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プロジェクト・マネジメントとはどういう仕事か

もうだいぶん前のことになるが、大学の後輩にあたる留学生から、会社訪問の希望があった。彼は東南アジアの出身で、良家の子弟である。いずれは国に帰って立派な職に就くのだろうが、しばらく日本企業でビジネス経験を積みたい、との希望らしい。ついては、私の勤務先の国際プロジェクト部門で働きたいという。

私の勤務先はエンジニアリング会社で、プロジェクト・マネジメントを専門に受け持つ部門がある(念のため書いておくがPMOとは別である)。その部門には、プロジェクト・マネージャー達や、プロマネの卵であるプロジェクト・エンジニア達が配属されており、国内外のプロジェクトを切り盛りしている。彼はそこで少しの間、仕事を学びたいというのだ。

で、どれくらいの期間を考えているの? そうたずねたら、彼は「1年間です」という。私はため息をついて、答えた。「1年では短すぎる。5年とはいわないけれど、せめて3年くらい働いてくれないと、君も仕事を覚えられないし、会社の側も給与に応じたアウトプットを期待できないよ。」そう説明したが、彼は1年という希望をどうしても譲らない。20代前半の人間にとって、1年は永遠の半分くらい長い時間に思えるのだろうか。結局その話はお流れになった。

電話を切って、つくづく思った。“海外プロジェクトのマネジメント”という仕事を、彼はずいぶんかっこいい仕事だと想像しているのだろうな。私は今、この文章をまさに海外プロジェクト現場の宿舎で書いているが、実際のそれは、まさに交通整理と雑用の集積だ。ひどい渋滞の交差点の真ん中で、一日中、汗をかきかき腕を振り回す警官を見て、彼は“大勢のドライバーたちを指揮・指導するかっこいい仕事”と思うだろうか。

乗客や荷物を運ぶドライバー達は、たしかに何らかの付加価値創造に貢献している。しかし、コーディネーションを任務とする警官自身は、何物も作り出さないのだ。接触事故を処理し口げんかを仲裁し、ひどいときには自分で荷物を担いで運ぶ。本署にすわって若い交通警官達を采配している部長は、たしかにかっこいいマネージャーに見えるかもしれないが、仕事の本質は同じである。

私はプロジェクト・マネジメントという仕事を矮小化しすぎているだろうか? IT業界では、国際標準としてPMBOK Guide (R)の勉強と摂取が盛んだ。今から10年前には、「ぼくはプロジェクト・マネージャーなんかにされるのが嫌で、前の会社を辞めました。」という人がいたのだから、まあ隔世の感かもしれない。その人はシステム技術屋としての本分を捨てて、そんな雑用係にされるのはまっぴらごめん、と言っていたのだ。

ところで、この人の言う「雑用」と、わたしのいう「雑用」では、意味が少し違うことにお気づきだろうか? わたしは、顧客への納品物製作という直接作業(価値創造)につながらないものを雑用と呼んでいるのに対し、この人は、自分の技術的興味や満足につながらない仕事を雑用と呼んだのだ。この人にとって、データベース設計書作成やコーディングは楽しい仕事で、マニュアル作りやテストや顧客への報告は雑用だ。しかし、わたしの定義では、コーディングとマニュアル制作こそが直接作業であって、設計書などは雑用なのだ。ただ、その設計書はコーディングやデバッグの生産性を上げるから、雑用でも必要なのである。

PMPの有資格者が2万人を超えようという今日では、プロジェクト・マネージャーは「かっこいい仕事」にいつの間にか昇格した。交通警官などとはとんでもない。むしろオーケストラの指揮者か、映画の監督にでもたとえられる職種と思われているようだ。

ところが、その映画の世界には、『助監督』という職種があって、これがまさに雑用係なのだ。クルーのロケの切符を手配したり、宿舎を予約したり、俳優たちの用事をきいたり、とにかく何でも屋である。多くの映画監督はこれを経験しており、キャリアパスの一種になっている。

助監督の任務の中には、会社で言えば「総務」みたいな種類の仕事がある。配車や掃除や機材運びなどの雑用である。この種の仕事を、『アドミニストレーション』とよぶ。

また、助監督の仕事の中には、スタッフ間の都合や意見を調整したり、主張がかみ合わない場合は“とりあえずA案で進めますけど、天候がダメな場合どうするかは任せてください”みたいに判断をあずかったりする役割がある。この種の仕事を、『コーディネーション』と呼ぶ。

そして、撮影予定をスケジューリングしたり予算と出費の勘定をしたりといった、表やリストで追いかけるのに適した雑用がある。これを『コントロール』と呼ぶ。

プロジェクト・マネージャーの仕事とは、すなわち『アドミニストレーション』・『コーディネーション』・『コントロール』の三つの領域を包含した、采配の仕事である。とくに『コントロール』は数字化しやすいので、PERT/CMPだのEVMSだのといった技術手法が発達している。これらは一般に“管理技術”とよばれるものだ。データベース設計だとか応力計算といった“固有技術”とは別の領域である。「技術的なこと以外は雑用」と考えるエンジニアは、じつは管理技術というものの存在を理解していないのである。

とはいえ、プロジェクトは人間の集団がすすめるものであって、プロマネの仕事の中核には“人を動かす”という行為がある。これは技術論だけでは、なかなかうまくいかない。そこで、もっと属人的な『ソフトスキル』が必要となるのだ。

プロジェクト・マネジメントとは、こういう仕事である。しかも映画とは違って、世間に名前の出るケースはまずまれだ。それでも、なかなか面白い。かの留学生君が実際にやってみたら、どういう感想をもっただろうかと、ときどき考えることがある。あなたはやってみたいですか? 
by Tomoichi_Sato | 2008-04-22 23:29 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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