会議は、あっけなく終わった。「質問は?」議長がたずねたが、誰も声を上げない。それが最後の議題だったので散会となった。参加者は皆、三々五々部屋を出て行く。報告者のプロマネも、しばらくじっと黙ってうつむいていたが、自分のノートPCをたたんで静かに出て行った。ただ、わたしは呆然とした気持ちのまま、席を立つ気がしなかった。 この種類のプロジェクトが、この段階でこの状態にあるとは、まともじゃない。基本構想の仕事ならいざ知らず、すでに投資決定も下り、力仕事の段階に入っている。報告内容から見て、明らかに人も、予算も足りていない。当然、納期にも間に合うまい。ただ、プロマネ自身は、そうは言わなかった。顧客起因の重大な変更があって、進捗も遅れ気味だが、「何とか頑張ります」と言ったのだ。 会議の出席者の中には、経営層の人もいた。他のメンバーだって、昨日今日仕事を始めた人たちではあるまい。だったらなぜ、発言しないのか。「今すぐ、このプロジェクトを助けなけりゃダメだ。このまま放っておいたら大変なことになる」と。だが、誰もそうは言わなかった。実際に会議で決まったのは、問題プロジェクトなので、さらに定期報告やレビューの義務を課すことだった。 わたし自身は違う会社の人間で、たまたまオブザーバーとして後ろの席に座っていただけだから、当然、発言権はない。だが当事者の一員だったら、こう主張したくなったろう。「プロマネ一人の責任に任せて、レビューだゲートだ報告だ、などと言っている場合じゃないですよ」と。逆に自分がプロマネの立場だったら、どうするか。「こんな状態で一体、何をどうしろと言うんです!?」とでも叫ぶだろうか。
モダンPMの参考書や標準書を読むと、プロジェクトは複数のアクティビティから構成され(業界によっては「タスク」とも呼ぶ)、さらにプロジェクトの上位概念としてプログラムがある、と書いてある。つまりプログラム、プロジェクト、アクティビティ(タスク)の三階層がある、という訳だ。 また、かりにプロジェクトが単独で行われ、上位にプログラムがない場合にも、プロマネの上位に『プロジェクト・オーナー』という立場が存在する、と書いてある(これも業界によってはプロジェクト・スポンサーと呼んだりもするが)。このオーナー/スポンサーの役割とはすなわち、プロジェクトを公式化し、予算枠を与え、プロマネを任命することだ。これが、連関する複数のプロジェクトを束ねるプログラムの場合だと、その仕事はプログラム・マネージャーが行うことになる。 とはいえ受注型プロジェクトは、単独で行われることがほとんどだ(複数の連関するプロジェクトを気前よくバサッと渡して、全体を任せてくれる顧客なんていやしない)。だとしたら、受注したプロジェクトの数だけ、オーナーもいるはずだ。そしてオーナーは、フルタイムでプロジェクトを面倒見ている訳ではないが、それでも遂行状態を時折ウォッチして、問題が起きたらプロマネを助ける存在である、はずである(それが任命責任というものだ)。 だが現実には、そんな上等なプロジェクト・オーナーなんかいない。プログラム・マネージャーなんか、もっと不在だ。そもそも『プログラム・マネジメント』なんて概念、社内で知る人もいないし勉強する人もいない。勉強する場所もない。――それが受注ビジネスで食べている、大方の組織の現状ではないか?
