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プロジェクト・マネジメントにリーダーシップ論は要らない

昨年、国内最大手のシステム・インテグレーターのPMOの方から依頼されて、そこの社内PMセミナーで講演する機会があった。どういう話をしようか、少し迷ったのだが、その冒頭で、私はこう切りだした。「プロマネを選ぶときに、リーダーシップの有無を最初に問題にするのはおかしいと思います。少なくとも、私の業界ではそういうことは議論になりません。」

ご承知の通り、私はエンジニアリング会社に勤務して、プラント系のプロジェクトとSI系のプロジェクトの両方を経験してきた。二足の草鞋をはき、両者を子細に比べてみて気づいたのは、技術的な要素が大きくちがうにもかかわらず、プロジェクト遂行のストラクチャーがずいぶん似ているということだ。いずれも受託型のビジネスである。スコープと納期とコストが主要なコントロール対象である。元請け-下請け構造で複数業者が関わっている。個別受注・個別設計である(とはいえ、客先の要件はじつは業種によってかなり共通している)。納品物は生産財であって、客先はそれを受け取って自分のビジネスを運転しなければならない・・・

それにもかかわらず、エンジ業界とSI業界の人々のプロジェクト・マネジメント論議は、驚くほどちがう。その違いの一つが、リーダーシップ論だと思う。リーダーの資質とは何か。それは育成できるのか。PMOはそれをどう支援すべきか。こうした論点がくりかえしトピックに現れてくる。

しかし、ちょっと考えてほしい。あなたが航空会社を選ぶとき、機長のリーダーシップを気にするだろうか。「ご安心ください。当社のジャンボ・ジェット機のパイロットは、リーダーシップに優れた統率力ある人材を選んでいます。」などと広告されていたら、なんだかかえって不安にならないだろうか?

ジャンボ・ジェット機の操縦が易しい仕事だとは、決して思わない。しかし、リーダーシップだけで飛行機が飛ぶわけではない。われわれがパイロットに期待するのは、まず専門的教育を受けていること、ついで飛行実務経験だろう。機長のリーダーシップなどというものは、何か非常事態が起こった際に、迅速・的確かつ勇気ある決断ができるかどうかが問われるときのみ、真に重要になる。だが私はそんな事態は、あまり頻繁に予想したくないのだ。

同じようなことが、プロジェクトにも言える。少し前になるが、IT分野の雑誌にPM特集があって、その見出しの一つが「プロの火消し人集団」だった。だが、果たしてプロの火消し屋が何人もいるような組織は正常だろうか? あなたが工場を見学に行ったとき、「ご安心ください。わが工場には、専任の消防隊が3班もおります。」と胸を張られたらかえって心配になるにちがいない。あなたはその職場で働きたいと思うだろうか?

念のためにいっておくが、私は別にプロジェクト・マネージャーにリーダーシップが全く不要だ、などと主張しているのではない。それが真っ先に議論されるのはおかしい、と言っているのだ。リーダーシップは、いざというときのために必要だ。そして、不思議なことにある一定規模以上のプロジェクトでは、かならずそういう危機が訪れる。私の知っているベテランのプロマネは、「さすがの俺も、今回はもうダメか! と思うことが必ず2回来る。」と言っていた。リーダーシップは、そうした危機を乗り越えるためには、たしかに必要である。だが、危機を乗り越えるときは、プロマネだけでなく、プロジェクト・スポンサーやエンジニアリング・マネージャー、コントローラー達が一丸となって解決に動いていくものだ。プロマネ一人が背負うべきものではない。

それでは、なぜリーダーシップ論がSI業界では優先されがちか。それは、SIプロジェクトは『失敗率が高い』という信念、ないし神話があるからではないか。失敗確率が高ければ、たしかにリーダーシップの心配も高まろう。大西洋をはじめて横断する機長には、たしかに操縦技術以上に、強いリーダーシップがいるだろう(もっともリンドバーグには部下の副操縦士はいなかったのだから、誰に対するリーダーシップかと問われると答えられまい)。

プロジェクト・マネジメント技術とは畢竟、プロジェクトのリスク確率との闘いの技術である。PMBOK Guideのプロジェクトの定義(A project is a temporary endeavor undertaken to create a unique product or service)に、なぜ『リスク』の語が入っていないのか、私は常々疑問に思っている。もしあなたが、ジャンボ・ジェットの運行をプロジェクトだと思えないとしたら(上記の定義にはぴったり合っている)、それは、そこに失敗のリスクをほとんど感じないからだ。だから、プロジェクトの定義には「リスクをともなう」という一語が追加されなければならない。

と同時に、ビジネスの技術というものは、プロジェクトのリスクを低減して、だれもそれがプロジェクトだと感じないようにしむけていくべき存在だ。それが、プロジェクト・マネジメントのハード・スキルと呼ばれるものなのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-07-09 22:47 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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