さる8月、翔泳社主催の「PM Conference 2008」に招かれて講演をした。テーマはプロジェクト・コントロールの技法論で、私が長い間、エンジニアリング業界とIT業界の二足のわらじを履いてきた経験から、両者の比較を論じたものだった。最近のIT業界における「プロジェクト・マネジメント」の認識の普及進展はめざましいものがある。これに対して、エンジニアリング業界は過去10年以上、EVMSの徹底化以外とくに主立った進歩はない。にもかかわらず、両者の違いはいまだ歴然としたものがあり、それはとくにプロジェクト・コントロールの基本であるWBSやコントロール・リストなどの使い方で明瞭だ、というのが論旨だった。
ところで、この講演の中で、「工程表のガントチャートをExcelで書いてはいけない」と強調した点が、どうも多くの聴衆の注意を引いたらしい。終わってからのアンケートでも、そこに関する感想が少なくなかったし、講演後、直接私のところに質問に来られた方もいた。“ じゃあどうしたらいいんだ?”“何か良いツールはあるのか?”というのが率直な疑問らしい。 Excelでガントチャートを書きたくなる理由は、私もよく分かる。まず、事実上すべてのPCにのっており、誰でも読み書きできる。縦横に罫線があり、ガントチャート作成に便利に思える。お絵描きの道具がそろっていて、すぐに矢印を引ける。担当者の名前や作業量なども表に書き込める。必要なら、さらに引出し線だの注釈だの好きなコメントを書いていける。実に便利である。 にもかかわらず私が、Excelで工程表を書いてはいけない、と説明したのには三つの理由がある。第一の理由は、クリティカル・パスが見えないことだ。プロジェクトの出発点から、全作業の完了までの経路の中で、時間的に最長の経路をクリティカル・パスとよぶ(日本語では「隘路」だ)。プロジェクト全体の納期は、このクリティカル・パスの長さに等しい。したがって、プロジェクトの納期短縮を図りたかったら、どこがクリティカル・パスになっているかを見つけ出して、それを短くすることを考える必要がある。 コスト=原価管理の世界では、プロジェクトのコストは、すべてのアクティビティのコストの足し算になる。大小を問わずどのアクティビティで1円節約しても、全体予算の1円節減に直結する。だからコスト・マネジメントでは、基本的にすべてを軽重なく公平に見ていく必要がある。ところがスケジューリングの世界では、クリティカル・パスの長さだけがプロジェクト全体の期間を決める。非クリティカルなアクティビティについていくら期間短縮の努力を払っても、全体には何の影響もでない。そこでタイム・マネジメントでは、重要な管理対象と重要でないものが峻別される。これがマネージャーにとって最も大きな違いだろう。 Excelで工程表を書いてしまうと、ここが見えなくなってしまう。「だったら太線にしたり、赤く表示したらいいじゃないか」というのは浅知恵というものだ。クリティカル・パスは、作業が進むにつれて(その進捗や遅延にしたがい)しばしば他の経路に移ってしまうことを忘れている。このため、潜在的にクリティカル・パスになりやすい経路を、「サブクリティカル・パス」と呼んで、最初から注意しておく必要がある。CPMの技法論でいえば、フロート日数=ゼロの経路がクリティカル・パスになる。そこで、フロート日数が(たとえば)2週間以内の経路をサブクリティカルとして認知しておく、などの工夫がいるのだ。Excelの線表では、このフロート日数が見えてこない。 第2の理由は、先行作業が遅れた場合の影響範囲がわかりにくい、ということだ。実際問題として、プロジェクトというのは遅れるものなのである。これは、最初に作成する工程表が「ターゲット日程」を表しているものである以上、当然のことだ。そこで、実務上問題となるのは、前方の作業が遅れたとき、後ろの方のアクティビティが着手するのはいつになるのか、という点だ。これはとくに、担当者や担当部署が異なるときは悶着のタネだ。ところが、Excelの線表というのは、一つの線を延ばしたら、後ろにつながる線を全部、自分の手で書き直さなくてはならない。当然、ここにはミスが入り込む可能性も出てくる。 3番目の理由は、スコープの追加や、WBSの変更に対応した修正が面倒であることだ。これは第2の理由とも通じるが、部分的な修正が全体の変更につながる、というのがプロジェクト・ネットワークの性質である。これを、書き手がすべて自分の頭の中で追いかけなくてはならない。そして、追加変更は、プロジェクトに宿命的について回るものである。 結局、Excelで書いたガントチャートは、ロジック無き「絵」にすぎないのだ。プロジェクトの工程表とは、背後にロジック・ネットワーク・スケジュールを持っていなければならない。ここが根本的な認識のズレなのである。Excelで工程管理してはいけない。私の主張は、この点にある。 じゃあ、工程表どんなツールで描いたらいいのか?--こういう質問が出てくる点が、まあいかにもIT業界らしいな、と感じてしまう。こちらは考え方の話をしたつもりなのに、いつの間にかツール論になっている。ツールとはさみは使いようだから、上記のことさえ忘れなければ、別にExcelを使うこと自体がわるいわけではない。まあ、不便だが。 それでも、何かのツールを推奨しろ、という話になると、ちょっと困ってしまう。Microsoft Projectは誰もがまず思いつく製品だろうが、いくつか理由があって、私はMS Projectはあまりおすすめしない。たとえば後続のアクティビティをすぐに見つけにくい、だとか、アクティビティ数が増えていくとひどく重くなるとか、は機能的問題だからまだしも、Forecastという概念がないとか、プロジェクト全体の締切というものがクリティカル・パスの長さとは別に規定されているとか、概念自体に違和感を感じる。 米国でのある調査でも、MS Projectはもっとも多く購入されているが、もっとも使われていないプロジェクト・マネジメント・ソフトだという結果が出ている。そもそも、この製品を出しているMicrosoft自体、自社の主力製品をリリースする際、期日変更や早期パッチの常習犯になっていないだろうか。