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モダンPMへの誘い 〜 EVMSでは、いつ費用を計上すべきか

前回の記事『モダンPMへの誘い ~ プロジェクト・コントロールの目的とEVMS』 (2024-02-25)では、「コストとスケジュールのコントロールの主要目的とはプロジェクトの着地点予測である」と書いた。つまり、あなたのプロジェクトはいつ終わるのか、完了時点ではトータルでいくらの費用を使うことになるのか、を予測することが眼目だ。その計算では、現時点での出来高EVと、これまで使った実績出費ACとの比率を表す、Cost Performance Index (CPI = EV / AC)などの指標が重要になる訳である。

ところで、ここで1つ重要な問題を考えなければならない。それは費用を認識し、計上するタイミングの問題である。ここを間違えると、出来高と実績を比較したり、CPI等の指標を計算することに、意味がなくなってしまうからだ。

例をあげよう。たとえば、何らかのマシンを、外部の業者から購入する場合を考える。あなたは機械のスペック(仕様)を決め、見積をとり、価格を交渉し、発注する。そして納期になると、業者は機械を納入すると同時に、請求書を提出してくるはずだ。請求書を受け取ったら、あなたは書類をチェックして経理部門に回し、経理部門はさらに支払口座等をチェックした上で、おそらく月締めのタイミングに、業者に対して支払いを行うことになるだろう。

機械の納期を、仮に3ヶ月としようか。 あなたは1月10日に機械購入の発注書を切る。4月10日になると機械が納入され、その日付で請求書が回ってくる。経理部門がその業者に実際の支払いをするのは、翌5月20日である(手形払い等の場合は、もっとタイミングが遅くなる)。 この時に費用を計上するのは、1月10日なのか、4月10日なのか、5月20日なのか?

言い換えると、外部に対して費用が発生するタイミングは、一般に以下の3種類が存在することになる:

  • 発注の時点(Commit)
  • 請求の時点(Incur)
  • 支払いの時点(Payment)

発注と請求と支払いのタイミングには、 通常ずれがある。ではEVMSで計上し、集計すべきなのは一体いつのタイミングなのか。いいかえると、プロジェクト出費のSカーブを描くとき、どのタイミングを基点とするかによって、3種類のSカーブがあり得るということだ。

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ただし、外部に対する出費がすべて、この3つのタイミングを持っているとは限らない。一番良い例は電車賃だ。電車に乗ってから請求書をもらって、切符代を支払う人などいない。鉄道会社は普通の乗客に対して、そんな面倒な事は許容しない。つまり、交通費と言う費目は基本的に、支払いの時点でしか、認識しようがないのだ。

もう一つ、別の例を考えよう。社内人件費のベースとなるタイムシートである。きちんとプロジェクト制度が敷かれている企業においては、タイムシートも、プロジェクトごとに区別して、集計されるようにできているはずだ。ただ、その集計を、日単位で行う企業は少ない。多くは月単位か、良くても週単位だろう。

プロマネであるあなたのもとに、タイムシートの集計表が回ってくる。それは前月の自分のプロジェクトで消費された社内の時間数を示し、さらに標準単価をかけた金額も、ついてくるかもしれない。この数字は、あなたからの発注でもなければ、働いた人たちからの請求でもない。実際の支払い発生額を示しているのだ。

「いや、まだ実際の給料の振り込みはしていないのだから、これは支払いではなく請求だ」、とあなたは考えるかもしれない。なるほど。

しかしよく考えてみて欲しい。会社と従業員個人の間の支払いについてはそうかもしれないが、あなたのプロジェクトが個人に給与を直接支払う訳ではない。それに厳密に言うと、個人個人で時間単価は少しずつ異なる。なので普通は、会社の決めた標準時間単価を通じて、会社がプロジェクトに費用をチャージするのだ。つまり、プロジェクトと会社の関係では、すでにこれは請求ではなく、支払いと同義なのだ。

では、面倒だから、全部の出費項目は、発注時でも請求時でもなく、支払いのタイミングで集計することにすれば良いではないか。そう考えるかもしれない。だが、本当にそれで良いのか?

あなたが例えばプロジェクトの計画時点で、ハードウェア関連の予算として1千万円を、実行予算表に想定したとしよう。さて、あなたは主要なマシンについて、7百万円の発注書を、業者Xに対して切ったばかりだ。でもプロジェクトがこの費用をEVMSに計上するのは、納品研修後の支払い時点だから、現時点ではまだ実績出費 AC = 0である。

見かけ上、まだ予算は全額残っているように見える。しかしあなたが実際に自由に使えるのは、残る3百万円でしかないのだ。この3百万円という数値は、EVMSの集計表のどこを見れば分かるのか?

社内人件費や、単価を決めた外注作業費のように、全体総額がいくらになるのか、最初の時点で予測がつきにくい品目は、実際の発生時点(請求ないし支払い)で捉えていくしかない。しかし資機材の購入費のように、発注時点で金額がほぼ確定してしまうものは、なるべく発注時点で捉えたい。

このようにEVMSでは、出費の性格に応じて、計上のタイミングを標準的に決めていく必要がある。

そして言うまでもなく、計画PVと実績ACと出来高EVは、同じ種別の品目については、同じタイミングで計上し、比較しなくては意味がない。教科書で読むEVMSの理屈はわかりやすいが、この手法を現実に適用していくためには、こうした実務的な目配りが必要なのである。


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by Tomoichi_Sato | 2024-03-25 21:32 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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