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生産システムの性能を測る

製造業における生産活動をささえる仕組み全体を、私は『生産システム』とよんでいる。生産システムの機能とは、何か。それは「需要情報というインプットを、製品というモノ(あるいは製品に実現された付加価値)に変換してアウトプットする」ことである。そのための副次的なインプットとして、原料・部品と用役・副資材などを利用する。また人員・機械設備・作業空間などは、生産システムを構成するリソースの要素である。さらに計画指示および実績情報の伝達ルートがあり、これらをもとに「判断」する機能がある。これが生産システムの成り立ちだ。

生産システムの中心には、人間系がある。ここが、機械的な仕組みとちがって、一筋縄ではいかないところだ。人間系を中心としたシステムをつくり、運転し、維持する仕事を総括してマネジメントと呼ぶ。人間系のない、機械的なシステムの運転は、たとえそれがジャンボジェットや原子力発電所のように複雑なものであっても、「マネジメント」とはいわない。運転、制御、あるいはコントロールと呼ぶのがふさわしい。

マネジメントの目的とは何だろうか? 世の中の外部環境が安定して変化が少なく、システムが一応のアウトプットを出しているときは、マネジメントの目的はシステムの安定維持だけになる。組織の存続だけが自己目的化する--これは、多くの硬直化した古い組織に見られることだ。こういう組織では、機能的な見方は、あまりいらない。このシステムは良い性能を発揮しているか、といった疑問は、よけいなことだ。前例と慣習にしたがって動いていればよい--これを別名、官僚主義ともいう。官僚主義においては、過去の経験をたくさん知っているかが能力のすべてだ。だから、年功序列だけが幅をきかせる。そして、ピーターの法則にしたがって、組織全体が次第に機能不全に陥っていく。

機能不全に陥りかけた生産システムに、外部環境(市場)の急な変化が襲いかかったら、ひとたまりもない。需要情報というインプットに、製品というアウトプットがついていけないのだ。これが10年以上にわたる長い不況の間、日本の製造業が直面した問題だった。技術も人材もあり、立派な製品や資産を持ちながら、多くの企業が苦しんだのは、生産システムのマネジメントという基本的な理解が欠けていたからだ。何かの仕組みをマネージしたかったら、その仕組みの性能を測る尺度を持たなければならない。では、生産システムの性能を測るものとは、いったい何なのか? 製造ラインの能力か? あるいは原価率か、はたまた在庫レベルか?

いずれの答えも、直接にはNOである。こうした問に答えるには、一度問題を抽象化してとらえる必要がある。この抽象化というのが、多くの日本の企業人には苦手らしい。だが技術屋にとって、問題解決の一番のヒントは、『抽象化』と『類推』だ。管理技術もその例外ではない。

システムの性能を測る尺度として最低必要なものは、三つある。有効性と、効率性と、安定性の三つである。それは、自動車のような仕組みを考えてみればわかる。思った方向に早く進めるか(有効性)、燃費よく走れるか(効率性)、そしてすぐに揺れたりこわれたりしないか(安定性)、の三つだ。これらのどれか一つでも満たさないものは、自動車として実用の役に立たない(飾っておくだけの趣味なら別だが)。それでは、これらを生産システムに適用すると、どのような尺度になるだろうか。

有効性(Effectivieness)とは、あるべき方向に向かっているか、また向きをすぐに変えられるか、を示す。これは、生産システムにおいては、需要にたいして供給が数量・タイミングともにうまく一致しているかどうか、に相当する。これは、横軸に時間を取り、縦軸に製品数量(累積値)をとって、需要と供給のグラフを書いてみたときに、需要カーブと供給カーブが極力一致することをしめしている。供給カーブが需要を大きく上回れば、それは在庫過剰(作りすぎ)を意味する。供給カーブが需要を下回れば、それは納期遅れ(欠品)を意味する。両者が常に一致していることが、理想だ。二つのカーブの差は、それを数量軸で見れば、在庫量になるし、時間軸で見れば、リードタイムになる。

したがって、リードタイムの短さが第一の指標:有効性の尺度だといっていい。

効率性(Efficiency)とは、燃費の良さを示す。これはすなわち、投入量(リソースの消費量)に対する産出量の比率を表すといってもいい。生産システムの主要な投入リソースは人間であり、主要なアウトプットは、製品の付加価値(販売価格マイナス外部購入費)である。つまり、いわゆる「付加価値労働生産性」が効率性の指標になることがわかる。もっとも、生産システムに機械設備の占める割合が高い業界(よく「装置産業」などと呼ばれる)の場合は、投入リソース量を補正するために、「労働装備率」を同時に参照すべき場合も多い。

さて、三番目の指標が安定性(Stability)、あるいは別名頑健性(Robustness)だが、これは生産システムの何に相当するのだろうか。工場の機械設備がこわれないことか? --たしかに、それも必要なことだろう(とくに、この頃のように保全活動が軽視されている時代には)。

しかし、もっとずっと大事なことがある。生産システムの中核をなすのは人間、それも直接作業に従事する、ふつう「労働者」と十把一絡げにされる人間達である。この人達が、安心して快く働き続けられなかったら、生産システムなどすぐにバラバラになる。人間を交換可能な部品としてしか見ない“モダンな管理思想”が幅をきかす今日、人が最低限のよろこびを持って働けるようサポートすることが肝要だ、などと主張したら時代遅れ扱いされかねない。しかし、私はあえてここで書いておきたい。人はパンのみに生きるにあらず、である。生産システムの頑健性とは、その職場の事故率や離職率の逆数で測られねばならない(「誰のための生産管理」2007/5/6)。

そして、この生産システムの頑健性は、有効性や効率性とは相反する、トレードオフの関係にあるのだ。有効性や効率性は、短期的に上げることも一応可能だ。だが、そのような方策は頑健性を長期的には損なってしまう。だから、マネージャーは、これらの同時の実現とバランスに、細心の注意を払わなければならない。三本脚の鼎は、どれか脚の一本でもひびが入ったら、倒れてしまう。私たちは、立体的な視野の中で、生産というものをとらえる必要があるのである。
by Tomoichi_Sato | 2008-10-27 08:14 | サプライチェーン | Comments(1)
Commented by 田辺 at 2008-10-29 02:28 x
生産システムの“性能”には関係ないかもしれませんが、
思った方向が誤っていないか(妥当性)というのも重要と思います。
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