Kさん。今月から工場勤務に移られたそうですね。本社の企画部と比べて、工場の住み心地はいかがですか。たまには都会の混雑をはなれて通勤するのも、わるないでしょう。
さて、ご質問の件、生産管理の良い入門書は、というおたずねですが、なかなか答えがむずかしいですね。それなりの本はいくつかあるのですが、Kさんの要求にぴったり、とまではいきません。ご希望の条件は(1)文系でも読めて、(2)御社の工場にフィットし、かつ(3)業務改革のヒントに満ちているもの、と理解しました。せっかく工場勤務になるのだから、生産のあり方を改革したい--その心意気はなかなかご立派です。 一般に生産管理の本というと、「生産形態と生産方式」からはじまって、「工程管理」「在庫管理」「現物管理」「作業管理」「日程計画」・・・という風に4文字漢語がならんでいく章立てのものが多いのですが、私はあまりこうした本をおすすめする気になれません。生産の全体像を理解するのに、あまり適当とは思えないからです。 要素をいくら並べ立てても、全体の働きや機能は見えてこない点が、「システム」というものの特徴です。ここで私が「システム」と呼んでいるのは、単なるコンピュータを使った情報処理のからくりのことではなく、工場の人や機械やからなる生産の「仕組み」のことを指しているのはおわかりだと思います。生産管理への入門とはすなわち、この見方への“入門”でなければならないと私は信じるのです。 ところで、生産管理とは実際にはどんな仕事だと想像しておられましたか。え、生産全般を管理する仕事、ですって? すると、たとえば工場長を管理するのも生産管理課の仕事なのでしょうか? むろん、これは冗談ですが、生産管理課長の上に製造部長がおられ、さらにその上に工場長がいるのは何のためでしょう。 これは結局、マネジメントとは何のために存在するのか、という問題にかかわってきます。この点をおろそかにしてどんな生産管理の本を読んでも、ゴールとずれた方向にさまようばかりでしょう。私がこれまでにもときおり書いてきたように、「管理」と「マネジメント」は区別すべきことがらです。というのも、日本語の『管理』に対応する英語は3つないし4つあるからです。 英語にはManagementの他に、管理に相当する言葉としてControl、Administration、Supervisionがあります。Managementという語が、どちらかというと“暴れ馬を乗りこなす”ようなイメージがあるのに対して、Controlは「制御」という訳語もあるように、きちんと記録し正確に計数化して、順序や方向を指示していく事をさします。Traffic controlを「交通管制」と呼びますが、これが語のイメージです。 これに対して、Administrationはもっと行政手続きないし作業環境整備にちかく、会社でいえば「総務」の仕事です。またSupervisionとは監督指導であり、実地訓練というニュアンスがちょっとあります。 こうしてみると生産管理というのはあまりにもアバウトな訳語で、実際にはその部門の仕事の内容に応じて、生産管制課・生産総務課・生産指導課・・という風に命名する方が実態を表すかもしれません。“ここは生産雑用課さ”と先輩が自嘲気味におっしゃったとのことですが、これはつまりAdministrationの仕事が多いからでしょう。 では、生産のManagementはどこにいったのだ、と思われるかもしれません。マネジメントはPDCAサイクルを回すことであるはず、とKさんは書かれていましたが、私は生産についてはPDCAサイクルを考えてもわからないと思います。なぜなら、Doは生産管理課とは別の人達がやるから、です。 じつは、マネジメントとは「仕事を他の人たちにやってもらうこと」を示す言葉なのです。そして、他人にやってもらうからには、まず、気持ちよくやってもらう必要があります。上手にやってもらう必要もあります。また適切にやってもらう必要もあるわけです。 気持ちよくやってもらうためには、作業環境の安全や清潔、保険や厚生などの気配りがいりますね。これがAdministration=生産総務の部分になります。また、上手にやってもらうためには、やり方・ツール・治具の整備や作業の訓練評価が大事です。Supervision=生産指導(あるいは生産技術)の課題ですね。そして、適切なタイミングに、適切なモノをつくってもらうことで、無駄な在庫や欠品を出さないよう、プロンプトを出すことがControl=生産管制のポイントになります。 一つの会社全体の生産とは大きなシステムであり、巨大な仕組みです。まるで船団を組んで海をゆくかのごときもので、それなりの秩序はあっても、船体も積荷もちがい、方向もばらばらになりがちです。舵を切ろうとしても急に全体の方向は変えられません。このような大きな集団をマネジメントしていくために大事なことは、適切な評価尺度をあてはめて測りながら具体的にリードすることです。人はモノサシによって動かされます。 仕組みのパフォーマンスをどう測るか、から学ぶのが、入門の最初の入口です。これが船団の指揮だったら、船の速力・燃費・方向が大事でしょう。生産の場合、これに相当するのは、 船の速力 = 付加価値(スループット) 船の燃費(効率性) = 労働付加価値生産性 船の方向(有効性) = リードタイム、または在庫・欠品量の差違 となります。 こうしたことを理解できるかどうかは、文系/理系にかわりはありません。設計や製造の技術的な詳細を知らなくても、生産管理は十分可能です。ただし、「管理技術」=マネジメント・テクノロジーは存在します。こうした独自の技術領域があることだけは頭に入れておいてください。そうすれば、設計の固有技術を知っているだけの技術屋に、大きな顔をされなくてもすみます。 生産はシステムである、ということをつねに意識してください。システムは二つの性質を持っています。ミクロな最善を積み上げてもマクロな最善にならないこと。そして、制御・判断の仕組みがいること。制御は計算機にやらせても良いですが、判断には人間が必要です。なぜなら、マネジメントとは先読みが必須だからです。 生産システムの具体的な要素としては、マテリアル・リソース・情報があり、またオーダーと作業とレポートがあり、さらにスケジュール・品質・コストという制約があります。これらを支えるツールとして、在庫管理とか品質管理とかスケジューリングなどの理論などがあるのです。道具を学んだってマネジメントを知ったことにはなりません。 そして何よりも、生産管理とは製造ラインで働く直接工の人たちを支える仕事だということを忘れてないでください。この人達が、明日も気持ちよく、整然と、やりがいをもって働けるかどうか。自分の子供達にも、同じ仕事を自信を持ってすすめられるかどうか。そうなってはじめて、生産管理は役目を果たしたといえるのです。 Kさん。人が他の人間を「動かす」のはむずかしいことです。お互いに相性も感情もあります。唯一の正解はなく、スキルと経験が必要です。でも、みな同じ船の上に乗っているわけです。ゴールを忘れなければ、多少の波風は超えていけると信じております。
by Tomoichi_Sato
| 2008-10-07 23:17
| A1 生産マネジメント全般
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Comments(2)
はじめまして。いつも興味深い記事をありがとうございます。
毎日、少しでも前に進めるよう頑張ります。
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