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ワンランク上のマネジメントの姿は、一緒に体験してみないと分からない

  • プディングの味とは

「プディングの味は、食べてみないとわからない」という西洋のことわざがある。物事の中には、実際に自分で体験してみないと、わからないことがある。言葉での説明が難しい、言語の伝達だけでは尽くせない何かがある、という意味のことを言っている。大抵の物事は、言語できちんと記述・伝達可能だ、と信じる西洋文化だからこそ生きる、逆説的なことわざである。

マネジメントもそういうものだと、わたしは思う。マネジメントにはいろいろな流儀やスタイルがあるし、あって良いが、明らかに上手・下手がある。自分が属する部門であれ、たまたま自分がアサインされるプロジェクトであれ、あるいは会社全体の経営であれ、マネジメントにはレベルの上下がある。できれば上手なマネジメントの下で働きたいし、自分がマネージする立場の時は、うまくやりたい。

だが実は、マネジメントが本当に上手かヘタかは、事後的にしかわからないのだ。事前にマネージャーの経歴や資格や人材スペックをいくら見たって、それで安心して評価できるだろうか? あなたが仮に、誰か外部の業者にプロジェクトを発注するとして、提案書に書かれている経歴や手順で、自信を持ってその企業のマネジメント・レベルが判断できるか? 言葉では、何でも書けるではないか。だがマネジメント能力は言葉だけでは判別できず、プディングの味は食べてみないと分からないのである。


  • ある事例から

わたしの働くエンジニアリング業界では、大型プロジェクトに取り組む際に、しばしば複数の企業(ライバル同士)が「ジョイントベンチャー」(JV)を組成する。つまり一緒に仕事をするのである。1社だけではリソースが足りないとき、あるいは1社で受けるにはリスクが大きすぎるとき、そうする。初めとの相手と組むことだって、当然ある訳だ・・

「どうだった?」
「いやー、ビックリしました。あの会社、『コレスポンデンス・コントロール』の概念が無いんですわ」
「な、なんだそれ。」
——海外のJV相手からの出張から帰ってきた人間が、週次ミーティングでこう報告してきた。JV相手側で調達業務がトラブっているため、調べに行ったのだ。

コレスポンデンス(略称コレポン)というのは、会社間の公式なやりとりの事である。コレポンには普通、通しのNO.が発番されており、かつ発信者と受信者の略号が付記される。そして、プロジェクトでコレポンの全リストを保持・共有する。

これにより、「貴方が何月何日に誰それに打った、No. XX番のコレスポンデンスによれば、当該系統の電源条件は○○だが・・」という風に、明確にリファー可能な形で伝達し合うのである。リクエストやオーダーの発信・受信確認や、アクションのオープン・クローズなどにも用いる。

コレスポンデンス・コントロールは、「言った・言わない」の無用なトラブルを防ぎ、かつ、だらだらと長いチェーンメールの下の方を参照するような、分かりにくいやり方を避けることができる。つまり、コミュニケーションのトレーサビリティを上げる方法である。

多くの場合、コレポンはメーリングリスト的な仕組みを媒介して伝送しあうが、Webサイトの書き込みや添付ファイルの場合もある。一昔前だったらFAXだったろうし、TELEXや紙のレターの時代から、こうしたやり方をとっている企業はあった。ところがこの現地のJV相手は、担当者間のメールだけで発注先と連絡を取り合っているという。

「発注先ベンダーが5社や10社なら、それでもいいよ。しかし数十社を超えたら、メールだけだと誰に何をいつ言ったのか、トラッキングできなくなるじゃないか?」
「そうなんですよ。小規模なプロジェクトしか、経験したことが無いんでしょうね」
「それじゃ他のマネジメント業務のクオリティも、推して知るべし、だな。プログレスの把握とリソースの掌握も、よほど注意して見ていく方が良いぞ・・」


  • より大きなスケールの仕事は、ワンランク上のマネジメントを必要とする

コレスポンデンス・コントロールは、プロジェクト・マネジメントのほんの一部の領域でしかない。だが、一事が万事、である。マネジメントの分野では、一部を切り取ってダメだったら、他が格段に素晴らしいことは期待しがたい。

そして念のために言うと、上記のJVパートナー企業の設計能力がダメだという事ではない。技術的には、必要なレベルには達している(だから組んだのだ)。だがマネジメントの仕組みが足りないために、内部での情報のやりとりがグズグズになることを心配しているのである。どんなに個人個人のエンジニアが優秀でも、インプットの情報伝達が怪しければ、良い結果は出せない。

マネジメントとは舵取りであり、情報処理の仕事である(交渉と説得なども「情報」と広くとらえれば)。そして情報には、一種の『質量転化の法則』が働く。処理すべき量が増えると、質(処理の仕方)の変化を促すのである。外注先のマネジメントだって、数社相手なら担当者の記憶だけでまかなえても、数百社ならリストの共有と番号によるコントロールが必要になる。数人のチームなら、顔と名前と能力は覚えていられる。だが百人単位の組織では、職務記述と能力表が必要になる。一事が万事、なのだ。

