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生産スケジューラなど不要になる、もしこうすれば・・

  • 生産スケジュールに関する悩み

このあいだ、製造実行システム(MES)を販売する外資系メーカーの人たちと話していたら、面白いことを言っていた。MESパッケージには、実行系機能のほかに、いわゆる生産スケジューリング向けの計画系機能が含まれている。しかし日本では、この計画系機能をあまり積極的にマーケティングしていないのだそうだ。

なぜかというと、アスプローバやフレクシェをはじめとする、国内のスケジューラメーカーが強すぎて、勝負にならないからだという。だから、実行系や分析系等の広範囲な機能と、海外でも使えるグローバル性をセールスポイントにしています、と言っていた。

今日、日本の製造業では、多くの企業が生産スケジュールに関することで悩んでいる。昨年来、(財)エンジ協会「次世代スマート工場」の研究会でも、製造業向けにシンポジウムや講演など様々な活動をしてきたが、参加者の問題意識の多くが、計画系に関する悩みだった。

理由は大きく、二つある。顧客からの急な納期変更要求が多いこと。もう一つは、調達側のサプライチェーンが混乱して、部品材料が予定通りに到着しないことだ。

もちろん機械設備の急な故障や、品質不良による手戻りなども、スケジュールを攪乱する要因ではある。しかし日本で今日まで生き残っている製造業の多くは、こうした問題はすでに、かなり現場の努力で解決してきた。内部要因による計画の乱れは、なんとかできよう。だが外部要因での変更に、手を焼いている訳だ。

そうした問題の解決策として、PC上で動く生産スケジューラへの期待は高い。幸い、日本にはそうしたソフトウェア、プロダクトを作り出す優れたITベンダーが、上に述べた以外にも何社もあり、販売実績も多い。

生産スケジューラーを導入する指南役を務められる人も、それなりに増えてきている。わたしのこのサイトは、もともとは2000年に出版した『革新的生産スケジューリング入門』の、アフターサービスのために始めたものだ。 同書を出版した頃は、国内にほとんど、生産スケジューリングに関する情報源となる書籍がなかった。今でも単行本は少ないが、ネットの情報ははるかに得やすくなった。


  • スケジューラ導入へのハードルはどこにあるか?

そうは言っても、実際の工場に生産スケジューラを導入するのは、なかなかハードルの高い仕事である。

まず費用がかかる。ソフトウェアのリスト・プライスは数百万円程度で、最近はクラウドによる提供もあるから、ライセンス費用は中堅中小でも、負担可能な範囲ではある。

ただ、導入までのセットアップや、コンフィギュレーション、そしてマスターデータの整備などに、それなりの手間がかかる。ある程度、外部の力も借りないといけないだろう。そうなると、外部のSIへの費用が、結構発生する。

それだけではない。生産スケジューラをきちんと運用に乗せたければ、非常に重要となる条件がある。それは、実際の製造作業の進捗データの取得である。どのオーダーの、どの部品の製造加工が、どこまで進んでいるのか、どれくらい遅れているのか。 こうしたことを、それなりの精度で把握できないといけない。

なぜか。それは生産スケジューラが普通、「ローリング・スケジュール」で運用されるからだ。例えば、週次の生産スケジュールを、ガントチャート形式か何かで作ったとする。そして今日は金曜日だとしよう。ならば、来週のスケジュールを作らなければいけない。

そのためには来週、新たにやらなければいけない、いろいろな工程のタスクを列挙する必要がある。しかしそれに加えて、まだ現在進行中のタスクが、どれだけ残っているかを把握しなければいけない。 今週は部品Xを製造する予定だった。来週は、その部品Xを部品Yと組み合わせて、製品Zを作る予定だ。ところが、その部品X製造のタスクが終わっていなかったら、来週月曜日の朝1番には、Zの組み立てに着手できないことになる。 まだ未完了のタスクは、来週のスケジュールに組み入れなければいけない。

このように、現在のスケジュールの最後の部分を、次のスケジュールの最初の部分に、うまく接合して、スケジュールを連続して計画していくのである。これが「ローリング・スケジュール」だ。簡単に言うと巻物のように、 次々と紙を貼り足しては、長く続けていくイメージである。

ところが、工場内の各工程における進捗の把握が、実は非常に難しいのだ。 これをきちんとデータの形で吸い上げるためには、製造実行システム(MES)や、その簡易版であるPOPシステム等が必要になる。 つまり計画系のシステムをちゃんと動かすには、前提条件として実行系のシステムがいることになるのだ。

だが、日本の工場、特に中堅中小の製造現場では、こうした実行系のITシステムの導入は、ひどく遅れている。そのため進捗を確認するために、「進捗追っかけマン」と呼ばれる職種の人たちが、現場を走り回って、各工程のチーフに個別にヒアリングして、情報を集めている 現状が、あちこちで見うけられる。

