先日行った「PMシンポジウム2025」での講演「PMから見た『設計』論の課題」に 関連して、もう一つだけ考えてみたいことがある。それは設計という仕事の目標、位置づけだ。 わたしは 総合エンジニアリング会社をじにんする勤務先に長年勤めている。社員の8割は技術系で、半分以上が設計の仕事に携わっている。わたし自身も、 キャリアは設計専門部から出発した。プラント・エンジニアリング会社は技術のデパートみたいなもので、多数の専門分野の設計技術者たちが、協力しあって仕事をしている。 設計業務の一番の目的は、新しい設計図面や仕様書を考えて、作成することだ。 そのアウトプットを外部の協力企業や建設部門に渡して、実装してもらう。実装の途上で必要なアドバイスや設計判断をしたり、外部企業の品質レビューを行ったり問題解決をして、出来上がったものがきちんと機能することを検証する(あるいは品質部門に確認してもらう)。では、その目標とは? 設計業務の最大の特徴は、毎回新しいものを作ることだ。ここが製造業務との最大の違いである。工場の製造ラインでは、同一の部品や製品を繰り返し作る。だが、設計では全く同じ図面を繰り返し作る事は決してない。 繰返し性が乏しいから、設計業務はKPI化しにくい。にもかかわらず、現在の多くの企業は目標管理制度を取り入れており、何らかのKPI指標を設定して、個人や部門がその値を達成するよう動機付けしている。そして設計分野で多く用いられるのは、生産性、品質、納期などの指標だ。
だが、よく考えてみて欲しい。毎回違うものを考えて作るのに、その「生産性」をどうやって定義するのか? 図面1枚あたりの作成に必要だった工数を比べるのか。極端な例を出そう。ゴッホやピカソが、毎回新しいキャンバスに全く違う作品を描くとき、作品ごとに必要だった時間を比べて、どういう意味があるのか。りんごとオレンジを比較するようなものではないか。逆に言うと、KPIを定義できるのは、似たようなものばかり繰り返し作る業務なのである。 ここで仮に、設計業務を基本設計と詳細設計に区分することにする。多くの企業で行われている考え方だ。その線引きをどこにするかは色々と議論があるが、ここでは深入りしない。読書諸賢はおのおの、ご自分の職場で行われている線引きをイメージして考えていただきたい。 こうした区分に従うと、詳細設計は繰返し性がそれなりに高いと言うことができよう。 もちろん、だからといって別に、詳細設計が簡単な仕事だ、などと言うつもりはない。 ただそれは、多数の図面や仕様書やリスト類をデベロップし、プロダクションする仕事だ、と位置づけるだけだ。 そして世界のいろいろな国々でそれなりの年月、仕事をしてきた自分の実感から言うと、日本企業の詳細設計のレベルは第1級である。細かいところまで目配りし、品質を保ち、かつ顧客要求や面倒な基準規制類に合致するよう、プロダクトを作り上げる。工数あたりの生産性も比較的高い。 幸か不幸か、円安と長年の給与抑制策もあって、コスト競争力さえも、今や高いと言えよう。では、基本設計のレベルはどうなのか。
KPIを定義しにくいとしたら、仕事の「質」それ自体を判断するしかあるまい。いいかえれば、会社の中で設計業務が目指すべき役割を、どう位置づけているかだ。そこでPMシンポジウムの講演の中で、あえて「アンケート」のスライドを入れた。以下がその内容である。 本当はリアルタイムに投票と集計ができれば面白かったのだが、それはむりだったので、会場の聴衆に挙手をしてもらった。結果は、基本設計はほとんどが「3」に集中した。詳細設計の方は「2」も少しはあったが、大半は「3」だった。なお参加者の方々の業種は不明である。
基本設計に期待される、一番の役割とは何か。それは「新たなカテゴリーの製品を生み出す」ことにある。それにより「顧客が指名して買いに来る」、つまり自社の前に客の行列を作り、単なる価格競争から抜け出すことである。英Dyson社の扇風機が、良い例だ。他社よりずっと高価で、しかも売れている。このような製品を生み出すことが、基本設計の目指すべき姿であるはずだ。 しかし、そのレベルを目指している企業は、決して多くないと思われる。そもそも、そういう風に言語化して、設計業務を位置づけていない。設計とは毎回ユニークな行為であるはずなのに、それを他社との競争の土俵でしか見ていない。競争できるということは、比較可能、つまりたいしてユニーク性がないという意味だ。 詳細設計は一流だが、基本設計は一流とは言えない。これが多くの日本の製造業の現実ではないか。だとしたらまず、設計業務、とくに基本設計の位置づけを正さない限り、製造業の復活などあり得ないはずだ。 では、なぜ日本企業は基本設計力が弱いのか。それはかならずしも、業務の位置づけやKPIの設定だけの理由ではあるまい。一つには人材の問題があろうと思われる。開発・設計部門には優秀な人材を配置する企業が多い。しかしその「優秀」とは、有名大学を良い成績で出たという程度の意味だ。だが日本の受験教育とは、「与えられた枠組みの中で効率的に問題を解く能力」ばかりを要求し、「自分で枠組みを作り出す」ことは、ろくに教えない。それでは、白いキャンバスに新しい絵を描くような創造性は身につくまい。 そしてもう一つ、起用の問題がある。すなわち、本当に有能で創造性の高い設計人材を見いだして抜擢し、設計の自由度や権限を与える体制になっているか、という問題だ。ピラミッド型の序列組織の中で、大勢の守旧的なレビュアーの目を通さないと、案が通らないような仕組みの企業も多い。リスク回避傾向の強い組織で、斬新な基本設計者が頭角を現すのは困難だ。そしてこれはもう、技術の問題ではなく経営の問題である。 適材適所ができるかどうか、職位や経験年数だけでなく真の能力を見いだして任せられるか。それができない組織で、設計の質だけ上げようとしても、それは技術者達に無用なプレッシャーをかけるだけで終わるような気がしてならない。 <関連エントリ> 「設計の能力と、設計マネジメントの能力はまったく別物である」 (2025-09-07) 「英国史上、最も偉大な技術リーダーに学ぶべきこと」 (2016-08-28)
by Tomoichi_Sato
| 2025-09-15 22:18
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