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受注生産という名前の見込生産

生産管理の教科書をひもとくと、最初に「生産形態と生産方式」という話が出てくる。そして、製造業は『見込生産』と『繰返し受注生産』と『個別受注生産』に分類できるとの説明がある。いうまでもなく、見込生産は自社が需要を見込んで、先に生産してから販売する形態である。受注生産は逆に注文を受けてから(=需要が確定してから)生産する形態で、それはさらに、すでに設計済みの製品を受注に応じて繰り返し作るケースと、設計自体から個別に着手するケースとにわけられる。

見込生産品は一般消費者向けの製品が多い。家電だとか自動車だとか日用雑貨品など、TVでコマーシャルをうって名の知られている企業の製品だ。そこで、つい生産形態というと見込生産が中心のように感じている人が多い。しかし、自動車一つとってみても、車両メーカー1社の下に、多数の部品メーカーがぶら下がっている。家電なども同様だ。つまり、見込生産よりも受注生産(とくに部品メーカーなどの場合は繰返し受注生産)をとる企業の方が、数としてはずっと多い。少なくとも日本では、受注生産企業が製造業の主流である。

生産形態の区分は、じつは製品の企画(仕様決定)を誰が主導するのか、という話とも重なる。見込生産では、自社で企画・設計した製品を作る。そして自社製品としてカタログにのせている。一方、受注生産では、顧客の指定した仕様に応じた製品設計となる。内部機構等は自社技術かもしれないが、少なくとも外部仕様は顧客側の要求に応じるわけである。もっとも、中には、製品の需要がきわめて限られていて間歇的なため、自社のカタログに載せてはいるが、実際の製造は注文があったときのみ行うケースもありえよう。とはいえ、これは例外であって、受注生産は顧客仕様に従う、というのが暗黙のルールだ。

以前も書いたとおり、生産システムとは需要情報をモノの供給に変換するための仕組みであり、生産管理のゴールは需要と生産を同期化することである。受注生産では確定した需要を起点にできるのだから、少なくとも、作りだめと在庫ストックは不要となる。そのかわり、部品・材料製造の業界は利幅が薄くても我慢できる--はずなのだ。

さて、以前、ブレーキパーツの保安上重要な部品をつくっている会社を訪問した。この会社は自動車メーカーが主要顧客だ。その経営者と話していたら、こんな悩みを打ち明けられた。「うちの工場は、プッシュ生産とプル生産が混在するので困っている。どうしたらいいのかアドバイスしてほしい。」

ここでいうプッシュとかプルとかは、すなわち見込生産と受注生産を指すらしかった。ちなみに、自動車会社へのサプライはカンバンないし電子カンバンでの発注/納入が主流だった。カンバンの引き取りの納期はわずか1日、つまり翌日納入である。注文が来たら問答無用、言われた数量分を納めなければならない。ところが、この経営者は具体的会社名は伏せながらも、「愛知向けは前月・前々月に受け取る発注内示から、当月の引取量がそれほどぶれない。しかし、愛知以外は精度が低いので難儀している。2万個必要だ、と前月言っていたのに、当月になると急に2万5千個納めるように、と指示がくる」という。

このような状況で、いったい何をすべきとアドバイスすべきだろうか? いうまでもないが、月に5千個も数量がくるうならば、その分だけあらかじめ作りだめして、製品在庫としてとっておくしかない。その自動車メーカーの内示予定がどれくらいブレるかによって、積み増すべき在庫量を決める必要がある。欠品すれば取引に重大な支障が出る以上、それ以外にとるべき道はない。

さて、それとはまた別の機会に、飲料大手向けに納入している容器製造メーカーを訪れた。ご存じの通り、飲料大手はたいてい容器をJIT納品するよう要求している。納入は日のみならず時間指定だ。そして、おかしなことに、容器メーカーは受注生産であるにもかかわらず、飲料大手の側は、なぜか発注書を切らないのだ。納品した数量だけ、事後に単価精算する。これが業界慣習らしかった。そして、営業への口頭指示にもとづいて、容器メーカーは工場を動かしていく必要がある。事前の発注内示量は、あまりあてにならない。

この容器メーカー向けに生産システムを設計していた私は、あるとき、はたと気がついた。「なんだ。これは受注生産ではない。サプライヤーの側が納入量を想定して、前もって生産しているのだ。つまり、これは顧客仕様品の見込生産ではないか!」

部品メーカーや容器メーカーは、典型的な繰返し受注生産だと思われているし、私もずっとそう信じていた。しかし、考えてみると、確定した数量の内示もなく、十分な製造リードタイムも与えず、直前になるまで納入量もタイミングも決まらない状況では、受注生産の形をした見込生産しか、対応する方法がないのだ。顧客仕様品だから、他への転売もきかない。読みが当たらなければ、ストックをかかえ続けるだけである。

なぜ、こんなことが起きるのか? 答えは、簡単だ。使用者(つまりセットメーカーや飲料大手など消費者の手に届く最終製品のメーカー)の側で、生産計画がふらふらしているからだ。気まぐれな需要に応じて、いつでも計画を替えたい--そう、彼らは考えている。しかし、そのために部品在庫を自分で持つことはしない。部品サプライヤーに言えば、すぐに持ってきてくれるからだ。

このために、サプライヤー側はどうするか? むろん、見込をたてて作りだめをするのである。あれほどJIT生産方式では避けるべきと言われている「作りすぎのムダ」を、じつは知らないうちに下請けに強制しているのである。それは、当然コストを伴う。

これがすなわち、確定できない世界における、計画変更のコストである。では、そのコストはだれがもつのか? セットメーカーの営業側費用では、なかろう。何らかの形で、製造原価にもぐり込んでくる。そして、そのツケは隠微な形で販売価格の裏側にまわされてくる。

以前、OR学会の研究会で、サプライチェーン・マネジメントに必要なことは、作り手の「コミットメント」と「リスクテーク」だ、と説明したことがある。先行内示の量を決めること。決めたら守ること。それがサプライチェーン全体からムダを排除する、最大の鍵である。すなわち、不確定な環境下で、需要を先読みして決断すること。そのために、何らかの仮説をもつこと。それを他社に伝えて共有すること。--これら一切は、従来の安定指向(大量生産)型日本企業では、許されない、存在してはならない行為だった。その証拠に、「コミットメント」も「リスクテーク」もカタカナ言葉で、しっくりくる日本語は存在しないではないか。

受注生産だが見込生産。これが、今日の産業において、どこにでもある「ありふれた矛盾」である。これを意識して解決しない限り、最終セットメーカーの競争力は本当には向上しないにちがいない。
by Tomoichi_Sato | 2008-07-08 23:46 | サプライチェーン | Comments(1)
Commented by 福山 at 2008-07-13 13:56 x
初めまして。日々業務を行う際、参考にさせて頂いております。工場現場を知らない私にとって、イメージしやすく生産管理について記載されているので非常に助かっております。
現在ERPの導入コンサルタントとして仕事をしておりますが、日本のERPコンサルタントには「単に」導入を目的としかしておらず、新の業務改革を助力するツールとはなっていないように思い、都度矛盾を感じてしまいます。これはマネジメント能力があるプロジェクト・リーダーなどが少ないことも起因するようには思いますが。。。建設業界など季節変動ではなく、インフラ整備による需要変動(中国での地震発生、建設ラッシュなど)する業界などの生産管理のコンサルティングのご経験があるようでしたら記事の掲載を期待しております。勝手なコメントで申し訳ないですが、今後も都度閲覧させていただきたいと思います。
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