だとすると、日本の中堅中小の製造業が、納期対応能力を向上しようと思ったら、まず簡単でもいいから、実行系のシステムを導入し、その上で高性能な生産スケジューラを導入しろ、と言うことになりそうだ。


  • こうすれば、中小製造業に生産スケジューラなど不要になる

ところで、ここで私はあえて別のことを主張しよう。高性能な生産スケジューラなど不要である。日本の中堅中小の製造業が、生産スケジューラの導入に苦労しなくても良くなる方法が、1つある、と。

実はそれは、とても単純なことである。発注する側の大手メーカーが、サプライヤーに対して、十分な納期を与えるか、平準化した数量の注文を与えれば良いのだ。

今更言うまでもないが、日本の産業構造は、大手メーカーが最終製品を作り、その下に多数の中堅中小の部品メーカーがぶら下がる構図になっている。 大手メーカーは製品開発と設計を行う。そしてほとんどの部品を、配下のサプライヤーから調達する。自社工場では、最終組立と検査のみを担当する。こういう分業が無言の慣習となってきた。

こうした産業構造がなぜ生まれたのか、そのメリットとデメリットは何なのか。これは大切な問題だが、論じると長くなるので、ここでは割愛する。ともかく、消費者に納める最終製品は大手メーカーが作り、部品材料は中堅中小の製造業が担う、という仕組みは昭和時代から、長く変わっていない。

消費者の好みは気ままであり、需要変動は大きい。 そこで大手メーカーが生産計画を作っても、需要の変動に応じて、その生産品目の数量や順序を変更しなければならない。そこで大手メーカーは、どうするか。じつは回れ右して、その生産変動を、大手メーカーに直接接しているTier-1サプライヤーたちに伝え、これに対応しろ、と命じるのだ。命じられたTier-1サプライヤーも、やはり回れ右して、その変動を後ろにいるサブ・サプライヤーたちに伝えていく。

だからサプライヤー側も、大手メーカーと同じく需要変動の波をかぶる。それどころか、SCMでいう「ブルウィップ効果」によって、その波が増幅されたりする。日本の中堅中小製造業が、急な納期変更にさらされやすい理由は、ここにあるのだ。

でも、なぜ最終製品を作る大手メーカーは、需要が変動するたびに回れ右して、その変動をサプライヤーに押し付けるのか? 答えは簡単だ。大手メーカーが、部品在庫を殆ど持たず、サプライヤーたちにジャスト・イン・タイム納品(JIT納品)を強いているからなのだ。手元に部品在庫がないから、生産品目が変わるたびに、必要な品目をサプライヤーに持ってくるよう伝えなければならない。

では、大手メーカーが、そうした部品在庫を極小化する「リーンな」生産方式を止めて、需要変動にもある程度対応できるよう、部品材料の安全在庫を持つようにしたら、どうなるか。答えはシンプルだ。需要変動は安全在庫によって、ある程度まで吸収される。 したがって、サプライヤーへの発注は、安全在庫を維持すれば良い程度の、安定した見通しの良い発注計画で運用できるようになる。すなわち、十分な納期、ないし平準化した数量の注文を、行えるようになる。

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  • 安定化生産の経済効果は非常に大きい

大手メーカーが部品在庫を持って需要変動を吸収し、サプライヤーに対しては平準化した発注を行うべきだと言うアイデアは、研究会仲間の経営コンサルタント・本間峰一氏が、かねてから主張してきたことで、わたしも100%同意だ。ただ建設エンジ業界の周辺のように、大きな案件単位で最終需要の発生する業種もあるので、念のため「十分な納期」という一言を付け加えている。

大手メーカーがこのように発注ポリシーを変更したら、その好影響は極めて広範に及ぶ。日本の製造業の生産性は、劇的に向上するであろう。

何を大げさな、と思うかもしれない。しかし、製造現場の人たちにインタビューしてみればわかるが、あらかじめ決めた通りの段取りで変更なく、作業できるようになれば、 現場の生産性は2割も3割も上がるだろうと言う。

なぜなら、急な変更対応には、材料のもの探し、機械のセットアップの変更、加工プログラムの入れ替え、治工具の調整、人の入れ替えなど、生産に結びつかない多大な労力を費やしているからだ。 つまり、急な納期変更への対応は、日本の製造業における生産性を目に見えぬ形で、大きく奪ってきたのだ。

もちろん大手メーカー自身は、需要変動に応じて臨機応変に生産計画を立て、直す能力が必要だ。だから、彼らは生産スケジューラを導入しなければならない。品目も数量も関連する工程・設備も多いから、高機能なスケジューラが必要だ。しかし大手だから、費用負担もできるし、社内に十分なスタッフもいるだろう。この点が中堅中小との最大の違いだ。

