モダンPM技法の三本柱の一つである、EVMS(Earned Value Management System)について、しばらく解説してきた。EVMSでは、横軸にプロジェクト開始からの日付、縦軸に金額をとったグラフをよく用いる(理屈の上では、別に金額に限る訳ではなく、成果物の数量を表す単位、たとえば床面積m2とか設計図面数でもいいのだが、現実には金額を使うことが多い)。そしてこのグラフの上に、計画線PV・実績線AC・出来高EVの3本の線を描いていく。 EVMSでは、スケジュール差異SV(=EV-PC)と、コスト差異CV(=EV-AC)を主要なKPIとして見ていく。両方とも、プラスならば良好、マイナスならば問題を表す。つまり、グラフで言えば出来高EVのカーブが、計画線PVや実績線ACのカーブよりも上に来ているかを、まず注目する訳だ。 そして一般に、プロジェクトという活動は、最初はゆっくり立ち上がり、次第に活況に入って、最後にはまたスローダウンして収束していく。だから上記の3本の線はいずれも、ローマ字の大文字Sを左右に引き延ばしたような、「Sカーブ」型のパターンを描く。これが、普通の教科書にある説明だ。 ところで、この説明を読んで、疑問に思った方はおられないだろうか。何を? それは計画線PVの引き方である。実績線ACや出来高EVは、現実を表しているのだから、1本しかありえない。しかし、計画線PVは、はたして1本だけなのだろうか? そうとは限るまい、というのが今日の話である。 図1を見てほしい。システム開発プロジェクトの簡単な事例である(以前、「EVMSとアーンド・スケジュール法の弱点 ~ プロジェクト予測のミクロとマクロ」 という記事で用いたのと同じものだ)。 図1 システム開発プロジェクトのActivity network 予算はトータル1,500万円。プロジェクトを構成するActivityは全部で6個。それぞれの予算と所要期間は以下に示すとおりだ(期間は稼働日基準なので、5日がカレンダーの1週間に相当する)。コストは内部人件費と外部発注費の両方があるが、金額換算で表示している。
基本設計の後、プロジェクトは大きく2つの作業の流れに分かれる。ハードウェア調達に関わる、ハード選定→ハード納品、の流れと、ソフトウェア開発に関わる、詳細設計→ソフト開発、である。両方がそろって初めて、総合テストが実施できる。 さて、このプロジェクトについて、計画線PVを推算してみよう。なお、PV値の計上は、それぞれのActivityが完了した時点で、一括計上することにする。単純化のために、途中での比率計上などはしない。 そうすると、出費予定は表1のようになりそうだ。各Activityの完了タイミングを考えると、基本設計→ハード選定→詳細設計→ハード納品→ソフト開発→総合テスト、になる。PVのSカーブは累積出費を表すから、その値は表1のようになるはずだ。 ところで、ちょっと考えてみてほしい。ハードウェア調達の方は、50日後(10週後)に終わる。ところがソフト開発の方は60日(12週)かかるから、総合テストは遅い方に引っ張られて、開始は60日後だ。つまり、ハード調達後に、10日(2週間)、ムダな空白期間が生じる訳だ。 ハードの金額だってそれなりだから、資金繰りを考えて、経理部門からはぎりぎり待って発注してくれと、依頼がかかるかもしれない。その場合、60日後にハードが納品されれば良い訳だから、選定は35日後(7週後)に終われば良い。選定の着手は30日後(6週後)になる。 こうしたときのPVのSカーブは、今度は表2のような計算になる。「予定完了日」のカラムで、赤字にした部分が、表1からの変更点だ。そして「累積予定出費」つまりPV値は、この関係で少し変わる。 両者をグラフ化したのが、図2の「2本の予定線PV」だ。なお、本当は斜めの線ではなく、階段状にステップアップしていくのだが、あえて見やすさを考えて、ここでは斜めに描いている。Activity数が増えていくと、実際、もっとカーブっぽくなっていく。 図2 そして注目してほしいのは、最早ケースと最遅ケースで、計画線が違う点である。なぜ違うのか。それは、ハード調達系のActivity系列に、10日間の余裕日数があったからだ。その分、早く着手することもできるが、10日遅く着手することもできる。このような余裕日数のことを、スケジューリング用語で「Float」と呼ぶ。むろん、10日ではなく、3日、5日遅らせることだってできる。10日分の『自由度』がある訳だ。 ということは、EVMSでは何を意味するのだろう? それは、PV・AC・EVの3本の線とこれまで説明してきたが、実はPVには最も早く着手するケースと、最もぎりぎりまで待って着手するケースの、2本の線がある、ということだ。そしてEVの線が、その2本のPVの線の間に入っているかどうかを、チェックすることになる。 EVの線が、最遅ケースよりも下に来ていたら、それは許容限度以上に遅れていることを示す。逆に最早ケースよりも上に来ていたら、多分よほどうまくやって、当初想定よりも各Activityが短い期間で終わったことを示す。でも、それらはいずれも極端なケースで、普通はその2本の間にあって、どちらに近いかによって、プロジェクトの状況を示すことになる。 <関連エントリ> 「モダンPMへの誘い 〜 EVMSというツールの『使用上の注意』」 https://brevis.exblog.jp/30886364/ (2024-04-07) 「EVMSとアーンド・スケジュール法の弱点 ~ プロジェクト予測のミクロとマクロ」 https://brevis.exblog.jp/28381225/ (2019-06-10)
by Tomoichi_Sato
| 2024-05-25 00:06
| プロジェクト・マネジメント
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