知り合いの大学教員にきいた話だが、この2~3年、「情報」が名前についている学科の入学志望者数が急減しているという。これが一部の大学だけの話なのか、あるいは全般的な傾向なのかは、定かではない。しかし、いっとき学部学科名に「情報」だとか「システム」だとかつけるのが流行したものの、ここにきて曲がり角にさしかかっているらしい。
『情報』と名のつく学科への志望者が減っている理由は、おそらくIT産業ならびに情報処理技術者にたいするイメージダウンと関係がある、というのがその知人の意見だ。つまり、プログラマとかシステム・エンジニアになって就職しても、低賃金・長時間労働の業界で、すり減るまでこき使われるだけだ、というイメージがしだいに定着してきているらしい。もちろん、よほど結構な大学を出て大企業に就職できれば、システム構築業務といっても、外注先にわたす仕様書だけ書いていればいいわけだ。しかし、そうでない一般の大学出では、労働集約型産業で員数としてのみカウントされる「知的労働者」になるのは、ちっとも魅力を感じないことなのだろう。 どうして、日本のIT産業に魅力が無くなってきたのか。それは技術の問題というより、マネジメントの問題だというのが、私の意見だ。現代の日本のIT産業は、受託型のシステム開発プロジェクトに主軸がある。最新鋭の計算機を開発するというようなハード型の仕事ではなく、顧客の要望に応じた「ソリューション」を提供するソフト型のSIビジネスが、金額的に一番大きい。 ところが、このSIビジネスが、なかなか大変なのだ。なにしろ、誰がどう調べた数字かは知らないが、“IT開発プロジェクトの70%は失敗だ”と言われる世界なのである。水際に設置された大きなシーソーに乗っているようなもので、良いときは高く舞い上がれるが、ひどいときは水面下に沈められて息もできない。ダメなプロジェクトに配員されてしまったら、土曜も休日もなく連日連夜働かされ、サービス残業を強制されて(強制されるサービスって、いったい何だ?)、しまいには連休をつぶしての移行作業である。10回に7回がこの調子では、たしかに志望者も減るだろう。プロジェクトの失敗率はIT業界の「ペイン」(悩み)なのである。 こういう状態をいかにして解消するか、いろいろな議論がたたかわされている。先日、プロジェクトマネジメント学会のセミナーで講演したときも、IT業界の方の質問に答えて「エンジニアリング業界におけるプロジェクトの失敗率は30%程度だろうか」と発言したら、なぜそんなに少ないのか? いったいIT業界はどこがおかしいのか!? という議論の嵐になってしまった(30%はひどく多いと思っている我々はかえって驚かされた)。 その時の議論の大勢は、これは顧客側に原因がある、とくに曖昧な要求仕様で発注する顧客がよくない、という論調だった。しかし、きいていた私は、全く別の意見をもった。しょうもない顧客が世の中にいることは、事実として同意する。だが、IT業界に問題があるとしたら、それは顧客ではなく、「要求分析」という最も知的に価値のある部分ではなく、「システム実装」という力仕事の部分で儲けようとする、歪んだビジネスモデルにあるはずだ。 ソリューションというものの要求仕様が曖昧なのは、本質的なことであって、これは避け得ないことだというのが、私の考えである。なぜか。それは、ソリューションへの要望が、顧客の「ペイン」から発しているからである。ペインとは、意識化されていない問題、あるいは意識には上っているが解決をあきらめてしまっている問題である。意識化されていないのだから、明確なわけがない。ただ、これでは商売にならないから、ここにシステム・アナリストが登場する。アナリストは、顧客の要望を明言化し、As-isとTo-beモデルというような概念をつかって、顧客のもやもやした「問題」をビジネスの「課題」に格上げするのだ。 しかし、ここには手抜きの手段がある(これは職業上の秘密だけどね)。それは、To-beモデルという、あるべき姿が、じつは“隣の芝生”的な空想的なものになっていても、それを指摘したりはしない、という手抜きである。そこを丁寧に説明していたら、いつまでたっても要件定義は終わらない。要件定義は、顧客を「実装ビジネスという利益の源泉」に食いつかせるための撒き餌なのだ。きれいに要求仕様を紙に書いて、一定期間内に終わりにしなければならない。そして『ソリューション』を構築提供したら、あとの使いこなすのはお客様の責任です、といってSI業者は帰ってしまう。こうなると、最初に顧客が抱いていたペインは、「巨大で維持費のかかるITシステムをつかってどう業務をまわすか」という、全く別のペインにすり替わってしまう。そして両者の間には、限りない不信感が残ることになる。 おわかりだろうか。矛盾の根源は、時間とお金をかけて、要求分析・要件定義をきちんと完遂していないことにある。要件定義をきちんとやる、とは、すなわち顧客が自分のペインを自覚して、その解決策について、得失両面から明確に理解することである。こうして初めて、「問題」は「課題」に昇格するのだ。自分が納得した解決策(=ソリューション)ならば、それを実行することもできる。だから、これはきわめて大きな価値のある仕事である。 そして、IT産業は本来、この最も価値のある部分で大きな利潤をかせぐべきなのだ。要件が真に明確になっていれば、実装は、お金はかかるがリスクの小さな(つまり利幅も本来は小さな)業務と位置づけられるはずだ。それなのに、設計は無償サービスして建設工事を受注しようとするゼネコンみたいなことを、いつまでもSI業界がやっていて良いわけがない。実装で儲けようとするから、基本設計がおろそかになる。おろそかになるから、結局は実装のプロジェクトのリスクが大きくなる。 いいかげん、IT産業はこんな負のスパイラルから脱出すべきだ。そして、知恵がきちんと評価される業界に生まれかわってほしい。そうすれば、きっとまた優秀な学生の集まる有望な分野にもどるはずだと、私は信じている。
by Tomoichi_Sato
| 2008-02-18 23:27
| D2 ITアーキテクチャ・データ活用技術
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