自社のプロジェクトをきちんとマネジメントできない会社の製品を、私はあまり信用したくない。むろん、ツールは使いよう次第。現在この製品で十分うまく仕事を回している人に対してまで、使うのをやめろと主張するつもりはない。限界を知った上で、ツールを使い倒すのが、プロの仕事というものだろう。 じゃあ、そういうおまえ自身は何を使っているのか? そういう質問もあるだろう。私自身は、二つの製品をほぼ毎日使っている。一つは、Primavera Project Planner(略称P3)だ。これはエンジニアリング業界では事実上の世界標準であり、海外のほとんどの顧客から、これを使え、と指定される。P3は、いわば超高級Microsoft Projectであり、とくに1,000以上のアクティビティからなるプロジェクト計画では、ほぼこれ以外に使い物になるソフトはないと言っていい。 そのかわり、これは「プロの使う道具」である。機能が多く、スキルが必要だ。どうしても、スケジュール・コントロール専門職のツールになってしまう。おまけに、世界中で広く使われているVer. 3は英語版だ。最新のVer. 6は日本語も通るが、高くて重くて人気がない。しかも、Primavera社は先月、とうとうOracle社に買収されてしまった。この先、旧バージョンがどうなっていくかは誰にも分からない。いずれにせよ、日本国内での仕事で、かつアクティビティ数が50から100程度の工程表には、P3はおすすめではない。 ちなみに、私がもう一つ使っているのは、ソフトブレーン社の「e工程マネージャー」である。これは、かつて企画段階に私自身が参画した製品なので、私が使っているのは当然だし、ここで何か言っても宣伝にしか聞こえないだろうから、あまり詳しく述べるつもりはない。Ver. 3になってだいぶん良くなったが、改善すべき課題はまだ多いと私自身は感じている。 それにしても、どんなツールが良いのか? という問に対しては、こう答えるしかない。まず、あなた(の会社)は、それにいくら払う用意があるのか。数万円か、数百万円か? それはつまり、プロジェクト・マネジメントの向上にいくら価値を認めるのか、という問いかけである。プロジェクトの失敗で数千万の赤字を出した経験のある企業は少なくない。なのに、プロマネに数万円の工程表作成の道具代を配ればどうにかなるだろう(これだってあわせれば百万にはなるだろうが)、という楽観的なポリシーで運営されているとしたら、“グッド・ラックを”というのが唯一の回答かもしれない。それが「ツール」と言えるのかどうかは自信がないが。
by Tomoichi_Sato
| 2008-11-24 10:49
| 時間管理術
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Comments(32)
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ばす
at 2008-11-25 00:37
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結局、代替ツールが無さそうなので、Excelを使い続けたいと思いました。
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IT技術者
at 2008-11-25 03:53
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まあ「Excel使い」というのは「役立たずの管理職」とほとんど同義語として使われてますね。現場からすると公然の秘密という奴です。そもそもExcelは表計算ソフトで、数値計算は得意でもグラフ処理の機能はないんです。ワープロを使ってお絵かきするようなものですよ。
PERT/CPMなんかはプラント建設などではそれなりに有効だと思いますが、ITの世界ではまるで役に立たないのも、「人月の神話」の頃からの常識です。
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tsuge
at 2008-11-25 21:31
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なんちゃってガントチャートをExcelで作るなというのは賛成。
「Excelで工程表を書いてはいけない」は言いすぎ。 要はVBAで算出したExcelでもいいてことですんで、本文中で否定してますがタイトルが過激すぎるように思います。 ちなみに多くのIT屋は顧客のためにスケジュールを作っているのが現状で、それがなんちゃってガントチャートの量産につながっているわけですが、現実問題としてその顧客が読めないファイル形式でスケジュール作るわけにもいかないので、Excelは当面廃れないでしょうね。 プロジェクト管理はProjectでやるからオタクもProject買ってね、とか、これからはPDFで送るから編集する時はうちに言ってね、とか、言えんのですよ。
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通りすがり
at 2009-03-29 14:30
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別の通りすがり
at 2009-07-03 19:01
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GANTT Projectというオープンで開発されたフリーソフトがあります
一度、試されてて、利用感を公開してください いわゆる、EXCELでお絵かきされた「工程表」よりは、アクティビティの従属関係、CPMなどが行えるので、最低限の機能があると思っています 欠点は、PRIMAVERAなどの様に自社LOGOが入れられず、GANTTのタイトルが大きく印字されるため顧客へ提出しずらい点ですね ○ガントチャート作成 ○リソース管理 ○PERTチャート ○PDF形式の出力 ○MS_ProjctへCSVでデータ渡し
