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研究部会・最終講演『プロジェクト&プログラム・マネジメントの過去・現在・将来』より(2)

前回 に続く。ただし、途中のアカデミックな研究発表の部分は省略しています)

・・という訳で、2013年に「コストとリスクのトレードオフ問題​​」を、2015年に「コストとスケジュールのトレードオフ問題​​」を、そして2020年には「プロジェクトのコスト超過と崩壊現象の問題​​」について取り組み、研究成果を発表しました。問題を解決したとまでは言いませんが、理論的なアプローチの方針は示せたと思っています。

しかし、今でもよく覚えているのですが、2015年にスケジューリング学会でこの研究を発表した時の聴衆は、7人でした。そして2020年の発表の時の聴取は、わずか3人でした。この時点で、この種の研究を続ける意義ってあるのかなと、正直、思うようになりました。

日本でこの種の研究をしても、誰も関心を持たない。たまたま最後の二つは、スケジューリング学会で発表したのですが、この学会に集まるのは、非常に優秀な人たちです。理論もそうだが、それなりに現実の問題に興味がある人たちですけど、それで3人ですよ。

わたしのPM研究は全部、自分の勤務以外の時間を使って、自分の手金でやってる研究です。やり続ける意義って何なんだろう​​? という思いになった。ここら辺が、この研究部会を続ける意義に関連してくるんですよね。

ついでながら、先月、あるオーストラリア国立大学のプロジェクトマネジメントの専門家が、わたしに会いたいと言ってきたんです。大阪の国際学会で基調講演をやるために、日本に来ていて、帰り道に東京によるんだけど、ちょっと会って話しないかって言われました。そこで慶応大学の松川先生に同席していただいて、簡単なディスカッションをしました。

この人の研究論文をあわてて見てみたら、非常に面白い。プロジェクトのアウトプットとアウトカム、プロジェクトの価値、プロジェクトのインパクトなどが、どういう関係に成り立っているのかを簡潔にまとめたエディトリアルを、International Journal of Project Managemen (JPMA) に書いている。

プロジェクト・マネジメントの分野では、ヨーロッパのJPMAという論文誌と、アメリカのPMIが出しているProject Management Journal (PMJ)、この二つが最高峰です。そのヨーロッパの方の最高峰の雑誌にエディトリアルを載せている人が、なんで佐藤に会いたいって来たのか。理由をたずねたら、

「JPMAのレビューアー・リストを見たら、日本ではお前しかいなかった」

というんですね。たしかに、わたしの知っている限り、過去十年間でこのジャーナルに論文を投稿したのは、わたしともう一人、神奈川大学にいる石井信明先生だけです(石井先生は、実は日揮で同僚だった人です)。

日本には、世界に発信できる PM研究者が少ないのです。わたしは欧州IPMAのWorld Congressも行きましたし、PMIのGlobal Conferenceにも行って、研究成果を発表しましたけど、日本人発表者の姿はほとんどないです。聴きに来てる人、取材に来てる人は、いましたよ。でも発表する人がほとんどいない。

まあ残り時間も15分を切りましたから、ここから先は、今後どういうことを考えなきゃいけないか、という課題の話をします。

プロジェクトの計画とは、普通は WBS を展開して、アクティビティ・ネットワークを作り、コスト・時間・リソースを計算して、最後にリスクアセスメントをやる、というステップでスタンダードなプロジェクト計画を作るわけです。

総合的にリスクアセスメントを行って、リスク事象を洗い出し、スコアリングをして、重要なものにリスク対策を取り、プロジェクト計画を最適化しろ、と。これは世の中の標準的な教科書に、みんな書いてある。こういうことは、ちゃんとした企業だったらやってるわけです。

問題は、そのプロジェクト計画の最適化です。先ほど、ガレージ・カンパニーのケースを説明しましたよね。あのケースでは、どんな製品を作るのかを知らなくても、アクティビティ・ネットワークの設計を変えることによって、プロジェクト価値が上がるんです。そのアクティビティの中身を知らなくてもいい、というところがポイントです。

