2017年の秋、わたしはシカゴで開催された『PMI Global Conference』に参加した。自分の研究成果を講演発表するためだ。テーマは、"Decision making with Risk-based Project Value (RPV) analysis and activities’ value contributions"。それまで10年以上にわたって続けてきた、リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの手法論を簡潔にまとめたものだった。 考えてみると、PM関連の国際カンファレンスには、これ以来、参加していない(まあ、GAPPS Initiative のこぢんまりしたオンライン会合は別として)。2000年代の初め頃は、米国でも欧州でも、PMの国際大会への参加は楽しかった。新しい理論や手法の提案も多く、活気に満ちていた。だがシカゴでは、なぜかもはや、そうした興奮に浸ることはできなかった。ちなみに日本からの発表者は、わたし一人だった。 わたしは独立研究者である。PM研究は、わたしの勤務先の仕事ではない。上記PMI Global Conferenceには、渡航費も参加費も自費で負担した。だから気持ちが高揚できない大会には、それ以上行く気になれない。 わたしはその後、PMPの資格維持もやめてしまった。気がついたらコロナ禍の間に、更新期限が来ていたのを忘れていたのだった。うかつな話だ。だが維持にはお金も時間もかかる。日本で名刺にPMPと書くことに、どれだけの値打ちがあるのか。PMPとは、モダンPMを理解して使える能力を証明する資格のはずだ。だがPMI自身が、PMBOK Guideの第7版で大きな方針変更をはかろうと、右往左往していた時期だった。
1年ほど前から、本サイトに「モダンPMへの誘い」というシリーズを、断続的に書いている。モダンPMの最大の特徴は、専門的・計量的なマネジメント技術であることだ。 プロジェクト階層的に細分化してWBSを作り、ロジック・ネットワークを構築してクリティカル・パスを同定し、EVMSで進捗とコストをコントロールする。 結果は数字で表され、精度の良い予測が可能になる。 このような技術は、大規模で、コストやスケジュール制約の厳しいプロジェクトの方法論として、優れている。だから、どのような分野であれ、大規模なプロジェクトのマネジメントに適用可能だし、 必要だ。わたしのかつての部下の1人は、プラント建設のプロジェクトに従事していたが、結婚して米国にわたり、バイオ医薬品企業や、Googleのデータセンター建設プロジェクトなどに携わっている。それでも通用する。それがモダンPMだ。 ところで、このようなモダンPMの手法が 適用できるのは、主にスコープが「ハード」で明確である場合だ。 プロジェクトの任務がふわふわしていて、何を作り、どこまで行ったら終わりなのか、見定めることが難しいようなケースでは、あまりうまく使えない。最初にかっちりした計画もWBSも作れないからだ。 そしてPMI自身、しだいにPMBOK Guide第6版までのPM論への確信に揺らぎが出てきた。その理由の一つは、PMIの参加メンバーに IT系の人材が増え、マジョリティになったからではないかと推察している。ITプロジェクトでは、スコープが最初に十分確定していないことが多い。だから、アジャイル開発のような方法論が有効性を持つのだ。
PMBOK Guideの最初の基礎を90年代の初めに作ったのは、航空宇宙産業とエンジニアリング産業の人たちだったと聞いている。この人達の仕事は、航空機とかロケットとかプラントなど、典型的にハードなスコープの受注型プロジェクトだった。そして、こうした業界の企業はプロジェクト型だ。つまり、ビジネスの中心が受注型プロジェクトなのである。わたしの勤務先では(同業他社もそうだが)、全ての仕事が、プロジェクト受注番号に紐付く形でコントロールされる。 しかし、そういう会社は少数派だ。通常の会社は、定常業務がビジネスの中心である。多くの製造業も、サービス業も、流通業も金融業も、そうだ。定常業務の中に、まれにプロジェクト的な仕事がある形だろう。 もちろん中間型を考えても良い。たとえば、繰返し型業務がメインだが、時折、大型の受注型プロジェクトがある重工メーカーなどがそれだ。運用保守がメインだが、時折、それなりの開発プロジェクトが入る情報子会社などもこのカテゴリーに入る。 (A)プロジェクト型企業、(B)定常業務型企業、(C)中間型、とかりに分類したとき、動くプロジェクトの性格は少しずつ異なる。(A)では規模の大小はあれど、受注型でコスト・納期制約の強いプロジェクトが中心だ。とくに大規模ハード系のプロジェクトなら、まさにモダンPMがフィットする。
しかし、プロジェクト型企業は、産業界全体で言えば少数派だ。定常業務中心の、つまり(B)に属する製造業やサービス企業の方がずっと多い。では、こうしたふつうの企業における、プロジェクトの取り組みはどんなものか? それはたとえば、重要な製品開発(小手先の模様替えではないもの)、新工場づくり、新事業展開などで、いずれも自発型プロジェクトだ。 こうした自発型プロジェクトは、ふつうの会社にとって、競争と発展のための部門横断的な取り組みである。その目的は、「新しい能力の獲得」にある。新製品による競争能力、新工場による生産能力、新事業による市場開拓能力、などだ。ただ、その青写真は最初から明確とは限らない。スコープが「ソフト」なのだ。 (C)中間型として重工メーカーの例をさきに挙げたが、個別受注生産の製造業でも、多くの案件は部門間のバトンリレーで処理され、プロジェクトとしては扱われない。ただかなり大型の案件となると、誰かが責任を持って調整する必要が出てくる。それが本来はプロマネ役なのだが、「プロジェクト」という認識と、それに必要な体制・権限が曖昧な場合もある。 結局、プロジェクト型ではない普通の企業における問題とは、プロジェクトが「プロジェクト」として認知されていないところと、スコープが柔らかい点にある。プロジェクトと認識されていないのだから、プロジェクト・マネジメントの方法論などを期待しようがない。そういった企業に、精緻で定量的なモダンPMの技術を持ってきても、スコープの柔らかさのために役立たない。
「ふつうの企業」では、ほとんどが機能型組織の形態をとっている。部門が営業、設計、購買など専門的機能ごとに分かれている。プロジェクトは部門横断的な取り組みだが、プロマネの役割と権限が曖昧な「弱いマトリクス型組織」では、うまくプロジェクトを進められない。全体を見てコストや納期をタイムリーに決断する、意思決定の仕組みが欠けているからだ。 これこそが、日本の製造業が過去30年間の間、競争力を落としてきた原因の一つだと、わたしは考えている。なぜなら、製品開発や事業開発の取り組みが、スピーディーにうまく回らないからだ。そのために必要なのは、モダンPMとかEVMS以前の、基礎的な仕組みや人財側の能力であろう。 とくに、柔らかい(ソフトな)スコープの中で、どう意識決定し、どのように価値あるアウトカムを創出していくかが、問われる。ちなみにモダンPMが得意なはずの(A)型の企業だって、自社内で行う自発型プロジェクトは、必ずしも上手ではない。マネジメントの観点が違うからだ。 ふつうの会社にとって、プロジェクト・マネジメント能力の発展段階はこんな風なステップになるのではないか。
わたしのような外部コンサルタントは、レベル2・3のお手伝いはできる。しかし最初の1は、経営層の「気づき」が必要だ。自分の真の「ニーズ」を知ってはじめて、学びのステップを登ろう、との気持ちが起きるからだ。それがたとえ、失敗のペインを通した気づきであっても、学びのニーズこそ、組織と人を育てる原動力なのだから。 <関連エントリ> 「製造業のプロジェクトがうまく進まない、本当の理由」 (2024-12-01)
by Tomoichi_Sato
| 2026-02-08 22:36
| B1 プロジェクト・マネジメント全般
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