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新しい第3の分断 〜 建前社会の疲弊と、新・本音主義の登場

  • 二種類のお馬鹿さんたち

わたしが大学に入った頃、新入生の手続きは、正門前の本館と呼ばれる建物で行われていた。事務方にいろいろ書類を提出し、学生の自治会からも熱心な勧誘と説明を受ける(自治会は当時、共産党系の民青が牛耳っていた)。それが終わると、隣の建物で、様々なサークルが新入生勧誘を繰り広げる。その間の渡り廊下に机を置いて、新左翼の連中がにこやかな顔で「アンケートにお答えください」と呼びかけていた(革マル派だったと思う)。わたしは何となくそこに座ってしまった。

アンケート用紙の主要な部分には、「ベトナム反戦、三里塚闘争」から始まって、「部落差別、狭山事件」等々に至るまで、当時の政治的イシューが単語だけずらりと並べられていた('70年代半ばのことだ)。そして「この中で興味がある問題があったら丸を付けてください」という。

(左翼って、なんて馬鹿なんだろう)わたしは内心あきれて、相手にいった。「この中のどれかに関心があったら、他の全てにだって関心があるはずじゃないですか。」そして単語群全体を大きな丸で囲んで、席を立った。もう何十年も前のことだが、そのときの率直な観想は、あまり修正する必要を感じぬまま、年月がすぎた。

さて、先週のことだ。家のあるインフラ設備が老朽化したので、業者を呼んで取り替えてもらった。工事は平日だったので、連れ合いが立ち会った。きちんとした仕事ぶりで、好感を持ったという(彼女は大勢の職人を使う家で育ったので、そういうあたりはちゃんと見ている)。

工事が終わると、設備を売る大手インフラ企業から、アンケートが来た。工事の満足度を0-100%でたずねられたという。「こういうのは普通、100%とかはつけないでしょ? だから最高点のつもりで80%にしたの。」ネットだから、選択肢を選ぶと、その後の質問文が動的に変化する。80%だと、何か不満があったという風な質問文に変わったという。あきれた彼女は、帰宅したわたしに言った。

「大企業の経営者って、現場には100%を要求して、働くだけ働かせておいて、問題は全部、働く人たちにあると思ってるんじゃない? みんなが一所懸命働いても、経営がダメだから、儲からないのに。日本の経営者って、ほんと馬鹿みたい。」自分も一応、それなりの企業の経営企画部門にいる身だが、有効な反論は何もできなかった。


  • 社会の二つの分断

左翼という言葉は廃れて、いまは「リベラル」とゆるやかに呼ばれる。依拠する思想もマルクス主義から、いろいろと拡散し幅が広がった。とはいえ、リベラル派の人たちの特徴は、「世の中は上下に分断されている」と見る点にある。社会構造のピラミッドの上は支配階層で、下に被支配・被差別階層がある、と。自分たちはもちろん、被支配の側にいて、社会正義を担っている。世に正義を、声高に訴える。そして聞き入れない世の中は、馬鹿だと信じている。

支配階層のことを、旧左翼は「資本家階級」と呼んだが、最近は「上級国民」と言う方が通じやすい。同じ金持ちでも、ネット時代に登場した新富豪などは入らず、伝統的な大企業の経営層や政官界のトップなどが、そう呼ばれる。ところで、彼らの目から見ると、分断の軸は上下にはない。いうなれば「左右」なのだが、上層部に左派はおらず、一般の国民にも伝統的価値を重んじる人は大勢いるから、ピラミッドでは左上から右下に向かう斜めの線になる。

経団連の議論などを読む限り、上級国民の人たちは、リベラル派の平等などはあまり信じていない。重んじるのは建前としての法と序列である。この人たちの目から見ると、線の右上側にいる自分たちこそ、日本の豊かな社会を支えているマジョリティである。左下のリベラルは、体制の「外」にいる(左翼は外国勢の手先だ、という見方は昔からあった)。つまり、「内外」が社会の分断の線である。そして外の連中は、伝統的価値を理解しない馬鹿であると信じる。


  • 第三の分断――建前 vs. 本音主義

ところが、この15年ほど、リーマンショック以降かもしれないが、わたし達の社会には、第3の分断の線が見えるようになってきた。この事にリベラル派も上級国民の人たちも、あまり気づいていないように思う。その線とは、建前と本音とを分かつ断層である。そして「本音」論者たちは、今の社会の建前論に辟易している。

本音論の人たちの基本感覚は、こんな風になっている。(1)まず、「この世界は不公平だ」と考える。たしかに、本当にそうだと、わたしも思う。そして、(2)「誰も助けてくれない」と感じている。そういう境遇に育ち、無理やり慣らされてきた。すべて自己責任の社会である、と。

だから、(3)公正平等の建前なんて嘘だらけだ、と思う。建前を信じる連中は皆、嘘つきだ。自分たちをだますために、建前として法律や理屈を繰り出してくる。なぜだますのか? それは、既存社会の既得権益があるからだ。上級国民たちの利権や、リベラル風シニア世代達の年金・福祉やら。連中はそれを擁護するために、内心は大して信じてもいないくせに、建前を声高に言う。

