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「ソリューション・セリング」 マイケル・ボスワース著

現代は製品がなかなか売れない時代である。市場の競合はきびしく、長かった不況のせいでユーザの財布の紐はかたい。

製品が売れないのはなぜか。うちの会社の営業マンが無能なせいさ、と楽観(悲観?)できる技術者は、あまり多くない。価格で競合製品と大差がない場合、ふつうは、製品に魅力がないのではないか、必要な機能が足りないからではないか、あるいはデザイン・センスに問題があるからではないか--そう、技術者という人種は考えたがる。だから、どんどんと製品の機能は肥大化し、開発コストはかさんでいく。

この考え方は、裏を返せば、製品が良ければ必ず売れるはずだ、との単純な信念になる。だが、はたしてそうだろうか?

そうではないのだ、と著者・ボスワースは本書で主張する。たとえば、米国では腕の良いセールスマンはしばしば同業他社に引き抜かれる。すると、どうだろう? 彼(彼女)は、移った先の会社でも、やはりすぐれた売上成績を上げるのだ。そして、また別の会社に高給で転職したりする。すると、またまた、その新会社の製品をたくさん売るのだ。

これから分かることは何か。それは、よく売れるかどうかは、じつは製品の優劣にはあまり関係がない、という事実だ。では、売れ行きは何で決まるのか? それは、営業マンの販売プロセスであり、セールスが顧客の問題意識といかに連携しているかが、キーなのである。それは商品の物質的実体がないソリューション型商品では、とくに大きい、と著者は言う。

そもそも、「ソリューション」とは何か。ふつう、顧客は通常「ニーズ」を持っていると考えられている。しかし著者は、顧客は解決したい「ペイン」(痛み)を持っているのだ、と捉える。そのペインをどう解決すべきか、たいていの顧客はぼんやりとしか分かっていない。この解決手段に関して、具体的なビジョンが顧客の心の中に形成されて、はじめてニーズになるのである。そして、その解決手段のビジョンにマッチする商品が「ソリューション」である。

したがって、販売プロセスで一番重要なポイントは、顧客のペインを察知し、顧客の心中に解決策のビジョンが(自社の製品に合致する方向で)形づくられるのを、助けることなのだ。これがボスワースの主張である。そして、顧客のビジョンを誘導するために、“ナイン・ボックス”、“ペイン・シート”、“パイプライン管理”などの、非常に実践的なツールを用いる。これが「ソリューション・セリング」の仕組みである。

私はこの本を、大学時代の先輩から薦められて読んだ。この先輩は技術者で、博士号まで取った人だが、外資系の会社に転身するときに、「技術開発はつねに本国がリードする。外資系で上に行きたければ営業に徹するしかない」と考えて、営業職を選んだという。そして、「ソリューション・セリング」に書かれた技法をそのまま実践して、見事な成績を上げ、とうとう日本法人のトップまでたどり着いた人だ。

私もまた技術者だが、営業力の無さに苦心している。そして、ご多分にもれず、“良い製品なら顧客は買うはずだ”という過信に陥っていた。本書は、その蒙を開いてくれた。そして、顧客の中に具体的なビジョンを形づくることを、今は第一に考えるようになった。本書は販売に関心のある全ての人に薦められる良書である。

ただし、残念ながら、この日本語訳は今は品切れになっているようだ。私は古本で入手した。もっとも訳文はこなれているものの、ケアレスな点が目につく。原文はそれほど難しくないので、英語が苦にならなければ原書を読む方がいいだろう。
by Tomoichi_Sato | 2006-04-11 20:21 | 書評 | Comments(0)
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