![]() 「インフレーション宇宙論 ― ビッググバンの前に何が起こったのか」 (Amazon) 子どもの頃、講談社ブルーバックスを読むのが好きだった。理工系の大学を出て、技術系の職を得たのに、だんだんと読まなくなったのはなぜだろう。自分がその領域に慣れて鈍感になったのか。それとも科学というものが、昭和時代のようなワクワク感(=感情的価値)を生み出しにくくなったのか? 本書は久しぶりに、講談社ブルーバックスを読む楽しさを感じさせてくれる本だった。2010年の刊行だから、著者が東大を退官された翌年の本である。この方の本は初めて読んだが、素人にやさしく解説するのがとても上手なので、あたかも分かったかのような気にさせてくれる。とても素晴らしい本である。 もっとも、分かりやすいと言っても、ゼロから宇宙が始まり、しばらくは虚数時間であったが、その後トンネル効果で実宇宙が誕生してから、ようやく実時間がスタート。その後、爆発的インフレーションと共に、真空の相転移が生じて、宇宙は火の玉になった…という話ではあります。でもなんか、面白いじゃん(^^) 宇宙の始まりは「ビッグバン」であった、というのが世の通念である(わたしもそうなのだと信じていた)。宇宙が火の玉として始まり膨張し続けてきた、というビッグバン理論の骨格は、G・ガモフらが確立し、真空放射など多くの観測結果がそれを支持してきた。 しかしビッグバン理論には数々の大きな難点がある。まず、アインシュタインの一般相対論の方程式では、宇宙の始まりは密度も温度も無限大の「特異点」になること。また、なぜ火の玉で始まったのか、なぜ宇宙の銀河団のような密度の濃淡ができたのか、なぜ膨張し続ける宇宙の曲率がほぼ平坦なのか、なぜモノポール粒子は見つからないのか・・などがそれだ、という。 著者が81年に指数関数的膨張解として提出し、同時期に米国のアラン・グースが「インフレーション」と名付けた宇宙モデルは、これらの困難を解決できる、画期的新理論だった。その内容は、わたしなどが紹介するよりも、この易しくてページも厚くない本書をぜひ、読んでほしい(概要はまあ上に書いた通りだが、「真空の相転移」がカギらしい)。 そして物理学の進歩がもたらすワクワク感を、少しでも体験してほしい。
![]() 「茶の間の生命科学」 (Amazon) こちらは1983年刊行の本。著者は近畿大学医学部教授(当時)で、有名な英語教育者・中津燎子さんが、この方のパートナーだったので知り、手に取って読んでみた。他に著書として、講談社学術文庫「生命科学の先駆者: ホプキンス、ワールブルク、サムナー」もあるが、今はいずれも現在は古書でしか手に入らない。 本書はなんだか軽いエッセイみたいなタイトルと装幀だ。だが、読んでみると実はとても本格的な生命科学(とくに分子生物学)の発達史の解説書で、非常に面白い。勉強になる箇所が多く、もっと早く出版当時に読んでいればよかったと感じる。 近代的な生命科学の源流は、17世紀英国のフックによる、植物の「細胞」の顕微鏡による観察からはじまる。フックは王立アカデミーを設立し、ニュートンがその後を継ぐ。17世紀は科学革命の曙だったが、18世紀になるとなぜかいったん停滞する。顕微鏡も忘れられた道具となる。 しかし19世紀中頃にようやく復活し、植物・動物を含むすべての生物の基本として「細胞説」が確立する。また19世紀の化学は、有機化合物が様々な「基」から合成されるという見方を生んだ。そして極めて多種多様なタンパク質は、20種類のアミノ酸からなる事も明らかになる。つぎはその立体構造の解明が研究対象になる。20世紀初頭には病原体としてのウイルスが発見される。スタンレーは煙草モザイクウイルスの結晶化に成功し、ウイルスが生物と無生物の間にある存在である事を示す。 かくて20世紀中葉のワトソン&クリックによる、DNA二重らせん構造の解明と、生物学の「セントラル・ドグマ」確立につながり、それは遺伝子工学の爆発的豊穣をもたらす。 本書の特徴の一つは、各研究者の業績だけでなく、そのキャラクターを生き生きと描きだしす点にある。著者は、 「分裂気質」(理論家で演繹的思考を好み、孤立や論争をいとわない)、 「粘着気質」(帰納的思考を元に、こつこつと地道に実験や調査を積み上げる)、 「循環気質」(流行に自らを合わせる) などのクレッチマー類型を説明につかう。さらに自己顕示欲の強さなどを加味して、その仕事の成果と性格がいかに関連しているかを示す。 また科学研究という営為が、客観的に見えながらも、いかにアカデミアや社会に流されて運不運に左右されるかも、目配りを忘れない。科学史・科学研究論としても、非常に興味深い本である。 それにしても明日香出版社さん、このタイトルと装幀ではあんまり売れなかったんじゃないの? たぶん、こうしたハードな科学系の内容を理解できる編集者がいなかったのだろう。そうした意味でも、ほんとに研究者には運不運があると言うべきなのだろう。
by Tomoichi_Sato
| 2025-10-01 17:19
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