わたしの働くエンジニアリング業界では、「プロジェクト・マネージャー」という職務のほかに、「プロジェクト・コントロール・マネージャー」というポジションを置くことが、国際的な慣習だ。プロマネは普通、PMと略称するので、区別するために、プロジェクト・コントロール・マネージャーはPCMと呼ぶ。もっとも、小規模なプロジェクトや国内案件では、プロマネがPCM職務を兼務することも多い。だが、プロマネとPCMの仕事の内容は、区別している。PCMの仕事は、プロジェクトのコントロールである。 ・・こう書くと、怪訝な思いをする人も多いだろう。というのは、カタカナ英語で言う『マネジメント』も『コントロール』も、日本語に翻訳すると、同じ『管理』になってしまうからだ。プロマネもPCMも、脳内で翻訳すると「プロジェクト管理者」だ。何が違うのか? だが、英語でManageとControlというと、意味もニュアンスもずいぶん違う。Manageという語には、暴れ馬を乗りこなす、といった語感がある。大変な仕事なのだ。これに対して、Controlはもっと、制御に近い、精密な職人仕事のイメージがある。いいかえると、目標値を設定して、そこからブレないように運転していくのが、コントロールである。 プロジェクト・コントロール・マネージャー(PCM)の主要な業務は、コストとスケジュールのコントロールだ。すなわち、プロジェクトの2大KPIの設定と、その測定が仕事である。もっともモダンPMの教科書を見ると、ほかに品質コントロールやスコープ(変更)コントロールも、対象範囲のように書いてある。だが、エンジ業界では多くの場合、コストとスケジュールがPCMの主要な任務と考えられている。 では、コストとスケジュールのコントロールの主要目的とは何だろうか。それはズバリ、プロジェクトの着地点予測である。すなわち、「このプロジェクトが完了するのは、いつなのか? そのとき完成時の総コストはいくらになるのか、果たして儲かっているのか?」を予測することである。 もちろん、計画時のベースラインと現状が一致しているかどうか、差異分析を行い、問題があれば是正措置を考えてPMに提案するのも、PCMの大事な役割だ。だが、是正措置にはたいてい、時間やコストがかかる。なので、「どれだけ時間とお金が残っているのか」が分からなければ、適切な判断はできない訳である。 それでは、コストに関する着地点は、どうやって予測するのだろうか。当たり前だが、
です。 そして「すでに使ったコスト」は集計可能だし、それを集計するのがPCMの大事な仕事である。では、「これから使う(だろう)コスト」は、どうやったら見積ることができるのか? 今、あるプロジェクトが途中まで進んでいるとしよう。元々の実行予算表では、コスト合計は100億円だったとする。さて、現時点までに完了したActivity (Work package)の、実績出費(これをACと呼ぶのだった)を集計すると、60億円になった。 そして、まだ残るActivityの費用見積を、実行予算表から拾い出して、足し合わせると50億円になるとしよう。 ちなみに、これから使うコストを、Cost ETC (Estimate to complete)と呼ぶ。そして完工時コストは、Cost EAC (Estimate at completion)と呼ぶ約束である。すると、上の式を記号で表すと、
になる。じゃあ、プロジェクトの完工時コストは、60 + 50 = 110億円でいいだろうか? そうは行かないのである。なぜなら、ここにはプロジェクトを現時点まで遂行してきた際の、現実の状況が反映されていないからだ。 たとえば、実績出費 AC = 60億円だが、完了したActivityの、元々の実行予算表での見積値は、48億円だったとする。これは、「48億と見積もっていたコストが、実際には60億かかってしまった」という現実の状況が示されている。 別の言い方をすると、現時点でのプロジェクトの出来高 EV = 48億円、ということを示します。 そこで前回ご紹介した、Cost Performance Index (CPI)を計算すると、
ということになる。これがプロジェクトの費用的なパフォーマンスの、現実の状況を表す。 ということは、残っているActivityの費用も、当初見積の50億円ではすまず、おそらく、50 / 0.8 = 62.5 億円くらいかかりそうだな、という事がわかる。つまり、プロジェクトのコスト的な着地点は、
という事になりそうだ。少なくとも、コストだけを見ている財務会計担当者なら、そう考えるだろう。 ・・だが、いやいや、実はこの話はもっと奥があるのだ。それは、スケジュールの遅延に伴う費用である。 自社内で発生する人件費(Man-Hour cost)も、外注先や現場の労務費も、実際には工数に対して費用が発生する。かりに材料や図面の手待ちが生じて、実質的には何も仕事をしていなくても(できなくても)、待ち時間分のコストは発生する。スケジュールが遅れると、生産性も下がるのである。この分のコストはどう見たら良いだろううか? EVMSでは経験的に、これから使うコストは、残りの費用見積額を、CPIとSPI (Schedule performance index)の両方で割った数値を使うのがいい、とされている。つまり、コスト効率性とスケジュール効率性の両方を考えろ、ということである。ここでSPIとは、
で計算される指標だ。 本プロジェクトでは、現時点(Time-now)までに、PV = 64億の進捗がある計画だったとしよう。すると SPI = 48 / 64 = 0.75になる。すると、プロジェクトのコスト的な着地点は、
という推算になりそうだ。(なお、実際のエンジ会社のプロジェクトでは、こんな概算的な計算ではなく、F-WBSのカテゴリーごとに、もっと緻密な推定を積み上げて行う。ここでは分かりやすく簡略化したご説明をしている) <関連エントリ> 「モダンPMへの誘い ~ EVMSで使うプロジェクトのKPIとは」 https://brevis.exblog.jp/30815670/ (2024-02-19) 「わたしはなぜ、『プロジェクト管理』という言葉を使わないのか」https://brevis.exblog.jp/26270824/ (2017-12-18)
by Tomoichi_Sato
| 2024-02-25 14:40
| プロジェクト・マネジメント
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