人間の本音は誰にも共通だ。良い暮らしをしたい、楽になりたい。そして自分が一番大事だ。なのにずっと、我慢の人生を強いられている。不自然な建前に縛られる社会は疲弊して、もう限界が来た。だから壊して、作り直すべきだ。

この人達を、かりに『新・本音主義』と呼ぶことにしよう。この主張は、ネット(とくにSNS)の普及と共に、顕著になってきた。
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  • 新・本音主義の主張と特徴

本音とは何だろうか。本音とは、個人個人が本源的に持っている欲求や感情を率直に認め、それに従おうとする態度である。それは建前と比較すると分かる。建前とは、外向きの表明だ。社会を維持するために、構成員が従うべき規範を示し、勝手な欲求や感情を抑えさせるための体系である。

新・本音主義の人たちは、ある意味で、建前社会で枯渇しがちな感情的価値を取り戻そうとしている。自分たちは不公正でひどい扱いを受け、バラバラにされている(孤独と悲しみの感情)。だから建前論者を既得権益の座から引きずり下ろしてやりたい(怒りの感情)。そして自分たちは本音だけを信じて生きたい、と思う(自己肯定の感情)。

先ほどの図を見てほしい。新・本音主義派は三角形の右下隅に位置する。リベラル派も上級国民も、勝手に都合の良い線を引いて、右下を味方に取り込もうとしてきた。そんなのまっぴらだ、というのが彼らの感情である。

もう一つ、顕著な特徴がある。「建前論の連中は、自分が知的で頭が良いと言いたがる」という事への強い反発だ。上級国民達もリベラル派も、その点ではよく似ていて、自分らに賛同しない新・本音主義を、頭がわるいと決めつけたがる。そして『反知性主義』などとレッテル貼りをする傾向を、彼らは強く軽蔑する。頭の良し悪しの問題ではない、これは感情の反乱だからだ。


  • 社会の分断とは何か

ここまでわたしは「断絶」でもなく「分裂」でもなく、「分断」という言葉を使ってきた。断絶や分裂は自然に生じる現象だが、分断は誰かが、意図して行う行為だ。何のために? 敵を設定して、身内を団結させるためでもある。だがもっとシンプルに、世の中の人間を二種類に分けて、自分たちは上等な側に立っている、という自己肯定感を得るためである。その意味では、リベラル派も上級国民たちも新・本音主義も、実はよく似ている。

自己肯定への渇望、自分は価値ある人間だと感じたい気持ちは、人間の根源的な欲求なのだろう。わたし自身にも、強くある。ただ、人間を二分して上等・下等のラベルを貼り、それで自己肯定するのは、あまり良い戦略ではない。暴力にエスカレートしやすいからだ。渇望には際限が無い。だからかつての身分社会でさえ、いろいろ逃げ道を用意していた。それが社会を安定化するからだ。

先進国を見ていると、世界中で行き詰まりを感じる。経済価値ばかり肥大し、感情的価値を抑圧してきた建前社会の病弊なのだろう。不満と不安の感情が渦巻いている。そう、これはネガティブな感情の渦なのだ。渦をかき立て、利を得ようとする人たちもいる。人間は自分の感情を、言葉や理性だけで静められるようには、なっていない。かき立てられるが、静められないのだ。だから理性はこの病の処方箋ではない。

社会的スケールの主張で、自己肯定感を得ようとし、社会を一気に変えようとするのは、(たとえその主張自体は正しくても)危険だ。それくらいなら、草花やペットでも愛でている方が、まだしも平和というものだ。たぶん、今の建前社会では、身近な愛が足りないのだ――特に自分自身への愛情が。

それを取り戻す第一歩は、おそらく自分の感情に気づくことなのだろう。理性的な言葉を吐いているが、実は感情につき動かされていないか。我にかえる、と言っても良い。だがそれは、わたし達自身が働き詰めになっていては、できないことなのだ。

<関連エントリ>
「心の残業は、やめよう」 https://brevis.exblog.jp/32628554/ (2024-07-19)
「休み休み働こう」 https://brevis.exblog.jp/30802021/ (2024-02-11)



by Tomoichi_Sato | 2025-07-12 16:23 | 考えるヒント | Comments(1)
Commented by aki at 2025-07-18 19:00
この様なコメント大変失礼致します。日本も当事国となる台湾有事を前に反日メディアによる大衆誘導と、在日勢の本格的な日本侵略が始まっている事にどうか気付いて頂きたいです。

09年民主党政権、新卒内定率50%台、強制的な派遣切りを行い数十万の雇用を失わせ、外交でも同盟国の米国を軽視し、中韓に土下座外交を行うなどし日本の外交的地位を地に落としました。
又先日立民は厚生年金の流用法案(増税)をねじ込んだ現役世代の敵です。

メディアは国民を誤誘導しますが今の低失業率、高就職率(大卒の就職率98%)、企業は過去最高益連発で、株価は最高値近辺と、景気が良くないと三年連続賃上げも出来ません。(物価高は戦争と疫病のせい)

経済外交を再び強くした自公が負け不安定な政局になると景気が悪化し、国力が弱まると喜ぶのは敵国で、自分達に全部返って来ます。
参議院は6年です。現状だと割れた保守票で漁夫の利を得た立民だらけになってしまいます。
https://pachitou.com/
https://88moshi.hatenablog.com/
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