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luna
at 2010-11-04 09:57
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> じゃあ、工程表どんなツールで描いたらいいのか?--こういう質問が出てくる点が、まあいかにもIT業界らしいな、と感じてしまう。
考え方の話をしたつもりと筆者は言っているが、Excelという1つのツールを名指しで否定したのは筆者であり、全く自分勝手な論理としか思えない。
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さらに別の通りすがり
at 2010-11-07 01:03
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これひどいですね
長々しく論じておいて最後は結論なくはしごをはずす辺りが特に。
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まさに金ドブ
at 2011-05-29 16:55
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役に立たないコンサルの典型例を見た。こういう奴に高い金をふんだくられないように皆注意しましょう。
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同様に
at 2011-07-11 16:26
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通りすがり
at 2011-07-19 15:50
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Excelでも十分にシステムになるのに
VBAを使えればの話だけど
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通りすがり
at 2012-01-29 17:10
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パソコンがわからないので教えてくれと言われたので見に行ったら、エクセルで工程表が作ってありました
あまりに驚いたので理由を聞くとうちの設計事務所は金がないからだそうです ITだけじゃなく建築でもよくみられますよ… (大手の会社は導入してるのですが、中小は金がないので導入してないらしいです)
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通りすがり
at 2013-02-14 00:41
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なんだこれ~
at 2013-03-21 18:00
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a
at 2013-04-02 10:40
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↑ガキでも読める内容だわw
at 2013-04-19 00:04
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糞ブログすぎるw
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別の通りすがり
at 2013-04-19 17:54
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ブログ作者さんは長い講演会の一部を切り取ってこのブログを紹介しているだけ、その講演で反響があった事項を件名にしたのだから講演全体を聞いていない私に批判の権利はないと思う。
ただ、ブログ内にもあるように工数は1分1秒がコスト。Premaveraのような大型プロジェクトツールを使うだけでどれだけコストがかかるのか。ブログ作者の目線は「億単位の大型プロジェクト」にあるのだろう。 私の結論は小規模案件なら「クリティカルパス」がわかるようにすればツールとしては十分使える、に至りました。ブログ作者の意には反するが、どんなヘボいツールでも相手のコストや目線に合わせて、製品でツールの選りすぐりはせず、自分でツールの弱点を補って仕事できる人が本当のプロだと思う。 ブログ作者に唯一反論するならば「プロジェクトマネジメント」は間接支援であり、ものづくりは一切しない。大小に関わらずPMに係る費用は小さい方が良いのだから、価値を認めてお金を出すべきという最後の文言には同意できない。
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AngieBBWER
at 2013-07-25 22:50
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What is dielectric matter? I would be very useful if anyone can respond to that issue. I'm trapped with this dilemma for previous week and I'm not ready to find houses response for that concern. Any reaction will be hugely appreciated. Thank you really much and have a excellent day. Apologies for my weak english language. Cheers !
