という訳で(笑)、料理本2冊の書評です。
「オールド台湾食卓記」洪愛珠・著 (Amazon) なんて幸せな本だろう! この本を読むと、台湾人がどれほど食べることと生きることに情熱を傾け、そして楽しんでいるかが分かる。そしてまた台湾に行きたくなる。 本書の原題は『老派少女購物路線』。老派少女という語がどういうニュアンスを運ぶのかはよく分からないが、著者は1983年生まれのデザイナーで、原著出版当時は38歳だった。訳者によると、古臭いという意味の「老派」の語を一種ポジティブに使うようになったのは、この10年ちょっとの事らしい。著者自身の装幀を再現した日本語版の表紙にも、古くからある桃饅頭が赤い表紙の真ん中に鎮座して、レトロだが親密な感じを醸し出している。 「祖母、母、私の行きつけの店」と副題のついたこの本は、著者の記憶の中にあるちょっとだけ前の世代の台湾の暮らしが、その雰囲気や匂いと共に行間から立ち上がってくる。著者は台北郊外の五股(ウーダー)、蘆洲(ルージョウ)地域に生まれ育つ。そして育った家の台所と、亡くなった母の大事にしていた台所道具の話から始まる。これがいい。土鍋、フライパン、玉杓子。嫁入り道具だという中国包丁とまな板。これらは著者による写真がついている。そして京都の錦市場でわざわざ買ったという毛抜き(魯肉を煮るとき、皮付き黒豚から毛を抜くのに使うのだ)。 蘆洲は切仔麺発祥の地らしいが、とくに観光名所でもなく普通の町だという。でも幼少の頃は祖母が切り盛りする大家族の台所を見て、育つ。そして近くの永楽市場での買い物について回る。第2部は、麺と、粥と、ちまきなど米食の話だ。もちろん多数のバリエーションがある。この人は福建系で潮州の家系に属するらしく、塩気の強いおかずと一緒に粥を食べる(雑鹹というらしい)。 第3部はメインのおかずの話。魯肉(ルーロー)は台湾の代表的家庭料理だが、一族の中で魯肉を煮るのは自分一人になってしまった、と著者は書く。こうしたところに、豊かになった台湾社会の少子化と、とても手間のかかる台湾料理とのギャップが透けて見える。 そして著者の家族に、日本から作家の乃南アサさんがたずねてくるので、歓迎するための宴席の準備が細かく描かれる。ああ、なんて美味しそうなんだろう! そしてまさに、手間の極致である。ちなみに本書には数え切れないほど沢山の料理の名前が、複雑な漢字で独特の読みガナつきで紹介されるが、訳者が都度、かっこ書きで簡潔適切な説明を入れてくれるので、とても助かる。 第4部は香港や留学先のイギリスを含めた、お茶とお茶菓子の記憶。そして第5部は東南アジアの旅行先で出会う潮州料理の話。どのページを読んでも、ため息が出そうなくらい、美味しそうな食べ物に満ちていて、そして食べることに愛情を注ぎながら、溺れずに一歩引いて自分を見つめる著者の姿がある。 本書は全編の底に、病気で早世した母君への、著者の哀悼の気持ちが強く流れている。その、いわばノスタルジアに近い感覚が、『老派少女』の回想を色づけているのだろう。日本統治下で生まれた祖母も、国民党統治下を生きた母も、苦難の時代を女性という不利な立場で忍耐しながら、家族愛を持って生き続けた。その二人から、そして親族や父祖達から受け継いだ「思い」こそが、複雑な現代台湾の人生の味を生み出しているのだ。
