「クリティカル・パスなんて、実際は役に立ちませんから。」ある生産スケジューリングの専門家は、にこやかにそう断言した。この方は元々IT業界の出身で、その後は生産マネジメントやIoT・スマート製造の分野で活躍している人だ。ふうん、この人でさえ、そう思ってるのか。うすうす感じていたことだが、改めて世の認識を再確認した気持ちになった。 クリティカル・パスとは何か。今さら言うまでもないが、クリティカル・パスはプロジェクト・スケジュールにおける基本的概念で、プロジェクト全体の期間を決定する指標である。プロジェクトをアクティビティ・ネットワークで表現した際に、開始点から完了点までを結ぶ経路の内、最長のものをクリティカル・パスと呼ぶ。プロジェクトの全期間の長さは、クリティカル・パスに等しくなる。 もしもプロジェクトの納期を短くしたければ、クリティカル・パスを短縮する必要がある。クリティカル・パスに乗っていない他のアクティビティは、フロート=余裕日数を持っており、そこを短縮しても全体は短くならないからだ。 逆に、クリティカル・パス上のアクティビティが、どれか一つでも1日遅れたら、他のアクティビティをどんなに急いで短縮しても、プロジェクト全体は納期に1日遅れてしまう。だからプロジェクト・マネージャーは、どのアクティビティ(の系列)がクリティカル・パスになっているかをきちんと把握して、その進捗をモニターする必要がある。 この点が、じつはコストとスケジュールの世界の、最大の違いなのだ。コストの世界は、全部足し算だ。だから、プロジェクトを構成するアクティビティのどれか1つでも、1円でも削減できれば、プロジェクト全体が1円儲かる。ところがスケジュールは、そうではない。担当者が頑張って1日短縮しても、プロジェクト全体ではちっとも得をしない場合がある。どこが大事で、どこはそうでないか、くっきり二つに分かれるのがスケジュールの世界なのだ。
ちなみに、本エントリは「モダンPMへの誘い」というタイトルのシリーズだ。『モダンPM』とは何か。それは、現代的なプロジェクト・マネジメントの体系を示す用語である。プロジェクトという営為それ自体は、ピラミッドや万里の長城を作った古代から存在し、人間の歴史と同じくらい古い。それだけ、人間はプロジェクトをとりまとめるのに苦労してきた訳だ。 ただ、現代的なプロジェクト・マネジメントの考え方は、1950年代に米国で生まれた。最初にこれを考えたのは、化学企業デュポン社の技術者達であった。化学プラント建設プロジェクトの期間が長引くことに手を焼いていた彼らは、プロジェクト全体の長さを何とか正確に予測できないかと考えた。そして、プロジェクトを、それを構成する単位的な作業(アクティビティ)の連鎖で表現することを思いついた。 プロジェクトをアクティビティのネットワークで表した際に、具体的にどうやってクリティカル・パスを同定し、その長さを計算するのか。それについては、すでに何度か記事に書いている。たとえば「納期が延びる要因を指標化する - スケジュールのDRAGとはどんな尺度か」 などを参照されたい。 ともあれ、これは本当に画期的なことだった。それ以前の人類は皆、プロジェクトという営為を、大きな丸ごと全体として捉え、それをなとかマネージしようとしてきた訳だ。「困難な問題は分割せよ」はデカルトの格言という話だが、デュポンの技術者達は、プロジェクトを要素的なアクティビティから構成されるネットワークと捉え直した。 そしてその個別のアクティビティの性質(期間とか費用とか)から、全体プロジェクトの性質を導出できる、と思いついたのだ。まことにプロジェクト・マネジメントにとって、真のイノベーションの瞬間だったと言って良い。それくらい、クリティカル・パス法の誕生は画期的なのである。
だったらなぜ、「クリティカル・パス法は実際には使えない」などという、冒頭のような発言が出てくるのか。そして、それが大勢の人の暗黙の共感を呼ぶのか。 もっとも、より正確には、最初に引用した発言はたしか、「PERTなんて、実際は役に立ちませんから」というものだったと記憶する。PERTという用語で、クリティカル・パス法のことを指す——これはやや日本独特の用法だ。英語圏では、Critical Path Method、略してCPMと呼ぶのが普通だ。 ではPERTとは何か。これはProject Evaluation and Review Techniqueの略で、上記デュポン社のCPMとほぼ同時期にあたる50年代に、海軍でポラリスミサイル開発プロジェクトを手伝っていたコンサルティング企業・Booz Allen Hamilton社の人たちが開発した手法だ。 PERTもプロジェクトをアクティビティのネットワークと考える点では、CPMと共通である。ただしPERTの目的は、どちらかというとコスト予測にある。そして各アクティビティのコスト見積に3点見積法を導入し、プロジェクト全体のコストの振れ幅を推算する。 後にこの手法はCPM法と合体し、一緒にして『PERT/CPM』と呼ばれるようになった。ただ日本では、この手法の初期の紹介においてPERTと略することが多かったらしく、この呼び名がもっぱら通用するようになったらしい。
そうした脇道はさておき、なぜPERT/CPMなんて役に立たない、と思われるのか。クリティカル・パス自体は、数学的に証明された、明確なものだ。だからCPMが成り立たないというのは、「1+1が2にならない」と言うようなものではないか? とくにそれが、論理的であるはずのIT業界・ソフトウェア開発の分野から、なぜ発せられがちなのか?(ちなみに海外のプラント系プロジェクトでは、そういった発言は聞いたことがない) 答えは、三つほど考えられる。 まず、(1)プロジェクト全てがクリティカル・パスである、という状態。これはどんなときに起きるかというと、プロジェクトが一本線のアクティビティ系列から成り立っていて、並列作業が存在しない場合だ。図を見てほしい。このような一本線のプロジェクトでは、全てがクリティカル・パスになってしまうから、あえてCMPなどを持ち出す意味がない。 二番目は、(2)各アクティビティの期間に幅やブレがあり、その見積に信頼性がない場合。1+1=2といっても、その「1」が0.5かもしれず2かもしれないのでは、足し算などして、どういう意味があるのか、という事になる。 三番目は、(3)そもそもプロジェクトがもやもや・混沌としていて、それを単位作業としてのアクティビティに分解・落とし込みが難しい場合。要素さえ決まっていないのに、要素間の関係とか足し算とか出来る訳がない。 これらはそれぞれ、もっともな理由ではある。ただPERT/CPMを持ち出し、クリティカル・パスを同定するのは、そもそも何のためにやるのか。それは、「プロジェクトの着地点予測」のためなのである。プロジェクトとは、ゴールを目指した活動、終わるために頑張る仕事だ。そのゴール地点まで、あとどれくらいあるのか。いつ、到着できるのか。それを知ることは、プロジェクトの中で頑張っている人には、とても大事だ。 だとしたら、上記(1)~(3)が当てはまるケースでも、どう着地点を予測すべきかという問題になる。それを、次回考えてみよう。 ただし、(1)~(3)以外に、もっと共通した深層の問題、すなわち、(0)計画なんてそもそも嫌いだ、という共通感情が、多くの人々の心の底にあるように想える。こちらの解決は簡単ではない(だって意識化されておらず、しかも理屈ではなく感情の問題だから)。でも、それも避けて通れないのなら、どういう態度で臨むのがベターかについても、追々触れていきたいと思う。 <関連エントリ> 「納期が延びる要因を指標化する - スケジュールのDRAGとはどんな尺度か」 https://brevis.exblog.jp/20000432/ (2013-03-25)
by Tomoichi_Sato
| 2025-04-02 20:19
| B3 プロジェクト・スケジューリング
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