_________________ <a href=http://qmax.com.br/wiqmax/index.php?title=User_talk:lelahyw42>Choroba refluksowa przełyku</a>
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NastAnneVY
at 2013-07-27 07:01
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How do apples rot? I would be really valuable if anyone can reply to that issue. I'm stuck with this difficulty for very last 7 days and I'm not capable to find homes response for that concern. Any reaction will be very appreciated. Thank you extremely considerably and have a fantastic working day. Apologies for my weak english language. Cheers !
_________________ reflux żołądkowy <a href=http://bit.ly/15kn5Qn>dieta na refluks</a> refluks żołądkowy leczenie
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☆0個
at 2014-03-18 08:51
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アドバイスしといて、成果がなくても結局責任取らない。
典型的なクソコンサルを一人発見。
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tm
at 2014-03-19 02:29
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理路整然としており、うなずける話でした。何故駄目なのかというポイントは同時に、なにが必要かの説明にもなっており、考え方として学ぶことがある良いエントリでした。ありがとうございます。
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現場百回
at 2015-04-11 12:03
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それなりに参考になる考えだと思う。
批判と言うより、否定している人もいらっしゃる様なのですが、 その方々がどの様な、マネージメントを行っているのか、 意見を述べてほしいと思う。 この考えの何処に問題があり、改善すべきなのか、 もしかしたら、貴重な視点なのかも知れないのだから。
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長谷川
at 2015-08-17 11:40
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結局批判しかしていない。批判だけならだれでもできる、どこかの政党、政治家と一緒ではないでしょうか!
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タカ
at 2016-01-20 10:06
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よこすけ
at 2016-01-26 11:51
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ずいぶん辛辣なコメントが並んでいますが、大変参考になりました。この記事以外も気づきを頂いています。
これからも購読させてもらいます。
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あきれた・・・
at 2016-06-08 15:59
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「こちらは考え方の話をしたつもりなのに、いつの間にかツール論になっている。」
自分からツール論で話を展開しておいて、それに対する答えがこれですか。。。 考え方はすごく素晴らしい!と思って読んでいたのにガッカリです。
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noct
at 2017-01-05 13:48
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独りよがりの持論を展開しているにすぎないな
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アレックス・ロゴ
at 2017-10-12 17:15
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「結論が無い!」と批判されている方が多いですが、「このスケジュール管理ソフトが最強です。」と押しつけて欲しいのでしょうか?
「このソフトを導入したらリードタイムが短くなってすぐ利益が出ますよ」というコンサルと「御社がツール導入によって目指す投資収益率どの程度ですか?それを基に御社のシステムに最適なツールを模索しましょう。」というコンサル、どちらの方がいいと思いますか?少なくとも私は後者の方が信用できます。
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アンチパワーポイン党に入党したいマン
at 2020-09-30 14:26
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コメ欄のあれ具合ひどいな。
結論ない文章読まされた時間を返せだと? ググってたどり着いたのは読者だし、情報の取捨選択ができないのを作者のせいにするなんて・・・。 持論ですが、どんなツールを使おうと、いけるときはいけるしだめなときはだめ。 結局は何を信じているかだとおもうよ。 10人のチームで7~8人がExcelガントチャートを信頼して相互監視していれば機能するし、 MS Projectを導入しても1~2人しかそれを扱えない使えない状況じゃ、機能しないか、扱える人だけが苦労するだけの話。 誰にでも簡単で、自分の割り当てられたタスクがいつまで行えばいいかが はっきりわかればいい。そのツールに魅力を感じることができ、かつある程度ツールを使うことが強制される環境(そのツールの情報をもってして人事評価の参考になっているなど)であればよいかと。 個人的にはExcelガントチャートはウォーターフォールをイメージさせるし、ウォーターフォールは予定が破綻したときの修正が難しいので、アジャイルでの管理が理想。ソフトはJIRAとかRedmineとかいろいろある。クラウドサービスもあるしね。Torrelloとか。 一つのツールで全体を管理しようとするから、無理が出てくるわけで、少人数のチームでのタスク管理と、上位レイヤーである、中規模(部単位)や大規模(会社他単位)でそれぞれツールは別のものをつかっていても構わないと思いっている。 というわけで、上司から強制されたExcelガントチャートにちまちま入力するよ、トホホ。
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