「何が『いただく」ぢゃ!」姫野カオルコ・著 (Amazon) 姫野カオルコは直木賞作家で、ひいきにしている小説家である。代表作『リアル・シンデレラ』 や『昭和の犬』、話題作『彼女は頭が悪いから』など、ゆがんだ現代日本において、普通の人びとがいかにまっすぐ生きていくかを、あまり鋭角になりすぎず情緒的にもなりすぎぬ筆致で描き出す。日本には数少ないモラリストの作家だと思う。 同時にこの人は若い頃から、ウィットあふれるコラムニストとしても確かな腕前をもっていて、『みんな、どうして結婚してゆくのだろう』 とか『すべての女は痩せすぎである』とか、ときにシャープな喩えで、またときに抱腹絶倒な形容詞で、世にあふれる陳腐を笑い飛ばし、読者の頭の中の澱みをクリアしてくれる。 その著者が、男性向けの食と料理の雑誌「Danchu」に連載したコラムを、まとめたのが本書である。でも、もちろん高級料理店やら貴重食材などにウンチクを傾ける話には、ならない。冒頭の話題は「ふきのとう」である。ちょうど今頃のシーズン、出回りはじめる早春の山菜ですな。ごく普通の、どちらかと言えば地味な食材。 ただ、ふきのとうのほろ苦い美味しさを味わうのは、子どもには無理だ。だから著者は、地方自治体は『ふきのとう条例』を出すとよい、という。「成人式の会場の受付で、ふきのとうの料理を出して、 おいしく味わって食 べられた者だけを、中に入れることにする。『大人になりましたね、おめでとう』と」(P.8)。最初からヒメノ節炸裂である。 でも、それだけではない。天ぷらか味噌和えくらいしか普通は思いつかないふきのとうの、新しいレシピを著者は提案する。豚の赤身の挽肉を、ごま油で炒めて甘辛に味付け、それに、軽く蒸し上げたふきのとうをそえて、一緒に食べる。そしてよく冷えたビールを飲む。読んでいるだけで、口の中に苦みと香りのハーモニーが感じられるではないか。 ちなみに上の例でも分かるとおり、この人は料理を考える際に、お酒といっしょに食べておいしいように、まず考える。お酒に弱い人を「下戸(げこ)」というが、著者はその逆の「上戸 (じょうご)」である。下戸は、ごはんと食べて美味しいように考える、という(P.30)。たしかに料理屋にはいると、そこの主人がどちらに属するかは、よく注意すると分かるような気がする。 そのためだろう。ある意味、本書で最も有用な提案は、実はレシピではなく、日本酒のクラス分類に使う「大吟醸」「特別本醸造」といったネーミング用語に関する部分かもしれない。酒税法の税金は同じだが、作り方を区別するための「特定名称酒」。これについて、違いは二点だ、と著者は言う。
そして、女性モデルに喩えた用語を代わりに提案する。
そうすると、純米大吟醸は「ソロ・スキニー」だし、特別本醸造は「デュエット・プラス」である(「特別」=「プラス」)。うーん。確かに、この方がずっと分かりやすい。 それに、米を削る方が必ず美味しい、醸造アルコールを加えない方が美味しい、とは必ずしも言えない。それは作り方の、あるいは味のデザインのポリシーだからである。ぜひ、世の中の酒店もこう表記してくれないかな。 この例で分かるように、この著者は(作家だから当然かもしれないが)言葉や文法についても潔癖である。だから謙譲語であるべき「いただく」を、世のメディアが誤用している状況を許せないのだろう。書名の「何が『いただく」ぢゃ!」は、そうしたおかしな言葉が、そしておかしな判断や通念がまかり通る世の中で、モラリストの女性作家がブレない不動点を示す、見事な象徴なのである。 <関連エントリ> 「書評:2011年に読んだ本 ベスト3」(「リアル・シンデレラ」を含む) https://brevis.exblog.jp/17166005/ (2012-01-04) 「書評:『昭和の犬』 姫野カオルコ・著」 https://brevis.exblog.jp/21911187/ (2014-04-22) 「書評:『彼女は頭が悪いから』 姫野カオルコ・著」 https://brevis.exblog.jp/28752713/ (2019-12-17)
by Tomoichi_Sato
| 2025-03-03 19:46
| G 書評
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