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使用者と補充者の分業

ずいぶん以前のことになるが、病院の中の調査を少し手伝ったことがある。目的は物品管理と物流動線の合理化だった。プラント・エンジニアリング会社に勤めているくせに、なぜかプラント以外の分野にしばしばかかわる巡り合わせになっているらしい。しかし、工場で用いるIE(Industrial Engineering、日本語では経営工学と呼ばれることが多い)の手法を病院内業務に用いて調べると、いろいろと面白いことがわかってくる。

その一つは、ナースの業務時間の分析である。知ってのとおり、ナースの仕事は忙しい。しかし、その中身を調べてみると、じつはベッドサイドで患者に接している看護の時間は、決して比率が高くない。それ以外に、ナースセンターにおけるさまざまな業務の時間が多く、しかもその内容をいろいろと調べてみると、申し送りや看護記録の記帳以外に、伝票書きなど雑用ともいうべきクラリカル・ワークやモノ探しの時間がばかにならないのだった。

医療の現場では、医薬品以外にも衛生材料やディスポと呼ばれる使い捨て材料、リネンなどさまざまな物品が行き交っている。いわゆる多品種少量のモノの流れである。そうしたものの多くは、ナースセンターに「現場在庫」として保管され、使用され、補充されている仕組みになっている。

そして、たいていの日本の中堅規模以下の工場と同じように、その現場在庫の管理レベルは、決して高くない。まず、在庫量が把握できていない。いや、それ以前に、モノがどこにあるか場所が決まっておらず、いちいち探さなくてはならない。見当たらないと、払出し伝票を書いて、薬局や中央材料室にもらいにいく。当然、毎回少し多めにもらってくる。使用残がでたら、ナースセンターに余剰としてストックしておき、次回にそなえるわけだ。しかし、もらってきた担当者が勝手気ままな場所におくから、シフトがかわると別の担当者は見つけられない。そこでまた払出し伝票を書いて薬局に受け取りに行く。こうして、ただでさえ狭いナースセンターは雑多な在庫品であふれかえり、しかも気づかぬ内に使用期限が過ぎてしまったりする・・。

こうした状況下で、しばしば病院の経営者は、高価な薬剤の在庫管理がいいかげんになっていることを問題視する。しかし、我々の見たところ、もっと大きな問題があるのだった。それは、ナースの時間管理上の問題、すなわち、「直接時間比率の減少」である。本来、ベッドサイドで直接、患者の看護をすることがナースの最大の仕事であるはずだ。しかし、ナースの勤務時間が、そうした直接作業とは関係のない、伝票書きだの薬局までの往復などといった間接作業についやされてしまう。これは、看護レベルの確実な低下をもたらしているにちがいない。

それでは、どうすべきか。こと物品管理に関する限り、われわれの答えは明快である。工場と同じことをすればよろしい。それは、「使用者と補充者の分業」であった。

たとえば、自動車工場を見学した人ならご存じのように、組立ラインの近くには、組立作業に必要とする多種多様な部品が、棚や箱に整理され、あるいはセット組みされて並んでいる。組立作業の従事者は、そこから部品をとって使用する。そして、ラインサイドの部品が足りなくなると、組立工とは別に、補充係の担当者が間髪を入れずに補充する仕組みとなっているのだ。だから、組立工がモノ探しだとか伝票書きだとかで直接時間を減らさずにすむ。彼らは、組立作業だけに専念できるようになっている。

物品の種類や量が増えるにしたがって、使用者と補充者を分業させるのは、最初にふれたIEの定石である。病院において、われわれの設計した解決策も、これに準じたものだった。まず、ナースセンターに物品管理に適した機能的な棚とトレーを配置する。その中に、どの物品をいくつ配備すべきか、使用実績データを分析して(ま、これが大変なのだが)決める。そして、補充作業は中央材料室の責任とする。

ナースセンターの現場在庫の在庫管理は、「定数補充」とよばれる方式がもっとも適している。これも工場と同じだ。定数補充とは、定期・不定量発注による補充だ。もっと平たくいうと、担当者が週に1~2回巡回して、トレーやボックス内の物品の残数を調べて記録する。そして、消費して足りなくなった分だけ、そこに補充するのである。在庫定数が20個だとして、今日調べたら、12個残っている(つまり前回の補充日から8個使用したわけだ)。そうしたら、8個補充して、20個に戻してやる。7個消費だったら、7個補充してやる。つねに、ナースセンターの現場在庫は一定数を確保して、品切れにならないようにするのである。あるいは、フルに物品の詰まったトレーやボックスをあらかじめ運んできて、トレーやボックスごと交換してしまい、補充詰め合わせ作業は中央材料室に持ち帰ってからやってもいい(混み合って狭いナースセンターでやるより効率的だ)。

そして、機能的な現場保管の仕組みというのは、基本的にこうしたものなのだ。これは、たとえていうならばコンビニの飲料が並んでいる冷ケース(冷蔵庫)のようなものである。買い物客はドアを開けて手前から商品を取り出し、レジに持って行く。客が使用者である。店員は、冷ケースの裏側から商品を補充する。さらにいいことは、コンビニの冷蔵庫は入れる側と出す側が分かれているため、先入れ・先出し原則が守られることだ。だから、賞味期限切れのリスクが少なくなる。

これに対し、従来の在庫管理とは、家庭の冷蔵庫のようなものだった。自分が買ってきて補充し、自分で使用する。少量の場合は、これでもよかろう。しかし、最近の家庭用冷蔵庫は容量が増えてきている。中に何と何があって、いつが賞味期限で、どれをいつ使う予定かなど、当の主婦も覚えきれなくなっているのではないか。だから、家庭でも、もしかしたら冷蔵庫の仕組みを変えていく必要があるのかもしれない。

じつは、このような定数補充方式は、わが国でははるか昔からあった。「VMIとウォールマートと富山の薬売り」(2006/10/20)でも書いたとおり、いわゆる富山の薬売り方式がそれである。しかし、そのメリットや、成立条件については、あまり正確な分析がなされてこなかったように思われる。もう一度いうが、いちばん重要なことは、使用者の直接作業時間比率が向上することなのである。在庫管理は、それ自体が自己目的化してはいけない。どれだけエンドユーザ(病院ならば患者さん)に対する付加価値生産性の向上に資するかで、判断すべきなのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-02-13 22:55 | サプライチェーン | Comments(0)
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