前回の記事では、大手メーカーが部品在庫調整を行うことで、部品メーカー等のサプライヤーに対し平準化した安定生産を実現する方が、日本の産業界全体にとって有益であると書いた。そして、従来のいわゆる「JIT納品」による調達方式は、中堅中小のサプライヤーの生産性を阻害し、余計な納期調整にその能力を消耗させている、と批判した。 それでは、この点について、本家トヨタはどう考えているのだろうか。 トヨタ自動車こそ、「ジャスト・イン・タイム(JIT)」の 発明者であり、納入する部品メーカーに対して、時刻指定の納入を義務づけてきたのではないか。その結果、あれほどの利益を生むのであるならば、そのベスト・プラクティスを、他社も見習って採用すべきではないのか。 この点について、本サイトではずっと以前に、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」 と言う記事を書いた。 また「 中小企業診断協会生産革新フォーラム」の仲間と一緒に書いた、『“JIT生産”を 卒業するための本〜 トヨタの真似だけでは儲からない』 でも、トヨタ生産方式(Toyota Production SYste = TPS)には、成立の前提条件があるため、違った条件下にある会社が、全く同じやり方を真似するのは意味がない、と説明した。 しかし、トヨタ自動車は相変わらず、日本の製造業のリーディングカンパニーで、世の中にはトヨタのやり方を解説し、どう真似たらいいか、に関する本が、数多く出版されている。あいにくトヨタという会社自身は、寡黙であって、自分たちのやり方について、あまり多くを語りたがらない傾向がある。 しかもトヨタ生産方式は、「システム」と名乗るだけあって、かなり大きな体系である。なので、巨象の全体を知らぬまま、その一部分だけを撫でたような解説がはびこりがちになる。 もちろん、大野耐一著「トヨタ生産方式」 という名著はあるが、 50年近く前の本で、技術的にもあまり細かな点は書かれていない。たまたま、わたし自身はかつて、トヨタの技監(技術の最高責任者、通常の会社のCTO = Chief Technology Officerに相当する)であった、銀屋洋氏の謦咳に接する機会が何度かあり、そこで「平準化はトヨタ生産方式の根幹である」というお話も伺ったことがある。だが銀屋氏もあまり書いたものを出されていない。 そこで、ここでは小谷重徳・著「理論から手法まできちんとわかる トヨタ生産方式」 で勉強することにしよう。著者の小谷重徳氏は元々、トヨタ自動車の技術や生産管理、情報システム部門等を経験した後、生産計画に関連した研究で博士号をとって、首都大学東京の教授に転じた方だ。 その第5章5.1節「かんばん方式を支える平準化生産」は、このような文章で始まる(以下引用)。
そして、部品製造ラインと組立ラインを例にとって、平準化の意義について説明が続くのだが、その前に理解しておくべきことがある。それはトヨタ自動車の乗用車における生産形態、言い換えるなら生産のビジネスモデルが、基本的にATO(Assemble to order=受注組立生産)になっている、ということである。 ATO=受注組立生産とは何か。それはカップリング・ポイント(主たるストック在庫ポイント)を組立工程の直前に置き、確定受注を受けたら、そのオーダーに必要な中間部品等を組み立て、検査して出荷する方式である。 図を見て欲しい。トヨタでは車両の完成日の2日前に、ボディー組立ラインの先頭に、順序計画に従った製造指示を出す。このとき、「車両の組立ラインは、どの仕様の車両もいつでも生産できるように、すべての部品について一定量の在庫を持っている」(同書P. 120)。 すなわち、そこにカップリング・ポイントを置いている。 カップリング・ポイントの下流側にあたる組立工程では、全て確定したオーダーと個別仕様によって生産指示が与えられる。つまり1台1台の車が、どの顧客向けの、どのようなオプションの車両かが、決まっている。そしてこれをどのような順序で作るか、すなわち「順序計画」 が非常に重要となる。 他方、上流側は、需要予測に基づく生産になる。トヨタは上流側すなわち部品製造工程を、基本的に「かんばん方式」と言う名前のプル型指示によって動かしていく。各工程に対する指示はプル型だが、全体としては予測に基づく計画生産である点に注意してほしい。 そして部品製造ラインの出発点に位置する、原材料・部品の納入も、 計画に基づく予測数量を先行内示としてサプライヤーに示した上で、具体的な納入タイミングと数量は、かんばんで調節するやり方を取る。 こうした構造を頭に入れた上で、平準化生産に関する小谷氏の解説を読もう。少し長いが引用する。