そういう会社にも、PMO(Proejct Management Office)と呼ばれる組織はあったりする。PMOは何をする部門か? 一つの重要な役割は、プロジェクト・マネジメントに関する標準プロセスや仕組みを作り上げることだ。もう一つは、個別のプロジェクトで、「マネジメントを支援する」ことになっている。 支援というのは、しかし、微妙な概念だ。支援した人は、結果についても責任を持つのか? そうではあるまい。プロジェクトの最終責任は、やはりプロマネが負うことになっている(ところが多い)。PMOが横から手を出しても、何か重要なことを決断するのは、プロマネである。そうでなければ、今度はプロマネの側がやってられなくなる。自分とは違う考えの人が、横から勝手に判断を下したら、誰が結果に責任を持つのか? つまり、マネジメントという仕事の一番大切な部分は、「決断を下す」ことにあるのだ。状況は流動的、先行きは不確実、技術にもリスクがある。だが、何かを決めなければならない。決めるために、マネージャーがいる。いったん決めたら、それが良い結果を生むよう、周囲を動かしていかなければならない。「先を読む」「決断する」「人を動かす」――それがマネージャーの仕事だ。 もちろん、「進捗や品質やコストの状況を、正確に把握する」「報告する」も、マネジメントの仕事ではある(PMOは主にこちらを助ける)。それをしなくていい、とは言わない。だが状況把握は、より良い決断のために必要なのだし、報告はそれによって会社(チームの上位の組織)が助けてくれるからこそ、意味があるのだ。報告それ自体が目的なのではない。 実をいうと、わたし自身、PMO的な仕事を何年間もやっていた。だから、その難しさを少しは知っている。PMOはプロマネの部下ではない。その指揮命令の下で、手足として動く訳ではない。しかし、プロマネの上位にいる訳でもない。上位にいるのは(一応)オーナーだ。PMOにはプロマネへの指揮命令権限もない。 じゃあ何かというと、いわばスポーツのスコアラーなのだ。フィールドで観察し、記録する。そのデータ蓄積はとても重要だ。決断の参考にもなる。ただ、日本語ではモニタリングし記録する仕事も、『管理』と呼ぶ。わたしがプロジェクト・マネジメントを「プロジェクト管理」と呼ばないのは、この点を区別したいためだ。主体的に決断し、最後まで覚悟を決めて実行すること。それが責任あるマネジメントの姿で、上から目線の「管理」とはほど遠い。
日本のサラリーマン組織の中核問題(の一つ)は、上位マネジメントの機能不全を、現場リーダーが無理にカバーしている点にある。そう、わたしは考えている。 プロジェクトとは、スコープ・コスト・スケジュールの3つの制約条件に取り囲まれ、トリレンマの状態にある。これは製造業における生産マネジメントが、QCDのトリレンマ状態にあることとよく似ている。 トリレンマだから、どれか一つを変えようとすると、必ず他の二辺に影響が及ぶ。したがって、プロジェクト・マネージャーは、スコープ・コスト・スケジュールの3つについて、適切な手を打てるような権限が必要である。そもそもマネジメントの仕事とは、経営資源の適切な配分によって、組織のアウトカムの価値を最大化することである。もっと具体的に言えば、人員を動かし、必要ならば外部組織を動かすための金を使い、技術や設備など有形無形の資産を動員して、トリレンマを緩和することにある。 それなのに、少なからぬ組織では(とくにIT業界のSIer等では)、プロマネに予算の執行や発注の権限を、十分に与えない。トリレンマの内、コストはすでに片手を縛っている訳だ。スケジュールも、契約で最初に決まってしまう。そうなると、スコープの多少の出し入れと、チーム内の人員(再)配置だけで、なんとか成果物を出せと言っているのに等しい。 そのくせ、「プロマネは結果が全て」「成果主義人事」などと称して、利益だけで人を評定しようとする。そもそも権限のないところで、結果責任だけを評価する企業が多いのだ。 そして仕事が利益を生まず、うまくいかないと、「もっと管理すれば良い」と考える。プロマネの権限をセーブして、必要な決断を、他人が承認しないとできないようにする。プロジェクト・マネジメントをマネジメントするための、屋上屋の組織を作る。「管理」はするが、助けることはしない。マネージャーとは一国一城の主のはずだった。それを、中間管理職化してコントロールしようとする。つまり、(はっきり言って)稼げない現場のリーダーは馬鹿だ、と思っているのではないか。 「だったら一体、何をどうすればいいんですか!?」と言いたくなるところだが、プロマネだって組織人だ。そして(上が思っているほどは)馬鹿ではない。だから心の中で静かにPCを閉じて会議室を立ち去り、そんな報われない仕事を、会社を、そして業界を、優秀な人ほど見限っていくのである。 組織の形態(フォーメーション)をデザインすることが、経営やマネジメントの仕事だと思っている上級職の人は、ずいぶん多い。だが組織の形態と、評価システムのデザインはワンセットである。プロジェクトには、プロマネが自分でなんとか采配できる範囲と、自分の意思や権限が及びにくい外部環境・内部環境の変動がある。責任も評価も、その権限範囲に対応していなければならない。 そして長年、プロジェクト・ビジネスを見てきた自分だから言うのだが、とくに大きなプロジェクトは必ず外部環境の影響を受ける。期間が長いからだ。その全てを、プロマネの能力のせいにしてはいけない。もう一度言うが、「プロマネは結果が全て」などというのは虚妄である。 〈関連エントリ〉 「プロジェクトのオーナーシップとは何か」 https://brevis.exblog.jp/27925736/ (2019-01-17)
by Tomoichi_Sato
| 2025-03-18 10:04
| B6 プログラム・PMO・ガバナンス
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