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休み休み働こう

現代の経営学は、今から100年前、フレデリック・テイラーの「科学的管理法」の実践的研究に始まると言われている。テイラーはBethlehem Steel社の工場の技師長だった当時、銑鉄(ズク=Pig-iron)を運ぶ肉体労働に関し、観察と実験に基づく科学的な方法によって、劇的に生産性を向上させたことで知られる。

彼はまず、この一連の労働を、5つの要素的なタスクに分解する。そして、それぞれに必要とする適切な作業時間を割り出した。さらにSchmidt(仮名)という労働者を選び出し、彼に「ズクを持ち上げろ、歩け、回って休め、歩け、休め」と、ストップウォッチ片手で指示した。それまで、労働者の恣意的判断に任されていた時間の使い方を、細かくコントロールしたのである。

その結果は驚くべきものだった。それまで労働者1人は、1日平均12.5トンしか運べなかった。ところがSchmidtは、なんと47.5トンの銑鉄を運ぶことができた。およそ400%の生産性達成である。当然、彼は大幅アップの賃金を得た(当時の賃金制度は日給制で、完全出来高制度ではなかったため、4倍と言うわけにはいかなかったが)。

ちなみに当時、テイラーの仕事を手伝っていた後輩の技師の一人が、ヘンリー・ガントであった。そう、あの「ガント・チャート」を考案した技術者だ。また、テイラーは主著「科学的管理法の原理」の中で、自分たちの仲間の1人として(別の企業に働いてはいるが)、ギルブレスの成果を引用している。そう、あの動作研究の記号Therbiigの発明者で、かつベストセラー「1ダースなら安くなる」の主人公でもある。現代のマネジメント技術やIE(Industrial Engineering)の創始者達が、ちょうど100年前に、出揃っていたことになる。

もう一つ余談を書くと、テイラーはその素晴らしい功績を挙げたBethlehem Steel社を、1901年に辞職する。社長の経営方針とぶつかったためだ。当時の米国の経営管理とは、労働者を「鞭で追い立てる」方式だった。テイラーはこうした強権的監督と根性主義に反対して、科学的な管理方法を打ち建てるべきだと主張したのだ。だがその頃、Bethlehem Steelは、USスチール社の傘下となり、金融業モルガン・グループ出身のCharles M. Schwabが支配権を手に入れる。彼の「追い立て方式」の経営の下で、ガントらも結局、同社を去って行くのである。

でも、ズク運びの労働に話を戻そう。生産性4倍を達成させたテイラーの指示では、作業と休憩の割合が、なんと42%対58%だった。つまり就業時間のほぼ6割を、休憩しているのである。大半の時間を休んでいて、時々働く程度、と言っても良い。休みだらけの働き方なのだ。

当たり前だが、休憩時間も、就業時間の一部である。労働基準法では、「労働時間が6時間を超える場合は少くとも45分、8時間を超える場合は少くとも1時間の休憩時間」を途中で与えなければならない、と規定している。つまり「休むのも仕事のうち」という訳だ。

工場などに行くと、午前や午後の決まった時間に、10分から15分程度の休憩時間を決めていて、その間は現場作業が全て止まるのを、よく目にする。もちろん、法律で決まっているからだが、上に述べたテイラーの実験例を見ればわかるように、休憩はむしろ生産性を向上するための、必須の要素でもある。​

米国が「鞭で追い立て」主義なら、日本は「ガンバリズム」の世界だ。とにかく頑張れ、頑張れと、自らにも他人にも言い続ける。世界記録に挑もうとするアスリートたちの競技を描いた外国映画で、日本人は皆、競技者に「頑張れ」と声をかけるのに、欧米人たちは殆どが「リラックスしてやれ!」と声援するシーンがあったが、よく違いを捉えているな、と笑ってしまった。

わたし達の文化は、休むことを、まことに軽視している。休んでいる者は、まるで怠け者のようだ。そうした文化で長年育ってしまったわたしは、最近、「自分は休むことがとても下手だ」と感じるようになった。無理がきかない年齢になって、以前のようなペースでは働けなくなったからかもしれない。休暇取得率だって、100%には程遠い。

もっと上手に休むには、どうしたらいいか。

タスクで自分を「追い立て」るような、精神的スタンスをまず止めることだ。それはわかっているのだが、でも仕事は常に追いかけてくる。放っておくと、自分のToDoリストは、すぐに満杯になってしまう。優先順位付けは、もちろんしている。それでも打ち合わせの連続と細かなタスクで、1日があっという間に過ぎてしまうと、なんだかなぁ、と感じる。