このようにトヨタ生産方式では、確定受注に応じた順序計画を作成するにあたって、1日の中で部品引き取りのペースが一定になるよう、製品品種を均等に配分していく。 そしてこれは1日の中の調整にとどまらない。トヨタは月度計画で動く会社だから、 1ヵ月の生産計画の中も、部品の引き取りペースが均等になるように品種を配分していく。これが「平準化生産」である。 上の例では製品が2種類だったから、計算も簡単だが、実際には複数の製品と、非常に多種類の部品がぶら下がるBOMになっている。その条件下で部品レベルまで平準化した品種の配分を決めるには、計算機の助けを借りなければならない。実は小谷氏の学位論文の柱の一つは、この最適化計算ロジックにある(だが、トヨタが生産計画において、コンピュータを用いた高度な最適化計算をしているなどと言う話を、知っている人はほとんどいない)。 さて、月内はそのような形で、品種・数量を平準化するわけだが、では、月単位に生産数量が大幅にぶれても良いのだろうか。1月は1,000台、2月は2500台、3月は800台、というふうに。 もちろん、良い訳がない。上にあげた「生産量が大きく変動する場合、管理者は生産量が最大の日でも対応できるように、 人、設備、 および在庫を確保することになり、相当なムダが発生する」 という言葉を思い出してほしい。年間であっても、生産量の大きな変動は望ましくないことがわかる。 つまり「平準化生産」とは、日内も、月内も、年内も、 できる限り、部品の生産量が一定になるようなプランニングを要求するのである。逆に言うならば、月間でも年間でも大きな需要変動があるのに、部品サプライヤーにジャスト・イン・タイムの納品を要求する調達方式は、はっきり言って、リスクを下請けに押し付けているだけだ、と言える。少なくとも、トヨタ生産方式とは別物である。 もっとも、トヨタがこうした生産方式を実現できたのは、自動車が季節性の商品ではない、との事実があるからである。前述のトヨタ技監・銀屋氏は、ある大手空調機メーカーの依頼で生産改善に取り組んだとき、あらためてそのことを実感されたのだという。 そしてもちろん、いくら季節性の小さい商品だからといっても、月間や年間に同じようなペースで安定生産できるのは、販売側がそのために大きな営業努力を払っているからである。「 顧客が求めるものを忠実に売る」のではなく、「工場が安く作れるように売る」ことが、 トヨタ系の営業マンには求められるのだ。 そして自動車会社が自社の系列でディーラー網を握っていると言う体制が、これを可能にしている。 だからこそわたしは、TPSは実は「トヨタ生産販売システム」と呼ぶのがふさわしいと思っているのだ。日本の製造業の問題が、実は調達と販売にあるのだと言う主張を、多少は理解いただけただろうか。 以前も書いたとおり、わたしはトヨタの徹底ぶりは尊敬するが、礼賛はしていない。 また近年は、部品サプライチェーンの混乱等の原因によって、トヨタ自身が、上に書かれたような形では、自社の生産方式を運用できていない、とも聞いている。しかし、その問題は同社がサプライヤーと解決すればいいことで、はたの人間がとやかく批判することではない。少なくとも、批判するならばトヨタ生産方式の全体像を理解した上で、するべきであろう。 なお、生産計画における平準化には、この他に「作業の平準化」という観点もあるのだが、長くなったので割愛する。詳しくは小谷重徳氏の「トヨタ生産方式」 をお読みいただきたい。 と同時に、同書を読み返すにつれ、米国でMRPのような生産計画のロジックが発展した際に、「順序計画」と「平準化」の概念が取り入れられていたら、日本にとって、もっと良かったのにとあらためて感じる。米国の生産はあまりにもロット生産で、かつ大量見込み生産であった。そのことが、今の日本で、ERPそのほかの海外製ITツール導入を難しくしてしまったのである。 <関連エントリ> 「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」https://brevis.exblog.jp/8224763/ (2008-07-01) 「戦略としての生産形態 - リードタイムを設計する」 https://brevis.exblog.jp/28084323/ (2019-03-12)
by Tomoichi_Sato
| 2024-03-11 10:09
| サプライチェーン
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