんな説明がいいのか」といった漠とした問題意識だ。こうした背景を共有する何人かが、ほとんど偶然に集まって、ちょっとしたおしゃべりをする。その中でひらめきが生まれてくる。

だから、インスピレーション=ひらめきを活性化させたかったら、似たような問題意識を持つもの同士が、偶然出会えるような場所や時間が必要だ。そう、アレンは推奨する。これは、壁とドアで仕切られた個室だけの米国式オフィスではむずかしい。だからチーム員を一つの部屋に放り込むとか、廊下にカフェコーナーを設けるとか、日本式の大部屋にするとかいった工夫が必要になる。こうしたひらめきの生産性は、アウトプットであるアイデアの質や量によって測ることになるだろう。

次のインフォメーションとは、「お知らせ」である。あることを知っている者が、そのことを知らない相手に情報を伝達する。上意下達の命令、下からの報告、ことなる部署間での伝達、客先や外注先への通知、そして発注--こうしたものは、みなインフォメーションである。そして、インフォメーション=お知らせは、その情報を必要とするどれだけ多くの人が、十分な知識レベルに達したかで効果が測られる。つかった時間や労力を分母にとり、知らされた情報量や受け手の数を分子にとって生産性が定義できる。つまり、早い話が時間あたりに伝達したビット数である。

ちなみに、コミュニケーションとは、日本語でのイメージと違い、英語では一方通行的な概念である。誰かが誰かに一方的に伝えること。これをcommunicationとよぶ。だから、放送局のアンテナから全国のTVセットに電波を配信する仕組みを、mass communication=マスコミと呼ぶのだ。

英語の概念では、コミュニケーションは基本的に発信者側に伝達の責任がある。相手が分かるように表現し、相手に伝わるように渡し、かつ相手が受け取ったかどうか確認する。まさに通信技術そのものである。日本人のように、コミュニケーションは双方向で、かつ受け手の側に理解責任がある、という感覚ではない(むろんこれは両者をわざと図式的に対比した言い方であり、現実には日米ともその中間に広い領域があるが)。

さて、第3の種類は、コーディネーションである。Coordinationという英語は、ordinate(座標軸)をあわせる、という意味である。ばらばらになっている方向性をあわせるのだ。何の方向性か? それは、それぞれの話者の考え方の方向性である。皆のベクトルを一致させると言ってもいい。日本語で表現するなら、「折り合い」をつけるといおうか。

そして、このコーディネーション=折り合いこそが、ビジネス・コミュニケーションにおける最大の難物、時間消費の元なのである。なぜなら、コーディネーション=折り合いとは、その場の集団による意志決定にほかならないからだ。

プロジェクトにおいて、インスピレーション・インフォメーション・コーディネーションが、それぞれどの時期にどれだけの割合になるか、私の経験を示してみたのが次の図だ。仕事のごく初期は、ほんの数人でアイデアをふくらませる段階だ。だから「ひらめき」が主体になる。しかし、仕事が広がりをもってくると、メンバーを増員していくことなる。この新参の人たちは従来の背景を知らないから、説明して理解してもらう必要が出てくる。また、アイデアの結果は次第に設計その他の成果物として形になってくる。これも共有する必要がある。こうして、情報伝達のためのインフォメーションが次の主役になる。

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しかし、さらに仕事が発展して、会社の様々な機能部門を動かして進める段階になると、こんどは各部の人間の目的意識や行動規範の違いが目立ってくる。ホワイトカラーはみな、一家言ある人たちだ。そして、互いに自分なりの仮説や憶測や流儀をもっている。同じ目的のために働いているのだが、それを達成するための方法や、状況認識にいろいろ違いが出てくる。同じ企業内ならまだしも、これが顧客や関係会社との折り合いとなると、もっと大変だ。

しかも、プロジェクトには、つねに不確実がつきまとっている。誰も先のことは分からない。だから、AがいいかBがいいか、判断が分かれてくる。でも、この判断の差というのも、しょせん「55% vs. 45%」程度の確信度の差でしかないのだ。それを、「いや、そんなこと俺は聞いていない」「あのミーティングには呼ばれていなかったから」などと言い合うのが、会社員の常らしい。とにかく、皆の発言を一度は聞いておかなければならない。これは知識の問題ではなく、じつは感情の問題なのだから。

このようにして、最盛期にはコーディネーション=折り合いのために、ひたすら時間が消費されていくのである。浪費と言ってもいい。アウトプットは、というと、別に合意書とか議事録とかの数ではなく、要は互いの感情がいかに静まったか、互いのメンツがいかに立ったか、であるから、これほど生産性の測りにくい営為はない。
では、コーディネーション=折り合いの消耗さを減らすにはどうしたら良いのか? 皆で飲みに行くしかないのか? そこに生まれたのが、ひとつの実際的な解決法である。それは、「プロジェクト・マネージャー」という役割の人間を置いて、最終的にはこの人の決断にしたがって動こう、という決めごとだ。そのかわり、プロジェクトの結果に対する最終責任も、この人が負う。これは上司部下の問題ではなく(なぜなら、ことなる部署間での折り合いなのだから)、役割=ロールの問題である・・・これが、プロジェクト・マネジメントの基本的な考え方なのだ。

そして、プロジェクト・マネージャーはベターな判断をするために、できるかぎりすべての情報を知っておかなくてはならない。そのためには、プロマネを頂点としたツリー型のインフォメーション・ルートを構築しなくてはならない。こうして、大勢の人間が55%対45%の言い争いをするかわりに、誰か一人(別に全知全能でもなんでもない人間)が始めから終わりまで責任を持って仕事を見る、という仕組みが生まれたのである。そんなわけで、組織全体のコミュニケーションの浪費を減らすために、プロマネは今日も朝から晩までメールとミーティングに追われるのである。
by Tomoichi_Sato | 2009-03-02 22:21 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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