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書評:「感情を知る〜感情学入門」福田正治・著



前回の記事でも書いたことだが、「知的な人間はフェイクニュースや陰謀論に騙されない」といった意見を、わたしはあまり信じない。と言うのも、人を騙そうとする言説は、受け手の理性よりも、むしろ隠された感情の回路に、訴えかけるようにできているからだ。

わたし達は自分の感情の状態や、その無意識な反応の癖について、よく自覚していないことが多い。仕事においては、それが知的職業と言われるものである限り、理性に基づいて進めるべきものだと信じられている。「感情的になるなよ」といったアドバイスも、よく見かける。 家庭や趣味の世界ならいざ知らず、職場では感情を強く表出したり、感情のままに流されてはいけない、と考えられている。

かくして、わたし達は自分の感情を自分自身から遠ざけ、それをある意味、疎外しながら生きている。「自分は知的だ」と信じる人たちも案外、自分の感情面には無頓着である。だから、他人を動かしたい、説得したい、さらに他人を騙したいと思う人間は、他者の隠された底流の感情に訴える。 そのようにして、他人から操作されるのを避けたければ、自分自身の感情を知り、そのあり方や仕組みを理解しなければならない。

ところが不思議なことに、この『感情』という代物に真正面から取り組もうとすると、案外頼りになる道標がないのだ。感情については、心理学を始め、精神医学・脳科学・社会学・哲学など、 様々な学問が関わっている。その上、 小説・演劇・映画・音楽などなどの文化やアミューズメントが、題材にし舞台にしている。

にもかかわらず、じゃあ感情とは基本的に何種類あるのか、どのような相互関係や構造になっているのか、どんな生成プロセスや動力学に従っているのか、改めて問うてみると、答えはなかなか見つけにくい。不思議なことである。 感情は人類の歴史とともにあり、いや、それどころか進化論的には動物にだってあって、 行動に大きく影響しているのだが、あまり明確に分析した論述を知らない。

そのような中で、本書は感情を真正面から取り上げ、「進化論的感情階層仮説」を提出し、感情の問題を総合的に解明しようという、希有な書物である。 著書の福田正治氏は、神経生理学と行動科学の専門家で、富山大学医学薬学部の教授である(2003年出版当時)。

本書は、まず感情の分類から始まる。 西洋哲学における分類として、ギリシャ哲学・スコラ哲学・デカルト・スピノザなどに触れ、ついで中国・仏教思想の見方を紹介する。 喜怒哀楽という言葉は、儒教の「礼記」の言葉だそうだ。 仏教には感情を表す言葉は無いが、しかし苦しみの感情の原因は欲望である、という構造論を持っている。

さらに著者は心理学、動物行動学、臨床精神医学などをレビューするが、現時点では感情分類の決定打は存在していないようだ。

そこで著者は、動物を基準に「基本情動」が存在すると考え、進化論を手がかりにその階層構造をモデル化する。 マクリーンは原始爬虫類脳・旧哺乳類脳・新哺乳類脳からなる「脳の三位一体説」を唱えた。このうち、人間のみが発達した大脳新皮質を持つ。そして著者は、動物にもあるレベルの働きを『情動』、人間のみのレベルにある複雑な働きを『感情』と呼んで区別する。

図を見てほしい。一番下にある、原始情動は「快・不快」である。そして中間にある基本情動は、「喜び・愛情・怒り・恐れ・嫌悪」だとする(これらは脳の中で異なる神経回路に基礎を持つ)。そして最上層部にあるのは、人間の複雑で多様な感情である。なお、「驚き・注意・興味」は、脳の中でかなり異なった進化の系列をたどるため、図の左側に分けて描かれている。

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さらに著者は感情と欲望(心理学では欲求)との関係を論じて、「欲望自体は感情を伴わない。欲望が感情を引き起こす原因になっても結果ではない」(p.29)とする。つまり、感情の下部構造として欲望があると考える訳で、わたしも同意見である(わたしはこの見方を、セドナ・メソッド で初めて知った)。

本書はその上で、感情の発生と発達、特に赤ん坊から成長する途上における感情の分化を調べ、また進化論(特に進化ゲーム理論)による、感情の意味付けの紹介へと進む。 第3章は、脳科学に依拠した感情の動力学的なメカニズムの研究を紹介する。また、情動・感情と身体の相互作用についても触れる。

そして心理療法などによる感情のコントロール方法、さらに共感の発生・進化、特に「心の理論」などに触れてまとめとなる。著者は、結びのセクションで、今後の研究領域として、ロボットの感情、についても触れている。本書の出版は2003年で、その時点ではまだAIブームは到来していなかったが、今ならばむしろ「AIの感情」と書くだろう。そして実際、その後の著書「人工感情」 (2018)で再び、この問題を論じている。

本書は医学部教授の著作だが、専門書と一般書の中間を行く、きわめてユニークな本だ。そうなった理由は結局、脳科学や神経生理学から、哲学・宗教まで、かなり幅広く知見を紹介しているためだが、それほど、この『感情』の問題は、まだ研究の枠組みが確定していない、ある意味では未開の沃野にも似た領域なのである。

そうした訳で、非常に総合的に感情の問題に取り組んだ本書だが、読み終えて一点だけ疑問が残った。それは「美」についてである。わたし達は、自然の景色や人の作った作品に接して、美を感じる。これは感情なのだろうか。感覚器を通じて得られる知覚的体験であることは間違いない。だが、美を感情とするのは、何か落ち着かない。ただ、快・不快には結びついている。食物を味わうときだって、「美味しい」と書くように、そこには美の要素と、快の感覚がある。美と感情の関係はまだ、本書ではカバーし切れていない。

感情は我々の生活の中心をなす。それなのに、まだ十分、対象化され研究されていない。まことに不思議である。本書はその不思議な対象にアプローチする、コンパクトだが中身の濃い、真摯な探求の道しるべである。感情を知りたい、全ての人にお勧めできる。


<関連エントリ>
「情報の裏目読みをする人のために」 https://brevis.exblog.jp/33503277/ (2025/2/1)



by Tomoichi_Sato | 2025-02-07 12:04 | 書評 | Comments(1)
Commented by seisyo001 at 2025-02-07 21:09
ルカによる福音書 21章
21:10そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。
21:11そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、
恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。

ブランドン・ビッグス牧師の新しい疫病が来る預言と
世界恐慌が来る預言。              
 
ヨハネの手紙一 4章                   
4:8愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。

ライフラインは枯渇し、壊滅する。
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