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方策としては、例えば、冗長化(パラレル・ファンディング戦略)によるリスク低減だとか、リワークの許容によるリスク低減とか、あるいはアクティビティの分割・工程順序の変更によって投下費用のタイミングを改善する、などがあります。こうしたネットワーク設計 によって、プロジェクト計画を最適化していくことができます。このやり方を、今は、非常にスキマティックに書いているだけですけれども、もっとちゃんと工学的にディベロップするべきだと思うんです。

プロジェクトとは、アクティビティに分解することができ(それがWork Breakdown Structureです)、その一番下のアクティビティ(ワークパッケージ)よりも下側については、プロマネは普通、立ち入りません。それは固有技術の領域なので、担当者に任せる。

逆にプロジェクトより上位の問題、このプロジェクトを進めるのか、やめるのか、みたいなことは、プログラム・マネジメントの領域です。

なので、プロジェクト・マネジメントとは、上下に挟まれた領域において、プロジェクト計画を策定し、進捗をコントロールし、問題解決して、完了分析していく、というような仕事です。この領域の仕事をより良くするためには、技術が必要で、そのテクノロジーのためには科学的研究が必要ですよね、というのが、わたしが今日、通して言いたいことなんですね。

それではこの先、プロジェクト・マネジメント研究で、どういうテーマが必要になるのかを、最後にお話ししようと思います。

この絵は2018年、つまりもう6年前ですが、日揮が発表した「IT Grand Plan 2030」のロードマップ図です。その時点で、2030年までの12年間のグランドプランを、わたしが中心になって作ったんです。

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この右上の方に、「プロジェクトデジタルツイン」とあり、「着地点の予報円」と書きました。これは何かというと、その当時、すでに「デジタルツイン」って言葉が流行り始めたのですが、物理的なプラントのデジタルツインを作るのは当たり前だろう。それは図の途中でやると表明しました。

でも、我々は目に見えないプロジェクトというものの、デジタルツインの構築を目指そう。 そういうふうに、この時に決めたんです。では、着地点の予報園とは何かというと、コストとスケジュールの座標軸で、このプロジェクトが先々、どういうルートを通っていくだろうか? ということを表示するものです。ちょうど台風の予報円です。プロジェクトには振れ幅・リスクがあるので、台風のように、点じゃなくて予報円になる。

ここで問題は、それを予測するための予測方程式って何か? です。

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現代のモダンPMには、実は足りないものがいろいろあります。大きく三つ挙げるとすると、1つ目はこれです。まず、今のモダンPMには、第一原理がない。

第一原理っていう言葉は、実は今日来られてない副幹事の串田さんに、教えてもらった言葉です。串田さんはもともと、阪大で材料研究をしてドクターをとった人なんですけど、要は材料の物性を予測する時に、第一原理計算を行う。第一原理とは、具体的に言うと波動方程式ですね。波動方程式から材料の物性が予測できる。

プロジェクトのデジタルツインを構築して、挙動を予測するためには、つまり、その対象系を予測するための、基礎式がいるんです。でも、今のモダンPMの世界には何もない。

プロジェクトはアクティビティからなるネットワークだから、アクティビティ・ネットワーク上のダイナミック・シミュレーションになるだろう、とぼんやり予測してますけど。そういうものが、本当は必要です。それがないと、予報円などいうことはできないのです。

そして二番目は、13年前から言ってることの繰り返しになりますけど、プロジェクトの価値論がいる。今のモダンPMには、プロジェクトの価値論がない。あるいは最近やっと、ベネフィットとかアトラクティブネスという形で、プロジェクトの価値論にだんだんシフトしてきている。

少なくとも欧州のプロジェクトマネジメント研究はそうです。オーストラリアはどちらかというと、欧州に近い。PM研究で価値論というものを、だんだん考えるようになってきている。
価値論としては、最低でも、お金とリスクが取り扱えることですけれども、それは必要条件だけど、十分条件ではありません。当たり前ですけど、非金銭的価値も重要ですから。価値とは多元的であることをベースにした、判断基準が必要になるでしょう。

そして三番目のテーマは、設計論です。

そもそもプラント屋だから言うわけじゃないのですが、プロジェクトの遂行計画の骨格って、実はプロジェクトが作り出す成果物の、アーキテクチャによって、相当程度に左右されます。