そのためには、あらかじめ休みの時間を、スケジュールから「天引き」しておく必要があるようだ。つまり、事前に計画しておくのである。

休暇について言うと、客商売の受注ビジネスに携わっているので、どうしてもこれまで、自分の休暇予定を、仕事に合わせてとってきた。ちなみに、わたしの勤務先は、商社などと同じく、決まった夏休み期間がなく、各人が勝手に取ることになっている。しかし、工場現場を抱える製造業などでは、ゴールデンウィークやお盆などに、かなり連続した休業期間をあらかじめ決めている。それで仕事は回っているわけだ。

ということで、わたしも最近は、季節ごとに、割と連続した休暇を取るように心がけている。休暇というのは、小刻みに取るよりも、まとめて長く取った方が、気持ちの切り替えになりやすい。

その連続した休みの期間の中は、
(1) 休養、
(2) 娯楽・慰安、
(3) またちょっと休養
(4) 整理・雑務
という順序で過ごすよう、心がける。

まずとにかく、心身の疲れを取る。遊ぶのはそれからだ。そして遊び疲れから回復したら、忙しく働いていた時期にできなかった、様々な雑事をこなす。でも、生活上の雑務だって際限なくあるので、これを最初に持ってきてしまったら、休暇のほとんどが潰れてしまう。だからこの順番なのだ。

ところで、働いてる間の休憩はどうか? これは逆に、小刻みに取るのが良いと思う。つい熱中して、パソコンの画面をにらみ続けて、後で眼精疲労の頭痛に見舞われるような経験を、これまで何度もしてきた。そこで最近は、ポモドーロ・テクニックをとり入れるようにしている。

ポモドーロ・テクニックとは、シリロというイタリア人が最初に考案した手法で、25分間の集中作業と、5分間の休憩のセットを、「1ポモドーロ」と呼ぶ。このポモドーロを繰り返しつつ、時に少し長めの休憩を入れて、働くリズムを調整する。なんでも最初、キッチンにあったトマト(イタリア語でポモドーロ)の形をしたタイマーを利用したことから、この名前がついたらしい。

ポモドーロ・テクニックを助けるタイマー・アプリもいろいろと出ている。自宅ではMacを使用しているので、Activity Timer https://macdownload.informer.com/activity-timer/ というアプリを使っている。職場のWindowsではまだ、これといった決め手が見つからない。いろいろと試しているのだが、タスク管理など余計な機能がつきすぎている。そして意外なことに、途中でスキップできる機能が、なかったりする。でも、急な飛び込み等で、ポモドーロのサイクルが中断されることも多いので、スキップ機能は必須だと思う。

ともあれ、こうしたテクニックを試しているうちに気がついたことがある。それは働くことと、休むことのリズムが、実は本質的なものだと言うことだ。生き物は全て、いろいろなリズムに従って生きている。1日の昼と夜のリズムに始まって、潮の満ち引きのリズム、月の満ち欠けのリズム、季節のリズム、などなど。それらに従って活動しては、休息を取る。

休息している間、生き物は何をしているかと言うと、実は自分の体の中のメンテナンスを行い、また体の構造の再編を行ったりしている。「寝る子は育つ」と言う諺があるが、成長ホルモンは夜、分泌されることが知られている。自分の体の中の不整合を修復し、新たな成長に向かうための準備の時が、休息の時期の意味なのだ。言い換えるならば、活動とはエネルギーの時期であり、休息とはエントロピーを下げるための時期である。

だとすると、わたし達の企業組織も同じなのではないか。企業には、せっせと生産をし、商売をして利益を貯める時期と、その内部留保を用いて、仕事の不整合を取ったり、新たな仕事のための組織や仕組みを作るための時期が必要だ。そして、それはある程度、明確に区別すべきではないか。景気にもサイクルがあるが、企業の成長と成熟にもリズムが必要なのだ。

でも、残念ながら現代の経営学には、そのような「リズム」の視点が欠けている。株主や投資家は、常にいつもいつも、企業に絶え間ない成長を要求する。それはちょっと変ではないか?

自然界を見れば、組織に活動と休息のリズムが必要なことは、科学的に明白だ。そしてそのことは、テイラーのズク運びの実験でも明らかになった。だが科学的経営法を提唱したテイラー達が、金融資本に追い出されて以来、アメリカの経営思想には、「休み」の概念の重要性が育たなかったのである。


<関連エントリ>
「マネジメントを科学する​​」 https://brevis.exblog.jp/6465367/ (2007-09-15)
「休むのも仕事のうち」 https://brevis.exblog.jp/18579707/#google_vignette (2012-08-08)




by Tomoichi_Sato | 2024-02-11 20:27 | 考えるヒント | Comments(0)
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