上巻では快適なペースで進んできたこの小説も、しかし、下巻に入って、コプトの福音書や死海文書の引用からキリストの生涯の隠された“秘密”を云々しだすと、話の展開は急に興ざめするようになる。ことに「シオン修道会」などの与太話が始まるに及んでは、とてもまともにつき合える代物ではなくなる。まあ、その歴代総長のリストなど、ある意味では抱腹絶倒なジョークではあるけれど。
それにしても、小説の悪役のネタにされたカトリック信徒組織オプス・デイこそ、いい面の皮である。私自身は、この超保守的な運動は好きになれないし、米国での政治がらみの布教活動にもなにかと批判はたえないが、だからといって情け容赦ない狂信者で殺し屋の元締めとして描くのはどうかと思う。この組織をモデルとした、フィクションとして描けば済むことなのに。 結局、この小説は扉に書かれた「宗教および美術関係の記述は全て事実に基づく」というステートメントが全体の鍵なのだ。作者はこのために、オプス・デイという実在の組織を使わざるを得なかったのだろう。そして、多くの読者も、このステートメントを額面通り信じたらしい。ダ・ヴィンチが自作の絵を『モナ・リザ』と名付けたかどうか、その一点からしても、おかしいと疑うのが健全なセンスと思うのだが。最後の晩餐でキリストの隣にいる人物が女性(マグダラのマリア)だ、という指摘も、面白いと言えば面白いが、だとしたら肝心の聖ヨハネはどこにいるのか? 食事は早々に映画でも見に行ったのか? この小説が欧米でも日本でもベストセラーになったという事実は、結局のところ普通の読者がいかに騙しやすい存在であるかを明瞭に示している。「この記述は事実だ」と書かれたら、そしてそれが知的でキザに書かれていたら、それを信じてしまうらしい。騙される人たちは、騙されたがっている人たちでもある。既存宗教が自分たちの魂を救ってくれなさそうだから、そいつの正体を暴こうという三文芝居に群がってしまうらしい。まことに、大衆操作の容易な世の中である。この幻惑のベストセラーの唯一の価値は、そうした現代社会の危うさを数字で浮き彫りにして見せたことであろう。
by Tomoichi_Sato
| 2006-10-21 19:35
| G 書評
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