プラントを現地に行ってゼロから組み立て作るのか、それともどこかの造船所のヤードで、モジュールを組み立ててから、現地に運んで据え付けるのか、ということが、プラントの世界では重要なんです。そのアーキテクチャの違いによって、プロジェクトの遂行計画は全然違うわけですよ。

成果物の設計とプロジェクト計画って、表裏一体の関係になっている。だから設計論もいるんです。ところが今のモダンPMには、設計論がない。

でついでに言うと、プロジェクト計画を作るっていうこと自体も、一種のデザインなんですね。このデザインという行為は、必ずサイエンスの部分と、アートの部分があります。とはいえ、できれば自動設計を追求していくべきであるっていうのが、わたしの考えです。


以上の結びとして、最後に申し上げたいことがあります。学生への講義の時などでも、最後にいつも説明することですが、マネジメントとは、目的を達成するために人に仕事をしてもらうことです。人が人を動かすので、必ずそこにはヒューマンファクターがかかわってきます。あの人の言うことだったら、ついていこうとか、あいつの言うことだけは聞きたくない。そういう部分は、マネジメントには必ずあります。

しかし、マネジメントを誰もが一定レベルで遂行できるようにするための、計量的・客観的なテクノロジーもあるわけです。

つまり、世の中の技術は、2種類に分けることができます。1つ目は、『固有技術』です。固有技術とは、対象固有の科学法則に縛られる領域のテクノロジーです。つまり機械設計であるとか材料開発とかねシステム設計、これみんなこういう技術です。

わたしは、もともと大学の専攻は化学工学、ケミカル・エンジニアリングでした。すなわち化学プラントの設計論ですが、これも固有技術です。

ところが、それ以外にもう1種類、技術がある。それが『管理技術』とわたしが呼んでるものです。これは、人間の作業の集合に対して適用するテクノロジーです。それは業種・分野固有の部分がないので、汎用的です。その代表例が、例えばWBSとかクリティカル・パスです。あるいは在庫理論なんかもある意味そうです。在庫するものが、お水だろうが、ダイヤモンドだろうが、共通して使えます。

それで、問題は、日本の大学教育が残念ながら、この管理技術=マネジメントテクノロジーを、ずっと軽視してきたことです。管理技術を大学で学ぶ機会が、非常に少ない。だから、経営工学の先生方はみんな、非常に悔しい思いをしておられる。

わたしは化学工学は勉強しましたけど、今日お話したことは、すべて全部、社会人になってから学んだことばかりです。でも、それは何とばかげていることか。本当は、マネジメント・テクノロジー=管理技術を、ちゃんと教育の中に確立しないといけないと思ってます。

まあ、慶応大学は管理工学科があるぐらいだから、ちゃんとわかっておられる。問題は、東大と京大ですよ。まあ、東大と京大が悪いというよりは、文科省がわかってないことの現れです。文科省はなんでわかってないかというと、実は財務省が管理技術ということを理解していないからです。

マネジメントには独立した領域があり、独自の技術があるっていうことを、日本の法学部出身の人たちが理解していない。そのために、管理技術の教育にも研究にも、お金を使わないのです。

だから、我々はこういう状態で集まって勉強しなきゃいけないということなんです。

でもまあ、愚痴っぽい話はさておき、今申し上げたように、モダンPMには、まだまだ付け加えるべき領域があるのです。それを一緒に研究したいと思って、この研究部会を始めたわけですけれども、なかなかこの国では、そういう活動に対して興味を持ってくれる人が多くないという現実があり、この研究部会を一旦たたもうと思います。

でもわたし自身は、こういう研究が必要だという旗を下ろすつもりはないので、また何らかの形で、この先も続けていきたいと願っています。

ということで、ちょうどお時間になりました。皆様、本日は本当にどうもありがとうございました。


<関連エントリ>
「研究部会・最終講演『プロジェクト&プログラム・マネジメントの過去・現在・将来』より(1)​​」 https://brevis.exblog.jp/32702011/ (2014-08-26)

by Tomoichi_Sato | 2024-08-31 19:30 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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