世の中には、教科書に書いてあるのに、実務ではあまり出会わない用語が時々ある。「生産統制」なる言葉は、その一つだ。わたしは 毎年大阪で「生産統制」を テーマとしたセミナーを行っているが、生産統制部とか統制課とか統制係という所属肩書の人は、参加者に過去1人もいなかった。そういう名前の部門は、製造業にはほとんど存在しない、としか思えない。生産管理の教科書は、「 生産管理=生産計画+生産統制」だと書いてあるにもかかわらず、である。 似たような違和感を、わたしは「大日程・中日程・小日程計画」なる言葉に対しても感じている。自分の経験した範囲では、この3種類の名前で計画を使い分けている企業は、ほとんどなかったからだ。なぜだろうか? 教科書的には、大日程・中日程・小日程計画は、計画対象期間のスパンと目的によって、下記のように分類されている。
本や情報源によって、多少のブレはあるが、ざっとこんなところだ。 計画のスパンだけでなく、粒度(目の細かさ)でいうと、大日程=月単位、中日程=日・週単位、小日程=時間・日単位、みたいなことが書かれている。 でも本当だろうか? わたしは産業機械や航空機製造業界とも仕事をしているが、こうした分野では、1つの製品や大型の部品モジュールを作るまで、1年半とか2年かかるような場合が結構ある。 では、こうした製品を受注して、日程展開をかけた結果は、大日程なのだろうか、中日程なのだろうか? 上記のような区分は、製品を作り上げるまでのリードタイムが1〜2ヶ月程度の、自動車業界や家電業界の感覚から来ているのではないかと感じる。
日本の製造業のものの考え方は、昭和の高度成長期を牽引した自動車産業や家電産業の影響を、強く受けている。 生産管理の教科書の記述にも、そうした影響が現れており、典型例がここにあげた生産計画の3分類ではないか、とも思う。しかしそれはすべての業界に合致するわけではない。自動車業界で大成功した生産方式があるからといって、他の業界が無批判に取り入れて真似る傾向については、当サイトでも以前から批判してきた通りだ。 ところで、中日程・小日程といった用語は必ずしも使わないとしても、わたしが 見た限りでは、工場の内部に2種類の異なった生産計画が動いているケースを、非常に多く見かける。しかもほとんどは、両者の不整合に苦心しているのだ。一つは、生産計画システムとかERPとかの内部にある、生産計画である。もう一つは、Excelで作成されたり、現場のホワイトボードに手書きされたりしている、より詳細な生産スケジュールだ。 前者はいわば、公式の計画であり、工場の製造部門だけでなく 営業部門や本社の管理部門もそれを参照できる。後者は逆に非公式なスケジュールで、しかし実際の現場はそれに従って動いている。前者はふつう、日単位の計画である。後者は日単位だったり、より詳細な時間単位だったりする。 多くの現場では、1日に複数の品目を製造するので、後者は順序計画の機能も兼ねている。 その二つが、すなわち中日程と小日程計画を指すのだと、教科書を学んだ人は思うだろう。 ではなぜ、この二種類の計画には、ズレとギャップがあるのだろうか? ある品目は、前者の公式計画では月曜日に製造することになっているのに、現実には後者の非公式計画で金曜日に作られたりしている。大日程・中日程・小日程の関係は、粒度を上げて詳細化したものだ、と言う話ではなかったのか。内容が異なっても良いと、教科書には書いてあるのだろうか。
公式な計画から非公式な現実がずれていく理由は様々である。例えば、部品材料の納入が予定よりも少し遅れた、機械のトラブルで終わるべきタイミングがずれてしまった、特急割り込みがあり後ろにずらさざるを得なかった・・などなど。 そのたびごとに、現場のチーフたちは、非公式の計画を現実に合わせて書き換えているわけだ。 営業担当者たちも、工場が公式な計画通りには動いていないことを知っている。だから、自分が担当する顧客の重要なオーダーについては、納期が実際にはいつになるのか、工場にいちいち連絡して確認せずにはいられない。Excelの日程表や ホワイトボードは、工場の外からは見えないからだ。 納期が遅れそうだったら、他の品目を後回しにして、自分の顧客を優先してくれとねじ込むだろう。その営業マンの発言力が強い場合、現場はそれに合わせて、また非公式な計画を書き換える。実にすりあわせ型のビジネスだ。かくて公式な計画と非公式な現実はどんどんずれていく。 だったら、公式な生産計画の方をちゃんと書き直したらいいじゃないか。あなたがもし、工場から遠く離れたところで働く、しかも論理的な人だったら、そう考えても不思議ではない。でも、それはできない。そこには簡単な理由がある。公式の計画は、既にリリースして、製造指図や購買発注書などの「オーダー」を、現場や サプライヤーに対して、発行してしまったからだ。
