「言葉を大切にする」——これは、ロジックに関わる仕事をする人間にとって、とても大切な思考習慣だ。言語は(特に名詞や動詞などは)、その背後に『概念』を抱えている。何かを言葉で伝えるとは、その背後にある概念を指し示すポインターを、相手に渡すようなものだ。 このポインターがずれてしまうと、誤解の元となり、仕事がうまくいかなくなるばかりか、感情的な摩擦の原因になったりもする。ガンバリズムの「目標」に過ぎないものを「計画」と呼んだり、 支配欲求丸出しの号令を「リーダーシップ」などと称したりするところから、わたし達の混乱ははじまっていく。 もっとも、差し示される対象の「概念」のほうも、明確な領域や境界線があるとは限らない。しばしば、個物(インスタンス)の雲のような集合があって、そこから帰納的に概念を導いたりする。雲のような集合だから、人によって思い描く範囲が異なる。そこで時には話し合いによって、ここからここまでを、この概念の範囲に取り決めようと、「定義」が定められたりもする。ただし法律用語でもない限り、そうした定義は、部署や企業や業界団体の中で、 慣例として用いられるだけで、同じ言葉が業種を超えると、しばしば別の意味を持ったりする。 BOP(Bill of Process)という用語は、拙著「BOM/部品表入門」 には出てこない。この本を書いていたとき(2004年)には、まだほとんど使われていない言葉だったからだ。BOPは日本語では、「工程表」ないし「製造工程表」と訳される(というか、正確に言うと、これらの言葉はずっと昔からあったわけで、日本語ではこれらに対応する、と言うべきだろう)。 つまりBill of Processは、 近年になって普及してきた比較的新しい用語なのである。実際たとえば、大手PLM/MESベンダーであるダッソーシステムズ社は、つい最近までこの言葉を使わず、別の用語を当てていた。ようやく昨年頃から、Bill of Process の言葉も使われるようになった、と聞いたことがある。
BOPは、BOM(部品表)に関連した、いわばセットになる概念である。もっと具体的に言うと、設計部品表「E-BOM」= Engineering Bill of Materialを、製造部品表「M-BOM」= Manufacturing Bill of Material に展開・変換する際に必要となる、製造プロセス情報の集合を示す。プロセスの列挙表だから、Bill of Processと呼ぶ(レストランの勘定書きを英国でBillと呼ぶように、英語のbillには所有物や債務などを列挙した表の意味がある)。 ところで、ここから先がいささかややこしい。それは、この表が、 具体的な個別の製造作業を指すのか、それとも概念的な製造作業のリストを指すのか、という点に混乱があるためである。別の言い方をすると、この表はマスタ・データなのか、トランザクション・テーブルなのか、と言う問題だ。あるいは、クラスを示すのか、インスタンスなのか、と表現してもいい。 実はこの混乱は、BOM=部品表にもある。BOMとは、 製品を作るのに必要な部品の構成表である。ところで製造業では、部品の一時的な変更や代替がしばしば発生する。特に変化スピードの早いハイテク産業や電子機器業界では、 部品の世代交代が激しく、古い部品の在庫を使い切ったら、新しい部品に切り替える、といった事態が平気で起こる。 このような時に、BOMをどのタイミングで更新したら良いだろうか? 製品はこれこれの部品で作るべきであると言う「べき論」と、実際の製造指図はここにある部品で作るしかないと言う「現実論」に、ギャップが生じる。この「べき論」の方はマスタ・データに規定し、「現実論」の方は、 個別の指図に添付したBOMと言うトランザクション・データとして記録するのが良い。だからBOMには、マスタの他に、指示の履歴と実行の履歴の、合計3種類のテーブルが必要なのだ。この事は拙著「BOM/部品表入門」でも最初のほうに説明した。 同じ区別が、Bill of Processでも必要なのである。その製品はこういう製造プロセスで、こうした作業時間の下で作る「べき」という情報と、この製品ロットはこれこれの製造プロセスで、この着手と完了期限で作ってくれという「現実」は、マスタとトランザクションで区別しなければならない。
もう一つややこしいことがある。それは「工程」という言葉だ。皆さんの職場で工程表と言ったら、何を指すだろうか。わたしの職場では、工程表と言うとデフォルトで、スケジュールを示したガントチャートのことになる。もちろんそうではない会社だって多いだろう。 製造業では、工程とはある種の製造プロセスをさすのが普通だが、その粒度はかなりまちまちだ。しかも、「工程」が実は工場内のエリアや作業区で区分されたり、組織の班で分担されたりもする。「工程」は、極めて多義的な言葉なのである。だから「BOP」の語を、頭の中で「工程表」に翻訳して理解しようとする人たちは、この言葉に伴う混乱を、逆に持ち込むことになる。 製造プロセスの粒度、すなわちどこからどこまでをひとまとまりとして扱うのか、については古くから議論があった。アメリカで1960年代にMRPが成立するが、1つの課題は製造負荷と工程能力の調整にあった。MRPは納期から逆算して工程別に製造オーダーを計算する。 機械的に計算すると(機械だから機械的に計算するのだが)、 工程の能力で処理しきれないほど、製造オーダーが集中してしまうことが起きる。 だったら、工程の能力上限をマスタ・データにして、チェックをかければ良いではないか。ところが、これを適用しようとすると、厄介な問題に突き当たる。1つの工程とされている製造プロセスの中をよく見ると、複数の異なる機械や人員や金型といった「製造資源」を必要とする、別々の単位的な作業が並んでいたりするのである。 そこで80年代以降の「MRP II」では、複数作業が並んだセットとしての「Routing」概念が登場する。そして部品の親子関係をつなぐ製造プロセスとは、工程ではなくRoutingだ、 ということになった。ところで、英語のRoutingはふつう「工順」と訳されるが、この日本語は、「一連の作業工程のセット」という意味で使われる場合と、「作業の順番」(つまり番号)を意味する場合がある。MRP IIでいっているのは、セット=集合の方である。
ということで、ここまででもう充分、読者の頭は混乱したと思うから(笑)、ここで再整理しよう。 BOP = Bill of Processの用語は、3種類に分けることができる。 第1の用法:工順を表す
![]() はじめにも書いたとおり、言葉は大切だ。ただ、わたし達の社会では、言葉は雰囲気作りの道具としても使われる。「DX」しかり、「スマート製造」しかり。「グローバル戦略」なんて、もっとそうだ。ポジティブな雰囲気を作り出し、ムードに酔うことも、ときには必要だろう。だがロジックに関わる仕事をしたいのなら、概念について、きちんとクールに付き合うべきだろう。 <関連エントリ> 「製造作業を自動化するために必要なデータとは」 https://brevis.exblog.jp/33521355/ (2025-02-15) 「BOM(部品表)は世代交代とともに精緻化している」 https://brevis.exblog.jp/32588574/ (2024-07-04) 「部品表と工程表」 https://brevis.exblog.jp/25634844/ (2017-03-22)
by Tomoichi_Sato
| 2025-03-09 21:50
| サプライチェーン
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