大手メーカーは、とうぜん今よりも多くの部品材料の在庫を、抱えることになる。しかし、大手にとっては、大した財務コストではない。今や上場企業の6割が無借金経営であり、在庫を増やしたって、そのための借入れ金利(在庫金利)はゼロなのだ。 部品倉庫くらいは増設しなければならないかもしれないが、固定棚の費用などたかが知れている。


  • 生産性向上の最大の障害は、営業と調達の意識改革にある

さて、解決方法はシンプルだと書いたが、簡単とは書かなかった。シンプルなことが簡単だとは限らないからだ。

上のようなポリシーの変革には、大きな2つの障害がある。 1つ目は、大手メーカーの調達部門による、JIT納品に対するこだわりである。JIT納品という方式は、サプライヤーが大手の注文に対し忠実に、かつ懸命に従ってきたので、実現できてきたものだ。そして大手メーカーの調達部門は、納期の心配がないので、単にサプライヤー選定とコスト削減だけに専念できる。

ところがここで、部品在庫のレベル維持と、サプライヤーへの見通しの良い発注計画、という新たな課題が加わると、調達業務はこれまでよりもずっと頭のいる、複雑な仕事になる。机を叩いて怒鳴れば済む、昭和風のパワハラ調達のやり方は、通じなくなっていくのだ。

とはいえ、幸か不幸か、昨今のサプライチェーンの混乱に伴う部品納入の乱れと欠品によって、調達部門は既にこのような変革の波に洗われつつある。意識も少しずつは変わってきているはずである。

しかし、まだもう一つ障害がある。それは客先の無理な要求を全て飲み込んで、それをそのまま生産側に伝えてきた、製造業における伝統的な営業のあり方である。「お客様は神様」営業と言っても良い。これは大手メーカーにも中堅中小サプライヤーにも、ある程度共通した問題だ。

急な納期変更を求められたら、「もう工場は計画通り動いてしまっています。それは勘弁してください」と答えるのが、本当は営業の役割のはずだ。 だが、こうしろと教える営業のマネージャーは、少ない。長い不況時代を通じて、客先の「ご無理ごもっとも」を飲み込むのが営業だ、という意識が根付いてしまったのだろう。

インフレが進行している昨今でさえ、部品の価格転換がなかなか進まないことを見ても、この国に「ノーと言える営業」が足りないことがわかる。

そしてどこの組織でも、意識改革は一朝一夕には進まない。営業部門であれ調達部門であれ。というのも、「意識改革」というのは本当は、その組織を測るモノサシ=KPIの変更を伴うからだ。サラリーマンという種族は、自分にあてがわれるモノサシに応じて、行動や思考を決める。営業は売上高、調達はコスト削減率、といったKPIが、そのモチベーションを左右するのだ。だが、KPIに対する思い込みは古くて、変革の必要性に思い当たる経営者は、決して多くない。

ちなみに、営業も調達も、普通「文系」の職種だと思われている点に注意されたい。日本の製造業の生産性向上のボトルネックは、技術でもなければ、現場の熟練工でもない。実は文系職種にあるのだ。このことを多くの経営者が、もっとよく理解してくれればと思うのである。


<関連エントリ>
「ERPとMESの分担はどうあるべきか」 https://brevis.exblog.jp/30323305/ (2023-05-16)
「POPとは何か、MESとはどこが違うのか」 https://brevis.exblog.jp/27150261/ (2018-03-21)


by Tomoichi_Sato | 2024-03-03 22:01 | サプライチェーン | Comments(4)
Commented by 半島ドライバー at 2024-03-04 00:16 x
最終製品は見込生産の加工組立ですが、半製品に不定貫の品目があるメーカーで複数の国産APSを長年使ってきた経験があります。マスタの中でも、リードタイム、ロットサイズ、歩留り・収率、切替時間・段取時間といった項目は曲者ですね。品目マスタ、部品表(品目構成表)、工程マスタ、工順マスタ、設備や作業区のマスタ等、どのマスタに持たせるのが、その工場ではベターなのか?求めたい精度にもよりますが、正解がなく、未だに結論を出せないでおります。
Commented by アルゴリズム体操 at 2024-03-04 19:50 x
それにしても久保田博士の材料物理数学再武装って色々なところで賞賛されてますね。
Commented by 山田工場 at 2024-03-26 10:13 x
結論は営業と調達の意識改革?「ノート言える営業」でなんとかなるとは到底思えません。
Commented by  山田工場 at 2024-03-26 10:56 x
佐藤先生にはその叡智で別の解答を考えていただきたい。期待してます。
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