「計画」と我々が呼ぶものには、実は2種類のステージがある。 1つ目は、まだ机上の検討プランである状態だ。だから変えることができるし、何ならば複数のプランを作って比較することもできる。その中から、1番良いと思われる「実行計画」を選ぶ。ここまではいわば、工場の生産計画プランナーの、机の上での仕事だ。 ただし実行計画を決めたら、それを実行する現場の人たちに伝達しなければならない。 そしていったん伝えてしまったら、その計画は「リリース済みの確定計画」と言うステージに変わる。もう勝手に変更することはできないのである。 生産計画を製造現場に伝えるにあたっては、通常、部品単位・工程単位に分解した『製造オーダー』の形で伝える。伝え方は紙の伝票の場合もあるだろうし、電子的に表示する場合もあるだろう。そこには、どの工程で、どの部品・材料から、どのような中間部品を、どの製造仕様に従って、いつまでに何個作るべきか、が書いてある。(なお製造オーダーは、製造指図とか生産指令とか、会社によってまちまちな呼び方がされるので、自社の用語に翻訳して理解してほしい) サプライヤーに対しても同様だ。『購買オーダー』(英語だとPurchase Orderなのでこう訳したが、ふつうは発注書ないし注文書とよぶ)を発行し、そこに、どの部品を、どの製造仕様に従って、いつまでに何個作って納めてほしいか、が指定してある。 そこで、あなたがサプライヤーの立場になったと想像してみて欲しい。一旦発注書を受けた品目が、納入先の工場の都合で、必要になる日にちが前後に少しずれたからといって、毎度毎度、発注書を差し替えられたら、たまったものではない。 自分の工場にはそれなりの都合と予定があって、スケジュールを組んでいるからだ。だから普通、いったん発行した注文書は、よほど大きな変更がない限りは改訂し再発行はしない。でも実際の納入日は、顧客と別途連絡を取りながら、前後に動かしたりするのが常だ。 工場内の製造現場であって同じことである。上流側の工程が遅れたから、月曜日に着手すべき品目の完成予定日が水曜日にずれたとしても、一旦発行された製造オーダーは、普通は変更しない。生産管理システムの中の日程をずらして、再発行すればいいじゃないかと思うかもしれないが、既に一度発行した製造指図書は、部品に添付されて、既に工場の中をどこかに移動中である。それを全部差し押さえて、紙を張り替えることが現実的だろうか? 出庫してしまった材料を、いちいち倉庫に戻し入れろと指示するだろうか? 2日後にはまた出庫しなければいけないのに。 これが、工場内に2種類の生産計画が存在する理由である。一度、「リリース済みの確定計画」となって、指示が伝達されたものは、簡単には変更できないのだ。
確定版の生産計画から、製造オーダーや発注書を切り出して、現場とサプライヤーに発行する仕事を『ディスパッチング』とよぶ。日本語で「差立て」などとよぶ企業も多い。複数のオーダー間の順序などもここで決めたりする。欧米企業ではディスパッチングは工場管理者側の仕事だが、現場の裁量の大きな日本企業では、現場側のチーフが実質的に行う例も多いと思われる。 そして実を言うと、本社側の計画と工場側の計画との間にも、似たような関係が存在する。本社側のいわゆる「基準生産計画」(PSI計画のPの部分)は、製品単位に、必要な数量と期日を規定するプランだ。複数の工場がある場合は、それを工場単位に切り分けて、工場に伝達する。これを『生産オーダー』とよぶ。工場側は生産オーダーを受けて、製品単位の必要量を、BOMやBOPを基準にして 工程単位・部品単位に展開し、工場の生産スケジュールを作成する。本社が「基準生産計画」を毎日ぐるぐる変えてきたら、工場側はたまったものではない。 生産計画の機能はいくつかあるが、最重要な目的の一つは、需要と供給を合致させることである。需要のないものを供給すれば在庫の山ができるだけだし、需要があるのに供給しなければ欠品と失注の穴が深まる。そして需給の一致は、企業レベルでも、工場レベルでも、各工程レベルでも大事だ。ただし工場も現場も、それなりの自律性を持つ。だから指示と伝達が必要になるし、いったん指示した事は、みだりに変えられない。 製造業では、「本社」「工場管理者(製造スタッフ)」「製造現場」の3つのレベルで判断・決定が行われる。これが、業務の3層モデルである。それぞれの層の間で、指示と報告の伝達がある。だから、計画も3層に分かれていて、その間で実行指示が出されていく。それは会社レベルの「基準生産計画」、工場レベルの「生産スケジューリング」、そして工程レベルの「ディスパッチング」(製造オーダー・スケジュール)を示すのだと理解すべきであろう。この観点から見ると、大日程・中日程・小日程といった期間のスパンによる区別は、あまり有用ではない。 そしてこの3者の間には、本質的にズレが生じやすい。需要や生産が安定しているなら、ズレは小さいから、無視してもいいだろう。だが昨今のようなサプライチェーンの乱れがある場合や、有力顧客の需要にひどく変更が多い場合には、ディスパッチング・レベルの現実を、なるべくリアルタイムに把握し共有できる仕組みが必要である。その詳細は今回は省くが、多くはMESとAPSの連携がキーになるはずだ。だからこそ今、多くの企業がMESに目を向けるようになっているのである。 <関連エントリ> 「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (1) MES普及を妨げたもの」 (2017-08-19)・・業務の3層モデルを解説している
by Tomoichi_Sato
| 2026-02-28 22:04
| A2 生産計画と生産スケジューリング
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