先日、藤沢周平の「密謀」(上・下 )を読んだ。藤沢周平は母が好きだった作家で、本棚からもらい受けてきたのだが、わたしのいつもの癖で、何年間も積ん読にした後、今年に入って読み始めたのだ。とてもよく出来た歴史小説で、一気に読み通した。主人公は直江兼続。越後の武将で、上杉謙信の跡継ぎである上杉景勝を、執政として補佐した。 直江兼続は知将として知られるが、生まれたのが1560年で、いわゆる『戦国武将』としては遅い登場だった。上杉謙信は彼が18歳の時に亡くなり、本能寺の変が22歳、天下分け目の関ヶ原のときは40歳だった。彼が一人前になる頃には、天下の大勢はすでに決まっていたのだ。とはいえ、まだ乱世である。この小説は、知将として上杉家を支える彼の、秀吉・三成・家康らとの確執を見事に描いている。 直江兼続は、大藩・越後上杉家の参謀だったと言っても良い。だから小説のタイトルも「密謀」なのだろう。とはいえ自分の知行地も城も持っていたから、秀吉に仕えた竹中半兵衛のような、純粋に知略に生きた軍師とは、少し違う。兼続は農業振興や土木政策など、軍事以外の政策立案と実行にもたけていた。
そして気になって、「参謀」という言葉を少し調べてみた。Wikipediaは、例によって役に立たない。生成AIの出してくる、テキトーな嘘交じりの答えを鵜呑みにするのもいやだ。調べ物をする場合、わたしは「ジャパンナレッジ」 をよく使う(最新の技術やトピックでない限り)。世界大百科事典や日本大百科事典を同時に検索してくれるし、どちらも各記事の執筆者名が明記してある。つまり内容に責任を持って書いているのだ。バイアスが気になれば著者を調べれば良い。 で、世界大百科事典の「参謀」の項を引くと、「幕僚」を見よ、となっている。そして幕僚の項にはいろいろなことが書いてある。「幕僚は古代エジプトの軍隊に発生した」「アレクサンドロス大王は参謀長などの幕僚を設けた」「カエサルは自らの幕僚経験を生かして組織を改善」など。また近代の欧米そして日本の幕僚組織なども解説されているが、あいにく中国などアジアのことが書いていない。 たとえば三国志で有名な諸葛孔明は参謀と言えるのか。その前の孫子や墨子はどうだったのか。日本の軍師の発生と系譜は、など疑問は残る。諸葛孔明は丞相として、帝位についた劉備を補佐し、内政に尽力した。だから直江兼続も似たような立場だったと言える。
前回の記事「どの人にどのタスクを割り当てるか 〜 感情と思考の4類型を理解しよう」で、わたしは、思考と感情の開放度によって人間を4種類の「ソーシャルスタイル」に分類する考え方を紹介した。思考面では他者からの独立性が高く、感情面はクローズにおさえたがるタイプは、「思考派」ないし「分析家」(アナリスト)と呼ばれ、わたし自身もこれに属する。そして、思うに参謀はこの類型だろう。 では、将軍はどのタイプか? 大勢の人を引きつけ、かつ方向を示して従わせるには、思考面も感情面もオープンであることが望ましいだろう。だとすると「行動派」コントローラーが、一番フィットするのではないか。むろんソーシャルスタイルは単純化したモデルであり、人の個性はそれぞれだから、皆、4つの要素を混合して持っている。原色と自然色のようなものだ。ともあれ参謀と将軍は、かなり異なるキャラであると想像される。 そこで気になるのが、近年のMBAである。ビジネススクールの教育を受け、修士号をとって世に出てくるMBAは、とても頭の良い人たちが多いが、彼らは参謀タイプなのか、それとも将軍タイプなのか? 緻密な作戦を立てるのに秀でているのか、あるいは号令をかけて大勢を動かすのに長けているのか? ビジネススクールで教える財務分析や戦略論は、どちらの育成に向けてカリキュラムが組まれているのか。
それは言いかえると、MBAが向いているのは経営者なのか、経営企画立案者なのか、という問いである。まあ企業の中には、経営企画部長がトップへの出世街道、という会社もある。そこでは両者の区別は、意味が無いのかもしれない。また世の中には、MBAのコンサル経験者が落下傘のように下りてきて、組織の頂上に立つ会社も多少はある。だが、そうでない多くの企業(わたしの勤務先も入る)では、実務経験を積んだ人間が、経営層に入るのが普通だ。こういう人たちは後付けで、経営学などのリテラシーを身につけることになる。経営学を最初から専門にするMBAたちとは異なっている。 そこで大事となるポイントは、分析力だけではなく、決断力だ、というのがわたしの意見である。より良い決断を、タイムリーに下す力。情報の不足する曖昧な状況下で、自分自身だけでなく多くの部下達をもリスクに巻き込むかもしれぬ、決断を下す能力。胆力と言ってもいい。そして一度決めたら、多くのステークホルダを動かしていく説得力がいる。こうした能力は、はたして経営戦略や財務会計を専門に勉強することだけで、得られるのか。 「ビジネススクールは総合的・多面的なものの見方を教える場だ」という言い方が、よくされる。それはその通りだろう。分析立案は総合的な知的能力で、若くても優秀ならば一応できる。だが決断力と説得力を育てるためには、訓練と経験値の蓄積が必要だ。それは知的能力と感情的能力の総合なのである。「頭が良い」だけでは足りないのだ。 自分のソーシャルスタイルに合わないポジションを望んだり得たりすると、結局本人も周囲も苦労することになる。もちろんスタイルも人の性格も生涯不変ではなく、ゆっくりと変わることがあるが、望む方向に変えるには意思と時間が必要だ。わたし達の社会は大学歴みたいなものを重視するきらいがあるが、知的能力ばかりみすぎているのではないだろうか。参謀と将軍にも、それぞれ向き不向きがあるのだ。それは役割の違いなのである。 <関連エントリ> 「どの人にどのタスクを割り当てるか 〜 感情と思考の4類型を理解しよう」 (2025-10-15) 「『頭がいい』ということは、本当にそんなに『良い』ことだろうか」 (2014-03-24)
by Tomoichi_Sato
| 2025-10-24 16:12
| F3 組織・経営・戦略論
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