前回記事「モダンPMへの誘い 〜 出費が予定を超えなければ大丈夫?」https://brevis.exblog.jp/30726239/ では、Sカーブを使って、プロジェクト状況を判断するときの問題について説明した。Sカーブとは、プロジェクトの時間軸を横に取り、縦軸に出費を描いた線のことである。ふつうは、大文字のSを引き延ばしたような形になるので、こう呼ばれている。 ところで、予定出費の線(Planned Value = PV)の線と、実績出費の線(Actual Cost = AC)の2本を描いて、その大小を比較しても、プロジェクトの状況は「よく分からない」のだ、と前回書いた。なぜなら、実績出費ACのカーブが、予定出費PVのカーブより下に来ても、それだけでは「コストをうまく抑え込んでいる」事を示すのか、あるいは「進捗が遅れていて出費がまだ少ないだけ」かを、判別できないからだ。前者ならば、プロジェクトは良い状態にあると言えるし、後者だったら、まずい状態にある。 じゃあ、この二つの状況のどちらにあるのかを、判別する方法はあるのか? 実は、あるのだ。そのためには、3本目のSカーブを図に書き加えればよろしい。その3本目とは、「その日までに完了したアクティビティの予算額の合計」という、人工的な数値である。これを、Earned Value = EV、日本語で『出来高』と呼ぶ。 念のために書くと、予定出費PVは、「予定ではその日までに終わっているはずのアクティビティの予算額合計」である。実績出費ACは、「その日までに本当に完了したアクティビティの実際の出費額合計」だ。 仮に3本目のEVの線が、図のような位置に来たとしよう。では、この出来高EVの線があると、何がわかるのだろうか? いま、出来高EVと計画出費PVを比べると、EVは明らかにPVよりも小さい。仮に図の縦軸の上限が1,000万円を表しているとしようか。すると、本日時点でPVは700万円くらいになる。つまり、今日までに、700万円分相当の仕事が終わっていたはずである。 ところが出来高EVは、図から見て、せいぜい400万円程度しかない。つまり、今日までに400万円分の仕事しか完了していない訳だ。すなわち、このプロジェクトは進捗が遅れていることがわかる。両者は同じ予算額の集計だから、その差はタイミングの差を示しているのだ。 さらに、出来高EVと実績出費ACを比べると、ACは600万円くらいで、EVよりも大きくなっている。両者はどちらも、その日までに完了した同じ仕事の、予算額と実際の出費を示しているわけだから、このプロジェクトでは、当初の見積よりもコストがかかっている訳である。 まとめると、計画よりも出来高は小さい(=進捗遅れ)、かつ、見積より実績出費は大きい(=予算超過)で、大変まずい状況にあるプロジェクトであることが分かる。この事は、PVとACの2本の線だけ、穴が空くほど睨んでも分からなかったのだ。 じゃあ、ためしに、3本目の出来高(EV)カーブの位置関係が、次の図のようだったら、どんな判断になるだろうか? 今度も、考えるべきことは同じだ。まず、出来高EVを基準に、計画出費PVと比べてみる。あきらかにEVはPVよりも小さい。すなわち、進捗が予定より遅れている。ただ、出来高EVと実績出費ACの比較では、ACの方が小さい。これは、コストに関しては低めに押さえ込めていることを示している。納期はあぶないが、コストは今のところOK。そんな状況だと分かる。 どちらのケースでも、出来高EVを基準に、PVやACと比べている点に注意してほしい。PVとACを直接比較するのではない。この点が大事だ。PVとACを直接比べても、プロジェクトの状況は分からないのだ。なぜだろうか? じつは、Sカーブには、「タイミング」と「コスト」の両方の情報が詰まっている。予定出費PVのカーブは、予定のタイミングと予定のコストを、また実績出費ACは、実際のタイミングと実際のコストを示している。だから、両者に差があったとしても、それがタイミング(進捗)によって生じたのか、コストによって生じたのかが区別できないのである。 これを区別するために、「タイミング」は現実だが、「コスト」は予定の値を表す、『EV』という人工的な量を持ち込んで、進捗とコストの差異を区別できるようにする。EVとPVを比べれば、両者とも金額は同じだから、その差はタイミング(進捗)の違いを示す。またEVとACを比べると、タイミングは同じだから、金額の差が検知できる。 PV, AC, EVの3本の線を活用して、プロジェクトの状況を判断したり着地点を予測したりする。これがEVMS = Earned Value Management Systemとよばれる手法である。そしてEVMSはモダンPMの三本柱の一つ、といえる重要な手法だ。 EVMSの手法は、70年代頃に、米国の防衛宇宙産業で発達したと聞いたことがある。スケジューリング手法であるPERT/CPMの登場が50年代、スコープをコントロールする手法WBSの発達が60年代だから、20世紀中盤の20年間ほどに、現代PM理論を支える3つの手法が出揃ったことになる訳である。 (→この項続く) <関連エントリ> 「モダンPMへの誘い 〜 出費が予定を超えなければ大丈夫?」 https://brevis.exblog.jp/30726239/ (2024-01-22)
by Tomoichi_Sato
| 2024-01-28 22:00
| プロジェクト・マネジメント
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Comments(2)
Commented
by
acsusk
at 2024-01-29 17:16
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いつも素晴らしい記事をありがとうございます。
ところで、建設業界では、「出来高」という言葉だと、 「(発注者に対して請求する、) 利益額まで含めた金額」 を連想する人が多いのではないかと思います。 (私も最初にEVについて学んだとき、 これが頭にあったために「出来高」という言葉に混乱しました) これらを使い分ける用語があればいいように思いますが、 どうなのでしょうか…。
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Tomoichi_Sato at 2024-01-30 22:15
コメントありがとうございます。「出来高」という言葉についてはいずれ機会があれば書こうと思っていますが、建設業のBQ精算以外にも、労賃の支払いや株式市場など、分野によっていろいろな意味で使われています。ここではそうしたバリエーションの一つとして理解しておいてください。
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