なぜそんな話題になったのかは覚えていない。相手は知人の、イタリア人の精神科医だった。ローマ市街のはずれからホテルまで、彼の車で送ってもらいながら、何となく毎朝何時に起きる習慣か、きいてみたのだ。彼は6時には起きている、と答えた。勤務先の病院には8時前にはついているという(欧州は比較的早起き社会だ)。じゃ、寝るのは? ときいたら、彼はふりむいて、「12時頃なんだ。」と残念そうにいう。「10時には寝たいといつも思う。でも、それは不可能だし。」
私はシエスタ(昼寝)のことはあえてたずねなかった。自分でシャッターをおろせる開業医ならともかく、勤務医はとれないに決まっている。そうでなければ彼がうらめしそうに10時に寝たいというわけがない。中堅の勤務医は、洋の東西を問わずどこの国でも、公私ともにめっぽう忙しいのだ。私は、自分も平日は6時間程度しか眠る時間がとれない、と説明した。それが体に良いとはとても思えないとも。 人間が快適に暮らせる必要睡眠時間はかなり個人差がある。いわゆる「8時間睡眠」には学問的根拠がないと、なだ・いなだの不眠症にかんする本に書いてあった。しかし個人的経験から、私自身は7時間から7時間半ほどの睡眠をとるとすっきり目覚められる。それ以下だと、日中の知的活動が微妙に、しかし確実に効率ダウンする。 睡眠障害の専門医が組織する『快眠推進委員会』による情報サイト:「眠りの総合サイト☆快眠推進倶楽部☆」というのがある。これをみると、日本人の平均睡眠時間は年々減少傾向にあることがわかる。NHKの2000年の国民生活時間調査によると、日本人の平均睡眠時間は7時間23分で、年代別では30代が6時間57分、40代が6時間59分だ。働き盛りの年代で特に睡眠時間が短い、という。1960年には8時間08分だったのに、年々減少しているのだ。 むろん、長く眠れば良いとは一律に決められないとも書いてある。脳の睡眠であるノンレム睡眠は時間睡眠によらずあまり変わらないとの報告もあり、『睡眠は時間よりも「質」の方が重要。質のよい睡眠とは、目覚めがスッキリとしていて、ぐっすり眠ったという満足感が得られる眠りのことです。』という。ここは睡眠障害や不眠症に悩む人向けのサイトだから、短くても気にしないで、とのトーンで書かれている。 しかし、睡眠時間が短いのは果して身体的な(つまり個人的な)問題のせいだけなのか? 私は疑問に思う。そのためには、他の国民と比べてみると良い。「何が問題?世界一睡眠時間が短い日本人」(村角 千亜希)には、こうある:『ACニールセンの2004年インターネット調査によると、世界で最も睡眠時間が短いのは日本人で、約41%が6時間以内の睡眠時間』。私はその41%に入っているようだ(なお、最もよく眠っているのはオーストラリアとニュージーランドだそうな。うらやましい)。 日本人の睡眠時間が他国に比べて短いとしたら、やはり長時間通勤・長時間勤務がすぐ頭に浮かぶ。その真偽は、わからない。しかし、それとは別に、先進国のホワイトカラーでは睡眠不足が蔓延しているように、私には感じる。限られた、ごく狭い範囲での体験から推測するだけだが、よく働く人間はどの国にもいる。イタリアやフランスといえば怠け者の代表的イメージだろうが、最初のイタリア人医師に限らず、フランスでも南米でも、朝から晩までほんとにすごいな、と驚いたことは一度や二度ではない。英米人も、佳境に入ったときの徹夜をもいとわぬ馬力はたいへんなものだ。 そうした努力を、われわれの社会は尊敬し、評価する。しかし、本当にそれだけでいいのだろうか? 米×××で頭角を現わすには、週100時間は働かなくてはならない、とまことしやかに噂される状態は、はたして正常なのか。その歪みは、離婚率が50%以上というあたりに、あらわれてやしないか? ずっと働きづめで、少しでも息を抜くと競争相手に追い抜かれてしまうという強迫的状態が、米国の心臓病の多さに出てはいまいか? ちなみに、人間の成長ホルモンはおもに夜間分泌される。“寝る子は育つ”という昔の人のことわざは、とても正確だったのだ。成長ホルモンは子供だけでなく成人でも分泌されており、その不足症状に対して投与補給する治療が、最近日本でもはじめられている。では、夜間に分泌される成長ホルモンは何の役にたっているのか。それは、体のメンテナンス修復である(リモデリングともいう)。これが足りないと、心筋梗塞・高脂血症・脳梗塞などのリスクが高まることが確認されている。なお、成長ホルモンの分泌は、夜の10時から夜中の2時頃までがピークである(だからこの時間に寝ていないと、本当に眠ったことにならないのだ)。また、寝ている間は白血球も製造している。横になれば心臓の負担も軽くなり、心筋の休息にもなっている。 睡眠不足を常態化させ、それを奨励するような社会は、異常だ。それは確実に人間の生産性に影響を与えていく。さすがのハーバード・ビジネス・レビューでさえ、これを問題視して、専門家のレビューにもとづく記事を載せたほどだ。米国ではさらに、向精神薬剤の常用が以前から都市のエリート層の間で問題になってきている。 誤解しないでほしいのだが、私は短時間睡眠自体を攻撃しているのではない。3時間眠るだけで元気に活動できる人は、それを続ければいい。私が反対するのは、「眠っている時間、非活動的な時間は、人生にとって価値ゼロだ」という思想である。休息に積極的な価値を認めない考え方である。休みたいのは怠け者の考えだ、という決めつけである。 地球上のどんな生物にも、サイクルがある。人間にも起きて活動するときと、寝て休息するときがある。この両方が必要なのだ。24時間起きて闘い続けることが理想だ、という考え方はどこか間違っていると私は思う。 そして、この問題は、企業組織にもサイクルが必要という話につながっていくのだ。だが、長くなりすぎた。つづきは、また書こう。
by Tomoichi_Sato
| 2007-08-06 23:24
| 考えるヒント
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