だから、ビジネスの規模が大きくなったら、異なるマネジメントの仕組みとレベルが要求される。会社が成長するためには、ワンランク上のマネジメントがいる。記憶と主観と定性的な判断から、数値的で客観的な把握とルールベースの判断基準が望まれる。判断が属人的でなく、メトリクスと原則に基づくものになる。

こうした高度なマネジメントでは、様々な手法やテクニックが組み合わさった「方式」「システム」になっている。もちろんマネジメントにはサイエンスとアートの要素があり、マネージャーの資質やスキルに依存する部分も必ず残るが、それを余計な判断に浪費しないですむようになる。

とはいえ、こうした「マネジメントの質的な違い」は、なかなか体験してみないと分からない。企業が外部に提出する、製品・サービスとか情報(設計図等)を個別に見ても、固有技術レベルの差は見えるだろうが、企業内部のマネジメントの良し悪しは、見えにくい。

マネジメントの良し悪しは、利益すなわち財務諸表に出るはずだ、って? そうだろうか。マネジメントは判断プロセスに関わるものだ。決算は結果でしかない。それに企業業績は、とりまく市場環境に大きく左右される。好景気で市場全体が成長していたら、平凡なマネジメントでも会社はどんどん利益を拡大できる。企業内の大半の仕事はオペレーションで、マネジメント業務はごく一部である。もし現場にオペレーションを全部任せて、同じ製品を繰返し量産しても利益が出るなら、マネジメントなどお飾りでいい。

逆に言うと、マネジメントの上手下手は、逆境の時にこそ分かるのだ。なぜなら、マネジメントとは「適応能力」「問題防止能力」のためにあるからだ。

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  • どうしたら体得できるのか

つまり、マネジメントというのは、金銭的価値だけでは評価しにくいのである。じつは、上手なマネジメントのありがたみは、「感情的価値」=安定感・信頼感にあるからだ。従業員にとってのワクワク感、顧客にとっての信頼感、投資家にとっての安心感。これらはすべて、金銭では測りにくい、主観的な価値である。

だから、わたしはよく、カーナビの例えを使う。カーナビがなかった昔と今は、何が違うか。それは安心感、ないし見通しの良さだ。カーナビをつけたって、運転それ自体がうまくなるわけではない。アクセルを踏みハンドルを切るのはドライバー自身だ。だが、現在位置を正確に表示し、目的地までのルートを提示し、到着時刻や速度などを予測してくれる。だから、ドライバーの判断の質が向上する。ここに、ナビの価値がある。

では、外から見て分かりにくい上質なマネジメントを、どうしたら知ることができるのか。考えられる方策は、三つある。

一番良いのは、ワンランク上の企業に出向して、その中で体験することだ。できれば2年程度は必要だろう。なぜならマネジメントの価値は「いざという時」こそ分かるからで、優れた企業ではそんなに緊急事態は発生しない。

ただし、この方法の問題点は、他社で体験した個人が元の組織に戻ったときに、それをうまく伝えてポート(移植)できるかどうかにある。日本の慣例として、出向に出せるのは実務層まで。部門長レベルを出向で勉強に出すことはめったにあるまい。でも知って変革をドライブすべきなのは、この層なのだ。

二番目に良い方法は、ワンランク上の企業と、一蓮托生のジョイントベンチャーをすることだ。こうすると実務層からミドル層、そしてエグゼクティブ層まで、否が応でも相手と接して、そのやり方の違いを実感することになる。JV以外でも、協力の仕方はいろいろあるが、JVは共通の財布で利害も共通する点が特徴だ。一緒に仕事し一緒に判断するためには、情報もやり方もある程度開示しなければならないからだ。

たとえて言えば、これは運転の上手な人の助手席に座らせてもらうようなものだ。どこが優れているか、どう安心か、体感できる。とはいえ、JV方式が一般的な業界ばかりではない点が、このやり方の限界かもしれない。

そして三番目の手段は、ワンランク上の企業に、マネジメント実務の一部を支援してもらうことだ。たとえば大規模プロジェクトを進める差異に、PMO的な業務を外部専門家に委託する方法である(これをプロジェクト・マネジメント・コンサルタント=PMCと呼ぶ)。エンジ業界や建設業界では、PMCを専門とする企業も海外には多く存在する。いってみれば、運転上手な人に助手席に座ってもらい、自分が運転するやり方だ。

ただしこれは、経営コンサルを雇え、という意味ではない。経営コンサルは経営層にアドバイスをするだけで、自分で手は動かしてくれない。PMCは面倒なPM実務(とくに情報収集や分析まで)やってくれる。助手席で地図をめくったり、いろいろ情報収集してナビゲーションしてくれると思えば良い。とはいえ、ハンドルを切るのは自分だ。つまり、大事な決断は自分で行わなければならない。それでも学びはそれなりに大きいはずだ。

マネジメントという仕事は、言葉で伝えにくく、外から見ても分かりにくい。その価値はお金で測りにくく、だからお金で買ってくることも難しい。体験してみるしかないのだ。どのようにして体験のチャンスを広げるかを考えることが、わたし達の能力をワンランクアップするには、ぜひ必要なのである。


<関連エントリ>
「問題はミッドスケールのシステムで生じる」 https://brevis.exblog.jp/17083095/ (2011-12-18)


by Tomoichi_Sato | 2025-01-08 14:10 | ビジネス | Comments(0)
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