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ディスクリート・ケミカル工場を設計する

工場とはシステムである。このところ何度も、そう書いてきた(「工場の性能とは何か」・「製品という名のシステム、工場という名のシステム」「製造は代替可能か」など参照)。

システムというものの基本的な性質は、部分品を集めても、そのままでは全体にならないことである。全体として、ある目的に合致するような機能を持つように、部分品をつなげて構成する。こうしてようやくシステムというものができあがる。いいかえれば、明確な目的や機能を意図しないところにはシステムは成り立たない。

工場というシステムの機能とは、性能と言いかえてもいい。機能とはそもそも、マテリアルとエネルギーをインプットして、あるリソースを媒介として、別の形態のマテリアルやエネルギーに変換(変化)させることである。・・などと抽象的な言葉を連ねても、意味がピンとこないかもしれない。例をとろう。

液化天然ガスLNGの製造工場は、井戸元から送られてきた原料ガスをインプットとし、また冷熱源(海水か空気)のエネルギーを利用して、超低温・高圧のLNGをアウトプットする。同時に、温められた海水・空気、分離されたコンデンセート、副産物(廃棄物)としての硫黄や炭酸ガスなどを生成する。リソースとは、熱交換器やコンプレッサーやガスタービンなどのプラントを構成する装置、そして働く人々だ。

LNGは単一製品大量生産の工場である。マテリアルは入出ともすべて流体だ。生産量は定常的であり、いかに安定に生産するかが運転の課題になる。工場システムは静特性(処理量)が目的尺度になる。そして、化学工学の対象は従来、こうした連続生産が主体で、せいぜい時間的要素としてはバッチ操作やタンク繰り問題があった程度だった。ここには、スケジューリングや物流(在庫)管理の悩みはほとんど無い。

ところが、前回述べたディスクリート・ケミカル製品を作る工場ではがらりと変わる。まず、工場は基本的に多品種のプロダクト・ミックスになる。こうした工場の性能(生産量)とは、どういった尺度で測るべきか? この基本的な問いに、化学工学は答えるすべを知らない。

ディスクリート・ケミカル工場は、インプットとしては液体・気体・粉体など流体が中心だが、製品はシート、ロール、ペレット、小さなピースなど、固体で軟性のものが多い。工程の途中までは、化学工学お得意のタンクと配管とポンプでの輸送だが、下流工程ではロールやバケットやパレットなど、固体のマテリアル・ハンドリングになる。だからAGV・台車・コンベヤ・クレーンなどの機械が必須だ。保管はタンクのかわりに、立体自動倉庫やDPSなどになる。ピッキングだのアソーティングだのといった処理も必要になる。

こうした工場の設計では、保管に必要な空間容積・倉庫サイズ、搬送に必要な手段と台数、などを決めなければならない。生産量が小さいうちは手で運んでもいいが、量が増加したり品種が増大したら、物流工程の方がしばしば製造工程よりもボトルネックになる。だが、こうしたプロダクト・ミックスのある工場の設計論は、あまり教科書らしいものが見あたらない。不思議なことである。

化学工場では、エネルギーの7割以上は、反応ではなく分離精製や輸送保管に使われる、と言われている。私の見たところ、ディスクリート・ケミカル工場もまた、設備スペースの7割以上はマテリアル・ハンドリングのために使われるように思う。

こうした固体中心の工場の設計はどう決めるべきかというと、基本は離散系のダイナミック・シュミレーションに頼ることになる。ところで、ここで問題になるのは、多品種のプロダクト・ミックスの取り扱い方だ。中心の製造工程は、切替型連続生産タイプになることが多い。品種切替は段取り替え時間を要するため、スケジューリングが必要になる。通常のシミュレータでは、このスケジューリングによる動的な順序組み替えが扱えない。

そこで、私の所では、APS(生産スケジューラ)とダイナミック・シミュレータを組み合わせて使っている。こうしないと、本当の意味での最適設計にはならない。だが、正直なところ、化学メーカーの生産技術部門で、ここまで出来るところは少ないようだ。また、その時間的余裕もないのかもしれない。

スケジューリングもそうだが、物流(在庫)管理にも独特の悩みがある。シートやロールなどの製品は個数単位では扱いづらい、かといってkgやm3単位だけでも不便で、2重の計量単位を持つ必要がある。おまけに足し算は正確には合わない。たいていの在庫管理システムは個数単位でしかものを扱えないから、お手上げである。

製造管理(MES)もまた独特なものになる。いわゆるプロセス系の計装制御と、離散系の搬送制御を同時にインテグレーションしないと、工場全体のコントロールができない。

ディスクリート・ケミカル工場は、クリーンルームの技術がしばしば必要になる。そこで、建築設計・空調設計なども、かなり固有のノウハウが要る。多層階レイアウトも課題だ・・・。

こうして書いていると、いかに従来の化学工学の世界と隔絶しているか、よく分かる。かといって、機械工学や経営工学を持ってくれば簡単に設計できる訳でもない。やはり、独自の設計論が望ましいのだ。

もっとも、エンジニアリング会社の目から見ると、ディスクリート・ケミカル工場は医薬品(固形製剤)との共通技術がいろいろとあるな、と感じられる。マテハン技術・建築設計技術・クリーン技術・制御システム・生産スケジューリング等である。ここらあたりが、一つのヒントになりえるだろう。

いずれにせよ、今の日本では、電子材料・機能性素材の需要は高まる一方である。設計論の確立と共有化が、大きな課題であることは間違いない。
by Tomoichi_Sato | 2006-04-26 00:23 | ビジネス | Comments(0)
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