The Organization And Architecture of Innovation: Managing the Flow of Technology
イノベーション、すなわち革新的なアイデアを生み出すための組織と空間をどうデザインすべきかを論じた、画期的な本である。著者は、米MITスローン校(MITのビジネススクール)教授のであるAllenと、ドイツの指導的建築家Hennの二人で、このユニークな組合せが本書の性格を見事に物語っている。彼らはこれまで誰も手をつけなかった、組織構造と空間構成がイノベーションに与える影響について、緻密なデータと実績をもとに論じる。本書の知恵をうまく生かせば、知的生産性を倍にすることさえ、おそらく夢ではないだろう。 その実証例が、本書にも紹介されているBWM社の開発センターProjekthausや、シュコダ社の工場である。自動車工場のレイアウトなら日本がトップだと信じる人は、2本の製造ラインの中央部に管理部門を並べたチェコの工場や、オフィスの中をアセンブリーラインが貫通しているドイツの工場などを、日本の自動車業界トップが最近さかんに見学に行っていることを知るまい。その理由はまさに、労働生産性だけでなく知的生産性がものづくりの企業で重要問題となってきたからだろう。 イノベーションとは未知なるものの創造であるのに、それを産み出すプロセスをデザインできるのか? 誰しもそう疑問に思うにちがいない。その答えは『気づき』(awareness)と『コミュニケーション』にある。未知なるものを計画することはできないが、創造のきっかけを作り出すことはできる。そのための主要なツールが、組織構造のデザインと空間のデザインである。大学・企業・研究所など、イノベーションを求める機関はたくさんあるが、これまで組織と空間が知的創造性に大きな影響を与えるという問題意識は希薄だった。 (これは余談だが、近年、世界規模で医薬品企業の大合併が進行している。その目的はR&D組織を統合して知識を共有し、新薬開発のイノベーションを加速することにあったはずだ。しかし調べてみると、米国FDAへの承認申請は決して10年前に比べて増えていないという。単なる人と予算の足し算だけでは、知的生産性を加速することはできないことの証左になっている) 著者の一人Allenは元々ロッキード社の開発エンジニアだった。彼は製品の研究開発という手つかずで困難な分野を対象に、長年地道な調査を行ってきた。組織構造が企業内のコミュニケーションに影響を与えるだろうことは、だれしも容易に想像がつく。しかし彼は、空間構成とコミュニケーションの頻度に着目して、“50m理論”ともいうべき法則性を見いだす。それは、同一部署に属していても、物理的空間距離が50m以上離れた二人は、事実上コミュニケーションをとらない(たとえeメールでも)という事実である。 Allenによると、コミュニケーションには三つの種類がある。Coordination(調整)・Information(情報伝達)・Inspiration(ひらめき)の三つだ。このうち、イノベーションの決め手となるのは『ひらめき』であり、それは『気づき』のきっかけによって生まれる確率が決まる。組織や空間デザインはこれを左右することで、知的生産性を拡大もするし低下させもする。しかし企業の上級管理者達は、この事実にあまりにも無頓着である。 Allenはさらに、製品開発における組織のあり方について、機能別組織・プロジェクト組織・マトリクス組織の類別と特性を述べる。本章は、私がこれまで読んだプロジェクト組織論の中でもっとも優れた説得力のある解説であった。後半ではさらにHennが、建築的観点から空間構成に必要なspine(脊索)の概念と実例を説明する。美しい建築写真が並ぶが、本書は建築家向けの本ではない。むしろ、建築家が論理性ぬきで美的外観を追う愚を戒め、設計の背後には科学的法則に基づく論理が無くてはならないとの主張がある。 これは、イノベーションを求めながらそれを果たせずにいる今日の我々の盲点を教えてくれる、真に創造的な本である。英文は比較的易しい。また、近々邦訳がダイヤモンド社から出版される予定である。研究開発やものづくりにたずさわる、すべての知的職業の人に強く推薦する。
by Tomoichi_Sato
| 2007-12-04 00:00
| G 書評
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